戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man

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今日の横浜北部は快晴でした。しかし風が強めだったおかげで、思ったより気温は上がった感じはありませんでしたね。

さて、ミアシャイマーが「台湾に別れを告げよう」という論文を書いて話題になっていることは、すでに日本のネット上の一部で話題になっているようです。

それについて触れたものが以下の記事。重要部分だけ抜き出します。

===

中台統一が合理的な選択と論じるミアシャイマー

 今回、ここで論じる「台湾放棄論」は、これまでの議論と論点が異なる。議論の対象として取り上げるのは、シカゴ大学教授で、歴史研究をバックボーンに「攻撃的現実主義」の国際政治論を展開するジョン・ミアシャイマーが、「ナショナル・インタレスト」誌(2014年3~4月号)に寄稿した「台湾に別れを告げよう(Say Goodbye to Taiwan)」という論文である。

 ミアシャイマーは、大国間政治の歴史に立脚した将来展望として台湾の運命を論じている。単なる政策論ではなく、将来の米中関係がどのようなものになるかという観点に立って台湾の選択肢を検討し、次のように結論づける。

 台湾は、独自の核保有が米中の反対もあって不可能であり、自らの通常戦力による抑止力強化も、防衛の戦争が台湾領土で戦うことなどを考えれば損害が極めて大きい上に、最終的に勝ち目がない。よって、香港型の高度な自治権を確保した形で中国との統一を図ることが、台湾にとって合理的な選択となる、としているのである。

===

ところが、この論文に対する反論が出てきました。

著者はトシ・ヨシハラとコンビで中国海軍についてよく書いている、ジェームス・ホームズ米海軍大学教授です。

とても面白かったので、いつものようにその記事の要約を。

===

ミアシャイマーは危険なほど楽観的だ
Byジェームス・ホームズ

●ミアシャイマーはたしかにすごい。彼は短い言葉の中に知恵を凝縮する才能に長けている。

●ところが短い言葉で説明するということは、そこで常に失われてしまう要素があることは否定できない事実だ。また、ミアシャイマーは少ない紙面の中に、多くのエラーを含む傾向がある。

●その一例が、最近の彼のナショナル・インタレスト誌に掲載された長論文である。シカゴ大学の教授であるミアシャイマーは、この中で自由主義陣営の台湾の終焉を告げている。たとえば彼は以下のように書いている。

現在の中国はまだ実質的な軍事力を持っていない。アメリカのものと比べれば、その軍隊はまだかなりの差で劣っている

●これはたしかに気休めにはなる。しかしこれは、中国共産党の紛争の歴史のすべての例にも当てはまった事実であることを忘れてはならない

●たとえば毛沢東の紅軍は、国民党との内戦初期には十分な軍事力を持っていなかった。紅軍は劣っており、しかもそれは蒋介石の国民党の軍と比べて、かなりの差をつけられていたのだ。

●その証拠に、国民党軍は紅軍を1930年代にほぼ消滅させており、毛沢東はこれによって紅軍を6000マイルも奥地に移動させる、有名な「長征」を行わなければならなかったほどだ。

●ところが紅軍は復活して勝利したのだ。劣った軍備は全てではないのだ。これはいわゆる「武器が全てを決定する」理論への良い反証だ。

●また、中国は1950年の時点で十分な軍事力を持っていなかったが、それでも不運な国民党軍を掃討できている、

●ソ連と日本、それに西側の軍隊の「お下がり」で武装していた人民解放軍は、米軍と比べて遥かに劣っていたが、その年の後半には朝鮮半島に武力介入している。「人民義勇兵」はマッカーサー率いる国連軍を混乱状態に陥らせて、アメリカ主導の「民主化された半島の統一」という試みを阻止している

●ワシントン政府は、南北朝鮮という戦前の現状維持状態で停戦せざるを得なくなったのだ。

●北京政府はこれによって「朝鮮戦争に勝った」と宣言することもできたほどだ。どのような見方をしたとしても、中国共産党は何十年も続いた内戦や対外戦争から復活することができたのであり、しかも超大国であるアメリカと、建国してたった四年の時点で戦って引き分けに持ち込んだのだ。これも毛沢東とその仲間たちにとって大きな得点であったと言える。

●過去の総司令官たちが証言するように、中国はギリギリ勝ったのだが、それでも勝ちは勝ちだ。しかも彼らはこれを「劣った軍事力」で獲得したのだ

●こうなると、ミアシャイマーの中国の軍隊に対する「実質的な」という評価の言葉に新しい意味が加えられることになる。

●もしある国家の軍隊が政治家によって与えられた任務を達成するのに十分な能力を持っているとすれば、それただ単に「実質的な」ということではなく「十分な」という意味になる。

●人民解放軍は、米軍が全ての軍事力を西太平洋に集中させようとしない限り、彼らを完璧に凌駕する必要はない。そのようなことを考えるのは、はじめから無駄なことだ。

●人民解放軍がやらなければならないのは、ワシントン政府が現在西太平洋に派遣している最強の米軍の部隊にたいして、一時的にでも優位に立つということだ。

●そしてこれは別に突拍子な話というわけではない。中国は全軍力を、米軍とそれを補完している同盟国軍の一部にたいして集中的に使用するだけで、目標を達成することができるのだ。

●もし地図上の決定的な地点で決定的なタイミングで米軍よりも強く出ることができれば、勝利のチャンスは増えるし、アメリカを失望させたり、背負いきれないようなコストを背負わせることもできるのだ。

●一般的に弱いと見られた軍隊も勝つことはできるのであり、これは歴史上でも何度も見られることだ。だからこそ、私がミアシャイマーの記事のリンクを日本の防衛省(海幹校)の知り合いに送った時に、日本人の呆れ顔を誘発することになったのだ。

●日本と台湾、そして東南アジア諸国にとっては地理的に厳しい状況であり、彼らは現地で中国の優位に近い将来直面する予感を毎日感じている。

●ミアシャイマーはたしかに国際関係の理論家として優れた学者かもしれない。しかし彼は中国の軍事力について、中国の戦略や作戦、戦術について知っている人だったら言わないようなことを、自信をもって語っているのだ。

人民解放軍がテクノロジー面においてアメリカに劣っているというのはたしかに一理ある。しかしその分析から「中国の物理的な力が足りない」と結論づけるのは、あまりにも楽観すぎるのであり、大きな勘違いをしてしまっているといえる。

●中国は特定のニッチな領域で優位を保っており、とくに対艦ミサイルの技術などでは米海軍や米空軍は有効な対抗策を持てていないのだ。

●しかも中国が戦場となる可能性の高い近くの地域で戦うことになったら、この脅威は倍増するのだ。

●もし中国がアメリカとその同盟国たちと格闘することになれば、このような優位を活用して自分たちよりも強力な軍隊と戦うこともできよう。きっと蒋介石とマッカーサーはその教訓を教えてくれるはずだ。

===

うーむ、ミアシャイマーは基本的に中国にたいして厳しい見方をしているわけですが、海軍関連の専門家であるホームズのほうがさらにその状況を厳しく見ているということですな。

ただしここでの問題は、中国が陸上戦ではたしかに「劣った武器で勝利」したかもしれないが、それが海という環境だったらどうなのか、という点が未知数なところですね。

ホームズが出している例は、すべて陸上戦の話だけなので。


by masa_the_man | 2014-03-31 20:59 | 日記 | Comments(1)
今日の横須賀は朝から激しい雨だったのですが、午後遅くになってからスッキリ晴れてきました。まるで台風一過後みたいです。

さて、アメリカの歴史家であり、保守派としても有名な知識人である、ヴィクター・ディビス・ハンソンの「アジア・ピボット」批判がナショナル・レビュー誌のサイトに掲載されておりましたので、その要約を。

===

張子の虎は戦争を生む
Byヴィクター・ディビス・ハンソン

●ルーズベルト政権は台頭する日本を見据えて「アジアに軸足を移すこと」を警告するようなコメントを出したことがある。

●この警告の本気度を示すため、彼は1940年5月に第7艦隊の母港をサンディエゴからハワイの真珠湾に移している。ところがこれには艦隊の実質的な強化は伴っていなかった。

●当時の太平洋艦隊の司令官であり、日本海軍の専門家であったジェームス・リチャードソン提督は、このような向こう見ずな配備替えについては猛烈に反対している。彼はこのような動きによって防禦が高まるというよりは、奇襲を受ける可能性が高まると感じたからだ

●リチャードソンはこれによって司令官を解任され、彼の経歴は終わってしまったのだが、実際に1941年12月7日に日本軍が真珠湾攻撃を行ったことによって彼の正しさが後に証明された。

●同時にイギリスはしつこく「シンガポール戦略」(Singapore Strategy)を推進しつつ、マレーシアの英軍の基地を「太平洋のジブラルタル」であると喧伝していた。ところがロンドン政府は、最新鋭の航空機や空母、もしくは銃砲などを太平洋に送らなかった。

●日本はこれらの動きに取り立てて関心を持たず、真珠湾の直後にこの基地を攻撃した。1942年2月に彼らはシンガポールで降伏したが、これは英軍にとっての最も不名誉な敗北であった。

●1949年までにアメリカはアジアで共産主義の拡大を「封じ込め」ることを決心していたが、ルイス・ジョンソン国防長官(彼は1948年のトルーマンの大統領選における財務担当のトップであった)でさえも海軍と海兵隊は時代遅れになっていると言明し、両軍の予算を大幅に削減しはじめたのだ。

●この後に「提督たち反乱」が起こったが、それも後の祭りであった。ところが毛沢東の中国とスターリンのソ連がアメリカの「空威張り」と実際の国防費の削減が無関係であることに気づいた。

●そのために、1950年6月に彼らは北朝鮮の韓国への進軍を許可したのだ。

●歴史の共通項として挙げられるのは、アジア太平洋地域というのが常に危険な場所であり、強い行動を求める声は、掛け金の釣り上げの結末に備えることとは違うということだ。威勢のいい言葉というのは、それを証明しようとする悪党たちの挑戦を促すことになる

●アメリカが現在の「アジアへの軸足移動」を、艦船、航空機、そしてマンパワーなどの増加という実質的な行動を通じて本気で実行するつもりがなければ、不本意ながら中国に従うか、核武装をするかの選択に直面しなければならなくなってしまう同盟国たちに対して、いくらわれわれの決意を胸を叩いて見せたところで、全く意味のないことになってしまうのだ。

●中国にとっては、われわれが防衛費をカットしながら自信を持って語ってみたところで全く心を動かされないのであり、これは戦前の日本が、米軍古くなった戦艦を真珠湾に単なるジェスチャーとして配備したところで何も感じなかったことと一緒だ。

●また、日本はイギリスの戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋艦レパルスが制空権なしにシンガポールに派遣された時に何も感じなかったことと一緒だ。

●米英の二つの動きは「抑止力」というよりは「攻撃目標」として見られたのであり、共に海の藻屑と消え行く運命となった。

●同様に、1940年代後半の「赤い中国の封じ込め」は、戦後のアメリカがアジア中に小規模な駐屯軍を派遣していながらも、新しい空母の調達をキャンセルしている状態では意味がなかったのだ。

●オバマ大統領の「アジアへの軸足移動」というのは、その発言を見る限り、かなり確固としたものになりつつあるといえる。

●ところがこのようなレトリックの問題は、その言葉が空約束であるだけでなく、その空約束がまったく予期できる形で空っぽであるという点だ。もし約束できないものであるとしたら、少なくとも彼はそれについて黙っておくべきではないだろうか?

●ロシア、中国、北朝鮮、もしくはイランなどは、心を動かされないどころか、そのような説教を単なる空約束であることを確信するだけだ。

●オバマ氏の脅しは、まるでギャンブラーが自分では気づかずに顔をひきつらせてしまい、相手に手の内の切り札がないことを知らせてしまうようなものだ。

●より賢明なやり方は、アメリカが侵略を抑止することができるのか、もしくは最初からやるつもりがないのか、それともその目標を実現するための能力がないのかを先に決定しておくことだ。

●われわれの安全保障の「限界」が確定しているとすれば、われわれは黙って同盟国たちと相談し、トラブルメイカーたちに次の一手を想像させ、もし必要とあらば侵略を阻止するために軍事力を使えばいいのだ。

●日本、台湾、韓国、フィリピン、そしてオーストラリアたちは、アメリカの大統領や国務長官が侵略者にたいして「19世紀のようなやり方は許しがたい」と述べたり、第三世界にたいしてホモを恐れるなと言ったり、世界にたいして気候変動を警告するよりも、アメリカの空母を実際に見た時に「自分たちの民主制度は安心だ」と納得する確率が高いのである。

●ロシアの場合もそうだ。われわれはロシアとの2009年の「リセット」が、オバマ政権が前のブッシュ政権が行ったグルジア危機のあとの制裁を解除するために行ったものであることをすっかり忘れている。

●たしかにこの時のロシアの行動は、アメリカがアフガニスタンとイラクで膠着状態になっており、ブッシュ政権は2006年の中間選挙で弱体化したことを見越してのもので、これはある程度予測できるものであったといえる。

●ポーランドとチェコで新たなミサイル防衛システムを設置しようとしたことや、核弾頭削減交渉の停止、モスクワとの公的なコミュニケーションの縮小、そしてイランをロシアの介入から孤立させようとする大胆な動きなど、これらはすべてモスクワに対して「周辺国に手をだすな」というメッセージを発する意図が込められたものであった。

●ところオバマ氏は、政権についたとたんに「米露関係を悪化させたのはブッシュ政権のグルジア侵攻に対する反応」であり、「ロシアの侵攻ではなかった」と宣言したのである。

●その結果が、赤いプラスチック製の「リセット・ボタン」であり、これが何も具体的な計画もないままに発せられ、ロシアでの人権侵害に対する声の大きいだけのレクチャーの前触れとなったのだ。

●われわれのロシアとの関係は、ブッシュ政権の時よりもはるかに悪化している。ウラジミール・プーチンは、単に抑止できなかった――リビア、エジプト、シリア、そしてイランの後に一体誰が抑止されるというのだろう?――だけではなく、クリミアやウクライナの件について、世界に向かってアメリカの道徳的な説教をくじくやり方を見せようと熱心に取り組んでいるのだ。

●プーチン大統領は、自らの非道徳的な力の誇示が、彼の「実力」ではなく――実際はその力は弱い――彼が実際に「持っている」と思われている力が、ロシア国内や不快な国外の勢力からの尊敬を集めていることを証明できた感じている。

●弱い状態でいることは時として危険である。ところが声を大きくしながら独善的でいて、しかも弱い状態でいるということは、本当に危険なことなのだ。

===

まさにディビス・ハンソンの面目躍如という議論かと。

この人は「西洋流の戦争方法」という、いわゆる戦略文化系の議論を行った人物として戦略研究でも有名な人物です。

ただし個人的には、ちょっと物事を単純化して見過ぎているような気がして、やや微妙な感想を持っております。


プロパカンダ&セルフ・プロパカンダCD

by masa_the_man | 2014-03-30 17:12 | 日記 | Comments(4)
今日の横浜北部は朝から晴れましたが、午後は少し曇りました。

さて、久々に本の紹介を。私が翻訳したことのあるロバート・カプランが、またまた新刊を発売しました。

今回のテーマは、なんと南シナ海。これは私が二年前に国際会議に出た時にあるBBCの記者に「カプランが書いている最中らしいぜ」と聞いたものです。

Asia's Cauldron: The South China Sea and the End of a Stable Pacific
by Robert D. Kaplan
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タイトルを直訳すると、「アジアの大釜」ということになりますが、Youtubeに上がっている出版記念講演会の話からすると、南シナ海が20世紀におけるミッテルオイローパ(中欧)のようなもので、ここが21世紀の地政学的な問題の中心地になる、というものです。

本は冒頭から本人が現地を旅した様子から始まり、これはまさに『インド洋圏が、世界を動かす』の書き方とそっくりでありまして、違うのは扱っている国と地域。

今回はベトナム、フィリピン、マレーシア、それに台湾や中国までが中心です。

これは見方を変えれば、私が翻訳した本の続編という形で見てもよろしいかと。

まさその時と同じように、現地に行って、政治家などに直撃インタビューなどをかましたり、現地でボートを借りて人々の生活から地域の歴史について思いをはせたり。

個人的にはスパイクマンの理論や、ミアシャイマーのような理論家の文献まで丁寧に引用している部分や「日本海」としっかり表記していることに好感(笑)がもてましたが、意外に中国に甘い見方をしているところが気になるところ。

ということで、南シナ海は「アジアの地中海」であり、「海の環境」であるために第一次大戦のような紛争にはならない、という予測など、なかなか知的刺激にあふれる、しかしながら適度にバランスのとれた興味深い分析をしております。

やや詩的な表現を多用しておりますが、本編は200頁弱なので、英語が読めるかたはぜひ挑戦なさってみては。おすすめです。

余談ですが、上の動画は本当に面白いですな。カプランが現地に行った時の取材の仕方の秘訣などについて語っております。

「印象に残ったことはすぐにノートにとれ」ということであり、「何度も長期滞在してみろ」、「現地の人に何も語られない中に真実がある」というのがその秘訣らしいです。


プロパカンダ&セルフプロパカンダCD

by masa_the_man | 2014-03-29 22:18 | おススメの本 | Comments(0)

もろもろお知らせ

今日の横浜北部は明け方は霧っぽかったですがよく晴れました。上着を使わない春の陽気でした。

さて、いくつかお知らせがあります。

すでにブログのトップのエントリーでもお気づきの方がいらっしゃると思いますが、四月から動画の生番組を始めます。

内容はまさにこのブログでやっているようなことでして、日本で入手可能な英字の新聞や雑誌の情報を紹介しつつ、そこに戦略論的なエッセンスを加えて解説する、という感じのものになりそうです。

実は私は最近「超」がつくほどの朝型人間になってますので夜は苦手になってきているのですが(苦笑)、とにかく生放送のある日だけは遅くまでがんばりたいと思っております。

それともう一つ。あの『大国政治の悲劇』の第二版(来月四月発売)が、いよいよ日本でも邦訳されることに決まりました。

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もちろん翻訳者は前回に引き続き私が担当することになったわけですが、翻訳エージェンシーによれば、初版の第十章40頁分がそっくり書き換えられており、残りはほとんど変わっていないとか。

そしてこの第十章は、なんと中国の台頭について相当詳しく分析しているらしいです。

私が他の仕事をやっているおかげで日本語版の発売は夏頃になりそうな雰囲気ですが、訳す私自身も非常に楽しみです。

ということで、簡単におしらせまで。


プロパカンダ&セルフプロパカンダCD

▼2014年04月11日(金)21:00~ 【無料】ニコニコ生放送
「奥山真司のアメリカ通信」

http://live.nicovideo.jp/gate/lv173796689

by masa_the_man | 2014-03-28 21:19 | 日記 | Comments(4)
今日の甲州は朝から曇りでしたが、午後になってようやく少し日が出てきました。

さて、国際政治から個人まで活用されている「プロパガンダ」について解説したCDを発売したわけですが、そのプロパガンダにからむ興味深い記事がありましたのでその要約を。

中国中央政府の情報統制とプロパガンダが、ネットのおかげで崩壊しつつあるということを、中国のブロガーが解説してくれたものです。

===

北京政府のプロパガンダの危機
by Murong Xuecun

●先月のはじめに中国国営の中央電視台(CCTV)は南部のセックス産業の中心部として名高い東莞市の様子をレポートする内容の番組を放送した。

●CCTVのレポーターたちはホテルやサウナ、それにマッサージなどの場所に隠しカメラを持って入り、売春婦のパレードや性サービスの交渉、そしてダンサーたちの赤様な様子を写しだした。

●もちろんCCTVのレポートは劇的なニュースではなかった。中国のほとんどの人間はこの町の評判を知っていたからだ。

●ところがこの放送の翌日に、われわれはそれが放映された本当の意味を知ることになった。政府がこの産業にたいして一斉取り締まりを数日間にわたって行ったからだ。

●この報道はネット上でCCTVにたいする強烈な批判を巻き起こすことになり、CCTVは選択的な報道や、女性の搾取、そして北京政府の言いなりであることを強烈に非難された

●この批判のムードを最もうまくとらえていたのは、「魂を売った人間というのは、身体を売った人間を見下すものだ」というコメントであった。

●批判があまりにも強烈だったために、CCTVはこれになんとか対応しなければならないと感じたのであろう。彼らはホームページにアップした声明で、「当局の信頼性の欠如が視聴者からの不満につながった」と認めている。

●この状況に、私ほど当てはまる人間はいない。実際のところ、中国人民の多くは、以前のような固い信頼をCCTVに寄せていない。彼らはもう北京政府のプロパガンダには飽き飽きしているのだ。

●プロパガンダというのは、過去60年以上にわたって共産党政府の統治を維持するための最も重要なツールの一つであった。政府と党にたいする惜しみない賞賛に加えて、プロパガンダは人々に道徳的な指針を伝えるために使われてきた。

●たとえば去年の11月に、テレビ番組や映画の猥雑さを教える番組が。CCTVで集中して放映されている。われわれは粗悪なものを見ないように促されたのだ。

●以前の私は、CCTVが世界で最も権威のあるニュース組織だと思っていた。1997年以前――たしかこの年にネットが登場した――のほとんどの中国人は、CCTVや数少ない国営の新聞以外の情報源をもっていなかったのであり、私はCCTVを無条件で信頼していた。

●たとえばCCTVが社会主義の素晴らしさを称えると、私も社会主義の楽園に生きていることを本当に嬉しく感じたものだ。資本主義の堕落した腐敗を酷評すると、ヨーロッパやアメリカの人々の受けている苦難に大きな同情を覚えたものだ。

●私は1989年6月5日に天安門で戦車の列の前に立ちすくんでいた痩せこけた青年についてコメントしていた、CCTVのアナウンサーの金切り声を今でも鮮明に覚えている。「もしわれわれの戦車がそのまま前進したら、あの哀れな取るに足らない人物は戦車の進行を本当に止められなかったはずです!」

●当時15歳だった私は「まさにその通りだ!戦車の兵士はなんて慈悲深いんだ!」と考えていた。

●私は長年にわたってBBC、CNN、そしてニューヨーク・タイムズの存在を知らなかった。これらの報道機関の名前を聞いても、私はそれらが反中の敵対的な西側にコントロールされていると信じきっていた。中国の多くの人々はいまだにこのように考えている。

●ところがインターネットがこれらのすべてを変えてしまった

●中国ではインターネットに制限がかかっているが、外の世界の情報は漏れて入ってくる。ネット初期の掲示板はブログの拡大を促すと共に微博のようなSNSの利用を増やした。公的な議論に参加する人々の数は増え続け、中国のプロパガンダ機構からは入手できない情報へのアクセスが増えてきた。

●私のCCTVへの信頼は1999年に落ちてしまった。そのきっかけは、何百万人も死んだ大躍進政策によって発生した飢饉について、CCTVの説明とは矛盾する情報をネットで読み始めたからだ。

●CCTVはこの期間に自然災害によって困難に陥ったと説明しており、1989年の天安門事件については「反革命的な暴動」だと説明していた。

●そして現在、私はこのテレビ局が毎日ウソを言っていることを知っている。CCTVは盲目の人権運動家で弁護士の陳光誠(chen Guangcheng)が違法に軟禁されていることについて全く報じていないし、運動家の李旺阳(Li Wangyang)の不可解な死については何も触れていない。また、近年になって何百万人ものチベット人が焼身自殺を行っている本当の理由について何も言っていないのだ。

●そして毎年政府にたいして正義を求める何千もの抗議活動が行われているにもかかわらず。CCTVは口をつぐんでいるのだ。

●最近ではマレーシア航空が失跡した時に、CCTVは全人代についての報道に切り替えている。133人もの自国民が乗っていた飛行機が行方不明な時に、CCTVは秘密会議によって出た結論にたいする調印式を放映することを選んだのだ。

●われわれはこれで目が覚めたのであり、自分たちの不満を表明することを厭わなくなってきたのだ。

●段々と多くの中国人が、中央政府の説明について疑問を呈するようになりつつある。

●彼らはそのプロパガンダのトーンややり方をバカにし始めており、道徳教育について反攻するようになっている。これはいわば、インターネットの時代に中国政府のプロパガンダ機構が危機に直面している、といっても過言ではないくらいだ。

●たとえば中国のネットには、人民日報が1958年に党の指示にしたがって「記録的な豊作だ」と報道してたのに、実際は人々が人的なミスから次々と餓死していたという事実を指摘したものがたくさんころがっている。

●ところが人民日報は記事を修正したり謝罪したことは一度もなく、ネット界の住人たちは、彼らにこの記憶を絶対に忘れさせないと誓っているのだ。

●政府自身もあざけりの対象から逃れられない。中国共産党中央宣伝部は、ジョージ・オーウェルの小説『1984』の中の「真理省」という名前でネット界でバカにされている。

●もちろんCCTVやその他の国営メディアが弱体化しているわけではない。彼らには莫大な活動資金があり、その影響力は巨大なままだ

●共産党の情報統制を制止する手段はない。しかし党はもう私の批判的な見方をコントロールすることはできないのだ。

===

クドいようですが、これも「インターネットというテクノロジー」によって人間(の社会)や世界観が変わってしまった、一つの典型的な例と言えるかもしれません。

それにしてもこの世はプロパガンダだらけです。

プロパカンダ&セルフ・プロパカンダCD
プロパカンダ&セルフ・プロパカンダCD

by masa_the_man | 2014-03-26 15:28 | 日記 | Comments(4)
今日の横浜北部は朝から晴れておりまして、しかもかなり気温が高め。今年始めて上着を持たずに朝から外に出ました。

さて、最近読んだある本で気づいたことを一つだけ。

それは、「時間には大きくわけて3つの捉え方(理論)がある」というものです。

いきなりこれを聞いただけだと意味がサッパリわからないのは当然でして、これを読んでいた私も最初は何を言っているのかわかりませんでした。

しかし読んでみて、たしかに納得。

「時間」というものについては、人類は大きくわけて3つの考え方を持っているということなのですが、それとまとめてみますと、以下のようになるらしいのです。

1,「混沌的」(chaotic)なもの。これによれば、時間は感覚的にどこにも向かっておらず、特定の方向性を持たないもの。

これに従えば、歴史上の事件というのは「ランダムに発生するもの」となる。原始人が最初に抱いた時間についてのイメージであり、小さな子供も同じようなイメージを持つ。仏教は人々に日常の習慣として、自分を空間や時間の関係や、自己そのものから解放することによって「涅槃」に到達することを教える。

2.「線的」(linear)なもの。これによれば、時間には「始め」と「終わり」があって、直線的な方向性を持って進むものであるというイメージを持つ。

これに従えば、時間は一つの特別な物語となり、そこでは「人類は進歩している」ということになる。キリスト教がまさにこの考え方の典型で、政治学の世界では、たとえばフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」などはこれの亜種。近代啓蒙主義から一気に広がりを見せていて、現在これを最も信奉しているのがアメリカであり、「アメリカン・ドリーム」や「明白な天命」、それにリベラル系の思想などと相性がよい。

3,「循環的」(cyclical)なもの。時間が進んでも季節や周期があり、方向性としては「繰り返す」というもの。

古代の伝統的な社会に多く、古代ギリシャのヘラクレイトスの「万物は流転する」という感覚から東洋の暦や干支などに多く見られる。基本的に人間はあまり「進歩」せず、世の中の物事は基本的に以前からの情勢を繰り返しているだけ、という風に見る。古代の偉人や英雄などを手本にすることを奨励する傾向あり。

ということです。

日本は基本的に3の社会でしたが、明治以降は2の思想が入ってきてややこしくなってきた、という風にも言えますね。

ちなみに「リアリズム」というのは3に近い考え方がベースになっているのかと思います。

基本的に「平和と戦争は繰り返す」という立場になるわけですので。


by masa_the_man | 2014-03-25 22:52 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部はやや寒かったのですが、朝から快晴の素晴らしい天気でした。日差しは「春」です。

さて、昨日のエントリーの続きを。

90年代に戦略学の分野で集中的に議論された、いわゆる「軍事における革命」(RMA)の主唱者たちが、

本物のRMAが起こるためには、技術面、ドクトリン・作戦面、そして組織面の、3つの分野でのイノベーションが必要だ

と言っていたことを踏まえて、私は、

日本の“ものづくり”を中心としたテクノロジーの考え方というのは、それ以外の(2つの)要素を無視しているために、バランスを決定的に欠いている

ということが言えるのでは、という分析をしたわけですが、最近入手した本の中で、これに加えるべき非常に興味深い記述があったので、それを簡単に触れたいと思います。

その本とは、

キッチンの歴史: 料理道具が変えた人類の食文化
ビー・ウィルソン (著), 真田 由美子 (訳)
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というものです。

「なんじゃ、料理関係の本か」

と思ったら大違い。門外漢が読んでも最高に面白い本です。

いくつかの新聞の書評欄には、すでに料理や文化に詳しい専門家による書評が載っておりましたが、どれもややマトハズレ的なコメントばかりでした。

なぜならこの本の真髄は、料理のための「道具」という、いわば「テクノロジー」の歴史の考察にあるからです。

しかも私がとくに注目したのは、この本の第2章のナイフの歴史についての説明のところで出てくる、「人間の歯並びが、ナイフの使い方の習慣の変化とともに変わった」という文化人類学者の見解を紹介しているところ。

詳しい説明は本書に譲りますが、ここで言及されているのは、人間の食習慣(ナイフとフォークを使って食材を細かく刻むテーブルマナーの普及)が変わったおかげで、ヨーロッパの人間のアゴの噛み合わせが、18世紀後半から劇的に変化したということです。

なぜこの例が前日の「テクノロジー」に関するエントリーとのからみで重要だと思ったのかというと、それはRMAの提唱者たちの主張する、いわば

「ハード」「ソフト」「組織」

という3つの分野でのイノベーションだけでなく、

テクノロジーによる人間自身の変化・順応

という決定的な「第四の要素」を忘れていることを思い起こさせてくれる、格好の例だと思ったからです。

これに似たような例としては、私が好きな、アメリカにおける19世紀の電信の発達の例があります。

この当時のアメリカでは、東部から流れてくるニュースを電信で伝達して、それを新聞にして印刷するということをやっていたわけですが、西部で新聞を作る際に、東部の方から流れてくるニュースに使用される言語が「標準化」されていないと、現地で新聞を印刷する時に支障が出てきてしまいます。

そのために言語が「標準化」され、いわゆる「客観的な言語によって報道する」というスタイルが確立され、これが現代のジャーナリズムの源流となった、という例があります。

これはいわば「電信」というテクノロジーが、人間が社会で使う言葉の「標準化」をもたらしたという一つの例でありまして、上記の「歯の噛み合わせ」ほどではありませんが、それでもテクノロジーによって人間そのもののが変化させられた、ということも言えるわけです。

フィクションの世界ですが、たとえば「ニュータイプ」になったアムロ・レイなども、テクノロジーによって変化した人間の一例かと。
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まとめて言いますと、もし日本が、現在のような技術やテクノロジーの大転換期に生き残っていこうとするのであれば、ハードウェア重視の「ものづくり」だけではなく、それ以外の「戦略やドクトリン」(=ソフト)や「組織」、そしてさらには第四の要素である人間自身も変わっていくものであり、変わっていかなければならない、ということです。

ではこのようなテクノロジーの変化における人間自身の変化・順応の重要性に気づいている米軍は、これ対して何をやっているかというと、それはひたすら

「教育、教育、教育」

であります。テクノロジーが進む時代には、それに順応できるだけの高い知識を持った兵士が必要、ということなんですな。

元米陸軍の軍人でジャーナリストとしても有名なラルフ・ピーターズは

結局のところ、本当の“革命”は人間の頭の中で起こる

という印象的な言葉を書いておりますが、これなどはRMAやテクノロジーの関係について、意外に深いところまで突いている言葉なのではないでしょうか。


by masa_the_man | 2014-03-22 22:18 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部はよく晴れましたが、午後から風が吹いて寒くなりました。

さて、私の長年の研究テーマ(?)の一つであるテクノロジーについて、最近ある文献を読みかえして感じたことがありましたので、それを少し。

RMAといえば、アメリカの戦略関連の文書を読んだことがある人でしたら、割合と馴染みのある言葉かもしれません。

これはRevolution in Military Affairsという言葉というか、コンセプトの頭文字をまとめた略称でありまして、日本語では「軍事における革命」という訳語が当てられております。

元々はソ連の軍人たちが1970年代後半あたりにアメリカで進化する軍事技術の質的な面での革命的な向上に注目して、これを論じ始めたのがきっかけだとされております。

80年代半ばにソ連のオガルコフ将軍が「もっとコンピュターなの情報通信関連への分野への投資をしろ!」と何度も進言していたことでピークを迎えたわけですが、ソ連側の研究はソ連の崩壊であっけなく終了。

ところが当のアメリカ側は湾岸戦争(1991年)の圧倒的な勝利を受けて、とくに国防省周辺の人間たちが「なぜアメリカは戦争に勝てたのか」を研究するうちに、「技術面で革命が起こっている!」と結論づけたわけです。

その成果の一つが、1992年にペンタゴンの相対評価局(ONA)で内部文書として発表された、アンドリュー・クレピネヴィッチ(Andrew F. Krepinevich)の画期的な論文でありまして、その2年後にはナショナル・インタレスト誌で公開されております。

ちなみにクレピネヴィッチは、あの「エアシー・バトル」というコンセプトを提案した、ペンタゴンに近いシンクタンクである米戦略・予算評価センター(CSBA)の代表なんですが、これは関係ないので置いておきます

そのクレピネヴィッチの有名論文の題名は

●「騎兵隊からコンピュターへ:軍事革命のパターン」
Cavalry to Computer: The Pattern of Military Revolutions”(PDF)

というものでして、RMA関連の研究をする人で読んだことのない人は「モグリ」と言われるほど有名な論文。

ところネットで検索した限り、日本ではあまりこの論文の中身について言及している人はいないようなので、簡単にここでクレピネヴィッチが説明している「軍事技術革命」(Military Technological Revolution: MTR)というものを説明しておきます。

クレピネヴィッチは、この「軍事技術革命」というものが、14世紀から数えると、少なくとも10回起こったと分析しております。

以下はその10回の「革命」のポイントをその論文から抜き出したもの。

1,歩兵革命(the Infantry Revolution):長弓の技術が戦術面での革新と相まって、戦場における支配的な存在が騎兵から歩兵に移り変わることが可能になった。

2,砲術革命(the Artillery Revolution): 砲身の長大化、冶金技術の革新、そして火薬の性能の向上などによって砲兵が強力かつ安価になり、それにともなう攻城戦における組織変化のおかげで、城を守る側が不利になった。

3,航海術と射撃の革命(the Revolution of Sail and Shot):船の動力がオールから帆に変わり、これによって船に重量のある大砲を載せることが可能になって、戦艦が「浮上している兵士の要塞」から「砲台」に変わった。

4,要塞革命(the Fortress Revolution): 低く厚い壁の登場によって大砲の効果が薄れ、優位が攻撃側から防禦側に移った。

5,火薬革命(the Gunpowder Revolution):マスケット銃という技術革命が、横隊的(の次に方陣的)な戦術へのドクトリン面での変化とともにもたらされたもの。

6,ナポレオン革命(the Napoleonic Revolution):産業革命と兵器の大量生産 によって大陸軍の登場を可能にしており、これによって野戦軍の規模が桁違いの大きさになった。

7,陸上戦革命(the Land Warfare Revolution):鉄道や電信のような新しい民生技術が戦略的な機動性を向上させ、指揮官が戦場で大規模な部隊を維持しながら広範囲に分散した作戦を協調させることができるようになった。

8,海軍革命(the Naval Revolution):帆船が蒸気船に、そして木造船が鉄造船に変わったことによって、より重く大規模な戦艦や大砲が実現し、いままでの舷側に大砲を積むような戦術から新しい戦術の採用につながった。

9,戦間期の革命(he Interwar Revolutions in Mechanization, Aviation and Information,):これは機械化、航空機、そして情報面で起こったもの。機械・通信面での技術革新は、最終的に航空機と機械化された部隊を使用したドイツの電撃戦における統合作戦につながった。

10、核革命(the Nuclear Revolution ):核兵器の登場によって起こったものであり、ドクトリンの理論化や弾道ミサイルの登場とも相まって、超大国の軍の中に新しい組織の創設を促すことになった。

ということです。

軍事に興味のない人にとっては「だから何よ?」ということになるかもしれませんが、私が今回ここで言いたいことは、このような軍事における「技術」の変化の部分。

というのは、これを読み返して私が非常に気になったのは、クレピネヴィッチたちが、後にこれを「軍事技術革命」(MTR)という言葉から、「軍事における革命」(Revolution in Military Affairs)という言葉に言い改めたからです。

なぜ改めたのかというと、「軍事技術革命」という言葉だと、日本語でいうところの「技術」、つまりハードウェア面での革新や革命という意味が強調されしまうという点を心配したからなのです。

実際の上記のような革命というのは、たしかに技術面でのイノベーション、いわゆる「ものづくり」的なところが重要のように見えますが、クレピネヴィッチをはじめとする人々が後に説明したのは、

本物のRMAが起こるためには、技術面、ドクトリン・作戦面、そして組織面の、3つの分野でのイノベーションが必要だ

ということなのです。

これをいいかえれば、テクノロジーによって本物の革命的な変化が社会(や戦争)に起こるためには、技術の「ものづくり」的なハードウェアの部分だけではなくて、それを運用するためのソフトウェア(戦略やドクトリン)、そしてそれを使用できるようにする人間の集団の「組織の構造」までも変わらないとダメ、ということです。

つまり大きな変化に必要なのは、「技術」と「ソフト」と「組織」である、ということなのですが、われわれ日本人はどちらかといえば「技術」の部分だけに意識を向けすぎであり、それ以外の2つを軽視しがちな傾向があるのかと。

結局私が何を言いたいのかというと、日本が社会全体(というか経産省が主体?)で推進している日本の「ものづくり」を中心としたテクノロジーの考え方というのは、それ以外の要素を無視しているためにバランスを決定的に欠いていることを、実は上の論文の示唆するところから学べるのではないか、ということです。

そしてさらに気になったことがもう一つあるのですが、このつづきはまた明日のブログで。


by masa_the_man | 2014-03-21 22:07 | 日記 | Comments(18)
今日の横浜北部は午後から曇りでした。また気温が下がってきましたね。

さて、昨日に引き続き、今日もリアルタイムで状況が動いているウクライナ情勢に関する分析を、すでに流したメルマガから。

前回は、焦点になっているクリミア自治共和国内の人種構成から、

1,ロシア系
2,ウクライナ系
3,タタール人

というパワーの関係があり、これを「バランス・オブ・パワー」の観点から、

1位のロシア系が3位のタタール人と組んで、2位のウクライナ系を抑え込もうとしている

という「分断統治」のメカニズムを指摘しました。

もちろんその後に色々新しい動きが出てきましたので、これを踏まえた上で、さらに分析を進めてみようと思っております。

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まず注目していただきたいのは、西側のメディアで、クリミアの「3位」のタタール人を支援すべきだ、という論調の記事がいくつか出てきたことです。たとえばNYタイムズ紙は、

過去を知っているタタール人の多くはロシアの将来を心配している

という報告記事を出して、「タタール人はロシアを恐れているぞ!」ということを指摘しております。

これと似たような記事については、私もブログで紹介しております。

クリミアのタタール人を救え

(引用はじめ)

しかし人間的な面でわれわれが本気にならなければ問題は、クリミアのタタール人である。

●イスラム系のタタール人は、ロシア帝国がオスマン帝国が彼らの住む半島を割譲したときから何度も迫害にあっており、スターリンは民族浄化を試みているほどだ。

●1944年にはタタール人のほとんどが中央アジアやシベリアに強制移住させられており、その半分近くが殺されている。

●もちろんガス室や強制収容所があったわけではないが、タタール人の恐怖を理解するのに一番わかりやすいのが、ドイツに突然占領されてしまうことを恐れていた東欧のユダヤ人の例である。ちなみにドイツはこのホロコーストの責任に関してはまだ認めていない。

●たしかにこれが過大評価だと感じられても仕方ない部分はある。しかし、クリミアで暴徒がタタール人の家の扉に黒い塗料で☓印をつけて回っていると報じられており、これは1944年のユダヤ人の国外追放を思い起こさせるには十分なものだ。

(引用おわり)

どうでしょうか?

たしかにこの記事を書いた著者の言う通り、クリミアのタタール人というのはまさに戦前のユダヤ人のような迫害を受けた過去を持っているという点では間違いないでしょう。

しかし私が特に気になったのは、どうして今のこのタイミングで、西側のメディアからタタール人の過去や悲惨な状況に注目したこのような記事が出てきたのか?という点です。

繰り返しになりますが、ついこの間までのクリミアでは

1位のロシア系が3位のタタール人と組んで、2位のウクライナ系を抑え込もうとしている

という構造があったわけですが、もし西側がこれに対抗しようとすれば、いままで「2位」のウクライナ系を支援するだけではダメ

では、さらに何をしなければならないかというと、「3位」のタタール人を取り込むことによって、1位」のロシア系を孤立させるという、同盟構築作業が必要になってくるわけです。

これをもっとわかりやすくいうと、現在ウクライナ国内のクリミア自治共和国内で起こっているのは、

●ロシアの狙い:ロシア系(1位)とタタール人(3位)でウクライナ系(2位)を孤立

●西側の狙い:ウクライナ系(2位)とタタール人(3位)でロシア系(1位)を孤立

という人種構成をめぐる争いなわけです。そして、ここでポイントになるのは、

ロシア(露)系とウクライナ系(西)の、どちらがタタール人を取り込むか

という争いの行方です。ややうがった見方かもしれませんが、西側のメディアが、あたかも"タタール人へのシンパシー"を駆り立てるかのような報道をしているのは、

クリミア内の3位であるタタール人を支援することで、間接的に1位のロシア系に対抗しよう

という意志があるからだ、という分析もできるのです。

「いやいや、おくやまさん、それはいくらなんでも考えすぎでしょう」

と、今回もツッコミが入りましたね・・・

確かに、このような報道は、純粋に「ロシアは嫌だ!」というタタール人自身からの働きかけで書かれたのかもしれませんし、記者たちが純粋にジャーナリストとして報道しなければならない!という正義感から書いている記事なのかもしれません。

しかし、ここで敢えて本ブログの読者の皆さんに考えて頂きたいのは、このような西側メディアの報道が、西側の「ウクライナ系支援」というアジェンダを持った「プロパガンダ」に利用される可能性を(間接的にせよ)持っているという点です。

そして、これは「善悪」では割り切れない、国際政治をめぐるメディアの役割の実態をそのまま暴きだしているとも言えるのです。

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今回ご紹介したような報道から見えてくるのは、クリミア内部の人種構成の中に「バランス・オブ・パワー」の概念が教えるメカニズムが見えてくる、ということです。

前回と今回の分析から導かれる「バランス・オブ・パワー」のエッセンスをまとめると、以下のようになります。

●1位は、3位と組むことで、2位を抑える(強者による分断統治
 ※ロシア+タタールでウクライナに対抗

●2位は、3位と組むことで、1位に対抗する(弱者連合、バランシング同盟
 ※ウクライナとタタールで、ロシアに対抗

読者の皆さんの中には、前回と同様に、

「うわー、汚いなぁ・・・」

と思われた方もおられると思います。

ですが、冷静に考えてみると、これはあらゆる人間集団において観察されるメカニズムであり、程度の差はあれ、我々はこのような<冷酷な現実>から逃れることはできないのです。

アリストテレスは、「人間は社会(ポリス)的な動物である」と言いました。

そして、このような人間と社会に付き物の、集団のメカニズムの存在を冷酷に理解することが、国際政治をはじめとする、あらゆる人間の集団の営みを理解するための第一歩なのです。

クリミア編入を踏まえた続きの分析については、次号のメルマガでやります。


by masa_the_man | 2014-03-19 20:27 | Comments(19)
今日の横浜北部は朝から快晴でありまして、暖かい上に風が強い。こりゃ春一番ですな。

さて、すでにメルマガのほうに流したウクライナ情勢に関するものを、参考までにここにも転載してきおきます。

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クリミア半島におけるロシアの動きが非常に勉強になるものでしたので、これについて簡単に分析してみます。

「バランス・オブ・パワー」(Balance of Power)という概念は、多少なりとも国際政治を学んだことのある方でしたら、聞いたことがあるかもしれません。

この概念は「リアリズム」の理論では極めて重要なものでして、国家の大きな動きを教えてくれるものであるとされております。

「お、奥山はまた横文字か・・・」

というツッコミが、今回も入りましたね・・・(苦笑)

それでは、横文字はやめて「勢力均衡」、または「合従連衡」(がっしょうれんこう)と言えば、ピンと来る人もいるでしょうか?

もちろん論者によってこの「バランス・オブ・パワー」という理論の解釈は分かれるわけですが、大枠ではいくつかの原則があるといえます。

私が現在書いている地政学の本や、すでに発売している10巻ものの「地政学講座」CDなどでもこの理論について説明しておりますが、ここでもこのエッセンスを簡潔にお伝えしたいと思います。

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まず、すでに十分な力をもった「覇権国」があるとしましょう。

皆さんが、ここでパッと思いつくのはアメリカだと思いますが、今回のケースではロシアを想定してください。

この「覇権国」が、他国に対して「影響力を保持しておきたい」と目論んでいるとします。

つまりロシアが常に、ウクライナやクリミア半島で「力を維持したままでいたい」、「ナンバーワンで居続けたい!」と思ったということです。

※まあ、実際その通りなんですが・・・(笑

この場合、「覇権国」が採用する典型的な戦略が、

分断して統治せよ」(divide and rule)

というものでして、他国の力を弱めておくために、その国の内部の勢力同士を分断して争わせておくわけです。

また、このように「分断」しておけば、それぞれの国が「覇権国」に対して、まとまった勢力として歯向かってくることがないので、覇権国側としては安心、ということになります。

「うわー、汚いなぁ」

と思われましたか?

ですが、あらゆる「覇権国」というものは、多かれ少なかれ、このようなことを歴史上何度もやってきております。

その分かりやすい例として、往年のイギリスの政策がありまして、アイルランドをカソリック(南)とプロテスタント(北)で分断する、ですとか、インドからイスラム系のパキスタンを分離させる、といったことを冷酷に実行しております。

このことによって、それぞれがいがみ合い続けるわけですから、たとえ支配体制が終焉したとしても、その時の恨みを秘めた被支配者側が、一致団結して元支配側に歯向かってくることはない、というカラクリなわけです。

まさに「分断」して「統治」する、という悪賢い知恵です。

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では、今回のウクライナ情勢下ではどうなるのか?というと、とりあえず2つのレベルで考えることができます。

まず1つは、ロシアが「ウクライナ全体」に対して行った「分断」政策。

これはウクライナの内部のロシア系の住民を使って、たとえばクリミア半島だけをロシアに併合したり、そのための支援をしたり、または直接軍隊を派遣して、分断を図るというものです。

これはクリミアに現在侵入していると言われている、「謎の武装集団」(笑)を使って、ロシアはすでに実践中。

ただし私が今回特に注目したいのは、もっと<ミクロなレベル>での分断政策です。具体的には、ロシアがクリミア自治共和国側に対して仕掛けている、「分断統治」の工作です。

まずは以下のニュースを御覧下さい。

クリミア差し出しウクライナ救うか、対プーチン戦略にジレンマの欧米
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このデータによれば、クリミア自治共和国内部の人種構成は、人口が多い順に、

1,ロシア系
2,ウクライナ系
3,タタール人

ということになります。

そしてこの構成を念頭においているロシア側が、今回どのような行動に出ているのかというと、

ずばり、<少数民族であるタタール人の取り込み

です。

たとえば以下の報道を見てください。

ウクライナ:「ロシア入り」思惑先行…クリミア地元幹部

(転載はじめ)

クリミアでは、編入を危惧する先住民族クリミア・タタール人に配慮する発言も出始めている。アクショーノフ首相は10日、タタール人側に副首相と2大臣職などを提示するとロシア通信のインタビューで表明した

(転載おわり)

これは、クリミアの支配を強めたいロシア系(というかロシア政府)側が、少数民族であるタタール人にもっと大きな権限を与える、ということになりますが、賢明なる読者の皆さまはもうお気付きの通り、これは「バランス・オブ・パワー」の原則に則った、極めて戦略的な動きです。

私は、講演やCDなどで、何度もこの考え方を述べておりますが、覇権国側、つまり<1位である側>がとるべき戦略は、

3位と連携して、2位を抑える

というものです。

これをクリミア内部の状況にあてはめると、前述の通り、クリミア自治共和国の内部の人種構成は、

1.ロシア系/2.ウクライナ系/3.タタール人

ですから、「1位」のロシア系は、

タタール人と連携して、ウクライナ系を抑える

ということになります。

こうすれば、クリミア自治共和国内における、ロシア系の「覇権」状態は維持されます。

もちろん「ロシアと通じてウクライナ系を抑える」という役回りを演じさせられることを警戒しているタタール人もいるため、このままスムーズにロシアの思惑通りになるとは限りません。

しかし、ロシア側にしてみれば、「強い側が弱い側を弱いままにしておく」ということは、戦略の基本中の基本ですから、こうせざるを得ない、という事情もあるわけです。

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今回、簡単に説明してきた通り、「バランス・オブ・パワー」のメカニズムだけでなく、「分断して統治せよ」などという手法も、国家間の国際政治のレベルのみならず、国内レベルでも作用しているものです。

このような、典型的な「リアリスト」的な発想のもとに、現実の国際政治の上で、様々な行為が行われております。

われわれ日本人は、この辺のロジックを肝に銘じておくべきです。


by masa_the_man | 2014-03-18 20:51 | 日記 | Comments(5)