戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man

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今日の甲州はなんとなく曇りでして、相変わらず初夏の気温。

イギリスの友人を山梨観光に連れ出しておりまして、本日はお約束の「昇仙峡」に行って参りました。私自身も初めてだったのですが、あまりにも観光地化されて客引きが多く、やや閉口。

さて、いまメルマガのほうに書いているテクノロジーの話題について少し。

テクノロジーには「思想」や「世界観」、さらには「政治(思想)」までが含まれるということをこのブログではかなり前から主張しているわけですが、それは一体なぜなのかということを説明するために便利なのが、このブログをご覧のレギュラーの皆さんにはすでに「耳タコ」になっている「戦略の階層」というもの。

いつものようにそれを記しますと、

世界観(人生観、歴史観、地理感覚、心、ヴィジョン)

政策(生き方、政治方針、意志、ポリシー)

大戦略(人間関係、兵站・資源配分、身体、グランドストラテジー)

軍事戦略(仕事の種類、戦争の勝ち方、ミリタリーストラテジー)

作戦(仕事の仕方、会戦の勝ち方、オペレーション)

戦術(ツールやテクの使い方、戦闘の勝ち方、タクティクス)

技術(ツールやテクの獲得、敵兵の殺し方、テクニック&テクノロジー)

となりますよね。

私はこの基本的な流れが「トップダウン」で表示してあることが非常に重要であると考えておりまして、それは結局すべてのレベルが一番下の「技術/テクニック」のレベルにまで凝縮される、という決定的に重要なことを示唆しているからであります。

ところが日本人の悪いクセは、状況が逼迫してきたり、勝ったと思っていい気になっている時に「ものごとを下位の(戦術〜技術)レベルだけで考えよう/考えたい」という変な欲望に負けてしまうという傾向を強くもっている点。

私が最近の日本の中で一番危ないなぁと感じるのが、「ものづくり」という言葉でして、これは90年代から盛んにもてはやされるようになったこと。

私はこれがもてはやされるようになったのが日本がバブル崩壊後に慌て始めた時期と一緒、という事実に注目しており、これは偶然ではないと思っております。

これをいいかえれば、「技術・テクノロジーを追求していけば日本はこれからも繁栄していける」ということなんでしょうが、問題は、日本人自身が「もの」というハード面にしか意識を向けていないことや、(思想や政治が満載の)「テクノロジー」のソフト面の重要性を決定的に軽視する文化をもっていることなのです。

「ものづくり」というのはたしかに聞こえはいいですし、もちろんそれ自体は尊重すべきだと思うのですが、ただ良い「もの」を作っていたとしても、たとえばそれを販売するための流通販路や、マーケティングなどの面ができていないと、極端にいえば「単なる職人」で終わってしまい、作ったものを買いたたかれてしまって大損、ということになります。

ようするに、日本は優秀な「職人」だけでなく、工務店やゼネコン、またはデパートのように、良い物をつくるだけでなく、それを売って消費者やお客さんに届けるシステムを持たなければ、ものを買いたたかれて、つまり流通システムというテクノロジーのソフト面である手の上でコントロールされてしまって終わり、というなんですね。

最近あの野口悠紀雄さんが、『製造業が日本を滅ぼす』という本を出版しまして、このタイトルはかなり過激ですが、私がここで言おうとしていることの半分は当てはまっていると考えていただいてけっこうかと。

つまり製造業を全部捨てるという必死の覚悟を持ってテクノロジーのソフト面の重要性に目覚めないかぎり、この国の経済はこれからかなり厳しいのではということです。
by masa_the_man | 2012-04-30 23:10 | 日記 | Comments(9)
今日の甲州は曇は多めだったのですが、なんとか「晴れた」と言えるような夏日でした。

さて、昨日からイギリス人の元クラスメートが来日しておりまして、そのアテンドで忙しくしております。

初日は成田についてすぐ滞在先の浅草まできて、いきなりランチにラーメンと餃子。夜は渋谷でしゃぶしゃぶを食べたのですが、刺身などの生魚をのぞけば、おおむね料理には満足している様子で、とくに餃子にははまったようすが。

最近発売になった私の翻訳書であるミアシャイマーの「ウソ本」ですが、この内容を聞かれて簡単に説明するとずいぶんと興味が出たらしく、ついでに本書の大きなウソの分類である

●「真実の供述」(truth telling)

vs.

●「騙し」(deception)
1、「ウソをつく」(lying)
1-1「戦略的なウソ」(strategic lies)
1-2「自己中心的なウソ」(selfish lies)
2、「秘匿」(concealment)
3、「印象操作」(spinning)

という大枠を説明すると、非常に納得した様子。

このクラスメイトは特に3の「印象操作」と1の「ウソをつく」ということの違いが一番気になったようで、

「両方とも真実を言っているわけじゃないからウソついていることにならないの?」

と鋭いツッコミ。

「いや、厳密に言えばウソをついているわけじゃないよ、だって“印象操作”は事実の全部を述べるわけではなく、一部を取り出して強調するだけだから」

というと、

「まあたしかに“ウソ”ではない。でも完全な真実を述べているわけじゃないから“騙し”だよね」

となかなか飲み込みの良い返答。

この辺の分類というのはたしかに曖昧なところもあるわけではないのですが、世界と戦っていかなければならない日本人にとっては、この辺の違いも身につけていくことは肝心ではないでしょうか。

この辺の意義についてはすでにこちらにも書きましたが・・・・

ということで、明日もこのクラスメートとの話は色々と続きそうです。
by masa_the_man | 2012-04-29 23:50 | 日記 | Comments(0)
【再録】です。

やはりこの記事は再録するだけの価値があると思ったので、以下の通りもう一度。

以下は米中関係に関するものなのですが、両国の政府高官たちが互いをどのように見ているのかという「世界観」に関するものです。

この記事はもっと注目されてもいいと思うんですが。

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中国のリーダーたちはアメリカの国力に「衰え」を感じている?

●ある中国の分析家によれば、最近中国政府の高官たちは、米中の競争を段々と「ゼロサム・ゲーム」の関係として見るようになっているらしい。

●しかもアメリカの経済と国内体制がうまくいかなくなれば、長期的には中国に有利になると考えているという。

●中国政府のエリートたちはアメリカを衰退しつつあると見ているが、同時にアメリカは中国が経済・軍事面で世界一の立場に発展しないように、陰に陽に色々と仕掛けてきていると見ているという。

●このレポートはブルッキングス研究所で発表された"Addressing U.S.-China Strategic Distrust"というものであり、北京大学国際関係学院・院長の王緝思(Wang Jisi)とブルッキングスの中国研究所所長であるケネス・リーバーサル(Kenneth G. Lieberthal)の共著である。

●中国政府の公式なアドバイザーである王氏は中国の対米政策を、そしてリーバーサル氏はクリントン政権で国家安全保障アドバイザーをつとめており、いずれも両政府を内部から覗いた経験あり。

●この報告書の中で、王氏は「中国政府の高官たちは、アメリカをもう圧倒的な羨望すべき/信頼できる国だとは見ていない」と書いている。

●それとは対照的に、中国は経済・軍事面で大きな自信をつけつつあり、とくにそのような傾向は二〇〇三年のイラク戦争以降から顕著に見られるようになったという。

●この当時のアメリカと中国のGDPの差は8倍もあったが、今日ではその差が3倍にまで縮まっているからだ。

●この王氏の発言は驚きだ。なぜなら彼は米中両国で大きな影響力を持っているからであり、しかも彼自身は冷静な分析をすることで知られた人物だからだ。

●この報告書を書いた両者とも共通して述べているのが、米中両国の間にある、表面下に横たわった強い不信感である。

●王氏によれば、北京政府の高官たちは、世界政治における自分たちの時代がいよいよ到来したと感じているという。そして鄧小平が主張した「目立たないように行動する」という政策を使う時期はもう過ぎ去ったと感じているというのだ。

●王氏によれば、近年のグローバル経済から影響を受けてきたアメリカの例を踏まえ、「中国政府高官たちは、中国経済がアメリカ経済にとって変わって世界最大になるのはあと何年ー―何十年ではありませんー―かかるかという時間の問題だと感じている」とのこと。

●王氏はアメリカのもつ最先端の兵器については何も触れていないが、中国のリーダーたちが取り組んできた宇宙開発や兵器開発の目標は達成できてきたとしている。

●王氏は、「アメリカはこの中国側の動きに対抗するために、領海や国境付近で偵察機や調査船による偵察を行っており、これが特に人民解放軍を怒らせているという。

●また、アメリカのNPOによる人権促進活動も「西洋化」の策略だと見ており、これは共産党政府を弱体化させる工作だと見ているという。

●逆にリーバーサル氏はアメリカの諜報機関から得た中国内部の情報を引用しつつ、北京政府の高官たちは米中関係を「ゼロサム的なアプローチ」から見ていることを指摘している。

●この報告書の内容は、米政府の関係者によれば「かなり中国政府の本音を教えてくれている」と評判になっている。

●米国側は「最近の中国からのサイバー攻撃は、単なるハッカーや犯罪というだけでなく、米国政府内部の情報を取りたいという北京政府の意向を受けたものである」と感じているという。

●両著者たちは共著の結論部分で、「米中両国の不信感のレベルはかなり高まっており、衝突が表面化する危険が出てきていると両者が考え始めている」と記している。

●これはつまり両国が互いを抑止するためにますます軍備を増強するようになるということを示しており、「最悪の場合は(互いに憎しみ合っていないにも関わらず)武力衝突にまで行くシナリオも考えられる」とリーバーサル氏はインタビューで答えている。

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これを「米中冷戦」という構造と見ることもできますが、私はどちらかと言えば「ブロック化」として見ております。

しかし中国側はアメリカを本当に追い落としたいわけですね。

あまり大きな声では言えませんが、この背後には人種的な問題があるというのも間違いありません。
by masa_the_man | 2012-04-28 23:49 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部は小雨状態の一日でありました。もう寒さはないんですがねぇ

さて、最近とくによく考えていることをメモ代わりにここへ。

日本人というのは西洋でいう「テクノロジー」というものを、「技術」という言葉にいいかえている上に、しかもそれを単なる「ツール」というか「道具」程度にしか考えていないおかげか、なぜかそれに「思想」や「人間の意思」、それに「世界観」や「哲学」のようなものが込められているという点に非常に鈍感であると感じます。

それがどうした、とみなさんが感じる気持ちもわかるんですが、日本の企業が最近衰退している原因にはそのようなところからくる勘違いが大きいのかな感じることばかり。

たとえばクラウゼヴィッツは、

「戦争は、他の手段をもってする政治の延長である」

と言ったことは有名ですが、実はこれは「テクノロジー」にもそのまま当てはまることで、

テクノロジーは、他の手段をもってする政治の延長である

ということも可なりなんですよ。

これについてはすでに講演会などで少し話をしたことがありますが、現在は来週発行のメルマガのほうにまとめて詳しく論じるつもりでおります。

余談ですが、明日からイギリスの修士時代のクラスメートが日本に来るので、数日間アテンドをします。そいつは京都や広島まで新幹線で行くらしいですが・・・・。
by masa_the_man | 2012-04-27 22:04 | 日記 | Comments(2)
今日の横浜北部は午前中はなんとか晴れた感じでしたが、午後から小雨が。

さて、数日前にTwitterのほうでも「さえずった」("つぶやき”は誤訳)通り、キッシンジャーが昔務めていたハーヴァード大学で行った講演について、私が著書を翻訳したこともあるスティーブン・ウォルト教授がブログに書いていたのでそのエントリーの紹介を。

キッシンジャーは日本の政治家にも参考になる、非常に興味深いことを言っていたみたいです。

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キッシンジャーはハーヴァード大学で何を語ったのか

●先日(4月21日)にハーヴァード大学のサンダーズシアター(講堂)では、「ヘンリー・キッシンジャーとの会話」という大きなイベントが開催された

●このイベントはこの老国政家に自身がハーヴァード大学に在籍していた時代や政府官僚の時代を振り返る他に、将来の米中関係などを語ってもらうという盛りだくさんのものだった。

●彼は私の仕事仲間である、グラハム・アリソン(彼は司会者)やジョセフ・ナイ、それに政治学部の大学院生などに囲まれて演壇に立った。

●もちろん私はここでキッシンジャーが語った全て書くつもりはない。その代わりに私自身が特に興味深いと思ったいくつかの場面をハイライトしたい。

●まず第一にキッシンジャー氏は、政府で働く際にもっとも役に立つ学問は「哲学」「政治理論」それに「歴史」であると述べている。

●たとえば政治理論を勉強すれば自分の考えというものを厳格にすることができるし、歴史に関する知識はいざ政治的な決断をしなければならない場面で広い視野を与えてくれるという意味で不可欠だ、と言っている。

●歴史についての確かな知識が、自分とは違う人々がどのような視点を持っているのかを理解し、また、できることとできないことの限界を知る上で決定的に重要であると彼が見ていたのは明らかであった。

●この点については私は非常に不思議な気持ちなった。なぜならこのような学問は、公共政策を教える学部などが(必要だとは認識されていながらも)よく強調して教えられているようなものではないからだ。

●通常の公共政策のある学部などでは、「経済学」と「統計」(回帰分析など)が強調して教えられており、それが時として「公共政策分析」や政治制度などと一緒に教えられることになることがあるくらいだ。

●私が教えているケネディ学院の院生は「倫理」(これは政治哲学が土台になっている)のコースのいくつか必修として取らなければいけないことになっているが、「歴史」は教えられていないため、最近の学生は昔よりも段々と歴史的に重要な事件について知らないと感じるようになっている。

●その代わりに最近の彼らに人気なのは「リーダーシップ」のコースであり、まるでこれを短期間に身につけられるようなものであると考えているようなのだ。

●わたしはキッシンジャー氏に最近の政府官僚はどのような訓練を受けているのか聞きたいと思ったほどだ。

●ジョセフ・ナイがキッシンジャー氏に「あなたが政府で行った決断で最も後悔しているのは何か?」と聞いたとき(彼はこのような質問を常に避けている)、彼の答えは「時の経過と共に私の考え方はだんだんと変わってきました」というものだった。

●彼が述べたのは、政府の仕事を離れてから書物を読む時間が増えたために、政府内で働いていた時よりも理解がはるかに深まったことが多いということだった。

●また、彼は自分が若いときに政府内で行ったいくつかの決断については「今でもそれほど自信をもっているわけではない」と答えている。

●ところが、あとでついた知恵を動員したら自分がよりよい政策家になれたかどうかという点については疑問だ、とも答えている。

●その理由は、「政策家であるためには強い自負心が必要だからだ」と言っている。たしかに多くの決定次項というのはあいまいであり、49対51という判断を迫られることばかりだからだ。

●彼が言ったのは「自分を疑っても何も得しないんですよ」ということだ。そしてこのような虚勢はむしろそのような仕事を得る意味で必須なことでさえある、ということだ。

●当然のようにこのイベントも、途中で抗議する若者たちがキッシンジャーの「国家犯罪」を告発しようと叫ぶという行為に出たために、何度か中断された。彼らの得意なことばは「よく安心して夜眠れますね!」というものだ。

●もちろんこのような疑問が彼に投げかけられるのは予測がつくものだ。しかし私はこのような戦術が政治的な意味を持つかどうかという点では、かなり効果が薄いと考えている。

●このような公共の集まりを妨害するのは「発言の自由」という意味ではありえるものだし、私もそれを禁止しようとは思っていない。

●ところが私が今まで見てきた経験から言えば、このような行為は常に逆効果なのだ。

●理由は単純で、だれかが突然立ち上がって抗議を叫び始めても、まずわれわれは自然とその行為が「マナー違反だ」と感じるものであるし、このような行為は観客を敵に回してしまうからだ。

●もちろん私ははげしい議論の応酬は大好きだが、それでも落ち着いたマナーで行う厳しい質問のほうがはるかに破壊力があるし、観客も味方につけられる。

=====

ハーヴァード大学の様子ですが、政治哲学、政治理論、歴史という3セットは日本の大学でも「絶滅学科」に近いのでは。
by masa_the_man | 2012-04-26 21:48 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部は曇りっぽいですがなんとか晴れているような感じです。

メルマガを更新しましたのでお知らせします。今回はなんというか、ミアシャイマー本の「意義」みたいなところについて書いてます。

ここで皆さんに問いかけたいのは、なんでわざわざこの本で「ウソ」をしっかりと区別して知ることがわれわれの生活に重要なんでしょうか?というもの。

その答えについてはこちらまで。

▼リーダーは(自国民に)ウソをつく(ことが多い)
http://archive.mag2.com/0000110606/index.html

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
■日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信
http://www.mag2.com/m/0000110606.html
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
by masa_the_man | 2012-04-26 12:17 | 日記 | Comments(0)

歯止め効果

今日の横浜北部は朝からスッキリ晴れて気温も上昇。夏の気配も感じられるほど。

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さて、今日は私が翻訳した本の原著者であるウォルトのブログから興味深い一節があったのでご紹介。

===

アメリカの核弾頭をヨーロッパから排除する秋

●合理的な政策決定をしようとする時に大きな障害となるものの内の一つとして挙げられるのが「歯止め効果」(ratchet effect)というものだ。

●これは、政府のような大きな組織にある政策が採用されると、その政策自身が生命を持つかのように拡大していって歯止めが効かなくなり、変化にたいする障害物になるという傾向を示したものだ。

●たとえばわれわれは、オサマ・ビンラディンが死んだ数十年たった後でも空港のセキュリティーチェックが厳しいまま行くであろうことが容易に予測できる。

●いま行われている空港のセキュリティーチェック は、シンプルなコスト計算だと全く「ワリ」に合わないことは、誰にでもわかる。

●でも今のセキュリティーチェックの体制を緩めようということが言える政治家はいるだろうか?

====

ウォルト自身は、これ以降にヨーロッパから必要のないアメリカの核弾頭を取り除けと提案しているのですが、それよりも私が興味深いと感じたのは、そういう政治学の概念を分類するのが得意なウォルトが「歯止め効果」という概念を最初に提示したという点。

この概念は、戦略学などのほうでは「ミッション・クリープ」(mission creep)や「スピルオーバー効果」(spillover effects)などと呼ばれるものですが、テクノロジーに関する哲学の分野では

「テクノロジーは人間の意思とは関係なく、まるで自律的にどんどん発展していってしまうのでは?」

という心配を引き起こす、いわゆる「テクノロジー自律論」という考え方にもつながってきます。

もちろん政府や組織というのは「テクノロジー」とは違う!という意見もあるかも知れませんが、実は向こうの文献だと「組織」というものをテクノロジーと結びつけて考え、それが独自のメカニズムを持ってきてしまい、人間の手を離れてコントロール不能になってしまう、という懸念が散見できます。

たとえばアメリカ政治だと「シカゴの民主党の強力な集票組織」という意味で「シカゴ民主党マシーン」(Chicago Democratic Machine)という名前で呼ばれていたり、イタリアのモンティ首相が「テクノクラートだ」と言われるのはそれですね。

日本の政府・官僚組織などはまさにこのような「歯止め効果」を持った、人間のコントロールの難しい「自律的なテクノロジー」なのかも知れない、という視点は重要かと。
by masa_the_man | 2012-04-24 21:00 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部は朝から雨でした。まるで梅雨みたいですね。

さて、昨日参加した戦略研究学会の年次大会での野中郁次郎氏の講演内容をここにアップしておきます。

野中氏についてはご存知の方にとっては言うまでもないことですが、経営戦略の理論ではハーヴァードビジネスレビューに論文が何度も載るほど世界的に有名な人物です。

最近では名著『失敗の本質』の執筆者の一人としても再び注目されておりまして、今回の特別記念講演はそれにそった軍事戦略に関係した内容でした。

実は私は体調が万全でなかったためにどこまで正確にメモがとれているか怪しいのですが、学会のホームページなどにはおそらく講演の要約などは掲載されないと思うので、私がボランティアでここに簡単なものを載せておきます。

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●日本は過去の成功にとらわれすぎるところがある。英語でいえばoveradaptation to past successという感じだ。

●司馬遼太郎は小説で明治のリーダーたちに「リアリズム」があったと何度も主張しているが、これは英語でいえば「プラグマティズム」(pragmatism)のことだろう。それはつまり物事の判断にイデオロギーを持ち込まなかったということ。

●この「プラグマティズム」については、シンガポールのリークワンユー大学のマブマニ学長と話していたときにひどく一致したことがある。

●アメリカもそういう意味では「プラグマティスト」だが、ときどきひどく理想主義に振れるところがある。

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●最近また売れている『失敗の本質』だが、これは執筆者が歴史家と経営学者でわかれていたために生まれたものだと思っている。

●最初にダイアモンド社に持ち込んだときは編集者の人に「これは売れませんよ」と言われた。その編集者は後に偉くなって社長までつとめたが。

●この本を書くときは正直気持ちが暗くなった。生き残りの方々にインタビューも行ったのだが、とにかく日本の「失敗」がテーマなので暗くなって当たり前だ。

●それで同じ執筆者で「成功した事例をまとめよう」と思って書いたのが、『戦略の本質』だ。
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●ところが日本には負けそうになっていたのに逆転して勝ったという事例が少ないので、使う戦史の幅を広げてグローバルにした。

●執筆者が歴史家と経営学者でわかれていたと言ったが、歴史家たちは何よりも証拠やデータの存在が全て。

●ところが私のような経営学者がやるのは、未来を作るためのフィクションの提供なのだ。いわば、ストーリーやナレティブを作る仕事だから、当然のように話が合わなくなる。

●最近の経営戦略では、よく「針ネズミ」と「キツネ」という二つのモデルから戦略を分析するものがある。イザヤ・バーリンの分析が元になっている?

●「針ネズミ」はいわば単眼志向で、一つの要素・モデルに注目するものだ。効果を上げるときはものすごいが、悪く働くとイデオロギーに陥りがち。

●「キツネ」のほうが物事を複雑なまま理解しようとする、いわば折衷主義。研究によればこちらのモデルのほうがベターな結果を得られるらしいが、グレートな結果は出ない。

●チャーチルの戦略にたいする取り組みを見てみると、コンテクストごとにさまざまなアプローチをしていることがわかる。

●ギリシャ哲学が参考になる。「アテネの学堂」という有名な絵があるが、あれが象徴的だ。
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●左のプラトンは天にある「イデア」のほうが大事だと説くが、その弟子のアリストテレスはただひたすら現実の中に真理があるとし、そこから見いだされる「フロネシス」(賢慮)が大事だと説いた。これは「演繹」と「帰納」の違いと言っても良い。

●われわれの世代にとって原節子という存在は「アイドル」だ。これはまさに「イデア」だ。

●マイケル・ポーターはcreating shared value(CSV)が大切だと言った。

●私は「フロネティックリーダー」が必要であると思って提唱している。実践知のあるリーダーということだが、以下のように六つの能力が必要だと考えている。

1、善悪の判断ができる
2、コンテクストの共有感覚を熟成できる(ユーモア・ジョークが上手い)
3、現実を見つめる目を持っている(realityではなくactuality)
4、本質や直観で得たものを、生きた言葉で再構築できる能力。
5、共通善に向けて実現する能力。組織力。
6、賢慮を育成する能力

●優れた日本のリーダーを調査してわかった面白いことがある。例えば本田宗一郎などは、半分以上が猥談。いまならセクハラで訴えられるレベル。これも時と状況を上手く使い分けないとだめ。

●realityは自分が入っていない、いわば客観的な観察。しかしactualityのほうは自分がそこに入って体験しているレベル。

●レトリックは非常に重要である。なぜならリーダーというのは、自分のビジョンを言葉を使って他人にも共有させる必要があるからだ。

●アンソニー・ビーバーの『ノルマンディー上陸作戦』はすぐれた本だ。日本ではこういう本は書かれないはず。ここまで調べられない。
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●ノルマンディーは『戦略の本質』にも入れたかったが無理だったエピソード。

●チャーチルからわかるのは「歴史的想像力」があったこと。彼は前任者であるドレークやジョン・チャーチル、ネルソン、ウェリントンについてよく読んでいた。

●チャーチルは「数人で議論して、最後は私が独断」という方式でやっている。

●マイケル・ポランニーが「暗黙知」というヒントをくれた。「暗黙知」を身につけるには経験しかない。

●まとめていえば、リーダーには、「教養」と「至高体験」、それに「実践と伝統」のいずれかが必要。

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ということです。なんか思ったよりメモ取れてないですね・・・・。

どなたか補足情報があれば、コメント欄にお願いしたいところです。

ちなみに野中氏が講演の最初で言っていることは、戦略学では「勝利病」(victory disease)と呼ばれております。
by masa_the_man | 2012-04-23 21:00 | 日記 | Comments(0)
今日の都内は曇りがちで気温も低めでした。

戦略研究学会の年次大会に行ってまいりました。かなり盛況で、私が司会を担当した会場もかなりの数の方々にお集りいただき、大変ありがたかったです。

今年度から私のようなフリーの人間が「編集委員」と「定例会委員」という二つの大役をいただいたのですが、これはどうやら上の方々の「ネットを使って若い人の関心を集めてくれ」という声無き声だと勝手に都合よく解釈しました(笑

さて、以前のエントリーにからんだ意見記事をまた要約です。これは前のエントリーの元記事ですね。

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GPSの機能はわれわれの頭の中に入っている??
byジュリア・フランケンシュタイン


●最近ドライバーになった人々にとっては、おそらく「カーナビの無かった世界なんか信じられない!」というのが正直なところだろう。

●ところが現在のようなテクノロジーに依存した社会でも、このような人間の能力を過小評価するような問いかけは意味がない。

●なぜなら、新しい調査結果によれば、人間は方向感覚を使えば使うほど「メンタルマップ」を強化させることができるらしいからだ。

●ところがそれを使わなくなってしまった場合にはどうなるのだろうか?

●メンタルマップという概念自体は1940年代から心理学者のエドワード・トールマンの迷路のネズミに関する研究によって知られており、かなり一般的にも普及している

●また、これらはわれわれの頭の中だけではなく、実際の地図も方向感覚を正す上で非常に役立つものだ。

●例えばある実験では、頭にヘッドギアに載せたディスプレーを通じて、被験者が住んでいる町とそっくりの3Dのコンピューター画像を見せたら、北の方向がわかっているグループのほうがもっとも道を間違える確率が低かったという。

●もちろんその理由は、地図というのはたいていが北を上にして描かれているからだ。

●では地図とカーナビの違いは?

●GPSを使ったカーナビの場合はかなり問題がある。なぜならそのテクノロジーに頼りすぎるとわれわれの知覚的な地図が使われなくなってしまうからだ。

●カーナビというのはわれわれに空間情報を与えず、ただ単に曲がり角の情報くらいしか与えないのだ。

●問題なのは、われわれの脳というのは経済的に効率よく動こうとするものであり、不必要な情報はなるべく避けようとする、という点だ。

●だからこそカーナビは便利なツールかも知れないが、その反対にわれわれは自分達の脳をあまり働かせようとしなくなってしまう。

●だからといって気にすることはないじゃないか、という人もあるだろう。ところが私はそれは違うと考えている。なぜなのか。

●カーナビはたしかに時間を短縮してくれる便利なものだが、同時に松葉杖のような役割を果たすことになる。つまりカーナビがこわれたら、あなたは完全に道に迷ってしまうのだ。

●イギリスのある心理学者は、空間的経験が人間の脳の構造まで変えてしまうことを発見している。

●これはロンドンのタクシー運転手たちが共通して脳の一部である海馬が一般人よりも大きかったという調査だ。

●ところが自分のメンタルマップをカーナビに頼ることになると、あとで方向感覚を取り戻すのは難しくなる

●ではこの能力を失わないようにするためにはどうすればいいのだろうか?答えは「自分の能力を使い続けろ」である

●今度あなたが知らない土地に行ったときにはカーナビを使わないことをオススメする。地図だけを頼りに、記憶力などをフル回転させるべきだ。

●地図はどの角を曲がればよいかを逐次教えてくれるわけではないのだが、町の抽象的な仕組みを豊富に教えてくれるからだ

●そうすることによって、あなたの脳は再び能力を取り戻すことができるはずだ。

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ここでも重要なことは、「テクノロジーは、社会だけでなく、人間の肉体まで変化させてしまう」ということです。

それと地政学で重要なのは、この「メンタルマップ」という箇所でしょうか。これは地理観や世界観に直結しております。
by masa_the_man | 2012-04-22 22:59 | 日記 | Comments(2)
今日の横浜北部は曇りがちで、なんかやけに寒い気が。

さて、今日も再びアメリカに関するネタ。今回はいよいよ私の専門に絡んでくる、「大戦略」についての話。

基本的に書評なんですが、二冊一気にやっているところがミソでしょうか。この二冊を比較検討しているところが面白い。

いずれこの二冊は邦訳されるのが確実です。

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アメリカは今後どうすべきなのか
by ジョナサン・フリードランド


Strategic Vision: America and the Crisis of Global Power
Zbigniew Brzezinski
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The World America Made
Robert Kagan
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●去年アメリカで放映されたアウディA6のコマーシャルは印象的だった。

●そこのでのメッセージは、「アメリカの道路はひどいが、アウディはスマートでかっこいい」というものだった。つまりアウディの存在そのものがアメリカの衰退の象徴であるということだ。

●たしかに最近アメリカ衰退論は盛んになっており、フォーリンポリシー誌のウェブサイトには「アメリカ衰退報告」というサイトも出現したほどだ。

●この種の本も豊富であり、今回紹介する二冊もそのようなトピックについて扱っているのだが、上手い具合にリベラル(左)と保守(右)の立場から論じたもの。両著者は地政学のジャンルではかなりの有名人たちである。

●まずロバート・ケーガンだが、彼はネオコンでイラク侵攻を支持した人物であり、レーガン政権から政府で働いた経験を持っている。「アメリカは火星から、ヨーロッパは金星から来た」というフレーズを有名にした。

●ズビグニェフ・ブレジンスキーのほうは、いわずと知れたカーター政権の安全保障アドバイザーであり、過去30年間にわたって「アメリカは対外政策でどうすべきか」ということを絶え間なく論じてきた人物である。

●当然だが、この両者の意見は違う。ケーガンは本の中でイラク侵攻についてはほとんど触れていないが、彼の介入に対する熱心な姿勢は明らかだ。

●ところがブレジンスキーのほうはイラク侵攻を「アルカイダとの戦いを脱線させた無駄な戦い」であり、しかもその正当化の理由が数ヶ月以内に崩れてしまい、アメリカの国際的な立場を弱めてしまった、と手厳しい。

●また、ブレジンスキーのほうは気候変動が最も重大な脅威であると主張しているが、ケーガンのほうはほとんど何も言っていない。

●また、ブレジンスキーが憂慮しているのは、アメリカ国内の経済格差であり、ウォール街発の金融危機についてかなり批判的だ。彼はこのシステムの改革が必要であり、それは対外的にアメリカが展開していくためにぜひすべきだと力説。

●ブレジンスキーはリーマンショックが「資本主義を傷つけた」としながらも、「それでもリベラルな経済秩序は全世界の人々が望んでいるものだ」と自信を持って主張している。

●この二冊はアメリカの右と左の立場を象徴的に示しているが、ブレジンスキーはかなり細かい事実まで詳細に論じているのに対し、ケーガンのほうはやや大きな概論を論じている。

●とくにケーガンは、「国際的な秩序というのはビルのようなものであり、そのビルは(アメリカによって)支えられなければならないのだ」という印象的な比喩を使っている。

●言ってみれば、文章の雰囲気はブレジンスキーが悲観的であるのにたいして、ケーガンは楽観的なのだ。

●ところが驚くべきことに、この両者は「何が重要なのか」という点ではむしろ同意していることが多い。

●たとえば両者は「アメリカの衰退」はメディアで誇張されていると説いている。両者ともアメリカのGDPが世界の四分の一を(過去四十年間にわたって)占めていることを指摘しているのだ。

●また、軍事費はその他の国々を合わせた額よりも多いことを指摘。ブレジンスキーによれば「アメリカに軍事的に対抗できるような勢力は皆無」なのだ。

●ケーガンについてはその理由についてさらに分析を行っており、「以前は完全無敵の状態だったという、単なる過去の栄光についての神話を懐かしんでいるだけだ」と指摘している。ところが問題は、そのような時代は一度も訪れたことがないという点だ。

●たとえば第二次大戦直後はアメリカの力が頂点に達したと言われているが、その時代でもディーン・アチソンは中国や朝鮮半島、それにインドシナ半島などの状況はコントロールできないと嘆いていたと述べている。あのマッカーサーも1952年に「アメリカの想定的な衰退」を危惧しているという。

●よって、ケーガンは「アメリカの衰退という議論はアメリカの歴史そのものと同じくらい古い」というのだ。そしてこのような恐怖にアメリカは直面してから、その後に必ず復活してきたことを指摘している。

●両者とも中国の台頭についてはアメリカ側が「過剰に反応している」と主張している。同じような議論は1980年代の日本についても言えることだ、とはブレジンスキーの弁。彼は中国がアメリカに追いつくのはまだ数十年かかると指摘。

●それに対してケーガンは、中国の地政学的なポジションの悪さを指摘している。周辺をアメリカの同盟国に囲まれており、海軍力を発揮するのは困難だからだ。

●ケーガンが本領を発揮するのは、「もしアメリカがいなかったらどんな世界秩序が現れるのか考えてみろ」と論じている部分だ。貿易に必要なシーレーンを守っているのはアメリカだが、それが中国やロシアになったらどうなる?と問いかけるのだ。

●ブレジンスキーもインターネットが中国やロシアの管理下にあったらどうなるかを想像せよ、と読者に迫っている。

●二人を比べると、ブレジンスキーのほうが長年にわたるアメリカの対外介入についてかなり批判的だ。ただし両者ともアメリカの支配的な状態のほうが世界にとって有益だという議論を行っているという点についてはぶれていない。

●結果として、両者は共に「アメリカ衰退は宿命である」という議論には批判的だ。アメリカの衰退や現状維持状態は避けられない運命というわけではない、というのだ。

●そして二人が強調するのは、もしアメリカがトップのままでいたいのであれば、それを積極的に維持するための努力を惜しんではならない、ということだ。ブレジンスキーは、そのためには現在の国内の政治システムを変えるという痛みが必要だという。

●しかしそうするべきであるというのが彼らの主張だ。なぜなら、現在の(70年間ほど安定してきた)国際秩序は、自律的なものではなく、誰かによって維持されるべきものだからだ。

●それ以外の良い秩序が他にもありえない以上、世界はアメリカを必要としている、というのだ。

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基本的に楽観的ですね。ただし世界秩序におけるアメリカの立場というものをすごく意識したものです。

個人的にはケーガンが地政学的な分析をしているのに驚きました。今まではそんなことほとんどしなかったのに。

ちなみにブレジンスキーは相変わらず文中で「ハロルド・マッキンダー」と書いてます。誰か指摘してあげないと。
by masa_the_man | 2012-04-21 21:08 | おススメの本 | Comments(0)