戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日のダッカもよく晴れまして、ここ数日よりも気温が上がりました。雰囲気としては9月中旬の日本みたいな陽気です。

さて、今日は午前中は締め切り間近の翻訳をやった後に、昼から夜にかけてたっぷりとダッカの街中を観光させていただきました。

案内してくれたのは私の友人の生徒たちで、もちろん英語はペラペラな上に戦略学をその友人から習ったということで、クラウゼヴィッツや孫子、それにカウティリアの話などで大いに盛り上がりました。

まず行き先はダッカの街中にある中央駅でして、ここでは列車や駅の様子をじっくり観察。ちょうど良いタイミングで北部からの長距離が到着したので写真をとったのですが、まあとにかく彼らは安全に気を使ってません。子供が列車から身を乗り出しているところを見るとヒヤヒヤしました。
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その後はダッカの旧市街に行きまして、ここで昔の宮殿と川を見ました。圧倒されたのはその人の数と汚さとカオスっぷりです。
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ところがここには不思議な魅力があり、西側の基準だと単なる「汚くて人ごみだらけのスラム」という感覚なのですが、この体験したことのない雑踏は、なぜか私にわけのわからない「生きるエネルギー」をくれるような気が。
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その後は憧れの「リキシャ」や「オートリキシャ」(CNG)に乗りまして、最後はバングラデッシュ最大のショッピングモールに行きました。
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ここで何か土産でも買おうと思ったのですが、思ったほど良いものがなかったため、諦めてタクシーに乗ってレストランに行き、チキンカレーを食べてホテルに帰りました。

明日はいよいよ最終日です。友人の家に行って、彼の家族と一緒にご飯を食べた後、飛行機に乗って日本に帰ります。
by masa_the_man | 2011-11-25 02:22 | 日記 | Comments(1)
今日のダッカも素晴らしい秋晴れの空でして、年に何回あるかどうかのさわやかな一日でした。

ロンドン大学のC教授が午後から別の大学で講演をするというので、午前中はホテルの部屋で締め切りが迫っている翻訳をやり、昼から教授とホテル近くのレストランで一緒に食事をすませ、その後で中心部にあるNGOが設立した新しい大学に行きました。

教授の講演のテーマは一日目の講演と同じ「グローバル化と弱小国家」ということで、20世紀からわれわれを動かしてきた思想が、①リベラリズム、②マルキシズム、③イスラム主義、の三つであり、現在はモイジのいう「感情」、もしくはタイムゾーン(前近代、近代、ポスト近代)にわけて考えると面白い、というもの。

そのような講義とは関係なく、教授とランチの時間に話していて興味深かったのは、現代の人間はその定義から考えるとすでにサイボーグである、ということ。

たとえば人間は16世紀から時計という「メカ」をつかって時間を知るようになった時点ですでにサイボーグ化(メカと人間の融合化)している、ということになります。これは動物たちのように、メカに頼らずに時間の概念を知るような存在とは決定的に違います。

それよりも興味深かったのは、教授の講義のあとの雑談の時間で、私が会ったバングラデシュの少数民族の地域出身の若い研究者でした。

彼は南東部のミャンマーとの国境近くの州出身で、顔も完全に他の(インド人っぽい)バングラデシュ人よりはむしろチベットとかタイの人に近い顔をしておりました。

彼の住む地域は宗教も仏教だし、使っている言葉も違う(ベンガル語は彼にとって母国語ではない)。そういう意味で、ダッカにいるバングラデシュ人たちとはアイデンティティーが違うと自分でも感じているとのことです。

そこで私は「あそこはたしか独立運動がさかんで、テロなんかも起こっているんですよねぇ」と聞くと、その彼はなんと、「ええ、いまダッカの大学で研究者やってなかったら、私は独立運動やってテロでも起こしてますよ!」と笑顔で答えてくれたのです(笑

町の喧騒やカオス的な状態なんかを見てても思うのですが、日本はかなり恵まれているなぁと感じるばかりです。
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(左の彼が少数民族、バングラデシュのパスポートの文面に注目)
by masa_the_man | 2011-11-24 01:34 | 日記 | Comments(0)
今日のダッカは朝はスモッグがすごかったのですが、午後からすっかり晴れて秋晴れの空に。

さて、いよいよダッカ三日目で、今日は友人が助教授を務める大学でロンドン大学のC教授と一緒にゲストスピーカーとして講演してきました。もちろん内容は「地政学の理論について」です。

C教授のほうは得意の「NATOの将来」というテーマで、かなり悲観的な予測を披露し、わたしはインドと中国の衝突の可能性などを、いくつかのチョークポイントやフラッシュポイントを指摘してみました。

その後はその大学がロンドン大学の教授にイギリスの大学の政治学部のカリキュラムをどうすればいいのかを聞くアドバイスセッションに参加し、そのあとはダッカの中心部(とくに国会議事堂周辺)を観光しました。

これからまた友人や教授たちと夕食に出かけるのですが、とりあえずこれで私の役目は終わったので気が楽です。

ということで詳しい報告はまた。

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(ダッカ大学科学部:カーゾンビル)
by masa_the_man | 2011-11-22 21:51 | 日記 | Comments(0)
今日のダッカは晴れていたはずなのですが、スモッグのおかげでそれほど晴れているという感じがしませんでした。

昨日から一週間弱の予定で、バングラデシュの首都ダッカに来ております。

今回の主な目的は、ここの大学でレクチャーをすることなんですが、基本的にはこっちの大学で助教授をやっている友人が私をゲストスピーカーとして誘ってくれて、ついでに彼の家を訪問するということでした。

香港経由で昨夜の午後八時頃にこっちに着いたのですが、それなりに想定していたとはいえ、やはりこちらの交通状況は聞きしに勝る壮絶なもの。

私が泊まっているホテルは空港と町の中心部とのちょうど中間にある、外国の大使館などがある高級なエリアに建っているはずなんですが、ここでも人力車(三輪自転車)がバンバン走っておりますし、窓ガラスのないバスの屋根の上には人が乗っていたりして、かなりワイルドな様子が(笑

面白いのは、これだけ環境が悪いように思えるのに、なぜかこの活気のおかげでこっちも元気になってくる、というところでしょうか。この場所(というか第三世界の町)というのは、どこでもこのような不思議な魅力があるんでしょうなぁ。

二日目の今日は、本ブログでもおなじみのロンドン大学のC教授がダッカのトップの私立大学のクラスでグローバリズムについて講演するのを友人と聞きに行きました。明日はこの教授と私の二人が、別の大学でゲストスピーカーとしてレクチャーを行います。

今日の収穫は、なんといっても中国政府がダッカの大学に設置した孔子学院の話でしょうか。彼らは二〇〇六年に南アジアの中ではこのダッカに初めて孔子学院を設置したらしい。

いろいろと戦略的な話も聞いたのですが、とりあえず詳しい報告などはまた後ほど。
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by masa_the_man | 2011-11-21 21:51 | 日記 | Comments(1)

by masa_the_man | 2011-11-19 21:32 | 日記 | Comments(2)
今日の甲州はよく晴れたのですが、夕方になってから冷え込んでまいりました。

さて、「幻想の平和」でも提唱されている「オフショア・バランシング」という大戦略について、ここで私なりの見解というか、簡単なまとめを記しておきます。

もちろん私は「オレが日本で一番オフショア・バランシングを知っている!」と豪語するつもりは全くないのですが、とりあえずミアシャイマー、ウォルト、レインというオフショアバランシングを提唱するリアリストの学者のそれぞれの主著的なものを訳した経験がある以上、それについてまとめておいてもバチは当たるまい、ということです。

それではなるべくわかりやすいように、以下のように要点としてまとめてみます。

まず大前提としてご理解いただきたいのは、オフショア・バランシングというのは「大戦略」(grand strategy)のコンセプトである、ということです。

大戦略というのは、拙著『悪の論理は・・・』の49ページの表を見ていただければお分かりのように、国家が戦争を行う時に、政策(policy)と軍事戦略(military strategy)の間をとりもつレベルのことを扱っており、具体的には国力の(戦争遂行のための)資源配分や兵站、それにその配置、そして脅威がどこから来るのかなどを考えます。

このレベルのキーワードは、「安全保障」「脅威」「ロジスティクス」「国防予算」、そして「コントロール」などでしょうか。政治レベルよりはもっと具体的、だけど軍事戦略よりは非軍事的でやや抽象的、というイメージでもよいかと。

よってオフショア・バランシングというのは、最近話題の「エアシーバトル」のような「作戦」のレベルや「軍事戦略」のレベルのように、いざ戦争になったときの軍隊を用いた戦いかたを考えるというよりも、それ以前の準備段階における軍隊の配置の仕方を考える、というイメージで考えていただければわかりすい。

よって、やや誤解されるのを覚悟でいえば、「軍事」よりも「安全保障」という意味合いの方が強いわけです。

さて、このオフショア・バランシングですが、元ネタは冷戦後(とくに93〜97年の間)にリアリスト系の学者たちの間で激しく議論された「大戦略」の議論から出てきたものです。手元に資料がないので不確かですが、たしか初出はMIT教授のバリー・ポーゼンが共著で書いた論文だと記憶しております(間違っているかもしれませんが)。

この大戦略の理想型というか、そのモデルは、なんといっても一九世紀イギリスです。とくにミアシャイマーは拙訳『大国政治の悲劇』の第七章で、イギリスとアメリカを比較しつつ、この二国は「オフショア・バランサーであった」と結論づけております。

ミアシャイマーが米英をオフショア・バランサーとした最大の理由は二つあって、

①ユーラシア大陸との間に緩衝地帯となる「」が横たわっており、

②これによってユーラシア大陸から直接的な侵攻の脅威を受けずに(しかも自分からも侵攻できなかったために)柔軟に同盟を組み替えたりしながら内陸の政治に柔軟に干渉できた

と言っております。

もちろんミアシャイマー、ウォルト、レインの三者は、それぞれがオフショア・バランシングの概念を微妙に使い分けている部分はあるのですが、基本的な共通点としては以下のようになります。

1,ユーラシア大陸の無用な紛争に巻き込まれてはいけない。

2,「孤立主義」(isolationism)とは絶対に違う→限定的な介入は時として必要

3,ユーラシア大陸内部から脅威となる大国が出現しても、基本的にその地域のバランス・オブ・パワーに頼り、自らの国防努力によって抑えこんでもらう

4,そうすることでアメリカは国力(財政、国防費)を温存できるし、それを最大化したまま維持できる。

5,よって、ポール・ケネディの言う「帝国的過剰拡大」を非常に問題視する。

6,脅威が台頭してきたイザという時も、アメリカが積極的に自分から出るのではなくて、むしろ呼ばれてから助けに行くほうがイメージ的にも望ましい、と考える。

7,「一極時代」(1991〜2005年?)の大戦略ではなく、「多極時代」(19世紀〜20世紀前半、冷戦時代?)の大戦略である。

8,自分がやるのではなく、他国にやらせる。つまり責任をとらずに、責任転嫁(バック・パッシング)する。

ということです。

ここで時間切れ。

ミアシャイマー、ウォルト、レインという三者のオフショア・バランシングの微妙な違いなどについては、また明日書きます。
by masa_the_man | 2011-11-17 23:27 | 日記 | Comments(4)
お知らせです。

ご好評いただいていた横綱論1&2の小冊子版ですが、ご好評につき品切れとなり、販売終了となりました。

ただし電子書籍版のほうは左のカレンダー下のリンク先から引き続き販売しておりますので、今後ともよろしくお願いします。
by masa_the_man | 2011-11-17 17:05 | 日記 | Comments(0)
お知らせです。

すでにご存知のかたも多いと思われますが、昨日(13日の日曜日)の毎日新聞の書評欄に、拙訳の『幻想の平和』の書評が掲載されました。その重要部分だけ引用貼付け。

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 わたしは、オフショア・バランシングがこれから10~20年のうちにアメリカの大戦略になるとは考えない。それには二つ理由がある。その一つはきわめて単純である。本書はアメリカの大戦略の基本に「門戸開放」のイデオロギーと政策があることを示している。では、なぜ、門戸開放が近い将来、力を失うというのか。

 もう一つ、世界がこれから多極化に向かうことは疑いない。しかし、それでアメリカを中心とした世界秩序が終わるわけではない。かつて19世紀には、国際社会は、国家を超えた超越的権威がないという意味でアナーキー(無政府状態)だったばかりでなく、主権国家の行動を律する国際的規範とそれを体現する制度も未成熟だった。しかし、21世紀の現在、世界には、アメリカの覇権下につくられたさまざまの制度と規範がある。新興国の台頭とともに、こうした制度と規範は変わっていく。しかし、なくなるわけではない。多極化するからアメリカは引くべきだということにはならない

 わたしは、本書(原書)出版以来、大学院のセミナーで本書をテキストの一冊として使っている。国際政治について考えるとはどういうことか、本書の骨太の論理と格闘させることが、学生が成長する上で役に立つと考えるからである。決して読みやすい本ではない。しかし、アメリカの世界戦略について考えたい人には必読の書である。

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実は私は白石教授(良書の翻訳多数)が授業でこの本を使用されていることを知っておりました。ネットで検索すると授業のシラバスが出てくるんですよね。そういうことだったので、訳者あとがきの中にも「日本の大学のごく一部では授業に使われている云々」と書きました。

上の引用の箇所は書評の核となる部分なんですが、やはり問題は教授の考える「オフショア・バランシングは起こらない」という2つ目の理由のところでしょうか。

たしかに教授のおっしゃる通り、「多極化するからアメリカは引くべきだ」という風にはならないかもしれませんが、「財政的に厳しいから引かざるを得なくなる」という可能性はあるかと。つまり、「金の切れ目は縁の切れ目」という古典的なことわざです。

もちろんレインのいうような完全なオフショアバランシングは当分の間は実現せず、現実は「半分はオフショアバランシング、半分は選択的関与」みたいな大戦略が採用されることになるのかもしれませんが、では20年後は?というと厳しいような。

私はレインの提唱する「オフショアバランシング」という大戦略の日本についての重要性は、いままでの日本の安全保障についての考えの大前提となっていた「アメリカの覇権による秩序」という想定の外でものごとを考えるようにわれわれに迫るという箇所にあるのかと考えております。

原発事故でもわかったように、われわれは常に「想定外」を考える訓練をしておかなければならないのであり、それにはレインの指摘するような日本のリベラリズム的な「幻想の平和」ではなく、「現実の厳しい“平和”の実態」というものを根本から考えなおす必要があるのでは、と考えるわけです。

たしかに教授のおっしゃる通りにこの本は「決して読みやすい本ではない」のかも知れませんが、日本がいままでの「幻想」から覚めて国際政治の厳しい現状を考える際には、このようなリアリストの思想が展開されている国際政治の理論書を読んで考えることは、日本の外交・防衛政策をになうエリートたちにとってはきわめて重要なことなのでは。

ということで、書評を書いていただいた白石教授には本当に感謝です。
by masa_the_man | 2011-11-14 11:01 | 日記 | Comments(8)
今日の東京はさわやかに晴れました。気温も11月とは思えない暖かさでした。

本日開催のオフ会ですが、たくさんの方々にご参加いただきました。本当にありがとうございます。

今回もご三方の興味深い発表をいただきましたが、次回も以下のような強烈なラインナップとなっております。

①山田洋行の「戦争論」
②日本橋呉服屋の「中国の核戦力の歴史」
③原発関係者の「除染現場からの報告」

の三つです。

日程は12月11日(日)の午後1時からです。ふるってご参加下さい。
by masa_the_man | 2011-11-14 00:32 | 日記 | Comments(0)
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(economist.comより)
by masa_the_man | 2011-11-11 11:54 | ニュース | Comments(0)