戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日の横浜北部は朝から寒くて快晴です。

さて、すでにご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、とうとう孫子本が発売になりましたので、そのお知らせを。
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デレク・ユアン著『真説 孫子』(中央公論新社)

出版社の方針なのかどうかわからないのですが、ネット上にはあまり詳しい紹介的な解説がないので、訳者本人からあえてここで少し書いておきたいと思います。

まずは出版社のHPなどに載っていたものはこうなります。

↓↓↓

中国圏と英語圏の解釈の相違と継承の経緯を分析し、東洋思想の系譜から陰陽論との相互関連を検証、中国戦略思想の成立と発展を読み解く。気鋭の戦略思想家が世界的名著の本質に迫る。

目次
第一章 中国の戦略思想の仕組み
第二章 『孫子兵法』の始まり
第三章 孫子から老子へ:中国戦略思想の完成
第四章 孫子を読み解く
第五章 西洋における孫子の後継者たち
第六章 中国の戦略文化

===

これだとかなりカタいですし、何か物足りないかと思われますので(苦笑)、やはりもう少し付け加えたいと思います。

訳者本人がいうのは気が引ける部分はあるのですが、この本はスゴいです。

何がスゴいのかというと、まず第一点は「革命的」であることです。どのように革命的かといいますと、孫子の戦略論の「世界観」を論理的に論じているところです。

この世界観をひもとくキーワードが、「タオイズム」です。

もちろん孫子は日本でも思想的に迫ったものがいくつかあったはずですが、「タオイズム」というものに焦点をあてて、ここから明快に論じているものはほとんどありません。

ではその「タオイズム」とは何かというと、古代中国の春秋時代に、主に自然観察から生まれた世界観。すべてのものは循環し、あらゆる要素が両極端に振れつつも安定し、大きな自然現象として世界を形成している、という考えです。

これをわかりやすく述べたものが「陰陽論」でして、『孫子兵法』にはこの考えが染み付いている、とするのが本書の特徴であります。

たとえば『孫子兵法』をお読みになった方はお気づきになると思いますが、本文の中にはやたらと「奇・正」「強・弱」「長・短」「遠・近」「勝・負」「有・無」「虚・実」のように、二つの概念を対比する言葉遣いが出てきます。

これらの言葉は日本の言葉の中にも定着しているために、かえってわれわれは気づきづらいわけですが、これらはまさに孫子の世界観を形成しているタオイズムから由来するものだというのです。

孫子は(戦争を含む)世界というものを理解する上で、まずあらゆる現象の極端な姿をそれぞれ意識しろ、としております。そうすることによって、世界の本質というものが理解できる、ということです。

そしてこの世界のシステムの本質を理解できたなら、いかに表面的な現象が複雑で矛盾しているように見えても、本質を知っているがゆえに相手には勝つことができる、ということなのです。

本書のベースは博士号論文をベースにしたものなので、一般の人にはやや読みづらいと感じる部分も多いでしょう。そういう意味では、有名な言葉をわかりやすく解説している第四章や、西洋の戦略家の考えと比較している第五章から読み始めるのがおススメかもしれません。

まだまだ色々と解説したいのですが、時間がないのでこの辺で。

さらに詳しく知りたいという方には私が簡単に解説したCDもあります。西洋のリアリズムとの関連についてもまた書いてみたいと思います。

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▼奴隷の人生からの脱却のために
戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから!
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▼〜これまでの地政学解説本はすべて処分して結構です〜
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奥山真司のアメリカ通信LIVE

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# by masa_the_man | 2018-02-09 10:29 | おススメの本 | Comments(2)

今日の横浜北部は乾いた快晴の空です。気温もかなり低いですが、いいかげん慣れてきた感覚があります。


さて、前回の放送でも触れた、フィクションの重要性について語った意見記事の内容の要約です。短いですが、なかなか濃い内容です。著者はハーバード大学の人文学系の教授です。


===


なぜ「年末年始の物語」はまだ重要なのか

20171220

By スティーブン・グリーンブラット


年末年始のクリスマスシーズンは、ディケンズの『クリスマス・キャロル』や『くるみ割り人形』さらには『サンタクロース』に代表される、学者たちが言う「集合的フィクション」(collective fictions)の季節でもある。


そしてこのほど専門誌である「自然コミュニケーション」(Nature Communications)では、現代でも狩猟生活を続ける部族であるフィリピンのアグタ族でも、このような「物語」が重要であるという研究結果が出ている。


学者たちはこのアグタ族のような地球上でも数少ない狩猟部族に魅せられて研究しているが、その理由は農業が始まる以前の、人類の最初期の生活の様子を教えてくれると考えられているからだ。


このような部族は、進化生物学者たちを長年悩ませてきた謎、つまり、人類がどのようにして食糧の共有や他者へのいたわり、仕事の協調、社会規範の許容のような「集合的な行動」を学んだのかという疑問を解くカギを持っていると考えられているために研究されてきた。


そしてその答えは、どうやらわれわれが語る「物語」とすべて関係があるようなのだ。


一般的な狩猟部族と同じように、アグタ族の「物語」では男女平等や友情、そして個性の違いを社会的に許容することのような価値観が強調されている。


たとえばアグタ族には、「太陽(男)と月(女)の間で、どちらが空を照らすべきかについてケンカがあった。結果的に月にも太陽と同じくらいの力があることが証明されたが、彼らは任務を分担することを決めて、日中は太陽、夜は月が働くということになった」という神話がある。


研究によって判明したのは、アグタ族の中でも、物語のうまい人間が多い集団のほうが、互いに対して協力的であり、食糧探しもうまいということだ。


アグタ族自身も物語の「作家」や、それを語る「語り部」のスキルが集団の利益になることを十分知っており、誰と一緒に生きるのかを選べと言われると、圧倒的多数が狩りや漁や農作業などに熟達している人間よりも、語りの上手い人間を選んでいる。よって調査で答えた人々のほとんどが合意したのが「良い物語が好き」であるということだ。


アグタ族は最も価値のある才能を持った人間に対して、積極的に報酬を与えている。今回の研究で集められたデータで判明したのは、物語をうまく語った人のほうが健康的であり、子孫も繁栄しているということだ(その論文の中では、「もの語りのうまい人物のほうが、そうでない人々と比較して53%の割合で子孫の数が多かった」と記されている)。


研究者たちの結論は、もの語りの上手い人々は、社会的な協力関係を向上させることによって他者からの支持をますます得るようになり、自分が属する集団の成功のために大きな貢献をすることによって賞賛されることになる、というものだ。


年末年始のこの時期になると、最もわれわれの連帯を高めるような物語といえば、「信じること」をあきらめてはならないと(子供ではなく大人たちに対して)諭すような、いわゆる「ファンタジー」になる。


アダムとイブの話や、イエス・キリストの誕生のような聖書に載っている話とは違って、このようなファンタジー系の物語というのは「信者」に対して「これらは真実だ」と教えるようなものではなく、むしろはじめからフィクションであるという前提から始まるものであり、サンタクロースの場合は時を経るにしたがってフィクションになったものだ。


実際のところ、何世代にもわたって無数の人々にとっては、子供のある時期にサンタクロースは創作であるという事実に気づくわけであり、これが最初の「幻滅」の体験となってきたのである。


もしこのような「幻想の喪失」についての悲しみがあるとしても、これは逆にいえば、現実とフィクションの間を区別することを容認するという、人間の成長をうながる一つの強力なプロセスの一つでもあるということが言える。


赤い頬とおもちゃを満載したそりに乗ったイメージのサンタクロースに対するアメリカにおける熱狂の源流は、「聖ニコラスの訪問」という一遍の詩にあるとされている。


この詞はトロイ・センチネル誌の1823年12月23日号に発表されたものであり、もしアグタ族であれば、この詩の作者は素晴らしいストリーテラーとして、大いなる栄誉と富を得たはずである。ところがこの詩は匿名で発表されたものであり、誰が作者だったのかはいまだに議論されているのだ。


多くの専門家たちは、ニューヨークの聖光会神学校の文学・神学の教授であったクレメント・クラーク・ムーアが作者であると主張しているが、ポキプシー在住の詩人であるヘンリー・リビングストンであると論じる人もいる。


いずれにせよ、この詩の作者はわずかな原稿料しかもらっていないことはたしかだ。ただし文化的な面から言えば、われわれはこの詩の作者に対して毎年熱狂的に贈り物を交換するという富を生み出したという意味で、直接報いたと言えるのである。


この贈り物を与える習慣というのはわれわれの国家経済、そして消費社会の健康にとって決定的に重要な要素となっているからだ。


色々と議論に明け暮れている時代ではあるが、今期の年末年始もあいかわらずこのようなストーリーテラーたちは、社会の協力を形成する点で決定的な役割を果たしてくれたのである。


この点について、アグタ族の判断は明らかに正しい。


===


要するに「(つくり)話のうまい人間や、良い話は、社会をまとめたり経済を回したりする上で大きな役割を果たす」ということにもなりますが、これは戦略やプロパガンダという意味でもきわめて重要な示唆を与える話ですね。


国家も人間が構成している集団の一つですので、この話が正しいとすると、国家的な神話やストーリーがあると、それが国民を団結させる役割を果たすことにもなる、ということです。


逆に興味深いのは、論語で孔子が「巧言令色鮮し仁」といって、「口の上手い奴にはロクなのがいない」と指摘している点ですが、これは文化的な差異なのでしょうか。


いずれにせよ、この話は「リーダーには話術が必要だ」とする最近の風潮とあいまって、社会心理学的にも見逃せないポイントです。




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(パディントンベアの銅像)





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# by masa_the_man | 2018-01-21 11:57 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部は冬の関東地方らしく、よく晴れて寒かったです。

さて、前回の番組でも触れた、セクハラ問題についての最新研究の知見をまとめたワシントン・ポスト紙の記事を要約しました。

本ブログには珍しいタイプの記事かもしれませんが、「権力」という観点ではかなり関連性のあるものなので、あえてとりあげてみました。

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男をセクハラに駆り立てるものは何か?:人間の「業」を科学的に説明

Byウィリアム・ワン

2017年12月22日


セクハラをしたと非難される人物の数は増える一方であり、その性暴力やセクハラの詳しい内容も段々と明らかになってきている。ニュースやツィッターで報じられるその詳細などを見るにつけ、われわれはここで、一つのひどい疑問を問うべきであろう。


それは「この男性たちはなぜこのような行動をするのか」というものだ。


もちろんこのような行動のうちのいくつかは、その男性のガサツな性格や、完全な女性蔑視によるものだと片付けることもできるだろう。ところが、これらの行動のどれだけの量が、その男性自身の性格によるものであったり、彼のいる文化的な環境によるものなのだろうか?


ある男性が他の男性よりもセクハラをする可能性が高い場合、その原因は何なのだろうか?そして女性が嫌がることをしている時に、彼らの頭の中には何が起こっているのだろうか?


社会学者や心理学者たちは、近年このような疑問を解明しようと取り組んできている。そのおかげで興味深い研究成果が着々と出てきており、中には現在の状況を踏まえると、かなり「挑発的」ともいえる答えも出ている。



Q: セクハラをしがちな男性と、それ以外の男性との差をつくっている原因は何なのだろうか?


ジョン・プライヤーは過去30年以上にわたってこの疑問にとりくんできた。セクハラ研究のパイオニアの一人として、プライヤー教授は1987年に「セクハラ見込み度」(Likelihood to Sexually Harass scale)と呼ばれる、男性のセクハラ傾向を測る方法を開発しており、これがセクハラ研究の金字塔を打ち立てることになった。


彼の開発したテストは10個のシナリオで構成されている。


たとえばその一つのシナリオでは「あなたが会社の社長で、新たに女性秘書を雇う」というものがある。志望者である彼女は雇ってもらうことに必死であると説明しつつ、社長であるあなたに対して好意を持った目つきで見るのだ。


このような状況で、あなたが彼女を雇うチャンスはどれだけ上がるのだろうか?性的な見返りを求めて雇うだろうか?仕事について議論するために彼女を夕食に誘うだろうか?


イリノイ州立大学の心理学の学者であるプライヤー教授を始めとする人々は、長年にわたってこのような人工的な状況を実験室の中に設定し、このテストが人々の行動をどれほど予測できるものであるのかを研究してきた。


その結果として、セクハラをする人々の傾向として以下のような三つの特徴があることを見つけている。それは、


①共感力の欠如

②伝統的な男尊女卑の考え方を持っている

③優越感・独裁主義的な性格をもっている


である。


また、教授は電話インタビューで、セクハラをする人の周囲の環境の影響が非常に大きいことを研究者たちが発見したとも答えている。


彼によれば「テストで高い数値をもった人たちを、セクハラしても見逃されやすいセッティングの環境につれていくと、彼らは必ずセクハラをします。つまり免責状態(impunity)というものが、大きな役割を果たしているんですよ」と述べている。



Q: 権力を持った立場にいる人は、なぜハラスメントすることが多いのか?


近年増えてきた研究結果によれば、人間の認識と行動は「権力」(power)を持つことによってゆがめられてしまうことがわかってきている。


カリフォルニア大学バークレー校の心理学教授であるダシェール・ケルトナーは、「多くの研究で、権力は人間を衝動的にするという結果が続々と出ています。人間は権力を持つと、社会的な習慣についての心配は減り、自分の行動が他人の目にどのように映るのかという関心そのものが減るというのです」と述べている。


たとえばケルトナー教授が行った実験では、


1,自分のことを「金持ちだ」と感じている人のほうが、車を運転している時に横断歩道で歩行者に道をゆずる確率が下がる


2,自分のことを「権力者だ」と感じている人のほうが、子供からキャンディーを取り上げることができる可能性が高い


3、実際に権力を持っている地位の高い人のほうが、自分のことに意識を集中させがちであり、他人をモノとして扱う傾向が多く、他人が自分にいかに好意を持っているのかを誇張しがちである


という。


「つまり一種の自己中心主義になる、ということですね。頭で考えていることがそのまま周囲の世界にも当てはまると考えてしまう、ということです。ハーヴェイ・ワインスタインのような人間は、”俺がこれだけムラムラしているんだから、周囲も同じようにムラムラしているはずだ”と考えてしまうんですね」とケルトナー教授は述べている。


Q:このような男性たちに「女は俺に関心がある」と勘違いさせるものは何か?


最近暴露された何人かの権力を持った男たちの中でも、とりわけ意味不明で不快な行動が「自分の裸を見せる」というものだが、これは相手の女性が自分のことを魅力的に思っているはずだし、裸さえ見せれば自分に好意をもつはずだ、という期待を持っているからだという。


そして意外なことに、これにはしっかりとした科学的な説明ができるという。


2011年に発表された画期的な研究結果では、リーダー的な立場にいる人たちが、幻の「性的なシグナル」を、実際は好意をもっていない部下から受け取ることが多いということが判明している。


ジョナサン・クンツマンとジョン・マナーの行った実験では、78人の男女を異性同士でペアにして、片方がリーダーとなり、それぞれおもちゃの「レゴ」を使って、共同でオブジェをつくるプロジェクトを実行してもらっている。


このプロジェクトが終わったあとに被験者たちは個別にインタビューされるのだが、この結果としてわかったのは、リーダー役をした人のほうが、部下役のほうはなんとも感じていないのにもかかわらず、自分の方がはるかに「性的に好意をもたれている」と感じたということだ。


実験者側が被験者たちの動きを撮影した動画を後で分析してみると、リーダー役の人の方が勘違いした行動をしており、部下の足をさわったり、目をじっとみつめたりという行為が多いことがわかったのだ。


マイアミ大学オハイオ校の心理学者であるクンツマン教授は、「権力は、このような不品行をしてしまうような精神状態をつくりあげてしまうのです。このようなロマンチックな雰囲気を過剰に感じてしまう傾向によって相手を自由にタッチしても良いという感情を生み出し、結果として不品行につながることがあるのです」と述べている。



Q:このような男性が最終的に求めているのは「性的充足」?それとも「支配的な状態」?


前述のプライヤー教授は「セクハラについてよく言われるのは、それが性的な欲求ではなく、権力の現れとして行われるものだということです」と述べている。


近年において性と権力の関係性について研究してきた心理学者たちの研究によれば「セクハラ度」の高い男性の多くにとって、この二つのアイディアは互いにからみあっていることが多いという。


同教授は「この二つは同じコインの表裏であり、あまりにも密接なために、その二つを切り離すことができないほどです。彼らがもし誰かに対して権力を持った立場になれば、その相手に対して性的な考え方を抑えることは難しくなります。しかもそれについて考えれば考えるほど払拭することができなくなってしまうのです」と述べている。


Q: ハラスメントをするのがほぼ常に男性であるのはなぜなのか?


これについては統計学的な答えが出ている。現在の社会の間違いや偏見など、その現実を踏まえて考えれば、あいかわらずリーダー的な立場にある男性の数が圧倒的だからだ(ところが最近あった事件では、女性のリーダーが男性の部下にハラスメントを行っていたとして訴えられた例が報告されている)。


また、このようなハラスメントについて、フェミニスト的な構造の解釈もある。つまり、ハラスメントというのは支配状態を誇示するための手段として使われ、女性がその手段として利用されるというものだ。


ところがイリノイ大学アーバンシャンペイン校の心理学者、ルイーズ・フィッツジェラルドによれば、行動科学では性別の違いが行動の違いに出ることが判明しているという。


同教授は「女性がそのような後ろ暗い人格をもっていないというわけではないのですが、それでも性別の研究から判明しているのは、男性のほうがアグレッシブで、セックスを求めて社会的な行動をし、その権利があると考えているという点です」と述べている。



Q: 最近の#MeTooによるセクハラ暴露運動は社会を変えるか?


セクハラが及ぼす破壊的な影響について30年間研究してきたフィッツジェラルド教授は、意外なことに、現在の社会変革を起こそうとするムーブメントの将来的な成果については悲観的である


「私はクラレンス・トーマスの最高裁選出の公聴会の時にも、いよいよ文化が劇的に変わる時が来た、すべてが変わる!と考えておりました。ところがその20年後になっても人々はセクハラがまだ存在していたことを再発見して驚いているような状態なのですよ」と同教授は述べている。


現在注目を集めているセクハラ関連のニュースは、ハリウッドやメディアのように、主に注目を浴びやすい立場にある人々に関係したものばかりだからだ。


「このような報道があったとしても、ウォルマートや工場でセクハラを受けている女性たちの立場を変えることになるでしょうか?私は微妙だと思います」と同教授は述べる。


ところが前述のプライヤー教授によれば、#MeTooによって、セクハラやハラスメントによる社会的な不名誉の度合いが変わる可能性があるという。


「#MeTooによる暴露運動が示しているのは、このような経験がいかに頻繁に行われたのかという点です。そしてこのおかげで、今までハラスメントを受けても泣き寝入りによって隠されていた沈黙状態が、解消される可能性も出てきたのです」と同教授は述べている。


そして前述の教授たちが述べているのが、このムーブメントのもうひとつの効果が、セクハラ研究への関心を高めたことにあるという点だ。


たとえば(現在は半分リタイアした)プライヤー教授が1980年代にセクハラを研究しはじめた当時は、この研究に対する支援は少なかった。同教授は初期の多くの研究を自費でまかなわなければならず、業務以外の空き時間をつかって「セクハラ見込み度」のような研究を進めたという。


それから数十年が経過して、状況は改善したが、それでもその度合はわずかなものだという。


「現在われわれが目にしている状況は、私の経歴を考えるとすでに手遅れだけどようやく始まってくれたかという感じです。これが後に続く世代にとって分岐点になればいいんですがねぇ」


===

文化が違うという点を考慮しても、このような研究の成果は、洋の東西に関係なくすべての国に当てはまりそうですね。

それにしてもリーダー役の人間は、勝手に部下から「好意を持たれている」と勘違いしやすいというレゴの実験は、なんというか、人間のサガのようなものを如実に感じさせてくれるものであります。

「英雄色を好む」とはよく言われることですが、この研究が正しければ、ミクロなレベルでも「上司」になった人間は「(異性の)部下に好かれている!」と勘違いしやすいということですね。

逆にいえば、そのような「部下からの好意」というのは幻(ファントム)でしかない、という切ない話になるわけです(苦笑)

そしてその反対に、部下になった人間も「上司は勘違いしやすい」と知っておくのは重要かと。

いずれにせよ部下を持った人間だけでなく、「人の上に立っている(と感じている)人間は、性別に関係なく、すべからく自重・自制すべきであり、決して勘違いしてはならない」という警告として受けとった方がよさそうです。
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(羽田空港上空からの眺め)

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奥山真司のアメリカ通信LIVE

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# by masa_the_man | 2018-01-12 18:07 | 日記 | Comments(3)

リベラリズムの終わり?

今日の横浜北部は、久々に曇って夕方には冷たい雨になりました。


さて、今回も以前紹介した記事の要約です。ちょっと長いのですが、その内容はかなり考えさせてくれるものです。


なぜアメリカではトランプが選出され、欧州では反EUの機運がここまで高まってきているのか、その原因をリベラル派の無理な考え方にあると分析した記事です。


===


リベラリズムの終わり?

by ダミール・マルージック

2017年11月1日


「べつに私はトランプ支持者というわけではないんですよ。ただ、あなたが擁護しようとしている土台そのものすべてを、あなた自身がぶち壊しにしているんですよ」


このようなこじれた感情のおかげで、私は過去10ヶ月間において私よりもはるかに執拗にトランプ大統領に反対している人々と、無数の議論を行うはめになった。


私はワシントンDCに住んでいる。この地域に住む人々は、先の大統領選で90.9%という圧倒的な割合でヒラリー・クリントン候補に投票した。したがって、私が議論をするはめになった人々のほとんどは、私の友人や同僚たちである。


私の討論相手となった人々は、どうやら段々と自分たちが世界的な歴史の分岐点に立っており、自分たちの考える「正しいこと」と、それに対する揺るぎないコミットメントだけが世界を破滅から救える、と考えはじめているようなのだ


もちろん私は彼らと同じく「歴史の分岐点に立っている」という点については同意するのだが、彼らとちがって、トランプ政権の誕生はそれよりはるかに大きな問題の、単なる一つの症状のあらわれでしかない、と考えている。


私の友人の主張で多いのは、「われわれの共有された価値観の問題だよ」というものであり、彼らは「トランプはその価値観を攻撃しているんだ。リベラルな民主制度が危機にさらされている。これは本当に生きるか死ぬかの状態なんだよ」と言うのだ。


ところが私の答えは、「民主制度は問題ないよ、ただしリベラリズムは、いまにも自分で喉をかき切ろうとしているんだ」というものだ。


❊❊❊


トランプ大統領の支持者ではなくても、このような現象に気づいていた人はいる。聡明なブルガリアの政治学者であるイヴァン・クラステフ(Ivan Krastev)が、およそ10年前の素晴らしいエッセイで、まさにこのような事態を予測していた。


「デモクラシー誌」(the Journal of Democracy )に掲載されたこのエッセイのタイトルは「リベラル・コンセンサスの奇妙な死」(The Strange Death of the Liberal Consensus)である。


その記事が発表されてからすぐ発生した金融危機(リーマンショック)の到来を予測している人はほとんどいなかったのにもかかわらず、中欧・東欧の人々はすでに選挙の面で「反乱」を起こし始めていた


この時にクラステフが注目していたのは、当時も批判的に「ポピュリズム」と呼ばれていた現象の台頭であったが、このエッセイは現在の西洋の政治的な現実を形作っている動きを理解する上で欠かせないものである。


21世紀に入って7年間がすぎ、しかも単一通貨になってから10年もたっていないにかかわらず、現在よく知られている面々は、すでにブリュッセルのEU本部で忌み嫌われていたのだ。


ロベルト・フィツォはスロバキア首相の第一期を務めていたし、ヴィクトル・オルバーンはハンガリーで台頭中であり、カチンスキ兄弟の「法と正義」党はすでにポーランドで連立政権を率いていた。


彼らに対する非難は、まったく根拠がなかったというわけではない。フィツォの連立相手の右派たちは、集会などでハンガリア人やロマたちに対してひどいコメントを発することで悪名高かった(スロバキア国民党のヤン・スロタは1995年に「ジプシー問題」は「小さな中庭の長いムチ」で解決すべきだと述べている)。


そして「法と正義」党は現在と同様に、当時から党に忠誠な人物を名目上は中立であるべき公務員や官僚に採用しており、その民主政治に対して被害妄想的で陰謀論的なアプローチをとるなどして評判が悪い。


ところがそれを批評する当国の人々も、彼らを旧ドイツのワイマール共和国になぞらえて讃えているのだ。


クラステフがうまく述べているように、この「ワイマール解釈」の最大の問題は、その解釈そのものがまず間違っているだけでなく、明らかに自己利益を狙ったものでしかないという点だ。


「ブダペストとワルシャワの街にあふれているのは、問題の最終解決の方法を求めた相手は、機動隊ではなく、最終セールを求める落ち着かない消費者たちである」とクラステフは書いている。


市場資本主義と同様に、民主制度も健全だということだ。


ところがここで辛辣に否定されていたのは、われわれが「常識的なリベラルの世界観」とでも言うべきものであり、これは冷戦終結以降にいままで政治面では問いかけられることのなかった、一種の「ポリティカル・コレクトネス」だったのだ。


EUはある政治的な要件を、熱心に参加したがっていた中欧や東欧諸国に対する一つの参加条件として課すことになった。EUの官僚たちは「もしEUに参加したければ、制度機関をわれわれの基準にあわせて変革するだけなく、国内である種の政治的な言説を禁止せよ」と要求したのだ。


「反資本主義的な動きを封じるために、リベラルたちは反資本主義的な言説をうまく封じ込めたが、その代わりにシンボルやアイデンティティの問題に関する政治的な動きを許してしまうような空間をつくり、これによって自らの首を締めるような条件をつくりだしてしまったのだ」とクラステフは記している。


これをいいかえれば、冷戦後に勝ち誇ったリベラルたちは「リベラリズム」を道義問題にまで高めてしまい、政治的に疑問をさしはさむことさえ許されないものとしてしまったのである。


個人の権利や私有財産権、そして自由で開放された合理的な市場の代わりに、彼らはそれに同意しない人間であれば、それは非難に値する「逆行」、つまり単に「間違っている」(wrong)だけでなく「悪」(bad)であるとして、議論をすることさえ禁止してしまったのである。



❊❊❊❊❊



クラステフはこれを書いていた当時、禁止されていたのは「反資本主義」だけではないという点に気づいていなかったのかもしれない。たとえば「国民性」(nationaliry)や「国民文化」(national culture)という概念そのものが、長年にわたって民主政治にはあまりにも危険なものとみなされるようになっていた点だ。


もちろんこの原因の一部は、共産主義の崩壊の直後にヨーロッパの周辺部を揺るがした、血なまぐさいバルカン半島における戦いにあるのかもしれない。ところがフランク・フレディが『ポピュリズムと欧州の文化戦争』(Populism and the European Culture Wars)という洞察力にあふれる新刊で論じているように、「善なる欧州」としての歴史的な自己理解の核心にあった「国民性」というものを、彼らは正統的な概念とはみなさず、大きく拒否してしまったのである。


西欧の民主国家は、第二次世界大戦の数十年間にわたって、欧州大陸の政治からナショナリズムというものを消滅させようとして必死に働いたわけであるが、これはホロコーストに関する集合的な罪悪感をつぐなおうとしてのことであった。


たしかに欧州の人々の経済的・心理的に立ち直ろうとする努力そのものを過小評価するのは間違っている。ところがこの努力は、たしかにその傷跡を残したのだ。


1990年代における国際的な共産主義の「敗北」のおかげで、この「都合のよい敬意」は、いまやリベラリズムの勝利の最大の原因であるかのように見なされ、ますます賞賛されるようになったのだ。


ユルゲン・ハーバーマスのような政治思想家は、「国民国家は必然的にガス室へとつながるものだ」と議論しはじめ、国家を超越したEU――これはいまや世界的な普遍的プロジェクトであり、人類が原始・民族的な衝動を超越するための手段とみなされるようになった――は、人類がめざすべき唯一の道義的目標となったのである


このような尊敬すべき「ポストナショナリズム」は、当然のように、ろくに検証されずに正当化された市場開放とあいまって論じられることになったのである。


彼らの議論に従えば、グローバル化した経済ではヨーロッパの小国はEUに主権をあけわたし、国境を開放して労働力と資本を流入させない限り競争力を持ち得ない、となるのだ。


したがって、「善なる欧州人」であるアンゲラ・メルケルやジョージ・ソロスのような人々が移民の流入――最初はEU内の労働者だが、2015年以降はシリア、北アフリカ、そしてアフガニスタンからの不幸な集団――を、ヨーロッパ文明の素晴らしさを特徴づけるものとしてみなしたことは偶然ではないのである。


フレディによれば、欧州のリベラルたちの最大の問題は、選挙民たちが自分たちのプロジェクトをあまり強く正当化できないものであると見なしていた点にあるという。


ソ連の脅威と戦後経済の復活は数十年間にわたって彼らをつなぎとめる役割を証明してきたと言えるが、1970年代の経済危機が強まってくると、EUの最も熱心な信奉者たちにさえ、このような状態は長期的に続けられないことが明らかになってきた。


ところがそれから40年以上たってから、このような鋭い洞察も、無血で手に入れたEUという国境を越えたアイデンティティをなげやりなPR によって広める程度のことしかできなかったのである。


2011年になると、ジャック・デロアのような大御所でさえ、ユダヤ・キリスト教的な伝統をかくしたこの壮大な欧州におけるプロジェクトがうまくいっていないことを認めざるを得なくなったのである。


ところが彼の警告に耳を傾けた人は少なかった。EUが世界に向かって「普遍性」を訴えるような形になるにつれて、最も熱心な擁護者たちは、欧州大陸内の有権者たちに対して「EUには欧州伝統の素晴らしさがある」と訴えるような力を失ってしまったのである。


今日に至っては、状況はさらに深刻になっている。フレディによれば、「(いわゆるポピュリストのような)国家主権の原則が公的に主張されるにいたって、EUに対して“王様は裸だ”というような状況がつくりだされてしまった」のである。


しかもこれは、必ずしも有権者たちが非リベラル的になったことを意味するわけではなく、むしろ彼らはそもそもエリートたちが望んでいたほど、もしくは想像していたほど、リベラルの理想と一体化してはいなかったということだ。


少なくとも中欧と東欧では、リベラリズムの知的な面からの訴えは、国民たちに響かなかったのである。


「リベラルの考えに盲目的に従うこと」が生活水準の向上や将来の経済的繁栄のために支払うべき代償である限り、ほとんどの人々はそれに積極的に従った。ところが「リベラリズムという宗教」への普遍的な熱望は、虚しく響くだけだったのだ。


いざその「未来」がやってきて、欧州統合がカラ約束であることが明らかになると、このような信仰心は捨てられてしまったのである。



❊❊❊❊❊



もちろんアメリカ側の事情はそれとはかなり異なるものだが、今日の政治状況を動かしている背後の力学は驚くほど似ている。


常識的なリベラルの世界観に対する多数の人々からの反発に直面したおかげで、パニックにおちいったアメリカのエリートたちは、おしなべて「破滅的かつ独裁的な未来が来る!」と予言している。


そして「政治の実行」という段階になると、リベラルたちは過去に成功したやり方を、また熱心に再利用しようとするのである。


私は熱心な反トランプのほとんどの人々の間にこのような感傷的な望みが朝もやのように漂っていることに気づいてしまったわけだが、この望みというのは「あらゆる偽情報が暴かれ、すべての文書が真実であると証明され、すべての確定申告書類が検査され、大統領の関係者全員が逮捕されたら嬉しい」というものであり、もしこれが実現すれば以前のような「まともな状態」が復活する、というものだ。


すでに確立された支援団体などを持つ既存の政党は、政党が「常識的な人々」として擦り寄る、賢明な中間層を代表する「無党派層」の支援を再びとりつけようとするだろう。


私の友人たちは、「それでもわれわれは重要な論点、たとえば中絶や税金、貿易、そして移民などの問題に関しては意見の違いを残したままだ」というだろう。この分裂状態はもちろん続くはずだ。なぜならトランプが去っても政治は終わるわけではなく、結局のところはアメリカは分裂したままの状態で残るからだ


ところがそれよりも大きな枠組みについての議論はもう起こらなくなっている。それは、われわれの「価値観」、つまりトランプ大統領個人や「トランプ主義」(Trumpism)によって侮辱されているその価値観が、そもそも議論されなくなったからだ。


これはたしかにその通りかもしれない。


ところが、第一期トランプ政権の最初の10ヶ月に入り、「トランプ主義」(とでも言うべきもの)は、共和党の中でその力を強めてきたのである。


メディアはコーカー上院議員とフレイク上院議員の最近のトランプ大統領に対する抗議を熱狂的に賞賛したが、当然のごとく、この賞賛は「次の選挙にどのような影響が出るのか」という本当の議論を避けたため、有権者にはほとんど意味のないものとして無視されている。


右派のトランプの支持者たちは、決して反トランプにはならず、むしろトム・コットン上院議員のように、明らかに共和党支持者たちの意向を忖度しながら、ほとんどの議題に関して彼らに積極的に歩み寄ろうとするのだ。


民主党によって、次の中間選挙における古いタイプの「中立派」の候補が出てきて、郷愁感(ノスタルジア)の正しさが証明される可能性はもちろんあるだろう。だがこれまでの時点で判明しているのは、左派からもそのような候補を求める気力が感じられないことだ。


ミレニアル世代の左派を狙ったVOXというサイトの創設者であるエズラ・クレインは、ミシガン州知事の候補として若いイスラム系の人物を注目する記事を書いており、「オバマ大統領のような経歴を持ち、サンダース議員のような政策案を持った政治姿勢であり、これは民主党が求めていたスタイルなのだ」と持ち上げている。


ところがこれは、私の視点からみれば、クラステフが「リベラル・コンセンサス」と呼び、これまで行われてきた「古い枠組み」の中の話でしかない。失われたのは自由貿易や移民についての肯定感であり、いわゆる「リベラルな国際秩序」に対する信念であった。


ナイルズ・ギルマンが数日前に本サイトに掲載された記事で述べたように、トランプ大統領が行ったのは、アメリカでこれまで政治的に可能(そして許される)とされていたものごとの範囲を大きく広げたということだ。彼はおそらくこのようなことを、単なる右派だけでなく、党派の左右に関係なく幅広く行ったのである。


過去にこのような「リベラル・コンセンサス」を信じていた人々にとっては、現代は迷いの多い時代であることは間違いない。ただし確実に言えるのは、民主制度は単に生き残っているだけでなく、実に有効に作用しているということだ。


自惚れて形骸化したイデオロギーに対する大衆的な不満は、欧州全土に広まっただけでなく、アメリカでも(大きな欠点を持つ)指導者を見い出したのである。


リベラリズムの未来は、メッセージを大きくはっきりと伝え、残すに値する哲学的な伝統のすべての要素を守るための方策を探し出すことができる、有能な政治家たちの双肩にかかっている。


ところがリベラル聖職者たちの金切り声による執拗な高説は、そのような事態をまったく改善できていないのである。


===

この記事の要点をまとめますと、

1,冷戦に「勝利」したリベラリズムの価値観だが、議論をすることも許されない雰囲気が出てきた。
2,ところがこの価値観を受け付けない人間がいることに欧米のリベラルたちは気づかなかった。
3,その価値観の人気は下がったのだが、彼らはまだ古い幻想にしがみついて、かえって人気を降下させている。

ということになるでしょうか。

基本的に著者は、欧州とアメリカの政治的な現況をネタに分析しているわけですが、みなさんもお気づきのように、そのうちのいくつかは日本にも違和感なく当てはまる指摘となっております。

ただし私がさらにつけ加えたいのは、このようなリベラル側の誤った幻想をつくりあげている最大の原因について、この著者は触れていないという点です。

ではその「最大の原因」とは何かというと、私は「人間観」にあると思っておりまして、原著者の想定するリベラル派の人々に最も欠けているのは、「人間はアホである」という現実的な視点です。

どうも彼らは(どの方向性かはさておき)「人間というものは、教育したり、制度を変えたりすれば、完全性を発揮して、EUのような国民国家やナショナリズムを超越した行動をとるようになる」と信じきっている点でしょう。

もちろんこれはある程度の成功を収めたのかもしれませんが、いくら教育したり制度をいじっても変わらない「人間のサガ」とでもいうべきものを克服できると楽観視することは、無謀であり、むしろ危険でさえあります。

この人間の不完全な部分を軽視し、制度設計を誤った人たちが次々と自滅している状態が、この場合は先進国の政治制度の中に顕著に見られる、ということなのかもしれません。

もちろん人間に対して希望を持つことは、倫理的には必要なのでしょうが、性悪説とはいかないまでも、そもそも「あらゆる人間(の集団)は不完全である」という前提でものごとを考えることは、人間が人間でいる限り、未来永劫、必須のことでしょう。

人間は「神」ではありません。われわれはこの基本的な事実を忘れてはならないことを、この記事を読んで感じますね。



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(ホノルルのタコベル)
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# by masa_the_man | 2018-01-08 22:23 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部はやはり快晴で極寒でした。明日はもっと寒くなるそうですが。

新年あけましておめでとうございます。2018年もがんばって行きますので本ブログともによろしくお願いします。

さて、だいぶ以前に番組などで紹介した記事の要約です。そもそもは書評記事ですが、なかなか味わいのあるものです。

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なぜ知識人たちは独裁者や全体主義者たちに魅了されてしまうのか。

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From Benito Mussolini to Hugo Chavez: Intellectuals and a Century of Political Hero Worship,

by Paul Hollander


連続殺人で有罪となり収監された殺人犯は、実は自分の犯罪歴しか知らない女性たちから求婚されることが多い。この奇妙な現象が示しているのは、自己欺瞞が人間の行動の決定にどこまで深く染み込んでいるかという事実だ。


このような求婚をしてしまう女性というのは、「この殺人犯の心の奥底には人知れぬ善い面があり、自分だけがそれを表に引き出すことができる」と考えているとみられる。


よって彼女たちは、「自分は他の女性とは異なる<違いのわかる女>であり、連続殺人犯に対する一般女性の態度は退屈で、何も考えずに批判的になっている」と考えるのだ。


したがって彼女らは、自分たちのことを「一般の女性たちよりも、より深い面を直視する思慮深い存在」であると見なしているのである。そして興味深いことに、彼女たちは軽犯罪者などには目もくれないのだ。


このような態度は、少数の知識人たちが持つ、独裁者に対する態度にも見てとることができる。これはとりわけ、その独裁者がユートピアな世界を追求していると主張している場合によく見られるものだ。


ポール・ホーランダーはマサチューセッツ大学アムハースト校の社会学の名誉教授であり、長年にわたって政治における欺瞞や自己欺瞞について研究してきた人物である。彼は母国ハンガリーでナチスと共産主義の両方を実体験しているため、これは当然のことといえる。


1981年に著者は、主にスターリン時代のソ連や毛沢東時代の中国、それにカストロ政権時代のキューバなど、共産主義国家を訪ねた(といっても案内係がつきまとうような、厳しく管理されたものばかりだが)西洋の知識人たちが、そのような国々で新たな世界が建設されている様子についていかに賞賛していたのかを詳細に報告した、古典的な研究書を出版している。


もし現実がそれほど過酷なものでなければ、彼らの報告と現実との違いは「単なる笑い話」として済まされるものであっただろう。


今回紹介する『ムッソリーニからチャベスへ』(From Benito Mussolini to Hugo Chavez)という本の中で、著者のホーランダー教授は、様々な独裁者や独裁的なリーダーたちに対する、このような知識人たちの視点に目を向けている。


彼の研究は科学的なアプローチをとっておらず、たとえば無作為に独裁者たちと知識人たちを選び出し、知識人の独裁者に対する態度について、あらかじめ設定した質問に対して答えていくようなことを行っていないため、似非科学と呼ばれてもしかたないものかもしれない。


したがって、著者のアプローチは「質的分析」ということになるのだが、それでもきわめて興味深いものだ。


「西洋の知識人」の定義がどのようなものかはわからないが、たとえそのうちの10%が独裁者の崇拝者や支持者――しかもその何人かはある独裁者が死んでも次の独裁者を英雄として扱うような「前科」のある知識人ということだが――であったとしても、これはこれで非常に興味深い、特筆すべき現象であることは間違いない。


本書の中で挙げられている、最もひどい政権を賞賛していた知識人のリストは、実に驚くべきものだ。その一例は、H・G・ウェルズ、ジョージ・バーナード・ショー、ロマン・ロラン、ジャン=ポール・サルトル(彼は何人も賞賛している)、ノーマン・メイラー、Cライト・ミルズ、ミシェル・フーコーなどである。


ホーランダー氏が問うているのは、「実際は否定的な書評や、敵対的な教授会程度の危険しか経験したことがなく、しかも自国で自分の自由が(それが実際か想像上なものはさておき)脅かされることに関してやけに敏感であるような知識人たちが、なぜ実に多くの外国の抑圧者たち、さらには殺戮者たちにも、惹きつけられてしまうことが多いのか」ということだ。


第一に、独裁者の性質を考慮すべきだ。当然だが、すべての独裁者は同じではないし、これは知識人においても同じことがいえる。


まずドイツ人以外の知識人たちにとっては、スターリンよりもヒトラーを尊敬することは難しい。その理由は、太古からの自らの人種や国家の優越性を主張していた、ヒトラーのアイディアそのものにある。これでは外国の人々の尊敬を集めるやり方として最悪の部類に入るのは明らかだ。


それでもマルティン・ハイデガーやカール・シュミットのように、多くのドイツ知識人たちはヒトラーに協力しており、反対した人々は少なかったのである。


もちろん彼らの支持が、どれくらいの恐怖や「ご都合主義」によって促されたものなのかは確定的なことは言えない。ところが長年にわたる研究によれば、彼らの大間違いは断じて正当化できるようなものではなく、ヒトラーが政権を握る以前の段階で、大学生や教授たちの間では、ヒトラーの支持率は一般国民のそれと比べても高かったのだ。


いいかえれば、知識人たちが一般国民と比べて自分たちのほうが優れて持っていると自称することの多い「本質を見通す鋭い視点」や「人間に対する慈愛」というのは、少なくとも(そしておそらく多くの場合、もしくは常に)利己的で架空のものであるということだ。


近代社会の最も教育を受けた層の人々が支持したからといって、その政策が必ずしも「正しい」ものであるという証拠にはならない。


だからといって、「教育を受けていない層が常に正しい」という結論を導き出すのも間違いである。間違いの反対が必ずしも真実であることにはならないからだ。それは単に「もう一つの別の判断も間違っている」ということだ。


それと同様に、たまたま独裁者となってしまったような人物たち、つまりシリアのアサド大統領や、イラクのサダム・フセインのように、主な目的が自らの権力や関係者たちの権力の維持であるような場合は、その擁護者がいたとしても、尊敬を集めるような存在になれないことが多い


知識人たちの興味を引くためには、独裁者というのはいくらかの「ユートピア的な理想」を具現化した存在、もしくはそのような存在であることを自ら主張しなければならないものである。


知識人というのは表面的な事象ではなく、その奥底にある本質を見抜く特別な能力を持っていることを自慢したがるものであるが、実際はそれそのものが彼らのレゾン・デートル、つまり「存在意義」になってしまっている。そもそも一般人が見抜けないものを見抜けなければ、彼らの役割そのものに意味はないからである。


たとえば、単純に思考する人々は、聖職者たちを虐殺するという事象を、ありのままの「虐殺」という現象として見るものだ。ところが知識人たちは、これを歴史の弁証法の働きであると理解し、実際の「死」よりも、想像される未来の展開をより現実的なものとして感じ、それらをオムレツの完成のために必要な「卵のカラ」としか捉えないのである。


もちろん著者のホーランダー氏は、スターリンや毛沢東、そしてカストロ(フーコーの場合はホメイニ師も入る)のような独裁者になぜ知識人たちが惹きつけられるのかについて、単一の理由があるとは主張していないし、それを見つけたとも言っていないわけだが、すくなくとも評者である私の目からは、宗教の考え方があるものごとについての説明を行う立場として社会的に大きく否定された時代の中で、「準宗教的な考え」が待望されている、と考えているように見える


全体主義的な独裁者たちというのは、民主主義体制でよく見られるような政治家ではないし、そのレトリックにかかわりなく生き残るのに精一杯なだけで、政敵とのだらしない妥協を行う用意はできており、道徳的にも財政的にも腐敗していることが明らかであり、権力を握っている時よりも反体制にあるときのほうがいきいきとしており、人類を救うような大胆なアイディアは持っておらず、人類あらゆる知識や智慧を備えているようなことは主張しないものだ


むしろ彼らは人類のあらゆる問題に解決法をもたらす力を持っており、永遠に実り豊かな土地と平和へと人類を導くと主張する、宗教的なリーダーたちなのだ。


彼らの知識は深く、実行力にもあふれ、愛すべき存在で慈愛にも満ちており、常に国民の幸福を気にかけている存在となる。ところが同時に、彼らは控えめで謙遜しており、自らに向けられる賛美を気恥ずかしく思っているはずであるということになる。


つまり知識人たちは、独裁者たちの中に「人間」を求めているのではなく、「救世主」を求めているのだ


サルトルは何人もの独裁者たちを「準宗教的な存在」として信奉してきたのだが、その傾向は彼が1970年代に再発行し、今日でも発行されつづけている新聞につけた名前そのものに見てとることができる。その名前は「リベラシオン」(Libération)、つまり「解放」である。


ところがこれは一体何からの「解放」を意味するのだろうか?当時のフランスは、独裁体制からはほど遠い存在であった。よってサルトルによって意味されていたのは、神秘主義的、もしくは人間が永遠に労働にしばられる既存の状況からの異世界的な「解放」である、という結論を導き出さざるをえない。あいにくだが、宗教という名前を名乗らない宗教ほど魅力的なものはないのだ。


ホーランダー氏の極めて読み応えのある達筆でタイムリーな本書は、われわれがまだこのような歴史から何も学んでおらず、将来においてもこのような間違いをおかす可能性があるという暗黙の警告によって締めくくられている。


むしろ「通常」の政治や政治家に対する不満が世界中に台頭するにしたがって、われわれは「ユートピア的な幻想」がすぐにその隙間を埋めようとしてくるような事態を予期できるのである。


本書は多くの知識人たちが、他の一般の人間たちと同じように(というかむしろ彼らの方が)、人生に意義や納得をもたらすことを約束してくれる、一種の「幻想」を必要としていることを確認するものだ。


彼らの想像力、理想主義、そして自己超越への渇望は、「社会正義を体現化している」と主張する英雄的なリーダーたちの、善意の放つ魅力の虜にしてしまうのである。


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率直にいえば、いままでになんとなく感じていたことをよく言い表してくれたな、というのが私の感想です。ここでいう「知識人」たちの定義はたしかに微妙なんですが、この本や評者が言いたいことは、その知識人たちが独裁者たちに「宗教的なリーダー」を見ている、ということですね。


実際に私もこの本を読んでみましたが、近代史においては金正日に対して好意的な評価をしているブルース・カミングスや、イランのホメイニ師に対して「新しい統治モデルだ」としたリチャード・フォークなどの発言などを引用しつつ、これでもかというくらいに独裁者に甘い知識人たちの実態を暴いております。


もちろんだからといってあらゆる知識人たちが独裁者好きということにはならないわけですが、どうも知識人というのはプラトンの『国家』で提唱されているような「哲人王」(philosopher king)のように、一般の人には見えないもの(イデア)を見れるのだ、という勘違いを起こしやすく、それを意外に独裁者の中に見出してしまいそうな傾向がある、ということもいえそうです。


人間観察として、このような分析は非常に興味深いところですね。



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(オスプレイの後姿)

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# by masa_the_man | 2018-01-04 22:43 | 日記 | Comments(5)

今日の横浜北部は朝から小雪が降っております。


今年も残りわずかとなりましたが、みなさんはいかがだったでしょうか。


私はおかげさまで5冊(4thターニング、ルトワック、クラウゼヴィッツ、ミアシャイマー2冊)も出版できまして、まさに「レコードイヤー」となったわけですが、とくに後半にあまりブログを更新できなかったのが心残りでした。


来年もすぐに孫子やクーデター、それにグレイやルトワックなどの4冊の本の出版がすでに決定しておりまして、日本の戦略に関する議論にわずかながらでも貢献できればと考えております。


さて、今年最後の更新は拙訳『米国世界戦略の核心』でも有名なハーバード大学教授のスティーブン・ウォルトがフォーリン・ポリシー誌のブログに書いた記事の要約です。


国際関係論という学問では基本である「バランス・オブ・パワー」(勢力均衡)という概念を中心に、アメリカの対外政策のまずさを指摘した興味深いものです。ちょっと長いですが、ぜひ。


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バランス・オブ・パワーを忘れていないか?

byスティーブン・ウォルト


もしあなたが国際関係論の入門コースを大学などでとったことがあり、教師が「バランス・オブ・パワー」(勢力均衡)の概念を教えてくれなかったとしたら、母校に連絡してその授業料を返金してもらおう


この概念は、ツキュディデスの『ペロポネソス戦争(戦史)』やトマス・ホッブズの『リヴァイアサン』、それに古代インドのカウティリアの『実利論』、そして近代のリアリストであるEHカー、ハンス・モーゲンソー、ロバート・ギルピン、さらにケネス・ウォルツらの研究にとっても中心的な概念となっている。


ところがこのような長い傑出した歴史を持っているにもかかわらず、このシンプルな概念は、アメリカの対外政策を担うエリートたちのあいだでは忘れられていることが多い


なぜロシアと中国が協調しているのか、もしくはなぜイランが様々な中東のパートナーたちと勢力を結集しつつあるのかに疑問を感じる代わりに、彼らはそれが独裁主義や反射的な反米主義、さらにはその他のイデオロギー面での団結にあると想定するのだ。


このような「集団的な記憶喪失」のおかげで、アメリカのリーダーたちは無意識的に敵をまとめてしまい、そのような勢力を分断できるチャンスを見逃してしまうことになる。


バランス・オブ・パワー(もしくは私の提唱したバランス・オブ・スレット:脅威均衡)の土台にあるロジックはわかりやすいものだ。国家には互いに相手の攻撃から守ってくれる「世界政府」のような存在が存在しないため、国家は占領されたり強制されたり危機に直面する事態を避けるため、自分の持つ資源や戦略に頼らなければならない、ということだ。


強力な国家や脅しをかけてくる国に直面すると、恐れをなした国家というのは、国家間のバランスを自らになるべく優位な状態にシフトさせようとして、自らの資源を更に投入したり、同じ危険に直面している他国との同盟を求めるものだ。


それが極端になると、同盟には、たとえば以前は敵と見なしていた国や、さらには将来的に敵となることがわかっているような国との共闘も必要になってくる場合も出てくる。だからこそアメリカとイギリスは第二次世界大戦においてソ連と同盟を組んだのが、これは彼らの間で、ナチス・ドイツを倒すことのほうが長期的な共産主義の懸念よりも重要である、と認識されていたからだ。


ウィンストン・チャーチルの名言に「もしヒトラーが地獄を侵攻するというのであれば、私は英国下院で悪魔についても好意的な演説をするだろう」というものがあるが、これはまさにバランス・オブ・パワーのメカニズムを完璧にとらえたものだ。


フランクリン・デラノ・ルーズヴェルトもドイツ第三帝国を倒すためであれば「悪魔と手を握る」という似たような発言をしている。同盟相手を本気で求めている場合、その相手を選んでいる余裕はないのだ。


当然ながら、「バランス・オブ・パワー」のロジックがアメリカの対外政策、とりわけ安全保障の懸念が深刻になってきた場合において、重大な役割を果たしていることは言うまでもないだろう。


アメリカの冷戦時の同盟(つまりNATO、北大西洋条約機構であり、アジアにおいてはハブ・アンド・スポークと呼ばれる二国間条約によるシステム)は、ソ連にバランシングして封じ込めるために結成されたものであり、これと同じ動機のおかげで、アメリカはアフリカ、ラテンアメリカ、そして中東などの地域の独裁的な政権を支援したのである


同様に、一九七二年のリチャード・ニクソンの中国との国交回復は、ソ連の台頭の恐怖や、北京との関係強化はモスクワを不利にすることになるという判断によってもたらされたものだ。


ところがその長い歴史や継続的な妥当性にかかわらず、政策担当者や知識人たちはバランス・オブ・パワーのロジックが同盟国と敵側の双方の行動をどのように突き動かしているのかについて見誤ることが多い。


この原因の一つは、アメリカで一般的に見られる「国家の対外政策は、外的な状況(直面する様々な脅威など)ではなく、そのほとんどが国内政治の性格(リーダーの性格や政治・経済体制、もしくはその国で支配的なイデオロギーなど)によって決定される」と捉える傾向から生まれている。


このような観点からみれば、アメリカの「自然な」同盟国は、われわれと価値観を共有する国、ということになる。


アメリカを「自由世界のリーダー」と言ったり、NATOのことをリベラルな民主制度によって構成された「大西洋横断コミュニティー」と言う人々は多いが、この時に暗示されているのは、これらの国々が「世界秩序のあるべき姿」について共通の展望を持っているので互いに支え合っている、ということだ。


もちろん「共有された政治的価値観」というのは全く意味がないものだとは言い切れない。たとえばいくつかの実証的な研究では、民主制国家同士の同盟は、独裁国家同士の同盟や、民主制と非民主制国家による同盟よりはいくらか安定していることが示されている。


それでも「国内政治の性格が、敵・味方の判別につながる」と想定してしまうと、われわれはいくつかの点においてものごとを見誤ってしまうことになる


第一に、もし「共有された価値観」がわれわれを結びつける強力な力だと信じてしまうと、われわれが持つ既存の同盟関係のつながりの強さや継続性というものを勘違いしてしまうことにもなりかねない。


その典型的なのがNATOだ。ソ連崩壊はこの同盟関係の最大の存在理由の消滅させることになり、新たな任務を与えるために多大な努力が必要になったわけだが、それでもこの同盟関係の崩壊を予兆させる問題の繰り返しや増加は止めるには至っていない。


もしアフガニスタンやリビアにおけるNATOの作戦が上手く行っていれば事情は違ったのだろうが、実際は失敗しているのだ。


もちろんウクライナ危機はNATOの緩やかな衰退を一時的に止めることになったのかもしれないが、それでもこの事実は、NATOのまとまりをつくる「外的な脅威」(つまりロシアがもたらす恐怖)の中心的な役割をあらためて強調したにすぎない。


「共有された価値観」というのは、大西洋両岸の三〇カ国近くの国家による同盟関係を十分に維持する上では単に不十分なのであり、しかもNATOが土台としているリベラルな価値観を、トルコ、ハンガリー、そしてポーランドが破棄してしまった現在においては、ますますその不十分さが浮き彫りになってきている。


第二に、もしバランス・オブ・パワーを忘れていると、他国(非国家アクターの場合もあるが)が自国に対してまとまって歯向かってくるような状態に驚かされることになる。たとえばブッシュ(息子)政権は、二〇〇三年に国連安保理にイラク侵攻案を了承させようとした時に、フランス、ドイツ、そしてロシアらがまとまって妨害してきた時に驚いている。その理由は、サダム・フセインを排除してしまえば、結果的に自分たちが被害を被ることになることを知っていたからだ(そして結果的に彼らは実際に被害を受けた)。


ところがアメリカのリーダーたちは、なぜこれらの国々がサダム・フセインを排除し、地域を民主化するチャンスに乗らないのかを理解することができなかったのだ。ブッシュ政権で国家安全保障アドバイザーをつとめたコンドリーザ・ライスは、後に当時を振り返って「あえて大胆に言うと、われわれは単純にわかっていなかったのだ」と認めている。


また、アメリカの政府高官たちは、イランとシリアがアメリカの侵攻の後に、イラクの反抗勢力を共同で助けはじめたことについても驚かされている。


もちろんブッシュ政権の「地域民主化」を失敗させることは、イランやシリアにとっても完全に合理的なものであることは言うまでもないことであったし、しかもイランとシリアは、イラクの占領がうまくいけば、その次の「標的」になったはずなのだ。つまり彼らは、脅威にさらされた国々が普通に行動するように行動したまでであった(しかもこれはバランス・オブ・パワー理論の予測の通りである)。


もちろんアメリカ側にとってこのような行動は好ましからざるものだが、それによって驚かされてはいけないのである。


第三に、政治・イデオロギー的な結びつきに注目したり、共有された脅威の役割を無視してしまえば、われわれは敵を実際よりも強固にまとまった存在と見なしてしまうことになる。アメリカの政府高官やコメンテーターたちは、敵が単なる「手段」、もしくは戦術的な理由によって協力しているという点を見逃しつつ、「敵は共通の目標に向かって互いに深く協力している!」と考えがちだ。


たとえば冷戦初期にアメリカでは共産圏を非常に統制のとれた一枚岩の存在であり、すべての共産主義者たちを「クレムリンの息のかかった工作員である」と誤信していた。この間違いのおかげで、彼らは中露間の間の強烈な分断を見抜けなかった(否定した)だけでなく、アメリカのリーダーたちは非共産主義の左派までが親ソだという誤った想定をしてしまったのである。


ちなみに、ソ連のリーダーたちも同じ間違いをしており、第三世界の社会主義者たちを共産主義に取り込もうとして何度も失敗している


嘆かわしいことに、このような誤った直感的な想定は、たとえば「悪の枢軸」(イラン、イラク、北朝鮮は同じムーブメントによって動かされているという想定)や「イスラモ・ファシズム」(Islamofascism)という言葉などからもわかるように、相変わらず生き続けている。


過激主義者たちのムーブメントを、異なる世界観や多様な目標を持った、互いに競いあっている組織として見るかわりに、アメリカの政府高官や知識人たちは、彼らがまるで全く同じ作戦要項を使って行動しているかのように語り、そのように行動してしまうのだ。


ところがこれらのグループは、一つの共通のドクトリンは持って強く結びついているような状態からはほど遠く、深いイデオロギー的対立や個人的なライバル関係によって悩まされており、強い信念というよりは、状況的に発生した必要性によって共闘していることが多い。


もちろん彼らはトラブルメイカーではあるが、それでもすべてのテロリストたちを「一つのグローバルなムーブメントの下で働く一兵卒」であるかのように想定してしまうと、その脅威を実際よりも恐ろしいものとして映し出してしまいがちだ。


さらに悪いのは、そのような過激主義者たちの間にある分裂や分断状態を促す方策を求めさせる代わりに、ワシントン政府は彼らを一致団結させてしまうような行動や発言をしてしまうことが多いことだ。


わかりやすい例を挙げてみよう。イラン、へズボラ、イエメンのフーシ派、シリアのアサド政権、そしてイラクのサドル派らの間には、たしかにイデオロギー面でいくらかの共通点はあるのかもしれないが、これらのグループはそれぞれ異なる利益やアジェンダを持っており、彼らの間の協力関係は、イデオロギー的に統一されてまとまったものというよりも、むしろ戦略的な同盟として理解するほうが正しい。


彼らに対して全面的に否定するような行動――サウジ・アラビアやイスラエルはこれを期待しているのだろうが――をしても、それは単に彼らのような敵たちに対して、互いに協力させるように駆り立てる理由を与えてしまうだけだ。


最後に、バランス・オブ・パワーの力学を無視してしまうことは、アメリカが持つ最大の地政学的な面での優位を無駄にすることにつながる。西半球における唯一の大国であるアメリカは、同盟相手の選択肢は豊富であり、潜在的に彼らに対して大きなレバレッジを持っていることになる。


アメリカは地理的な孤立によって与えられている「タダの安全」のおかげで「お高くとまる」戦略、つまりある地域のライバル関係が激化した時にはそれを活用し、距離の離れた地域にある国家や非国家アクターたちをアメリカの賛意や支援を得るために争わせ、現在の敵たちの間にくさびを打ち込むチャンスを待つこともできるのだ。


このアプローチには柔軟性や、地域の情勢についての深い理解、他国との「特別な関係」を回避すること、そして価値観の違う国を敵対視しないような態度が必要になってくる。


あいにくだが、アメリカはここ数十年間にわたってその正反対のことを、とりわけ中東でやってきたのだ。アメリカは柔軟性を見せるかわりに、まったく同じパートナーとつきあいつづけ、彼らを自分たちの思い通りに行動してもらう代わりに、彼らをどうやったら安心させることができるのかばかりに気をとられてきたのだ。


われわれはエジプト、イスラエル、そしてサウジ・アラビアとの「特別な関係」を、それを正当化する理由がなくなりつつある中で、ますます深めてきてしまったのだ。そしていくつかの例外をのぞけば、イランや北朝鮮のような敵国を、脅される「のけ者」として扱って制裁を加えてきたのだが、彼らとは交渉してこなかったのだ。そして嘆かわしいことに、その結果は明白になっている。


=====


リアリストの面目躍如というか、この本でも展開されたような、実にウォルトらしい議論です。


この背景にあるのは、やはり「アメリカの大戦略は19世紀のイギリスを真似ろ」ということでありまして、あからさまに「分断統治」を勧めているところなどは、リアリストたちの大戦略についての議論に出てくる典型的な政策提言です。


ところが問題は、このような議論が「人気がない」という点にありまして、アメリカの外交エリートたちには本当に状況がまずくならないとなかなか受け入れられない政策を提案しているということでしょう。


「敵を無駄に団結させている」という議論も、陰謀論的な発想をすれば「アメリカが戦争の永続化を企んでいる」という反論もできそうですが、ウォルトの根底にあるのは、目先の利益や正義などに振り回され、集団的な利益を考えられずに集団的に行動せざるをえない人間のイメージでしょうか。


そうなると、人間(この場合はアメリカ)は「バランス・オブ・パワー」のような人間社会の単純なメカニズムを忘れてうろたえてしまう、ということになります。


つまりシンプルにいえば「人間はアホである」という想定なのでしょうが、これをカッコよく言えば古代ギリシャで劇などのテーマで何度も繰り返された「悲劇」になりますね。


来年こそはわれわれもこのような事例を「他山の石」として賢明なポリシーを貫きたいものです。


それではみなさん、よいお年を!

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(虹)






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# by masa_the_man | 2017-12-31 09:51 | 日記 | Comments(0)

今日の横浜北部はよく晴れまして、相変わらず真冬の気温でした。


さて、久しぶりに読んだ本の感想とメモを。


すでにツィッターや一部の講演などで紹介しておりますが、私が今年読んだ本の中でベストの一冊について書きたいと思います。


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Future of War: A History

by Lawrence Freedman



原題を直訳すれば『戦争の将来:その歴史』という、ちょっとわかりづらいものになるのですが、その内容を簡単にいえば「次の戦争はこうなる!」というコンセプトで書かれた、いわば「将来戦」や「未来戦記」についての文献を、歴史的に振り返ったものです。


有名なところでは、SFライターのH・G・ウェルズの一連の作品だといえばおわかりいただけるかもしれませんが、さらにイメージしやすいところでは、80年代から90年代にかけて活躍したトム・クランシーの著作、それにややマイナーですが『第三次世界大戦』などがあるイギリス人のジョン・ハケットなどが有名どころ。


日本に関連したものだと、たとえばジョージ・フリードマン(STRATOFORの創設者)の『カミングウォー・ウイズ・ジャパン』などが具体例としてイメージしやすいでしょうか。


著者のローレンス・フリードマンといえば、日本にも数年前に来日したことのある英国の戦略研究の大御所でありまして、長年にわたるロンドン大学キングス・カレッジ教授のほか、英国政府の公式なフォークランドの戦史を編纂したり、イラク戦争におけるイギリスの介入を調査するチルコット委員会のメンバーもつとめたことのある、いわば「戦争研究の学長」的な存在であります。


主著として有名なのは、なんといっても核戦略の歴史を最も詳細に書いた『核戦略の発展』(Evolution of Nuclear Strategy)なのですが、数年前に『戦略:その歴史』(Strategy: a History)という「戦略」という概念についての歴史を振り返った分厚い本を出版して話題になりましたが、彼はこの本を書くのに20年以上かかったと来日時に申しておりました。


今回紹介する本は、もしかするとその続編的な位置づけになるのかもしれませんが、個人的にはこの「未来戦記の歴史本」のほうが、はるかに完成度の高いものだと確信しております。


本の構成は大きく三部構成になっておりまして、第一部は主に19世紀後半から冷戦終結までの「未来戦」に関する文献をまとめて振り返ったもの。


第二部は、冷戦後のテロとの戦いまでを振り返り、それまでの将来戦の予測が(冷戦の終わりによって)大きくはずれ、代わりに実際に起こった戦いが内戦につながる民族紛争や虐殺などであったという事実に、戦争の研究者たちがどのようにキャッチアップしてきたのかを中心に見ております。


最後の第三部は、「ハイブリッド戦」や「ドローン」のように、いま現在予想されている将来戦に関する主な概念を紹介しつつ、戦争の将来像をなんとなく探る、という内容になっております。


実は私はこの本が草稿段階にあるときに、その内容を何人かの人々に聞いていたので「こりゃ面白い本になるぞ・・・」と思っていたのですが、いざ完成したのをみたら期待以上の面白さでした。


では何が面白かったのか。私はいくつかこの本からほのめかされているポイントをいくつか挙げてみたいと思います。


実際の戦争は、予測されていたシナリオよりも長期化する傾向がある


フリードマンは冒頭で1870年の普仏戦争にまず注目するわけですが、ここでプロイセン側がセダンの戦いであまりにも劇的な勝利(といっても翌年のパリ入城の際にはゲリラ戦に手こずった部分はあるわけですが)を収めてしまったために、この「戦場の決戦で戦争が決まる」というイメージが世界に広まってしまったという事実を重要視しております。


ところがその次に欧州で起こった大戦争(第一次世界大戦)では、プロイセン軍のように各国の軍が動員を迅速に進めて決戦を狙いながら塹壕戦で戦いが長期化。この事実からもわかるように、戦争は「将来戦」のシナリオで想定されていたよりもダラダラ続いたものが多い、ということを指摘しております。


とくに彼が注目したのが、英米圏で「奇襲攻撃」(サプライズ・アタック)が広く信じられてきたということであり、実際に第二次世界大戦における真珠湾攻撃などの例もあったため、それが色濃く残り、現在のサイバーの分野でも真珠湾的な大規模先制攻撃が相手に行われるのでは、というシナリオづくりに影響を与えていると述べております。


テクノロジーによる軍事面での革命は、それほど革命的ではない


これはとくに第二部で強調されているのですが、核兵器の登場の後のいわゆる「核時代」に入って戦争の様相が劇的に変わったといわれながらも、実際に起こった戦争は相変わらずライフルや迫撃砲など、どちらかといえば前世紀から続いているような生臭い戦い。


たとえば今回のシリアでの内戦でもわかるように、AIやロボット、それにドローンなどはまだ主役たりえず、相変わらずスナイパーや手榴弾が活躍する白兵戦的な戦いが続いております。


軍事テクノロジーも、それを使う側の政治や文化に左右される


アメリカはすでに70年代から精密誘導爆撃を目指して軍事テクノロジーを進化させてきたわけですが、それはアメリカが目指していた、重要人物だけを狙い、副次的損害(コラテラル・ダメージ)を最小限に抑える、「なるべく血を流さない戦争」、もしくは「人道的な(?)戦闘」。


ところがこれはまさにリベラルの価値観を持ったアメリカによって目指されていたものであり、おなじ精密誘導技術は、ロシアがシリアで病院を爆撃したことからもわかるように、逆に大量虐殺にも使えてしまうわけです。


つまりテクノロジーというのは、それがどう使われるのかは、やはりそれを使う側の国の戦略文化、そしてさらにはその政府が選択する政策や特定の状況下の決断によっても左右される、ということです。フリードマンはその辺の話を、豊富な例をつかって語っております。


将来の戦いの予測は外れる


未来を予測するのはむずかしいわけですが、とりわけ戦争に関しては、その戦い方がどのように変化するのかについては、ほとんどの人々が外していることをフリードマンは論証します。


もちろん第一次世界大戦が塹壕戦になると予測した人物はおりましたし、本の中でも紹介されているわけですが、全体的にみれば正確に予測していた人は皆無。


そこでフリードマンのアドバイスはどうなるのかというと、将来の戦いについてはとにかく懐疑的で批判的な態度をとるべきだ、ということに。ただしこれはそれに備えることが無意味であるということではなくて、もちろん計画は大事。


そうなると、むしろ私はこれを踏まえて「いかに柔軟に対応できるか」という面を強化するのが最も重要なのでは、と本を読んだ後に感じました。


いずれにせよ、エピソード豊富な名著です。私は訳すヒマがないので、ぜひどなたかに訳していただければありがたいです。



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(晴岩の浜辺)



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# by masa_the_man | 2017-12-28 00:08 | おススメの本 | Comments(0)

ミアシャイマー本の復活

今日の横浜北部は雲が多めでしたがなんとか晴れました。

さて、ほぼ二ヶ月ぶりの更新ですが、お知らせです。

すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、いくつかの偶然が重なり、私が手がけていたミアシャイマーの訳本が、二冊同時に復刊されました。
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左の小さい文庫本は『なぜリーダーはウソをつくのか』、そして右の大きいほうがミアシャイマーにとっての主著となる『大国政治の悲劇』であります。

どちらも数年前の版元のまさかの倒産から奇跡の復活をとげてくれたわけですが、あらためて復刊するにあたってゲラを見直してみると、やはり色々と勉強になる点が数多くありました。

まずミアシャイマーの方は「完全版」とするにあたって、紙面の都合から旧五月書房版ではネット上に掲載していた原注の日本語訳を、あえて訳出して含めたために、ページ数が増えて650ページ越えになってしまったわけですが、その原注を読み直す際に、あらためて原著者のミアシャイマーの学者としての力量を堪能させていただきました。

というのも、この原注の部分は、この分野に関心のある人間でしたら、80年代から90年代末まで展開されていた国際関係論における「大理論」に関するディベートの、いわば集大成的なまとめとなっているからです。

また、ミアシャイマーはそもそもが抑止論の専門家としてデビューしたこともあり、とくに第四章を中心とする戦略論関連の文献の充実ぶりは群を抜いております。

「リーダーはなぜウソをつくのか」については、トランプ大統領になってからとりわけ話題になっている、いわゆる「フェイク・ニュース」や「印象操作」という概念を考える上で、かなり参考になるものだと思っております。

2017年もあとわずかですが、年末年始に骨太の国際政治学者であるミアシャイマーの議論に触れて知的興奮に身を任せてみる、というのはいかがでしょうか?



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# by masa_the_man | 2017-12-24 23:26 | 日記 | Comments(1)

ISの無人機は恐ろしい?

今日の横浜北部は朝から雨だったのですが、日中は遅くになってから少し晴れてまた雨になりました。

さて、久々に記事の要約です。ISが使っていたドローンに関する記事から。

===

By W.J. ヘニガン2017-9/27


米軍関係者によれば、米軍の空爆と現地の武装勢力は、シリア東部における「イスラム国」(IS)のドローン計画を阻止したが、対テロ専門家たちはISによる安価なテクノロジーの画期的な使用のおかげで、似たような空からの攻撃が世界中で行われるようになると警告している。


ISの中でも特殊な訓練を受けた隊員たちは、四つのプロペラのついた小型ヘリ(クアドコプター)や飛行機型の無人機を何機か(ときには十何機も同時に)飛ばし、米軍の支援を受けた地上の武装勢力を偵察するためのリアルタイムの動画を撮影したり、イラクやシリアで簡易な爆弾を落としたりしている。


地上での作戦をネットで購入したリモコン式のこのような機器を使いながら回避することにより、ISのドローン部隊は、戦場における非対称的な戦術をはじめて成功させることになった。これは、アメリカのプレデターやリーパーのようなドローンが近代戦を劇的に変えたのと同時に起こったのである。


イラク政府軍が今年の七月に奪還したイラクの都市モスルをめぐる戦いの最中のことだが、十数人にのぼるイラク兵が、上空を飛行していた何機ものドローンから落とされた40ミリ手榴弾や軽爆発物によって死傷している。米軍の指揮官たちはこれを「殺人バチ」と呼ぶようになった。


後に米政府関係者が認めたように、これは米軍がベトナム戦争以来はじめて直面した、敵の航空機によって何もできないような状態の実現(敵に航空優勢をとられた状態)であった。しかもこの場合、航空機はアメリカのそれと比べて非常に小さなサイズだったのである。


小さな無人機は、これまでアメリカではホワイトハウス周辺や空港などの飛行制限地域でしか安全上の警告を引き起こすものでしかなかったわけだが、ドローンがますます入手可能になって性能も向上したことにより、専門家の中には「アメリカにとっての脅威となった」と論じる人もでてきた。


最近の上院の公聴会では新しく任命されたクリストファー・レイFBI長官が「われわれはテロ組織がドローンの使用に利益を見出していると考えています。海外ではすでに何度も実例が見られておりますし、これが国内で見られるようになるのも避けられないでしょう」と述べている。


「アメリカ対テロセンター」のニコラス・ラスムッセン所長も同じ公聴会の席で、他の法執行機関や航空監視官たちと連携して小さなドローンがテロ攻撃に使われるのをどのように防ぐのかを研究していると述べている。


同所長は「2年前だったら問題ではなかったのですが、一年前に問題化し、現在では深刻な問題となっております」と証言している。


ISはフィリピンやリビア、そしてイエメンにある傘下組織で、すでに警戒監視のためにドローンを使用している。アルカイダ傘下の組織はシリアで、へズボラはレバノンで、そしてタリバンもアフガニスタンで同じような使い方をしている。


米軍統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード将軍は、同時期に開催された公聴会において、ペンタゴンはISのドローン対策で遅れをとっていることを認めつつ、「たしかにそれは大きな変化を生じさせましたし、その変化に対応しようとわれわれは今日、そして明日に必要となる能力の開発に向けて最大限の努力をしています」と述べている。


彼によれば、ドローンは「われわれが最も注視している脅威の中でトップに位置するもの」なのだ。


この脅威のおかげで、米陸軍は今年4月に現場の指揮官たちに対して小さなドローンの動きを警戒する監視官を設置するよう呼びかけるハンドブックを発表し、兵士たちに「対無人航空システムテクニック」(Counter-Unmanned Aircraft System Techniques)と呼ぶ訓練を行うよう命じている。


アメリカ特殊作戦軍の司令官であるレイモンド・トーマス将軍は、彼の部下たちが昨年イラクやシリア直面した「一番たじろいだ」脅威が、小さなドローンであったと述べている。


彼はモスルの戦いの一場面において、空がIS側の無人機に占められていて、イラク軍の作戦が「突然停止せざるを得ない状況に追い込まれた」こともあり、5月にフロリダ州のタンパで開催されたカンファレンスでは「ある瞬間には上空に12機もの殺人バチが飛んでいたこともありました」と答えている。


ペンタゴンはイラク軍がIS側のドローンを撃ち落としたり無力化するのを手伝う目的で、電波妨害機器をはじめとする特殊な機器を使おうとしており、他にも空中のドローンを無効化するレーザーや、小さな網を飛ばしてとらえるためのエアガンなどの開発に数百万ドルの予算の開発計画を立ち上げている。


これらの機器の開発は戦場において戦術レベルではあまり成功しておらず、イラク軍や米軍の支援を受けたシリアの部隊は自動兵器によって撃墜しようとしているが、これもうまく行っているとは言い難い。


その中でアメリカが頼っているのは、やはり空爆である。いくつかのケースでは、米軍側は(匿名情報であるが)撃ち落とした無人機のGPSデータを使って最初に飛ばされた場所を割り出しているという。


米軍の政府高官によれば、この2ヶ月間にわたってアメリカ側はIS側の無人機の基地や倉庫、それにパイロット訓練場などを複数破壊しているという。また、空爆によってイラクやシリアの間で無人機を調達・配備・武装している8人の指揮官を殺害したという。


バグダッドで対IS作戦を担当している部署の報道官であるライアン・ディロン大佐は、IS側の無人飛行機を飛ばすシステムの戦術面での能力を排除することを目指していると証言しており、「われわれは彼らのプログラムを破壊するのに、その武装担当者たちを殺害することによって行っています」と述べている。


これは明らかに成功しているようだ。アメリカ側から支援を受けた武装勢力はイラクとシリアで小さなドローンを7機見かけたと報告しているが、これは今年前半にモスル戦で60機見かけたという報告からすれば、かなりの減少である。


ISには中国、インド、そしてトルコなどから、ドローンを一般のホームページから購入する部門を個別に持っていたという。これをエンジニアたちがモーターなどの動力をパワーアップすることによって、滞空時間を伸ばしたり爆弾を落としたりできるように改造するらしい。


ウェストポイントの対テロセンターの分析官であるドン・ラッスラーによれば、ISは数年にわたる詳細な軍事戦略の一貫として、相手の防御態勢を圧倒させるようなドローンの戦術を使っていたという。彼は二人の同僚と共にモスルで回収したISのドローン戦略に関する内部文書を研究して後に発表している。


IS側は基準化された「ドローン使用報告書」を作成し、各フライト後に詳細を報告するように義務付けていたという。ドローンのパイロットは「バラー・ビン・マレク隊」に属しており、これはISの研究開発部門の下にあったらしい。


ラッサ―は「ISは戦場でドローンを使うにあたって正真正銘の官僚組織を設置していました。これによって他のグループにもこのテクノロジーを使ってどのような事ができるのかを示したと言えるでしょう」と述べている。


ワシントンの非営利シンクタンクである「新アメリカ財団」の研究員で著書『ロボット兵士の戦争』でも有名なピーター・シンガーは、ペンタゴンは不意打ちを受けており、まだその解決法を編み出しておらず、テロリスト側もこれに気づいているという。


シンガーは「この脅威は年ごとに高まるだけでしょう。もう後戻りはできません」と述べている。

===


これはまさにテクノロジーにおけるパラドキシカル・ロジックのような現象でありまして、いままでこの分野で圧倒的な力を誇ってきたアメリカも、安価な似たようなテクノロジーの普及のおかげで優位を保てなくなってきたという興味深いケースです。


戦略には相手がおりまして、しかもこの相手はデクノボウではなく創造力を発揮して対抗してくるわけです。なので、一時的に有利な状態をアメリカ側が築けたとしても、これだけテクノロジーが発展した世の中であれば、敵側もそれに対抗する手段を容易に手にいれることができる、ということですね。


かくして彼我の非対称的かもしれないがダイナミックな関係が続くわけですが、日本の場合も東京五輪を控えていることから、このような話は他人事ではありません。ジャミングなどをはじめとする対抗手段も、米軍同様に今後ますます必要となってきそうです。

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# by masa_the_man | 2017-10-25 22:34 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部はなんとか昼間に晴れました。それにしても涼しくなりましたね。

さて、久々に記事の要約です。ちょうど一年前のNYタイムズ紙に掲載された意見記事ですが、授業で使えそうだったので訳してみました。

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トランプと核ミサイルのボタン
By ブルース・ブレア
2016年10月12日

1973年のイスラエルと周辺のアラブ諸国による第三次中東戦争が激化していた最中に、私はアメリカモンタナ州の地下にあるミサイル発射基地に仲間と勤務していたのだが、その時にわれわれはソ連との核戦争を準備せよという緊急メッセージを受け取った。

1時間以内に数百万人の命を奪うことができる50発弱の核弾頭ミサイルを発射するためのスイッチをオンにできるのは、大統領の命令だけだ。8トンもあるドアを閉めて警戒態勢に入ったら、われわれに命令できるのは大統領だけとなる。

われわれの大陸間弾道ミサイル発射管理官のレベルまで、トップの大統領から20以上の階級があるのだが、発射のカギと暗号を抱えながらわれわれができたのは、ただ「世界の終わり」がいかに近づいているのかを想像することだけだった。

ところがわれわれは大統領が危機を脱して核戦争を回避してくれるはずだし、発射命令を下す時は国家の生き残りがかかっている場合だけだと信じていた。

つまり重要なのは、決して発射しないことにあったのだ。

われわれの大量破壊兵器を使用できるのは大統領だけ――命令を受けたら一分以内に発射できた――であるため、われわれは指揮系統のトップに位置する大統領に対してほぼ親友的ともいえるような信頼感を感じていた。

われわれの中では、大統領は核兵器の力をよく理解できているはずであり、だからこそその使用に関しては最大限の抑制をはたらかせるものと想定されていた。

ドワイト・アイゼンハワー大統領は、敵を倒すために必要以上の人が死ぬという、いわゆる「核オーバーキル」(nuclear overkill)という概念に尻込みしたし、ジョン・F・ケネディは核戦争に関する軍人たちからのブリーフィングを終えたあとに、「これが人間のやることか」と失望感を示している。

リチャード・ニクソン(この中東戦争の当時の米大統領)は、彼の首席補佐官によれば、われわれの戦争計画が「数百万人の死を軽くもてあそぶようなものだ」と言ったという。ロナルド・レーガンはソ連に対して「悪の帝国」と非難しているし、「われわれは5分以内に爆撃を開始する」と冗談を言ったりしているが、プライベートでは核兵器を嫌っていた。彼はオバマ大統領と同様に、核兵器の廃絶を願っていたのだ。

ドナルド・トランプは過去の大統領たちとはかなり異なる種類の性格を持った人間だ。もし私が以前の発射管理官の席に座るのであれば、彼の判断力に自信が持てないだろうし、疎外感を感じるだろう。

このように感じているのは私だけではない。現役の、そして元発射管理官の同僚や、私の知り合いたちの大多数は、私と同じようなことを感じていると言っている。

ミサイル発射官たちは自分たちの任務が、敵からのアメリカと同盟国に対する攻撃を抑止することにあると考えている。

また、その抑止が意図的なものかアクシデント、さらには計算違いなどで崩壊することや、そしてそのような崩壊を阻止できるかどうかは、そのかなりの部分が大統領のリーダーシップの「質」――責任感、沈着さ、能力、共感度、そして外交スキル――にかかっていることも知っている。

ところがトランプ氏にはそのような「質」は明らかに欠けているように見えるのだ。もし私が現役の発射管理官だったら、彼がまずい判断をするのではないかと常に恐れ続けるような状態におかれることになるだろう。

ヒラリー・クリントンは選挙戦の時に「トランプ氏を核発射ボタンに近づかせてはいけない」と訴えていたが、これはやはり正しい警告であった。

核ミサイルの指揮統制システムは、それを担当する人々に大きなプレッシャーをかけ、究極の要求をたった一人の人物、つまり大統領に与えるものだ。

いざ危機の状態になると、このシステムはきわめて不確実な情報や混乱を発生させる可能性があるし、システムそのものが大災害をもたらしながら崩壊してしまうことさえある。

これらすべてが要求しているのは、軍事力に対する冷静かつ合理的な敬意であり、核兵器を使うかどうかの決断の際には最大限の注意が必要である、ということだ。

トランプ氏は、どうも核兵器の使用に関する決断における抑制の重要性について無視しているように見える。彼は文明を崩壊させてしまうような核兵器の破壊力に対する謙虚さを見せておらず、その使用を思いつきで考えそうな勢いだ。

彼は韓国と日本に核武装を検討すべきだとまで言っている。このような人物に核攻撃を始める自由裁量権を与えてしまえば、アメリカだけでなく全世界まで本物の危機に陥れてしまうことになるだろう。

これまでの大統領は、全員が核の判断において何らかのあやうさを見せるような欠点を持っていた。

たとえば1973年のことだが、核戦争に備えよという命令が下ってきたときに、ニクソン大統領は仕事から離れていた。ウォーター・ゲート事件のスキャンダルのプレッシャーのおかげで、彼はその夜に早く帰宅して酒を飲んでいたのだ。

そしてその夜に事態に対処したのは、国家安全保障アドバイザーだったヘンリー・キッシンジャーや国防長官だったジェームス・シュレジンジャーをはじめとする彼の(選挙を経て選ばれたわけではない)アドバイザーたちだったのだ。

われわれの大統領に対する信頼は裏切られていた。ニクソン大統領は、私をはじめとする同僚たちが核戦争に備えていた時に、起きてさえいなかったのだ。大統領は状況を把握さえできていないかったのである。

ところが 今から振り返って考えてみると、もし誰にもアドバイスを求めない自信過剰な性格のトランプ氏がニクソン大統領の立場にあったとしたら、それよりもはるかに恐ろしい状況になっていただろう。

米国憲法では、トランプ大統領がもしまずい命令を出したとしても、誰もそれを拒否することはできない。

常に大平原地方で待機しているおよそ90人のミサイル発射士官たちは、潜水艦で海中を航行している士官たちと共に、戦史においてこれまで道義的に最も非難に値するような命令を実行するしかないのである。

===

かなりトランプに批判的な内容ですが、私が注目したのはそこではなく、むしろ「核抑止」の分野で核兵器の発射システムに関わる人々の重圧感、そしてトップの心理状態や判断力にかかっているという事実が垣間見れるところです。

戦略のキモは、やはり究極的には「人間の心理」にあるわけでして、ここで勝つものが勝利できる、という点は再度見直す必要があるのではないでしょうか。

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(夕暮れの富士山)

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# by masa_the_man | 2017-10-05 21:00 | 日記 | Comments(0)