戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日の横浜北部は朝からまたまた快晴です。気温は低いですが、相変わらずいい天気。

中国の防空識別圏にかんする話題なんですが、アメリカの国務省が米系の航空会社にたいしてこの空域を通過する場合には飛行計画書を提出するように指示した(?)というニュースが出てきてますね。日本と韓国の航空会社はハシゴを外された形になるのでしょうか?

これは数日前のB-52を2機飛ばして無視したニュースと矛盾しているようですが、対中強硬派である国防省との方針の違いという意味でいけばまあ不思議ではない内容かと。

さて、それに関連して中国側の反発がよくわかる設置宣言当初の意見記事が面白かったので、以下がこの要約です。日米両国は二重規範(ダブルスタンダード)という反論。

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防空識別圏についての日米の論理はふざけている
by 新華社通信記者 Wu Liming(25日)

●中国は(先週の)土曜日に東シナ海上空に防空識別圏を設置することを宣言したが、それにたいするアメリカと日本の反応は、ある意味でふざけたものだ。

●彼らの論理は単純だ。それは「中国ができないことをアメリカはやる」という立場だからだ。これは中国の格言で「行政官は家を燃やす権利はあるが、庶民は火を灯すことも禁じられている」というものと同じだ。

●ご存知のように、防空識別圏を1950年に最初に設置したのはアメリカであり、その後に20ヶ国が続いた。ワシントン政府はこれを当然の権利と見なしつづけている

●ところが中国がこれを行おうとするとワシントン政府は様々な「懸念」があるとすぐに声明を発表している。ジョン・ケリー国務長官は土曜日に憂慮を表明しており、「東シナ海での現状維持状態を変更させる試みの一つ」の可能性と、当地域の緊張とリスクを高めると恐れている。

●安部首相も月曜日に日本政府として深刻な懸念があると表明している。

●日本は防空識別圏を1960年代に設置し、さらには尖閣諸島の上空を一方的に含めてしまっている。ところが中国が同諸島を含めると、東京政府はすぐさま「受け入れられない」と発表しており、さらに安部首相は中国の動きを「危険」であると言っている。これは完全に無茶で非合理的だ。

●一言でいえば、日米政府は二重規範(ダブルスタンダード)を追求しているのだ。

●尖閣問題は今回の防空識別圏の問題の核心にあることは明らかだ。すでに広く知られているように、状況を悪化させて東アジア全体の安定を崩した責任は日本側にあり、中国は領土の統一を守るために反応せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。

●日米両政府は中国がアジア太平洋地域の安定を崩しつつあると非難しているが、このような非難を行うことによって、逆にこの地域の平和と安定へ脅威を及ぼしているのは日米両政府なのだ。

●アメリカの国家安全保障アドバイザーであるスーザン・ライスは、米海軍の6割の兵力を太平洋地域に派遣することを言明しており、これによってこの地域に最新兵器を供給するという。

●日本では安部首相が、11年ぶりに防衛費を上昇させたり、軍事演習の頻度を上げたり、さらには日本の平和憲法を改正する意図を表明するなど、極めて憂慮すべき行動をとっている。

●尖閣諸島は中国固有の領土であり、中国の東シナ海における防空識別圏内に含まれるのは自然なことだ。したがって、白を黒と呼ぶようなトリックを使いつづけているのは日米両国のほうである。彼らがこれを止めるのは今しかない。

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この前提にあるのは「自分たちは絶対に悪くない」という信念です。そして悪いのはお前だ、と。

彼らのこのような思考様式を知るのはとても大事なことかと。


by masa_the_man | 2013-11-30 12:48 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部も朝からよく晴れました。相変わらずいい天気が続きます。

さて、引き続き中国の「防空識別圏」についての話題を。またNYタイムズの記事です。

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中国の新たな防空識別圏:オバマ政権の対中戦略の見直しへ
By マーク・ランドラー

●先週末に対外政策やリスク分析の専門家たちがイランとの核関連の取引に引きつけられている間に、世界の反対側では次の大きな地政学的危機が、中国と日本の間で人気のない島々や荒れた海をめぐって始まっていた。

●アメリカは中国がこの島々の上空の空域をコントロールしようとしている状況にたいして、B-52爆撃機を二機飛ばして異議を唱えたが、この事件そのものはオバマ大統領にとって絶好のタイミングで中東から目を東に向けさせることになった。

●オバマ氏のアジアへの「軸足移動」や現在の「リバランス」というのは、どちらかといえば行動のともなわない単なるレトリックであった。しかしバイデン副大統領が来月に中国、日本、韓国に訪問することもあり、オバマ政権はこの政策を見直すチャンスを得ることになりそうだ

●ブッシュ政権でアジアのアドバイザーであり、現在はCSISに所属しているマイケル・グリーン氏は「今ひとつ明確ではないのが、彼らがこれを管理すべき日中問題として見ているのか、それとも北京との長期にわたる我慢比べと見ているのかという点です」と述べている。

●グリーン氏によれば、もし後者であるとすれば、アメリカはこの地域に戦力投射しなければならないし、日本やフィリピンのような同盟国の防衛力の強化に動かなければならないし、中国の沿岸部を囲んでいる国々に中国の侵略的行為にたいして統一して囲い込むように外交的に働きかけなければならなくなるという。ただし問題は「オバマ政権は中国を封じ込めているように見られないように、非常に気を使っている」という点だという。

●これらのそもそもの原因は、日本が実効支配していながら中国が領有権を主張し、その周辺に資源が埋蔵されていると噂されている「尖閣諸島」という小さな島々にある。

●この領有権争いは世界第二位と三位の経済国同士の危険なにらみ合いへと急速に発展しており、帝国時代の日本の行為についての古い記憶を呼び起こし、保守派の日本のリーダーである安倍首相と、ナショナリスト的な波に乗る中国の習近平主席を戦わせることになっている。

●このような微妙な問題のため、バイデン副大統領のアドバイザーたちは、この紛争の話題はどの会談でも取り上げられるはずで、TPP推進や北朝鮮の核対策などの議論が犠牲になる可能性があると見ている。さらにバイデン副大統領は、安倍首相と韓国の朴槿恵大統領の間の敵対関係をどのようにマネージするかの決断に迫られている。

●今週の水曜日にオバマ政権のある政府高官は「中国の周辺国にとって看過できないような不気味な行動パターンが出てきている」と述べている。これはバイデン副大統領がアジアで伝えるはずのメッセージを予見したものだ。ところが同時にバイデン氏は、北京に出向いて新しい対外政策の方針(外交的な言葉でいえばやんわりとした処罰)を伝えるわけではない。

●オバマ大統領のアジア政策には、中国との「協力」と「封じ込め」という微妙なバランスが求められており、これこそがここ二週間ほどにおける政権から発せられる複雑な声明となって表されている。北京政府側の今回の挑発的な行動の直前にスーザン・ライス国家安全保障アドバイザーは「アメリカが新しい大国関係のモデル」を探っていると言明している。「これはつまり、避けられない競争を管理しつつ、利害が一致するところはさらに深い協力関係を固めるということです」と彼女は言っている。

●ライス氏は中国とその周辺国との領土紛争(これは東シナ海における日本だけでなく、南シナ海におけるフィリピンやベトナムとのものも含む)に関して、「すべての関係各国に強制力の発揮や侵略行為をやめさせて、国際法や規範にのっとって主張をするよう」求めていくと言明している。

●これを批判的に見る人々の中には道徳論的な匂いを感じたと指摘する人もいる。なぜなら強制や侵略というのは、中国が現在小国にたいして行っているものだからだ。ところが土曜日に北京政府が尖閣諸島の上空を含む広大な防空識別圏(ADIZ)を主張すると、アメリカは本気の行動に出た

●ジョン・ケリー国務長官は中国による「エスカレーション的な行動」をすぐさま非難したり、国防長官のチャック・ヘーゲルは米軍がこれによっていままで行ってきた作戦行動を変えるつもりはないと述べており、実際にグアムから中国沖への日常任務として非武装の爆撃機を派遣している。

●オバマ政権の高官は、中国の国際空域にたいする怪しい宣言を引っ込めさせることが重要であると述べている。中国側の方針は、外国の飛行機がこの防空識別圏を通過する場合には身分を伝え、飛行計画をあらかじめ伝えておかなければならないということであり、しかもこれは中国の領空を飛ばない場合でも必要だというのだ。

●アメリカは予告せずにこの空域にB-52を飛ばしたのだが、これによってバイデン氏はタフガイをわざわざ演じる必要がなくなった。しかし専門家によれば、彼は習近平主席との会談で「アメリカが中国の動きを間違ったものであると考えている」と明確に伝えなければならないという。

●クリントン政権で中国専門のアドバイザーを務めたケネス・リーバーサル氏は「とくに日本がこれに同調する場合、中国側は何度もスクランブルを仕掛けてくるようになるでしょう」と述べている。

●しかしバイデン副大統領はこのような経験を豊富に持っている。2011年の北京訪問の時に、彼は中国政府高官たちにたいして、中国機がアメリカ機に異様なほど接近している様子を撮影した写真(撮影したのは米偵察機のパイロット)を見せているのだ

●バイデン氏は習近平氏と個人的な関係を築いてきた。二人は習近平氏がまだ副主席だった時代に中国国内やアメリカ国内を一緒に旅しており、これによって中国のリーダーたちが国内からの強烈な圧力(最近の中国国内の危険な経済改革によって)にさらされていることについて知ったようだ。

●ブルッキングス研究所の上級研究員であるチェン・リー氏は「中国の様々なメディアでは、この経済改革についての紛争が話題になってます。ただしアメリカはアジアの国々にとって主権に関する問題がどれほど重要なのかを理解できていません」と言っている。

●しかもこの緊張はさらに高まっていきそうだ。中国海軍は唯一の空母を南シナ海に派遣しており、東シナ海ではアメリカの空母機動部隊が以前から計画されていた日本の軍艦との共同軍事演習を行うことになっている。

●この海域にはあまりにも火力が集まっているために、専門家の中には両側にとって計算違いが起こる危険があることを指摘するものがいる。まずは東京を訪れるバイデン氏は安倍首相にたいして自制を促すことになると見られている。

●しかし中国関連の専門家たちによれば、よいニュースは習近平主席が軍事的な冒険よりも中国経済の改革のほうに関心を持っているという点だ。リー氏は「戦争勃発の確率はまだ低いです。それでも事件によってリーダーたちが決断を迫られてしまうような事態というのは起こりうるのです」と言っている。

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次の動きは来週のバイデン副大統領のアジア歴訪ですね。

それにしてもアメリカのような爆撃機派遣とか、中国の一方的な防空識別圏設定宣言など、ドライな戦略の考え方というのはつくづく今の日本人の世界観に合わないやりかたのように感じますな。

ま、いざとなったら日本もそういうことできるようになるのかもしれませんが・・・・


by masa_the_man | 2013-11-29 20:51 | 日記 | Comments(3)
今日の甲州はよく晴れました。

本日は講演2本立てなんですが、移動中にNYタイムズの数日前の社説を読んで面白かったでその要約を。

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中国の威圧的なプレイ
By NYタイムズ論説委員

●東シナ海の海域上空に新たに広域の防空識別圏を設定するという今回の中国の決定は、周辺の島々についての領土争いを穏便に解決したいという北京政府の主張と矛盾している。今回の宣言は、緊張を高めて日本との直接紛争の可能性を上げる、極めて挑発的な動きである

●先週の土曜日に、中国は尖閣諸島の上空に防空識別圏の設置を宣言したのだが、これによってこの空域に入ってくる航空機に身元照会を行わせ、さらにこれを行わない機体にたいしては軍事行動をしかけることができるという権利を宣言したことになる。この無人の島々(しかもそのうちのいくつかは岩礁)は日本によって管理されているが、中国や台湾も領有を主張している。

●世界第二位と第三位の経済大国である中国と日本は、一年以上にわたってこの領有権についての主張を段々と激化させてきている。安倍晋三氏に率いられた超民族主義的日本政府は扇動的であることが多いのだが、中国もこの海域における日本の領有権に挑戦するために沿岸警備船や航空機を増産することで地域の不安定化に貢献している。

●この防空識別圏は、日本の支配領域に挑戦する形で主張されており、中国はこの地域における領有権をさらに積極的に拡大したのだ。これは習近平主席と親密な関係を築こうとするアメリカ側の姿勢をかなり難しくしてしまった

●アジアの航空各社は、この空域に入る航空機の飛行計画を提出することを中国政府にたいして即座に表明しているが、一方的な権力の主張は、日米両政府を怒らせることになっている。

●チャック・ヘーゲル米国防長官は土曜日にアメリカ側の素早い反応の一部である公式声明として、中国側の一方的な宣言は「米軍のこの地域における行動の自由にとって障害になるものではない」と発表しており、日本が攻撃された場合にアメリカが日米同盟にしたがって守ることを再確認している。月曜日には安部首相が日本の空域を守ることを宣誓している。

●中国の軍事行動の脅しを含む一方的な決定のおかげで、アメリカは同盟国である日本を支援することや、空と海の航行の自由の原則、そして東シナ海や南シナ海で中国との領土問題を抱えている他のアジアの国々のために声を上げる必要があったのだ。

●もちろんアメリカは日本が尖閣諸島の管理者であることを認めているが、領有権については一般的に中立な立場をとっており、主張を行っているすべての政府にたいして紛争を穏便に済ませるよう促している。

●ところが安部首相は、日本とアメリカにとっても危険になる可能性のある、過熱した言葉や中国にたいする積極的な姿勢にあふれた、極めて民族主義的な対外政策を追求している

●オバマ政権は、日本の安倍政権が中国との緊張を高めるような過度なリスクをとらせないようにしながら、同時に日本の国益を守る方法を探らなければならない。前任者と同じく、オバマ政権は自ら発するメッセージを明確にしていないし、それが首尾一貫してなかったために、この姿勢を変える必要がある。

●ところが今のところ、最も問題なのは中国の態度である。とくに政府高官たちがさらに防空識別圏をさらに拡大させる可能性について否定していない点は問題だ。アメリカは中国に注意と自制を促し、日中二国が紛争への道に進まないように積極的に動いていくべきだ。中国が日本や他国の航空機がこの空域に侵入してきた時に本当に軍事行動をとるつもりなのかはまだ明確ではないが、紛争がエスカレートしてくれば、計算違いや勘違いのチャンスは高まるのだ。

●今回の中国の行動は、来月のバイデン副大統領のアジア訪問に暗い影を落とすことになった。また、習近平主席が今年のはじめにオバマ大統領と築き上げたいと言った「新しい大国関係」というものが一体どのような意味を持つものなのかということについても、新たな疑問を呼び起こすことになっている。

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これを読むと彼らの前提として「安倍政権は極右政権」という認識があることがよくわかりますね(苦笑)

その代わりに今回はさすがにアメリカのリベラル側にとっても中国の行動は我慢ならない、ということなんでしょうが。

by masa_the_man | 2013-11-28 16:02 | 日記 | Comments(3)
今日の横須賀南部は昨日とうってかわって快晴になりました。

津久井浜でオレンジをハンティングしてきた(ルー語)のですが、収穫シーズン終盤とはいえ、まだまだ木に美味しそうなのが鈴なり状態でした。

さて、ここ数日間で安全保障面における大きなニュースとなっている、中国が新たに設定した「防空識別圏」についてメモ代わりにここへ。

私はテレビを持っていないのでテレビではどういう報道をされているのかはよくわからないのですが、大手の新聞を見た限りでは、けっこう大きなニュースになっているような。

参考までに某名古屋系の喫茶店に行って大手新聞5紙(日経、サンケイ、朝日、毎日、読売)をチェックしてみたのですが、私の感覚ではこのニュースに関してもっともよくまとめていたのが読売で、その次が毎日。

個人的に面白いろいなぁと思ったのは朝日でありまして、現地からの記事と社説で、状況について大きくことなる見解を持っているということが判明しました。たとえば本日づけの一方の記事では、

●中国側は2008年12月から尖閣諸島周辺に公船を派遣し、領海侵入を開始。(北京:倉重奈苗, p.3) 

という報道をしているのにもかかわらず、その数頁後ろのトップの社説では、

昨年9月の日本政府による尖閣国有化以来、中国側は主に船によって日本領海を侵犯する行為を繰り返してきた。(社説)

と書かれておりまして、一体いつから中国の船が領海侵入するようになったのか、朝日新聞内でも見解が統一されていないことを伺わせます。いや、むしろ(社説側の)ファクトチェックができていないのでしょうか?

その他ですが、日本側の防空識別圏がそもそも米進駐軍によって設置された経緯についての説明について各紙で温度差があったのは面白かったですね。

ただし日本が発行している新聞の中では、いままで中国が防空識別圏を主張しておらず、今回が史上初めての例であるという事実を明確に指摘しているものは皆無でありました。

さて、私は個人的に今回の北京政府側の動きを幾つかのパターンに分けられると思っておりまして、参考までにそれを列挙しておきますと、

1,東アジアの覇権狙いためのステップだ説
2,人民解放軍が暴走して勝手に設置しちゃった説
3,国内向けの観測気球
4,国内の民族主義者向けの「ガス抜きパフォーマンス」説
5,日本との交渉を引き出すための「ちゃぶ台返し」説
6,アメリカ側の出方を試した説

などがあります。私としてはまだどれなのか判断しかねている部分がありますが、それにしても1や6のように本当に狙って実行したとしたら、彼らに「やるなぁ」と言ってやりたいですね(笑)典型的なランドパワー的発想ですし。

一点だけ英語メディアの報道を見ていて面白いなぁと思ったのは、「これにたいして日本はどのようなカウンターメジャー(対抗策)を採用するのか」という点でした。

たしかに日本政府は要人たちが非難声明を出して中国大使に文句言ったただけで、具体的に何をするということは(航空会社に計画書出すなと言った以外は)まだ何も言っておりませんよね。

ということで、この辺の話は引き続き興味を持って注目していきたいと思います。

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(本日の収穫の一部)


by masa_the_man | 2013-11-26 22:33 | 日記 | Comments(6)
今日の横浜北部はまたしても朝から快晴でした。こんなに快晴が続くのを経験するのはカナダで勉強していた時の初夏以来のような気が。

さて、今回は地政学とは全く関係のない日本のカレーの話題について。日本在住のジャーナリストの記事です。

===

日本のカレーへの愛は無数の種類を生み出した
BY スティーヴ・トラウトレイン

●「日本のカレーが僕の命を救ってくれた」というのはちょっと大げさかもしれないが、それでもかなり真実をついていると思う。

●僕は九〇年代後半に日本に移ってきたのだが、その当時は職はなく、見たこともない食事に囲まれて、しかも自分でほとんど料理はできないというありさまだった。しかし近所の大学の学食で味噌汁や麺類などの中に茶色のカレーが一皿350円で売っているのを発見して、それで食事を済ますことを覚えた。

●それ以降の僕にとっての問題は、白いマスクをつけた食堂の人に「コロッケ・カレー」を注文する際に、「唐揚げカレー」と聞き間違われることを注意することだけになった。

●それも大した問題じゃない。豚肉とジャガイモと人参の入った「カレーライス」には、僕が一日を生き抜くために十分や栄養素が入っているのだ。後で気がついたのは、何世代もの日本の学生たちが僕と同じように学食や給食のランチでカレーを食べてお腹を満たしてきたということであり、社員食堂や蕎麦屋でも人気のメニューだということだ。

この日本人のカレー好きは、多くの外人の目には奇妙に映るかもしれない。なぜなら彼らは「日本のカレーには東南アジア特有のスパイスの風味や、インドのような香り立つ感じがない」と不満を述べるからだ。このような人々にとっては、日本のカレーライスは日本の料理の中でも最悪のものに映るらしい。曰く、栄養的にも偏っているし、ひどく薄味だし、ニュアンスにかけているというのだ。

●ところがそれを批判する外国人たちは自分たち――というか自分たちの先祖―ーを責めるべきだ。日本の食品大手であるハウスが調査した研究結果によれば、日本にカレー粉を最初に紹介したのは、明治初期のイギリスの貿易商だからだ。

●日本側はその当初はあまりにも奇妙な味に閉口したというが、白い米と一緒にたべると美味しいことに衝撃を受け、次第に新しい香辛料のブレンドや肉や野菜と組み合わせることによって慣れ始めて全国に広まったという。

●日本の料理の中でカレーが絶対的な位置を占めるようになったのは、その後に起こった二つの出来事だという。一つは20世紀初頭にカレーが軍用食として日本軍に採用されたことであり、もう一つは戦後に食品会社が固形ルーをつかって大量生産することに成功し、全国の一般家庭に浸透したからだ。

●カレーというのは日本の料理の中では比較的最近メニューに加えられたものであるために、外国人にとっては(生卵を混ぜるという)おぞましい食べかたまで研究されている。ドーナツの中に注入されたり、シラスをまぜ入れるなど、カレーというのはまさに白いキャンバスのように「やりたいほうだい」なのだ。

●とくに最近になってインドやパキスタン、さらにはアフリカからのカレー料理屋が日本でも成功しており、これはカレーへの欲が成熟してきた、もしくはさらにオープンになってきたと言える。

●日本の伝統的なカレーを食べたいと思う方は、東京の神田周辺に行かれるとよい。ここには非常に多くの種類のカレーがあるし、ゴーゴーカレーやCoCo壱番屋のようなチェーン店もある。

●この地区にこれほどまでにカレー屋があるのは近くにいくつかの大学があるためで、日本の学生にとってカレーライスというのはマタタビ的な存在なのだ。彼らはスプーン一本を握るだけで何かを読みながら食べることができるからだ・・・ある日本の外国人向けの観光サイトではこのような説明がなされている。

●神田の料理屋の豊かさを認識している千代田区は、神田カレーグランプリを毎年開催しており、今年の大会は11月最初にすでに開催されている。参加者は数千人にものぼり、52店のカレーが出され、そのうちの何店かはコンクールに出場している。

今年の最優秀賞に輝いたのは日乃屋であり、これは神田駅近くの山手線のガード下のたった7席だけの店だ。

●しかし日本のカレーの将来はどこに向かっているのだろうか?日本におけるカレーのピークは2000年代初頭に訪れたという人もおり、たしかにこの時期には有名なシェフが自分のブランドのカレーを販売したり、横浜にカレーミュージアムが開店している。このミュージアムには何店かのカレー屋が出店しており、日本のカレーの歴史についての展示などもあったのだが、2007年に来場者が減ったために閉店に追い込まれている。

●その後はこの組織はカレー総合研究所というウェブサイトを立ち上げて活動の場をネット上に移し、カレー好きたちが抱えるカレーの将来の不安と戦うことを目指しているという。

●しかしこのような不安は間違いだ。カレーというのは「若い時に食べた味」として日本人の中で老若男女を問わず広く共有されている文化経験であるし、少なくとも私のような飢えた外国人にとってもこの経験は永遠に素晴らしいものでありつづけるはずだ。

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私もカレーは大好きでよく食べますが、やはり日本のカレーライスというのは良い意味で「日本化」している料理だなと感じます。

ただしイギリスで食べるインドカレーも、インド人たちにいわせると「ありゃイギリス化している」とのことですし、当のインド人たちでさえカレーのスタイルがバラバラですから、一体何をもって本物のカレーとするのかは微妙なところが。

ちなみに私は韓国で(日本風の)カレーを食べたことがありますが、あっちのカレーはやけにルーが黄色いんですよね。なぜなんでしょうか?

そういえば文中に出てくるカレーミュージアムには私も一度だけ行ったことがあります。たしか伊勢佐木町あたりにあったような。

ということで今夜はカレー食べます。


by masa_the_man | 2013-11-24 17:06 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部はまたしても朝から快晴。本日は大学で初の90分間の講義をこなしてきました。

さて、下のエントリーでkenさんという方に「海外の大学院で地政学は体系的に学べるのか」という質問をいただきましたので、簡単にお答えさせていただきます。

まず大前提としてお伝えしなければならないのですが、地政学というものは、私の知る限り、英語圏では単独の科目やモジュールとして教えられてはおりません

すでに色々なところで書いているように、地政学というのは大きくわけて「古典地政学」と「批判地政学」の二つ流れがあります。

まず「古典地政学」のほうですが、これは国際関係論(IR)、とくにリアリズム系の安全保障論の一部として教えられているものか、私がやったように「戦略学」(Strategic Studies)の(とくにランドパワー理論)の一部として教えられることがあります。

ただし、いずれもまとめて単独の学科として教えられているわけではありません。あくまでもその中の一部なのです。

そして「批判地政学」のほうですが、これは主に政治地理学の一部として教えられており、ひたすら古典地政学的な思想の怪しいところを暴くことに全力を上げているような状態です。

もし本当に体系的に学びたい、ということであれば、これはもう自分一人で独学するしかなくなるわけで、たとえば私が本ブログの右にあるリストに示したオススメ本(とくに英語のもの)やCDなどを参考にしていただく他ない、というのが正直なところです。

ただし少し調べていただくとおわかりいただけると思うのですが、地政学ズバリそのままのものはなくても、「地政学的思考」というものが染み付いているものはけっこうありまして、たとえば私が翻訳したミアシャイマーの『大国政治の悲劇』などは、その代表例といえるでしょう。

また、古いところではジョージ・ケナンの「アメリカ外交50年」や米軍の一連の戦略文書など、どう考えても「地政学的」としか言いようのないような文書や本は数知れず。

結論としては、おそらく体系的にまとまった形で学ぶことはできないが、そのエッセンス的なところは意識すればいくらでも学ぶことはできる、というところになりそうです。

なんだか答えになってないかもしれませんが、ご参考まで。


by masa_the_man | 2013-11-23 00:09 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部はまたしても朝から快晴。さすがに朝の冷え込みは厳しくなってきました。

さて、私は「地政学」(geopolitics)という学問を長年粛々と研究しているわけですが、その経験からつくづく感じるのは「国際政治の分析では【地理】の要素が軽視されている」ということです。

地理(geography)というのは、人間の生活のすべての分野において関わってくる必要不可欠な要素であり、これが国家や国際政治のレベルになると、さらにその重要性が増してくることは本ブログをお読みの皆さんならば簡単にご理解いただけると思います。

ですが、なぜかメディアや専門家の分析でも、この要素を意識したものをあまり見かけません。ではなぜこのように「地理」が軽視されるのでしょうか?

私は、大きくわければ三つの理由があると考えております。

▼理由その1:ドイツ地政学のイメージの悪さ

これはなんと言ってもナチス・ドイツと、それに協力したカール・ハウスホーファーや、彼の弟子たちの責任です。

ハウスホーファーが主導した戦前のドイツの地政学の一派である「ドイツ地政学」(geopolitik)の学者たちというのは、そのエッセンスだけ簡単にいえば、いわゆる「地理決定論」(geopolitical determism)という考え方に立った人ばかり。

これを簡単にいえば、「地理がすべてを決定する」という、かなり極端な理論なわけですが、それを彼らが悪用してナチス・ドイツの対外侵略に加担してしまったために、戦後は地政学までがまとめて完全否定されてしまったわけです。

ドイツ地政学は地理的な要素「だけ」に集中して理論武装をしていたために、ナチスドイツの人種差別政策との関連性から非常に嫌われたわけでして、これを最も嫌ったのがナチス・ドイツからアメリカに逃れてきたユダヤ系の優秀な学者たち。

その一人がハンス・モーゲンソーという、国際政治を学ぶ者でしたら誰もが知っている超有名なリアリスト系の学者なんですが、彼は地政学のことを、主著である『国際政治』(Politics among Nations)という本の第10章で、

「地理という要因が国家の力を、したがって、国家の運命を決定するはずの絶対的なものであるとみなす、似非科学である」

と述べているほど。

もちろん「ドイツ地政学」がダメだからといって、彼らが強調しすぎていた「地理」という要素まで完全否定するのは、まるで「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということと全く同じ過ちを犯すことになります。

さすがにその辺をわかっていたモーゲンソーは、地理が国家のパワーを構成する第一の要素であることを、同じ本の中でもしっかりと認めております。

もちろん国際政治や戦略では「地理」がすべてを決めるわけではありません。しかしだからといって地理の影響を無視したり、全く意識せずにものごとを分析するのは、やはり、決定的な間違いの元なのです。

▼理由2:国際政治の研究が「自然科学」よりも「社会科学的」に研究されはじめたから。

そもそも古典地政学の祖であるハルフォード・マッキンダーが「ハートランド理論」のような大戦略の理論を提唱した時は、彼自身は自分のことを「地理学者」として認識しておりました。

これはつまりその当時の彼のアプローチに「自然科学」のものが使われていたことになるわけで、たしかにここでは「人間」や「社会」という要素よりも、純粋に地理的な要素を強調する傾向が強かったわけです。

そしてそれを強調しすぎたのが、ハウスホーファー率いる「ドイツ地政学」の学者たちであったことはすでに述べた通りです。

その後、このような大戦略の研究は、主にアメリカを中心に行われることになったわけですが、この国の専門家たちが国際政治を分析する時に注目したのは、「人間」や「社会」という、いわば「流動的な要素」で、「地理」という固定的・自然科学的な要素は学問的にも注目されなくなってしまいます。

さらに50年代後半からはあのハーバード大学でも地理学者がいなくなってしまったり、60年代にはいるとアメリカの小学校でも地理が真剣に教えられなくなるなど、そもそもアメリカ自体が学問としての地理学そのものに関心を失いつつあったことも背景にあります。

結果的に、これはアメリカにおいて「社会や人間だけに注目しておけば、地理は関係ない」という風潮が出てきてしまったというのが、どうやらことの真相らしいのですが、国際政治学は「社会科学」の一派として考えられているため、その影響からどうしても自然科学的な発想はなくなります。

そうなると、地理というのはそもそも当たり前すぎて、あえて考慮しなくても良いという形にもなりかねませんし、実際にそうなってしまったというのが、現代の世界の学界(およびメディア)の全般的な傾向ともいえるわけです。

そして日本もこの例外とは言えません。

理由3:IT関連技術のめざましい発展

これを簡単にいえば、インターネットの普及とグローバル化によって、われわれが「地理の障害を克服した」という幻想を持ってしまった、というところに原因があると言えるでしょう。

たしかに、現在のインターネットの利用が常態化した生活は、地理の概念を無視出来るほどになっておりまして、たとえばアマゾンなどで本を注文しても、ほんの一週間ほどでイギリスやアメリカから本を届けてもらうことなど朝飯前。

極端な話、現在では家から一歩も出なくても、ネットで食料や水を注文して宅配してもらい、生き抜くことも可能です。

しかも安全保障の問題としては、まさに地理を完全に無意味化しているようにもみえる「サイバー紛争」などの議論が盛り上がってきており、"地理というのは重要性をかなり失って来ているのでは?"と考えてしまい兼ねない状態になっていることは確かです。

ですが、ここで「完全に地理を無視できる」と思い込んでしまうのは、やはり問題なのです。

一見すると、地理的な問題というのは重要性が下がっているように思えますが、「地理」という要素は、厳然としてわれわれの目の前にある現実です。

いくらグローバル化したとしても、われわれが消費するエネルギーや食糧や水は、相変わらずどこかから運んでこなければならないわけですし、その供給先の政治事情や運搬手段、それにそれをどのルートから運んでくるのかという点から生まれる脆弱性に関する外交・安全保障問題というのは、決してなくなりません。

ごく身近な例から類推してみても、たとえば、みなさんがアパートを借りようとしても、どの街のどの辺りに住むのかによって家賃に大きな差が出てくるのは相変わらずですし、いくら交通機関が発達したとはいえ、駅やバス停まで歩いていかなければならない状態は数十年前からなにも変わっておりません。

ちなみに、ひとつ大きな矛盾だなぁと思えるのが、日本の有名なIT関連企業の本社が、なぜか六本木ヒルズや渋谷周辺など、特定の場所に集中しているという事実。彼らは地理を克服した技術に則って仕事をしている存在のはずなのに、それでも地理的に近い場所に集中して会社を経営しております。見方を変えれば、ある意味で、彼らはまだ「地理に縛られている」とも言えるわけです。

さて、ここまで私の話にお付き合い頂いて、読者の皆さんは何を想いましたでしょうか?

われわれ人間が「身体」という物理的なものを備えた存在である限り、「地理」という要素からは絶対に逃れることは出来ません。いくら地理を無視しようとしても、その影響から一生逃れることはできないのです。

そして、冒頭で申し上げたことの繰り返しになってしまいますが、この「地理」という要素はもちろんですが、最近、よくメディアでも見聞きするようになった「地政学」という言葉。ライフワークとして「地政学」を研究している立場からすると、「え?」と思わず首を傾げてしまうような使い方をしている場合がしばしばです。

本ブログのポリシーでもありますが、「リアリズム」や「地政学」という概念の正しい理解は、これからの日本、そして、私たち日本人一人一人にとっても、非常に重要な意味を持ってくるのです。

より多くの人に「地政学」の本当の姿をぜひ知って頂きたい、というのが「地政学」の一研究者としての私の切なる願いです。


by masa_the_man | 2013-11-21 17:09 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部はまたしても朝から快晴でした。乾燥してきましたね。

さて、昨日Twitterでも紹介した、北京政府が海外メディアのジャーナリストや学者にたいしておこなっているプロパガンダの手法についての興味深い記事の要約を。

著者はワシントン・ポスト紙の論説委員ですが、アメリカのメディアも相当締め付けを受けていることがこの記事からもうかがえます。

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中国のリーダーたちは、中国の受け取られ方を操作するためにメディアと学者をコントロールする
Byフレッド・ハイアット

●北京政府が自国民が知るべきニュースや歴史を操作・制限しているのはよく知られている事実だ。ところがそれよりも驚くべきは、北京政府高官がアメリカ人の中国の理解を操作・制限しているそのやり方だ。

●先月のことだが、ワシントンの中国大使館の文化系の大使館員が、来月12月に行われる海外の中国研究家のフォーラムにペリー・リンク(Perry Link)氏を招いている。

●リンク氏はアメリカの最も有名な中国専門家としてしられており、この招待そのものは当然と言えるのだが、彼は1996年から説明されない理由によって中国側からビザの発給を拒否されている。リンク氏は参加できたらしたいと答えたが、本当にビザを発給してもらえるのかと大使館員に尋ねたら「本当だ」との答え。

●この大使館員はビザ発行の手続きを取り計らいますとの自信をもって答えたので、彼に言われるままにリンク氏がパスポートを送ると、11月8日に「審査の結果、フォーラムには参加できないことになりました」というメッセージと共にパスポートが返却されてきたという。

●このようなやりとりは実に驚くべきことだが、それでもリンク氏はブラック・リストに入っている唯一の外国人というわけではない。2011年には中国西部の新疆自治区についての本を共同執筆した13名の有名な学者が、ビザ発給を拒否されたことが発覚しているからだ。

●リンク氏はプリンストン大学とカリフォルニア州立大学でキャリアを積んだ有名な学者であり、彼は中国入りのビザを拒否されても問題はない。ところが終身雇用契約(テニュア)の獲得を目指している若い文化人類学者が現地調査をできないことになると、その影響は深刻だ。

●しかも北京政府はなぜ発給が拒否されたのか、そしてどの分野の学者がダメなのかという理由を説明しないために、それが結果として自己検閲や研究分野の絞り込みにつながってしまってまともな研究成果を出せなくなってしまうのだ。

●リンク氏は「アメリカ国民へのコストは深刻であり、その影響は理解されておりません・・・それはかなり組織的に行われており、中国専門家の間では北京政府の言いなりなって、特別な言葉を使ったりするのはごく普通のこととして受け入れられているんです」と述べている。

●たとえば「台湾の独立」という言葉は使わずに「両岸関係」と言い換えることや、ノーベル平和賞を受賞して現在は刑務所に入れられている劉暁波については触れないことや、1949年の「解放」という言葉を使うことなど、自己検閲がかなり定着しているのだ。

●もちろん学者たちはこのような禁止用語を理解しているのだが、リンク氏によれば、「彼らが公共の場でこのような言葉を使うと、1949年の出来事を本当に“解放”だと勘違いしてしまうし、台湾の独立は問題にならなくなり、刑務所にいるノーベル平和賞の受賞者については触れられなくなってしまうのです」ということだ。

●外国のジャーナリストたちも同じような圧力に段々とさらされるようになっている。アジア地域で長年取材をしているロイター通信社のポール・モーニーは、最近になってビザ発給を拒否されており、社によれば、この理由は全く説明されていないという。ブルームバーグ、ニューヨークタイムズ紙、ワシントン・ポスト紙の中国専門のベテラン記者たちも似たような境遇に直面しつつある。

●ブルームバーグの場合はとくに重要だ。去年発表した中国のエリートたちの汚職による資金溜め込みについてのスクープ記事は、中国共産党のリーダーたちにとって汚職というのは非常に敏感な問題であったため、中国でビジネスをしているという意味ではブルームバーグは非常に勇気ある行動をしたと言える。

この記事が出た後にブルームバーグのウェブサイトは中国で閲覧できなくなり、この社のジャーナリストたちもビザの発給を禁じられた。最近のニューヨークタイムズ紙の報告によれば、ブルームバーグは億万長者たちと中国のリーダーたちの関係を暴く調査記事を差し止めており、ブルームバーグ社の編集長によれば中国国内へのアクセスを維持するために仕方なく行った措置であると釈明したという。

●もちろん編集長側はそのような経緯の存在を否定しており、タイムズ紙側に「差し止めたわけではなく、まだ調査は続けている」と答えている。それが発表されるまで、北京政府の高官たちはこのような厳しい戦術を使うことによって、アメリカ人が自国についてどのような報道を読むべきか(もしくは読んではいけないのか)をコントロールする力をもっている、と勘違いしつづける可能性が高い

●ビザ発給の停止というのは、共産党が中国についての報道のされ方をコントロールする唯一の方法というわけではない。アメリカの大学は中国本土にキャンパスを持って儲けており、しかも米国に留学している中国人学生は授業料を全額払っているのだ(訳注:アメリカ国内の学生は授業料が、税金などの公的支援のおかげで留学生の払う額の数分の1であることが普通)。

●ハリウッド映画では、中国で公開できるようにするために脚本を書き換えるのが当たり前になっている。

●NPOのフリーダムハウスのサラ・クック氏による67ページの「中国の検閲の長い影:共産党のメディア制限が世界中の報道機関にどのような影響を与えているか」という題名の報告書によれば、「多くのケースで、北京政府高官たちは海外に本社のある報道機関の独立報道に直接介入している。しかしそれよりも多くなってきていて、しかも効果が大きいのは、暗黙的に自己検閲を行うようにコントロールするという手法だ」というのだ。

●彼女によれば、海外で発行される多くの中国語の新聞は広告主からの圧力や、中国国内にいるジャーナリストの親族への圧力によって言いなりになりつつあるという。

●ところが中国共産党が「プロパガンダの成功だ」とみなしても、それが長期的に中国の国益にかなうものかどうかというのは疑わしい。その理由は少なくとも3つある。

●第一の理由は、最も議論を呼ぶ3つの問題――チベット、台湾、そして一人っ子政策――についての海外での議論が非常に政治的な立場を鮮明にした人々によって行われており、もっと落ち着いた議論を提供しそうな中国専門家たちは口を閉ざしているという点だ。

●第二に、自国を「自信に満ち溢れた新しい大国」というイメージで見られたい中国のリーダーたちにとって、透明性のある報道にたいする恐怖というのは、単に有害なものでしかない。

●第三に、学術研究やジャーナリズムを締め付けることは、アメリカ人が世界最大の人口を持つ国の複雑性を理解することを妨げることになるし、結局のところ、これは中国にとっての有利な点とはならないからだ。

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これこそがまさに「ソフト・パワー」ですね。ジョセフ・ナイの概念は、もっとこういうえげつないやり方を示す言葉として使われるべきでしょうな。


by masa_the_man | 2013-11-20 17:54 | 日記 | Comments(4)
今日の横浜北部はまたしても快晴の一日。そろそろ空気の乾燥が気になってきましたね。

さて、ちょっと古い論文なんですが、オフショア・コントロールについての最初の論文にたいする批判論文が現役の米海軍士官によって書かれていたので、その要約を。

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オフショア・コントロールへの反論
ギャレット・ウッド

●戦争というのは人間が行うどの活動と比べても、最も意図しない結果を生み出すものだ。これは単なる言い訳ではなく、戦略家というのは数歩先のことまで予測して対処しなければならないものだからだ。

ハメス氏は2012年の春のインフィニティ・ジャーナル誌で中国との戦争に勝つためのメソッドとして「オフショア・コントロール」を提唱した。彼の戦略は経済的な損害を発生させて敵対関係を耐えぬくという面を強調したものだったが、それが長期的に継続された場合にどのような結末を引き起こすのかについてほとんど述べていないし、そもそも触れていないともいえる。

●本稿で私は対中戦争の別のプランを提示するわけではないのだが、それでもどのような戦略を避けるべきなのかを知ることは、どれを選択するのかという決断と同じくらいに重要だと考えている。

●オフショア・コントロールが経済的な面で直面する問題点は多い。

●まずそこで使われる海上封鎖だが、それがカバーする地域の広さやそこで影響を受ける人命の数は、もし中国が本気で反攻してきた時に使ってくるとハメス氏が考える核兵器のことを考えると、かなり不正確であるといえる。

これによって発生する経済的なダメージは中国だけに限らない。なぜなら中国は世界中と取引しているのであり、そこからの製品の消滅の影響は莫大だからだ。2011年にはアメリカから中国への輸出は1039億ドルだと言われており、逆にアメリカの消費者は3993億ドルの製品を中国から輸入しているのだ。

●このような統計上の数は、中国がたった一国と行っている単年度の計算であり、オフショア・コントロールによる世界経済への影響はそれよりもはるかに大きいと言えるだろう。ではわれわれが世界経済への損害を正当化する前に、中国側は何をすることができるだろうか。

経済戦争というのは、敵国政府たいして行われるのではなく、相手の国民にたいして行われるものだ。しかもこれは数だけを見ていると真実を見誤るおそれがある。経済戦争の経験を思い起こすことで、経済面での困難が人的にどのような被害をもたらすのかを知ることは重要だ。

●オフショア・コントロールは相手国民の情熱を沸き立たせるのを避けるために考えられたという部分があるのだが、彼らの生活への影響が出ると、まさにこの情熱が燃え上がってしまうのだ。

●ハメス氏は自身の勝利の理論を「中国政府は実際は敗北しているのにもかかわらず、人民の情熱だけは抑えることができるはずだ」という前提の上に成り立っていると書いている。彼は「中国本土の施設への攻撃を禁止することによって、オフショア・コントロールはエスカレーションの可能性を抑えると同時に、中国政府が“敵に教訓を与えた”と宣言して勝利を宣言しつつ紛争を終わらせるのを容易にする」と述べているのだ。

●オフショア・コントロールの背後にある勝利の理論は、中国の軍人や政治家ではなく、人民に戦争を経験させることがエスカレーションを抑えることにつながるというものなのだ。オフショア・コントロールでは、人民解放軍や政府を直接脅さずに、支配層たちに勝利を宣言させて、エスカレーションをさせずに撤退させることができる、という点に強みがあるとしている

●ところが中国の人民に直接損害を与えてしまってはこの可能性はかなり低くなるはずであり、ハマス氏が示しているようにこの戦略についてオープンにしてしまっていると、中国が真実を国民に隠しておくことはほぼ不可能になってしまうのだ。

●中国周辺での米海軍のプレゼンスは、この問題をさらに深刻なものにしてしまう。経済的にダメージを受けた中国人民にとって「勝利を得た」というウソを北京政府がいくら隠そうとしても無理であろう。中国のリーダーたちは海上封鎖と人民の怒りの板挟みとなり、米海軍への降伏や直接対決というよりは、結果的に第三の選択として、おそらく長期にわたる非対称戦に突き進むと思われる。

●オフショア・コントロールを作成する際の問題として考えられるのは、具体的な政策目標が何も示されていないという点だ。この問題を克服するために、彼は核戦争を除いた、あらゆる状況に対応できるような戦略をつくらなければならないのだ。

●ところが普遍的につかえる戦略としてオフショア・コントロールを考えていこうとすると、アメリカは結果的に不利な状況におかれてしまうことになる。近年では長期戦も危険であることが認識されているが、ハメス氏は対中戦争は思ったよりも長期戦になると認識しながらも、アメリカの弱点にストレスを与える戦略を推進しようとしているのだ。

●米軍というのは高価な軍隊であり、高くつく戦争を戦っている。最先端の兵器や機動投射、それに国際援助というのは安価ではないのだ。この軍事力を国土から離れた遠い場所で維持するのは深刻な財政負担を意味する。

●海上封鎖は、すでに使われている中国製品の代わりのものにたいして補助金をつけることで、このようなアメリカの財政問題をさらに悪化させるものだが、さらに被害が大きくなるのは、経済縮小による税収の減少だ。中国と取引している会社の利益は落ちてそこからとれる税収も落ち、貿易の低下により個人レベルで解雇されて、これまた税収の低下につながるからだ。

●中国製品とサービスへの代替が高くなってマーケットに影響を与え始めると、中国と直接取引していなかった企業も製品価格の上昇や、投資の指標となる利益が減収することになる。

●たしかに封鎖された中国の背後で世界経済は復活するかもしれないが、それは以前よりも景気の悪い状態のままであろう。経済活動を阻害することによって、海上封鎖はアメリカは自身が活用できる資源を減少させ、結果として長期戦を戦えなくなってしまうのだ。

●長期戦には(ベトナムの時のように)単にあきらめて敗北してしまうというリスクがつきものだ。本国から離れた遠い場所での戦いにおける情熱というのは、本土を守るために戦う側と比べて年月を経るごとに減るものだ。海上封鎖によるアメリカ経済へのダメージは、その意志をさらに弱めるだけだ。

●米国民が景気の悪化につながる新しい政策を支持するかどうかを、われわれはわざわざ街に出てインタビューする必要がないくらい良く知っている。中国にたいする海上封鎖が長期にわたって支持されるわけがないのだ。クラウゼヴィッツは富めるものが貧しいものと戦う場合には耐久力がないということを書いている。「厳しい状態に慣れている貧者は、一般的にもっと精力的で戦争を好むものなのだ」

●中国はたしかに台頭しつつある大国だが、彼らはアメリカほど裕福なわけでもないし、だからこそ長期戦を戦えるだけの耐久力を持っていると言える。アメリカの強みは、敵と我慢比べをするという点にはないのだ。

戦争が長期化するということはメンツを失うことも意味する。たとえばイスラエルがガザ地区を封鎖していることなどはその典型だ。イスラエルは経済封鎖を守るために人道支援の物資を運ぶための武装していない船2隻を拿捕したが、これによって世界中から大きな批判をあびた。アメリカが同じような状態に陥ることは想像に難くない。経済的に破壊された中国への慈善物資を途中で奪取すれば、国の内外で批判をあびることになるのだ。

●「アメリカの許可のない船が中国の経済的排他水域に入る場合に許可を得なければ沈没させられる」とハマスが宣言すれば、問題はさらに悪化する。第一次世界大戦参戦の前にドイツのUボートにルシタニア号が沈められて世論が沸騰した経験をもつアメリカでは、ここから生まれるブーメラン効果は明らかだと言えるだろう。

●アフガニスタンとイラクでの戦争でもアメリカは十分スキャンダルを見てきたのであり、またストレスの生じる微妙な長期戦略を採用しても、同じようなことが起こることは火を見るよりも明らかだ。

●もちろん代替案なしにオフショア・コントロールを批判することは不公平かもしれない。しかしわれわれの誰もがあらゆる戦争において必要となる戦略を作成しなければならないというわけではない。戦争を学ぶことによってわかるのは、「達成できることには限界がある」ということだ。ハメス氏は対中戦争において「良い戦略」は存在せず、オフショア・コントロールは最悪の中でも一番マシな戦略だと書いているが、最悪の中でも一番マシな選択をつくることに甘んじる代わりに、われわれはただ単純に「中国との戦争は誤りである」ということを政治家に訴えなければならないのだ。

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経済がからむ長期戦にたいする警戒ですね。代案がない上で批判しつつ、そもそも中国と戦争をするなというのは虫がよすぎるかなぁという気がしないでもないですが、ようするにベトナム化を防ぎたいという点では納得できますね。


by masa_the_man | 2013-11-19 22:30 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部はまた朝から快晴でした。最近本当に天気のよい日が続いているような。

さて、最近読んだサイバー戦に関する本の中に興味深い三分類についての分析があったのですが、時間がないのでここに簡単にメモ代わりに書いておきます。

サイバー紛争やサイバー戦争と呼ばれる、情報通信技術の爆発的な進歩による新しい紛争(第5次元)の戦略理論についての議論はかなり以前から行われているわけですが、最近ちらっと読んだ文献の中には、この理論については現在大きくわけて3つの学派がそれぞれ議論を展開しているとのこと。

1つ目の学派が「革命派」と呼ばれる人々であり、情報通信技術の発展には革命的な力が備わっており、これからどんどん世界を変えていき、「サイバー戦争」(cyber war)が起こると断言する人々のことです。

彼らの代表的なのが「世界サイバー戦争」の著者であるリチャード・クラークや、ベテランのロンフェルト&アキーラなど。

2つ目の学派が「保守派」と呼ばれる人々で、コリン・グレイとその弟子のデヴィッド・ロンズデール、そして最近話題のトム・リッドなど。

彼らはクラウゼヴィッツを多く引用しつつ、人間は基本的に変わらないものだから、いくらテクノロジーが進化しても戦争の「地理」が一つ増えるだけで、サイバースペ―ス単独で戦争が決せられるわけがないとして、「サイバー戦争」という概念に否定的です。

3つ目の学派はちょうどその中間で、「たしかに変わった部分はあるが、それでも劇的な変化というわけではない」という、いわば「中庸派」とでもいうべき立場。

たとえばこのモノグラフなどが典型なわけですが、その議論の土台にあるのが「人間が決めることだ」というもの。選択肢は人間が持っているわけであり、それほど恐れすぎてもいけないということです。

結局のところこのようなサイバーにかんする戦略系の議論は、テクノロジー、人間、そして国家や社会という要素の絡み合いとバランスの話になる、ということで。


by masa_the_man | 2013-11-18 23:51 | 日記 | Comments(1)