戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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<   2015年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

今日の横浜北部はなんとか晴れて気温もあがりましたが、午後から曇ってまた寒くなりました。

さて、本日早朝に亡くなった「世界の偉人」であるリー・クワンユーですが、私が翻訳したロバート・カプランの『南シナ海:中国海洋覇権の野望』という本の中に、彼が歴史的に果たして地政学的な役割について触れられた興味深い箇所がありましたので、その部分を抜き出しておきます。

当時の共産主義との闘いが興味深いです。

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南シナ海:中国海洋覇権の野望』第五章:pp146-49.

シンガポールの中華系の人々は、「大躍進」や「文化革命」などの犯罪が明るみに出る前までは、毛沢東と赤化した中国のことを非常に誇りに思っていた

彼らは占領者であるイギリスの仮面に隠れた西洋の植民地主義を嫌っていたが、同時のその占領者がシンガポールの人々に仕事をもたらしていたことを、リー・クワンユー自身は強烈に覚えている。シンガポールで労働運動を引起こしていたのは、シンガポールの慢性的な失業率の高さであり、この労働運動が共産主義の温床となっていたのだ。

リー・クワンユー自身は、イギリスがシンガポールとマレー連邦に対して権力を渡すきっかけになったのが共産主義の脅威であったことを知っていた。イギリスはこの二国に共産化されるよりも、「より不快ではない選択肢」として、リー・クワンユーの属するシンガポールの人民行動党や、穏健的で既存の権力に近いマラヤ連邦のトゥンク・アブドゥル・ラーマンに権力を渡そうと考えたのだ。

「共産主義の脅威が存在しなかった戦前のインドでは、共産主義特有の組織的な受動的抵抗の方法が効果を表すまでに、実に長い時間がかかっている」とリー・クワンユーはまるでマキャベリのような視点で分析している。

たしかに中国とインドネシアのリーダーたちに見られた共産主義や、それと似たような考え方に対して帝国を維持できなくなっていたイギリスは、マラッカ海峡という決定的に重要なシーレンをオープンにしておくために、西洋志向のシンガポールやマラヤ連邦の現地のリーダーたちに権力を移譲しようと必死だった。これはつまり、リー・クワンユーとトゥンク・アブドゥル・ラーマンの政治的なポジションがイギリスによって支えられなければならないということであった。第二次世界大戦直後の時期には――少くともシンガポールでは――、民主的なシステムのままで共産主義寄りの政権が誕生してしまうおそれがあったからだ。

リー・クワンユーの手腕や、共産主義と対決する「終わらない争論」への積極的な参加姿勢、そして街を一掃するような大量動員や、実践集団を結成する技術を相手から拝借しながらの「共産主義者たちとのメディアでの辛辣な議論の応酬や、彼らの攻撃からの挑発に対する抑制の実践」というのは、冷戦史の中でも西側諸国にとっては思いがけない幸運となった

近隣のマラヤ連邦やベトナムのように、共産主義の暴動が吹き荒れていた激しい地域で歴史を変えたのは、リー・クワンユー自身の強い動機やエネルギー、そして実行力であった。共産主義に対抗しつつ、マラヤ連邦とインドネシアの間を動きながら権力を固めるために奮闘する三〇代後半の首相として、リー・クワンユーは福建なまりの中国語を学ぶ必要があると痛感した

リー・クワンユーは政権を握ったすぐ後の最初の戦略的な動きとして、自らの政党をマラヤ連邦との「合併による独立」を目指すものと位置づけようと決心した。

マラヤ連邦には莫大なスズと天然ゴムという資源があり、シンガポールが工業化を維持して失業を解消するのに必要な、経済基盤と公共の市場を与えてくれたのだ。また、シンガポールは「イギリスの植民地」という共通の過去を持ち、インドネシアというスカルノのイスラム系の巨大な怪物からイギリスに守ってもらう必要性があるという点でも、マラヤ連邦とその思惑が一致していた。

マラヤ連邦もシンガポールという新進気鋭の輸出国を取り込もうと躍起になっていたと同時に、その国内の共産主義を制御してもらう必要があった。マラヤ連邦のリーダーであるトゥンク・アブドゥル・ラーマンにとっての最大の問題は、シンガポールをマラヤ連邦に加えてしまえば、人種のバランスを中華系に有利に傾かせることになるということであった。

この問題を解決するために、イギリスの黙認の下で、ボルネオ島のサバ州とサラワク州の多数を占めるマレー人たちを連邦に加盟させ、これが一九六三年のマレーシアの建国につながったのである。

連邦の創設そのものは、ボルネオ島のサバ州とサラワク州を狙っていたインドネシアとフィリピンからの脅しを誘発した。この両国は、イギリスには新しいマレーシアに勝手に領土を割譲する権利などないと感じていた。

スカルノ率いるインドネシアは、とりわけ危険な存在であった。インドネシア経済はいまにも崩壊しそうな状態であったが、それでもイギリスやアメリカに対して東南アジアや南シナ海地域から出て行くよう警告しており、それによって共産化した中国、北ベトナム、そして中立的なカンボジアなどが拡大する余地を与えたのだ。

スカルノがインドネシアとマレーシアの両方のマレー人に対してアピールした左派的なポピュリストの姿勢や鉄血政策は、マレーシアにとってさらに脅威であった。スカルノに対抗するために、トゥンクは新しい連邦でマレー人の権利と優先権を推進する、同じような戦略を採用せざるを得なくなった。そしてこれは当然ながら、中華系とインド系の人々を怒らせることになり、しかも前者はシンガポールに集中していた。このため、マレーシアとシンガポールとの連邦形成の可能性は薄れてきてしまった。

一九六七年にスカルノは政権を追われ、インドネシアに秩序と安定をもたらし、国民に教育を与え、インドネシアを新興経済国の一つにした、親欧米派のスハルトに権力を譲った。ただしスハルト一族は自分の率いる巨大国家にはびこる汚職問題を、さらに悪化させたと言える。ところが一九六〇年代半ばに新しく建国されたマレーシアに住むマレー人と、シンガポールに拠点を置く中華系の間の関係が修復不可能になると、リー・クワンユーはマラヤ連邦の中で中華系の権利を守るために、マレー系のリーダーで段々とポピュリスト色を強めつつあったトゥンク・アブドゥル・ラーマンと激しく衝突するようになった。しかもリー・クワンユー自身も、自らの中華系の集団の中の民族主義者や、シンガポール内の共産主義者たちと、政治闘争を行っていたのだ。

リー・クワンユーは回顧録で述べている内容よりも明らかに野心的であった。回顧録の中には書いていないが、彼がマレーシアとの連携を模索していた本当の理由は、いつの日かマレーシアを支配するというところにあったのだ。シンガポールは、彼のあふれる実行力と才能に与えられる器としては小さすぎる国だったのである。

結局のところリー・クワンユーは、ビジョンを持った男だった。西洋諸国の若者たちが世界平和というアイディアを温め、いかなる中央集権的な体制を悪だと決めつけていた過激な一九六〇年代という時代に、リー・クワンユーは「未消化の社会主義と富の再分配」が第三世界の「有能とは言えない政権」と組み合わさった時に、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカにおいて「ぞっとするような結末」を迎える可能性があると見て取っていたのである。

彼はサッチャーやレーガンが出てくる前からすでに彼らのような存在だったのであり、共産主義のイデオロギーと戦略面でカギを握る戦場であった東南アジアで、彼らの動きを抑える役割を果たしたのだ。

===

私が翻訳した本の他にも、やや入手は難しくなっておりますが、リー・クワンユーの自伝(上下巻)は読み物としても完成度が高く、文字通りの「手に汗握る」面白さです。

運良く入手できた方はぜひお読みになってください。

ちなみにカプラン本については動画もありますので、合わせてチェックしてみてください。

▼南シナ海が中国のものになる!?~ロバート・カプラン新刊本を徹底解説~|奥山真司の「アメリカ通信 LIVE」
http://www.nicovideo.jp/watch/1415264476







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by masa_the_man | 2015-03-23 20:36 | 日記 | Comments(4)
今日の横浜北部は、雨は降りそうもないですが、それでも雲が多い一日です。気温はすっかり春ですね。

さて数日前の生放送(http://live.nicovideo.jp/gate/lv212787071)でも解説した、活動を活発化させているテキサスの分離独立派についての記事です。

===
NY Times
Secede? Separatists Claim Texas Never Joined United States
http://www.nytimes.com/2015/03/10/us/secede-republic-claims-texas-never-joined-us.html
By MANNY FERNANDEZMARCH 9, 2015

分離独立?アメリカに併合されたことはないと主張するテキサスの独立派たち
By マンニー・フェルナンデス

●「テキサス共和国」(the Republic of Texas)という私的団体は、過去に実在したテキサス共和国とは似て非なるものだ。

●その月例集会は、米連邦議会のものと同じように「議会合同会議」( joint sessions of congress)と呼ばれている。参加者たちは独自の金貨や銀貨を発行し、警察官にたいしてテキサス国家の代表であることを示すためのIDカードを携行している。

●「副大統領」は電話会社を定年退職した元会社員であるが、2011年にはオクラホマ州知事にたいして、オクラホマ州の領土が「テキサス国」の中の「地理的境界線内を不法侵入している」ために起訴されるおそれがあることを通達する手紙を送っている

●このような手紙でも、この団体の斬新な信条を他の政府などに納得させることではできなかった。その信条とは、「テキサスは法的にアメリカに属さず、独自の国家の状態を維持している」というものだ。

●このような考えの結果として、この団体は自分たちに政府を構成する責務があると主張しており、ヒューストン郊外のケイティに住む整体師が、外務省と裁判制度の一部を運営している。

●この団体のメンバーたちは、自分たちの「政府」は「いたずら」や「おふざけ」ではなく、真剣に運営されているもので、正統性のある三権分立による体制になっていると言っている。

彼らは「合同会議」を8時間も行い、その中で法律の制定も行っている(オクラホマ州知事に送った手紙は上院法案第1102-1201号で制定されたもの)。

●もちろんこの団体からの手紙をもらった州政府や連邦政府は、その手紙を「ゴミ箱に直行」させてしまうのであり、この団体の「大統領」である72歳のジョン・ジャーネック( John Jarnecke)もその事実を認めてはいる。

●ところがこのような状態は先月になってから一変した。

●この団体は2月14日のバレンタインデーに、ブライアンという町の外国戦争戦没者記念ホールに集まったのだが、その会合が始まったばかりの参加者の女性に花が配られ始めた時に、地元警察と連邦警察やFBIの捜査官たちに踏み込まれてしまったのだ。

●この時には逮捕された人は出なかったのだが、この団体の支持者の10数人が一時的に拘束されており、そのうちの何人かは指紋を採取され、携帯やブリーフケースを没収されたりしている。

● 当局よれば、このガサ入れには「テキサス共和国」が同州のカービルという町の判事や弁護士たちに大量に送った手紙などについての調査に関するものだという。

●当局によれば、この団体に関係した人物の中には過去に自らのナショナリスト的な信念を暴力的な過激主義にまで高めた者がいるという。たしかに1997年には7日間にわたって警察とにらみ合いをつづけて最終的に銃撃戦となり、団体のメンバーの一人が銃で撃たれて死んだことがある

●「テキサス共和国」のリーダーたちは、「先月のガサ入れを行った当局の者たちは、自分たちの送った正統な手紙に過剰反応して武力行使に出た」と述べている。

●「テキサス共和国」はカービルの判事に対して、団体の構成員の自宅が抵当流れになってしまった判断を下した責任があるとして、ブライアンの外国戦争戦没者記念ホールでの「審問」に出頭するよう命令している。

●この判事に送られた2通の手紙には「外国(テキサス共和国)で権力行使する証拠」を示すよう求める命令や、その文書の写しが国連に提出される可能性があるという警告が書かかれており、召喚状を送りつけられたのだ。

●このガサ入れのおかげで、この団体はブライアンの外国戦争戦没者記念ホールの使用を禁じられてしまい、この団体の次回の会合は同州のウェーコという町の食べ放題のレストラン(Ace Buffet and Grill)で開催されることになった。

●この手紙に連名で署名した「共和国」の最高裁判官をつとめるケイティの整体師であるデイブ・クロウパ(Dave Kroupa)は、「やつらはジョン・ディリンジャー(有名な銀行強盗)みたいに踏み込んできて、しかもそれまで他のヤツらは息を潜めて隠れてたんですよ。女性たちはバラを持っていただけですよ?こんなくだらないことは私の59年の人生の中で初めてみましたよ」とコメントしている。

●ところがこの会合へのガサ入れのおかげで、団体はマスコミの注目を集めることになり、一般市民からの支持も得ることになった

●また、この「共和国」の政治的な「仮想現実」や、彼らの過激な世界観およびそれほど過激ではない支援者たちの様子が知れ渡ることになった。

●そのうちの何人かはアメリカの連邦・州政府と暴力的な衝突を起こしたことがあるが、その他は1836年から45年まで独立国として実在したテキサスの建国に興味をもっているだけの年金生活者であり、彼らは米連邦政府やテキサス州政府を打倒することまでは考えていない

●以前テキサス州の土地弁務官を務めたことがあり、この団体から職をしりぞくよう要求した手紙を受け取った経験を持つジェリー・パターソン(Jerry Patterson)氏は以下のように述べている。

●「彼らはヒマを持て余した人の良い老人たちによって構成された、無害で無知な興味深い団体でしかないですね。当局だってほっときゃいいんですよ。彼らは手紙以上のことをやろうとしているわけじゃないですし」

●ところが今回のガサ入れを担当したケリー郡の保安官によれば、彼らの手紙は、私的に裁判を行って召喚することを禁じる州の法律に違反していたという。ガサ入れに加担した大規模な調査官たちは、この団体の過去の経緯からどうしても必要であったと主張している。

●その証拠に、1997年には当時のこの団体のリーダーであるリチャード・マクラーレン(Richard L. McLaren)と彼の取り巻きたちがテキサス西部のあるカップルを誘拐して人質にとったことがあり、これが警察とのにらみ合いの状態に発展したことがあるという。

●この団体のメンバーの一人が銃撃戦で弾に当たって死亡しており、マクラーレン自身は投降して州の刑務所に投獄されている。

●また、他のメンバーたちも長年にわたって暴行や偽造罪、それに役人などへのなりすましの罪によって訴追されており、1998年には連邦レベルで大量破壊兵器の使用を脅した罪に問われている。

●「私自身はこの団体について問題はないですが、彼らが州の法律を違反した場合には何かしらの行動をとらなければならないですからねぇ」とはこの保安官の弁。

●また、「警察官を一人だけ派遣して逮捕してもいいわけですが、身の安全を確保するという意味ではどうしても人数を揃えなければなりません。たとえばウェーコの新興宗教団体によるFBIとの銃撃戦事件や95年のティモシー・マクベイ(Timothy McVeigh)というオクラホマ州ビル爆破事件の犯人、それにいわゆる”主権市民”たちの例を考えてみればおわかりいただけるかと」と加えている。

●つまり過激派が問題なのであり、その過激派のために慎重にならざるを得ないというのだ。

●もちろん「テキサス共和国」のリーダーたちはマクラーレンとのいかなる関係も否定しており、そのうちの何人かはテキサス分離独立運動が高まったごく最近になってから参加したのが明らかだ。

●たとえば去年の共和党の知事選の予備選に出馬した分離主義者( Larry Secede Kilgore)は、自分のミドルネームを「分離独立」(Secede)というものに変えて1万9055票を獲得している。

●「テキサス共和国」の大統領であるジャーネック氏は同州のフレデリックスバーグで建設業を経営しているのだが、この団体の参加者を「分離独立主義者」と呼ぶのは間違いであると指摘している。

●「われわれはわざわざアメリカから分離独立する必要はありませんよ。なぜならそもそも併合されたという事実さえないわけですから」

●ただしこのガサ入れの効果が一つあった。彼らの手紙が増えたことである。

●この時に拘束された内の一人は保安官を「自由を侵害するものだ」と非難しており、その賠償として金塊か為替かその他の組み合わせによって300万ドル(3億円強)支払うよう主張している。

===

アメリカはとりあえずまだ世界で「テロとの戦争」を行っているわけですが、自国の中にもこのような分離独立団体がいるんですよね。

とくに最後の「大統領」の一言は、「歴史修正主義」というかなんというか(笑

基本的にどのような「帝国」でも自国の領内に分離独立派を抱えるわけですが、アメリカもやはり例外ではないわけです。

というか、実はどの国の中にも主流派と異なるマイノリティが必ず存在するわけで、日本にとってもこのような事態は例外ではありません。

しかもこのようなマイノリティへの注目や多元化というのは、ネットのような可視化を進めるメディアやテクノロジーの多様化によって、ますます進んでいると言えますな。

ただし問題は、一方的にこのような「分離独立派」たちの存在を高めるだけでなく、彼らの中の意見の違いをあぶり出す方向にも作用するという点です。

いいかえると、ネットのようなテクノロジーは「国家」という大きな集団の単位から「分離独立派」という小単位のグループへの分裂の動きに向かわすように見えがちですが、同時にこれはこのグループ内の分裂にも作用するということです。

結局のところ、話は政治的単位のまとまりとしてはどのようなサイズが適正なのかというアリストテレスの頃から人間を悩ませてきた問題への回帰です。

いやあ、いくら世の中が進んでも、政治ってのは難しいもんです。





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by masa_the_man | 2015-03-18 15:18 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部は朝から曇っておりやや寒いですが、どうやら雨は降らないようで。

さて、さて、先週の生放送(http://www.nicovideo.jp/watch/1426490467)でも触れたトピックを再び要約してみました。

基本的な論点は、「アメリカがロシアに起こっている経済制裁は効かない」というものです。

論者たちはその理由を5つ挙げて詳細に論じているのですが、こういう戦略的な議論は、それに賛成するかしないかは別として、なかなか見られないので貴重かと。

===

なぜロシアへの経済制裁は失敗するのか
By サミュエル・シャラップ&バーナード・スーシャー (NY Timesより)

●米政府は、ロシアへの経済制裁を「プーチンの対ウクライナ政策を最終的に変えさせることのできるコストの安い政策」だと見なす傾向がある。

●ところがこのような「常識」は、本当にかかる大きなコストを見えなくしてしまうものだ。

●これはパキスタンでテロ容疑者を無人機を使って狙い撃ちしているのと同じだ。実際は逆効果で、イスラム戦闘員を消滅させるよりもむしろそれに参加したいと考える人間を増加させている可能性があるからだ。

●経済制裁の推進者たちも、自分たちの政策が生み出す意図しない政策を考慮に入れていないように見える。経済制裁はアメリカにとって、ウクライナにおけるクレムリンへの侵攻よりもはるかに大きなダメージを与える可能性が大きいからだ。

●第一に、ウクライナにおける行動にたいしてロシアに通商・金融面で制裁を課すと、グローバル化したシステムの構築者であり、そこから最大の利益を得ている国であるアメリカは、ロシアが冷戦後にそのシステムに統合された状況を搾取していることになる。

●1億4千万人のロシア国民をグローバルな世界経済のガバナンスの勢力圏に組み込むことになった長年にわたる相互利益の進化は、今回の制裁によって行き詰まりを見せることになる。

●たとえ経済制裁がクレムリンの態度が変えることができて成功し、これを解除することになったとしても、アメリカがロシアをグローバル経済に組み込もうとする目標は根本的なところからくずれてしまうことになる。

●第二に、今回の経済制裁の使用によって、他の国々はアメリカ主導のグローバルな金融システムに組み込まれるのを戦略的に警戒するようになる

●ロシアのウクライナ併合の結果やプーチンの最終的な運命がどのようになろうとも、アメリカと同盟を組んでいない国々は今回の件から「努力して獲得した制度への統合も、いざという時は自分に不都合な方向に使われることがある」と学んだのだ。

●第三に、経済制裁によってロシアの国営企業やその関連企業、それにプーチン氏の取り巻きたちに対してダメージを与えたことは明白ではあるが、ロシア国内の独立系の民間企業にたいする付随的(コラテラル)ダメージはそれ以上にはるかに深刻だ

●政治的な保護のない会社の売上は激減しており、金融へのアクセスもなく、投資などは半永久的に無理な状況だ。とりわけロシアのEUやアメリカとの統合にかけていた企業にとってその打撃は最も深刻だ。

●また、その深刻な打撃を受けたものの中にはロシアで活発に活動していたアメリカの投資家もおり、このような事態を自らの身を持って目の当たりにしている

●ロシアの小規模な起業家たちの中でも、最も西欧化を推進していた人々は、国家の保護を受けることができないにもかかわらず、国営銀行やエネルギー企業は国家の資金へのアクセスがあるために引き続き国家に守られるのだ。

●第四に、すでにロシア経済が落ち込み始めていた時に西側が経済制裁を課すことによって、プーチン氏はウクライナでの有害な決定に対する批判を西側のせいにすることができたのだ。

●クレムリンの「国家資本主義」はすでにほころびはじめており、プーチン氏自身がつくりあげた地政学的な激変がなくても経済状況は悪化していたはずだ、

●ようするにアメリカの経済制裁は最高のタイミングで行われたのであり、ロシア国民に対して経済悪化の原因について混乱させる「アリバイ」を提供することになったのだ。

●第五に、特定の人物たちを狙い撃ちするような経済制裁のやり方を考えても、一般のロシア国民たちはそれが自分たちに向けられたものであると感じ、自分たちがインフレやルーブルの暴落、そして経済成長の鈍化などの形でその制裁の結果を被ることになると考えるものだ。

●「自分たちが狙われている」というロシア人の感覚は、「愛国心の高揚」という現象を生み出しており、これはある意味で当然のことだ。プーチン氏の過去最高の支持率がこの結果の一つであり、もうひとつは政府を批判する声がほぼ消滅してしまったという点だ。

●あいにくだが、先日の反政府派のリーダーであるボリス・ネムツォフ氏の追悼集会はこのような事態の変化にはつながらないだろう。

●もしロシアがここ数ヶ月や数年でさらなる経済状況の悪化に直面することになると、アメリカはすでに抱えている問題に加えてさらに困難な問題を抱え込むことになる。

●ロシアは経済状況が悪化すれば、さらに敵対的な態度をとるようになるはずであり、さらにいえば、ロシアのさらなる沈滞によってEUの経済も悪化し、それが世界経済にも悪影響を及ぼす可能性も出てくるからだ。

●アメリカ政府はロシアに対する措置として経済制裁を中心に据えることに決定したが、これはオバマ大統領にとって、これを簡単にやめることができなくなったということを意味する。彼はこれを全体的な交渉の一つの手段として使わければならないのであり、これにはギヴ・アンド・テイクが伴うのだ。

●第一回目の経済制裁はたしかに納得できるものであった。クリミア併合によってロシアは国際的な規範を破ったたけでなく、数十年間にわたるはなはだしい違反を決定的にしたからだ。

●アメリカはこのような違反を許すことによってロシアが危険な前例となってしまうような事態を避けるような行動をしなければならなかった。よって、ロシアがクリミア併合から利益を得るのを阻止するためのクリミア限定の経済制裁はたしかにその目的に合致していた

●また、ロシアは明らかにウクライナ東部で国際規範に反していたが、そこではクリミアとは違って近い将来には西側と手打ちをできるような状況にあったのだ。

●また、さらなる制裁はロシアの裏庭におけるより広範囲な戦略目的を変化させることはない。多くの政治家たちはプライベートな場ではこのことを認めるのだが、なぜ公式にそれを認めないのかを問いただすと「制裁以外に何ができるって言うんだい?」と答えるのだ。これはたしかに理解できる反応だ。

●ウクライナ東部での反乱に対するプーチン氏の支持を阻止するための実質的な手段は存在しなかったのであり、そこで唯一残っていた選択肢は、クレムリンが守る手段をもたない人々にたいして被害を与えるのを制限し、さらには広範囲にわたる冷戦時のような危険な紛争を避けるために交渉を行うことであった。

●ところが先月にミンスクで行われたように、ウクライナだけのことを扱う交渉というのは、うまく行ったとしてもロシアと西側の間で一時的な停戦状態を実現できるくらいだ

●この紛争を解決できるのはより広域な地域安全保障についての合意だけである。そして経済制裁の解除はこの合意を守らせるための交渉材料として使うことができるのだ。

●それができないことになると、唯一残されているのはワシントンとモスクワの紛争をエスカレートさせるような広範囲にわたる制裁という選択肢だけであり、しかもそれはロシアの経済や政治に影響を与えながらもアメリカの国益にも反するような影響を出すことになる。

●プーチン氏はロシア経済に対してさらに大きなコントロールを獲得することになり、国民を支持をさらに集め、近代化してグローバル経済に統合されたロシアへの道は閉ざされることになる。

このようなリスクを認めることは、ロシアの侵略的な態度を認めることにはならない。これは無人機による攻撃に反対することがテロリズムの支持を意味しないことと同じであり、経済制裁の戦略面でのコストを強調することはプーチン氏にたいする宥和ではなく、効果的な政策づくりのためだからだ。

●ここで冷戦直後の状況を思い起こすことは有益であろう。

●当時のアメリカは、ソ連崩壊の影響でロシアが国内的に混乱状態に陥ることで、アメリカは悪夢のシナリオに直面した。なぜならロシア政府は財政破綻しており、領土や大規模な核戦力を支配する力が失われつつあったからだ。

●当時のワシントン政府は、ロシアがアメリカの国家安全保障にとって最悪の脅威を及ぼすことになると結論づけていた。この判断は今日でも通用するものではないのだろうか?

===

このような議論は一見してロシアやプーチン氏に対して「融和的」とみられることから政治的には保守層からは批判を受けそうですね。

まあ実際に著者の一人はロシアで投資を行っている人物ですので、このような批判が行われても文句の言えない部分はあるかと。

ただしより重要なのは、国際関係論の世界では経済制裁が効くか効くか効かないかが以前から大きな議論になっておりまして、この本によれば経済制裁について研究している学者たちは3つの派閥にわかれて議論しているといいます。

その3派とは、

1,効かない学派
2,シンボルでしかない学派
3,効く学派

でありまして、1の「効かない学派」の有名な論者としては、たとえばタフツの「変人リアリスト」と噂されているダニエル・ドレズナーなどが挙げられます。

まあ経済制裁は結局のところは一つの手段でしかなく(上記の本では大戦略のうちの一つ)、軍事も含めたあらゆる手段との連携からやらないと意味がないということになります。

アメリカのロシアに対する制裁も、結局のところはミアシャイマーの言葉を借りれば「大国政治の悲劇」のうちの一つですから、このような状態はだらだらと続けられるんだろうなぁというのが私の率直な感想です。







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by masa_the_man | 2015-03-15 12:29 | 日記 | Comments(2)
今日の宮崎は朝は少し寒かったですが、昼間は強い日差しで暑いと感じるほどでした。

さて、少し遅れましたが、ようやく新刊が届きましたのでご報告です。
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そうです。タイトルをみなさんから募集した、あの「現代の軍事戦略入門」がようやく完成しました。

まあ本の内容からいいまして、あまり派手は本ではなく、それに合わせて装丁も地味といえば地味かもしれませんが、専門書などを扱う大型店には並んでいるかもしれませんのでぜひお手にとってみてください。

ちなみにアマゾンにはもう入荷されているようで、注文可能となっております。

次に出す訳本もまたタイトルを募集するつもりですので、またよろしくお願いします!


by masa_the_man | 2015-03-13 23:36 | おススメの本 | Comments(6)
今日の横浜北部は雨上がりの朝でしたが、天気はぐずついたままです。やはり朝晩はまだ寒いですね。

さて、先週の生放送(http://sp.nicovideo.jp/watch/1425896356)でも触れたトピックですが、NYタイムズのコラムニストで「レクスサスとオリーブの木」、また「フラット化する世界」などの著作でも有名なトーマス・フリードマンが、ISISに関する含蓄のある記事を書いておりましたのでその要約を。

大きくわけると内容が3つのトピックにわかれるため、一つのコラムとしてはややちぐはぐな印象を受けるかもしれませんが、それぞれがいいところを突いているかと。

====

ローマへ向かうISIS
by トーマス・フリードマン

●イタリア人はうまいことやった。先週のことだが、ISISは残虐なビデオを発表した後に「われわれはアラーの許しを得たのでローマを征服することにした」と警告している。

●これに対してイタリア人たちは#We_Are_Coming_O_Romeというハッシュタグをつくり、このISISの警告に挑戦している。それを集めた記者によると、

●「ははは、高速の環状線には気をつけろよ。渋滞がひどくて抜け出せないぞ!」というものや、

●「ひとつだけ忠告してやるよ、列車で来るのはやめとけ。いつも遅延してるから!」

●「もう手遅れだよ。イタリアはすでに政府によって破壊されてるさ!」

●「いつでもおいでよ!コロッセウムの区画にいい土地が売出中だよ。クレジットカードも使えるし、超お買い得だよ!」というツィートがあったという。

●もちろんISISの残虐行為というのはジョークではないが、イタリア人によるISISを馬鹿にした行為というのはむしろ適切なものだ。

●われわれはISISとイスラム教との関係についての議論に苦悩している部分があるが、そのグループに引きつけられている多く人々についてのシンプルな真実を忘れている。

●それは逮捕されたツァルナエフ兄弟の叔父に当たる人物がCNNの番組の中で述べていた真実、つまり彼らは単なる「負け犬」だったのであり、自分より優れた人物たちを逆恨みし、その恨みをイデオロギーの衣に包んでごまかしていたという。

●「彼らの言う宗教的なこと、つまりイスラム教に関することはすべてウソですよ」とはその叔父の言葉だ。たしかにここにはかなりの真実が含まれる。

ISISは、おおまかに以下のような3つの勢力によって構成されている。そしてわれわれが再びイラクやシリアでの戦争にはまり込んでしまう前に、この3つについて理解しておく必要がある。

第一の勢力は、外国からの義勇兵である。その中の一部は本物の強固な聖戦主義者かもしれないが、その多くは単なる「負け犬」や、社会の不適合者、単なる冒険好きな人々、そして、権力や仕事、それに女性の手を握ったこともないような若者で、この3つを得るためにISISに参加したような人々だ。

●彼らの多くが真面目なイスラム教徒かどうかは疑わしいし、穏健的なイスラム教を教えたところで彼らが国でおとなしくできていたかどうかも怪しいと私は考えている。

●もしISISが負け始めて、彼らに仕事や権力、もしくはセックスを与えられなければ、このグループは縮小するだろう。

●ISISの背骨となっている第二の勢力は、スンニ派のバース党陸軍の士官たちや、ISISに消極的な支援をしているイラクの現地のスンニ派や部族たちである。

●イラクのスンニ派はイラクの全人口のたった3分の1しかいないのだが、それでもイラクを何世代にもわたって支配していたのであり、多数派のシーア派が支配しているという事実を受け入れることができない。

●また、ISISの支配下にある村のスンニ派の多くの人々は、今のほうが以前のシーア派主導のイラク政府から受けた残虐な仕打ちや差別よりもまだマシだと考えている。たとえば「イラク シーア派 民兵 パワードリル」でグーグルを検索すると、ISISがイラクで拷問を発明したわけではないことがよくわかる。

●アメリカは中東で同じ失敗を繰り返している。彼らは宗教のイデオロギーの影響力を過信し、統治の失敗のインパクトを過小評価しているのだ。

●アフガニスタンで長年働いた経験をもつ著者のこの本によれば、「あからさまな汚職と不正義ほど過激主義を促すものはない」ということであり、これはアメリカが親密な関係をもつ中東の同盟国たちにも当てはまるというのだ。

●ISISを構成する第三の勢力は、バグダディ率いる本物の教条主義者たちによって構成されている。彼らは独自のイスラム教観をもっているが、コンサルティング会社のマクロ・アドバイザリー・パートナーズ社の人物によれば、アラブ地域やパキスタンのように「宗教と政治がハイジャックされていなければ」問題はないはずだ。

●アラブ人というのはそのほとんどが過激主義者か反動主義者たちによって支配されており、「一般国民の不満に本当に向き合ってくれる」正統性のある政治が実施される見込みがなければ、穏健的なイスラム教を実施しようとしても成功する可能性は低いという。

●イスラム教には、どの宗派が正統的なものかを布告するバチカンのような存在がない。もちろん穏健的なイスラム教は存在しており、インドやインドネシア、そしてマレーシアのイスラム教のように妥当な政治的・社会的・経済的な背景の中で生き続けているものがあり、しかも社会の進化を邪魔しているわけでもない。

●さらには、より原理主義的で非多元主義的、反近代教育、反女性的なイスラム教が、部族化したアラブ世界やナイジェリア、そしてパキスタンから生まれてきているのだ。

●結果として、ISISというのはイスラム教の問題ではなく、その「根本的な原因」でもない。ISISというのは、アラブ世界やパキスタンにおける数十年間にわたる統治の失敗や、アラブのイスラム教の数百年間にわたる問題の蓄積による産物なのだ。

●それらは互いに問題を悪化させる要素であり、どちらか一方だけを根本的な原因であると指摘するのは完全な間違いだ。

●したがって、ISISを打倒して、同じような存在を登場させないようにするためには以下のようなことが必要になる。

●まず、リーダーシップを排除すること。パキスタンやサウジアラビアから出てくる大衆迎合的で過激なタイプのイスラム教をイスラム教徒自身に批判させてその信頼性を落とさせること。アラブ世界やパキスタンなどで頻発している不正、汚職、派閥主義、そして国家の失敗を排除すること

●そして、イラクのスンニ派に自治区を与え、クルド人がやっているように、原油生産からの富を与えるのだ。

●もちろんこれは不可能に思えるかもしれない。ところがこの問題は根深いものであり、しかもこれがアラブのイスラム教を穏健にして、居心地の悪い場所にいる若者たちを少なくするための唯一のやり方なのだ。

====

最初のトピックは日本のネットユーザーたちが「クソコラグランプリ」で行ったような、ISISに対する反応をイタリア人が自虐的なジョークでやっているということですが、二番目と三番目のトピックはそれぞれISISの勢力分析と対処法になってますね。

最終的な結論としてはそもそも国の統治がなっていないという状況そのものに根本的な原因があると言っているわけですが、こうなると救いようがないというか、なんというか。

国際関係論では一般的に「アナーキーがデフォルト」だという認識ですが、地域によっては国家がほとんど存在せず、国内にさえ秩序がないアナーキーな場所があるわけですから困ったものです。

それに対処するために「世界を都会化せよ」と述べたのが、かのトマス・バーネットなんですが。

このような脅威から日本人が被害を受けないようにするにはどうすればいいかというと・・・国としてできるのは情報収集能力を高めることくらいでしょうか。

ところがこれも万能の解決策というわけじゃないのがジレンマです。





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by masa_the_man | 2015-03-07 14:00 | 日記 | Comments(2)

建設的な幻想

今日の横浜北部はやや気温は低めながら、よく晴れて気持ちのよい一日でした。

さて、久々に本の紹介を。

去年の8月に出たばかりの本でして、内容もコンスト的なものなのですが、イギリスの本屋で見かけて気になっていたのを、帰国後に日本の洋書店で発見して即購入しました。
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Constructive Illusions: Misperceiving the Origins of International Cooperation
by Eric Grynaviski

原題を直訳すると「建設的な幻想:国際協力の原因の誤認」という少々わかりにくいものでして、著者はエリック・グリイナヴィスキーというジョージ・ワシントン大学の准教授。

内容を簡単にいえば、「国家間の建設的な協力関係というのは、実は互いのカン違いによって生まれることのほうが多い」という、かなり逆説的なもの。

たしかにわれわれは一般的に「互いに相手の意図を完全に知ることができれば戦争にならない」という、まさに孫子的な常識を信じているわけですが、この本はそのような常識を完全に打破するような内容。

著者はこのような事例を、主に冷戦時のニクソン政権の米ソ間の「デタント」の交渉の時のエピソードから引っ張ってきておりまして、2章分をその事例研究に当てております。

本書の冒頭では、ヨーロッパ人としてハワイを初めて訪れたキャプテン・クックがほんの偶然から「神」として祭り上げられて奇妙な歓待を受けたエピソードをとりあげるなど、両者のコミュニケーションがうまくいかなかったからこそ互いに協力できた例を豊富に紹介。

国際関係論の世界では、一般的な「常識」として、交渉を行う両者が互いを知れば知るほど協力関係が生まれるという考えがベースになっておりますが、本書の著者はむしろ「誤った間主観的信念」(FIB)のほうが協力関係を生み出すとしております。

もちろん本書ではFIBが常に協力を生み出すということを主張しているわけではないのですが、それでも既存の国際関係論の常識を覆すような着眼点は興味深いこと請け合い。

細かい例としては、たとえば夫婦関係はむしろ互いに理解しきらないほうが幸せであるということや、友人関係なども逆に理解しすぎるとうまく行かなくなるなど、ミクロのレベルの人間関係の例に言及している点も面白い。

これを読むと、「ああ、人間は互いに理解しあえなくても協力はできるんだな」と安心できるという効能も。

書式自体はかなり論文形式なのですが、本文もたった160ページほどで文体も読みやすいです。おすすめ。





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by masa_the_man | 2015-03-06 17:31 | おススメの本 | Comments(0)

新刊のチラシ

by masa_the_man | 2015-03-05 23:31 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部は昼までなんとか日が見えておりましたが、夜になってから小雨が降っております。

さて、私が以前から提唱している「戦略の階層」について、リチャード・ベッツというコロンビア大学の先生がかなり昔の論文で書いていたので、その一部を訳してアップしておきます。

現在問題になっている政軍関係についても触れている記述があります。

===

戦争におけるすべてのこと

●クラウゼヴィッツが戦争の「摩擦」について述べたことは、戦略についても当てはまる。それは「非常に単純である。しかしこの極めて単純なものがかえって困難」なのだ。

●このような問題のそもそもの始まりは、「戦略」という言葉に数々の「原罪」が含まれている点にある。もちろん多くの人々は、この言葉が出てきた初期の頃のような、狭い考え方――大規模な軍事作戦の計画と管理という意味――だけで満足している。

●ところがクラウゼヴィッツは「戦略」を「戦争の目的のために戦闘を使用すること」という言葉で定義してしまい、そこに「政治・政策」という意味を加えてしまったのだ。

●この妨害によって、戦略というコンセプトは従来よりも一段高いレベルに押し上げられてしまったのである。ところがこの言葉はあまりにも広い意味で使われるようになったために、場合によっては「対外政策」と同意語になってしまっている

●軍で働く人々は、そのような曖昧さを回避するために「国家戦略」(national strategy)と「軍事戦略」(military strategy)を、あえて異なるものとして区別して扱う傾向がある。そして、前者が後者を動かすものであるかのよう想定されるのだ。

●このような区別は、ある程度においては合理的であると言える。ところがよく見てみると、結局のところはこれによって多くの問題が発生してしまっている。

●たとえばこれは、政軍関係が根本的に緊張関係にあることを想起させる。米国防総省に「国家戦略」と呼ばれ、多くの歴史家や理論家たちには「大戦略」(grand strategy)と呼ばれるものは、あまりにも「政策」と重なり合っているものであるために、それらをわざわざ区別することは困難だ。つまり、ここでは最初から手段と目的が混乱しているのだ。

●概念を明確にしておくためには、三つの領域――政策、戦略、そして作戦――を分けて考えるよりも、むしろ戦略を、「政策」と「作戦」の間にかかる「橋」として考えるほうが良いかもしれない。なぜならそれを「橋」として考えれば、それが二つの領域を往来するものとして捉えることができるからだ。

●戦略を「政策」と「作戦」という二つの領域を橋渡しする「プラン」として考えた場合、これを効果的にするためには、政治と軍事を分けるのではなく、むしろそれらを融合しなければならないことになる

●このような考え方にたいする抵抗は頻繁に発生するものだが、それはとりわけ政策と作戦を別の領域にわけて考えたがる軍のリーダーたちの間で顕著に見られる。

●たとえばこのような反発の中でとくに有名なものにはヘルムート・フォン・モルトケ(大モルトケ)のものがある。彼は「戦略はその狙いのために活用されることによって政治に貢献するものだが、この狙いの達成には、政治からの最大限の独立性を保つことが必要だ。よって、政治は作戦に介入すべきではない」と書いている。

●このような考え方は軍の制服組の人々の間では一般的なものであるが、これでは戦略の土台が崩れやすくなってしまい、政治を作戦に従属させることにもなりかねない。

●そしてもしこれが正しいことになれば、たとえばモルトケの後継者たちが二つの世界大戦で「戦略的な大損害」の代わりに、いくつもの「戦術的な大成功」を収め、自分たちの国だけでなくヨーロッパの大半を破壊してしまうようなことにもつながりかねない。

●もし政策と作戦の融合が原則的に許されているとしても、それは実践の際に抵抗されることが多く、「橋」の両端にいる政策家と軍の指揮官たちは、「戦略の融合」というものを、ただ単純に「自分たちのやりたいようにやることだ」と考えてしまいがちなのだ。

そもそも文官のリーダーというのは、「政治目的と軍事作戦の二つをそもそも融合させるべきか、それとも区別すべきものなのか」という点まで意識して考えることはない

●中には、「政治的決断と軍事的実行は慎重に行うべきであり、互いに順次的かつ独立的で、リーダーたちは自分たちの願いを大々的に宣言して、兵士たちにそれに合うようなことを自由にやらせるべきだ」という、軍の中で優勢な見方――これはモルトケの考え方に沿ったものだ――を喜んで認める人もいる。

●もちろんこのようなアプローチを採用すれば、政軍関係の緊張はやわらぐかもしれないし、時としてはそちらのほうがむしろ効果的なのかもしれないが、それでもそこには予期しない事件が起こるリスクがある。

●他には、「互いがどのような責任を負うのか知らずに、政治と軍事の決断をあえて融合させる」というアプローチを信じる人もいる。

●ところが戦略を融合したものとしてとらえる見方を正当化する政治のリーダーたちが無理のない判断をしたいと思ったら、あらかじめ軍事作戦のことについてかなり熟知しておかなければならない

●そしてそのような知識を持っていたり、もしくはそれを習得することができるような時間をあえてつくろうとする政治家は、実際にはほとんど存在しないのだ。

===

この論文の全文は、のちほど別の場所にアップする予定です。ご参考まで。



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by masa_the_man | 2015-03-03 23:16 | 日記 | Comments(1)