戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man

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英国人をあえて窮地に追い込んでもかまわないとするチャーチルの意欲は、戦略によって「不名誉の前に死を」というかけ声が優先される限りは、その機能的な意味でたしかに「合理的」であったと言えよう。

しかしこの考え方は、実質的にはヒンデンブルグが言った「恥辱の平和の名誉ある終結」とかなり近いのであり、これはほとんどの人々にとっては「国家の生き残りからはほど遠い、軍隊のカースト制度のメンタリティー」をあらわす典型的な証拠として映るのだ。

この名誉を守る二つの訴えの倫理的背景(戦略のロジックではない)にある唯一の違いは、なぜわれわれがそのどちらか一方を支持するのかを教えている。
by masa_the_man | 2010-07-31 00:13 | 戦略学の論文 | Comments(8)
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ある意味、「うまくいっている」と考えている人がまだ31%もいるというほうが驚きですが(笑

(cbs.comより)
by masa_the_man | 2010-07-30 19:54 | ニュース | Comments(12)
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(msnbc.comより)
by masa_the_man | 2010-07-26 14:57 | 日記 | Comments(5)

意味不明の立て看板

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by masa_the_man | 2010-07-24 06:43 | 日記 | Comments(9)
もしわれわれが「価値観そのものの判断」ではなく「戦略のロジック」で考えている場合には、選択の正当性という面から除外される価値観や利益は存在するのだろうか?

もしそうでなければ、ほぼどのような行動でも(自殺的な特攻でさえも)正当化できることになる。つまりすべての手段には何かしらの効果が期待できるということだ。

「名誉」や「イデオロギー」のようなモラル的な価値観が「生き残り」や「経済的繁栄」のような物質的な価値よりも優先されるようになれば、ほとんど勝ち目のなさそうな計画でさえも正当化されてしまうのだ。

ある選択が正しいと思われるような選択の好みの働きというのは――とくに政策家たちがさまざまな価値観を比較しつつ、その優先順位が決められないことが多いおかげで――つねに存在する。

もし戦略家たちのロジックが目的のための手段を選ぶ点で間違っていれば、その間違いは大抵の場合は不完全な情報のせいにされることが多い。ところがもし目的そのものが間違っていれば、それは戦略ではなく、政策と価値観の部分で問題があることになる。

ヘンリー・パウナル将軍(Gen. Henry Pownall)が一九四〇年に書いた日記の中で打ち明けているように、チャーチルはたしかに役立つ人間ではあったが、同時に「目標ばかりを追い求め、その目標が本当に達成できるのかどうかを自分の持つ手段を使って確認しようとしない危険な人物でもあった」のだ。
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(近所の風景)
by masa_the_man | 2010-07-22 23:49 | 戦略学の論文 | Comments(4)
リスクの高さというのは、たったそれだけで戦略の信用を落とすものではない。それを選ぶかどうかというのは、それがどれだけ有益なものなのかという点に左右されるのであり、もし争われていることの価値が高く、失敗した時のコストがなんとか耐え凌げるものである場合には、たとえ成功の確率が低くてもその賭けは「賢明なもの」となる可能性があるのだ。

われわれが議論しているケースでも、得られる利益は大きいが、失敗で生じるコストも高く見積もられているものばかりだ。さらにいえば、ここでの多くの決定者たちが特定の効用計算や公算などを使って考えているような証拠はほとんど見当たらない。

本章で後ほど扱われる認知プロセス(cognitive processes)についての議論で示されているように、決定者たちは蓋然的というよりも断定的に考えるものなのであり、争われている利益というものをほぼ絶対的なものとして見ているのだ。
by masa_the_man | 2010-07-16 16:58 | 戦略学の論文 | Comments(10)
結果的にはうまくいったのだが、その当時はチャーチルの無謀とも言える賭けに対して異を唱えるものも少なかった。なぜならそれにはヨーロッパの自由主義の将来、いや、世界の将来がかかっていたからだ。

これはつまり、機能的な合理性が高い次元の合理性によってその差が広がっていたからだ。多くの人々は命よりも高い価値が掛かっているという本能的な確信があったおかげで、このリスクをあえて冒すことを恐れなかった。

チャーチルは、「もしこの島の長い歴史が終わるのならば、それはわれわれひとりひとりが地面に流した自らの血で溺れ死にした時だけにしよう」という身の毛もよだつ宣言を誰が正当化できるというのだろう?

これは不気味で絶対的な、民族主義的な理想主義であった。
by masa_the_man | 2010-07-14 11:11 | 戦略学の論文 | Comments(0)
しかしだからと言って、これらのことは「イギリスは賭けに出るべきではなかった」という意味にはならない。なぜなら、誰も実際に起こった結末(イギリスの勝利)を非難できないからだ。

しかしこれは「この決断が戦略的な論理以外のものにしたがって決定されなければならない」ということを示していることにもなる。なぜならチャーチルが成功する確率はヒトラーのそれよりも明らかに高かったというわけではないからだ。

たとえばヒトラーはソ連侵攻のための論理的根拠をもっていたし、アメリカに対しても宣戦布告している。ソ連を攻撃したのはソ連のパワーが増加していたからであり、イギリスはそれを予防的に行ったのだ。

この時にロシアの応援を待っていたら、イギリスはいつまでたっても何もできなかったはずだ。ソ連の陸軍はフランス軍よりも弱かったし、アメリカの戦争は不可欠だったが、本格的に武力が使用されるまでは一年以上かかると見込まれており、それまでに戦争は終わっていて、大陸での決着はついていたはずなのだ。アメリカに対する宣戦布告は枢軸国の条約履行の義務を果たさせる役割を果たし、これによって日本は米ソの国力を削いでくれるチャンスを増加させることになるのだ。

ヒトラーはソ連軍の実力に関して正確な情報を把握していたわけではないし、同時に彼らはポーランド、ノルウェー、フランス、ギリシャ、そしてユーゴスラヴィアに対して連戦連勝をおさめていたので、自分たちの陸軍の強さを疑う理由はどこにもなかったのだ。

ヒトラーの決断の論理的根拠がチャーチルのそれよりも無謀に見えるのは、歴史を後から振り返った場合だけなのだ。
by masa_the_man | 2010-07-13 08:00 | 日記 | Comments(4)

栃木の地政学

完全に冗談の世界なんですが、彼らは意外に地政学でいうところの「世界観」をベースにしたネタ作りを行っているかと。



彼らの「パワー」の計算は、やはり人口数をもとにしたものなんでしょうか?
by masa_the_man | 2010-07-13 01:39 | 日記 | Comments(3)

選挙事務所のハシゴ

昨日の甲州は曇り時々雨のあいにくの天候でした。

さて、突然ですが、論文を書く合間に知り合いのつてをたどって参院選の選挙事務所の二カ所にお邪魔しておりました。とてもよい社会見学になりました。

国政の最前線を見て来たわけですが、一カ所は落選、一カ所は当選という、まさに「天国と地獄」を目の当たりにしてまいりました。

ひとつのほうは全国的にもかなり注目されていたようで、テレ朝の「選挙ステーション」が中継しておりまして、もちろん私の顔も全国放送でバッチリ映っておりました。

といってもほんの一瞬ですが(苦笑

もう一つのほうはNHKの可愛いアナウンサーが中継に来ていたんですが、あまりに当確が遅れてしまい、つい先ほど(朝五時前)当選が決定するほど遅れたために、中継せずに帰ってしまいました。

私は関係者でもなんでもないのにもかかわらず、みんなと一緒に万歳三唱をして候補者とがっちり固い握手を交わして出てきました(笑

普段は国際政治ばかりを考えている身ですが、こういう土着の現場の政治のダイナミズムを見るのもいい勉強になります。
by masa_the_man | 2010-07-12 05:47 | 日記 | Comments(7)