戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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米中比較

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(msnbc.comより)
もちろん片方の統計の数字がかなり怪しいことは言うまでもないですが…
by masa_the_man | 2011-10-25 21:26 | ニュース | Comments(2)
今日の東京は少々ぐずついた天気でしたが、気温は高めでした。

さて、オフ会に参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。まずはお礼まで。

今回の「ミニレクチャー」ですが、

1,「ネットと集合知」、
2,「電力業界における上下分離問題と孫正義の戦略」
3,「司法改革制度についての私見」

という、いずれも大変興味深いテーマで三人の方にお話いただきました。

三つともそのまま新書にできるような内容の優れた面白さで、私のみならず、ご参加いただいた方々にも非常に満足いただけた様子でした。

さて、次回の開催は11月13日(日)で、すでに三人の方々に発表をお願いしております。

そのテーマですが、

1,「震災と日本の危機管理」
2,「港湾事業に関する犯罪の色々な実例」
3,「放射能除染に関する現場からの見解」


ということになっており、いずれもタイムリーで面白そうなものばかり。

今月末あたりからまた本ブログで募集しますのでよろしくお願いします!
by masa_the_man | 2011-10-15 23:42 | 日記 | Comments(0)

横綱論2が完成

今日の甲州は雲が多めでしたが、秋のさわやかな気候を満喫できました。

さて、簡単にお知らせだけ。

色々と締め切り等があって忙しくしておりますが、そんな中で以前からお約束しておりました「横綱論2」が完成しました。

ただいまこれの編集作業を行なっているのですが、ちょっと分量が多くなってしまいまして、「横綱論1」のほうが30頁前後だったものが、今回の「横綱論2」のほうは50頁ほどに膨らんでおります。

基本的には話を「運の上げ方」に特化しており、そのメカニズムについて具体的な例を挙げなから論じているんですが、7月辺りから書き始めて、その完成までにずいぶんと時間がかかってしまいました。

ただしその説明はおそらくみなさんに納得していただけるものであると自負しておりまして、色々と身近な人々の例などをわかりやすい形で参考にしております。

おそらく金曜日あたりから発売開始できると思うのですが、遅くても今週土曜日のオフ会には間に合わせようと思っております。

ということで、あと数日で発売開始です。ご期待下さい。
by masa_the_man | 2011-10-12 00:00 | 日記 | Comments(0)

藤井氏の地政学講座


by masa_the_man | 2011-10-11 13:13 | 日記 | Comments(0)
●よって、このような「単一要因」vs. 「多数の要因」というアプローチは今日では深刻な議題とはなっていないが、「環境の役割」と「性質的要因の役割」に関する議論は終わっていないし、おそらく永遠に終わることはないだろう。

●ある人々は国家の拡大的な政策を「パワーの真空状態の存在」にあると見なして、国家間のパワーの安定的な分布を求める

●その他の人々は、そのような政策は「特定の国家の貪欲さ」にあるとして、これらの国々を弱いままにするか、他国の管理のもとにおくことを求めるのだ。

●国家の侵略的行動は、ある場合には、国家が生きている環境的な条件に備わった挑発的な性質――差別的な待遇などによって分割されたり委ねられたりする――によって説明されるのであり、また別の場合には、国家のリーダーの精神的疾患などによっても説明される。

●前者のケースでは、「平和への戦略」として適切なのは「環境を変化させること」となる。後者のケースでは、リーダーにたいする精神療法や彼らの政権からの失脚が将来の平和の希望にとって最適であるということになる。

●対外政策の方向性というのは、決定要因などに連動する公式見解に影響されるものなのかもしれない。

●もしヒトラーがドイツ地政学(ゲオポリティーク)の教義を信じていたとすれば、彼の東方拡大への計算における地理以外の要因をすべて排除することができるかもしれない。

●同様に、個人の性格が決定的な影響を及ぼすということを誇張してしまったおかげで国家のリーダーたちが思い違いをしてしまった可能性もある。

●たとえばフランクリン・ルーズヴェルトは、テヘランおよびヤルタ会談でスターリンの個人的な信頼を獲得することのほうに重きを置いてしまったために、ソ連に有利になる将来のヨーロッパのバランス・オブ・パワーの出現の阻止に動こうとしなかったのだ。

●有名な環境論的な理論としては、カール・マルクスが今日のソ連のリーダーたちに教えたものがある。

●彼のよく知られた仮説によれば、資本主義者たちの対外政策は、資本主義経済の内的矛盾によって決定されるという。

●そこでのアクターたちは、経済システムが発揮する強力な圧力によって動かされてしまう単なるあやつり人形だと想定されているのだ。

●そして資本主義陣営内部の国家の行動の違い――たとえばソ連をアメリカの世界的な対立状態の主な元凶としてみるかどうか――は、西側諸国内の資本主義の熟成度の違いによるものである、と説明されるのだ。
by masa_the_man | 2011-10-11 12:07 | 日記 | Comments(0)
●また、「国家戦略」と「軍事戦略」を慎重に区分けしておこうとするのは、本物の戦略の作成を避けるための言い訳にもなりうる。

●そのような区分けは、一方を政策、そしてもう一方をドクトリンや作戦などと、ほとんど見分けがつかないようにしてしまうのだ。

●これは「政策目標」と「軍事計画」の間のギャップ――これは、軍隊をどのように使って(単なる軍事的な結果ではなく)政治的な結果を生むのかを正確に考える、戦略的な計算によって橋渡しをされるべきものだ――をさらに広げてしまう。

●このような混乱はきわめて一般的に見られるものだ。たとえばターゲットを効果的に破壊する軍事戦略というのは、たしかに作戦レベルでは「成功」となるが、それでも敵政府を屈服させることができなければ、政策レベルでは「失敗」となるのだ。

●もしくはプロの軍人たちが「戦略・軍事構造のミスマッチ」について語る時、大抵の場合は自分たちの能力と戦争の目的のギャップのことではなく、軍の構成と自分たち好みの作戦プランとの間のギャップのことを意味しているのだ。

●政策と作戦を「国家戦略」や「軍事戦略」と言いかえたり、それらの責任を分けたりするのは、そこに何かがあるように装いながらも、実は戦略的なギャップを埋めずに単に放っておくということにもつながりかねない

●アメリカのような超大国にとって、このような戦略面でのギャップというのは、「戦闘に勝ったが、戦争に負けた」という嘆かわしい条件をつくり上げるものなのだ。

●政策と作戦のヒエラルキーは、「融合された戦略」が欠如していたり、計画者が予期していた通りの効果を得るためのプランを提供できなかった場合に、あまりにも簡単にひっくり返ってしまうものだ。

●こうなると、作戦は政策に貢献するのではなく、逆に政策を動かすようになってしまう。

●しかもこのような逆転現象は全く珍しいものというわけではない。歴史家のラッセル・ウェイグリーは重い調子で、戦争が政治の延長であることをやめ、「自発的な勢い」をつくりだし、そもそもそれが開始された本来の目的を忘れてしまったため、戦争は政治の「従」ではなく「主」になったと結論づけている。


●軍事行動を政治的な結果につなげる簡単な計算式などというものは、おそらくこの世に存在しないのだろう。

●戦争の目的は、自らの意志に敵を屈服せしめることである。そしてそれは、銃撃が止んだ時点で誰が支配しているのかを決定することに他ならないのだ。

●これは「軍事作戦での勝利」とかなり密接した関係を持つものだが、それでもそれと全く同じことではない。

●一方が敵の領土を完全に占領してその政府を消滅させ、占領軍として直接統治しない限り、「作戦レベルでの成功」というのは、そのまま戦後に敵を思い通りに行動させることにつながるような、単純なものではないのだ。
by masa_the_man | 2011-10-06 00:21 | 日記 | Comments(0)
組織の優劣関係

●武官と文官のリーダーたちは、異なる専門分野と義務をもっている。プロの軍人は、政策家が作戦プランに干渉してくるような戦略を出してくる時に、政治家のことを「無責任な奴だ」と見ることが多い。

●現代の軍事作戦の複雑性は、軍人たちにエンジニアのようなメンタリティー――つまり戦略を(ある意味で)数字によって再現できる「計算式」や「原則」を探したいという衝動――を発生させるのだ。

●そしてこれは、一歩間違えば人が死ぬビジネスであるという性質から考えれば、ごく当然の衝動なのである。

●ところが計算式のような戦略というのは、実際のところは反・政治的なものである。

●このような戦略というのは、何かを決定して他の選択肢を消滅させるものであるが、政治というのは――しかもそれが民主制度のものである場合は――あらゆる選択肢をなるべく残しておき、制約を避けようとするものなのだ。

●政治家というのはさまざまな方面の利益を満足させようとするものであるために、これは「難しいコミットメントが絶対的に必要となり、しかも方向を素早く変えられるように準備できるようになるまではなるべくそれを避ける」ということを意味するのだ。

●したがって、その核心のところでは「計算式による戦略」という考え方――つまりあらかじめ設定されて状況の変化による要求にも対応できるような戦略――というのは、知識のない政治家が机上の将軍(アームチェア・ジェネラル)のように行動しているのと同じくらい世間知らずで恥ずべきことなのだ。


●また、「国家戦略」と「軍事戦略」を慎重に区分けしておこうとするのは、本物の戦略の作成を避けるための言い訳にもなりうる。

●そのような区分けは、一方を政策、そしてもう一方をドクトリンや作戦などとほとんど見分けがつかないようにしてしまうのだ。

●これは「政策目標」と「軍事計画」の間のギャップ――これは、軍隊をどのように使って(単なる軍事的な結果ではなく)政治的な結果を生むのかを正確に考える、戦略的な計算によって橋渡しをされるべきものだ――をさらに広げてしまう。
by masa_the_man | 2011-10-05 03:35 | 日記 | Comments(0)
●このような考え方にたいする抵抗は頻繁に再発しており、とくに政策と作戦を別の区画にわけておこうと考える軍のリーダーたちの間で顕著に見られるものだ。

●たとえばそれにたいする異議は、ヘルムート・フォン・モルトケ(大モルトケ)のものが有名である。

●彼は「戦略はその狙いのために活用されることによって政治に貢献するものだが、この狙いの達成には、政治からの最大限の独立性を保つことが必要なのだ。よって、政治は作戦に介入すべきではない」と書いている。

●このような考え方は制服を着ている人々の間では一般的なものであるが、これでは戦略の土台が崩れやすくなってしまい、政策を作戦に従属させてしまうことになりかねない。

●もしこれが正しいことになれば、たとえばモルトケの後継者たちが二つの世界大戦で「戦略的な大損害」の代わりに、いくつもの「戦術的な大成功」を収め、自分たちの国だけでなくヨーロッパの大半を破壊してしまうようなことにもつながりかねない。

●もし政策と作戦の融合が原則的に許されているとしても、それは実践の際に抵抗されることが多く、「橋」の両端にいる政策家と軍の指揮官たちは、「戦略の融合」とは単に「自分たちのやりたいようにやることだ」と考えてしまいがちなのだ。


●文官のリーダーというのは、政治目的と軍事作戦の二つをそもそも融合させるべきか、それとも区別すべきものなのか、という点まであえて意識して考えるようなことはない。

●もちろん中には、「政治的決断と軍事的実行は慎重に行うべきであり、互いに順次的かつ独立的で、リーダーたちは自分たちの願いを大々的に宣言して、兵士たちにそれに合うようなことを自由にやらせるべきだ」という、軍の中で優勢な見方を喜んで認める人もいる。

●そして、これはモルトケの考え方に沿ったものだ。

●もちろんこのようなアプローチでは政軍関係の緊張はやわらぐし、時としては効果的かもしれないが、予期しない事件が起こるリスクがあるのだ。

●他には、「互いがどのような責任を負うのか知らずに、政治と軍事の決断をあえて融合させる」というアプローチを信じる人もいる。

●ところが戦略を融合したものとして捉える見方を正当化する政治のリーダーたちが無理のない判断をしたいと思ったら、あらかじめ軍事作戦のことについてかなり熟知しておかなければならないのである。

●そしてそのような知識を持っていたり、もしくはそれを習得することができるような時間をあえて持とうとする政治家は、実際にはほとんど存在しないのだ。
by masa_the_man | 2011-10-04 21:28 | 日記 | Comments(0)
戦争におけるすべてのこと

●クラウゼヴィッツが戦争の「摩擦」について述べたことは、戦略についても当てはまる。それは「とても単純なものであるが、最も単純なことだからこそ難しい」のだ(*1)。

●このような問題のそもそもの始まりは、「戦略」という言葉に、数々の罪が含まれている点にある。

●もちろん多くの人々は、この言葉が出てきた初期の頃のような限定的な考え方――大規模な軍事作戦の計画と管理という意味――だけで満足している。

●ところがクラウゼヴィッツは、戦略という言葉を定義する際に「戦争の目的のための戦闘の使用」と言って、「政治・政策」という意味を加えてしまったのだ(*2)。

●この妨害によって、戦略というコンセプトは、必然的にそれまでよりも高いレベルに押し上げられることになったのである。

●ところがこの言葉はあまりにも広い意味で使われるようになったために、場合によっては「対外政策」と同意語になってしまったのだ。

●軍で働く人々は、そのような曖昧さを、「国家戦略」(national strategy)と「軍事戦略」(military strategy)とにわけて扱う向がある。そして前者が後者を動かすものであるという風に想定されるのだ。

●このような区別はある程度は合理的であると言える。ところがそれをよく見てみると、結局のところは多くの問題を発生させてしまっているのだ。

●たとえばこれは、政軍関係が根本的に緊張関係にあることを想起させている

●米国防省に「国家戦略」と呼ばれ、多くの歴史家や理論家たちには「大戦略」(grand strategy)と呼ばれるものは、あまりにも「政策」と重なり合っているものであるために、それらをいちいち区別することは困難なのだ。

●したがって、目的と手段の違いは最初から混乱していることになる。

●概念を明確にしておくためには、三つの領域――政策、戦略、そして作戦――を分けて考えるよりも、むしろ戦略を「政策」と「作戦」の間にかかる「橋」として考えるほうが良いだろう。なぜなら「橋」として考えれば、要素が二つの領域を行ったり来たりするものとして捉えることができるからだ。

●戦略を「政策」と「作戦」という二つの領域を「橋渡しするプラン」として考えた場合、これを効果的にするためには、政治と軍事を分けるのではなく、むしろそれらを融合しなければならないのである。
by masa_the_man | 2011-10-04 01:08 | 日記 | Comments(4)
戦略にまつわるトラブル:「政策」と「作戦」の「橋渡し」

● 軍事組織にとって「戦略」というものほど懸念を発生させるものはない。

●ところが政治家たちは戦略そのものには無関心であることのほうが多い。

●人によっては、より良い戦略への要求を、「必然的に発生する臨機応変の措置にたいするナイーブな抵抗だ」と結論づける場合もあるほどだ。

●それではなぜこのテーマについての議論は決して終わらず、リーダーたちはその結論に納得して仕事に取り掛かかることはできないのだろうか?

●なぜ軍の高官たちは、政府の高官たちよりもより明確な戦略を主張するのだろうか?
by masa_the_man | 2011-10-04 01:07 | 日記 | Comments(0)