戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man

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今日の横浜北部は朝から曇りまして、昼前後に雨が少し降りました。気温はこれくらいだと過ごしやすくていいですね。

さて、久々に日本の本について書評的なものを。

孫崎享氏といえば、『日米同盟の正体』や『戦後史の正体』、そして最近ベストセラーとなった『アメリカに潰された政治家たち』という著書で有名です。

もちろんネットを見るとかなり評価が割れている人物でして、私はTwitterの発言などを見て「過激な人だなぁ」と感じていたくらいなのですが、彼の著書はいままで読んだことがなく(元政府関係者に評判は聞いておりましたが)、私自身が日本人と戦略の話について少し調べなければと思って行き当たった本の一冊がたまたま彼の本だったので、今回初めて真剣に手にとって読んでみたわけです。

で、読んでみた感想なんですが、うーん、矛盾だらけですね。

といっても私が自ら「戦略は矛盾だ」と言っているので、そこは逆に突っ込まれても困ってしまうわけですが(苦笑)

まず初歩的な間違いとして挙げられるのは、リデルハートを、なぜか「リデル・ハート」という風に「リデル」をファーストネームと勘違いしていることや(本当はバジル・ヘンリー・リデル=ハート)、スティーブン・ウォルトをなぜか「ステファ・ウォルツ」と書いてしまっていることなど(ついでにリベラルだとか書いてますが)。

といってもこれなどは誤植の範囲なのでまだマシですが、問題は彼の議論の中に多くの矛盾が見受けられることです。

その数が多いので、ここではとりあえず最後の「あとがき」の部分から一箇所。

孫崎氏は「戦略論として、この本は新境地を開いたと思う」(p.261)と書いておりまして、その理由を三つ挙げております。その三つとは、

1、日本人の誰よりも馬鹿な戦争を見てきたから。
2、アメリカで「日本人は戦略思考をできない」と馬鹿にされているのを見たから。
3、日本を取り巻く環境が変わってきていて、新しい戦略を考える必要があるから。

ということみたいです。

しかしこれってそもそも「新境地を開いた」理由になっているのか微妙なような気が・・・・。

ついでにもう一つ挙げます。

孫崎氏はシェリングやゲーム理論の説明をしながら「戦略の最適解は相手の出方によって変わる」ということを述べつつ、「クラウゼヴィッツはもう古い」ということを誇らしげに述べているわけですが、どう考えてもクラウゼヴィッツを読まずに批判するという悪しき伝統にハマっております。

たとえばクラウゼヴィッツは戦略をトランプのゲームに例えたりしておりますが、これこそが「彼我との相互作用」ということで、まさに「戦略の最適解は相手の出方によって変わる」ということを言っているわけです。

まあこれは、ゲーム理論が出てきたおかげで70年代になってクラウゼヴィッツの「再発見」がなされたという歴史上の事情が背景にあるわけですが、どうも孫崎氏はそこらへんをまったく調べずに、非常に表層的な「クラウゼヴィッツ批判」だけさらっと書いて終えているのです(そのわりには文献紹介で読めと勧めている)。

もちろん彼の異様なほどの米国への不信感と、それとは対照的な中国への楽観(というか、あえて何も論じていないというほうが正確か)についてはすでに様々な方々が述べているので、あえて私が何か言うまでもないことかと。

ということで、この本は「日本人には戦略がない!」と主張している本人が一番戦略について調べきれていないという矛盾を教えてくれた意味で勉強になりましたが、批判的に読めない人が盲目的に読むとかなり危険な本だなぁという気が。

米国はそんな甘い国ではない。自分の国の国益を考える。(p.164)

とありますが、この「米国」を「中国」に代えても全く同じことが言えるかと。

孫崎氏に「中国論」を書いていただきたいと思っているのは私だけでしょうか?期待して待ちたいと思います。
by masa_the_man | 2013-04-30 22:23 | 日記 | Comments(3)

戦略とは何か:その2

今日の横浜北部も非常によい天気で、日差しは強いが風が心地よいという最高のコンディション。

さて、一昨日のエントリーの続きを少し

戦略の神髄について色々と調べていると、いつも必ず出てくるのが「相手の心理に入る」みたいな表現です。これはボイドのOODAループなどがその典型です。

ボイドというのは戦闘機のドッグファイトという戦術レベルから、後に戦略レベルまで理論を発展させた人なんですが、やはり戦略でも本当に重要なのは「人間の知覚」にあるということをわかっていたみたいで、

「機械が戦争を戦うわけじゃないし、地形が戦争を戦うわけでもない。人間が戦争を戦うのであり、人間の思考の中に入っていかなければならない。戦いの勝敗はそこで決まるのだ」

という有名な言葉を残しております。

彼はこのループを相手よりも加速させることによって敵のループの中に入り込み、これによって相手に「こいつは何をやっているのかようわからん」と(予測不能に)思わせることによって、相手を困惑と混乱を発生させるべし、と言っているわけです。

実は私はこれと同じようなことをある人物の講演で聞いたことがあります。NATO軍でナンバー2までやったイギリスの軍人です。

彼は自分のおじさんが市場でセリをやっており、その様子がまさにこの(OODAループ)状態であったと教えてくれたのです。

どういうことかというと、そのおじさんは、セリを始めると、あまりハッキリしない声で実に早口にセリのかけ声を始めるのです。

そうすると、周りはそのおじさんの言うことを必死に聞こうとして集中するようになり、それで物事がスムーズに運ぶのだということ。

当時の少年だったその軍人がおじさんに「なんであんなに上手くいくの?」と答えると、そのおじさんは、

「いいか坊主、ああいうときはまず自分が“混乱”になるんだ。そうすると周りが秩序を作ろうとして必死に食らいついてくるもんだ。だからうまく行くんだよ」

と答えたとか。

なんだかちょっと意味は違うような気がするんですが(苦笑)、もしかするとこの例は戦略の「強烈な矛盾を抱えた性質」というものを教えてくれているのかもしれません。
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by masa_the_man | 2013-04-29 21:44 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜南部はスッキリ晴れまして、久々のさわやかGWの春の一日を満喫できました。

さて、すでにTwitterのほうではつぶやいたのですが、現在読んでいるルトワックの中国本の中で、非常に興味深いことが書いてありましたのでそのご紹介を。

みなさんもご存知かと思いますが、今年のはじめにいわゆる「中国海軍レーダー照射事件」というものがありました。

これは中国海軍(PLAN)の艦船が、日本側の護衛艦や哨戒ヘリにたいしてロックオンのためにつかう火器管制レーダーを照射したということを、日本政府側が発表して問題なった事件ですが、この事案について私が自衛隊のOBに尋ねたところ、

「ソ連時代には似たような事件はけっこうあった」

との答え。つまり日本もある程度はこのような事案について(現場レベルでは)慣れていたのかもしれませんが、問題はルトワックの本の中で、PLANがアメリカにたいしても似たようなことをやっていたともとれるような記述を残している点です。

日本のメディアでは、

「レーダーの照射を受けたのがアメリカなど他の国の海軍であれば、即座に反撃をし、軍事衝突に発展していた可能性もあったと思います」

という解説をしていたところもあるらしいですが、これを真っ向から否定するような面白い記述が。

ということで、この件についてはこれからメルマガのほうで少しまとめてみたいと思います。ご期待下さい。
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by masa_the_man | 2013-04-28 20:18 | 日記 | Comments(2)

戦略とは何か

今日の仙台はやや曇りがちで風も強かったですが、とても過ごしやすく感じました。

さて、最近考えていることを少し。

先週の京都で久しぶりに学者っぽい仕事として研究発表をしたわけですが、その内容は戦略研究(strategic studies)の歴史を振り返りつつ、最終的にその学問(というか実践)で究極的に問われている「戦略とは何か」という問題について考えてみる、というものでした。

もちろんこの学派で行われている最近の議論、たとえばCOINやWar Terminationなどの議論も紹介したわけですが、これらをやってもいつも出てくるのは究極の質問である「戦略とは何か」。

これについてはまだ誰も満足な答えは出しておりませんで、結局のところはサイエンスよりはアートで、しかもこれは科学的に分析すべきだが、それでも実践する人はアートとして実行するしかない、というあやふやなもの。

しかも文献を読み込めば読み込むほど「矛盾」がキーワードになってくることが明確になってきまして、たとえば、「色々なところに注意を拡散せよ」とか言いながらも、同じアドバイスをしている人が「一つのことに集中せよ」みたいな相反することを書いていたりします。

もしくは「ハイパーでいろ!」と同時に「落ち着け!」というアドバイスみたいな。

経営戦略論のミンツバーグなどは、戦略の古典にあるこのような矛盾する格言に辟易しているようで、

「古典にある戦略の格言というのは、そもそも矛盾しているから信じないでよろしい

みたいなことまで書いている始末。

ただし私から言えば実はわかっていないのはミンツバーグのほうでして、戦略の理論は常に矛盾をはらんでおり、さらには矛盾があるからこそ戦略だ、ということにもなるわけです。

この辺については論文としてまとめなければいけないので、さらに文献を読み込んで行こうと思っておりますが、大事なのは戦略の「科学や合理性では割り切れない性質」を理解することなのかもしれません。

なんだかまとまりないですが、戦略ってどうもそういうことみたいなので・・・
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(エコノミスト本社)
by masa_the_man | 2013-04-27 23:51 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部は朝から穏やかに晴れました。午後になって天候急変ということでしたが、あまり変化はありませんでしたね。

さて、ひとつ朗報が。

私がすでにCDで「累積戦略」と「順次戦略」という二つの戦略の概念を解説しているものを発売していることはみなさんすでにご存知かと思いますが、それを発売するキッカケとなった元ネタ本の邦訳版が、いよいよ発売決定となり、一部では予約開始となりました。

出版社はあの超大手の講談社!

実は私もあまりにも素晴らしい内容だったためにある出版社にかけあって翻訳権を取得しようと動いたことがあるのですが、版権の競売で負けてしまったために獲得できなかったという事情があります。まあ相手が大手ですから負けるのは仕方ないといえばそうなんですが・・・・。

裏情報によりますと、原著者は5月に来日予定で、しかもセミナーを開催する予定だとか!

以下はその本の目次と内容の紹介です。

===

内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力
スーザン・ケイン (著), 古草 秀子 (翻訳)

内容詳細

ビル・ゲイツもガンジーもウォズニアックもみんな内向型人間だった!

内向型の人とは、喋るよりも他人の話を聞き、パーティで騒ぐよりも一人で読書をし、自分を誇示するよりも研究にいそしむことを好む人のことだ。アメリカ人と言えば、社交的で自己主張が激しそうなイメージがあるが、実際にはその三分の一が内気でシャイな内向型だという。これはアメリカに限ったことではない。

外向型が重視されるアメリカにおいては、内向型の存在感は薄く、出世競争でも不利になりがちだ。本書は、内向型が直面する数々の問題を浮き彫りにするとともに、あまり顧みられることのない内向型の強みと魅力を明らかにし、その個性を伸ばして生かす方法を模索する。

同時に、外向型の欠点や問題点を挙げ、外向型の人は企業のトップにふさわしいか、チームで作業するやり方は本当に効率的なのか、などの問題も議論する。現代アメリカ社会の内部分裂を浮き彫りにする衝撃のドキュメント。

全米ベストセラー

【目次】
はじめに 内向型と外向型――気質の北極と南極

パート1 外向型が理想とされる社会

1章 「誰からも好かれる人」の隆盛
    外向型はいかにして文化的理想になったのか

2章 カリスマ的リーダーシップという神話
   「個性の文化」の一〇〇年後

3章 共同作業が創造性を殺すとき
    新集団思考の登場と単独作業のパワー

パート2 持って生まれた性質は、あなたの本質か?

4章 性格は運命づけられているのか?
    天性、育ち、そして「ランの花」仮説

5章 気質を超えて
    自由意志の役割(そして、内向型の人間がスピーチをするには)

6章 フランクリンは政治家、エレノアは良心の人
    なぜ「クール」が過大評価されるのか

7章 ウォールストリートが大損し、バフェットがもうかったわけ
    内向型と外向型の考え方(そしてドーパミンの働き)の違い

パート3 すべての文化が外向型を理想としているのか?

8章 ソフトパワー
    外向型優位社会に生きるアジア系アメリカ人


パート4 愛すること、働くこと

9章 外交的にふるまったほうがいいとき

10章 コミュニケーション・ギャップ
    逆のタイプの人とのつきあい方

11章 内向型の特性を磨く方法
    静かな子供をどうしたら開花させられるか
終章 
不思議の国

【著者紹介】
スーザン・ケイン
プリンストン大学、ハーバード大学ロー・スクール卒業。ウォール街の弁護士を経て、ライターに転身。『ニューヨーク・タイムズ』紙、『タイムズ』紙、PsychologyToday.com.などに、内気な性格に関する記事を寄稿している。他にも、メリルリンチや法律事務所や大学などで交渉術の講師も務める。本書は第一作目の著書だが、アメリカでベストセラーとなっている。

古草 秀子(ふるくさ・ひでこ)
青山学院大学文学部英米文学科卒業。ロンドン大学アジア/アフリカ研究院(SOAS)を経て、ロンドン大学経済学院(LSE)大学院にて国際政治学を学ぶ。訳書は、S・クイン『名犬チェットと探偵バーニー・シリーズ』、T・ポープ『夫婦ゲンカで男はなぜ黙るのか』R・フェルドマン『なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか』、ケラソテ『マールのドア』、J・グローガン『マーリー』、F・ピアス『水の未来』、J・パーキンス『エコノミック・ヒットマン』など多数。

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もちろん本を読む時間のない方は、私が戦略論の概念を紹介するついでに本書を紹介して解説した若きクリエイターたちへ捧ぐ「累積戦略と順次戦略」CDがありますので、ぜひそちらのほうもよろしくお願いします。

ちなみにこのCDは、上の本の内容だけでなく、それが戦略論でどういう意味を持つのかというところまで詳細に説明しております。

ケインの本のもたらす意味の、さらに向こう側まで知りたいかたはぜひ!


by masa_the_man | 2013-04-26 21:48 | ためになる情報 | Comments(1)
お知らせがあります。

私がお世話になっている国際地政学研究所(IGIJ)がつい先月に開催した集団的自衛権と集団安全保障に関するワークショップの講演録が、このたび小冊子として限定発売されることになりました。

内容は、安倍政権でも一つの焦点となる安全保障懸案であります集団的自衛権についてでして、これについての自衛隊・防衛省内局や安全保障専門家の方々のかなり率直な意見を聞いたもの。

さらに重要なのは、その時に使われた図や資料などを豊富に掲載しておりまして、雑誌などに載っている記事などよりもはるかに専門的かつ丁寧に書かれているという点でしょうか。

以下は本文からの引用:

ー明日にでも起こりうる1番の類型ですが、金正恩がどうにかなって内乱が起こり、北朝鮮が38度線を越えて南進して来たケースを考えます。アメリカはまず、NEO(Non-Combatant Evacuation Operation:非戦闘員退避活動)を推進します。

ーフロンティア分科会は、「日本が国家としてどのようにあるべきか」といったことについて、長期的視野から提言を出してほしいというのが野田さんのリクエストだったわけです。

ー、我が国の憲法はパリ不戦条約 の系譜につながっており、基本的に憲法9条というのは決して特異なものではないという一つのとらえ方があります。従って、憲法9条の解釈を国際法や国際社会常識に則って解釈するべきだという考え方であります。その考え方を用いますと、当然のことながら国連憲章において禁止されていない武力の行使、すなわち個別的・集団的自衛権の行使、あるいは集団安全保障における武力の行使は当然容認した形で憲法9条を解釈すべきだという考え方がございます

ーある防衛省幹部の話として「日本がアフガン戦争のような海外での戦争に加わる覚悟と戦略がなければ、この集団的自衛権の議論は成り立たないのではないか」と言っているとありました。まさに此処の部分がこの議論の本質であると思います。

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下は小冊子の中の1ページ分のイメージです。かなり本格的でわかりやすい図が使われていることがおわかりいただけるかと。
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お値段は送料・税込みで全56頁の資料付き講演録が、なんとたったの900円です。

ご希望の方は、このメールアドレス(yqi02244@nifty.ne.jp:富岡)までお申込み下さい。

その際にご記入いただきたいのは、

・メールタイトル:【集団的自衛権講演録の小冊子希望】
・【氏名】
・【住所】
・【電話番号】

です。追って担当者のほうから振込先(ゆうちょ銀行の口座)のご連絡が参りますので、そちらに900円振り込んで下さい。振込確認後の数日以内に到着します。

数に限りがある限定版です。前回、そして前々回の講演録は募集から数日以内に完売(しかも絶版)してしまいました。

ぜひお早めのお申し込みをお願いします!
by masa_the_man | 2013-04-25 21:49 | ためになる情報 | Comments(0)
今日の横浜北部は朝から曇っておりまして、昼過ぎから雨になりました。気温は戻ってきましたが。

さて、歴史を揺るがす(?)興味深い史実の訂正のニュースがありましたのでその要約を。

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周恩来の謎の発言は翻訳の勘違い?
byリチャード・マクレガー

●フランス革命のインパクト?「それは結論を出すにはまだ早すぎる

●1970年代初期に、周恩来はおよそ200年前にフランスで起こった暴動についてこのように答えたとされているが、この発言は中国がいかに長期的にものごとを考えている、忍耐強い文明であるかという意味でよく引き合いに出される言葉だ。

●中国の首相をつとめた彼の答えは、有名な言葉としてよく引用されるようになり、中国の長期的思考の典型であり、がまんができない西洋の人々とは違うことを表す言葉として使われてきた

●ところが問題なのは、周恩来が北京に初めて訪問したリチャード・ニクソン大統領と語っていたのは、1798年のバスティーユの監獄を襲った群衆が始めた反乱のことではなかったという点だ。

●では何に対する答えなのかというと、その場にいたニクソンの通訳によれば、そのたった三年前に起こった1968年の学生暴動についてのことだったのだ。

●ワシントンで行われたヘンリー・キッシンジャーの『キッシンジャー回顧録:中国』の出版に関するセミナーの席で、元外交官だったチャス・フリーマンは長年勘違いされてきた間違いを正そうとしていた。

●「ええ、私はその場のやりとりをよく覚えております。その間違いはあまりにもできすぎていたために正すことができなかったのです」とフリーマン氏。

●彼によれば、周恩来はパリコミューンとフランス革命を勘違いしていたという。「ところがこの時の学生たちが使っていた言葉は本物のフランス革命と似たような言葉を使っていたわけで、周恩来はそれで勘違いしてしまったんですな」

●オーストラリア国立大学のジェレミー・バーメ氏は、周恩来のコメントは西側で広まっていた、長期的にものを見通す「東洋の神秘」というイメージとあまりにもあっていたと述べている。ところが「中国で聞くのは、国家指導者たちがいかに短期的にしか物事をみておらず、実際的すぎてあからさますぎるということなんです」とは彼の弁。

●バーメ氏はさらに加えて、中国外交部の資料を調べた中国の研究者たちも、周恩来が言っていたのは1968年の暴動のことだと確認したという。

●その中国側の資料は、それがヘンリー・キッシンジャーと周恩来の会話であったことも確認している。

●キッシンジャー氏の事務所の報道官は、「本人は細かいやりとりは覚えていませんが、フリーマン氏の説のほうが正しいように思うと述べております」と言っていた。

●この周恩来の謎の発言は当時の北京の厳格な政治の雰囲気を反映したものであり、もしフランスの過激な毛沢東派がパリの暴動に加担していたらまずいので、その判断を留保したいという思いもあったという。

●中国の指導者たちの言葉が勘違いされて流布したことは、もちろんこれが初めてではない。

●中国の市場開放を開始した鄧小平は「豊かになることは素晴らしいことだ」と言ったとされているが、そのようなことを言ったという記録は残っていないのだ。

●よく引用される「興味深い時代に生きていけますように」という中国の格言も、実は専門家によれば中国には存在しないという。

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これはある意味でキッシンジャーの親中バイアスを物語るエピソード、ということも言えそうですな。

それと同時に、なんというか「オリエンタリズム」というべきか。



by masa_the_man | 2013-04-24 23:53 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部はまた寒かったですね。どうも四月末に春先のような気温というのはイマイチ慣れません。

さて、本日のことですが、六本木ヒルズで開催されたある安全保障セミナーに参加してきました。

お目当てはなんといってもスピーカーの一人である戦略思想家のマーティン・ファン・クレフェルトでありまして、彼は日本でも『戦争の変遷』や『補給戦』、それに『戦争文化論』などの邦訳でも知られております。

ちなみに現在は彼のエアパワーに関する本が翻訳されているそうで、これは夏までに発売するとか。楽しみです。

すでに私のTwitter中継をご覧になった方はご存知かもしれませんが、スピーカーはイギリスのシンクタンクであるRUSIのクラーク所長、クレフェルト、それに森本前防衛大臣、それにシンガポール国立大学の黄教授というメンバーでした。

はじめはクラーク所長と黄教授の二人が世界の紛争やアジアの地政学的な状況について、そして森本元大臣の基調講演などがあったわけですが、クレフェルトはどちらかといえばコメンテーター的な役割。

他の人々が、どちらかといえば「安全保障」という枠組みから政治経済も交えて概説.概況的な説明に終止していたのにたいして、クレフェルトは講演者の中でもひときわ異色を解き放つスピーチを披露。

というのも、彼一人だけが「戦争」の専門家ですから、浮いてしまうのは当然といえば当然。

彼が強調したのは、「安全保障というのは、色々と聞こえがいいことを言えるが、究極的にはその安全を守るために命をかけて、相手を殺し、自分も死ぬ覚悟を持てるかどうかだ」というヘビーなもの。

これには多少会場の雰囲気が凍り付いた感じがあったのですが(笑)、国際政治の厳しい現実を述べているという意味では、彼をこのパネリストに招待した意味はあったのではないかと思いました。

たしかに国際政治というのは、言い方によってはオシャレな感じにも聞こえるように言えるのかもしれませんが、さすがは「水と安全はタダではない」というイスラエルからきた戦争専門家のいうことは、実に「異次元感覚」で参考になりました。
by masa_the_man | 2013-04-23 23:03 | 日記 | Comments(1)

ルトワック本の紹介

今日の横浜北部は・・・冬でした。少なくとも一ヶ月以上前の気候ですね。日差しだけは春だったんですが。

さて、連日お伝えしているルトワックの議論ですが、彼の最新刊のご紹介を。

The Rise of China vs. the Logic of Strategy
by Edward N. Luttwak

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すでに中国ウォッチャーの間ではある程度有名になっているようですが、この本はルトワックが自身の「戦略の逆説的ロジック」を使って、中国の台頭がいかに自滅的なものであるかを解説したものです。

先ほど更新されたメルマガのほうにも書きましたが、ルトワックはかなり「ストレート・トーク」をする人で、かなり中国側にお世話になっているにもかかわらず、最近出たキッシンジャー本とは違って、中国の問題点について言いたい放題な様子。

たとえばいくつか例を挙げてみますと、

ー中国の外交政策は「外国も自分たちと同じように現実的かつ日和見主義的である」という前提から考えられている。

―漢民族は、同じような目的や優先順位、そして価値観を共有していたのだ。彼らの国家関係は、いずれも同一文化内(intracultural)で展開されていた。そのために、外交や諜報、秘密作戦、政治的な裏切りのチャンスが驚くほど多く存在していたのだ。

―当然なこととして挙げられるのは、孫子の『兵法』の主役級の人物が、すべて漢民族で構成されていたという点だ。彼らは支配者であり、将軍であり、敵対する中華国家の指南役であった。彼ら全員が文化的な規範による同じ枠組みの中で活動していたのだ。

―中国の政府高官たちによく見られるのは、「外国との間の長年にわたる未解決の紛争は、故意に危機を煽ることで解決できる」という考え方だ。そうすることで強制的に交渉を開始させ、紛争を収めようというのだ。

というような、刺激的な発言が多くみられます。これはキッシンジャーのほうが、

―(中国以外の)どの国にも、一〇〇〇年も前の出来事から戦略上の原則を導きだして重要な国家政策に着手する現代のリーダーはいないだろうし、「自分がほのめかしていることの意味を同僚たちも理解している」と自信を持って考えることができるリーダーもいないだろう

という微妙に賞賛しているパターンとは大違い。

結論は「中国は自滅する」ということなんですが、面白いのはそれがなぜ自滅するのかを解説している彼独特のやり方でしょうか。

文は冗長でやや読みにくかったりしますが、昨日までの動画でもわかるようなあけすけな言論を読んでみたい方には楽しめると思います。

ちなみに目次は以下の通りです。

Preface
1 The Fallacy of Unresisted Aggrandizement
2 Premature Assertiveness
3 Great-State Autism Defined
4 Historical Residues in Chinese Conduct
5 The Coming Geo-Economic Resistance to the Rise of China
6 China’s Aggrandizement and Global Reactions
7 The Inevitable Analogy
8 Could China Adopt a Successful Grand Strategy?
9 The Strategic Unwisdom of the Ancients
10 Strategic Competence: The Historical Record
11 The Inevitability of Mounting Resistance
12 Why Current Policies Will Persist
13 Australia: Weaving a Coalition
14 Japan: Disengaging from Disengagement
15 Defiant Vietnam: The Newest American Ally?
16 South Korea: A Model Tianxia Subordinate?
17 Mongolia: Northern Outpost of the Coalition?
18 Indonesia: From Ostracism to Coalition
19 The Philippines: How to Make Enemies
20 Norway: Norway? Norway!
21 The Three China Policies of the United States
22 Conclusions and Predictions

13章以降は地域研究というか、国別の中国の台頭についての対応や反応について書いております。もちろん日本も入っておりまして、取材に来ているんですよね。

ということでやや異色な中国論としてはキッシンジャーのものよりも読ませてくれる良書です。
by masa_the_man | 2013-04-22 22:07 | おススメの本 | Comments(0)
今日の京都は晴れたのですが非常に寒かったです。冬に逆戻りのような雰囲気でした。

さて、昨日のつづきを。いよいよ佳境に入ってまいります。

===

(9:00)

●この長期的な紛争ですが、大国同士の戦いではなく(大国同士はあまり戦いませんから)、内戦みたいな地元の人間同士が争うタイプのものです。

●写真や報道によって世界中にこの紛争が伝わると、「ああ人が殺されているんだわ!」となるわけです。そこで国連のような制度機関が力を発揮して、このような紛争を無理やり止めるわけです。

●ところがここで覚えておかなければならないのは、戦争自体にも目的がある、という点です。では戦争自体の目的とは何でしょうか?

●それは人々がもつ「戦争への欲望」や、それに使われる「資源」、それに戦争の原因となる、「希望」や「野望」を焼き尽くすことです。

●戦争が始まったとすれば、その究極の目的は戦争そのものを破壊することにあるのです。

●たしかに戦争がはじまると、はじめは勢いがあって独特の高揚感があり、恐怖や欲望などがありますが、町は破壊されて人は死に、戦友を失い、政治家は現実的になって、戦争は終わります。

●ところがここで国連のような外部の人間たちが介入してきたらどうなるでしょうか?

●つまり停戦協定を結ばせて戦争を滞らせてしまい、その動きを強制的に止めてしまうわけですが、こうなると国連が創設されて以来の長期的な戦争がなかなか終わらなくなってしまうわけです。

●たとえばカシミールにおけるインドとパキスタンの紛争は終わりませんし、パレスチナ問題も終わりません。アフリカではDRCとルワンダとの戦いも終わりません。

●ルワンダの場合は軍事国家ですから、その目標、つまり東コンゴにいって軍事的に圧倒したいわけですが、その仕事もさせてもらえないというわけです。

●国連だけじゃないです。NGOなんかもひどいもんです。彼らはたしかに意識は高いわけですが、たとえばある場所にいる難民などに長期的に食糧を与えることで紛争を長期化させているのです。

●この典型的な例がルワンダのフツ族とツチ族の争いです。この部族間の問題があると、NGOが大量に寄ってきてたとえばフツ族に食糧を供給すると、彼らは朝に腹を満たしたその夜にツチ族を殺しに行くわけです。これは実は大変なスキャンダルなわけですよ。

●つまりは国連が戦争へと無理やり介入することでその戦争の目的そのもの、つまり平和の達成を邪魔してしまうわけです。

●もしこのようなことがヨーロッパの歴史で起こっていたらどうなっていたでしょうか?

●国家は存在しなかったでしょうし、教会の建物はなかったでしょうし、宮殿も文化も存在しなかったでしょう。ただ単に難民キャンプがそこら中にあって、ローマ人があちこちにいて敗北したドイツ人が色々なNGOに食糧をめぐんでもらって、様々な停戦協定を結ばされていたことでしょう。(会場笑)

●ようするにわれわれは「怪物」を生み出してしまったわけです。

●もし今度セーブザチルドレン財団があなたの家のドアまできて募金を呼びかけてきたら、その人をひっぱたいて飼い犬をけしかけて追い返してやりましょう。なぜなら彼らこそが、戦争のメカニズムが達成しようとしている目的の達成を妨害しているからです。

●さらに悪いのは、彼らが旱魃や飢饉の起こっている時にすることです。たとえば国民の半分が飢えてて、他の半分が小作業をやっているのに、NGOがやってきて飢えているほうに食糧を配ったりすると、農作物を売れなくなってしまうようなケースです。

●たしかにNGOで働く金髪の女性なんかは食糧を配ることによって聖人になったようで気分はよいかもしれませんが、彼女たちは同時にその半分の飢えていないほうの国民の生活を破産させてしまっているわけです。

●イギリスの場合は世界中に「必要性」があったから120もの違う国々へ植民地の獲得をしに行きましたが、現在はそれにかわってボランディアたちが仕事をしておます。

●もちろん彼らの意図は素晴らしいですし理解できるものですが、それでもそれは本当に邪悪なことをやっているわけです。

●なぜ邪悪なのかというと、たとえば本当に大規模な民族浄化のような大虐殺が行われている時は、彼らは介入しないのです。カンボジアのクメール・ルージュが自国民を200万人殺しましたし、ルワンダの時は80万人死にましたが、そういう時は絶対に介入しないのです。

●ところが介入する場合には何というか。なんと「大虐殺を阻止するため」という理由を使うのです。

●ボスニアの場合にはサラエボでは何もしなかったので大量に人が死んだわけですが、コソボの場合は虐殺なんか起こっていないのに、そういう場合に限って介入するわけです。その時に殺された人の数は1800人とかでしたが。

●つまりわれわれは戦争のプロセスに介入してしまうことによる成り行きというものを徹底的に見ていかないといけないわけです。

●スリランカはこのよい方の例にあたります。スリランカでは長いこと内戦が起こっておりましたが、シンハリ政府が徹底的に内戦を抑えて終戦に持ち込み、だからこそ平和のチャンスが訪れているというわけです。

●ところがもしここにNGOやヒューマンライツウォッチなどが入り込んで色々と報告などをしていたら紛争が長引いていたはずです。

●よって、われわれは「善意」であったとしても、それが国際関係においてどれだけ邪悪な結果を生み出しているのかを考えなければならないわけです。ご清聴ありがとうございました。
by masa_the_man | 2013-04-21 22:40 | 日記 | Comments(2)