フランス国防省の「中国の影響工作」のレポート |
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2022年 01月 26日
今日の横浜駅は相変わらず寒いのですが、人の流れが相当少なくなった印象です。 さて、一部界隈で話題だったフランス国防省のシンクタンク(日本でいえば防衛研究所)がまとめた中国の影響工作についての報告書、ついに英訳版が出ましたので、そのエグゼクティブ・サマリーの試訳です。 本文は600頁超えなので、全訳は無理です。誰かぜひやってください(とバックパッシング)。 === 中国は長年にわたって、ロシアとは異なり「恐れられるよりも愛されること」を求めていた。つまり中国は、誘惑し、世界に自国のポジティブなイメージを植え付け、賞賛を喚起することを望んでいたと言える。今日において、北京はまだ誘惑すること、その魅力、そして国際規範を形成する野心をあきらめたわけではいない。中国共産党にとって、「面子をつぶさない」ことは依然として非常に重要である。その影響力の行使は、近年かなり強化され、その手法はますますモスクワのそれと似てきている。マキャベリが『君主論』で書いたように、「愛されるより怖れられる方がいい」と北京が考えているように見えるという意味で、この一党独裁国家は「マキャベリ的瞬間」に突入しているといえる。この進化は、中国の影響力行使の「ロシア化」を示している。 本レポートは、中国の影響力のツールについて、最も温和なもの(パブリック・ディプロマシー)から最も悪質なもの、すなわち他国への干渉(秘密活動)まで、その全範囲をカバーするという野心からこの進化を分析している。そのために、この分析は4つのパートに分かれており、この「瞬間」に関連する概念、アクター、そして行動などを順次紹介し、最後にいくつかのケーススタディで締めくくられる。 1. 中国の影響力行使を理解する上で重要な概念として挙げられるものには、内外の敵を排除し、その権威に逆らいうる集団を統制し、党を中心とした連合体を構築してその利益を図る中国共産党の政策である「統一戦線工作」があり、他にも中国の「政治戦」の核心にある「三戦」があり、これは中国に有利な環境を作り出すことによって戦わずして相手を制圧しようとする「非キネティック」な紛争傾向を持っている。戦時・平時を問わずに行われるこの戦いには、世論戦、心理戦、法律戦(後者は英語でいうところの "lawfare "に近い)などが含まれる。 ソ連の概念も、北京のレパートリーを説明するのに役に立つ。たとえば「積極的措置」とは、情報操作、偽造、妨害工作、信用失墜作戦、外国政府の不安定化、挑発、偽旗作戦、相手社会の結束を弱めるための操作、「役に立つバカ」の採用、そしてフロント組織の創設などである。 2. 中国の影響力工作を実施する主体は、党、国、軍、企業である。 党内には、イデオロギーを監督し、全メディアと国内の全文化生産をコントロールする宣伝部、主要ターゲットを反映した12の事務所を持つ統一戦線工作部(UFWD)、外国政党との関係を維持する「国際連絡部」(ILD)、法輪功運動を排除するために法的枠外で活動する世界各地のエージェントを抱える「610弁公室」などが含まれる。「中国共産主義青年団」(CYL)もこの中に含まれるべきで、若者とのつながり、将来の党幹部の育成、そして必要な時に動員できる力として、たとえそれが正式な党組織でなく大衆組織であったとしても、その役割を担っている。 国務院の内部では、特に2つの組織が影響力の行使に関与している。民間の主要な情報機関である「国家安全部」(MSS)と、台湾向けのプロパガンダを担当する「台湾事務局」(TAO)である。 人民解放軍の内部では、戦略支援軍(SSF)がそのネットワークシステム部を中心に最前線にいる。同部は情報領域における資源を持ち、任務を任されている。より正確には、この領域で確認されている主要なアクターは、福州に本部を置く「311基地」であり、「3つの戦域」戦略の実施に専念している。また、民間の隠れ蓑としてメディア企業を運営し、訓練センターを隠すために偽のホテルも運営している。 最後に、誰が、いつ、どのように影響力工作の対象となるべきかを決定するために必要なデータを収集する上で、公共・民間企業は重要な役割を担っている。ウィーチャット、微博(ウェイボー)、TikTokなどのデジタルプラットフォーム、百度やファーウェイなどの企業や研究者が中国の「テクノ権威主義」あるいは「デジタル権威主義」と呼ぶものについての洞察を提供するすべてのデータベースなどは、海外での影響力行使の準備と実行に利用されている。旧2APLに委ねられていた情報任務を継承したらしい「中央軍事委員会統合参謀部」も、このリストに含まれるはずだ。しかし資料が不十分なため、この機関については報告書の中で取り上げていない。 3. 北京が海外で影響力を行使する際に行っている行動には、主に2つの排他的でない目標がある。第一に、中国を肯定的に表現することで海外の聴衆を誘惑し、魅了することである。これは4つの具体的なナラティブ(中国の「モデル」、伝統、慈愛、強さ)によって説明することができる。第二に、何よりも「浸透」と「強要」を行うということだ。浸透は、対立する社会にゆっくりと浸透し、党の利益に反する行動の可能性そのものを阻止することを目的としている。強制は、中国の「懲罰的」または「強制的」外交を、党の利益を脅かすあらゆる国家、組織、企業、個人に対しても組織的に制裁する政策へと徐々に拡大させることに対応している。いずれもほとんどの場合は仲介者の網を通じて実施される。全体として、これらの慣行は以下のカテゴリーを対象としている。 -- ディアスポラたち:まず中国の権力にとって脅威とならないように彼らをコントロールし(NGOフリーダムハウスによれば、北京は「世界で最も洗練され、グローバルで、完全な」国境を越えた弾圧キャンペーンを行っている)、次に共産党の利益を図るために動員される。 --メディア:北京の明確な目標は "新しい世界メディア秩序 "を確立することである。実際、北京政府は2008年以来、毎年13億ユーロを投じて、世界的なイメージをより厳しく管理しようとしている。中国の主要メディアは、複数の言語、複数の大陸、そして中国でブロックされているものを含むすべてのSNS(Twitter、Facebook、YouTube、Instagram)上でグローバルな存在感を示し、デジタル視聴者を人為的に増やすために巨額の資金を投じている。北京はまた、海外の中国語メディアをコントロールしようとしている。これは非常に成功しており、中国共産党は現在、海外の中国語メディアを事実上ほぼ独占しており、主流メディアもコントロールしようとしている。他にも一党独裁国家はメディアで使われるコンテンツをコントロールすることに関心があり、テレビ、デジタルプラットフォーム、スマートフォンをターゲットとして、グローバルな情報サプライチェーンの各段階に影響力を行使している。 --外交:これにはとくに2つの側面がある。第一に、国際機関や規範に対する影響力である。北京はその影響力を強化するために、古典的な外交資源と密かな影響工作(経済・政治的な圧力、懐柔、強要、腐敗)を展開する。第二が、いわゆる「戦狼」外交である。これは外交部(外務省)の報道官と十数名の外交官が採用する、より攻撃的な姿勢を指す。これらの攻撃は古典的なものと比較的新しいものがあり、特にSNSを利用し、罵詈雑言、諫言、脅迫に至るまで遠慮のない手段で行われるのが特徴である。全体として、このような中国外交の攻撃的な展開は逆効果であることが証明されており、近年の中国のグローバルイメージの急激な悪化に大きく寄与している。このような活動は、おそらく関係者たちにとっては持続可能なものである。なぜならその目的は、他国の人心を掌握することではなく、むしろ北京を喜ばせることにあるからだ。 --経済:経済依存は、しばしば中国が最初に用いる手段である。中国国内市場への参入禁止、禁輸、貿易制裁、国内投資の制限、中国人観光客への依存度が高い地域に課せられる出国制限、あるいは集団ボイコットなど、経済的強制は実にさまざまな形で行われる。さらに、北京は国内市場にアクセスするための条件として検閲を行うことも多くなってきており、多くの企業が圧力に屈してしまう実情がある。 --政治:対象国に入り込み、公的な政策決定メカニズムに影響を与えることを目的としたものだ。政党や有力政治家との直接的な関係を維持することで、一党独裁国家は対象国に潜入し、そこで公式・非公式の支援を集め、野党や「引退した」公人を利用して、政府内の最終的な妨害を回避できる。また、北京は選挙にも介入している(過去10年間で、中国は7カ国において少なくとも10の選挙に介入していると思われる)。 --教育、特に大学経由のものは、党の影響力行使の主な標的の一つである。その主な手段は、大学における自己検閲につながる財政的依存、海外のキャンパスにおける中国人学生や大学教員、そして管理者たちの監視と脅迫、授業内容や教材、計画されていたイベントの変更の強要、自己検閲の奨励と批判的研究者への処罰による中国研究の形成などである。 また、この一党独裁国家は、共同研究プログラムのような合法的で公然の手段、あるいは窃盗やスパイのような非合法で密かな行為によって、海外の大学を利用して知識や技術を獲得している。「軍民融合」の文脈の中で、ある共同研究プログラムや欧米の数十の大学で役職に就いている研究者は、北京が大量破壊兵器や監視技術を構築するのを強制的に支援し、それが中国国民を弾圧するために利用されている。2020年と2021年には、この件に関していくつかのスキャンダルが公的に発覚した。 他にも、教育における中国の影響力を示すもう一つの重要な要素として、大学と結びついたものがある。世界中で開講している孔子学院や孔子教室は、中国語や中国文化を教えるという名目で、特定の大学の中国への依存度や服従を強め、学問の自由を損なわせている。諜報活動にも利用されている可能性もある。 -シンクタンク:この分野での中国の戦略は2つの側面からなる。シンクタンクの海外支社を設立することと、それ自体がシンクタンクである可能性のある現地の組織を利用することである。考えられるシナリオとして、現地のアイディア市場で増幅器として働く暫定的なパートナー、共産党のナラティブを広める状況的な同盟者、そして中国共産党と共通の世界観と合致した利益を共有する共犯者、の3つである。 ---文化:まず、映画、テレビシリーズ、音楽、書籍などの文化製品の生産と輸出を通じたもので、これらはすべて強力な誘惑の手段である。北京の機嫌を損ねないように、そして巨大な中国国内市場へのアクセスを維持するために、多くのアメリカの映画スタジオは検閲を行い、映画のシーンをカットしたり修正したりしている。中には、中国人を "良い "役柄に起用するような過剰な措置を行うところもある。党・国家を批判するアーティストたちは、ほぼ確実に中国市場へのアクセスを拒否されることになる。別の圧力として、北京はアーティストたちが作品を修正したり、世界のどこかで展示するのを単に止めたり、あるいは中国の検閲官の仕事をするよう奨励することも望んでいる。 --情報操作、メディアで党のプロパガンダを広めるためにSNS上の偽アカウントに頼る、トロール(荒らし)や「アストロターフィング」(自然発生的な民衆運動を模倣する)、世論を「誘導」するために多数の「インターネット解説者」(誤って「五毛党」と呼ばれる人々)を雇うことなどである。一般的に、トロールたちは、PLAやCYLによってコントロールされ、ターゲットを擁護し、攻撃し、論争を巻き起こし、侮辱し、嫌がらせをする。真正性を模倣するもう一つの方法は、金銭と引き換えに第三者が公開するコンテンツだ(コンテンツファーム、メッセージの購入、アカウントやページに対する影響力の購入、「インフルエンサー」の採用など)である。2019年以降、Twitter、Facebook、YouTubeは、中国発の協調キャンペーンを特定することを控えるようになった。それゆえ、何万もの偽アカウントが停止された。あるものは長い間「休眠」していたが、あるものは買われたり盗まれたりしており、そのほとんどは中国のプロパガンダを増幅し、米国を(中国語や英語で)攻撃していた。中には人工知能によって生成されたプロフィール写真を使用しているアカウントもあり、これはいまやSNSにおける中国の活動において定期的に観察されるようになった手法だ。 さらに、これらのキャンペーンの重要な側面として挙げられるのは、これらは単に中国を擁護しているわけではないという点だ。中国モデルの促進は、ロシアの影響力活動が長年行ってきたように、他のモデル、特に自由民主主義を貶めることと密接に関係している。中国共産党はこうした作戦の中核におり、SNSを利用して、まず一方では「オープンな」影響力行使を行い、しばしば抑止力と心理戦を目的としたプロパガンダを流し、他方では外国のターゲットに対して秘密裏に敵対的な工作を行っている。 --その他のレバーたち: 北京は影響力行使において、各国の市民運動も利用している。特に分離主義者(ニューカレドニア、沖縄)、平和主義者グループ(冷戦反対派)、中国人観光客、インフルエンサー(欧米のユーチューバーを含む)、外国の学者たち、さらには「人質外交」を展開するため人質も利用している。 4. ケーススタディは同心円状に紹介される。台湾と香港は北京の「政治戦」の最初の戦線を構成している。この2つ地域は中国の作戦の前哨基地、訓練場、「研究開発の実験室」であり、その後、洗練された形で世界中の他のターゲットに応用されるのだ。これはつまり、ロシアにとってのグルジアとウクライナのようなものだ。この作戦の最初の輪は、まずオーストラリアとニュージーランドをターゲットに広げられる。 そして次のステップは、世界の他の地域、特にヨーロッパと北米(だけではないのだが)をターゲットにすることであった。このパートでは、台湾、シンガポール、スウェーデン、カナダの4つの事例と、2019年に香港のデモ参加者をターゲットにし、2020年に新型コロナウイルスをアメリカの創作と決めつけた、2つのオペレーションを紹介する。 最後に、結論はこの「マキャベリの瞬間」という概念に2段階で戻ってきた。まず、2017年頃から中国の影響力工作の「ロシア化」が実際に起きていることを確認する。2018年の台湾の市議選、その後の2019年の香港危機ですでに並行していたが、世界がこの問題を意識したのは、2020年の新型コロナウイルスによるのパンデミックからであった。そしてこの「ロシア化」の3つの構成要素が整理される。北京はいくつかのレベルで、モスクワからインスピレーションを得ている(既存の中国軍の文献では、PLAにとってロシアはこのような作戦で模範となるモデルであることを認めている)。しかし、両者の間には明らかに相違があり、また一定の協力関係も存在する。 最後の結論部分では、この新しい中国の姿勢の有効性を評価している。この北京のやりかたは、戦術的には一定の成功をもたらしたとしても、全体としては戦略的な失敗であり、影響力の点で自らが最大の敵となってしまっている。これらは習近平の登場以来、特にここ数年で北京の評判は急激に低下しており、中国は不人気問題の深刻化に直面し、自国民に対するものも含めて、間接的に党を弱体化させていく可能性がある。 ==== かなり長文ですが、これだけでも中身がどのようなものか読みたくなるものですね。 日本も関係する具体的な中身の一部についてはここでも紹介して行こうと思っております。ご期待ください。 また、さらに大きな米中関係などについては最新の音声レポートも作成しましたので、ご興味のある方はこちらの方もぜひ! (鋸山遠景) ==== ▼最新作 〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ![]() ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ![]() ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ![]() ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2022-01-26 10:46
| 戦略学の論文
2022年 01月 20日
今日の渋谷駅周辺は快晴で実に寒いです。 かなり遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。去年はこちらをさぼっていたので、今年はなるべく多めに更新するつもりです。 さて、いきなりですが一昨年亡くなった先生の有名な論文の試訳です。講義で使うことの多い資料なので、あえて自分で訳してあらためて内容を確認してみたいと思った次第です。 ==== By コリン・グレイ 戦略や戦争はホリスティック(全体論的)な事業である。アメリカの戦略文化は、一度に一つのことだけに集中してそれが利点だと捉えることを好む。単色的な防衛パフォーマンスは、ほとんどの場合、より複雑な課題のうちの一つか二つの次元にのみ焦点を当てることになってしまう。戦略にはさまざまな次元があり、その一つひとつが歴史的な事例によってそれぞれ異なった重要性を持つ。そしてそれぞれが、戦略の遂行を台無しにする可能性を持っている。戦略の一般的な次元は偏在的で固定されているが、その詳細はしばしば変化する。戦略の「文法」は劇的に変化することもあり、「軍事における革命」(RMA)が起きたと主張できるほどにまでなることもある。 現在私は、戦略には一七の次元があると考えている。倫理、社会、地理、政治、人々、文化、理論、指揮(政治と軍事)、経済と兵站、組織(防衛政策と戦力計画を含む)、軍の準備(管理、研究開発、調達、採用、訓練、数と質量)、作戦、テクノロジー、情報とインテリジェンス、敵、摩擦、チャンスと不確実性、そして時間だ。 ある次元(技術や指揮など)は他のものよりも顕著に現れるが、どれも不可欠なものだ。戦略にこれほど多くの相互依存的な次元が存在するということは、一つの次元を改善することで得られる利点が極めて限定的であることを意味している。 ▼二つの学派 文化人類学者は、アメリカは圧倒的に単色的な文化、つまり課題を一度に一つずつ切り離して、実用的に検討する文化を持っていると指摘している[1]。その結果、アメリカの国家戦略はこの一事一価のアプローチを反映している。国防系の知識人は、ウォーターゲート事件の調査戦術である「カネの流れを追え」(follow the money)を検証する方法を使っている。すると研究費の痕跡は、ある「ビッグ・アイデア」から別の「ビッグ・アイデア」へと単色的に続いていくのだ。戦略的経験には実際的に「ポリクロニシティ」と呼べる本質的な統一性があるが、国防問題には急速な流行り廃りがある。たとえばデタント、核戦略、ICBM基地、SDIとさらなるSDI、そして競争戦略など、さまざまな論争があった。問題の潮流は、新しいアイデアや新しく聞こえるアイデアとして定期的にやってきてから無常にも去っていく。今日ではそれが「RMA」と「情報戦」である。このような問題の変動性を指摘することは、それを否定することではなく、歴史的な観点からしかその有用性を明らかにすることができないということを認めることなのだ[2]。 ハーマン・カーンは国防系の知識人であり、その最大の特徴は、モノクロの断片的な分析のために物事を分解するのではなく、物事をまとめあげることにあった[3]。もちろん彼の天才的な才能を見習うことはできないが、彼の方法論に従うことはできる。本稿は、それがいかに手ごわいものに見えようともその全体性に重点を置いて、戦略と戦争を全体論的に提示しようとするものだ。実際のところ、戦略的な現象というのは、調べれば調べるほど複雑に見えるものである。読者は、プロの歴史家たちが軍事的な経験を精査すればするほど多くのRMAが発見されることにお気づきであろう。それは、より強力な望遠鏡で宇宙を探査するのと同じだ。そこにさらに歴史家が議論に加わると、彼らの専門がどの時代であろうと、その世紀に一つ以上の RMA が存在したことは確かであると証言する傾向がある[4]。相互に関連するアイデアの中核には、以下のような議論の流れが形成されている。具体的に見てみると、 ■戦略や戦争には、多くの次元がある(一七が私の好みだが、もちろんそのリストに議論の余地はある)。 ■どの次元も重要であるが、それらの間の相互作用はケースバイケースである。 ■戦略のすべての次元は非常に重要だが、そのどれかで国家や同盟が著しく不利になると、全体として致命的な戦略的影響を与える可能性がある。 ■戦略や戦争の次元は、その詳細と同様に一般的に永遠かつ偏在的であり、その相互関係の詳細と同様に、ある文脈から別の文脈へと変化していく。戦略の性質と構造は実質的に不滅である[5]。 ■しかし戦争の性格と遂行(あるいはその「文法」について書いたクラウゼヴィッツの言葉を借りれば)、戦略の文法、すなわち戦略が戦術によっていかに達成されるかは[6]、政治、社会、経済、そしてテクノロジーの条件とともに(場合によっては根本的に)変化するものだ。 ■戦略と戦争の性質と構造は不変であるが、戦争の性格と遂行における変化は、間違いなく「軍事における革命」と言うことができる。しかし「革命」という言葉は、よりゆっくりと変化する変数を軽んじる危険性がある。 ■その結果、我々は戦略と戦争について非常に多くのことを知っており、また事実上、我々が理解していないこと、理解できないことについても非常に多くのことを知っていることになる。 この議論は極めて保守的であるが、変化の確実性を認めるものである。二〇世紀初頭、イギリスにおける技術面、ひいては戦術面での発展の急速なペースは、イギリス海軍において「唯物学派」と「歴史学派」の間で激しい論争を引き起こした[7]。前者の支持者は、大きな(それほど大きくなくても)技術的変化は、あらゆるレベルとあらゆる次元で、戦争というテーマ全体を実質的な変化、または「革命化」することを意味すると主張した。 それに対して「歴史学派」は、戦略と戦争は、技術と戦術が永久に流動的であるのと同様に、その本質においては不変であると論じたのだ。一九〇〇年代、ジャッキー・フィッシャー提督のような唯物論派とレジナルド・クスタンス提督のような歴史学派の間で交わされたこの議論は、細かさの度合いを進化させながら今日も続けられている。唯物論者にとって、世界は新しい技術が登場するたびに作り直されるのだ。 ▼すべてが重要 マイケル・ハワードは戦略の次元に関する考えに対して、兵站、作戦、社会的、テクノロジーの次元を明らかにすることによって、最も直接的な刺激を与えている[8]。SALT II や核戦略に関する活発な議論を背景に執筆したハワードは、アメリカが技術の次元だけに注力しすぎており、社会や作戦の次元を犠牲にしているように見えることを懸念していた。RMAと情報戦に関する戦略論を考える場合に、私は上述した一七個以上の次元を使いたいと考えている。これらの次元は、同時に相互に影響し合いながら作用するものだ。戦略には一つか二つの次元しかないと本気で主張する人々は、このようなアプローチに反対するだろう。 戦略の次元をあえて序列化するようなことは控えるべきであろう。よって上記で引用した順番はランダムなものである。たとえを使って論じてみると、自動車メーカーの車種は、エンジンの種類とサイズの大きさが各モデルの差別化を測る要素として強調されるのが一般的である。しかし自動車は、駆動系や(バッテリーを含む)電装システム、そしてタイヤがなければ動かない。さらに自動車の「次元」を向上させる上では、他の部分とのバランスを考えて改良しなければならないという制約がある。「ツイン・ターボ」はたしかにオプションとしては素晴らしい装置だが、ブレーキやタイヤ、そして(戦略の問題にも言えるが)優れた運転手がなくては意味がない。優れた軍隊は、たとえ政治的な指導に誤りがあったとしても、間違った戦争において勇敢に戦うことができるだろう。その逆に、悲惨な軍隊は、正しい戦争でろくな戦果を出せないかもしれない。ここで最も重要なのは「すべてが重要である」というばかばかしいほど明白なことである。その次に重要なのは、いわゆる「システム・オブ・システムズ」[9]によって増強されたアメリカ軍によってもたらされるかもしれない軍事効果の素晴らしい改善でさえ、政治面での指導力が低ければ失望する可能性が高いということだ。結局のところ、ドイツは二度の世界大戦において戦闘力では無敵だったが、戦争遂行能力では驚くほど無能だったのだ。 ▼地理を越えて この問いに正解はない。戦略にはいくつの次元があるのだろうか?次元の正確な数やラベルは問題ではなく、むしろ戦略で重要なものは、そのすべて次元のどこかに含まれているという点だ。ある国や同盟国たちが、戦略のすべての次元で傑出している必要はないし、優れている必要さえない。不健全な計画、覇気のない政治指導者、平凡な将軍、不運、不便な地理的条件にもかかわらず、戦争に勝つこと(十分な戦略的効果を生むこと)は可能なのだ。 ここで三つの点を確認しておく必要がある。第一に、各次元がプレイヤーである。それぞれの次元は、いかなる紛争でもどの時代においても国家戦略の一部であったのだ。第二に、戦略の諸次元間や諸次元内において、何らかの代替が可能であるという点だ[10]。たとえば国家同士が陸、海、空、宇宙(もしくはサイバー空間)で同等の能力を持つことは極めて稀である。またドイツ東方軍の場合、戦争中に一方の技術の質と量が低下しても、モチベーション(闘志、士気、イデオロギー)の分野で有用な補償が得られる可能性がある。あるいは敵の情報が不足していても、運、優れた兵站、優れた組織、高い士気などが組み合わされば、不測の事態を乗り切ることができるかもしれない。しかしそれぞれが直面する状況というのは同じものが一つとしてない。たとえば英仏軍は両大戦のいずれにおいても作戦情報が不十分であったために奇襲を受けており、一九一四年にはその無知から回復したが、一九四〇年には回復できなかった。 第三に、各次元において一定のレベルの競争力が存在する、もしくはそれを存在させるべきであるという点だ。もしそのレベルを下回ると、敵が主導権を握るという取り返しのつかない結果が待っている。そして敗北は必至だ。ここで主張されている議論は、戦略の次元の全範囲が(好みや狙いに関係なく)紛争に影響を与えるということである。その中で、重要でないものはあるのだろうか?たとえば「サイバー空間の時代には、地理があまり重要でない」という議論がある。だがサイバー空間が支配的となり、サイバーパワーが偏在すると同時にどこにもない(場所的に「地理を超えた」)ものであるとすれば、われわれはおそらくこれまでの戦略的経験からの根本的な決別を目撃しているのかもしれない[11]。しかしこれには疑うべきだけの根拠がいくつか存在する。 「戦略と戦争の全体的な性質を無視することは危険でしかない」という主張は、あるアナリストによっても考慮されている。彼は「人間の限界、情報の不確実性、そして非線型性は、優れたテクノロジーと工学が排除できる厄介な困難ではなく、我々が戦争と呼ぶ対立集団間の激しい相互関係に内在している、または構造的な特徴である」と助言している[12]。たとえばこれらの特徴のうちの一つが戦略の人間的側面(およびコマンド)の限界であるが、これは技術的な優位から得られるものを簡単に制限したり、相殺することができる(そして人間という次元は、戦術から国家運営に至るまで、紛争のあらゆるレベルで作用している)。 もし、テクノロジーに恵まれた情報主導の戦士による完璧なパフォーマンスが約束されているとすれば、戦略の他の次元におけるアメリカの競争力について何を想定できるだろうか? 政治的リーダーシップの卓越性、国民の熱意、そして戦略的パフォーマンスの手段の策定、実行、監視における優位性を期待するのは妥当であろうか[13]? ▼料理本戦略 RMAにどれほど適切に考えるか、もしくは必要なすべての次元(技術、武装化、ドクトリン、訓練、組織、一定数の獲得)をうまく実行できるかどうかは、将来のアメリカの実際の戦略的パフォーマンスとはほとんど関係がない可能性がある。なぜなら国家パフォーマンスを最も激しく低下させる「摩擦」は、政府と軍隊の間、あるいは政府と社会の間にある可能性が高いからだ。これは軍の近代化を非難するものでも、RMAの概念を敵視するものでもなく、またいくつかの面から情報戦を批判しようとするものでもない。むしろこれは、国家が総体として紛争に対処し、戦争を遂行し、戦略を立てて実行するものであるということだ。クラウゼヴィッツはこの点について、情熱(国民)、不確実性(軍隊とその指揮官)、そして理性(政府)で構成される「三位一体」に言及しつつ明確にしている[14]。残念ながら『戦争論』には、政策と軍事手段がともに優れておらず調和していない場合に生じる「困難」という重要な課題についての分析はほとんどない。 戦略の諸次元が相互に依存し合っていることは明白であり、それをくどくどと説明する必要はないだろう。しかし堅牢に見えるあらゆる理論には奇妙な例外が存在しがちであることも忘れてはならない。クラウゼヴィッツがジョミニと異なり、戦略に関するルールを記した料理本を提供するのを拒否したことは覚えておくべきだ[15]。したがって本稿の議論は、ジョミニ的というよりむしろクラウゼヴィッツ的なメッセージに沿ったものだ。一般的な戦略理論や、理解のためのアーキテクチャは、英雄的規模の愚行や不運などを実際に防いでくれるわけではない。戦略の各次元が重要であり、そのどこかの次元でまずいパフォーマンスをすれば紛争の最終的な結果を決定しかねないこと、また一つか二つの次元においていくら優れていても勝利をもたらすことはできないのは事実である。それでも実際には常に例外が起こりうる。軍事的天才(または愚か者)は、英雄的な規模で戦略の原則を書き換えるのだ。 繰り返しになるが、戦略の本質、目的、構造は永遠であり、普遍的なものである。あらゆる戦争、あらゆる時代、そしてあらゆる敵対者(同種または異種)同士の間でも、これらの特定の次元を参照して理解することができるのだ。しかしこれらの次元の間の、あるいはその内部での、複雑な相互作用の詳細は、時には極めて根本的に異なるものだ。だが歴史学派の提唱者が、時代、場所、敵対者、そして技術という要素に関係なく「戦略は戦略」であり「戦争は戦争」であると主張するのは、まさにこのような理由からだ。クラウゼヴィッツ、ジョミニ、マハン、リデルハートは、戦略と戦争の本質が変わることはなく、むしろ変わることができないと述べたのは正しかった。戦略の構成要素と構造は不変であり、細部が変化するだけである。上に述べた戦略の各次元は、ペロポネソス戦争、ポエニ戦争、そして十字軍においてもそれぞれの役割を果たしていたのである。 戦争の複雑さと、それを遂行するための戦略的なツールの多様性は、これまでの百年間にわたって増大してきた。技術、戦術、ドクトリン、そして組織は、経験に応じて、また得られる利点や回避すべき欠点を見越して調整されてきた。しかし陸上や海上だけでなく、新たな領域、つまり空中戦、宇宙やサイバー空間などでの戦いを考慮すると、どこでも同じ法則が戦略的パフォーマンスを支配していることに気づく。さまざまな地理(あるいはサイバー空間における反地理)での戦闘に特化した軍種が単独で戦争に勝てるかどうかは別として、それらが古典的戦略の指導的なルールに従わなければならないことには変わりがない。このルールは、戦略的活用の前提条件として、各地域における軍事的支配力の確保を義務付けている。陸、海、空、宇宙、そしてサイバース空間でも、それと同じ論理が当てはまる。海軍、空軍、そしてサイバー軍がチームプレーヤーとしての役割を発揮するためには、まずはそれぞれの特殊な環境の中で成功しなければならない。海上での戦闘に備えなければならない理由は、空や宇宙、そしてサイバー空間での戦いに備えなければならないかを考えればわかる。戦略と戦争の論理は同じである[16]。ある環境が軍事的に重要であれば、それを使用する権利のために戦う用意がなければならない。 全体的に言えば、われわれは戦略と戦争の未来について知るべきことをほとんどすべて知っており、これから知ることができることもおそらくすべて知っていると言える。実際のところ還元主義を厭わなければ、トゥキディデスは戦争の原因と戦略の政治的必要性について、恐怖、名誉、利害というたった三つの人間の動機を強調することによって考慮すべきほとんどすべてを記録したと主張もできる[17]。帝国の動機、または戦争の原因に関する現代の研究が、この三位一体の仮説よりも優れた結論を生み出せているかどうかは怪しい[18]。 戦略と戦争の将来について知られていないことは、重要なものも重要でないものも含めて、実に詳細な部分にある。多くの識者は「予見可能な未来」というフレーズを口にするという欠点を抱えている。なぜなら未来はまだ起きておらず、詳細に予見することはできないからだ。不満足であることは確実であり、しかも矛盾を含んでいる可能性が高く、さらにはほぼ不完全な思い込みのある政治指導のもとで、防衛計画者は戦争がどのように行われ、しかもいつどこで何のために行われるか正確に分からない状況の下で「十分な防衛体制」を決定せざるを得ないのである。しかしいくらか慰めになるとすれば、少なくとも彼らは戦略と戦争が何からできているのか(一七の次元)を知っており、経験による教訓を含めた「教育」によって、「戦略上の病に対する奇跡の治療法」という不健全な理論による説得などから免れることができるはずだ。 注 1.Edward T. Hall, Beyond Culture (Garden City, N.Y.: Doubleday, 1976). 2.以下の中の議論を参照のこと。Colin S. Gray, The American Revolution in Military Affairs: An Interim Assessment, Occasional Paper 28 (Camberley: Strategic and Combat Studies Institute, Joint Services Command and Staff College, 1997). 3.カーンの統合への直感は以下に示されている。On Escalation: Metaphors and Scenarios (New York: Praeger, 1965). 4.たとえば以下を参照のこと。Clifford J. Rogers, ed., The Military Revolution Debate: Readings on the Military Transformation of Early Modern Europe (Boulder, Colo.: Westview, 1995). 5.この議論は以下の本の中心的なテーマである。Colin S. Gray, Modern Strategy (Oxford: Oxford University Press, 1999)[コリン・グレイ著『現代の戦略』中央公論新社、二〇一五年] 6.Carl von Clausewitz, On War, edited and translated by Michael Howard and Peter Paret (Princeton: Princeton University Press, 1976), p. 605. [カール・フォン・クラウゼヴィッツ著『縮尺版:戦争論』日本経済新聞社、二〇二〇年、三六六頁] 7.論点については以下が最も明晰に示されている。Reginald Custance, “Introduction” to “Barfleur,” Naval Policy: A Plea for the Study of War (Edinburgh: William Blackwood and Sons, 1907), pp. vii–ix. 8.Michael Howard, “The Forgotten Dimensions of Strategy,” Foreign Affairs, vol. 57, no. 5 (Summer 1979), pp. 975–86. 9.James R. Blaker, Understanding the Revolution in Military Affairs: A Guide to America’s 21st Century Defense, Defense Working Paper 3 (Washington: Progressive Policy Institute, January 1997). 10.以下を参照のこと。Andrew G.B. Vallance, The Air Weapon: Doctrines of Air Power Strategy and Operational Art (London: Macmillan, 1996), chapter 2. 11.以下の二つの文献を参照のこと。Colin S. Gray, “The Continued Primacy of Geography” (and “A Rejoinder”), and Martin Libicki, “The Emerging Primacy of Information,” Orbis, vol. 40, no. 2 (Spring 1996), pp. 247–59, 261–76. 12.Barry D. Watts, Clausewitzian Friction and Future War, McNair Paper 52 (Washington: National Defense University Press, October 1996), p. 122. 13.戦略を「プロセス」と見るものについては以下を参照のこと。Williamson Murray and Mark Grimsley, “Introduction: On Strategy,” in Williamson Murray, Macgregor Knox, and Alvin Bernstein, eds., The Making of Strategy: Rulers, States, and War (Cambridge: Cambridge University Press, 1994), chapter 1. [ウィリアムソン・マーレー他編著『戦略の形成』上下巻、ちくま学芸文庫、二〇一九年、第一章] 14.Clausewitz, On War, p. 89. [クラウゼヴィッツ著『戦争論』六三頁] 15.Contrast Clausewitz, On War, p. 141[クラウゼヴィッツ著『戦争論』頁], with Antoine Henri de Jomini, The Art of War (Novato, Calif.: Presidio, 1992), pp. 16–17, 70, 114. 両者の比較は以下で見ることができる。Michael I. Handel, Masters of War: Classical Strategic Thought, 2d ed. (London: Frank Cass, 1996). 16.このような考え方は以下の本の全般に染み渡っている。Edward N. Luttwak, Strategy: The Logic of War and Peace (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1987). [エドワード・ルトワック著『エドワード・ルトワックの戦略論』毎日新聞出版、二〇一四年] 17.Robert B. Strassler, ed., The Landmark Thucydides: A Comprehensive Guide to the Peloponnesian War (New York: Free Press, 1996), p. 43. 18.以下を参照のこと。Donald Kagan, On the Origins of War and the Preservation of Peace (New York: Doubleday, 1995). これはツキュディデスに影響を受けたものだ。他にも以下を参照。 Hidemi Suganami, On the Causes of War (Oxford: Clarendon Press, 1996). === この論文の基本的な議論は、私が6年ほど前に訳出した『現代の戦略』でも展開されているものですが、先ほどアマゾンで見たら新品の値段が高騰しておりました。 いまから20年以上も前の議論なのですが、戦略の複雑性を理解した上でわれわれはなんとかやるしかない、という希望と絶望にあふれた実に現実的な戦略論を展開しているように思えます。クラウゼヴィッツとそれに影響を受けたマイケル・ハワードの議論を発展させた、実に「保守的」といえる新クラウゼヴィッツ主義者の典型的な議論だと思います。 「戦略は普遍的」という議論を軸にすることで、シーパワーやランドパワーだけでなく、スペースパワーや特殊部隊、さらには沿岸警備隊の理論まで戦略論を展開できますし、当時の最新の議論であった「軍事における革命」(Revolutions in Military Affairs)にもまどわされずに議論できる、というやりかたですね。 この論文の冒頭でもありますが、アメリカで大流行しては見向きもされなくなるという「戦略のアイディア」のサイクルの速さというものを外国(イギリス)出身の冷めた目で見ているような感覚が感じられて興味深いですね。 (現代の戦略) ==== ▼最新作 〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ![]() ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ![]() ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ![]() ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2022-01-20 10:44
| 戦略学の論文
2021年 12月 27日
今日の横浜駅はまさに「底冷え」という状態でした。天気が良いことがだけが唯一の救いですが。 さて、珍しく日本経済に関する記事の試訳です。ニューヨーク・タイムズ紙の東京支局の書いた記事ですが、話を聞きにいく学者が以前と比べてかなりまともな人選になったという印象があります。 === 40%の減税でも日本の雇用主が賃上げに踏み切れない理由 首相は、長く低迷している賃金を引き上げれば、低迷している経済を活性化させることができると言っている。しかし、企業側はこの計画を非現実的だと言っている 21-12/23 NY Times 吉村正孝はこの2年間、一家が100年以上前に創業したオーダースーツの会社に資金を注ぎ込んできた。工場を整備し、自動在庫管理システムを導入し、ソフトウェアやロボットに取って代わられた従業員を再教育してきた。 しかし日本の首相は、さらに社員に大幅な昇給をさせることを望んでいる。 理由は簡単だ。日本では何十年間も賃金が伸びず、貧富の差が拡大しているからだ。最も手っ取り早い解決策は、吉村氏のような経営者たちに従業員たちに対してもっと給料を払うように促すことである。賃金が上がれば、個人消費が活性化し、低迷している日本経済が上向くと考えられるからだ。 しかし、吉村氏にとっては昇給は非現実的なことだ。賃上げをすることは「本当に致命的」だと、先週、東京の吉村産業の事務所で彼は語った。そして、その考えは彼一人だけのものではない。企業団体や労働組合のリーダーなどは、岸田文雄首相が賃上げをした企業に多額の税額控除を提供するという計画の実現可能性を疑問視している。 本来なら賃金を上げるべきなのに、企業が賃上げに抵抗するのは、この問題がいかに難解であるかを示している。長年にわたる低成長とインフレ率の低迷により、企業には値上げの余地がほとんどない。経済学者によれば、安定した適度なインフレがなければ、企業の利益も労働者の賃金も伸び悩むという。 政府は長い間、景気を刺激して物価を押し上げるために、あらゆる解決策を見つけようとしてきた。金融市場に資金を投入し、借入をほぼ無料にした。しかし、物価が下がるという予想が浸透し、高齢化によって需要が弱まり、グローバル化によって物価が下がっているため、ほとんど効果が出ていない。 新型コロナウイルスは、日本が抱える課題をさらに深刻にした。過去2年間、他の主要国が急速に回復しているにもかかわらず、日本は縮小と拡大の間を行ったり来たりしている。 パンデミックが長引く中、日本政府は消費者に現金を配り、企業にゼロ金利融資を行うなど、さらに大規模な景気刺激策に舵を切った。だがインフレ率はパンデミックによる供給不足とサプライチェーンの混乱によって、他の場所では急上昇しているにもかかわらず、日本ではほとんど動いていない。 賃金案に対する反応は、2ヶ月前に就任した岸田氏にとって不吉な兆候である。岸田氏は、過去2年間の経済的ダメージを回復し、「新しい資本主義」を通じて日本経済を軌道に乗せることを公約していたからだ。 岸田氏の計画は、まだ漠然とした概念である「持続可能な成長を実現し、経済格差を是正するための枠組み」を定義するための第一歩となるものである。 手始めに、首相は雇用主に対して、2022年に4%もの賃上げを行うよう求めている。これに従った企業は、法人税全体の控除額を最大40%増やすことができる。政府は、看護師や子どもや高齢者の世話をする労働者の賃金を来年に3%引き上げると発表している。 岸田氏は21日の記者会見で、「企業が賃金を上げてもいいと思えるような雰囲気を作るために、あらゆる手段を講じることが国にとって不可欠だ」と述べた。賃上げは「コストではない、将来への投資だ」とも述べている。 多くの企業は、賃上げの必要性を認識している一方で、発表されたこの措置が日本の通常の賃金決定プロセスに何らかの影響を与えるかどうかについては疑問視している。 大手企業と労働組合は毎年春に「春闘」と呼ばれる儀式で昇給交渉を行っている。岸田氏の提言に近い結果が出たのははるか以前の1997年であり、この時に労働者は2.9%の昇給を勝ち取っている。 2013年、安倍晋三首相は同様の計画を導入したが、ほとんど成功しなかった。現在、平均賃金は月2,800ドル前後と、20年前とほぼ同じ水準に留まっている。 この現象は日本だけのものではない。ほとんどの先進国で、かつては経済成長と賃金の上昇の間には密接な相関関係があったが、現在は崩れている。米国やEUでは、実質賃金の中央値(実際の購買力)は、パンデミックまでの10年間、経済全体の拡大をはるかに下回るものであった。 この現象の原因については、コンセンサスが得られていない。しかし、多くの経済学者は、グローバル化と技術の進歩により、企業がより少ない労働者でより多くの利益を上げることができるようになった国々において「勝者が最も多くを得る」というダイナミズムが原因だと考えている。 経済学者たちはほぼ逆の問題点を指摘している。それは、日本の生産性の低さは、解雇がほとんど不可能な労働者を大量に抱える企業によって生み出されたものであるという点だ。 このことは、恵みであると同時に呪いでもある。パンデミックの間、日本はアメリカなどの国で見られるような失業率の高騰を避けることができた。だがこれは、終身雇用制の下では、多くの企業が雇用と解雇の柔軟性を制限され、経済状況の変化への対応力を低下させる可能性があることも意味している。 賃金上昇率の低さは、事実上、労働者と資本の間で交わされた妥協の産物である。ゴールドマン・サックスの馬場直彦チーフエコノミストは、「1990年代以降、日本の労働者は賃金の上昇よりも雇用の安定を優先してきた」と指摘する。ただ、企業は労働者に年2回のボーナスを支払っており、その額は企業収益によって大きく変動する可能性がある。 日本企業は利益を守るため、バブル崩壊後の1990年代前半まで日本で一般的だった終身雇用契約を避け、派遣社員やパートタイマーの活用によって正社員を限定する傾向がある。 現在、日本では非正規雇用者が労働力の37%を占め、低賃金で使い捨てにされる労働者が恒常的に存在し、その70%近くが女性である。 非正規雇用者の賃金は低く、その増加は日本の労働組織を弱体化させ、賃金を低下させた。1950年代には、日本の労働者の半数以上が組合に加入していた。1950年代には日本の労働者の半数以上が組合に加入していたが、現在では約17%にとどまっている。特に高齢化社会がもたらす長年の労働力不足が、給与の上昇を妨げている。 岸田氏の計画は、それを発表したタイミングにも問題がある。パンデミックの影響で多くの企業がすでに苦境に立たされており、現在の従業員を雇用し続けるために多額の政府補助金に頼らざるを得ない企業も出てきている。 そして、不採算の問題もある。この10年近く、日本企業の大半は不採算に陥っており、2019年には約65%と2010年以降で最も低い数字となった。これらの企業は、日銀が引き受けた安い資金によって存続してきたが、利益がなければ法人税もかからないため、岸田氏の奨励策の対象にはならない。 東京大学の川口大司教授(経済学)によると、岸田氏の案は実際に最も成功している企業に富を集中させる一方で、中小企業や経営難の企業の従業員にはほとんど支援を提供せず「本当に逆進的な制度になる可能性がある」と指摘する。 首相が企業に賃上げを説得できたとしても、その資金が使われる保証はない。昨年、政府が国民全員に現金を支給した後、消費者は不確実な将来に対するヘッジとして銀行にお金を貯め、日本の家計貯蓄率は過去20年間で最高水準になった。 多くの労働者にとって、賃金を上げるという政治の焦点は見当違いであり、他の職場の問題の方がより緊急性が高い。北海道大学経済学部教授の阿部由紀子氏は「労働市場に存在する最大の問題は、雇用保護や育児、仕事と家庭を両立させるために必要な福利厚生などである可能性が高い」と言う。 紳士服会社の代表である吉村氏は、政府が間違った問題を解決しようとしていることに同意している。たしかに賃金は重要だと考えているが、それにはまず政府が企業を支援する必要があると主張するのだ。「もう少し収入を上げられるような環境を作らないと景気は良くならないですよ」と彼は述べた。 ==== 経済は私の専門ではないのであえて深堀りはしませんが、日本がバブル期から経済政策を間違ってきたことはすでに海外の経済学の教科書にも載っているという話をよく聞きます。 来年こそは景気の良い年にしたいものです。 (空港) ==== ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜最新作! 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ![]() ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ![]() ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ![]() ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2021-12-27 23:33
| カルテク
2021年 12月 25日
今日の横浜駅も晴れておりますが、実に冷えきっております。 さて、今年もクリスマス&年末の季節がやってきましたが、いつもと違って「資産防衛」に関する記事を一つ。 === 高級時計は、常に供給よりも購入希望者の方が多い。しかし近年その関心は爆発的に高まっている。 by アンドレア・フェルステッド 21-12/3 Bloomberg 今年のクリスマスに不足するのは、おもちゃ、ハイテク、七面鳥だけではない。ロレックスの時計も手に入りにくくなっている。だが幸運なことに、高級時計ブームに乗る方法は他にもある。 ロックダウン時の貯蓄、(少なくとも最近までの)市場の高騰、リベンジ支出、代替資産への幅広い関心などが相まって、最もホットな時計への需要は供給をはるかに上回っている。待ちリストは長くなり、中古市場での価格は高騰している。 ロレックスのデイトナ、パテック・フィリップのノーチラス、オーデマ・ピゲのロイヤルオークなど、アイコニックなモデルへの関心は長く続いている。また、リシャール・ミルが製造するスケルトンウォッチ、ロレックスのサブマリーナーやGMTマスターIIなどにも人気が集中している。中でも最近最も騒がれているのが、一部で「ウィード」と呼ばれる緑のパームモチーフのデイトジャスト 36である。 もちろん、いつの時代も購入可能な時計よりも購入者の数は多かった。ロレックスの年間生産数は約110万個、パテックフィリップは約6万5千個、そしてオーデマピゲは約4万5千個である。これは高級品を買おうとする人々を満足させるには到底及ばない量である。 しかし、この2年ほどで時計への関心は爆発的に高まった。ロックダウンの影響で、人々は旅行や高級レストランに使うはずだったお金を、代わりに高級品に振り向けたからだ。とくに男性にとって最初の選択肢は高級腕時計であり、多くの購買者たちは自分のよく知るブランドに手を伸ばした。記録的な株式市場の上昇や暗号通貨の高騰は、富をもたらしただけでなく、非代替性トークン(NFT)や時計など、代替資産などへの投資への関心を広めるきっかけにもなった。 だが、あまりの需給のミスマッチのおかげで、9月にはロレックス社が「戦略的に供給を絞っているわけではない」という異例の声明を発表した。品質を落とさずに需要を満たすことができないというのだ。同社はこれ以上のコメントを避けている。 英国や米国のブティックで常にロレックスを確保していた小売業のWatches of Switzerland Group社でさえ、次第に高まる需要によって7月頃には在庫がなくなってしまったという。そこで同社はロレックス社と共同で、展示用の時計を揃えるという新しいコンセプトを打ち出している。サブマリーナやデイトナなど、店頭にほとんど並ばなくなってしまったモデルを、まず来店して試着してもらってから予約してもらうというものだ。これは車のショールームのようなやり方だ。 ウォッチズ・オブ・スイス(Watches of Switzerland)社では、2年以上のウエイティング・リストは作らない。それでも人気の高いモデルは2年以上も待たされることになる。たとえばデイトナは10年待ちになっているという報告もある。 また、品不足のため、ドイツのChrono24社やWatchfinder(リシュモン傘下)社、 ロンドンのA Collected Manなどが運営する流通市場でも価格が高騰している。ロレックスのデイトナ、APのロイヤルオーク、パテックのノーチラスは、元の小売価格の3倍から4倍で取引されることがある。他にもロレックスの人気モデルは、少なくとも2倍の値段で取引されることもある。 これらのモデルを手に入れることができないこと以上に悔しいのは、3つのメーカーが非上場であるため、株式投資家がこのブームに参加する方法が少ないことだ。ただし参加する方法の一つは、ロレックス、AP、パテックで売上の50~60%を占めているWatches of Switzerland社の株式である。この会社の株価は過去1年間で約3倍になっている。 一方、時計への関心は、最も供給が逼迫しているブランドから、上場企業が所有するブランドへと広がっている。スウォッチ・グループとリシュモン・グループだ。 スウォッチ傘下のオメガには強い支持があり、特にアジアではスピードマスターの人気が高く、最新の映画に合わせて製作された最新のジェームズ・ボンドのシーマスターも人気がある。 リシュモン傘下のカルティエは、過去5年間にいくつかのクラシックモデルのリニューアルやアップグレードを行ってきた。カルティエは需要に少し遅れて供給を続けるという戦略をとっているが、これは5年ほど前に中国の反腐敗運動のおかげで時計が品薄になったことを受けて過剰な在庫を買い戻してから採用したものだ。また、スイスの独立系ブランドに特化したオンライン時計販売サイト「A Collected Man」では、他の2つのリシュモンのブランドへの関心が高まっているという。それはランゲ&ゾーネとヴァシュロン・コンスタンタンだ。 最大の問題は、現在のこの高級腕時計への熱狂と価値の上昇が今後も継続するかどうかだ。最近の市場の混乱や、多くの必需品の価格上昇は、このような高騰が終わりつつあることを意味しているのかもしれない。また、暗号通貨への圧力も課題となる。その合間に、中国では目立った消費を抑制する取り組みが行われており、これは東アジアにおける最高級レベルの腕時計の需要が減少することになるかもしれない。 しかし現在の主な問題は供給の制約であり、中国経済が減速すれば、米国など他の好況な高級品市場でより多くの製品が流通する可能性がある。 今年のクリスマスにロレックスを手に入れることができれば、それは自慢できるものとなるだけでなく、 庶民的な繁栄に対するヘッジにもなる。 === 新型コロナに対する政府による経済救済措置のおかげで世界中で「カネ余り」の現象がみられおりますので、高級腕時計を購入しておくのも資産防衛の一つの手段になるかもしれない、ということですね。 実際のところ、私が知っているだけでも上記のデイトナなどは数年前は正規の値段の30%増しくらいで売ってましたが、最近はその4倍近く上がるという異常な高騰ぶりを見せており、本当に欲しい人が買えないという現象も出ていて困ったものです。 (空港) ==== ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜最新作! 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ![]() ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ![]() ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ![]() ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2021-12-25 00:00
| カルテク
2021年 12月 24日
今日の中目黒は快晴で本当に寒いです。 さて、一部の界隈で話題だったジョンズ・ホプキンス大学SAISのハル・ブランズによる中国との「次の戦争」を予見するような意見記事の試訳です。 === byハル・ブランズ 21-12/15 アメリカは「向こう側」で戦うことに慣れてしまっている。だが次の敵は紛争を「こちら側」に持ち込んでくる可能性がある。 アメリカ人にとって、戦争とは通常「あちら側」で起こるもの、つまり自分たちの海岸から遠く離れた外国で起こるものである。しかし戦争が「向こう」で起こっても「こっち」で経験することになる、と考える時期に来ているのかもしれない。今後の紛争では、アメリカの領土は聖域ではなくなる。アメリカは技術進歩のおかげで、テロ集団だけでなく、地政学的敵対者がアメリカに直接戦争を持ち込むことを可能にする、国土の脆弱性の時代に突入しているのである。 もちろんアメリカは、過去にも直接攻撃されたことがある。1812年の戦争ではイギリスがワシントンを焼き払った。日本軍は1941年に当時米国領であったハワイを攻撃した。9月11日の同時多発テロは、ニューヨーク、ワシントン、ペンシルベニアに大惨事をもたらした。 しかし、これらのエピソードが記憶に残るのは、それが例外的な事例だからだ。アメリカは国力と地理的条件により、他のどの主要国よりも安全保障に優れた国である。アメリカは冷戦時代からテロと戦ってきたが、テロ攻撃を受けた国、特にイラクとセルビアは、それに対応する能力を欠いていた。 現在はそれがいくつかの点で変わりつつある。 一つは、紛争時に核兵器で米国を脅すことができるライバルが増えつつあることだ。中国は、従来は小規模で脆弱な核兵器を保有していたが、急速に拡大している。北京は、台湾やその他のホットスポットをめぐる紛争で米国を攻撃できるようにしたいのである。北朝鮮は、米国の標的を攻撃できる核弾頭ミサイルを持つ寸前か、すでに持っている可能性がある。 アメリカのライバルは、このような核攻撃を行わない強い動機を持っている。なぜならアメリカからの壊滅的な核報復の脅威があるからだ。 しかし、冷戦時代とは異なり、今日ではあまり終末的でない方法でアメリカ本土を攻撃することも可能であるために、逆にそれが実現する可能性は高い。 ロシアも中国も、長距離ミサイル(巡航ミサイル、極超音速滑空機、大陸間弾道ミサイルなど)に通常弾頭を搭載してアメリカの目標を攻撃する能力を持っているか、それを現在開発中である。中国がコンテナ船から発射した小型無人機の群れを使って、アメリカ西海岸やハワイのターゲットを攻撃する可能性があるとの懸念も高まっている。 こうした攻撃は、おそらく壊滅的な破壊を引き起こすことはないだろう。しかし紛争時にはアメリカの兵站、通信、動員を混乱させる可能性がある。あるいは、モスクワや北京が、中国やロシアの領土に対するアメリカの攻撃を抑止したり、それに対する報復を行ったりするための手段を提供することになる。 最も可能性の高いアメリカへの攻撃は、表立った暴力を全く伴わないものであろう。重要なインフラや金融システムに対するサイバー攻撃は、日常生活を麻痺させ、地球の裏側からの攻撃への対応を阻害する可能性がある。昨年春、東海岸でガス不足を引き起こした「コロニアル・パイプライン」のランサムウェアによる攻撃は、それを予感させるものであった。台湾、ウクライナ、バルト三国をめぐる重大な国際危機のさなかに、はるかに大規模な攻撃が繰り返されることも想像できる。 このような攻撃は、ロシアや中国の計画者にとっては魅力的なものだろう。なぜなら直接の軍事攻撃では不可能な「曖昧さ」を装うことができるからだ。直接的に大量の民間人の死者を出すことなく、国内を混乱させることができるからだ。また、北京やモスクワが東欧や西太平洋で軍事的目標を達成しようと躍起になっているときに、紛争の初期段階でアメリカの動きを鈍らせることもできる。これはアメリカの政策立案者に、厳しい問いを投げかけることになる。 もしこれが実行されて自国の痛ましい弱点が露呈する可能性があるとすれば、アメリカは本気で遠く離れた場所での侵略を食い止めるために武力を行使するのを厭わないだろうか? このジレンマには、完璧な解決策はない。例えば、ミサイル防衛は重要な標的を守るのに役立つが、包括的な保護を提供するには費用がかかりすぎるし、信頼性にも欠ける。アメリカができる最善のことは、防衛、攻撃、回復力を組み合わせることによって、自国の安全保障の弱点を緩和することである。 そのためには、かつて「民間防衛」と呼ばれたもの、すなわち重要なインフラ、物流施設、通信ネットワークなどをデジタルな混乱から守るための、より大規模で体系的な投資が必要となる。ワシントンは、平時において、国家が支援するサイバー攻撃に対して報復する能力と意思を大々的に宣伝する必要がある。そうすれば敵対勢力は、アメリカが戦時中に物理的であれデジタルであれ、より大規模な攻撃にどのように対応してくるのかを真剣に考えるようになるからだ。 しかし、絶対的な保護が幻想であることは避けられない。自国への攻撃の可能性が高まることを受け入れ、それを吸収するために必要な経済的、社会的な回復力を身につけることは、地理的な条件によって免責されない世界において、世界的な影響力を得るための代償となる可能性がある。 このようなメッセージは現在のアメリカ人にとっては耳の痛いものであり、その代償について鋭い議論を引き起こすかもしれない。 ==== このところかなり頻繁に発言しているブランズですが、対中国におけるジョージ・ケナン的な立場を狙っているのでしょうか。 地理の壁がサイバーのような新しいテクノロジーによって克服されたという意見は、今後の実態もからめて注目すべき論点です。 ▼〜奴隷人生からの脱却のために〜最新作! 「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから! ▼〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜 ▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜 ▼〜あなたは本当の「孫子」を知らなかった〜 ![]() ▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜 「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」 ![]() ▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜 「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」 ![]() ▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜 #
by masa_the_man
| 2021-12-24 10:34
| 戦略学の論文
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