台湾とウクライナは違う |
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2022年 01月 31日
今日の横浜駅は快晴です。それにしても寒いですね。 さて、ウクライナ案件で東アジアのわれわれにとっても気になるのは、それが中国の問題、とりわけ台湾有事のシナリオとリンクしているのかという話ですが、アメリカの若い研究者がそのテーマに正面から切り込んだ意見記事を書いておりましたので、試訳でご紹介します。 === 22-1/27 WOTR byカーリス・テンプルマン ロシアのウクライナ周辺への軍備増強は、冷戦終結後のロシアと西側諸国との関係において最も深刻な危機を引き起こした。ウクライナとの国境付近には10万人以上のロシア軍が配備され、いつでも大規模な軍事攻撃を行える態勢が整っている。 こうした動きは欧州の安全保障だけに影響するもののように見えるが、アメリカの論者たちからは早くも台湾との類似性が指摘されている。たしかに台湾はウクライナと似ている。なぜなら両方ともユーラシア大陸の独裁大国からの存亡の危機に直面しており、強制力を行使されない状態をアメリカが維持しようとしている、欧米志向の民主国家であるからだ。 ウクライナも台湾も、アメリカが領土奪取のために軍事力を行使することを禁じる国際規範をどこまで守るつもりがあるのかを試す重要なケースとして位置づけられている。論者の中には「ウクライナへの軍事行動に対応できなければ、米国の信頼性が低下し、中華人民共和国による台湾への攻撃を招く」として両者の運命が連動しているという見方をする人もいる。 だが端的に言って、これはかなり雑な分析である。現在の地政学的状況では、ウクライナと台湾との違いは、その類似性よりもはるかに重要であり、両国が直面する安全保障上の脅威を結びつけることは、むしろ双方の状況を悪化させることにもなりかねない。 アメリカは、今後10年間で軍事バランスが中国に有利にシフトしつつある「インド太平洋地域」から、自分たちの国益にとって重要度が低く、パワーバランスがアメリカ側に有利な地域に、限られた資源を流用し続けるべきではない。台湾の安全保障にとって本当に重要なのは、アメリカの「評判」ではなく「優先順位」の方なのだ。 ▼台湾は特別なパートナー この比較は、なぜものごとを明確化するよりも不明瞭化するのだろうか?そのためには、まずアメリカの他国への関与の歴史を考えてみよう。ウクライナに対するアメリカの安全保障支援は最近になってからはじまったものであり、限定的であり「冷戦後のヨーロッパの安全保障秩序に対するロシアの挑戦」という広範な懸念に包含されるものである。 しかし、台湾に対するアメリカの権益は深い。台湾が事実上の独立国家として今日存在できているのは、1950年6月にトルーマン政権が台湾海峡を越えた中国の侵攻を防ぐために介入したからだ。それ以来、アメリカは台湾の安全保障上の主要なパートナーであり、軍事援助、訓練、武器売却の供給源となっている。 またアメリカは、台湾が「貧しい軍事独裁政権」から「豊かな自由民主国家」になるのを支援してきた。1950年代初頭の援助は、台湾の国民総生産の10%を占め、アメリカの顧問は土地改革と経済の安定化を推進する上で重要な役割を果たした。その後、アメリカは台湾の輸出企業にアメリカ市場への優先的なアクセスを認め、台湾の経済は急速に拡大し、現在では購買力調整後の一人当たりの国内総生産はドイツと同レベルに達している。 このような長期にわたる関与の歴史は、中国が台湾を攻撃した場合のアメリカの世界的な評判と影響力への影響が、ロシアのウクライナに対する攻撃の場合よりもはるかに大きなものとなることを意味する。 ▼ 中国はロシアではない 次に、敵対者としての違いを考えてみよう。ロシアは、利害関係も戦略も戦術も、中国とは根本的に異なる。2000年以降、一人の強者が支配する衰退した国であるプーチン政権下のロシアは、どうしても手持ちのカードが弱い。 プーチンの積極的な対外行動は、ロシアの安全保障を強化するためではなく、主に国内の地位を向上させる必要性に駆られてきたものだ。プーチンは、EUやNATOの既存の制度を弱体化させ、分裂を促す一方で、東欧の大部分がロシアから西側へ方向転換することをほとんど阻止することができなかった。われわれがロシアについて、ワルシャワやプラハ、ブダペストなどに対する脅威ではなく、キエフに対する脅威について語っていることがその何よりの証拠である。 それとは対照的に、中国は台頭しつつある大国であり、その指導者たちは時間が自分たちの味方であると信じるだけの理由がある。中国経済はすでにインド太平洋地域で最大であり、世界でも第2位であり、この30年間、既存の世界経済と安全保障の仕組みから多大な恩恵を受けてきた。ロシアの行動とは対照的に、国際秩序を修正しようとする中国の動きは、既存のグローバルな制度を利用し、自らがコントロールできる補完的な制度を構築すること、つまり「取り壊す」のではなく「建設するもの」がほとんどである。 このような2つの異なる軌道をたどってみると、アメリカがそれぞれで国益を増進するための戦略も根本的に異なってくることがわかる。 ロシアはすでに国際法や規範に反してウクライナ領土を占領・併合し、ウクライナ東部の紛争で戦う代理勢力を支援しており、1万4000人以上の命を奪い、その国際的評価と国益に多大な損害を与えている。 中国は台湾に対してそのようなことはしておらず、その脅威は軍事的なものと同じくらい経済的、外交的なものである。例えば、人民解放軍がこの地域を不安定にし、台湾やアメリカに譲歩させようと思えば、金門と馬祖の脆弱な沖合諸島(前者は厦門市街からわずか30キロ)をすぐに奪取できるが、これらの地域は依然として台湾の管轄下にある。 同様に、中国軍が台湾の領空付近で定期的に行っている目立った演習は、主に台湾とアメリカの指導者にシグナルを送ることを目的としており、領土の奪取や維持、侵略の予兆を示すものではなかった。また、これまでのところそれらが人命の損失や直接的な紛争に発展したことはない。 むしろ中国の戦略の最も特徴的な点は、両岸の現状を徐々に変化させるために、非軍事的な手段に頼っていることだ。北京の台湾政策は、好まないタイプの、あるいは信頼できないタイプの台湾の指導者に直面した場合でも、「ハード」な外交・軍事圧力と同様に「ソフト」な経済的誘導を重視し、台湾への影響力を高めてきた。 この戦略には、台湾の人々と同様に、アメリカ国民を対象とした執拗で多角的な「プロパガンダ・キャンペーン」も含まれている。このキャンペーンは、中国共産党が好むシナリオを強調しようとするものである。すなわち「台湾は中国の神聖な領土であり、中国は両岸の統一のためならどんな犠牲も払う」というものだ。そして「衰退する米国は、台湾の公約から手を引くべきである。なぜなら、台湾は常にアメリカ人よりも中国人にとって重要なものだからだ」というものである。 これはロシアのものとは全く異なるメッセージを発している。中国のそれは、より忍耐強く、より洗練されたものであり、対抗するのが難しい。アメリカの政策立案者は、世界の他のホットスポットでアメリカのコミットメントを過剰に拡大することによって、それにまんまと乗ってしまう危険性がある。 ▼アメリカは台湾にさまざまな権益を持っている 台湾におけるアメリカの権益の範囲と深さは、ウクライナのそれを凌駕している。台湾は世界の商業界で圧倒的な強さを誇る経済大国であり、その経済は他の東アジアや北米と密接に絡み合っている。2020年の台湾は、アメリカにとって第9位の貿易相手国であり、物品とサービスの双方向貿易で1,060億ドル(約11兆円)であった(ウクライナは67位で、39億ドル)。 また、台湾は世界で最も戦略的に重要な企業であるTSMC社の本拠地でもあり、半導体技術で圧倒的なリードを築き、同社は今や世界のファウンドリーの収益の半分以上を占めるまでになった。 さらに、台湾は「第一列島線」の交通量の多い海路に面しており、北(日本)と南(フィリピン)にアメリカの条約上の同盟国があるという戦略的に重要な場所に位置している。もし人民解放軍が台湾を占領することができれば、アメリカの防衛能力は低下し、中国のハードパワーが増大する中で、他の同盟国やパートナーとの約束の信頼性も失われることになる。 台湾が豊かな自由民主主義国家として存在し続けることは、独裁的な中国に対する説得力のある代替案を提供することにもなる。それは、中国語圏の社会には、民主主義と自由市場資本主義が適しているということを証明するからだ。台湾の人々は、中国共産党ではなく、西洋と規範や価値観を共有しており、世界の繁栄と自由を促進するアメリカの努力の輝かしい成功例となっている。 もちろんウクライナもいつかはそうなれる可能性はあるが、もし成功したら、それはアメリカとの弱い関係ではなく、むしろ欧州連合との緊密な経済統合を通じたものだろう。 これらの理由から、もし台湾が北京の支配下に置かれた場合、アメリカの権益はロシアによるウクライナへの攻撃よりもはるかに深刻な影響を受けることになる。 ▼アメリカはウクライナでロシアと戦わなくても台湾を中国から救うことが可能 ウクライナと台湾の比較から生まれた最も疑わしい主張は、アメリカの「信頼性」を維持する必要性についての議論である。「バイデン大統領のアフガニスタン撤退が中国の冒険主義を助長する」と主張した評論家の多くが、それと全く同じ理由を使って、ウクライナへの介入を主張しているのである。 しかし、この議論は誤った前提に立っている。台湾海峡におけるアメリカのコミットメントの信頼性は、地球の裏側で異なる敵、異なる種類の脅威、異なるアメリカのパートナーや同盟国の連合に対して行うことに依存するからだ。 現実的には、台湾の安全保障にとって最も重要なのは「アメリカの評判」よりも「優先順位」である。より小さな脅威に対応するためにインド太平洋地域から資源と注意をそらすことは、アメリカが今後10年間に安全保障上の最大の課題に直面する地域の同盟国やパートナーを安心させることにはつながらない。 したがって、バイデン政権の高官がこの違いを認識しているように見えるのは心強いことである。国家安全保障顧問のジェイク・サリバンが最近のインタビューで指摘したように、アメリカの台湾に対するコミットメントは、 「一つの中国」政策、台湾関係法、3つのコミュニケに根ざしたものです。台湾関係法は他国にはなく、ウクライナにもないユニークなもので、さまざまな方法で台湾を支援するというアメリカのコミットメントを物語っております」 バイデン政権が最近行った中国の圧力に対する措置は、武器売却から二国間貿易協議、バイデンの就任式への台湾代表の招待に至るまで、結局のところ、現在のウクライナの危機へのワシントンの対応と比べても北京と台北の双方ではるかに大きな関心を集めている。 アメリカの外交評論家もこの違いに気づき、両者の運命をつなげることをやめてくれれば、台湾とウクライナの双方にとってプラスとなるだろう。 ==== タイトル通りの「ウクライナと台湾はアメリカの国益にとって優先順位が違う」ということですが、これは「ウクライナを見捨てよ」という過大解釈をされがちな意見ですね。 問題は、だからと言って「日本は関係ない」と言えず、政府としてはロシアに対しては制裁などで厳しく当たる必要があるということです。 ということで繰り返しになりますが、さらに大きな米中関係などについては最新の音声レポートも作成しましたので、ご興味のある方はこちらもぜひ。 さらに「インド太平洋戦略の地政学」も発売となりました。よろしくお願いします。 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! 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by masa_the_man
| 2022-01-31 10:18
| 戦略学の論文
2022年 01月 28日
今日の恵比寿は雲が多めですがなんとか晴れそうです。 さて、ウクライナ情勢が危険な状況になりつつありますが「それでもロシアはウクライナに侵攻しないという」というこの期に及んでは「意外」とも言えような意見を主張しているベテランのロシア経済の専門家の意見がありましたので、その試訳を。 === Q:ロシアとウクライナの戦争は間近に迫っているのか? A:何らかの誤算があれば、戦争になる可能性はある。すべてはロシアのプーチン大統領が何を考えているかにかかっているようだ。私は、ロシアの潜在的な動きについて「費用対効果の分析」という観点から考えてきた。プーチンの過去の戦争に関する意思決定のパターンを見てみると、彼はロシアの犠牲者がほとんど出ないような小規模で低コストの戦争を好んでいることがわかる。2008年のグルジア侵攻、2014年のクリミア併合、2015年からのシリアのアサド政権への支援介入は、すべてこのモデルに合致している。 これらの紛争で犠牲になったロシアの人命はごくわずかであり、そのほとんどは金で雇われた傭兵であった。ロシア人が犠牲になったとしても、それはクレムリンによって秘密にされていた。ロシアで最大の国家機密のひとつは、プーチン政権の下で何人の若者が殺されたかということだ。プーチンはこの数字に細心の注意を払い、それが彼の重要な政治的弱点の一つとなっているからだ。 また、こうした小規模な紛争の背景には、プーチンの側近たちが資金を調達していることもある。その費用は、そもそも国家予算から直接出ているわけではない。クレムリンの内部で何が起こっているのか、私たちは正確に知りえない。しかし、ロシア政治のトップたちが、組織的な犯罪ファミリーのように振る舞っていることは確かだ。プーチンはオリガルヒたちに向かって、「さあ、この軍事作戦の費用を払ってもらうぞ」と言う可能性が非常に高い。オリガルヒは母なるロシアに忠誠を誓って財源を使うのではなく、クレムリンから受けた恩を返すために窮地に立たされているからだ。 例えば、クリミア併合に資金を提供したオリガルヒは、ケルチ海峡を越えて半島をロシアにつなぐ橋を建設する数十億ドルの契約を受け取った。その橋の建設費が20億ドルで、オリガルヒは国から50億ドルの支払いを受けるとしよう。そしてそのオリガルヒは、クレムリンの政策課題を支援するために、30億ドルの利益の一部を国に再投資し、自分の地位を維持できるようにするのだ。 プーチン政権下の武力紛争のもう一つの特徴は、軍備を増強し、紛争に備えながら、民衆の支持を得るために国家主義的なアピールをすることである。例えば、クレムリンの支援を受けた報道機関は、2014年に「ウクライナ人がキエフから同国東部にやってきて、ロシア語を話す人々を殺すなどの残虐行為をしている」と虚偽の主張をした。 結局のところ、プーチンがウクライナと戦争を始めるとは思えないのは、現在の現実が、今並べたモデルに合致していないからだ。プーチンは大量の死傷者を秘密にしておくことはできないし、戦争に負けることは自分の仕事や首を失う良い方法であることを、歴史から理解している。ロシアは、1979年に始まったアフガニスタン侵攻の失敗をよく覚えている。この軍事的冒険がもたらした経済的、政治的ダメージは、その10年後のソビエト連邦崩壊の条件の一つとなったのだ。 その一方で、私が心配しているのは、現在のロシア軍のウクライナ国境への駐留が、偶発的な武力衝突を引き起こす可能性があるということだ。その結果として大規模な紛争に発展する可能性は、たしかに存在する。 Q:ウクライナ国境で見せた大規模な軍事力展開の背後にあるクレムリンの動機は何か? A:プーチンは「東欧におけるNATOのプレゼンスを縮小し、ウクライナをロシアの影響下に戻す」という長期的な目標をすべて公にしており、その目標に向かってひたすら邁進している状態にある。ロシアによる軍隊の増強は、ウクライナの主権に対する脅威を示しているため、西側諸国は差し迫った戦争を懸念している。そのため、米国と欧州の同盟国は「戦争を防ぐために何ができるか」を自問自答せざるを得なくなった。 バイデン大統領とプーチンとの会談はこれまでのところ失敗に終わっているが、バイデン政権側の主な関心は、クレムリンの外交政策の目標を満足させることにあった。もしウクライナ周辺にロシア軍を増強していなければ、プーチンは西側諸国からここまで注目を浴びることはなかったはずだ。 気になるところだが、プーチンは頭が良いので、相手の弱点を察知していると思われる。そして弱さを感じると、どこにでもつけ込んでくる。たとえば米軍がアフガニスタンから撤退し、同国がタリバンに蹂躙されるのを許したことに弱さを感じたのだ。 また、ヨーロッパがロシアにどう対抗するかという点で意見が一致できていない点も見ている。ドイツの新指導部はクレムリンに対して軟弱な態度をとっているが、その理由の一つは、ドイツの国民が安価なロシアの石油とガスにますます依存しているからだ。ロシアの北方鉱区からバルト海を経由してドイツに至るガスパイプライン「ノルドストリーム2」は2021年9月に完成しており、ロシア国営エネルギー大手ガスプロムは、このパイプラインの出口であるドイツから、欧州全域のエネルギー市場でのシェアを拡大する方針である。 ウクライナでの軍備増強は、ロシアを世界の大国と位置づけたいプーチンの思惑もあるのだろう。もしプーチンが侵攻するとすれば、クリミア半島とウクライナ東部を結ぶ陸の通り道を建設するための限定的な交戦だろう。現在クリミアにはウクライナ領以外、陸路で入ることができない。このようなロシアの侵攻は、ウクライナにとって最も戦略的な港を失う可能性が高いため、地政学的な災難となるだろう。 Q:ロシアはエネルギー資源の豊富なカザフスタンにも介入している。プーチンがカザフスタンとウクライナの両方への影響力を強めれば、世界のエネルギー市場におけるロシアのシェア拡大につながるのでしょうか。 A:ウクライナは主要なエネルギー生産国ではないが、ロシアの天然ガス輸出の半分をヨーロッパに運ぶ中心的な中継地であったため、戦略的に重要である。このような事情もあるため、クレムリンにとってウクライナに侵攻することは、少なくともノルドストリーム2が稼働するまでは得策とは思えない。もし戦争が起こり、ノルドストリーム2が稼働しないままウクライナのパイプラインが停止すれば、ロシアは高いエネルギー輸出を維持できなくなり、多額の国家収入を失うことになるからだ。 それに比べ、カザフスタンは化石燃料の一大生産国であり、多国籍企業によるエネルギー部門の運営を認めている。もし、クレムリンが国有化政策によってカザフスタンの資源を支配することができれば、ロシアは世界のエネルギー市場におけるシェアを3分の1まで高めることができる。 今のところ、ロシアがどう動くかはわからない。ロシアのいわゆる「平和維持軍」は、燃料価格の大幅な値上げをめぐるカザフスタン政府への抗議行動を鎮圧するために派遣されていたが、これをカザフスタンから撤退させることで合意したとの報道もある。 Q:ロシアは、一部の政治家や外交評論家から「ペーパータイガー」(張子の虎)と呼ばれている。私たちは、グローバルな舞台でのロシアの強さを過小評価しがちでは? これは非常に恐ろしいことだ。私は「ロシアは軍事的な意味で張子の虎である」とする議論には納得できない。彼らはいつでも我々を全滅させることができるからだ。もちろん「ロシアは経済状態が悪いので、国家の軍事力を長期的に維持することはできないだろう」という議論はできるかもしれない。しかし、かつて経済学者のジョン・メイナード・ケインズが言ったように「長い目で見れば、我々は皆死んでいる」のだ。 Q:ロシアは具体的にどのような譲歩を米国や欧州に望むのか。 A:ロシアは、NATOがウクライナやグルジアなど、ロシア領に隣接する国を加盟させないという確約を望んでいる。つまり、1948年にフィンランドがソ連と平和条約を結んだときのように、ロシアとNATOに対して「中立」を宣言することを望んでいるのだ。 私はもしこれらの国々の「フィンランド化」が実現すれば、深刻な事態になると予想している。プーチンはこれらの中立国にハイブリッド戦争を仕掛けて、急速にロシアの衛星にすることだろう。中立を宣言されれば、西側の保護と自衛のための武器獲得能力を失うことになる。 Q:このような状況下で、米国とその同盟国は、どのようにロシアに対抗すればよいのか? A:今のところは「ロシアに対して交渉によって有利な政策的結果を得ることはできない」と認識することが健全だと思う。プーチンの注意を引くことができる武器はただ一つ、プーチンがヨーロッパを支配するエネルギーの鍵となるパイプライン「ノルドストリーム2」を停止させることを目的とした非常に厳しい制裁措置だけだ。 問題は、バイデンが2021年7月にドイツのアンゲラ・メルケル首相との交渉で、ノルドストリーム2の運営会社に対する制裁を免除したことだ。同様に、先週、米上院はテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)が提出した、このパイプラインに関連する企業を制裁する法案を否決している。 ノルドストリーム2は完成しているものの、ドイツの規制当局による認定はまだ受けていない。この事実は、少なくとも事態を収拾するための希望となる。 ==== 主に経済的な面から見た、実に興味深い解説です。 地政学に関連するところでいえば「もしプーチンが侵攻するとすれば、クリミア半島とウクライナ東部を結ぶ陸の通り道を建設するための限定的な交戦だろう」という部分が個人的には注目だと考えております。西側のロシアと地理的に争われている最前線は閉鎖海である黒海(のアゾフ海)であるためです。 ということで繰り返しになりますが、さらに大きな米中関係などについては最新の音声レポートも作成しましたので、ご興味のある方はこちらもぜひ。 さらに「インド太平洋戦略の地政学」も発売となりました。よろしくお願いします。 (日本の城) ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2022-01-28 08:38
| 戦略学の論文
2022年 01月 27日
今日の品川駅周辺はやはり寒かったのですが、午後になってから晴れてよかったです。久しぶりに対談インタビューを行ってまいりまして、大変勉強になりました。 さて、昨日のエントリーの連続ものとなりますが、フランス国防省の中国の影響工作に関するレポートの本文の中から、日本に関係する興味深い部分を試訳してみました。該当するのは401頁付近です。ぜひお読みください。 === X. その他のレバー 中国の影響力行使に用いられるその他の手段を網羅的でない形で列挙すると、市民運動、中国人観光客、インフルエンサー、人質なども加える必要があるだろう。 A. 市民運動 1. 独立推進運動:ニューカレドニアと沖縄 独立運動を奨励することは、市場シェアを回復し、潜在的な敵対国をより脆弱にしようとする北京のアジェンダに合致している。最初の例はニューカレドニアだ。2018年のニューカレドニア独立を問う住民投票では、中国の干渉が疑われた。北京は独立派の動向を注視していることが知られており、2020年の住民投票でもそれが確認された。ニューカレドニアが独立すれば、事実上中国の影響下に置かれることになるからだ。このことは、中国という一党独裁国家にとって2つの重要な利益をもたらす。 第一に、中国はニューカレドニアを「中国の反包囲戦略の要」とすることができ、同時にオーストラリアを「ヌメアだけでなく、ポートモレスビー、ホニアラ、ポートビラ、スバにも頼ることができるため」孤立させることができる。 また、中国への原材料(ニッケル)の供給も確保できることになる。つまり、北京が現地の政治・経済エリートとの関係を維持しながら、彼らの独立運動を支援する理由はいくつかあるのだ。「中国は内部から経済をコントロールし、政治家や部族指導者に近づくことで前進している。中国の戦略は完璧に整備されているからだ。このような中国の戦略は、アジア太平洋地域の他の場所でもうまくいっている」。 「中国・カレドニア友好協会」はそのような役割を果たしており、現地で統一戦線活動を展開している。 同協会の前会長であるカリーヌ・シャン・セイ・ファンは、独立主導派のリーダーであり、「その前の二人のリーダーも同協会の重要なメンバー」であることに注目すべきであろう。一般的に、中国の「ディアスポラとその代表的な組織、少なくともその一部は、一部の独立派関係者と極めて親しい」。カリーヌ・シャン・セイ・ファンは、住民投票の1年前の2017年10月に、在仏中国大使を同島に招聘している。大使は家族や何人かの顧問と一緒に同国で一週間を過ごした。「彼らは皆に会い、我々が何を必要としているかを尋ねた:観光や養殖など、関心を持てるものなら何でも提供すると言っていた」と国会議員のフィリップ・ゴメスは回想している。 もう一つの例が沖縄だ。日本には強い国民アイデンティティがあり、島国根性さえある。しかし沖縄は、第二次世界大戦中に日本軍によって琉球列島全体と同様に住民が虐待されたため、例外的な場所となっている。国民は「日本」というテーマで分裂している。親中感情は、中国との貿易で利益を得ている住民の存在によって蔓延して維持されている。北京にとって、これは付け入ることのできる「弱点」であると同時に「戦略的なチャンス」でもある。この島々のロケーションは、太平洋諸島の第ニ列島線へのアクセスを確保するのに好都合なのだ。この島々にいる日本人とアメリカ人の両方を邪魔することができれば、まさに「一石二鳥」となる。 沖縄は、米軍基地の存在を敵視する土着の独立派運動もすでに存在するため、こうした工作には好都合な場所となっている。2018年10月の知事選で玉城デニー氏(長年アメリカのプレゼンスに反対してきた)が当選したことからもわかるように、島の大多数は反東京、反中央政府である。それゆえ、沖縄県は一部部隊(海軍、空軍)の退去を主張している。将来、沖縄が一方的に独立を宣言するリスクを日本政府は重く受け止めている。 それと同時に「中国は外交、偽情報、米軍基地近くの島北部への投資を通じてこの目的を奨励している」。2013年、環球時報は日米同盟から自国を守ろうとする北京が、沖縄の琉球列島の独立回復を求める勢力を潜在的に育成し、そうすることによって日本の一体性を脅かすことになるとすでに警告を発していた。 2016年12月、日本の公安調査庁は、中国の大学やシンクタンクが沖縄の独立派活動家とつながりを育もうとしていることを明らかにした。一方、中国の報道機関は、沖縄における日本の主権を疑問視する記事を定期的に掲載している。細谷雄一教授によれば、北京は「沖縄の独立と米軍撤去を推進するために沖縄の世論に影響を与えている」という。 また、中国と沖縄の経済的な結びつきも強まっている。天然資源が豊富で、米軍施設もある沖縄の北部地域には、中国の投資家が投資している。また、近年、沖縄への中国人観光客は大幅に増加しており、中国の都市と沖縄の間に姉妹都市関係が結ばれる例も増えている。 中国政府は、旧琉球王室のメンバーにも積極的に働きかけをおこなっている。たとえば2018年には、最後の琉球王の曾孫である尚衞(しょう まもる)が中国を訪問した。 同年3月、尚衞は22人の代表団を率いて福建省を訪れ、4日間の「ルーツ探し」ツアーを行った(同時に、沖縄と中国の歴史的なつながりを探る会議も開催された)。 北京は、中国の研究者やシンクタンク(社会科学院)と、沖縄の独立派の活動家たちとの関係も進展させている。彼らを中国に招待してイメージアップし、彼らに発言の場を与えているのだ。 また、独立派や在沖米軍基地反対派は、憲法9条改正(戦争放棄)や自衛力強化に反対する左翼・平和主義活動家と合流している。したがって北京はこれらの運動も支援しており、日本の軍事的発展を阻害・抑制することで中国の思惑にうまく合致させている。とりわけ日中和解を目指す仏教団体である「創価学会」と、その政党である「公明党」がそれに当てはまる。 結果として、例えば日本の左翼活動家や平和主義者が、沖縄の米軍基地に反対する中国語の記事を共有することは日常茶飯事になっている。 ==== スペルの間違いなどはありましたが、よく調べて書かれているという印象です。 日本ではこの手のレポートは公的機関からは出てきそうもないですね。 ということで、繰り返しになりますが、さらに大きな米中関係などについては最新の音声レポートも作成しましたので、ご興味のある方はこちらの方もぜひ。 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2022-01-27 00:07
| 戦略学の論文
2022年 01月 26日
今日の横浜駅は相変わらず寒いのですが、人の流れが相当少なくなった印象です。 さて、一部界隈で話題だったフランス国防省のシンクタンク(日本でいえば防衛研究所)がまとめた中国の影響工作についての報告書、ついに英訳版が出ましたので、そのエグゼクティブ・サマリーの試訳です。 本文は600頁超えなので、全訳は無理です。誰かぜひやってください(とバックパッシング)。 === 中国は長年にわたって、ロシアとは異なり「恐れられるよりも愛されること」を求めていた。つまり中国は、誘惑し、世界に自国のポジティブなイメージを植え付け、賞賛を喚起することを望んでいたと言える。今日において、北京はまだ誘惑すること、その魅力、そして国際規範を形成する野心をあきらめたわけではいない。中国共産党にとって、「面子をつぶさない」ことは依然として非常に重要である。その影響力の行使は、近年かなり強化され、その手法はますますモスクワのそれと似てきている。マキャベリが『君主論』で書いたように、「愛されるより怖れられる方がいい」と北京が考えているように見えるという意味で、この一党独裁国家は「マキャベリ的瞬間」に突入しているといえる。この進化は、中国の影響力行使の「ロシア化」を示している。 本レポートは、中国の影響力のツールについて、最も温和なもの(パブリック・ディプロマシー)から最も悪質なもの、すなわち他国への干渉(秘密活動)まで、その全範囲をカバーするという野心からこの進化を分析している。そのために、この分析は4つのパートに分かれており、この「瞬間」に関連する概念、アクター、そして行動などを順次紹介し、最後にいくつかのケーススタディで締めくくられる。 1. 中国の影響力行使を理解する上で重要な概念として挙げられるものには、内外の敵を排除し、その権威に逆らいうる集団を統制し、党を中心とした連合体を構築してその利益を図る中国共産党の政策である「統一戦線工作」があり、他にも中国の「政治戦」の核心にある「三戦」があり、これは中国に有利な環境を作り出すことによって戦わずして相手を制圧しようとする「非キネティック」な紛争傾向を持っている。戦時・平時を問わずに行われるこの戦いには、世論戦、心理戦、法律戦(後者は英語でいうところの "lawfare "に近い)などが含まれる。 ソ連の概念も、北京のレパートリーを説明するのに役に立つ。たとえば「積極的措置」とは、情報操作、偽造、妨害工作、信用失墜作戦、外国政府の不安定化、挑発、偽旗作戦、相手社会の結束を弱めるための操作、「役に立つバカ」の採用、そしてフロント組織の創設などである。 2. 中国の影響力工作を実施する主体は、党、国、軍、企業である。 党内には、イデオロギーを監督し、全メディアと国内の全文化生産をコントロールする宣伝部、主要ターゲットを反映した12の事務所を持つ統一戦線工作部(UFWD)、外国政党との関係を維持する「国際連絡部」(ILD)、法輪功運動を排除するために法的枠外で活動する世界各地のエージェントを抱える「610弁公室」などが含まれる。「中国共産主義青年団」(CYL)もこの中に含まれるべきで、若者とのつながり、将来の党幹部の育成、そして必要な時に動員できる力として、たとえそれが正式な党組織でなく大衆組織であったとしても、その役割を担っている。 国務院の内部では、特に2つの組織が影響力の行使に関与している。民間の主要な情報機関である「国家安全部」(MSS)と、台湾向けのプロパガンダを担当する「台湾事務局」(TAO)である。 人民解放軍の内部では、戦略支援軍(SSF)がそのネットワークシステム部を中心に最前線にいる。同部は情報領域における資源を持ち、任務を任されている。より正確には、この領域で確認されている主要なアクターは、福州に本部を置く「311基地」であり、「3つの戦域」戦略の実施に専念している。また、民間の隠れ蓑としてメディア企業を運営し、訓練センターを隠すために偽のホテルも運営している。 最後に、誰が、いつ、どのように影響力工作の対象となるべきかを決定するために必要なデータを収集する上で、公共・民間企業は重要な役割を担っている。ウィーチャット、微博(ウェイボー)、TikTokなどのデジタルプラットフォーム、百度やファーウェイなどの企業や研究者が中国の「テクノ権威主義」あるいは「デジタル権威主義」と呼ぶものについての洞察を提供するすべてのデータベースなどは、海外での影響力行使の準備と実行に利用されている。旧2APLに委ねられていた情報任務を継承したらしい「中央軍事委員会統合参謀部」も、このリストに含まれるはずだ。しかし資料が不十分なため、この機関については報告書の中で取り上げていない。 3. 北京が海外で影響力を行使する際に行っている行動には、主に2つの排他的でない目標がある。第一に、中国を肯定的に表現することで海外の聴衆を誘惑し、魅了することである。これは4つの具体的なナラティブ(中国の「モデル」、伝統、慈愛、強さ)によって説明することができる。第二に、何よりも「浸透」と「強要」を行うということだ。浸透は、対立する社会にゆっくりと浸透し、党の利益に反する行動の可能性そのものを阻止することを目的としている。強制は、中国の「懲罰的」または「強制的」外交を、党の利益を脅かすあらゆる国家、組織、企業、個人に対しても組織的に制裁する政策へと徐々に拡大させることに対応している。いずれもほとんどの場合は仲介者の網を通じて実施される。全体として、これらの慣行は以下のカテゴリーを対象としている。 -- ディアスポラたち:まず中国の権力にとって脅威とならないように彼らをコントロールし(NGOフリーダムハウスによれば、北京は「世界で最も洗練され、グローバルで、完全な」国境を越えた弾圧キャンペーンを行っている)、次に共産党の利益を図るために動員される。 --メディア:北京の明確な目標は "新しい世界メディア秩序 "を確立することである。実際、北京政府は2008年以来、毎年13億ユーロを投じて、世界的なイメージをより厳しく管理しようとしている。中国の主要メディアは、複数の言語、複数の大陸、そして中国でブロックされているものを含むすべてのSNS(Twitter、Facebook、YouTube、Instagram)上でグローバルな存在感を示し、デジタル視聴者を人為的に増やすために巨額の資金を投じている。北京はまた、海外の中国語メディアをコントロールしようとしている。これは非常に成功しており、中国共産党は現在、海外の中国語メディアを事実上ほぼ独占しており、主流メディアもコントロールしようとしている。他にも一党独裁国家はメディアで使われるコンテンツをコントロールすることに関心があり、テレビ、デジタルプラットフォーム、スマートフォンをターゲットとして、グローバルな情報サプライチェーンの各段階に影響力を行使している。 --外交:これにはとくに2つの側面がある。第一に、国際機関や規範に対する影響力である。北京はその影響力を強化するために、古典的な外交資源と密かな影響工作(経済・政治的な圧力、懐柔、強要、腐敗)を展開する。第二が、いわゆる「戦狼」外交である。これは外交部(外務省)の報道官と十数名の外交官が採用する、より攻撃的な姿勢を指す。これらの攻撃は古典的なものと比較的新しいものがあり、特にSNSを利用し、罵詈雑言、諫言、脅迫に至るまで遠慮のない手段で行われるのが特徴である。全体として、このような中国外交の攻撃的な展開は逆効果であることが証明されており、近年の中国のグローバルイメージの急激な悪化に大きく寄与している。このような活動は、おそらく関係者たちにとっては持続可能なものである。なぜならその目的は、他国の人心を掌握することではなく、むしろ北京を喜ばせることにあるからだ。 --経済:経済依存は、しばしば中国が最初に用いる手段である。中国国内市場への参入禁止、禁輸、貿易制裁、国内投資の制限、中国人観光客への依存度が高い地域に課せられる出国制限、あるいは集団ボイコットなど、経済的強制は実にさまざまな形で行われる。さらに、北京は国内市場にアクセスするための条件として検閲を行うことも多くなってきており、多くの企業が圧力に屈してしまう実情がある。 --政治:対象国に入り込み、公的な政策決定メカニズムに影響を与えることを目的としたものだ。政党や有力政治家との直接的な関係を維持することで、一党独裁国家は対象国に潜入し、そこで公式・非公式の支援を集め、野党や「引退した」公人を利用して、政府内の最終的な妨害を回避できる。また、北京は選挙にも介入している(過去10年間で、中国は7カ国において少なくとも10の選挙に介入していると思われる)。 --教育、特に大学経由のものは、党の影響力行使の主な標的の一つである。その主な手段は、大学における自己検閲につながる財政的依存、海外のキャンパスにおける中国人学生や大学教員、そして管理者たちの監視と脅迫、授業内容や教材、計画されていたイベントの変更の強要、自己検閲の奨励と批判的研究者への処罰による中国研究の形成などである。 また、この一党独裁国家は、共同研究プログラムのような合法的で公然の手段、あるいは窃盗やスパイのような非合法で密かな行為によって、海外の大学を利用して知識や技術を獲得している。「軍民融合」の文脈の中で、ある共同研究プログラムや欧米の数十の大学で役職に就いている研究者は、北京が大量破壊兵器や監視技術を構築するのを強制的に支援し、それが中国国民を弾圧するために利用されている。2020年と2021年には、この件に関していくつかのスキャンダルが公的に発覚した。 他にも、教育における中国の影響力を示すもう一つの重要な要素として、大学と結びついたものがある。世界中で開講している孔子学院や孔子教室は、中国語や中国文化を教えるという名目で、特定の大学の中国への依存度や服従を強め、学問の自由を損なわせている。諜報活動にも利用されている可能性もある。 -シンクタンク:この分野での中国の戦略は2つの側面からなる。シンクタンクの海外支社を設立することと、それ自体がシンクタンクである可能性のある現地の組織を利用することである。考えられるシナリオとして、現地のアイディア市場で増幅器として働く暫定的なパートナー、共産党のナラティブを広める状況的な同盟者、そして中国共産党と共通の世界観と合致した利益を共有する共犯者、の3つである。 ---文化:まず、映画、テレビシリーズ、音楽、書籍などの文化製品の生産と輸出を通じたもので、これらはすべて強力な誘惑の手段である。北京の機嫌を損ねないように、そして巨大な中国国内市場へのアクセスを維持するために、多くのアメリカの映画スタジオは検閲を行い、映画のシーンをカットしたり修正したりしている。中には、中国人を "良い "役柄に起用するような過剰な措置を行うところもある。党・国家を批判するアーティストたちは、ほぼ確実に中国市場へのアクセスを拒否されることになる。別の圧力として、北京はアーティストたちが作品を修正したり、世界のどこかで展示するのを単に止めたり、あるいは中国の検閲官の仕事をするよう奨励することも望んでいる。 --情報操作、メディアで党のプロパガンダを広めるためにSNS上の偽アカウントに頼る、トロール(荒らし)や「アストロターフィング」(自然発生的な民衆運動を模倣する)、世論を「誘導」するために多数の「インターネット解説者」(誤って「五毛党」と呼ばれる人々)を雇うことなどである。一般的に、トロールたちは、PLAやCYLによってコントロールされ、ターゲットを擁護し、攻撃し、論争を巻き起こし、侮辱し、嫌がらせをする。真正性を模倣するもう一つの方法は、金銭と引き換えに第三者が公開するコンテンツだ(コンテンツファーム、メッセージの購入、アカウントやページに対する影響力の購入、「インフルエンサー」の採用など)である。2019年以降、Twitter、Facebook、YouTubeは、中国発の協調キャンペーンを特定することを控えるようになった。それゆえ、何万もの偽アカウントが停止された。あるものは長い間「休眠」していたが、あるものは買われたり盗まれたりしており、そのほとんどは中国のプロパガンダを増幅し、米国を(中国語や英語で)攻撃していた。中には人工知能によって生成されたプロフィール写真を使用しているアカウントもあり、これはいまやSNSにおける中国の活動において定期的に観察されるようになった手法だ。 さらに、これらのキャンペーンの重要な側面として挙げられるのは、これらは単に中国を擁護しているわけではないという点だ。中国モデルの促進は、ロシアの影響力活動が長年行ってきたように、他のモデル、特に自由民主主義を貶めることと密接に関係している。中国共産党はこうした作戦の中核におり、SNSを利用して、まず一方では「オープンな」影響力行使を行い、しばしば抑止力と心理戦を目的としたプロパガンダを流し、他方では外国のターゲットに対して秘密裏に敵対的な工作を行っている。 --その他のレバーたち: 北京は影響力行使において、各国の市民運動も利用している。特に分離主義者(ニューカレドニア、沖縄)、平和主義者グループ(冷戦反対派)、中国人観光客、インフルエンサー(欧米のユーチューバーを含む)、外国の学者たち、さらには「人質外交」を展開するため人質も利用している。 4. ケーススタディは同心円状に紹介される。台湾と香港は北京の「政治戦」の最初の戦線を構成している。この2つ地域は中国の作戦の前哨基地、訓練場、「研究開発の実験室」であり、その後、洗練された形で世界中の他のターゲットに応用されるのだ。これはつまり、ロシアにとってのグルジアとウクライナのようなものだ。この作戦の最初の輪は、まずオーストラリアとニュージーランドをターゲットに広げられる。 そして次のステップは、世界の他の地域、特にヨーロッパと北米(だけではないのだが)をターゲットにすることであった。このパートでは、台湾、シンガポール、スウェーデン、カナダの4つの事例と、2019年に香港のデモ参加者をターゲットにし、2020年に新型コロナウイルスをアメリカの創作と決めつけた、2つのオペレーションを紹介する。 最後に、結論はこの「マキャベリの瞬間」という概念に2段階で戻ってきた。まず、2017年頃から中国の影響力工作の「ロシア化」が実際に起きていることを確認する。2018年の台湾の市議選、その後の2019年の香港危機ですでに並行していたが、世界がこの問題を意識したのは、2020年の新型コロナウイルスによるのパンデミックからであった。そしてこの「ロシア化」の3つの構成要素が整理される。北京はいくつかのレベルで、モスクワからインスピレーションを得ている(既存の中国軍の文献では、PLAにとってロシアはこのような作戦で模範となるモデルであることを認めている)。しかし、両者の間には明らかに相違があり、また一定の協力関係も存在する。 最後の結論部分では、この新しい中国の姿勢の有効性を評価している。この北京のやりかたは、戦術的には一定の成功をもたらしたとしても、全体としては戦略的な失敗であり、影響力の点で自らが最大の敵となってしまっている。これらは習近平の登場以来、特にここ数年で北京の評判は急激に低下しており、中国は不人気問題の深刻化に直面し、自国民に対するものも含めて、間接的に党を弱体化させていく可能性がある。 ==== かなり長文ですが、これだけでも中身がどのようなものか読みたくなるものですね。 日本も関係する具体的な中身の一部についてはここでも紹介して行こうと思っております。ご期待ください。 また、さらに大きな米中関係などについては最新の音声レポートも作成しましたので、ご興味のある方はこちらの方もぜひ! (鋸山遠景) ==== ▼最新作 〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2022-01-26 10:46
| 戦略学の論文
2022年 01月 20日
今日の渋谷駅周辺は快晴で実に寒いです。 かなり遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。去年はこちらをさぼっていたので、今年はなるべく多めに更新するつもりです。 さて、いきなりですが一昨年亡くなった先生の有名な論文の試訳です。講義で使うことの多い資料なので、あえて自分で訳してあらためて内容を確認してみたいと思った次第です。 ==== By コリン・グレイ 戦略や戦争はホリスティック(全体論的)な事業である。アメリカの戦略文化は、一度に一つのことだけに集中してそれが利点だと捉えることを好む。単色的な防衛パフォーマンスは、ほとんどの場合、より複雑な課題のうちの一つか二つの次元にのみ焦点を当てることになってしまう。戦略にはさまざまな次元があり、その一つひとつが歴史的な事例によってそれぞれ異なった重要性を持つ。そしてそれぞれが、戦略の遂行を台無しにする可能性を持っている。戦略の一般的な次元は偏在的で固定されているが、その詳細はしばしば変化する。戦略の「文法」は劇的に変化することもあり、「軍事における革命」(RMA)が起きたと主張できるほどにまでなることもある。 現在私は、戦略には一七の次元があると考えている。倫理、社会、地理、政治、人々、文化、理論、指揮(政治と軍事)、経済と兵站、組織(防衛政策と戦力計画を含む)、軍の準備(管理、研究開発、調達、採用、訓練、数と質量)、作戦、テクノロジー、情報とインテリジェンス、敵、摩擦、チャンスと不確実性、そして時間だ。 ある次元(技術や指揮など)は他のものよりも顕著に現れるが、どれも不可欠なものだ。戦略にこれほど多くの相互依存的な次元が存在するということは、一つの次元を改善することで得られる利点が極めて限定的であることを意味している。 ▼二つの学派 文化人類学者は、アメリカは圧倒的に単色的な文化、つまり課題を一度に一つずつ切り離して、実用的に検討する文化を持っていると指摘している[1]。その結果、アメリカの国家戦略はこの一事一価のアプローチを反映している。国防系の知識人は、ウォーターゲート事件の調査戦術である「カネの流れを追え」(follow the money)を検証する方法を使っている。すると研究費の痕跡は、ある「ビッグ・アイデア」から別の「ビッグ・アイデア」へと単色的に続いていくのだ。戦略的経験には実際的に「ポリクロニシティ」と呼べる本質的な統一性があるが、国防問題には急速な流行り廃りがある。たとえばデタント、核戦略、ICBM基地、SDIとさらなるSDI、そして競争戦略など、さまざまな論争があった。問題の潮流は、新しいアイデアや新しく聞こえるアイデアとして定期的にやってきてから無常にも去っていく。今日ではそれが「RMA」と「情報戦」である。このような問題の変動性を指摘することは、それを否定することではなく、歴史的な観点からしかその有用性を明らかにすることができないということを認めることなのだ[2]。 ハーマン・カーンは国防系の知識人であり、その最大の特徴は、モノクロの断片的な分析のために物事を分解するのではなく、物事をまとめあげることにあった[3]。もちろん彼の天才的な才能を見習うことはできないが、彼の方法論に従うことはできる。本稿は、それがいかに手ごわいものに見えようともその全体性に重点を置いて、戦略と戦争を全体論的に提示しようとするものだ。実際のところ、戦略的な現象というのは、調べれば調べるほど複雑に見えるものである。読者は、プロの歴史家たちが軍事的な経験を精査すればするほど多くのRMAが発見されることにお気づきであろう。それは、より強力な望遠鏡で宇宙を探査するのと同じだ。そこにさらに歴史家が議論に加わると、彼らの専門がどの時代であろうと、その世紀に一つ以上の RMA が存在したことは確かであると証言する傾向がある[4]。相互に関連するアイデアの中核には、以下のような議論の流れが形成されている。具体的に見てみると、 ■戦略や戦争には、多くの次元がある(一七が私の好みだが、もちろんそのリストに議論の余地はある)。 ■どの次元も重要であるが、それらの間の相互作用はケースバイケースである。 ■戦略のすべての次元は非常に重要だが、そのどれかで国家や同盟が著しく不利になると、全体として致命的な戦略的影響を与える可能性がある。 ■戦略や戦争の次元は、その詳細と同様に一般的に永遠かつ偏在的であり、その相互関係の詳細と同様に、ある文脈から別の文脈へと変化していく。戦略の性質と構造は実質的に不滅である[5]。 ■しかし戦争の性格と遂行(あるいはその「文法」について書いたクラウゼヴィッツの言葉を借りれば)、戦略の文法、すなわち戦略が戦術によっていかに達成されるかは[6]、政治、社会、経済、そしてテクノロジーの条件とともに(場合によっては根本的に)変化するものだ。 ■戦略と戦争の性質と構造は不変であるが、戦争の性格と遂行における変化は、間違いなく「軍事における革命」と言うことができる。しかし「革命」という言葉は、よりゆっくりと変化する変数を軽んじる危険性がある。 ■その結果、我々は戦略と戦争について非常に多くのことを知っており、また事実上、我々が理解していないこと、理解できないことについても非常に多くのことを知っていることになる。 この議論は極めて保守的であるが、変化の確実性を認めるものである。二〇世紀初頭、イギリスにおける技術面、ひいては戦術面での発展の急速なペースは、イギリス海軍において「唯物学派」と「歴史学派」の間で激しい論争を引き起こした[7]。前者の支持者は、大きな(それほど大きくなくても)技術的変化は、あらゆるレベルとあらゆる次元で、戦争というテーマ全体を実質的な変化、または「革命化」することを意味すると主張した。 それに対して「歴史学派」は、戦略と戦争は、技術と戦術が永久に流動的であるのと同様に、その本質においては不変であると論じたのだ。一九〇〇年代、ジャッキー・フィッシャー提督のような唯物論派とレジナルド・クスタンス提督のような歴史学派の間で交わされたこの議論は、細かさの度合いを進化させながら今日も続けられている。唯物論者にとって、世界は新しい技術が登場するたびに作り直されるのだ。 ▼すべてが重要 マイケル・ハワードは戦略の次元に関する考えに対して、兵站、作戦、社会的、テクノロジーの次元を明らかにすることによって、最も直接的な刺激を与えている[8]。SALT II や核戦略に関する活発な議論を背景に執筆したハワードは、アメリカが技術の次元だけに注力しすぎており、社会や作戦の次元を犠牲にしているように見えることを懸念していた。RMAと情報戦に関する戦略論を考える場合に、私は上述した一七個以上の次元を使いたいと考えている。これらの次元は、同時に相互に影響し合いながら作用するものだ。戦略には一つか二つの次元しかないと本気で主張する人々は、このようなアプローチに反対するだろう。 戦略の次元をあえて序列化するようなことは控えるべきであろう。よって上記で引用した順番はランダムなものである。たとえを使って論じてみると、自動車メーカーの車種は、エンジンの種類とサイズの大きさが各モデルの差別化を測る要素として強調されるのが一般的である。しかし自動車は、駆動系や(バッテリーを含む)電装システム、そしてタイヤがなければ動かない。さらに自動車の「次元」を向上させる上では、他の部分とのバランスを考えて改良しなければならないという制約がある。「ツイン・ターボ」はたしかにオプションとしては素晴らしい装置だが、ブレーキやタイヤ、そして(戦略の問題にも言えるが)優れた運転手がなくては意味がない。優れた軍隊は、たとえ政治的な指導に誤りがあったとしても、間違った戦争において勇敢に戦うことができるだろう。その逆に、悲惨な軍隊は、正しい戦争でろくな戦果を出せないかもしれない。ここで最も重要なのは「すべてが重要である」というばかばかしいほど明白なことである。その次に重要なのは、いわゆる「システム・オブ・システムズ」[9]によって増強されたアメリカ軍によってもたらされるかもしれない軍事効果の素晴らしい改善でさえ、政治面での指導力が低ければ失望する可能性が高いということだ。結局のところ、ドイツは二度の世界大戦において戦闘力では無敵だったが、戦争遂行能力では驚くほど無能だったのだ。 ▼地理を越えて この問いに正解はない。戦略にはいくつの次元があるのだろうか?次元の正確な数やラベルは問題ではなく、むしろ戦略で重要なものは、そのすべて次元のどこかに含まれているという点だ。ある国や同盟国たちが、戦略のすべての次元で傑出している必要はないし、優れている必要さえない。不健全な計画、覇気のない政治指導者、平凡な将軍、不運、不便な地理的条件にもかかわらず、戦争に勝つこと(十分な戦略的効果を生むこと)は可能なのだ。 ここで三つの点を確認しておく必要がある。第一に、各次元がプレイヤーである。それぞれの次元は、いかなる紛争でもどの時代においても国家戦略の一部であったのだ。第二に、戦略の諸次元間や諸次元内において、何らかの代替が可能であるという点だ[10]。たとえば国家同士が陸、海、空、宇宙(もしくはサイバー空間)で同等の能力を持つことは極めて稀である。またドイツ東方軍の場合、戦争中に一方の技術の質と量が低下しても、モチベーション(闘志、士気、イデオロギー)の分野で有用な補償が得られる可能性がある。あるいは敵の情報が不足していても、運、優れた兵站、優れた組織、高い士気などが組み合わされば、不測の事態を乗り切ることができるかもしれない。しかしそれぞれが直面する状況というのは同じものが一つとしてない。たとえば英仏軍は両大戦のいずれにおいても作戦情報が不十分であったために奇襲を受けており、一九一四年にはその無知から回復したが、一九四〇年には回復できなかった。 第三に、各次元において一定のレベルの競争力が存在する、もしくはそれを存在させるべきであるという点だ。もしそのレベルを下回ると、敵が主導権を握るという取り返しのつかない結果が待っている。そして敗北は必至だ。ここで主張されている議論は、戦略の次元の全範囲が(好みや狙いに関係なく)紛争に影響を与えるということである。その中で、重要でないものはあるのだろうか?たとえば「サイバー空間の時代には、地理があまり重要でない」という議論がある。だがサイバー空間が支配的となり、サイバーパワーが偏在すると同時にどこにもない(場所的に「地理を超えた」)ものであるとすれば、われわれはおそらくこれまでの戦略的経験からの根本的な決別を目撃しているのかもしれない[11]。しかしこれには疑うべきだけの根拠がいくつか存在する。 「戦略と戦争の全体的な性質を無視することは危険でしかない」という主張は、あるアナリストによっても考慮されている。彼は「人間の限界、情報の不確実性、そして非線型性は、優れたテクノロジーと工学が排除できる厄介な困難ではなく、我々が戦争と呼ぶ対立集団間の激しい相互関係に内在している、または構造的な特徴である」と助言している[12]。たとえばこれらの特徴のうちの一つが戦略の人間的側面(およびコマンド)の限界であるが、これは技術的な優位から得られるものを簡単に制限したり、相殺することができる(そして人間という次元は、戦術から国家運営に至るまで、紛争のあらゆるレベルで作用している)。 もし、テクノロジーに恵まれた情報主導の戦士による完璧なパフォーマンスが約束されているとすれば、戦略の他の次元におけるアメリカの競争力について何を想定できるだろうか? 政治的リーダーシップの卓越性、国民の熱意、そして戦略的パフォーマンスの手段の策定、実行、監視における優位性を期待するのは妥当であろうか[13]? ▼料理本戦略 RMAにどれほど適切に考えるか、もしくは必要なすべての次元(技術、武装化、ドクトリン、訓練、組織、一定数の獲得)をうまく実行できるかどうかは、将来のアメリカの実際の戦略的パフォーマンスとはほとんど関係がない可能性がある。なぜなら国家パフォーマンスを最も激しく低下させる「摩擦」は、政府と軍隊の間、あるいは政府と社会の間にある可能性が高いからだ。これは軍の近代化を非難するものでも、RMAの概念を敵視するものでもなく、またいくつかの面から情報戦を批判しようとするものでもない。むしろこれは、国家が総体として紛争に対処し、戦争を遂行し、戦略を立てて実行するものであるということだ。クラウゼヴィッツはこの点について、情熱(国民)、不確実性(軍隊とその指揮官)、そして理性(政府)で構成される「三位一体」に言及しつつ明確にしている[14]。残念ながら『戦争論』には、政策と軍事手段がともに優れておらず調和していない場合に生じる「困難」という重要な課題についての分析はほとんどない。 戦略の諸次元が相互に依存し合っていることは明白であり、それをくどくどと説明する必要はないだろう。しかし堅牢に見えるあらゆる理論には奇妙な例外が存在しがちであることも忘れてはならない。クラウゼヴィッツがジョミニと異なり、戦略に関するルールを記した料理本を提供するのを拒否したことは覚えておくべきだ[15]。したがって本稿の議論は、ジョミニ的というよりむしろクラウゼヴィッツ的なメッセージに沿ったものだ。一般的な戦略理論や、理解のためのアーキテクチャは、英雄的規模の愚行や不運などを実際に防いでくれるわけではない。戦略の各次元が重要であり、そのどこかの次元でまずいパフォーマンスをすれば紛争の最終的な結果を決定しかねないこと、また一つか二つの次元においていくら優れていても勝利をもたらすことはできないのは事実である。それでも実際には常に例外が起こりうる。軍事的天才(または愚か者)は、英雄的な規模で戦略の原則を書き換えるのだ。 繰り返しになるが、戦略の本質、目的、構造は永遠であり、普遍的なものである。あらゆる戦争、あらゆる時代、そしてあらゆる敵対者(同種または異種)同士の間でも、これらの特定の次元を参照して理解することができるのだ。しかしこれらの次元の間の、あるいはその内部での、複雑な相互作用の詳細は、時には極めて根本的に異なるものだ。だが歴史学派の提唱者が、時代、場所、敵対者、そして技術という要素に関係なく「戦略は戦略」であり「戦争は戦争」であると主張するのは、まさにこのような理由からだ。クラウゼヴィッツ、ジョミニ、マハン、リデルハートは、戦略と戦争の本質が変わることはなく、むしろ変わることができないと述べたのは正しかった。戦略の構成要素と構造は不変であり、細部が変化するだけである。上に述べた戦略の各次元は、ペロポネソス戦争、ポエニ戦争、そして十字軍においてもそれぞれの役割を果たしていたのである。 戦争の複雑さと、それを遂行するための戦略的なツールの多様性は、これまでの百年間にわたって増大してきた。技術、戦術、ドクトリン、そして組織は、経験に応じて、また得られる利点や回避すべき欠点を見越して調整されてきた。しかし陸上や海上だけでなく、新たな領域、つまり空中戦、宇宙やサイバー空間などでの戦いを考慮すると、どこでも同じ法則が戦略的パフォーマンスを支配していることに気づく。さまざまな地理(あるいはサイバー空間における反地理)での戦闘に特化した軍種が単独で戦争に勝てるかどうかは別として、それらが古典的戦略の指導的なルールに従わなければならないことには変わりがない。このルールは、戦略的活用の前提条件として、各地域における軍事的支配力の確保を義務付けている。陸、海、空、宇宙、そしてサイバース空間でも、それと同じ論理が当てはまる。海軍、空軍、そしてサイバー軍がチームプレーヤーとしての役割を発揮するためには、まずはそれぞれの特殊な環境の中で成功しなければならない。海上での戦闘に備えなければならない理由は、空や宇宙、そしてサイバー空間での戦いに備えなければならないかを考えればわかる。戦略と戦争の論理は同じである[16]。ある環境が軍事的に重要であれば、それを使用する権利のために戦う用意がなければならない。 全体的に言えば、われわれは戦略と戦争の未来について知るべきことをほとんどすべて知っており、これから知ることができることもおそらくすべて知っていると言える。実際のところ還元主義を厭わなければ、トゥキディデスは戦争の原因と戦略の政治的必要性について、恐怖、名誉、利害というたった三つの人間の動機を強調することによって考慮すべきほとんどすべてを記録したと主張もできる[17]。帝国の動機、または戦争の原因に関する現代の研究が、この三位一体の仮説よりも優れた結論を生み出せているかどうかは怪しい[18]。 戦略と戦争の将来について知られていないことは、重要なものも重要でないものも含めて、実に詳細な部分にある。多くの識者は「予見可能な未来」というフレーズを口にするという欠点を抱えている。なぜなら未来はまだ起きておらず、詳細に予見することはできないからだ。不満足であることは確実であり、しかも矛盾を含んでいる可能性が高く、さらにはほぼ不完全な思い込みのある政治指導のもとで、防衛計画者は戦争がどのように行われ、しかもいつどこで何のために行われるか正確に分からない状況の下で「十分な防衛体制」を決定せざるを得ないのである。しかしいくらか慰めになるとすれば、少なくとも彼らは戦略と戦争が何からできているのか(一七の次元)を知っており、経験による教訓を含めた「教育」によって、「戦略上の病に対する奇跡の治療法」という不健全な理論による説得などから免れることができるはずだ。 注 1.Edward T. Hall, Beyond Culture (Garden City, N.Y.: Doubleday, 1976). 2.以下の中の議論を参照のこと。Colin S. Gray, The American Revolution in Military Affairs: An Interim Assessment, Occasional Paper 28 (Camberley: Strategic and Combat Studies Institute, Joint Services Command and Staff College, 1997). 3.カーンの統合への直感は以下に示されている。On Escalation: Metaphors and Scenarios (New York: Praeger, 1965). 4.たとえば以下を参照のこと。Clifford J. Rogers, ed., The Military Revolution Debate: Readings on the Military Transformation of Early Modern Europe (Boulder, Colo.: Westview, 1995). 5.この議論は以下の本の中心的なテーマである。Colin S. Gray, Modern Strategy (Oxford: Oxford University Press, 1999)[コリン・グレイ著『現代の戦略』中央公論新社、二〇一五年] 6.Carl von Clausewitz, On War, edited and translated by Michael Howard and Peter Paret (Princeton: Princeton University Press, 1976), p. 605. [カール・フォン・クラウゼヴィッツ著『縮尺版:戦争論』日本経済新聞社、二〇二〇年、三六六頁] 7.論点については以下が最も明晰に示されている。Reginald Custance, “Introduction” to “Barfleur,” Naval Policy: A Plea for the Study of War (Edinburgh: William Blackwood and Sons, 1907), pp. vii–ix. 8.Michael Howard, “The Forgotten Dimensions of Strategy,” Foreign Affairs, vol. 57, no. 5 (Summer 1979), pp. 975–86. 9.James R. Blaker, Understanding the Revolution in Military Affairs: A Guide to America’s 21st Century Defense, Defense Working Paper 3 (Washington: Progressive Policy Institute, January 1997). 10.以下を参照のこと。Andrew G.B. Vallance, The Air Weapon: Doctrines of Air Power Strategy and Operational Art (London: Macmillan, 1996), chapter 2. 11.以下の二つの文献を参照のこと。Colin S. Gray, “The Continued Primacy of Geography” (and “A Rejoinder”), and Martin Libicki, “The Emerging Primacy of Information,” Orbis, vol. 40, no. 2 (Spring 1996), pp. 247–59, 261–76. 12.Barry D. Watts, Clausewitzian Friction and Future War, McNair Paper 52 (Washington: National Defense University Press, October 1996), p. 122. 13.戦略を「プロセス」と見るものについては以下を参照のこと。Williamson Murray and Mark Grimsley, “Introduction: On Strategy,” in Williamson Murray, Macgregor Knox, and Alvin Bernstein, eds., The Making of Strategy: Rulers, States, and War (Cambridge: Cambridge University Press, 1994), chapter 1. [ウィリアムソン・マーレー他編著『戦略の形成』上下巻、ちくま学芸文庫、二〇一九年、第一章] 14.Clausewitz, On War, p. 89. [クラウゼヴィッツ著『戦争論』六三頁] 15.Contrast Clausewitz, On War, p. 141[クラウゼヴィッツ著『戦争論』頁], with Antoine Henri de Jomini, The Art of War (Novato, Calif.: Presidio, 1992), pp. 16–17, 70, 114. 両者の比較は以下で見ることができる。Michael I. Handel, Masters of War: Classical Strategic Thought, 2d ed. (London: Frank Cass, 1996). 16.このような考え方は以下の本の全般に染み渡っている。Edward N. Luttwak, Strategy: The Logic of War and Peace (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1987). [エドワード・ルトワック著『エドワード・ルトワックの戦略論』毎日新聞出版、二〇一四年] 17.Robert B. Strassler, ed., The Landmark Thucydides: A Comprehensive Guide to the Peloponnesian War (New York: Free Press, 1996), p. 43. 18.以下を参照のこと。Donald Kagan, On the Origins of War and the Preservation of Peace (New York: Doubleday, 1995). これはツキュディデスに影響を受けたものだ。他にも以下を参照。 Hidemi Suganami, On the Causes of War (Oxford: Clarendon Press, 1996). === この論文の基本的な議論は、私が6年ほど前に訳出した『現代の戦略』でも展開されているものですが、先ほどアマゾンで見たら新品の値段が高騰しておりました。 いまから20年以上も前の議論なのですが、戦略の複雑性を理解した上でわれわれはなんとかやるしかない、という希望と絶望にあふれた実に現実的な戦略論を展開しているように思えます。クラウゼヴィッツとそれに影響を受けたマイケル・ハワードの議論を発展させた、実に「保守的」といえる新クラウゼヴィッツ主義者の典型的な議論だと思います。 「戦略は普遍的」という議論を軸にすることで、シーパワーやランドパワーだけでなく、スペースパワーや特殊部隊、さらには沿岸警備隊の理論まで戦略論を展開できますし、当時の最新の議論であった「軍事における革命」(Revolutions in Military Affairs)にもまどわされずに議論できる、というやりかたですね。 この論文の冒頭でもありますが、アメリカで大流行しては見向きもされなくなるという「戦略のアイディア」のサイクルの速さというものを外国(イギリス)出身の冷めた目で見ているような感覚が感じられて興味深いですね。 (現代の戦略) ==== ▼最新作 〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2022-01-20 10:44
| 戦略学の論文
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