戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日の横浜北部は昨日に引き続きよく晴れましたが気温が下がりましたね。

さて、今月から発売開始した孫子のCDの告知の続きですが、その内容についていくつかお問い合わせをいただいております。

たとえばその質問の例として、

「新しい孫子の解釈とか言っているけど、どこが新しいの?」
「具体的には孫子のどのアイディアが強調されているの?」
「いまさら新しい解釈なんてあるの?」

というものです。これについて、私は以下の3つの点において、今回の孫子CDの大きな特徴があると考えております。

第一に、そのテーマがあくまでも「戦争」(war)であるということです。

もちろんわれわれの住む日本は幸いなことに、現在「戦争をしていない状態」であると言えるのかもしれませんが、本CDの中で強調されているのは、極限状態の中における国家(と個人)の生きるか死ぬかの闘争状態

「いやいや、そんな状態、われわれの現状には当てはまらないですよ」

という解釈には私も同意しますが、今後はどうなるかわかりません。

ましてや日本周辺の安全保障環境が不透明さを増しており、しかも古代中国のような常に緊張を強いられるような状態から生まれてきた思想を信奉している国が日本の近くにあることを考えれば、その考えの根本を成す「戦争」的な考えを理解しておくのが不可欠だとは思いませんか?

政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であるといえる」とは毛沢東の言葉ですが、国際政治においては常に戦争の可能性が想定されて政治が行われているという点に、われわれはもっと敏感になるべきでしょう。

そしてのその苛烈さを教えてくれるのが孫子なのです。

第二に、この戦略には「相手が想定されている」ということです。

日本で一般に流通している孫子本は、それはそれで非常に役立つものですが、決定的に欠けているのは「戦う相手」という存在の認識。

日本で「戦略」というと、どうしても自分が打ち立てる計画ということになり、本来の孫子が強調しているような「敵と一緒につくりあげていくもの」というダイナミックな面は見えなくなってしまいます。

ところが本CDで紹介されている孫子は、その関係性を「道」という言葉で表現しておりまして、そこに相手と自分の相互作用があることが強調されております。

西洋の戦略論、とりわけエドワード・ルトワックのものでも、こちらのアクションと相手のリアクションが戦略のダイナミズムを形成していることが認識されており、これはとりもなおさず非常に「孫子的」なのです。

第三に、孫子の考えのエッセンスは「相手をしっかりとダマせ」だということ。残念ながら、日本の孫子本ではこの部分の理解も弱いと言わざるをえません。

これを表す有名な言葉が「兵は詭道なり」というものですが、どうも日本の解釈だとやけに「お上品」なものとなってしまい、「柔軟にやることだ」と説明されたりしてます。

ところが本来の意味での孫子の「詭道」は、もっとはるかにドギツイものであり、むしろ日本の戦略文化にそぐわないものです。

なぜならこれを突き詰めて考えれば、

相手に徹底して迷惑を押し付けろ

ということになるからです。そしてそこには、日本人の好むような「正々堂々としたサムライの姿」や「騎士道」のような高貴な精神はひとかけらも感じられません。

「うわっ、キッツイな」と感じられた方は、それはそれで正しい反応です。なぜなら日本人が本来学ばなければならなかった孫子の戦略論というのは、まさにこのような「キッツイ」戦略論だからです。

この孫子の戦略論ですが、私は「これをそのまま個人の生活に応用しすぎると、その人の人生は破綻する」と考えております(苦笑)

ところがそれを信奉している国や、そのような戦略的な行為を日本に対して(おそらく孫子そのものを知らずに)行ってきている国がある、もしくは国際政治というものが常にそのような状態にあるということを考えると、やはりわれわれとしては、最低限の知識として、このごまかしのない「戦略論としての孫子」を知っておく必要があるのです。

この正月休みを機に、ぜひこの冷酷な孫子のCDの中身をご堪能いただければ幸いです。
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↑『孫子兵法』の英語訳の代表的なもの↑

===


▼~あなたは本当の「孫子」を知らない~
奥山真司の『真説 孫子解読』CD
奥山真司の『真説 孫子解読』

by masa_the_man | 2015-12-26 18:00 | 日記
今日の横浜北部はあさから晴れまして、昼間は上着もいらないほど小春日和でした。これで本当に真冬なんでしょうか?

さて、シーパワー関連の話題について簡潔にまとめられていたインタビューがありましたので、その要約を。インタビューされたのは米海大の教授で、近年のアメリカの政権で国防総省の幹部としても働いた経験を持つトマス・マンケンです。

彼はこの教科書本の中の戦略論の章を書いたことでも有名で、最近の編著として有名なものに対中国のこの本があります。

===

海戦
by トマス・マンケン

Q:冷戦終結以降に海軍力はどのように変化したのでしょうか?米海軍はこれらの変化にどのように対応してきたのでしょうか?

A:: 水上艦船、潜水艦、そして航空機などは大規模な投資ですから、そこからその海軍の長期を見据えた計画が見えてきます。したがって米軍を含む世界の多くの海軍に冷戦時代の名残りがあるのは当然のことと言えます。ところがこの例は、急速に近代化を進めている中国の人民解放軍の海軍には当てはまりません。そのほとんどの戦力は冷戦後に準備されたものだからです。

冷戦後に段々と明らかになってきた海軍力に関する大きな変化の1つは、いわゆる「接近阻止・領域拒否」(A2/AD)能力の発展と拡散であり、相手の海軍が沿岸近くや、さらには外洋に至るエリアにまでその活動能力を弱体化させることを狙ったものです。

精密誘導弾やセンサー、そして指揮系統の能力の拡大によって、航空機(海軍のものもの含む)や水上艦艇は段々と脆弱になってきています。その結果として、潜水艦がシーパワーにおける重要な役割を果たすようになってきているし、今後もそれは変わらないでしょう。

敵たちのA2/AD能力の高まりのおかげで、米海軍の脆弱性は増加しており、ここから生まれる戦術・作戦・そして戦略レベルでの問題を米海軍は解決しようとしています。彼らはA2/ADの脅威から身を守り、それらの脅威を無力化する作戦概念を考えようとしているのです。

Q:では冷戦後に海軍力の分野で起こった。、最も重要なテクノロジー面での発達やイノベーションはどのようなものでしょうか?

A:いくつかあります。その中で最も重要なものの1つは、無人機関連の技術の発展であり、これは飛行機(UAVs))だけでなく、水上艦艇(USV)や潜水艦(UUVs)の分野にも当てはまります。今後は無人システムが、偵察から攻撃目標設定(ターゲティング)に至る、実に様々な分野で活躍することを目撃するようになるでしょう。

それ以外の新しいテクノロジーで実用化が見込まれているのは、水上艦艇などから発射される、防空・ミサイル防衛用のレーザー兵器や電磁式のレールガンでしょう。

レイザー兵器に関してはすでに実用可能であることが証明されており、ミサイルとミサイル防衛の間の戦力バランスを変化させることになると見込まれております。レールガンが実用化されれば、海軍の部隊が地上の目標を攻撃する能力が高まることになります。

Q: 海軍力に関するこれらのテクノロジー面での変化をうながした外的・内的な要素(新興国、予算の変化、国家の新しいトップなど)には、一体どのようなものがあるでしょうか?

A:  もちろん米海軍の変化を促したものには、内的なものと外的なものの両方があります。米海軍は予算面での制約に直面しており、その最初は冷戦後の縮小の時、そして次にブッシュ政権でイラクやアフガニスタンでの戦争に戦うための予算が必要となった時、そして現在では再び予算縮小の時期に直面しているわけです。このような予算削減状況に対処するための1つの方法として、能力は低いがその数は多い、沿岸域戦闘艦(LCS)の建造が計画されたのです。

ところが近年の軍事技術の高まりによって、中国の能力の向上や、ロシアが挑発的になっています。アメリカが中東で対暴動作戦に従事している間に、中国は海洋やエアパワーの分野で技術を向上させており、ロシアはミサイル技術の分野で最先端を進んでおり、とりわけ海上発射型の巡航ミサイルでは目覚ましいものがあります。

モスクワが最近のシリアにおいて、水上・水中発射型の巡航ミサイルで地上の目標を攻撃したことは記憶に新しいところだと思います。

Q: 現在のアメリカの大統領候補たちの多くは米海軍の規模の縮小を憂いており、より大きな規模、つまり少なくとも合計600隻の規模の海軍が必要であると述べておりますが、これは戦いや船の能力における劇的な変化を考えると間違った考えなのでしょうか?あなたは米海軍が予算的な制約のために能力の低い艦船を調達していると答えてますが、彼らに不足しているのは何なのでしょうか?

A:21世紀でも過去の海戦でも、量と質の両方が重要であることに変わりはありません。保有艦船の数は、プレゼンスの誇示や侵略の抑止、そして同盟国を安心させることなどが海軍の重要な任務の1つであり、船は一度に1つの場所にしか存在できないからです。

ところが質のほうも重要です。プレゼンス、抑止、そして安心の提供は、実際に戦闘力がありそうだという印象の信頼度を基礎においたものだからです。LCSのような艦船は、比較的安価に購入できるという意図で作られたものですが、そこでは戦闘力の信頼性の低さが犠牲になっており、これは最終的に侵略者を抑止する効果や同盟国たちの安心を犠牲にすることになっているのです。

Q: 米海軍は将来の脅威に備えるために、民間企業などと新しいテクノロジーをどのように開発しているのでしょうか ?

A: 私はこのまま予算的な制約がつづけば、米海軍は新たなテクノロジーの開発面で民間企業に頼ることは増えると考えております。全体的に言って、米国防総省が民間企業からアイディアだけでなく、その開発費用の捻出も頼るようになるでしょうね。

Q: 海軍の役割の変化についてあなたはどのように見てますか?

A:米海軍は一九四五年以降に大規模な敵に対して一度も戦ったことはないですし、冷戦が終わってソ連崩壊後は対等な能力を持った国には直面してません。戦争の様相は変わりつつあり、中国は急速にその能力をもった競争相手になりつつあるのです。

この二つの事実は、米海軍にとって大きな示唆を与えております。なぜならそれが、何を調達し、どのようなコンセプトを発展させ、どのように水兵を教育・訓練すればよいのかに影響を与えるからです。

とにかくここで言えることは、米海軍がエキサイティングで挑戦的な時代に直面しつつあるということですね。

===

戦略に関するすべての理論書の前提としてあるのが「人間は未来予測をできない」ということなのですが、これは私が今回訳出したグレイ本でも(とくに後半の核戦略の章で)強調されております。

未来が予測できないとなると、われわれはあらゆる可能性に対処できるように考えなくてはならず、そうなると戦略を考えるのは必然的に難しくなります。

そこで必要になってくるのは「フィクション」的なアイディアなのですが、すでに確定した過去を研究する歴史学者たちの中には「このようなフィクションなどは許せない」となってしまうわけです。

上記のマンケンの記事を読む際にわれわれが心得ておかなければならないのは、「われわれのうちの誰もが未来を正確に予測できず、常にものごとを手探りの状態で進めている」という事実です。

もちろんメディアを普通に見ていると、われわれとそれほど能力の違わない政治家や官僚たちを、彼らがまるで全知全能の神であるかのようにとらえ、その事実に気付かずに無自覚に批判しているジャーナリストや批評家たちがおります。

ただし彼らだって未来を完全に予測できないことを理解できれば、政治家や官僚に対する見方も少しは変わってくるかもしれません。
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(近所の大型書店で目撃した『現代の戦略』)


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by masa_the_man | 2015-12-25 22:05 | 日記 | Comments(0)

孫子の兵法

今日の横浜北部はよく晴れました。

さて、すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、今月からいよいよ東洋の戦略思想の古典である『孫子の兵法』を解説したCDを発売しました。

孫子の兵法といえば、古今東西の戦略思想家たちのインスピレーションとなっただけでなく、日本でも信玄公などをはじめとする戦国武将、そして現在では主にビジネス書として、関連書籍が毎月一冊以上は出ているという古典的大ベストセラーです。

もちろん私も、以前から普及している文庫版や入門的なビジネス書などを読み込んできたわけですが、イギリスに留学してから孫子に関して衝撃を受けました。

それは、私が専攻した戦略研究(strategic studies)という学問では、孫子の読まれ方が極めて戦略的であり、そのアプローチが日本で読んだものとは劇的に違っていたからです。

たしかに日本にも第二次世界大戦を経験された旧軍の元軍人の方たちによる孫子の兵法解説はありますし、自衛隊関係者の方々の解説したすぐれたものもあります。

それでも私が衝撃を受けたのは、その孫子の活用のされ方の違い。

幸いなことに、日本では現在直接戦争には参加していないために、孫子を軍事的な観点からそこまで真剣に読み込む必要性は存在しません。

ところが私が留学していたイギリスは、なんだかんだと言っても中東で軍事介入しており、クラウゼヴィッツと並ぶ孫子は(その教えを実際に活用できるかどうかはさておき)詳しく研究するだけの価値のある古典であると明確に認識されておりました。

つまりイギリス(やアメリカ)での孫子へのアプローチは、日本のそれとは全く違って、真剣そのものなのです。

そのような中で、私はたまたまコースメイトたちの中に、東洋の戦略理論を西洋の戦略理論のレンズを通じて紹介しようとする人間が何人かおりまして、彼らの話を聞くうちに、自分の中でも独自の孫子解釈というものが生まれてきました。

そのきっかけは、もちろん自分の指導教官であり、つい昨日発売した『現代の戦略』の原著者でもあるコリン・グレイ。

そしてもうひとりは、これまた訳書『自滅する中国』を手がけたこともあり、現在インタビューを元にした本の制作にかかわらせていただいている、エドワード・ルトワックという人物です。

この二人は戦略理論の世界では非常に有名であることは言うまでもないわけですが、グレイの強烈なクラウゼヴィッツ主義的な考え方と、実体験から得たルトワックの「戦略の逆説的論理」(パラドキシカル・ロジック)というアイディアは、私が孫子を考える上でとても参考になるヒントをいくつも与えてくれました。

そこに元コースメイトであるデリック・ユエンという香港人が博士号論文をまとめて出版した本が、まさにこの留学時代に仲間内で盛んに論じられていた、東洋の戦略理論を西洋の戦略理論のレンズを通じて紹介しようとするものだったのです。

しかもそれは、まさにグレイやルトワックなどの戦略研究の観点をベースにした、バリバリの「戦略論」だったのです。

ところが日本の孫子本では「いかに自分を成功に導くか」という考えだったり、「ビジネスにどう活かすか」という、どちらかといえばぼんやりとした活用の仕方しか提案されておりません。

そのような現状を打破すべく、私は今回この「デリック本」の解説をベースとして、孫子の兵法を戦略研究の観点から新しく解釈しなおし、それをレクチャーとしてまとめるという、なんとも無謀な賭けに出ました。

そしてその構想からほぼ1年かけて完成したものが、収録時間が14時間を越える超大作の音声CDです。

しかもこのCDで語られているのは、私がこの三人から得た知見を土台にして、徹底的に「国家運営をする統治者のため」に書かれた、まさに戦略論そのもの。私は本CDセットを通じて、まさにオリジナルな孫子の姿を浮かび上がらせることができたと自負しております。

また、本CDでは従来の日本にはなかった、近年の中国における画期的な孫子解釈も紹介しております。たとえば「彼を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の有名な言葉がありますが、それでさえ別の解釈があることが主張されているのです。

また、日本ではほとんど紹介されていない戦闘機乗りである、ジョン・ボイドによる孫子解釈から浮かび上がってきた、新しい孫子解釈も提示されております。

個人的な話で申し訳ないのですが、ここ数日間でこのCDの最終チェックをしていて聞き直しながら、私自身もあらためて深く復習できたと実感したほどです。

もちろん全編聞き通すのは時間がかかりますし、お値段も安くはないので、今回は「本気で孫子の知恵を身に着けたい」と考えている方以外には聞いていただきたくないと思っております。それほど私は、今回のCDを本気で真剣に聴いてもらいたいと考えております。

西洋での孫子の理解、中国での孫子理解、そしてそれを戦略研究の知見から比較検討した、新たな孫子の姿を、この機会にぜひ積極的に学んでみてください。

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奥山真司の『真説 孫子解読』

by masa_the_man | 2015-12-22 16:44 | 日記
今日の横浜北部は、朝方に曇っていたので雨降ると思ったら意外に天気がもちましたね。

さて、番組(http://www.nicovideo.jp/watch/1450693275)でも紹介した通り、グローバル化を授業で教えているアメリカの大学の先生が、この分野で起こっている「最近の5つのトレンド」を指摘した興味深い記事がありましたので、その要約を。

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アメリカと世界を変化させつつあるグローバル化の五つの大きなトレンド
by エドワード・ゴールドバーグ

http://goo.gl/snww58

15-12/6 ハフィントン・ポスト

●年末も近づき、今年出た最高の映画や本などのリストを挙げる時期になってきた。私はグローバル化や国際政治経済について教えている関係から、数年前からひと味違うタイプのリストを作成している。それは、地政学・経済的なリストであり、その年のグローバル化のトレンドを指摘するものだ。

●もちろんたった5つでは物足りないという人もいるかもしれないが、その理由は私がマクロな視点でグローバル化がアメリカと世界をどのように形成しつつあるのかをざっくりと見ているからだ。5つ以上にしてしまうと概観ができなくなり、より細かい分析が必要になってくる。

1. 中国の減速

●過去35年間のグローバル化の中で最大の話題は「中国の台頭」であり、その「カフェイン入り」の経済成長がどのような影響を世界に与えるのかという点であった。ところがその話題は逆転し、中国経済の減速が世界経済に与える影響だけでなく、中国国内の政治にどのような影響を与えるかという話になってきたのだ。

●鄧小平以来の北京政府にとっての政治の正統性(レジティマシー)は、共産主義ではなく莫大な経済成長を土台としたものであり、市民の生活水準が年ごとの改善の保証にあったのだ。中国には「天命」という伝統的な概念があるが、これは皇帝が善政を敷かないと天からの使命を失って帝位を追われるという考えだ。現在の「天命」のアップデート版の土台は、このような近代的・経済的な経済成長にあることはいうまでもない。

●中国のリーダー層がこの経済成長という「天命」に応えることができなくなった時にどのような反応をするのかは、まだ不明だ。北京政府が直面している問題の規模は莫大なものであり、巨大で減速しつつある国内経済を、政権の正統性を崩す可能性のある混乱や痛みの起こらない形で、いかに投資主導型の体制からよりバランスのとれた消費主導型のものにつくりかえて行くかが最大の難問なのだ。北京政府は、失業を防ぐためだけに莫大な負債を溜め込みつつ営業を続ける、極めて非効率な国営企業を一体いつまで生きながらえさせることができるのだろうか?

●北京政府は共産党の「天命」についての受け取られ方を、経済の成長率が7%から4%に落ちる中でどのように維持しようとしているのだろうか?アメリカのような先進国では4%の経済成長の実現というのはとんでもないレベルであるが、7%以上の成長率に慣れてしまっている中国人にとっては4%への下落は深刻な景気後退と感じられる可能性があり、これは「天命」に対する挑戦ともなり得るのだ。

2. 「3つの災難」

●グローバル化というのは数億人もの人々を貧困から抜け出させることになったという意味で著しい成功を収めたといえるが、それでも今年に入って急速に現実化してきた「3つの災難」を促したとも言えるのだ。その3つとは、地球温暖化、テロリズム、そして政治的な事情で発生した移民である

●タイム誌の2015年11月15日号の記事では、この3つの災難に直接的なつながりがあることが指摘されており、「米軍の関係者たちは気候変動のことを脅威倍増作用のあるものと認識している」と書かれている。

●2014年に米国防総省は気候変動を各国政府の不安定要因となっており、難民の拡大やインフラへのダメージ、そして病気などの蔓延につながるものであるという報告書を発表している。「これらの統治上のギャップは過激主義的なイデオロギーやテロリズムを生み出す土壌をつくりだす」とその報告書には記されている。

●同報告書で記されていることと現在のシリアの現地での状況の様子は、驚くほど似通っている。「中東における過去最悪の規模の干ばつは農民の不安を増幅させ、食糧の供給に脅威を及ぼしている。同時にシリア政府は国内の至るところで軍閥の台頭に直面しており、何百万人ものシリア人が祖国から逃れることになったからだ。

●これらの「災難」に加えて、裏の世界では国家間の境が崩されているにもかかわらず、表の世界では古いタイプの「主権」という概念のおかげで、新しいグローバルなルールがつくられるのを難しくしている。

3. BRICsという神話の崩壊

●2015年は、ゴールドマン・サックスによってつくられたBRICsという言葉が崩壊した年でもある。この言葉は同社のジム・オニールが2001年に発表したものであり、ブラジル・ロシア・インド・中国という急激に台頭しつつあった国々をまとめて呼ぶ名前として出てきたものだ。のちに南アフリカもその中に加えられたが、これらの国々の首脳は2006年に非公式の場で会合を行い、2011年に公式に「BRICsフォーラム」を開催して、参加国間の貿易や政治、そして文化的なつながりを促進しようとしている。

●ところが歴史と文化、そして地理というのは、金融面での分析では嘲りの対象となることがある。とりわけこれが地政学的な文脈の中でつかわれた場合にはなおさらだ。中国の急激な成長が衰え、これによって支えられていたブラジルの商品経済が落ち、ロシアの石油ブームが去ったいま、BRICsはゴールドマン・サックスが推薦する以前の、歴史的にも文化的にもほとんど接点のないような状態に陥っているようにみえる。現状ではインドだけが唯一成長を続けられそうな雰囲気であるが、そもそもインドの成長というのは中国やブラジル、それにロシアとは無関係なのだ。

4. 敗者に気をつけろ

●グローバル化というのは、国際関係論が長きにわたって唱えてきた原則を根本から覆すことになった。この学問では台頭する大国が世界秩序を脅かすということが教えられてきており、その説明としてペロポネソス戦争における古代ギリシャや、第一次世界大戦前のイギリスに挑戦して台頭してきたドイツなどの例が使われる。

●ところがグローバル化はこのような考え方を変えてしまった。今日の台頭する大国(中国)はグローバル化を象徴する典型的な存在であり、世界経済のシステムのなかにあまりにも深く組み込まれており、既存の世界秩序を崩すことは経済的にも無理である。中国に必要なのは秩序の崩壊ではなく、その安定なのだ。

●むしろ世界秩序によって脅かされ、そしてそれを脅かしているのは、衰退しつつある大国であるロシアのほうだ。ロシアこそが秩序の組み換えから何も失うことのない国なのだ。ロシアというのは、エネルギー市場の崩壊以上に、グローバル化したゲームをぶち壊す気合をもつ唯一の主要経済国なのだ。

ロシアは自らが大国であることを証明する必要があるのだが、経済学が「大国」の定義を変えたことを認めたがっていない。その反対に、中国はグローバル化した経済体制に積極的に入り込んでいる。人民元が国際準備通貨の立場を獲得しつつある例や、中国が最大の原油購入者であるにもかかわらず中東での軍事的な立場を要求していないことはその典型だ。中国には資金力があり、権力を持った側はそれを活用しなければならないことを知っているのだ。

5. ゲームを変えたもの

原油価格の下落は、米国におけるシェールガス開発や自然エネルギーの活用の広まりによって促されたものだが、当時の多くの専門家たちは、原油価格がバレルあたり60~70ドルで安定すると述べていた。ところがこのような状態はまだ実現しておらず、その下落の仕方は前代未聞のレベルとなっている。

●2014年のアメリカは2000年当時と比べて25%も少ない原油を中東から購入しており、同年9月のアメリカ石油研究所の報告書では、アメリカの輸入が最も下がったのは中東諸国からのものであり、2050年代までにはさらにその輸入量が34%も下がると予測している。

●2015年6月9日にフィナンシャル・タイムズ紙はトップの見出しで「G7は石油関連エネルギーからの排気を今世紀中に消滅させることに合意」と書いている。グリーンピースの国際気候政治研究所の代表であるマーティン・カイザーはその関連記事の中で「G7のリーダーたちによる合意は石油関連エネルギーの時代の終焉を示したものであり、100%再生可能なエネルギーの未来も視野に入ってきた」と述べている。

●ペトロ・ストラテジーというコンサルタント会社によれば、「世界の原油埋蔵量における中東の割合は47.9%だが、現在の使用量から推定される継続可能年数は78年ほどだ」と述べている。ところがこのような予測は2008年のリーマンショック前に銀行によって保有されていた住宅債券の量の予測と似たようなものだ。つまりこの予測は「ものごとがこのままの状態で続く」という想定から成り立っているのだ。カイザーの予測が当たったとしても、中東に埋蔵されている原油の価格がこれから落ちていくことは間違いない

●石油の今後の経緯に関する疑問は、実に多くの問題と答えを浮き彫りにすることになる。石油の価値の下落は、ロシアにとって明らかに圧力をかけることになり、同時にナイジェリアやベネズエラのような国々にもさらに深刻な難問を突きつけることになる。ところがサウジアラビアのような国の安定は将来的にどうなるのだろうか?そしてさらにいえば、イスラエルのことはさておき、アメリカは中東がエネルギー源として保護する必要がなくなれば、そこまで深い介入をする必要もなくなるのではないだろうか?

===

簡単に結論をいえば、中国の減速、温暖化テロ難民、BRICsの崩壊、ロシアの脅威、原油価格の下落、ということになりますね。

日本ではあまり認めたくない人がいるかもしれませんが、やはり中国の影響力というのは、あの馬鹿デカいサイズのおかげで、やはり絶大なものがあります。

問題はそれを中国自身がコントロールしきれていないというところ。ここは本当になんとかしてほしいところですよね。



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by masa_the_man | 2015-12-21 17:43 | 日記 | Comments(0)
今日の甲州は朝から晴れて快晴ですが、気温がかなり低めです。

さて、先週の放送(http://live.nicovideo.jp/gate/lv244148252)でも紹介したNYタイムズ紙の記事ですが、その内容が極めて示唆に富むものであったので、あらためてここで紹介します。

内容は「なぜ人間は相手が一人だけだと感情移入することができるのに、複数の人間の場合には関心が薄れるのか」という根本的な心理学の問題について切り込んだもので、大変興味深いテーマについての最近の知見を元にしたものの要約です。

===

哀れみの算術
by スコット・スロヴィック&ポール・スロヴィック

http://www.nytimes.com/2015/12/06/opinion/the-arithmetic-of-compassion.html?_r=0

●われわれは「一人の死は悲劇だが、百万人の死は単なる統計上の数字でしかない」という言葉に共感できるかもしれない。他人の苦しみや悲しみに対する同情というのは、犠牲者の数が増えたとたんに減少するものだ。

●1950年代に精神科医のロバート・ジェイ・リフトンは、広島と長崎の原爆投下で生き残った人々について調査して、彼らが精神的トラウマを耐えぬくために身につけた精神状態を「精神的無関心」(psychic numbing)となづけている。

●リフトン氏の研究を受け継いだ心理学者たちは、この「精神的無関心」が他の状況、つまり難民危機の情報や動植物の絶滅、それに気候変動にまで応用できると考えて研究を行っている。

●このような情報というのは、それが抽象的になればなるほど、人間を鈍感にさせていくようだ。われわれは犠牲となる側の数が増えれば増えるほど、その対象に対して同情や共感をおぼえなくなるからだ。詩人のズビグニェフ・ハーバードはこの現象を「哀れみの算術」と名付けている。

●では人間の心の中で犠牲者への同情が無関心へと移り始める数というのは、具体的にどのくらいの数値なのだろうか?研究の結果として判明したのは、その数はそれほど大きくないということだ。

●たとえば最近トルコの浜辺に打ち上げられた、シリアの子供の死体の写真の例を思い出してもらいたい。この子が浜にうつ伏せになって打ち上げれていた写真は世界の注目を集めることになり、アメリカを含む、はるか遠くの国々の難民政策を即座に変える結果を生み出したほどだ。

●ところが翌日のエーゲ海では、シリアの子供が14人も溺れて死んでいたことは知られていないし、われわれもそこまで関心を持っていない。しかも14人という数は、われわれを無関心にさせるだけの数よりもはるかに多いのだ。

●本稿の著者の一人は、去年発表された共同研究論文の中で、このような現象を「同情の減退」(compassion fade)と呼び、これはある事件の被害者の数が、なんと二人になっても起こると結論づけている。

●この研究の中の実験で、被験者たちは実際・仮定の両方の状況で、恵まれない子供たちのプロフィール付きの写真を見せて寄付金を与えようと感じたかどうかを聞かれている。

●その時に結果として出てきたのは、寄付対象が一人の場合と比べて、二人以上の複数の集団になると、被験者たちの「寄付をしよう」という意欲や実際に寄付される金額そのものものが大きく減少するということだ。

●「精神的無関心」に加えて、「似非無効性」(pseudo inefficacy)という心理学的な作用も働いている。これも同じく本稿の著者の一人が参加した、今年発表された寄付金に関する研究で判明したものだ。

●この研究では、人間というのは恵まれないたった一人の個人のためであったら送金をするが、二人目の恵まれない人間がいて、しかもそれを助けられないことが判明すると、そもそも最初の一人にも送金しようという気が起こらなくなるというものだ。なぜならその送金にはそもそも効果がないと感じられてしまうからだ。

●同様に、自分の行う寄付や献金があまり効果を発揮せず、まるで自分の貢献が「大海の一滴」であるように感じられた場合には、その救済プロジェクトの規模や狙いが大きくても、その動機は薄れてしまう。

●ここからわかるのは、われわれはどうもたった一人の人間を助けるようにしかつくられていない、ということだ。

●さらにいえば、「助けられない他人がいる」と感じると、われわれはそもそも寄付する気さえ怒らなくなるのだ。

●他にも「目立ち効果」(prominence effect)という心理学的な現象がある。これはなぜ豊富な手段を持つ人々(や政府)が、民族虐殺をはじめとする大規模な虐待を阻止するために介入することができないのかを説明するものだ。

●「目立った」行動や目標というのは、つまりわれわれの公式な社会価値の基準に合致しないかもしれないが、それでも簡単に正当化しやすいものである。たとえばそれは、国家安全保障を守るための決断であったり、短期的にわれわれの気持ちや利便性への要求を和らげてくれるものであって、それらは容易に正当化しやすい。

●このような選択肢は、人間の集団全体や環境のような規模の大きな全体的な(種や生息地、地球の機甲全体)危機についての選択に打ち勝ってしまうものだ。なぜならそのような規模はあまりにも大きすぎるために縁遠く、極めて抽象的なものとしか感じられなくなってしまうからだ。

●ではわれわれには他に選択肢はないのだろうか?無意識に行われている「精神的無関心」「似非無効性」「目立ち効果」のような、心の動きを変えることはできないのだろうか?

●心理学者のロバート・オルンスタインと生物学者のポール・エーリッヒは、数十年前に『新しい世界、新しい思考』(New World New Mind)という著書の中で、人間の頭脳は実質的にまだ洞穴に住んでいる時の状態と変わらないのに「核兵器による消滅」のような現代的な問題に直面していて、そもそも根本的にそのような問題に適応しきれていないと論じていた。

●彼らはそれを受けて、人間が現代世界の情報プロセスの仕方において「意識的な発展」、つまり意図的にわれわれの認識の癖を修正すべきだと説いたのである。

●われわれは「精神的無関心」「似非無効性」「目立ち効果」が、自分たちが目指す価値観とは正反対の行動を促すことにもっと注意しなければならない。そしてもしこれができるようになれば、われわれは複雑で混乱した世界の情報に対する反応を改善させることができるからだ。

●気候変動や大規模テロ攻撃、そして難民危機のような大災害の問題というのは、われわれの「哀れみの算術」を生み出す思考について折り合いをつけることができない限り、それに対する解決法は見えてこないのだ。

===

いやはやこれは面白いですね。人間が何かに共感を覚えるためには、その対象の「個人の顔」が見えないといけないということになります。

そうなると、たとえば選挙キャンペーンなども個人との戦いとして描く方が国民や民衆の関心を呼びやすくなりますし、CMなどでも複数の人間よりは誰か特定の人間を使ったほうがいい、ということにもなります。

また、逆にいえばその問題からみんなの関心をそらさせたい場合には「顔の見えない集団」として描けばいいということにもなり、立派にプロパガンダとして使えることにもなります。

もちろんこのような知見は純粋に心理学的な問題から導き出されたものとしてとらえることもできますが、そのロジックがわかれば逆に活用することもできるわけですね。

色々と類推や連想ができるという意味で、実に味わい深い研究です。


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by masa_the_man | 2015-12-20 16:14 | 日記 | Comments(0)

新刊発売のお知らせ

今日の横浜北部は朝晴れておりましたが午後から小雨気味になりまして気温もぐっと下がりました。

さて、お知らせです。

すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、私の指導教官であったColin S. Gray の主著であるModern Strategy (1999)の日本語版が、私自身の手による翻訳で、いよいよ今週末に発売開始となりました!
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タイトルはそのまま直訳風に『現代の戦略』でありまして、著者 コリン・グレイ、訳者 奥山 真司となってます。今回は中央公論の方から出させていただくことになりました。

本書の具体的な内容については、すでに本ブログで何度か紹介しております。かなりネタバレ的になってしまうのですが、興味のある方は以下のエントリーをぜひ参照してみてください。

グレイ著『現代の戦略』を読み解く①
グレイ著『現代の戦略』を読み解く②
グレイ著『現代の戦略』を読み解く③
グレイ著『現代の戦略』を読み解く④
グレイ著『現代の戦略』を読み解く⑤
グレイ著『現代の戦略』を読み解く⑥
グレイ著『現代の戦略』を読み解く⑦
グレイ著『現代の戦略』を読み解く⑧
グレイ著『現代の戦略』を読み解く⑨

訳し終えた私のほうからこれからお読みになる皆さんに対して何か付け加えることがあるとすれば、以下の何点かに集約されるかと思われます。

まず第一に、この本は「分厚い専門書」であります。価格は5,000円越えですし、文章もミアシャイマーほど読みやすくなく、私の書いたあとがきや索引を除いても520ページを越えており、1ページの中の文字数も多い肉厚のハードカバー(!)の本です。

ただし深く読み込むと、その極端なクラウゼヴィッツ主義者ぶりや戦略普遍主義、それに実体験から出てきた不確実性についての知見などは、読みば読むほど味が出るというか、何かしらの示唆が得られるという意味ではとても貴重なものであると感じます。

それに加えて学術的な面からいえば、90年代までに行われてきた戦略研究の文献についての紹介が充実している点が挙げられます。とりわけ脚注で展開される議論は、本文よりも面白い場合がありますので、お好きな方はかなり堪能できるかと。

第二として、本書の中の全13章の中の最もオススメの章として私が挙げるとすれば、それは「核兵器を再び考える」というタイトルの第11章

ここでグレイは自身の「核戦略アドバイザー」としての立場を振り返りながら、戦略家はどのように考えるべきであり、何が困難なのかをかなり正直に書いております。とりわけ現在も日本のメディアに出てくる「抑止(力)」という概念について、とても参考になることが書かれておりますのでここは必読箇所かと。

もちろんクラウゼヴィッツについて議論した第3章や第4章などは、英語圏におけるクラウゼヴィッツ活用のスタンダード的な部分を知る上でとても参考になりますが、やはりその本領は専門であった核戦略についての議論で発揮されていると私は感じました。

第三は、その複雑な議論にもかかわらず、本書が訴えているメッセージは極めてシンプルであるということです。それを一言でいうと、「すべての時代のあらゆる戦争と戦略には統一性がある」というものです。

これだけだと意味がわからないかもしれませんが、この統一性というものを証明するために、グレイは主に20世紀の戦争を振り返りながら「結局のところ、戦争は政治目的のために行われるんでしょ」という身も蓋もないことをズバズバと指摘していくわけです。

政治のツールとしての戦争というのは、まさにクラウゼヴィッツが『戦争論』で展開していた議論。グレイはこれに習う形で「"新しい戦争"が出てきたっていうアホがいるけど、戦争はいつの時代も戦争なんだからそこで機能を果たしている戦略も一緒だよ」と主張するわけです。

私は本ブログを最初に始めた2004年のイギリス留学で本書が副読書として教科書代わりに戦略学のクラスで使われていたために、このような議論については十分知っているつもりでしたが、自分でその本を一字一句訳してみて、あらためて非常に勉強になったと感じております。

とりわけこの本を仕上げていた時に、ルトワックの本(その内容の一部は文藝春秋スペシャルの最新号でも読めます)と孫子のCDの制作に関わっていたために、戦略についての考え方を多様に見ることができて、戦略の理解がますます深まったというところが正直な感想です。
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ということで高い本ですが、グレイの入門編となる『戦略の格言』と併せてぜひ積極的に挑戦していただければと思います。

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by masa_the_man | 2015-12-18 00:24 | 日記 | Comments(0)

対IS戦略の考え方

今日の横浜北部は朝から快晴です。

さて、前々回の放送(http://www.nicovideo.jp/watch/1449468379)でも触れましたが、ISの倒し方についてはまさに百家争鳴、実にさまざまな人が、実にさまざまな方策を述べております。

すでに紹介した記事は、すでに前のエントリーでも要約を掲載した「IS倒し方の1つの方法」を提案したものなのですが、その内容を簡単にいえば、

ISを倒すには現在オバマ政権がやっているような空爆だけで十分であり、あとは自ら手を下すことなく、ひたすら自滅するのを待て

というもの。

この戦略を、記事の著者たちは「封じ込めプラス」(Containment Plus)と名づけて提唱しているわけですが、この議論に関して私が感じたことは以下の3つの点です。

1つ目は、これが戦略を計画する際の考え方としての「王道」を教えていることです。

ではその「王道」とは何かというと、知り得るところから情報を最大限引き出して相手を研究するということです。

たとえば著者たちはこの記事の中で、「われわれはとかく<知らないこと>にばかり焦点を当てがちである」と述べているわけですが、彼らが逆に提案しているのは、すでに「知っていること」を洗い出すこと

わかっていることをわかっていることとして整理することは、戦略を考える上で最も大切な最初のステップです。

2つ目は、その「わかっていること」を元に、われわれの側の見方や認識を変えることを提唱していることです。

たとえば著者たちは、ISを「国家」であると捉えようとしており、そうすると彼らの忘れられがちな弱点(資金、人材、体制、3正面での戦争)が浮き彫りになるということを述べております。

たしかに「国家」として見方を変えれば、ISもそこまでミステリアスな存在ではなくなり、対抗していくためのな戦略を理性的に考えられることになります。

そして3つ目は、自ら手を下すことなく自滅に追い込むことを提唱しているという点。

こうすることによって、彼らの過激な「カリフ国」を建設する際のカギとなる「イスラム聖戦主義・過激主義」(Jihadism)という政治思想の正統性(レジティマシー)も、ISの自滅と崩壊と共に崩れ去ってしまうからです。

彼らによれば、この典型的な例がソ連であり、アメリカは図らずもソ連を冷戦末期に自滅に追い込み、それと同時に共産主義思想の正統性まで破壊したわけです。

ところがアメリカはこの時に自ら直接、ソ連・共産圏の崩壊に手を貸したわけではないので、それで冷戦後に恨まれたというわけではありません

もちろんこの「ISを封じ込めて自滅に追い込む戦略」というのは、ただ単にソ連を崩壊に追い込んだアメリカの成功体験をマネしているだけだ、という批判もできそうですが、1つの「理想的な戦略」としては合理的な考えにもとづいたものであると言えそうです。

この「封じ込めプラス」ですが、そこまでうまく実行できるかどうかは、実は誰もわかりません。なぜならクラウゼヴィッツが言うように、戦略というのはシンプルなのですが、その実行はむずかしいからです。

それが人道的なものかは別として、今回紹介したこの記事は、戦略の考え方や理論の立て方を明示している点で、とても参考になるものではないでしょうか。


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by masa_the_man | 2015-12-16 07:25 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部は朝少し曇っておりましたが午後から晴れました。

さて、とんでもなく仕事が集中していたために久々のブログ更新です。今回のトピックは放送(http://www.nicovideo.jp/watch/1449468379)でも触れたように、ISの打倒のための「封じ込めプラス」という戦略を支持するものです。

実行できるかはさておき、この考え方は「戦略的な考え方」を教えてくれるという意味で、とても有益なものです。その記事の要約は以下の通り。

===

ISはなぜ自滅するのか

by イーライ・バーマン&ジェイコブ・シャピロ

http://www.politico.com/magazine/story/2015/11/why-isil-will-fail-on-its-own-213401

●ISについての議論は急増しているが、そこでわれわれが間違えてしまいがちなのが「知らないこと」に焦点を当てがちであるということだ。謎のリーダー、外国との見えにくいつながり、そしてインターネットを通じて発信される気味の悪いプロパガンダなどがその一例だ。

●彼らはアメリカさえ攻撃すると宣伝しているが、彼らについての報道は極めて矛盾したものばかりであり、リーダーは公の場にほとんど姿を現さないし、ソーシャルメディアで活発に展開されている宣伝もどこまでが事実なのかを区別するのが難しい。

ISがそもそも何者であるのかを見極めることは、それに対する戦い方を決める上で決定的に重要だ。オバマ大統領は現在の政策をさらに継続・強化することを考えていると述べているが、これは「封じ込めプラス」(containment plus)とでも言うべきものだ。

●それはつまり、シリア・イラク内での拡大を封じ込め、空爆を継続して、地域の同盟勢力たちを支援することによりISの崩壊を早めるというものだ。

●それに対して彼に批判的な識者たちは、さらに広範囲なオプションを提示しており、それには現地の部隊に戦闘を行わせるものや、空爆の交戦規定の緩和、米軍の特殊部隊の派遣、さらには2万以上の米軍の地上部隊による直接的な戦闘まで提案されている。

●それらのうちのどれが正しいのだろうか?これに対する答えは、われわれがISを一体どのような敵として認識しているのかによっても左右されてくる。

●つまりISというのは、かなりの広さの領土を統治しており、そこから攻撃を計画し、複雑な資金ネットワークを背景として活動しようとしている財源の潤沢なテロリスト集団なのだろうか?それともテロリスト攻撃を支援しているまだ建国されたばかりの国民国家なのだろうか?

●もしISを前者の視点で捉えると「封じ込め」は割に合わない戦略のように見える。なぜなら封じ込められてもテロ攻撃は支援し続けることができるからだ。

●だがそれを「国家」としてみなした場合には状況は違って見えてくる。ISは三正面(東ではイラク、北ではクルド、そして西ではシリアや西洋諸国、それに反政府勢力など)の戦いを強いられている弱小国家であることになるからだ。

●もちろんISが不確実な存在であることは現実として残っているのだが、それを国家としてとらえた場合には多くの情報を持っていることになる。もちろん公式な統計は出していないのだが、確実に官僚的な組織は存在し、多くの内部文書が入手されている。

●人工衛星からは「領土」のおおよその人口の数や戦前の経済活動や石油生産量の推移などは推定できるのだ。また多くの記者たちによる潜入報道などによって、日常的な統治のやり方の多くも判明している。

●これらを合わせて考えてみると、ISを国家として捉えることは有益であることがわかる。もちろんそれは世界的に承認された国境を持った領土国家ではないのだが、そのメッセージを発信しつづけ、プロパガンダの妥当性をみせつけ、その能力を維持する必要を持った国家的な組織ということだ。

●もしISが国家であるとすれば、ここで喜ばしいのが、それが極めて弱い国家であるということだ。地理的には脆弱性を抱え、財源基盤は継続不可能であり、国民との関係に問題があるのだ。

●この「国家としてのIS」と対峙する方法を考える際に参考になるのが、以下の3つの要素である。

その1:財源

●まずISについて知るべきことは、手に負えないほどの資金問題を抱えているということだ。メディアではテロ集団であるISには潤沢なキャッシュフローがあると報じられることが多いが、国家として考えるとその額は非常に少ない。

●たとえばその「建国」の初期から報じられていたのは、原油の産出や密輸によって月に600億円ほどの歳入があるということだがったが、石油とガスは財源としては継続不可能だ。

●ISにはそれを継続させるだけの技師が不足しているし、インフラは空爆によって破壊されているからだ。また、売ることのできる石油は世界の市場価格と比べて、経済制裁や運搬が困難であるという事情から格安にしか販売できない。

●別の財源として注目されているのは、古代遺跡にある美術品の盗掘や横流しなどだが、これもそれを十分に埋め合わせることはできない。なぜなら長期的には供給が持たない(採り尽くされてしまう)し、短期的にも盗品のブラックマーケットが供給過剰になって価格(しかもそこから利益を上げているという報道もほとんどない)が暴落してしまうからだ。

●したがってISにとって残された財源確保の手段は、統治下にある一般市民からの搾取である。もちろんこれは「物資の横取り」や「みかじめ料」のような形であらゆる暴動組織が行っていることだ。

●ところがこのような強奪も、多くの住民たちが(人的・物理的)資産を持って国外に逃げているような状況では安定的に行うことはできない。またインフレによって税収そのものの価値も減り、住民たちも税金の採りたての厳しさから、その場で生産的な活動に投資できなくなるのだ。

その2:住民

●公表されている様々な地図によってISが実効支配している領域も推測できる。それらを駆使してみると、ISが徴税できる「国民」の人口は、戦前のデータを元にすれば280万人から530万人いると考えられている。

●ところが領内からの人口流出は止まらず、その数はあまりにも多いために、ISは脱出しつつある現地住民たちを非難しはじめている。

●この理由は当然であろう。統治は稚拙で住民の権利は保護されず、法律は常に変えられるからである。IS側が住民に脱出しないように強制している例は多数報告されており、現地の戦闘員と、それよりも好ましい待遇を受けている海外から来た戦闘員の間で緊張関係があると言われている。

●したがって「国家」としてのISでは、致命的な人材流出が続いていることになる。

●もちろんイデオロギー的に共感した海外からの人材の流入は続いている、そのような人材のほとんどがスキルの低いイデオロギー主義者であり、逆に経済成長の役に立つようなエンジニアや役人、それに起業家のような人材は(少なくとも公的に明らかになっている文書などでは)集まっていない。

その3:体制の強さ

●国民の流出がなかったとしても、ISそのものは国家として立ちゆかなくなるはずだ。近代の歴史からわかっているのは、予測不能な独裁体制の国家というのは常に経済面で失敗して低成長しか実現できていないからだ。

●たとえば20世紀の脅迫的な統治を行っていたすべての国家(高率の予測不能な税率を持ち、内部にしか再配分しない独裁的なリーダーによって率いられたもの)というのは、中長期的に経済を破綻させていることが判明している。

●ISの統治体制というのは経済活動の予測という意味からしてひどい状態だ。私有財産権はないに等しいし、予測不可能な税金のとりたてを行い、人材への投資も行わず、クレジットの市場や低額の保険も存在しないのだ。ISの指導層が革命的に新しい生産管理のやり方を思いつくまで、IS領内の経済はほとんど何も生み出せないはずだ。

●もちろんISの国家経済が崩壊するまでのどれだけの時間がかかるのかは、誰にも予測できない。ただしそれが崩壊するのは時間の問題だ。最近発表されたある報告書では、その状況がさらに悲惨なものになりつつあることがわかっている。

●このような問題はI、Sよりもはるかに正統性を持つジンバブエのような国家でも悩ましいものだ。それでもジンバブエのような国家が消滅しないのは、その経済が、最後には安定性とその下支えをするようなグローバルな体制の中に組み込まれているからだ。ところがISにはそのようなセーフティー・ネットはない。

==

●このような情報を踏まえつつISを国家として考えてみると、「封じ込めプラス」というのは実はかなり合理的なものであることがわかる。われわれはまだ建国中の「破綻国家」と戦っているのであり、封じ込めておくだけで内部崩壊を起こすはずであり、近隣諸国からの経済面・軍事面からの圧力を連携させれば、その崩壊は早まる可能性もあるのだ。

●もちろんISが最終的に崩壊すると言っても、中東や西欧諸国に対する脅威が止まるわけではなく、この集団はその崩壊の過程において、西側諸国でさらにテロ攻撃を仕掛ける可能性が高い

●もしNATOがすぐにISを倒せるのであれば、そこで問題になってくるのはパリで起こったようなテロがその行動によってどこまで避けられるのかという点であり、それにかかるコストはどのようなものかという点だ。

●この答えは、西側諸国の諜報機関がどこまで活躍できるのか、という点に大きく左右される。アメリカのように監視を強化して防ぐ覚悟があるというのであれば、「封じ込め」は極めて魅力的な戦略であることになる。

●ISに対する攻撃を考慮していく中で、これまで1つだけ注目を集めてこなかった懸念がある。それは自滅させることのイデオロギー面での利益だ。

●たとえば(インドの小さな集団を除けば)共産主義をかかげて反政府活動をする人はこの世にもうほとんどいないのだが、これは1990年代の共産主義国家たちが、そのイデオロギーが現代の経済を動かす上でいかに無効なものであるかを世界に向けて証明してしまったからだ。

●ロナルド・レーガンが正しく分析したように、共産主義はその自己矛盾によって自滅することによって、共産主義そのものの正統性を永遠に葬り去ってしまったのだ。

●そしてこのソ連にとっての共産主義に当たるのが、ISにとってのイスラム過激主義(jihadism)である。このイデオロギーは、統治のためのねじ曲がった政治思想であり、本来のイスラム教とはほとんど関係のないものだ。

●もしわれわれがそれを自滅させることができれば、ISという思想の失敗として証明されることになる。ところが西側の手によって軍事的に勝利してしまうと、その反対の受け取られ方をされてしまうことになる。

●ISには構造的な弱さと、世界規模での思想闘争における象徴的な価値を持っているという意味から考えれば、われわれがとれる最高の戦略はまさに「封じ込め」を基盤としたものであり、その集団の信奉する思想そのものの力によって、集団の内部から崩壊させることだ

●そうすることによって、その思想が歴史の彼方に消え去るスピードを早めることができるのだ。

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これについての私のコメントはメルマガのほうに書いてみます。今後はもう少し更新の頻度を上げられそうです。






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by masa_the_man | 2015-12-12 22:18 | 日記 | Comments(3)