戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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クラウゼヴィッツの弱点

今日の甲州は朝からずっと雨でした。気温の低さも驚きです。

時間がないのですが、ちょっとメモ代わりにここに記しておきます。

あるクラウゼヴィッツ主義者の本から拾ってきた「クラウゼヴィッツの弱点」を10点ほど。

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1、「大戦略」ではない:『戦争論』では軍事のことについて集中して論じられているが、非軍事の分野のことについては(政治の重要性について論じているにもかかわらず)ほとんど何も語っていない。

2、ロジスティクスをほとんど論じていない:もちろん『戦争論』の第五巻の14章・15章などには少しは記述があるが、「戦争の理論」を論じている割には全体的には驚くほど少ない。後の二つの大戦でも明らかになったように、これはドイツ(プロシア)の伝統?

3、軍隊の組織の仕方などについて:クラウゼヴィッツはすでに組織化された軍隊を想定していて、「どのような軍隊を作ればいいのか」ということについては何も語らず。

4、シーパワー:『戦争論』の中にはシーパワーについてたった二カ所しか触れられていない。これは彼がプロシアという陸の国の軍師だったことにもよるのだろうが、それにしても少ない。ましてやエアパワーやスペースパワーなどはもっての他。

5、テクノロジー:産業革命の起こる前という時代背景のせいかも知れないが、クラウゼヴィッツはテクノロジーやその変化が戦略/戦術に及ぼす効果のことについては何も語らず。しかしそれがかえって『戦争論』の時代を越えた普遍性につながったというメリットも。

6、インテリジェンス:ナポレオンとは対照的に、クラウゼヴィッツはインテリジェンスについてはあまり評価しておらず、むしろ情報というのは軍隊を混乱させるものと考えているようなフシも。ロジスティクス軽視と同様、これもドイツの伝統?

7、摩擦:『戦争論』の中でも最も優秀な概念であるが、これについてクラウゼヴィッツ自身はほとんど議論を展開させていない。

8、政治の「論理」と戦争「文法」:『戦争論』では、たしかに戦闘そのもののスタイル(文法)よりも政治(というか政策)の「論理」の優位が繰り返し説明されているが、この二つが一致しなかった場合にはどうするのかについては何も論じていない。

9、政治家たちの軍事知識について:たしかにクラウゼヴィッツは政治家に軍事知識が必要であることを強調しているが、もしこの政治家たちにその知識が決定的に欠けていた場合にはどうすればいいのか?最近の歴史を見ても、この欠如は(とくに日本の政治家の場合は)明らかだ。『戦争論』はこれについて単なる「べき論」でしかない。

10、道徳/倫理面:『戦争論』ではとくに近年重要性が高まっている戦争における倫理・道徳面については何も語っていない。もちろんクラウゼヴィッツにとって戦争は「起こって当然のもの」だったわけだが、これはまだ戦争がそれほど危険視されていた時代に書かれたわけではなかったために、当然ながら時代の制約を受けたものであると言える。

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クラウゼヴィッツ派の学者にとっても、このような点はたしかに「弱点」として映るのかも知れません。

しかし結局のところは「これらの弱点を踏まえても、クラウゼヴィッツの理論の有用性というのは現在の紛争を考える上ではあまりあるヒント与えてくれる」、ということになるんですが(笑
by masa_the_man | 2010-10-29 00:55 | 日記 | Comments(32)
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(msnbc.com/nbc.com/msnbc.comより)
by masa_the_man | 2010-10-26 19:51 | ニュース | Comments(8)

衝撃のスローガン

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「朝鮮反革命戦争粉砕」という言葉が意味不明です(笑
by masa_the_man | 2010-10-25 01:14 | 日記 | Comments(12)
今日の東京は暑くもなく寒くもなく、過ごしやすい一日でした。

二回目となる横綱論の勉強会と、その前日のクラウゼヴィッツ学会のシンポジウムに参加してきましたが、なかなか充実しておりました。

横綱論のほうは直前にばたばたとキャンセルが入ってしまい、思った以上に少ない人数での勉強会となってしまったのですが、その代わりにアットホームな雰囲気でけっこうディープな話もできたんじゃないかと勝手に思っております。

参加者の方々もいろいろと面白いネタをお持ちの方々がおりまして、非常に参考になる話をいただきました。

それよりも前日のクラウゼヴィッツ学会のシンポジウムですが、期待以上の発表の面白さがありまして、けっこう長時間にわたるものだったのですが、まったく飽きずに最後まで聞くことができました。

とりあえず来月は私が毎月恒例の勉強会で発表させていただくんですが、私はクラウゼヴィッツを専門に研究しているわけではないので、とりあえずクラウゼヴィッツの概念が英語圏の戦略についてのの議論の中でどのように「使われて」いるのかを、ある学者の例を参考にしつつ紹介していきたいと思います。

それとひとつお知らせがあります。

来月11月20日(土)ですが、本ブログのオフ会を再び開催することになりました。

例のごとく時間は午後1時から5時まででして、今回もさまざまなゲストをお呼びして、みなさんとご歓談させていただければと考えております。

次回も前回以上にバリバリの戦略議論をネタにして話し合えればと考えております。よろしくお願いします
by masa_the_man | 2010-10-18 00:19 | 日記 | Comments(4)
今日の甲州は雲が多かったですがすっきりとした過ごしやすい一日でした。まだ昼間だと気温は高めですね。

さて、裏のほうでやっていた企画をここでも開催しておきます。とりあえず参考にしてみてください。

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さて、いまから国際関係論におけるマルクス主義系の学者たちに共通して見られる「前提/仮定」(アサンプション)を五つほど挙げます。

これらの前提のうち、三つ以上についてあなたが賛成・同感すれば、あなたは立派な「潜在的マルクス主義者」確定です。その五つとは・・・・

①やっぱり人類の歴史というのは、支配する側の人間の集団と、それに反対する側の人間の集団による「階級闘争」の歴史だ。

②資本主義は、「ブルジョワジー」(資本家)と「プロレタリアート」(労働者)という、互いに敵対する階級を生み出している。そしてブルジョワ側が「支配する側」にあることは言うまでもない。

③資本主義は、自らの目的のために戦争を利用する(つまり戦争は資本主義者に常に仕組まれる)ものだ。

④社会主義は「階級」を破壊する。そのため、戦争も消滅させることになる。

⑤「国家」が消滅すれば「国際政治」というものも消滅するはず。

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以上、「マルクス主義チェックシート」でした。

この五つのうち、三つ以上に「イエス」とお答えになった方々には、もれなくマルクスの「資本論」の第一巻か「共産党宣言」をお読みすることをおススメしております。きっと大変参考になることでしょう(笑

ちなみに上のチェックシートは私が勝手につくりあげたものではありません、念のため。

元ネタをお知りになりたいかたは、"The Penguin Dictionary of International Relations" by Graham Evans (1998), p.316を参照してみて下さい。

さて、明日は東京電機大学でクラウゼヴィッツ学会のシンポジウムに参加します。みなさんもお誘い合わせの上ぜひ!
by masa_the_man | 2010-10-15 22:55 | 日記 | Comments(35)
このような判断基準には、「事後に判明した事実を元にするよりも、行動を起こす前の時点で合理的だと判断するために使われる原則」と同様に、いくつかの成功を非難したり、いくつかの失敗を受け入れることを必要とすることになる。

つまりわれわれが鴨緑江への侵攻を非難するのであれば、同時にそれは仁川への強襲上陸を否定しなければならないことになるのだ。

マッカーサー以外の軍部のリーダーたちは、「あまりにも多くの要素が無謀な賭けであることを示している」と見ていた。 もちろん誰も「他に選択肢はなかった」とは言えない。なぜなら実は他にも大損害を被るリスクの少ない選択肢はあったからだ。

たとえば陸軍参謀長のロートン・コリンズ(Lawton Collins)は、仁川上陸の際に使われた七万の兵士を、釜山ペリメーター(防衛境界線)の突破のための支援や、釜山付近で敵側面から上陸作戦を行うために使う案を支持していた。そしてこのような代替案は、朝鮮半島の支援を行うためにはさらにコストがかかる消耗戦を行わなければならない、ということを意味していた。

しかし仁川上陸作戦の成功はこれらのコストを軽減したのであり、二十世紀に行われた最も優れた奇襲の一つとなったのだ。

すでに結果を知っているわれわれの立場から見れば、この賭けはたしかに祝福に値するものといえよう。しかしこれを「単なる幸運」よりも「戦略の天才の仕業」や、「鴨緑江付近での作戦よりも無謀ではないもの」と見なすためには、当時の戦略企画者たちが持てなかった「あと知恵」による支えが必要となるのだ。
by masa_the_man | 2010-10-15 14:54 | 戦略学の論文 | Comments(3)
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今週末の土曜日なんですが、私がお世話になっているクラウゼヴィッツ学会で以下のようなシンポジウムが開催されます。

なんと、本ブログレギュラーの方の一人も発表予定です。

もちろん私も見学予定です。本ブログをご覧の方で来場予定の方は、ぜひ会場でお会いしましょう。

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平成22 年(2010 年)日本クラウゼヴィッツ学会シンポジウム

共通テーマ「戦争は政治の継続か?

クラウゼヴィッツ学会では、クラウゼヴィッツ『戦争論』の研究を中心として、軍事、戦争、安全保障、政軍関係といった領域に関する研究を行っています。

本年度は、日本のクラウゼヴィッツ研究の泰斗として名高い、川村康之氏、清水多吉氏の講演を中心にシンポジウムを行います。皆様お誘いあわせの上、ご参加ください。どうぞよろしくお願いいたします。

日時:平成22(2010)年10 月16 日(土曜日) 13:30-17:30
場所:東京電機大学神田校舎7号館7501号室
参加費・会員1000 円、非会員1500 円

報告表題
第一部:現代の戦争と政治
●部谷直亮(拓殖大学大学院) 13:40-14:10
研究報告「アメリカにおける政軍関係――ゴールドウォーター・ニコルズ法の近年の課題 」
●山代勝彦(法政大学大学院)14:15-14:45
研究報告「ネオ・リアリズム理論とネオ・リベラリズム理論のコンフリクト――戦争の原因と予防に関する考察

第二部:クラウゼヴィッツと同時代
●荒川憲一(防衛大学校教授)14:50-15:30
研究報告「クラウゼヴィッツ「戦争論」と時代精神」
●鈴木直志(桐蔭横浜大学教授)15:35-16:15
研究報告「リュヒェルとシャルンホルスト」(仮)

第三部:クラウゼヴィッツ『戦争論』と翻訳
●川村康之(日本クラウゼヴィッツ学会会長・防衛大学校元教授)16:20-16:50
講演「現代日本におけるクラウゼヴィッツ『戦争論』の意義について」
●清水多吉(立正大学名誉教授)17:00-17:30
講演「見事な鴎外訳――クラウゼヴィッツ『戦争論』の翻訳」

会場へのアクセス:
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JR: 御茶ノ水駅(中央線・総武線)徒歩8 分/神田駅(山手線・京浜東北線)徒歩8 分
地 下鉄: 淡路町駅(丸ノ内線)B7 出口・徒歩3 分/新御茶ノ水駅(千代田線)B7 出口・徒歩3 分/小川町駅(都営新宿線)B7 出口・徒歩3 分/神保町駅(半蔵門線・都営三田線)A7 出口・徒歩8 分/神田駅(銀座線)1 番出口・徒歩8 分/竹橋駅(東西線)3B 出口・徒歩8 分
http://atom.dendai.ac.jp/info/access/index.html

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by masa_the_man | 2010-10-15 00:00 | 日記 | Comments(17)
批判①にたいする反論

戦略の戦略を分析する際に関係してくる問題には「成功のチャンス」、「失敗した時のコスト」、「目標の価値」、「別の選択肢」、そして「戦わなかった場合の結果をどこまで許容できるのか」というものが含まれる。それらを考慮したあとに出てくる根本的な質問は、戦略の実行によって許容できるリスクの度合いをどこまで確保することができるのか、というものだ。

もちろん目標が本当に(厳密な意味で自らの生存に関わるような)致命的に重要なもので、しかも別の十分な選択肢がなく、利益がそれほど絶対的なものではなく、別の安全な行動が満足できるものでなかった場合には、たとえ成功のチャンスが少なかったとしても賭けに出ることは合理的になるのかもしれない。

もし本物の戦略家たちがこれらの要素を本気で考えて合理化することが少ないのであれば、われわれは原則的に、これらの要素を戦略の判断の際に使えることになる。これによって「戦略では何でもありなのだ」という考え方に対する反論となる。

ところがこれが示唆していることに直面すると、多くの人々はやや不安な気持ちを抱くことになる。
by masa_the_man | 2010-10-14 13:53 | 戦略学の論文 | Comments(12)
また、チャーチルの正当化の理由は日本の指導者たちがアメリカに殲滅されるのを覚悟で一九四一年に行った攻撃とあまり変わらない。

もちろんこの決断を「東京政府が経済的に首を絞められていたこと」や、「日本の閣僚が限定的な戦争を和平交渉によって終えることができる(十二月七日以前には米軍幹部にとっても不可能な考えではなかった)と思っていたこと」などを考えると、安全保障の計算によれば合理的だったという人もいる。

しかしこのような見解を否定する人は、当時の日本の文化が空想的で反戦略的であったということや、日本の国家指導者たちが単に何も考えておらず非現実的だったと論じている。

たとえばマクレガー・ノックス(MacGregor Knox)は、第二次世界大戦直前に絶大な人気を誇っていた『葉隠れ』(The Way of the Warrior)という一八世紀のサムライの倫理観を記した書物の中の文を引用しながら、「日本の価値観は商人的な合理性だけでなく、戦略そのものの考えも否定することを命じているように見える・・・つまり合理的な計算をするような人間は卑しむべき存在であり、常識的な感覚というのは偉大なことを何も達成しないというのだ。そうなると、ここでは単に強烈に喜んで死を求めるべきだということになる」と論じている。

こうなると、チャーチルと東條の違いは、「ただ単に幸運だっただけ」なのかもしれないことになる。
by masa_the_man | 2010-10-13 14:49 | 戦略学の論文 | Comments(3)

by masa_the_man | 2010-10-12 02:04 | ニュース | Comments(1)