戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日の甲州は曇りながらも蒸し暑い一日でした。

さて、次に出す国際関係論の訳本なんですが、原著者から「日本語版のまえがき」ということで短いイントロダクション的な文を書いてもらいました。

その中で、とくになかなか刺激的だった部分を、世界にさきがけて本ブログで紹介しておきます。

何かの参考にしていただければ幸いです。

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私は本書が日本語に訳されたことを本当に嬉しく思っている。なぜなら、この本の議論はなるべく多くの人々に聞いてもらう必要のあるものだからだ。

外交的に失礼となるリスクを承知であえて言わせていただければ、対外政策や安全保障政策における現在の日本は、一人のアメリカ人の目には、どうも自分だけの世界の「幻想」の中でひたすら頑張っているだけのようにしか見えないことがある。日本は目を覚まし、自分たちの将来を真剣に考え始める必要があるだろう。

(中略)

もちろん日本の対外政策のエリートたちは中国の台頭による地政学的な意味を明確に理解していた。しかしそれと同じくらい明らかだったのは、日本は中国の台頭に対処するための大戦略の作成では迷走を繰り返している、という事実だった。

日本のデフォルト的な選択肢というのは、どうやら「アメリカが守ってくれるからわれわれは心配する必要はない」というものだ。そしてたしかに次の五年間くらいはおそらくこの想定も合理的なものであり続けるだろう。ところが時が二〇二〇年に近づき、アメリカが財政危機によって戦略的に縮小することを迫られていることを考えれば、アメリカが東アジアのコミットメントから大きく撤退せざるを得なくなることは目に見えているのだ。

それに加えて、アメリカの「拡大抑止」(extended deterrence)という戦略の抱えるリスクがさらに明らかになるにしたがって、アメリカは日本から「核の傘」を撤回することになるのだ。

本書が発している日本に対するメッセージは、かなり過酷なものである。二〇三〇年代に近づくにつれて、日本は「アメリカが中国から守ってくれる」という想定の上に大戦略を立てることはできなくなる。日本は「アメリカが去った後の東アジア」という状況に対して準備を進めなければならないし、このためには自分たちの力で立ち上がり、国防の責任を背負うことが必要になってくる。

好むと好まざるにかかわらず、中国の台頭とアメリカの衰退というのは、日本(やそれ以外の東アジア・東南アジアの国々)にとっては大きな地政学的変化が到来しつつあることを意味する。この点について「幻想」がないことだけははっきりしているのだ。

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以上
by masa_the_man | 2011-06-26 23:56 | 日記 | Comments(9)

宇宙地政学の本

今日の甲州は朝から蒸し暑かったです。いきなり夏至ですが、これからまた日が短くなるとは思えないほど。

さて、随分昔に書いたと思ったら、まったく書評に書いていなかったので、あらためて紹介。

Astropolitik: Classical Geopolitics in the Space Age
by Everett C. Dolman

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宇宙地政学の第一人者、エヴェレット・ドールマンの「アストロポリティーク:宇宙時代の古典地政学」です。

その内容なんですが、すでにご存知の方もいらっしゃるように、拙訳『進化する地政学』の中の「宇宙時代の地政戦略」の著者が、この論文を博士号論文レベルまで拡大して書いたもの。

はっきり言えば『進化する地政学』のほうの論文にエッセンスが全て入っているので、あえて本まで読まなくても良いかも知れませんが(苦笑)、私がこの本で注目するのは、原著者が古典地政学の論理づけや文献紹介などを徹底的に行っている、とくに最初の2つの章。

後半は宇宙関連の専門用語や地図が出てきて、正直のところそっち方面の知識がないと読んでいてもツライ部分があるかも知れません。

ちなみにドールマンは本ブログでもおなじみの米空軍大佐と非常に仲が良いみたいで、この本をあえて挑戦的に(つまりバリバリのハードなリアリストな視点で)書いたということみたいで、本人はあくまでもこれを「試論である」というとらえかたをしているとのこと。

いいかえれば、彼自身はこれを書いたにもかかわらず、この理論を心の底から信じているわけではない、ということです。

ではなぜ書いたかというと、このような「極端なこと」を書くことによって、逆にスペースパワーの議論が広がっていくのが良いと考えているからだとか。

読んでいてもわかるように、この人は単なる宇宙オタクではなく、相当なインテリなようで、哲学書や国際関係論の本なども相当読み込んでいることがなんとなくうかがえますし、実際に大佐に聞いてみたらやはりその通りでした(メチャメチャ背が高くてデカイらしい)。

ということで、出版されてから9年ほど経った本ですが、これほど知的興奮にあふれる斬新な地政学の本は当分出てこないかも知れません。もちろん私の論文でも大いに参考にさせていただきました。

古典地政学の理論のエッセンスを逆に見つめ直すきっかけにもなるという意味で、とても貴重な本です。超オススメ。
by masa_the_man | 2011-06-22 23:48 | おススメの本 | Comments(2)
今日の甲州は日中やや日もさしたのですが、基本的に蒸し暑い曇空の一日でした。

さて、最近私の関心の中心であるロジスティクス関連の文献について、ここに参考までにリストアップしておきます。

調べてみましたら、日本語でもけっこう出ておりまして、とくにビジネスやマーケティング系のほうは充実しております。

ただしやはりというか、安全保障や戦略という観点から書かれたものは少ないわけで、こればかりは仕方のないものなのかと感じております。

ということで、まずは日本語で読めるものから、そして次に英語文献の有名なものを下に挙げておきます。もし皆さんのほうでご存知なものがありましたら教えて下さい。

日本語文献

◯軍事とロジスティクス by 江畑 謙介

ーカタログ的なものとしてかなり高レベル。ただし理論面についてはほとんど考察なし。

◯ロジスティクス―戦史に学ぶ物流戦略 by 谷光 太郎

ー未読

◯ロジスティクス思考とは何か―戦史から解明する戦略的物流革命 by 谷光 太郎

ー未読

◯補給戦―何が勝敗を決定するのか by マーチン・ファン クレフェルト

ー戦略史におけるロジスティクスの重要性を考察。挑戦的な解釈で話題を呼ぶ。普仏戦争におけるプロシアの補給の優秀さという神話を粉砕。本書は旧版の訳なので、英語が読めるかたは原著者の「反省と回顧」という章のある原著の新版をぜひ。

◯山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略 by W.G. パゴニス

ー湾岸戦争でロジスティクスを担当した将軍の回顧録的なビジネス本。体裁もビジネス書として読まれることを意識しているせいか、ちょっとそれが行き過ぎという感じも。


英語文献

◯Pure Logistics: The Science of War Preparation by George C. Thorpe

ー1917年にアメリカの一士官によって書かれた、おそらくロジスティクスの分野では唯一とも言える理論書。薄いが内容はかなり濃い。

◯Logistics in the National Defense by Henry E. Eccles

ー1959年の元米海軍士官による古典で、ロジスティクスの歴史を広く扱ったもの。フォーカスがやや広すぎか。

◯Operational Naval Logistics by Henry E. Eccles

ー上と同じ著者の、海軍の作戦行動面での説明に特化したもの。ヘタウマな絵で色々と説明されているが、内容はかなり具体的で高度。

◯Military Logistics and Strategic Performance by Thomas M. Kane

ー2001年出版。博士号論文を元にして書かれたものであり、五つの戦役からロジスティクスがその勝利にどのような役割を果たしたのかをかなり論理的に考察。戦術面での役割を高く評価。

◯The Sinews Of War: Army Logistics, 1775-1953 by James A. Huston

ー米陸軍のロジスティクス史。理論も確立しようとしており、かなり野心的な内容。

◯Supplying War: Logistics from Wallenstein to Patton by Martin van Creveld

ーこの分野の古典。すでに述べたように、巻末に回顧録的なものが書かれていることに注目。

以上
by masa_the_man | 2011-06-22 00:20 | おススメの本 | Comments(4)
今日の甲州は曇ったり雨がぱらついたりと、梅雨特有のはっきりしないお天気でした。しかし気温は確実にじわじわと上がってきてますね。

さて、原稿の締切りなどで時間がないので、今日は人のブログに紹介されていたレビューをそのまま引用。3エントリー前の書評と同じ本の書評です。

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リアリズムをネットで学ぶ

奥山真司氏のブログやAmazonのレビューで「攻撃的」と評されていた吉田亮太氏のリアリズム論「覇権支配システムー力の均衡と世界の民主化ー」を早速購読した。

読後の印象としては、吉田氏のリアリズム論は決して「攻撃的」なものではなく、その論調とは逆に、非常にクールかつスマートなもののように感じた。

吉田氏の結論を私なりに換言すれば、「リアリズムにとっては、米中露という大国間のバランス・オブ・パワーを適切に管理することこそが新たな世界大戦を予防し現在及び将来の世界平和を維持するために最も重要なことであり、この目的の前ではリベラリズムが主張する自由民主主義の発展や人道問題などは『コーヒーショップの泡』のような瑣末事に過ぎない。しかし、民主主義国の覇権国であるアメリカはその政体の制約により国家のパワーを自由に行使することが出来ず、そのことが非民主主義国である中露との勢力均衡を図る上で大きな弱点となっている。したがって、アメリカをはじめとした民主主義国を制約から解き放ち、国家のパワーを自由に行使できる存在に変化させなければ、世界のバランス・オブ・パワーは危険な状態に陥るであろう」というものであり、そのために必要なこととして吉田氏は「世界の民主化にノーを」唱えよと主張している。

個人的には本書の「第9章 世界の民主化にノーを」が最も刺激的な論考であったものの、「第10章 「新しい中世」の中で」における「新しい古代」や「新しい近代」といったアイディアは未だ生煮えの議論であるように感じた。吉田氏にとっても「リアリズムの現代的展開」に関する議論は現在進行中のものであるのだろう。

本書で示された吉田氏の認識を踏まえれば、今後も日本は覇権国アメリカの庇護の下で東アジアにおける勢力均衡に汲々とするほかない立場であるが、個人的には、バランス・オブ・パワーの維持ではなく劇的変化を企図する中露の攻勢を前にして、日本は果たしてそれだけで有効に対処することが出来るのか疑問に感じるところもある。

いずれにせよ、日本リアリズム界(!?)に突如として彗星の如く現れた吉田亮太氏の激辛リアリズムを本書で学ぶことは、日本のリアリストにとって義務教育に等しいと断言できる。

本年度リアリズム新人賞確定です。

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うーん、さすがよくまとまってます。
by masa_the_man | 2011-06-20 23:55 | おススメの本 | Comments(1)
今日の甲州は朝から曇り空。しかし蒸し暑い状態が続いております。

さて、今日は久しぶりにジョークを一つ。ただしひどい下ネタなので読む方はリスク覚悟で。

時は1950年6月、場所は南米のアルゼンチンの政府中枢。

ご存知のとおり、この頃に東アジアで北朝鮮軍が朝鮮半島に侵攻して朝鮮戦争が勃発。国連はこれについて参戦するかどうかをしきりにアルゼンチン側に打診してきた。ところがアルゼンチン大統領はあいにく外遊中でなかなかつかまらない。

ところが政府の方から大統領へ伝言の形で朝鮮戦争に参加するかどうかを聞く電信を送っておいたら、次の日にどうやら暗号のような形で大統領から返信があった。

その返信とは、たった一言で、

キンタマ

というもの。

この謎の返信に、アルゼンチン政府の高官たちはその意味を解明しようと悩み始めるが、誰もその意味がわからない。

さんざん議論したあげく、彼らは大統領府内の廊下でもこの謎の「暗号」について議論しはじめた。

すると、そこを通りかかった掃除夫がこの暗号を聞いて、

「おい、お偉いさんたち、そんなこともわからんのかね?」

と一言。まったく困り果てていた政府高官たちは、

「え、あなたはこの大統領の暗号をわかるんですか???」とビックリ。

すると掃除夫は答えていわく、

「ああ簡単だ。国で一番勉強したエリートがこれだから困る」

と余裕の表情。どうしても答えを知りたかった政府高官たちがその答えを乞うと、

「いいか、朝鮮での戦争に協力するかどうかじゃろ。そこで大統領の答えはキンタマ。ということは、“参加すれども介入せず”という意味じゃ。さすが大統領だ、ワッハッハ。」
by masa_the_man | 2011-06-20 00:07 | 日記 | Comments(4)
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(msnbc.comより)
by masa_the_man | 2011-06-17 01:08 | ニュース | Comments(0)
今日の甲州は朝から曇空で、午後から本格的に降ってきました。梅雨の復活です。

さて、久々に本の紹介を。

『覇権支配システム -力の均衡と世界の民主化』by 吉田亮太

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一言でいいますと、いまどきの日本では非常に珍しい、強固な「リアリズム」によって書かれた本です。

どうやら著者の修士論文を本にしたもののようで、本文は162ページのハードカバー。新書でもやや薄い感じの印象をうけます。

具体的な内容は、強固なリアリズムの理論から、主権国家がいまだに主要アクターである国際システムにおいて、主権国家同士は平等というのは幻想にすぎず、力(パワー)によって優越がついた世界であり、その究極の形が(アメリカの)覇権である、というもの。

著者の論じるスタイルはあくまで攻撃的で、古今東西の豊富な例を引用しながら、いかにリアリズムが優れた見方なのか、そして国際社会はいかにパワーを争うことで成り立っているのかということを、かなり刺激的な断定調で議論しております。

もちろんミアシャイマーやウォルト、それにモーゲンソーやウォルツの名前がバンバン出てきます。

紙面的な制約からか、一つの理論を考察したり、またはそこから政策提言をするというタイプの本ではないのですが、それでもリベラル的なものの見方はいかに効力のないものなのか、そして国際政治を本当に動かす力には成り得ていないことなどを、これでもかといういうくらい完膚無きまで論じ切っておりまして、よくこんな本が日本で出せたなあと、その著者と出版社の勇気に拍手を送りたくなってしまうほど。

個人的に気になったことは、覇権についての本なのに、なぜかこの覇権についての基本文献であるグラムシや一極論系のギルピンやウォールフォースなどのの議論への言及がないことや、学術書としては参考文献の数がやや少ないこと、そしてリアリズムに対する批判文献などについての反論などが足りないところでしょうか。

それでも国際政治の厳しい現実を思い出す訓練として、この本はかなり貴重な存在であり、しかも日本語でこういう本が出てくるとは今まで思いもしなかったので、とても新鮮。

学術的な体裁の本ですが、国際政治をネタにして知的挑戦や刺激を求める方には超オススメです。
by masa_the_man | 2011-06-17 00:52 | おススメの本 | Comments(7)
by ジョナサン・ハイド(ヴァージニア大学、心理学教授)

●一人の男が頭を撃ちぬかれ、一万キロの彼方ではお祝い騒ぎが始まった。

●ほとんどの人はオサマ・ビン・ラディンの死亡は良いことであると賛成するだろうが、それでもアメリカ人の中にはそのようなお祭り騒ぎを快く思わなかった人々も多数いた。

●彼らに言わせると、「われわれは復讐でなく、正義を求めなければならない」ということだ。

●しかしオサマ・ビン・ラディンの死亡を祝うことは本当に「悪い」ことなのだろうか?

●私は社会心理学者であるが、アメリカ人がこのようなお祝い騒ぎに不快感を示していることについてその理由を説明してみたい。

●この不快感の一つの理由は、彼らがこの道徳的判断を普通の犯罪のケースと同じような感覚でとらえていることにある。

●これはたとえば、娘を殺された両親が、犯人の処刑が決まった時にお祝い騒ぎをしてもよいのか、というジレンマに近い感覚なのだ。

●もし刑務所の外で彼らがシャンペンを開けて大騒ぎしたら、これは復讐と死を祝うことであり、正義の執行ではないことになる。

●ところがオサマ・ビン・ラディンが死んだことが知らされた後に起こったホワイトハウスやタイムズ・スクウェアでの大騒ぎは、これと同じことなのだろうか?

●答えは「NO」である。

●その理由は、個人レベルの道徳・倫理観を、集団や国家レベルにまで上げて適用することはできないからだ。

●ところが無理やり適用して考えてしまえば、このお祝い騒ぎの善い面や愛他的な面を見逃してしまうことになる。

●学問的な理由だが、まずここ半世紀の進化論的な生物学者たちの多くは、われわれ人間は他の生物とほとんど変わらない自己中心的な存在であり、自分の子孫や近親にとって利益となる場合にかぎって自己犠牲的に動くことができると論じてきた。

●ところがここ数年間の研究で言われ始めたのは、人間は二つのレベルで同時に自然淘汰されている、ということだ。

●まず「低いレベル」だが、これは同じグループの中で個人同士が激しく争っているホッブスの想定しているような世界。

●ところが「高いレベル」ではグループ同士が争っており、ここで優秀なグループは団結力がある。このレベル優秀なのは、ハチ、アリ、シロアリなど少数の種。

●このような種の生物は、その脳の構造が集団で働くように特化されており、巣を作ったり集団で敵の侵入を守ったりする点でものすごい能力を発揮する。

●初期の人類も共同作業を行う方法を見つけたのだが、その団結は一時的で脆いものだ。

●どうやらわれわれには他の霊長類と同じように脳の古い部分で自己中心的なプログラムを持っているのだが、新しい部分では(一時的ながらも)ハチのように団結する力を持っているようなのだ。

●この「二重構造の心理学」に、宗教や戦争、チームスポーツ、そしてオサマ・ビン・ラディン殺害の時のアメリカ人の行動を説明するカギがある。
by masa_the_man | 2011-06-15 00:00 | ニュース | Comments(1)

●エミール・デュルケームはこれをさらに進めて、人間を「ホモ・デュプレックス」、つまり「二つのレベルを持った人」であると論じている。

●デュルケームは宗教の力がヨーロッパ中で衰えつつあった今から百年ほど前にこの考え方を論じている。

彼の問題意識は、国家や国内の組織は、宗教の力を借りずにいかに人間をまとめることができるのか、という点にあった

●そしてその結論は、人間をまとめる最も強烈な力は「感情」(the emotions)から生まれる、というものだ。

●「低いレベル」では、「尊敬」や「愛着」のような「社会感情」(social sentiment)が個人同士の関係をつなげる助けとなる。

●ところがデュルケームが関心を持っていたのは「高いレベル」に存在する、グループや集団を結びつける「集団的感情」(the collective emotions)の方である。

●このような感情は、自己中心的なささいなエゴを超越するものであり、自分が自分よりも大きい何か重要なものの一部であると感じさせるものなのだ。

●このような感情をデュルケームは「集合的沸騰」と名づけており、これは部族集団が儀式の時に火を囲んで歌ったり踊ったりする時に生まれる、個人の垣根を越えた情熱や高揚感のことを言う。

●オサマ・ビン・ラディン殺害の時のアメリカ人の行動は、まさにこのデュルケームの指摘する行動の典型なのだ。

●ではこの「集合的沸騰」は、果たして良いものなのだろうか、それとも邪悪な部族時代の名残りなのだろうか?

●オサマ・ビン・ラディン殺害の時に不快感を示した人々は、このような集団的な高揚感は危険であると論じるだろう。なぜならこのおかげで、アメリカはさらに戦争を好むようになり、他国に対して偏見を持つようになるからだ。つまり「われわれ対 奴ら」という憎悪的な精神構造につながるのは危険だ、というのだ。

●しかしこれも「NO」である。

●たとえば多くの社会心理学者は、「愛国主義」(patriotism)と「ナショナリズム」(nationalism)を区別している。

●「愛国主義」は自分の国を愛することであり、「ナショナリズム」は自国を他国よりも優秀であるとみなして、支配的な状態を目指すものだ。

●「ナショナリズム」は人種差別や他国への敵対心と相関関係にあることが多いのだが、「愛国主義」は、それ自身だけではそのような機能はない。

●心理学者のリンダ・スキツカは、9・11事件が発生した後の数週間に、どのような人々がアメリカの国旗を掲げるようになったのかを調査している。

●その調査でわかったのは、国旗を掲げようとした人々の感情は他のグループに対する敵対心ではなく、同じ国民同士のまとまりを示そうとした愛国心を反映している、ということだった。

●私がオサマ・ビン・ラディン殺害の時のお祝い騒ぎを肯定する理由はここにある。

●アメリカは勇気と決意と共に、長く10年間もかけて目的を達成したのだ。そして自国を愛する人々は、「集合的沸騰」を分かち合おうとしてあのような行動をとったのだ。彼らは一時的ではあったが、自分たちの垣根を越えて、アメリカ人としての喜びをわかちあったのである。

●もちろんこのような団結した瞬間は長続きしない。しかし多くのアメリカ人は、たとえほんの一瞬であったとしても、オサマ・ビン・ラディンよりも遙かに大きな脅威に対してアメリカは団結できるという感覚を感じたのである。

以上
by masa_the_man | 2011-06-14 23:10 | ニュース | Comments(5)

昨日のオフ会

今日の甲州は夜に入ってから小雨が。

昨日のことですが、恒例になりました本ブログのオフ会を開催し、無事に終えることができました。ありがとうございます。

今回から「ミニ・レクチャー」の時間を設けて、参加された方々の中から有志の「講師」をお願いし、その方々に30分ほどレクチャーをしていただくことにしました。

ご参加いただいた方々はすでにご存知かと思われますが、今回は三人の方々に発表をお願いし、

1,某A省の高官の方に大震災救助支援活動についての概要説明

2,地政学を将来研究しようと思う学生の擬似面接入学試験

3,原発関連事業者の方による、福島原発事故の影響と対策

というような、非常に内容の濃い発表をそれぞれしていただきました。

個人的にもただ飲んで話をする前回までのパーティー形式のものよりも、今回のようなお勉強的なものが少し入ったほうが充実度が高いのではないかという気がしております。

しかもそれぞれの発表が終わったあとには、参加者方々同士の中でも話のネタが増えるという相乗効果が。

ということで、次回は7月31日(日)の開催を予定しております。

レクチャーですが、今回に引き続き、また原発事故関連の話をお話していただくことが決定しております。
by masa_the_man | 2011-06-12 22:34 | 日記 | Comments(2)