戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日の目黒は快晴です。昼間はもう春らしくなってきましたね。

さて、先日の生放送(http://ch.nicovideo.jp/strategy/live)でご紹介したトピックについての元記事を要約しました。

次回の放送は臨時で日曜日の夜http://live.nicovideo.jp/gate/lv211610422)に放送ですが、このような興味深いトピックをまたご紹介して議論していきたいと思っております。

===

なぜ映画で描かれた「事実」が広まるのか
by ジェフリー・ザックス(NY Times)

●今年のアカデミー賞候補作の中には4本の「実話を元にした」ものがあった。

1,クリス・カイルという射撃の名手の話を元にした「アメリカン・スナイパー」
2,英国の数学者アラン・チューリングの話を元にした「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」
3,1965年までのアメリカの公民権運動の話を題材とした「セルマ」
4,物理学者ホーキング博士の話である「博士と彼女のセオリー」

である。

●この4本はすべて描いた事実に間違いがあると批判されている。

●たとえば「セルマ」では、リンドン・ジョンソン大統領が黒人の選挙権獲得を熱心に進めていたことを無視しているし、「イミテーション・ゲーム」や「博士と彼女のセオリー」はチューリングはホーキンぐ博士の業績やの本質をねじ曲げているし、「アメリカン・スナイパー」は描き出そうとした軍の紛争を浄化しすぎていると批判されている。

●もちろん「そんなの関係ないだろう」と考える方も多いだろう。映画は現実の世界と切り離して考えるべきだからだ。

●ところが実際はそうはいかない。数ある実験から示されているのは、われわれが映画をみると、とくにそれが歴史的な出来事であった場合、われわれの信念が真実ではない「事実」によって形成される可能性があるということだ。

●2009年に心理科学ジャーナルで発表されたある研究によれば、研究グループが大学生をあつめて歴史に関する小論文を読ませ、その後にわざとその小論文とは違う事実の間違いを含んだ歴史映画を見せている。

●映画の前には事実の間違いが含まれている可能性を知らされながら、なんと3分の1の学生たちが、映画を見たあとに受けたテストで間違った事実を事実だと答えている

●2012年に「応用認知心理学」という専門誌で発表された別の研究でも全く同じ実験が行われており、「誤情報効果」(misinformation effect)を排除するために、学生たちに「不正確な情報に気をつけるように」とわざわざ知らされたほどだ。

●それでも学生たちには効果がなく、むしろ事実とは違う情報を「歴史的事実だ」と認識する割合が増えたほどだ。しかもより熱心に映画を見ようとしていた学生たちの記憶のほうが、間違った情報に染まっていたという事実も判明したのだ。

●ではわれわれはなぜここまで「映画の事実」と、現実の世界の「事実」をわけることができないのであろうか?

●一つの可能性としてあるのは、われわれの脳が見たり聞いたりしたことを覚えることには長けているのに、その記憶の情報ソースを覚えるのが苦手であるということだ。

●たとえば以下のような進化論的な説明を考えるとわかりやすい。

●われわれの祖先は事実を言葉によってコミュニケーションできるようになり、それを記憶にとどめておくことができるようになったおかげで自然界で生き残れるようになってきた。

●もし草原でハンターが泉に近づいたとして、そこではライオンに襲われた人がいるという記憶が共有されていれば、それで助かる命があるというものだ。

●ところがその記憶の情報源(それを教えてくれたのは自分の親戚か兄弟か)を知ることは、それほど重要なことではない

●結果として、われわれの記憶の情報源についての脳のシステムはそれほど強固ではなく、間違いを犯しやすいのだ。

●もちろんこのような話は単なる推測的なものだが、それでも記憶の情報源についてわれわれが知っていることと一致している。

●認知科学的に、情報源についての記憶というのは人間の生育段階で比較的遅れて発展するものであり、神経学的に見ても前頭前皮質という脳の領域で発展するのが遅い場所に左右されるという。

●また、情報源についての記憶というのはもろいものであり、加齢や怪我、それに病気などに大きく影響を受けやすい。

●たとえば前頭前皮質にダメージのある患者は、情報源についての記憶に疾患があり、われわれが起こす日常的な間違いを拡大解釈することがある。

●ある研究では、前頭前皮質に傷を受けた人物が近所のあるビルが何か良からぬ不気味な目的なために使われていることを信じていたということが報告されている。のちに判明したのは、彼のビルに関する被害妄想的な解釈が、およそ40年前に見たスパイ映画によって作られたものであったということであった。

●1997年の研究では、同じような障害をもった患者たちがいくつかの言葉や文章を提示されており、それぞれ男性と女声のナレーターに読んでもらっている。

●彼らはその文章を聞いたことがあるかどうかという点については良い成績を残したのだが、男性と女性のどちらのナレーターによって読まれたものかという問題についてはほとんど正解できていない

●ところがここで重要なのは、この任務は健常者にとっても難しかったということだ。われわれの誰もが、情報源についての記憶が曖昧なところがあるのだ。この情報源についての記憶の弱さによって、われわれは不正確な映画に影響を受けてしまう可能性をもっていることになる。

●ではこれに対処するための良い方法はないものだろうか?

●今回紹介した実験では、ひとつの手法によって、このような誤解の発生を防ぐことができることが示唆されている。

●それは、間違った情報が提示されたその瞬間に、それが間違いであること指摘することである。これによって悪影響は大きく避けられるという。

●ところがこの戦略の実行はかなり難しい。映画の最中に事実の間違いを指摘するようなコメンタリーを挿入したり、常に歴史家を映画館に一緒に連れて行くことは無理だからだ。

===

「百聞は一見に如かず」という言葉がありますが、むしろ人間はその情報を誰が発信していたのかというよりも、とにかくそれを目や耳で体験したインパクトのほうに左右される、ということですね。

たしかに上記されているように、誰にその情報を聞いたのかということよりも、その情報のインパクト(泉にライオンが出て殺された)のほうが、自分たちの命に関わるという意味では重要なわけで。

このような傾向に対する対抗策というのは、映画のプロパガンダだけでなく、「歴史問題」などにもそのまま適用できる話ですね。

その一例を考えると、日本に対する歪んだ歴史観を描いた映画は、公開された直後から日本側からの抗議が必要であるということになります。

ただしこういうのは、日本が一番苦手とすることなのでは・・・



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by masa_the_man | 2015-02-27 13:47 | 日記 | Comments(5)
今日の横浜北部は朝方に曇り気味だったのですが、いまはようやく晴れてきております。

さて、3月発売予定の『現代の軍事戦略入門』ですが、表紙のデザインが決定しましたのでお知らせします。

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このデザインは生放送(http://ch.nicovideo.jp/strategy/live)で視聴者のみなさんからのアンケートにより最も好評だったものです。

個人的には黒っぽいやつのほうがいいと思ったのですが(苦笑)、出版社は視聴者の方々の感覚を尊重したということでしょうか。

書店に並んでネットで注文できるようになるのは3月13日だそうです。よろしくお願いします。


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by masa_the_man | 2015-02-25 10:18 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部は雲が多少ありましたが空が青かったです。気温も真冬ではなかったですね。

さて、軍事戦略の本を訳したばかりの自分としては「対反乱作戦」(counterinsurgency: COIN)の話題については気になってしまうところなのですが、たまたまそれに関してシカゴ大学の若い先生がいいコラムを書いておりましたのでその要約を。

ゲリラやテロリストは大きくわけて3タイプあるという話です。

===

ゲリラやテロリストにはそれぞれ個性がある

by ポール・スタニランド

●アメリカは、イラクやシリアの自称イスラム国やアフガニスタンのタリバンまで、世界中で狙いや構造、そして戦略においても異なる、様々なタイプのテロリストやゲリラたちに直面している。

● ではアメリカとその同盟国たちは、なぜそれら全部に対してほぼ同じようなアプローチしかしていないのだろうか?

●イラクでの「サージ」はイラクを一時的に安定化したが、同じ戦略はアフガニスタンで失敗した。ボスニアでは国際的な支持を得た交渉が成功したが、同じことはシリアで失敗したままだ。

●イスラエルはハマスのリーダーたちを狙っているが、それでもそのグループは弱体化していない。ところがパキスタンのタリバンの内部では部族たちのリーダーたちの死は彼らの混乱を巻き起こしている。

●このような複雑な結果が出ている理由は、彼らがそもそも独特な個性をもった存在だからであり、とりわけリーダーたちの間の社会的なネットワークや、リーダー同士と彼らの活動する地元のコミュニティーとの関係がそれぞれ異なるからだ。

●つまりすべてのゲリラやテロリストたちというのは平等に造られているわけではないのであり、各グループのもつ強みや弱みに対応するのに必要とされる戦略もそれぞれ異なってくる

●そうは言いながらも、ゲリラやテロリストたちを大きく3つのタイプに分類することは可能である。

第1のカテゴリーは「完全同化グループ」(integrated groups)とでも言うべきであろう。代表的なのはアフガニスタンのタリバンであり、リーダー同士や現地のコミュニティーをつないだ強靭な社会ネットワークに依存した存在である。

●彼らの結束力や回復力は強く、たとえばアフガニスタンのタリバンは現地での確執や内部での対立にもかかわらず自滅的な内戦に陥ることはなかったのだ。アメリカのアフガニスタンに対する十年以上にわたる莫大な規模の介入が失敗した理由はこれによって説明できる。

●「完全同化グループ」には対反乱ドクトリン(COIN)で教えられている対処法でもほとんど効果がなく、長期的な血なまぐさい紛争につながってしまう。

●彼らを破壊したり封じ込めたりできるのは、「タミル・タイガー」に対するスリランカの対処のように、集中的な(時として残虐な)戦いだけなのだ。

●アフガニスタンのタリバンのようなグループはすぐに打倒できるような存在ではないため、それに対抗する政府たちは、長期化した戦いを避けるために許しがたい不快目標を目指している彼らと交渉する必要が出てくる場合もある。

●彼らはある程度のまとまりの強さをもっているため、外国の政府や国際社会と交渉できるほどであり、逸脱するような少数派を出さずに合意を履行することができる。

第2のカテゴリーは「先陣グループ」(vanguard groups)であり、その指導者層は固められているのだが、現地のコミュニティーとのつながりは弱い。

●彼らが登場するのは、主に都市部のエリートや外国の戦闘員が、そもそもあまりつながりをもたない現地コミュニティー社会を動かそうとした場合である。

●1917年のロシアにおけるボリシェヴィキや、アメリカの侵攻一年目のイラクのアルカイダで見られたように、彼らは結束力の強さによって迅速かつ効果的に動くことができるのだ。

●ところが現地のコミュニティーにすばやく根付くことができないと、彼らは現地や末端組織からの離反や不服従に直面しやすくなる。イラクのアルカイダが2007年の「スンニ派の覚醒」(Sunnni Awakening)に弱かった理由はここにある。

●同様に、自称イスラム国たちは「先陣グループ」として急激に拡大したが、用心深い現地の勢力に反乱を起こされる危険性をもっているという意味では大きな弱点を抱えている。

●また、「先陣グループ」は「完全同化グループ」と比較して、外国政府の繰り出してくる様々な戦略に弱い。たとえば指導者たちが素早く排除されてしまったり政治的に手懐けられてしまうと組織が崩壊してしまうからだ。

●したがって、彼らにたいする対抗策における最大のカギは、リーダーたちを狙いつつ、組織が再興を阻止することになる。

●ところが「先陣グループ」は和平交渉において難しいジレンマを引き起こすことになる。たとえばリーダーたちとの約束が成立しても、彼らが現地の末端の部隊まで納得させて履行するとは限らないからだ。

●このようなグループと交渉する場合、グループ内の離反を防ぎながら統一性を図るために、彼らの指導者層を強化するよう積極的に動く必要がある。これをいいかえれば、彼らとの講和にはいままで戦っていた相手のリーダーたちを支える必要がでてくるかもしれないということだ。

第3のカテゴリーは「偏狭反乱勢力」(parochial insurgents)である。彼らは共通の組織の看板を掲げていながら、その勢力が事態が(各リーダーたちは強力であるにもかかわらず)バラバラに分断されている。

●このタイプは、特徴をもった現地住民のネットワークのゆるい同盟関係から登場することが多い。この現地住民との強い結びつきは軍事的にも手強いが、リーダーシップが分裂していることによって内部闘争に陥りやすいのだ。

●パキスタンのタリバンは「偏狭反乱勢力」の典型的なパターンであろう。彼らはパキスタン政府や社会に対して大きな被害を与えることができたにもかかわらず、内部抗争や繰り返される寝返り、そして一貫した戦略を形成してそれを維持することが決してできない点で決定的な弱点を抱えている。

●このような内部の対立は、一般市民に自分たちの力を誇示しようとし激しい暴力を巻き起こしてきた。この一例が、最近ペシャワールで起きた学校襲撃事件である。

●ただし「偏狭反乱勢力」を、シリアの非ISISグループのように、本当に分裂した組織と混同してはならない。そのようなグループは中央組織が完全に不在であるために完全に無力であるし、簡単に排除されてしまう存在だからだ。

●「偏狭反乱勢力」との対処の仕方も特殊なものである。彼らの指導者層全体に(暴力もしくは交渉を通じて)対処してもあまり生産的ではない。なぜなら中央からの統制が弱いからだ。

●したがってトップのリーダーだけを殺しても一部の派閥に影響を与えるだけで組織全体には影響を与えることはないのだ。これによって、 ゲリラやテロを抑える側は、国家のコントロールを地元の末端まで押し付けるための長期の泥沼化した紛争に巻き込まれることになる。

●また、「偏狭反乱勢力」との和平交渉とのその履行は困難だ。中心となるリーダーの力が弱いために、現地の分派勢力に対しては個別にアプローチするしかなく、これは長期的かつ複雑怪奇なプロセスになることが多い。

●大型の取引や包括的な合意の代わりに「偏狭反乱勢力」との講和は、互いの我慢や休戦協定、それに現地住民との調整の上に成り立つものなのだ。

●このようなゲリラやテロリストたちのグループの多様性が意味しているのは、ある場所で効いた戦略は別の場所では逆効果であるということだ。

●つまり統一した「対反乱ドクトリン」というものは存在せず、ドクトリンや戦略は個別の状況に適合(テーラード)させなければならず、そのグループ自身や、彼らの背景にある政治、社会、そして経済的な状況を詳しく調査する必要が出てくるのだ。

●アメリカとその同盟国が世界の中で紛争で疲弊した地域を安定化できるのはそれからなのだ。

===

まあこの辺の話は、日本も戦前・戦中と非常に苦労した分野なのですが、戦後はすっかり知的伝統が薄れてしまった分野ですね。

一般的にCOIN、つまり「対反乱作戦」というのは、

1,まず非殺傷手段を使いながら、現地の住民の安全を確保することに集中すべし

2,住民の安全確保とのバランスを考えながら、常に反乱側に肩入れする少数派のグループを明確に区別して、直接的な武力攻撃を行うべし

3,最初に大規模な都市部の住民の安全を確保するという戦略を採用し、これによって治安と安定をこの確保した地域から外に拡大させていく。

4,治安を確立できたところから、可能な限り速やかに、経済、政治、そして社会的な手段を統合させた、いわゆる包括的な全政府的アプローチを採るべし。

5,穴だらけの国境を塞ぎ、ゲリラ、テロたちの「聖域」を封鎖する。

6,正統性(レジティマシー)を強化するため、法に従った対反乱活動を実行する。

7,国内で戦略コミュニケーション計画を実施し、本国の国民に犠牲者の発生の伴う長期的な派兵を覚悟させる。反乱側の戦場間のつながりを分断する手段を考案するよう努力・検討する。

ということが言われているわけですが、これでも上の記事によれば「場合による」ということになり、一般的なドクトリンとしては採用できないような気が。

かくしてやはりワイリーのような状況対応型というか、順応型のほうがよいということになりますね。

そしてこれに必要なのは、なんといっても「相手」を知るためのインテリジェンス。現政府が「日本版CIA」の創設に意欲的な姿勢を見せているのも、ISISのような新たな脅威を知っておかなければならないという意味では当然なのかもしれませんが。



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by masa_the_man | 2015-02-21 22:00 | 日記 | Comments(2)
今日の横浜北部は朝から小雨で、気温もかなり低めです。今夜大雪になるとか。

さて、訳書のゲラ直しと確定申告が一段落したので、今日から本格的にブログとメルマガを再開します。

その第一弾として、昨日の生放送(http://live.nicovideo.jp/gate/lv208514155)でも触れたトピックの元記事の要約を。

シンガポールに住む「華人」が、中国本土から来た「中国人」とのアイデンティティの違いに戸惑いを見せているという興味深い内容です。

====

シンガポールの中国人問題
By タッシュ・アウ

●19世紀に建立されたシンガポールのダウンタウンにあるシアン・ホッケン寺院は中国の旧正月を迎え、普段にも増して華美な様子となっている。

●この時期は普段寺院などに行くこともない私のような人物でさえ、自分たちの伝統的な習慣を守るろうと努力するほどだ。

●このようないかにも中国的な場所で問題を考えるのは不思議な感じがするが、現在のシンガポールで生きるということは、つまり「中国人であること」に対して疑問を差し挟むことにつながるのだ。

●世界政治で台頭すると同時に中国は中国の文化や民族性というものを輸出しているのだが、これが海外の中国人コミュニティーの中で新たな緊張を生み出している。

●たとえば以前のシンガポールでは、中国系の人々は大まかに「中国人」(zhongguo ren)、あるいは「華人」(hua ren)と呼ばれており、前者は中国本土で生まれたり国籍をもっているひと、そして後者は民族・文化的な意味での中華系の人という違いがあるもの、その違いはあまり関係ないと思われていた。

●ところがシンガポールでは、この微妙な違いが中国人問題を考える際の核心になりつつあるのだ。

●シンガポールの人口の75%は中華系であり、そのほとんどが中国南部の閩南語を話し、19世紀前半に福建省から当時イギリスの植民地であった土地に移民してきた人々の子孫である。土着のマレー人と移民のインド人たちも19世紀にやってきており、彼らもこの土地の中で重要なコミュニティーを築いた。

●ところがシンガポールの建国において最も決定的だったのは、やはり圧倒的な数を占めていた中華系の存在である。

●1965年にシンガポールは独立したてのマレーシアから分離したのだが、これは中華系やその他の少数派の人々の処遇について、マレー系が多数派を占めるマレーシアの中央政府の敷くゆるい連邦制では意見が合わなかったためである。

●現在ではこの小さな中華系の少数民族居住地は、隣の資源の豊富なマレーシアよりも一人あたりのGDPにおいては5倍の規模を誇るようになっている。

●ところが現代のシンガポールではまさにこの経済力の台頭そのものが「中国人」というアイデンティティに疑問をもたらすようになってきたのだ。

●2013年にシンガポール政府は、2030年までに現在の530万人の人口を最大690万まで増やして経済成長を維持するという計画を記した白書を発表している。

●ところがこれほど人口密度の高い小さな島国でこのような計画は無理であるとして、激しい議論やデモまで発生した。現在のシンガポールの出生率の低さから考えると、この数を達成するには移民に頼るしかなく、必然的にこれは中国本土からということになる。

●一見すると、このような文化的融合には問題がないように思える。なぜならシンガポールの教育システムでは北京語(マンダリン)が英語に次ぐ第二公用語として扱われており、ほぼ50年前には香港や台湾で使われている繁体字ではなく、本土にならって簡体字を採用しているからだ。

●1970年代後半には政府が雑多な方言を禁止し、北京語を話すことを奨励するキャンペーンを開始している。儒教、仏教、道教に根ざした慣習や食べ物などの共通性もあるために問題がないとされたのだ。

●ところがシンガポールの中国系の人々と本土からの人々の間には大きな文化的隔たりは残った。その原因は現在の社会的な価値観と、まさに同化させようとした言葉そのものにあったのだ。

●たとえばシンガポールの活発なネット系メディアでは、本土からの移民に対する偏見が見られており、シンガポール側の人々は本土の中国人のことを下品で野蛮だと不満を訴えることが多い。

●たとえば最近シンガポールのネットで激論を巻き起こしたのは、綺麗な地下鉄の駅の床で用を足している中国本土から移民と思われる「中華人民共和国の女」(PRC woman)をめぐっての一件だ(※閲覧注意)。

●中国からの移民たちは逆にシンガポールの人々の扱いを冷淡であったり、北京語のしゃべりが下手なことが不満であり、「シンガポールの中華系は本物の中国人ではない」と感じているという。

●この緊張の結果が「双方向の外人嫌い」であり、同じ漢民族でありながら相手のことを「人種差別主義者だ」と非難する事態になっている。

●予測通りとして、これは文化的なアイデンティティの問題を引き起こすことになった。

●シンガポールの日常語は「シンガポール・マンダリン」という雑多な方言から英語の言葉まで取り入れた中国語なのだが、これはメディアで公式に使われている北京の「普通語」になる代わる見込みはない。

●とくに閩南語の方言はいまだに根強く、学校では北京語で教えて中国本土の生徒も受け入れるように指導されているのだが、主に富裕層から成り立っている中華系のシンガポール人は、中国語よりも英語のほうを気軽に使っている状態なのだ。

●日常でみかける中国本土の影響は逆にシンガポールの人々のアイデンティティを強めることになり、彼らは自分たちのことを「中国本土から来た人々の子孫」とは考えなくなってきたのだ。

●シンガポールの中華系の人々は過去に自分たちの中国人としてアイデンティティをマレーシアに対抗する意味で作ったのだが、今日の彼らは自分たちを中国から引き離そうとしている

●私のシンガポールの中華系の友人は日中間で尖閣問題による緊張が高まっていた去年の秋に日本へビジネスで行ったのだが、彼が私に教えてくれたのは「ぼくは自分が中国人ではなくてシンガポール人であることをまず日本人たちに知らせなきゃいけなかったんだ」ということだった。

●ところがシアン・ホッケン寺院で、私はいままさに旧正月の伝統的な儀式に参加しようとしているのであり、自分の周囲が中国らしさにあふれていることを否定できない。

●私が(北京語で)話したシンガポールの中華系の人々のほとんどは、いまだに自分たちのことを「華人」と認めていたり、中国とのつながりのある習慣や伝統を受け継いでいる。

●ところがこれらの伝統を新たな国家アイデンティティにつくりかえる中で、シンガポールの中国移民たちは単一の「中国人」というアイデンティティに疑問を呈するような複合的な文化を生み出したのだ。

===

生活水準が違っているところに(自分たちのルーツとはいえ)同じアイデンティティと思われていた生活水準の低いところから来た人がくることのギャップが生じているという点ですね。

たしかにシンガポールは中華圏の中でも異様な成功を収めたところですから、このようなギャップが生まれるのも無理はないのかもしれませんが。

それにしてもネットという新しいテクノロジーは、いままで見れなかった文化的な摩擦を可視化(例:PRCの女)したことによってアイデンティティ構築に貢献しているという意味では影響力が大きいですね。

来月早々に発売する本の中に出てくる「軍事における革命」(RMA)の議論でもありましたが、テクノロジーは「戦場の霧」を解消する方向に動くと思いきや、それが新たな摩擦を生み出す働きもするわけです。

シンガポール建国や、その際のリー・クワンユーの話などについては、私が翻訳したカプランの『南シナ海』の「シンガポール」の章にも簡潔かつ詳しく書かれておりますので、興味のあるかたはぜひそちらもご参照ください。




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by masa_the_man | 2015-02-18 11:00 | 日記 | Comments(4)
今日の横浜北部は朝から快晴でした。心なしか気温もかなり上がりまして、ここ数日とは打って変わって少し小春日和。

さて、またまた久しぶりの更新となりましたが、来月発売予定の軍事戦略本のタイトルと、いただいた候補の当選者をここで正式発表したいと思います。

まず正式タイトルは、『現代の軍事戦略入門 陸海空からサイバー、核、宇宙まで』です。

すでに番組のほうでも発表させていただきましたが、厳選なる審査の結果、投稿者の名前を伏せた状態で、タイトルの質だけを判断基準に候補を事務局と私でいくつか選び、その中から「ネット投票」という形で番組本番中に最終決定させていただきました。

当選者とそのタイトル候補は以下の通り。

最優秀賞(1本)

『現代軍事戦略入門』(abcde16 さん)

優秀賞(2本)

『現代戦略論入門ーこの一冊で戦略の全てがわかる。』( kankan109さん)

『 軍事戦略入門~陸海空全部これ一冊で解る~』( sdi さん)

ユニーク賞(2本)

『せんこれ(戦略これくしょん)』(舞猫さん)

『戦争できまぁ~す』( munemune さん) 

以上です。

ということで、当選者の方はこのエントリーのコメント欄にカギつきコメントでメールアドレスをお教えいただくか、私まで直接メールをください。

住所、氏名、電話番号を教えていただければ、発売と同時に出版社から直接献本として一冊お送りさせていただきます。

前回のカプランと同じように、今回も本当にたくさんのご応募をありがとうございました。




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by masa_the_man | 2015-02-12 08:00 | 日記 | Comments(4)
今日の横浜北部は快晴でした。気温も思ったよりは低くなかったですが、明日から雪だそうで。

さて、来月出る新刊のゲラチェックやテストの採点に追われていてまともに更新できておりませんでしたが、相変わらずISISあらためISILにたいする関心が高いようですね。

この辺の話題は私の専門外ですが、たまたま来月出る新刊や、私がいままで出してきた訳書の中に、日本でISILによるテロの発生を防ぐためのヒントのようなものが書かれておりましたので、そのエッセンス的なものを、以下に軽く書いておきたいと思います。

まずテロというか、反乱、革命戦争などと呼ばれるものは、それこそ人類の歴史が始まったのと同じくらい古くから行われております。

ところがそのメソッドというか、それをまとめて分析する形になってきたのは「最近」と呼んでもよいほど近年になってから。

もちろん初期のものとしては、両世界大戦の間の、いわゆる戦間期に、「アラビアのロレンス」ことT.E.ロレンスが『知恵の七柱』に至る様々な論文などで「アラブ(というかベドウィン)人とどうやってトルコを倒すべきか」ということを反乱勢力の立場からまとめて書いたものが目立ちます。

そして「革命戦争」という形で文献をまとめたのは、あの毛沢東。

ところが対反乱について本格的な著書が出てきたのは、元植民地が宗主国から独立を果たしはじめてからの60年代から。

たとえばアルジェリア戦争からフランスの士官のガルーラが、後に「油のシミ」と呼ばれるようになった、徹底した現地住民の懐柔を提唱する対反乱戦の四つの原則を提唱しておりますし、英陸軍の士官であったトンプソンも同じように対反乱側の正統性(レジティマシー)の重要性を強調してます。

また、CSBAの代表で、あの「エアシーバトル」というコンセプトの生みの親としても名高いクレピネヴィッチは、ガルーラたちの議論を80年代にあらたに復活させて、「今後の紛争は低強度のものになる」と言っております。

また、クレフェルトリンド、それにハメスなどは、それぞれ「非三位一体」戦争や「第四世代」の戦争、つまり軍同士ではなく、正規の軍と非国家主体などの非対称的な戦いが今後はメインになってくることを述べております。

また、キルカレンやペトレイアスなどの実務担当者たちも2000年代に入ってからドクトリンやマニュアルを発表(FM3-24など)しましたがこれらでほぼ共通して述べられているのが、テロリストや反乱勢力側にたいしてあらゆる社会的な手段を使って「現地住民の安全の保護」をすべきだということ。

ところがこれらはあくまでも「敵国」というか、自国ではないところで行われている反乱にたいするものなので、実際に自国でテロをどのように防ぐのかというところまでは理論化できていません

「なんだよ、結局国内でのテロは防げないのか」

というツッコミもわかるのですが、ここでは逆にわれわれの考え方を変える必要があります。そしてその際に役に立ちそうなのが、私が以前に翻訳した、あのワイリーの議論。
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すでにご存知のように、米海軍の士官であったワイリーは、戦略論の傑作である『戦略論の原点』という本の中で、「戦略の総合理論」なるものを提唱しております。

まあ「理論」といっても、これは単なる原則のようなものでしかないのですが、これが日本でのテロを防止する考えに応用が効くわけです。

論より証拠、まずはワイリーの「戦略の総合理論」を見てみると、以下のようなものになります。

1)いかなる防止手段が講じられようとも戦争は起こる

2)戦争の目的は、敵をある程度コントロールすることにある

3)戦争はどう発展するのか予測不可能

4)戦争における究極の決定権はその場に立ち、銃を持っている兵士が持つ

「なんじゃこりゃ、こんなシンプルなものでいいのか」という声も聞こえてきそうですが、これはかなり有益なものです。なぜならこれはそのままテロ防止対策にも(それ以外のものにも)応用できるからです。

ではテロ対策に応用してみましょう。「戦争」の部分を「テロ」に変えてみるとこうなります。

1)いかなる防止手段が講じられようとも(日本国内でISILによる)テロは起こる

2)テロ対策の目的は、テロの発生、もしくはその影響を、ある程度コントロールすることにある

3)テロはどう発展するのか予測不可能

4)テロ対策における究極の決定権は(警察や公安のような)現場の人間がもつ

となります。なるほど。

ワイリーの戦略理論というのは、戦争だけでなくテロ、さらには原発事故や感染症のように、万が一でも起こる可能性のある「最悪なもの」にわれわれの社会が対処していくための、ひとつの心構えを提供していると言えます。

もちろんやや無理はあるのかもしれませんが、このように一つの原則を他の分野に応用して考えてみるのも、思考実験としてはなかなか興味深いものです。



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by masa_the_man | 2015-02-05 00:00 | 日記 | Comments(0)