戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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今日の甲州はけっこう日が射しましたがまだまだ寒く、気温があがりませんでした。

さて、昨日お約束したケーガンの講演会の様子がまたあるサイトにうまく掲載されておりましたのでちゃっかり転載させていただきました(笑

以下ですが、ちょっと私が手を入れている部分がありますのでご容赦ください。

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「The Return of History」というタイトルのロバート・ケーガンの講演会を聞いてきた。   

Fより

この英語表題と日本語表題の違いを解く鍵が、フランシス福山の「歴史の終焉」であり、その福山が言った歴史が終焉していないという意味で、「歴史の復活」という英語表題になったようだ。

大国間での競争とイデオロギー論争が、歴史上ではいつの時代も起こっている。世界観が違う大国同士は違う政治をすることになり、世界の動向は、この大国の政治によりどうなるかが決まり、どのように秩序が保たれるのかが決まる。

この大国間の競争が今なくなっていると認識されているが、これと同じような時代が歴史的にあった。20世紀始めで1910年から第一次大戦前までである。

大国間の紛争が去ったとチャーチルまで言っていた。仏独を中心とした欧州での大戦が30年間も無くなり、通信が発展して世界の距離が短縮された。知識人の間では国際紛争は無くなり、グローバル経済になったと評論されていた。

しかし、この後に人類史上、最悪な第一次大戦になるのである。グローバル経済は、戦争を無くすというのは知識人の錯覚であった。

フランシス福山の「歴史の終焉」も同じで冷戦の終焉を受けて、大国間競争は無くなったとした。

冷戦後のコンセンサスとして、1.大国間の競争がなくなり、2.地政学から地経学へというように、国の力は経済にシフトしたとした。そして、グローバル経済になったと。

この当時、大国は米国一国になり、ソ連も潰れ、中国は天安門事件で孤立化していた。まだ、この時代は中国も軍事大国ではなかったし、経済もテイクオフしていなかった。日本もバブル崩壊後であり経済的なスランプ状態であった。

ということで、米国としては楽観的になり、大国間競争は無くなったと福山は書いたのである。世界はそれぞれ関係を持ち、大国間の経済も関係が深くなるので紛争がそれで抑えられるとした。世界での心配は、テロ活動など非国家組織での活動になった。

ロシアは民主化されたが混乱に陥り、中国もいづれ民主化されるという認識ができた。経済面が成長し近代化されると民主化するとした。これは、中間層が豊かになると民主化の要求がでてくるということである。このため、大国間の競争はなくなるとなった。

しかし、18世紀を見ると、大国間の競争は各所にあった。ロシア、中国、インド、日本、米国、欧州などである。

しかし、現在はどうなったかというと、ロシアは経済的な見方だけではない政治をしている。パンのみの政治ではない。

プライドや怒り、野心など人間が持っている感情を持って大国の政治をしている。特に新興国家はこの感情的な政治が多い。

ロシアの政治は1990年の世界からの屈辱を晴らし、ロシアのプライドを取り戻すことであり、それがプーチンがロシアを大国にする動機である。このため、ナショナリズム的な政治になる。

中国も19世紀後半から今まで屈辱を受けたと思っている。この屈辱を晴らし、19世紀以前の世界の大国に復帰するという。

インドも数世紀の間、屈辱を受けてきた。この地域での大国を目指すとしている。そして、この中国とインドは勢力圏がぶつかっている。このため、大国が競争することになる。

それがグルシアでの地域紛争になったし、台中海峡での紛争になる。

大国間の戦い・競争は起きている。共通の利益、貿易関係はある。しかし、これだけでは安全とは言えない。

気候変動問題でも、先進諸国はインド・中国に対して経済的な成長の制限を設ける圧力と捕らえて、抵抗している。イランの核不拡散問題でもロシアと中国は抵抗している。

専制国家が民主国家群から圧力を受けていると捉えている。ロシアと中国は専制国家の方が力があり、良いと考えている。ロシアは1990年の民主化は悲惨であったと思っている。

経済成長で成功したとロシアと中国は認識し、また国民は生活水準が上昇した。経済的な自由で、政治的には不自由という体制を多くの国民が受け入れている。プーチンは明確にロシアの民主化は国を弱くし、専制は国を強くすると言っている。

このような中で中ロも民主化にいつかなるという希望はダメである。専制主義が相当長期につづき、強く生き残ることになる。

このような中ロの大国が中小国に影響することになる。ファシズムが戦前、力があり、戦後共産主義のモデルがよいとなり、多くの国が共産主義になった様にである。

このため、中国の専制主義モデルが良いとなると、真似して増加することになる。

そして、2つの専制主義国家(中国、ロシア)はオレンジ民主革命を問題視する。ロシアの封じ込めとみなし、CIAや西側の資金が入ったと騒ぐことになる。

ベネズエラはイラン、ロシア、中国と結び、専制国家は集まって、自国の安全を保持しようとする。専制主義大国は専制国家を民主国家から守ることになる。

このように専制国家と民主国家の対立が起きている。しかし、見逃されている。このため、民主国家はこのままでよいという安心感を持ってはいけない。民主国家は連帯を強めることが必要である。それが弱い民主国家を支えることになる。

冷戦以後弱まっている同盟関係を強めることが重要であり、地政学を復活させること、これは取りも直さず「歴史の復活」である。

米国を中心としてはバランスオブパワーを復活させて、専制国との間で力の均衡を再度構築することである。

Q(中山先生):ケーガンさんの最近のコラムを読んだが、オバマ政権の評価が揺れているように感じるがど
 うでしょうか?

A:オバマ政権に外交観がないと思っている。アメリカの「国益」は選挙の前と後でも同じである。現実は変化していない。

Q(中山先生):米国の米中関係が日本との同盟関係を弱めているように感じるがどうですか?

A:世界の対するアプローチが冷戦的な物から脱却る方向であり、大国間の関係を重要視している。このため、中国との関係を強化した。新政権間の基地関係は同盟関係をリセットした。

Q:ケーガン先生はネオコンと呼ばれているが、それについてどう思うか?

A:そのラベルを拒否している。自分の外交政策は伝統的な物である。よって私の考え方は新しいという意味の「ネオ」でもないし、「コンサヴァティヴ」という保守ではなく「リベラル」なのだ。民主主義が根幹であり、パワーが必要であると見る。

Q:ケーガン先生の家庭は父上が知識人で弟も安全保障の知識人、その奥さんも有名な評論家などで知的なあるが、家庭内ではどんな話をしているのですか?

A:ベースボールの話だけ

Q:中国の専制主義は過去30年で徐々に努力して弱まっていると見るがどうか?

A:40年前と今では、中国は前進している。しかし、野党を認めないとか、言論の自由を押さえているなど、第4世代のリーダになったら、民主化すると言っていたが、現在民主化を押さえ込んでいる。反乱分子に対しても厳しく、前の政権より後戻りしている。

Q(インド人):民主国家でも政治家を信用しないことがあるが?

A:国民が政治家を信用しないのは昔から。では他の政治的な制度にするかというと、民主政治以外にはできない。

Q:専制国家の拡大で、米国は影響力をなくすのか?

A:レトリックが勝っている。中国の経済の影響力は大きくなる。民主党は韓国などとのFTAを進めない。軍事力+軍事同盟を推進することが重要である。周辺国家は中国のコントロールを受けたいと思っていない。このため、米国の軍事プレゼンスを望んでいる。

Q:インドの役割はどうですか?

A:インドは民主国家であるが、ミャンマーを支持している。インドのアイデンティティが非同盟にするこか民主大国にするのか揺れている。インドやブラジルの経済発展は有利になり、中国の経済発展は不利になると見る。

Q(高畑):米国は内向きになっていると見るがどうか?

A:孤立主義ではなく国際主義になっている。内向きではない。911は政治的に影響している。脅威があると米国民は感じている。このため、ロン・ポールなど孤立主義者は1%しか得ることができない。

Q(中国大使館員):学者としての立場から意見したい。ケーガン先生の民主国家対専制国家という考えは世界を見る時に白黒というブッシュ政権の外交と同じように感じる。世界はもう少し、複雑である。

A:世界は複雑であるが、単純化して言っているだけ。この考えはリアリズムの考えである。専制と民主ではリーダの考えが違う。経済論理だけで政治を見るのは間違えであり、いろいろな側面から決まるのである。

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ロバート・ケーガン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ロバート・ケーガン(Robert Kagan、1958年9月26日-)は、アメリカ合衆国の政治評論家。ネオコンの代表的論者。

略歴・人物
アテネ生まれ。イェール大学卒業後、ハーヴァード大学ケネディスクールで修士号、アメリカン大学で博士号取得。アメリカ国務省米州局勤務を経て、カーネギー国際平和財団研究員を務める。また保守系シンクタンクのアメリカ新世紀プロジェクトの共同発起人。

2002年に『ポリシー・レビュー』誌に発表した論文「力と弱さ」の中で、冷戦後の世界において軍事力を重視するアメリカ人と、それをほとんど考慮しようとしないヨーロッパ人の世界観が「火星人と金星人」ほど異なってしまっていると論じ、もはやアメリカはヨーロッパに何事も期待していないと米欧関係の変化を結論したことで、政治的にも大きな議論を巻き起こし、ネオコンの論客として一躍脚光を浴びることとなった。2008年のアメリカ大統領選挙では共和党大統領候補であるジョン・マケインの外交政策顧問を務めた。

父はイェール大学名誉教授、古代ギリシア史研究者のドナルド・ケーガン。

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ということです。よくまとまっておりますなぁ。Fさんありがとうございます(笑

ちなみに司会者の中山さんは郵貯銀行の広告に出ている日本代表のサッカー選手である中沢選手に似ていると思ったのは私だけでしょうか?
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by masa_the_man | 2010-03-31 23:52 | 日記 | Comments(14)

ネオコンの背中

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「オレ(民主制国家のリーダー)の背中についてこい!」by ロバート・ケーガン
by masa_the_man | 2010-03-31 01:49 | 日記 | Comments(2)
今日の甲州は昨日ほど寒くはありませんでしたが、それでも快晴ながら冷えた一日でした。明日から春の陽気が戻ってくるみたいですが。

今日は東京に「出張」してきまして、ネオコンの知性派の代表であるロバート・ケーガンの講演を聞きに行ってきました。

会場にはけっこう知り合いがおりまして、その方々とお会いできたのもけっこううれしかったです。私もいつものように質問をしたのですが、その内容などについては明日ここに書きます。

さて、今日はかなり以前の地政学絡みの意見記事の紹介を。

著者はギャフニーなんかのアドバイザーをやったことのある、カスピ海の利権がらみの人です。


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A pipeline to prosperity in Afghanistan

Rob Sobhani

Published: January 11 2010 12:39 | Last updated: January 11 2010 12:39

●去年の12月のことだが、中国―トルクメニスタン間に1833キロの長さの天然ガスのパイプラインの竣工式が行われた。

●このパイプラインはトルクメニスタンのスマンディープ・ガス田から中国中央部を通っている。

●これはトルクメニスタンにとっては地政学的クーデターだ。なぜならそれはロシアの支配するアシュカバッドを通らずに中央アジアから出てくるルートを通るからだ。

●「カスピ海からロシアを通らずに出てくるルートをいくつも確保する」というのはバクー・トビリシ・ジェイハン石油パイプラインの基本理念でもあり、モスクワの支配状態からアゼルバイジャンを解放することが狙われている。

●オバマ大統領はアフガニスタンの政策で、第二のトルクメニスタンのガス・パイプラインを建設することを盛り込むことができる。タピ・パイプラインは76億ドルの1680キロの長さをほこるものであり、トルクメニスタンからアフガニスタンを通ってパキスタンに至り、それが最後にはインドまで届くというものだ。

●このような大規模な計画には、その国に雇用を生み出し、長期的にわたって通行料をとることができるために国内の安定をうながす作用があるので、アフガニスタンの生活水準を上げる効果がある。それにうまくいけば、アフガニスタンの戦闘員たちも巻き込んで同じ目的のために働くことができるかもしれないのだ。

●もちろんそれに批判的な人々の目からみれば、このパイプライン計画は「地獄から地獄へと続いている」ということになる。

●ところがトルクメニスタン―中国間のものや、その他のパイプラインは、石油/ガスのパイプラインが、それに関わる国々にとって地政学的資産になることを示している。

●パイプラインに参加する利害関係者をなるべく多くつくることで、この地域におおきな安定を及ぼす可能性があるのだ。その証拠に、アフガニスタン横断パイプラインは南アジアのエネルギー不足の経済を、中央アジアのエネルギーの豊富な地域につなげる役割を果たすかもしれないのだ。

●このパイプラインはトルクメニスタンのダウレタバッド・ガス田からアフガニスタンに流れることになる。そこからヘラットからカンダハルへ至る高速道路の脇を通り、それからクエッタからパキスタンのムルタンへ流れるのだ。最終目的地はインドのファジルカで、これはパキスタンとインドの間の国境に近い。

●このパイプラインはすぐにでも建設を開始すれば、2013年に操業を開始できる。

●このプロジェクトが成功するかどうかはタリバンが多数派である他のパシュトゥン全員に圧力をかけてパイプラインの建設を守ることができるか、という点にかかっている。

●この計画は意外と古く、1998年(ユノカルが率いていたコンソーシアムが成立してタリバンと計画に合意し、クリントン政権に代表を送って話し合った)の時点までさかのぼる。しかしアフガニスタンの不安定な状態はコンソーシアムの中の主要企業の撤退につながった。

●それから12年がたったが、ガスの必要性はますます高まるばかりであり、これが参加者全員に及ぼす利益も高まって来ている。

●このパイプラインの実現にはリーダーシップが必要である。オバマ大統領にはそれをリードするチャンスがあるのであり、これは軍事的にパイプラインをまもり、コンソーシアムに対してファイナンスをして、外交的にすべての利害関係者(これにはタリバンや部族の長などを含む)を集めるのだ。

●もちろんこの計画にはリスクがあるが、致命的なものではなく、この地域の計画にはつきものである。バクー・トビリシ・ジェイハン石油パイプラインはこういう意味で見習うところの多い例だ。これと同じように、パイプラインは地下に埋めれば大丈夫だ。そして同じように、ワシントン政府はファイナンスの面で主導することができるのだ。これによってアメリカの会社に仕事が入るし、アメリカ国内にも雇用が創出できる。

●バクー・トビリシ・ジェイハン石油パイプラインが成功したのは、アメリカのリーダーシップと外交によるところが大きい。ビル・クリントン大統領は個人的にアゼルバイジャンやトルコ、そしてグルジアのリーダーたちに働きかけたのであり、ゴア副大統領もこのプロジェクトの行方を監視していた。

●だからオバマ大統領もトルクメニスタン、アフガニスタン、インド、パキスタンのリーダーたちをホワイトハウスに呼び、この計画を成し遂げる熱意を示さなければならないのだ。

●アメリカがアフガニスタン横断パイプラインの建設を主導することは、地政学面や戦略面、そして経済面でも利益が大きい。たとえばパイプラインはアフガニスタンを支配する人間(それが誰であろうとも)にとって国家の収入源になるし、将来のカブールの政権も利益を受けることができるのであり、また長期的な利害関係者もつくることになる。

●たとえばパキスタンとインドはガスの流れを止めないように考えはじめるためにアフガニスタンについて争うことを止めるのだ。

●その他にも、これはアフガニスタンの人々に対して「西洋諸国が国家建設の長期的パートナーである」ということを知らせることにもなる。これは彼らの心をつかむという心理的な面でのインパクトは極めて大きい。なぜならアフガニスタンには76億ドルのうちのほぼ半額が投資されることになるはずだからだ。

●アフガニスタンでの戦争は、いまやオバマ大統領の戦争になった。彼はアフガニスタンを横断するパイプラインを戦略に付け加えることによって戦争に勝つチャンスを増やすことができるかもしれない。

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うーん、世界は「show by ショーバイ」という感じですね(笑



これは経済的な結びつきから地域の安定を目指すという、ある意味でEUモデルに近いような部分もありますが、それにしても通るところが火種ばっかり(苦笑
by masa_the_man | 2010-03-31 01:31 | ニュース | Comments(10)
今日の甲州は完全に冬に逆戻りでして、甲府駅前の武田信玄公の像の横にある桜の花が寒そうでした。

さて、ちょっと前のものですが、イギリス労働党の重鎮であるマンデルソンの中国待望論をもう一度。

彼がイギリスのビジネス・ロビーの筆頭格であることを考慮しつつお読み下さい。

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We Want China to Lead

By PETER MANDELSON



●数ヶ月前、私は北京の共産党中央学院でスピーチを行ったが、そこで私は次世代の中国のリーダーたちは中国史上で最も国際主義的にならねばならないと言った。

●その後にコペンハーゲンでのサミットが開催され、ヨーロッパやアメリカの多くの人々は国際的な政治への参加にあまり乗り気ではない中国を目撃することになった。

●コペンハーゲンでますます明らかになったのは、われわれの中国に対する期待と、中国側の自らの役割と責任の分析にミスマッチがあるということだ。欧米諸国はもっとやる気のあるパートナーを望んでいるのだが、中国側はそのような期待に対して疑念をもつことが多く、自分にできる範囲のことだけに固執しがちだ。では欧米と中国の双方はどれだけ現実的なのだろうか?

●中国の世代交代は進んでおり、若い世代の中には過去二十年間の中国の勃興しかしらない人々もおり、いかなる経済の統制に対しても反発を感じるひともいるくらいだ。

●経済問題に関していえば、彼らの中で崩壊しはじめた西側の金融システムを信じているものはおらず、彼らが海外からの期待よりも国内の動向に注視するようになることは無理もない。

●過去二十年のうちに中国はアメリカとドイツを抜いて世界最大の輸出国となったのであり、もうすぐ日本を抜いて世界第二位の経済大国になる。また、中国は世界最大の海外の為替準備金を持っており、世界最大の二酸化炭素排出国だ。

●欧米諸国のリーダーたちはこの状態に焦りを感じている。しかしヨーロッパの人々が往々にして見逃しているのは、中国側のかかえる大きな問題に対処する必要から生まれた慎重な態度だ。彼らは中国側のリーダーたちよりも表向きは中国の圧倒的な勃興に自信を持っているようなのだ。

●中国のリーダーたちは自国に大いなる自信を持っているが、同時に彼らが直面している問題についてはかなり現実的な考えをもっている。彼らは現在のような長期的には輸出主導のモデルは続けられないことをわかっているし、国内需要の弱さや政府主導の融資は大規模の景気刺激策が実行されているいま、より多様で耐久性のあるものに変更する必要があると感じているのだ。

●ところがヨーロッパ側は年率10パーセントという成長率(世界不況でやや減ったとはいえ)を世界経済の秩序における巨大な地殻変動であるように見ている。

●ところが中国のリーダーたちはそれを農業社会から完全に工業的な社会へと二・三世代(しかも彼らは急速に高齢化している)の間に安定的に移行させるために仕事を創出する、最低限必要なものとして見ているのだ。
●われわれは中国を豊かなになった国であると見ているが、中国自身は自分たちのことを多くの面でまだ貧しい国であると見ているのだ。

●「彼らがどのように感じるのか」という問題は致命的に重要であるにもかかわらず、意外と見逃されやすい点である。彼らは二酸化炭素の全世界の排出目標を受け入れることの向こう側にあることを見据えている。つまり彼らはそれがいくら「正しいもの」であるとしても、中国の成長モデルに対する公然の批判に対しては猛然と反発するのだ。

●欧米は中国にリーダーシップの一翼を担ってもらいたいと願っている。しかし中国は自国の発展と安定に夢中であり、中国の意向が書かれていない国際的なルールに対しては疑惑の念をもっている。

●しかしこれには一理ある。なぜならグローバル・ガヴァナンスの仕組みはいまだに「太平洋」志向であり、IMFや世銀は中国の影響力の拡大やその他の新興経済国の実情を反映させて修正する必要がある。

●気候変動についての取り決めや国際貿易のルールづくりには、先進国が自分たちの経済的な優位を固めるために行っているように見えるようにしてはいけないのだ。

●しかし中国の地位をどうするかという点についてはまだ議論も多い。中国は誰にも指図されたくないし、リードされたくもないのだ。しかし同時に中国はまだリードする準備が整っているわけでもないし、そうしようとも思っていない。

●だが、効果的な多元主義は中国の取り組み参加がなければ実現不可能なのだ。中国が参加しなければ世界の気候の安定はないし、アジアやグローバルの安全保障の仕組みや、グローバルの貿易や金融取引も中国なしでは実現しない。

●長期的な観点からみれば、中国はこれらのことを他国と同じように必要としている。10億人がマイノリティーをブロックしている状態は、グローバル・ガヴァナンスの障害ではなくて、その終焉になるからだ。

●欧米の直面しているジレンマはこれだ:われわれは中国の発展を指示できないし、その問題を解決できない。しかもわれわれはそれを無視することもできないのだ。

●欧米は、中国が自分たちの関わっていない、もしくは自国の成長と安定に寄与しないようなグローバル・ガヴァナンスや多元主義のモデルを許すはずがないことを知る必要がある。

●しかし中国は自国が大きすぎることや、直面している問題が大きすぎること、そして「地球村」(グローバル・ヴィレッジ」は中国がガンコになったり孤立したりするにはあまりにも狭すぎるということを理解する必要がある。われわれはたしかに多少我慢すべきかもしれないし、時として摩擦を起すかもしれないが、いずれにせよ中国に成功していただく必要があるのであり、中国にもそろそろリードしはじめてもらわなければならないのだ。

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中国の「面子」を利用してなんとかリードしてもらおう、という感じですが、彼には「そもそも中国自身が中国をコントロールできない」という事実をまだわかっていないようで(苦笑

こういう論調の議論は、これから日本の財界系知識人からもいろいろと出てきそうですねぇ。ひとつの原型(アーキタイプ)としては参考になる例だと思います。
by masa_the_man | 2010-03-29 23:04 | 日記 | Comments(20)

地政学の「なぞかけ」

今日の甲州は曇りがちでかなり寒く、また真冬に戻ってしまったようでした。

さて、週末の東京出張ツアーから帰ってきまして、今回もいろんな人に会って打ち合わせなどをしてきました。

その時にテレビで「なぞかけ」をやっているのを見かけたので、私もさっそくひとつ作ってみました。




「シーパワーの狙い」

とかけまして、

「体の化膿した部分」

と解きます。そのこころは・・・・









どちらも「うみ」をとらなければならない。







こんな下らないこと考えずに、そろそろしっかりとしたエントリーを書かないと(苦笑

とうことで、明日からまた本格的にブログ更新を再開します。
by masa_the_man | 2010-03-28 23:33 | 日記 | Comments(7)

リアリズムの共通項

今日の甲州は一日中雨でして、気温もかなり低めでした。これほど寒いと今週末までに花見はできるようになるんでしょうか?

さて、猛烈な忙しさでてんてこ舞いの毎日ですが、ある場所でリアリズムについて簡単に講義することになりまして、そのために久々に昔読んだ教科書なんかを引っ張り出して読んでおりました。

するとこの分野では古典的なロバート・ギルピンのリアリズム擁護論をNeo Realism and Its Critics で「再発見」。

この中に「リアリズムの共通項」として彼は三つの想定をあげているのですが、これがなかなか参考になったので、ここにメモ代わりに記しておきます。

1、国際関係は本質的に紛争が起こりやすい
2、人間は集団をつくって行動する
3、あらゆる政治活動にはパワーと安全保障をもとめる人間の動機がある

ということです。ちなみにジョセフ・“ソフトパワー/日本大使になりそこねた”・ナイの場合は、

1、国家
2、軍事力
3、安全保障

と言っておりますが、他の本でも、

1、国家中心
2、サヴァイヴァル
3、自助

ということになっております。いろんな人がいろんなことを言っているわけですが、究極的なところで共通しているのは「人間(社会)には欠陥がある」と認めているところでしょうか(苦笑
by masa_the_man | 2010-03-26 03:06 | 日記 | Comments(34)
今日の甲州はよく晴れまして、気温もぐんぐん上昇しました。完全に春を通り越して、午後にはまるで初夏のような雰囲気に。明日で「春分」ですから、時の流れるのは本当に速い。

さて、久々にアメリカの言論人の意見を。

パット・ブキャナンといえば、知る人ぞ知るアメリカの保守派の言論人ですが、この人がアメリカの「民主制度を世界に拡大する」という政策の矛盾をついた興味深いコラムを書いております。これって、ネオコンに対する強烈な当てつけともいえますな(笑)

彼の論点は、あくまでも「国益を守ること」にあることを念頭に置きながら読むと、色々な気づきがあります。


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The God That's Falling

by Pat Buchanan


●先日のことだが、FT紙のコラムニストであるギデオン・ラックマンが「アメリカは自由世界を失いつつある」というショッキングなタイトルのコラムを書いていた。

●その中身は、「南米、アフリカ、中東、アジアのそれぞれの地域にある最大の民主制国家、つまりブラジル、南アフリカ、トルコ、インドが、アメリカから離れつつある」というものだった。

●たとえばブラジル大統領のルーラは中国と石油取引を取り交わし、ウゴ・チャベスと談笑し、アハマディネジャドの選挙での当選を「勝利」であると発言し、国賓としてイランを訪れた。

●国連安保理では南アフリカがロシアと中国の側について人権決議を否定してジンバブエとイランに味方した。

●トルコはヘズボラ、ハマス、イランに味方してイスラエルと対決姿勢を見せ始めており、トルコ国内の世論では反米主義が盛り上がっている。

●インドはイランやビルマの件で反米勢力に加わり、中国側についている。

●ここで問題なのは、これらの四大国の現在の政権が「民主的」な手続きを経て選ばれたということであり、彼らが「白人の豊かな西洋」に反発しはじめたことだ。

●ジェフリー・ウィートクロフトは「世界政治」誌の論文で、アーロン・ディヴィッド・ミラーの言葉を引用しつつ、アメリカは中東で「好かれず、尊敬されず、恐れられていない」と言っている。

●「恐ろしいのは、アメリカの政治家やコメンテーターたちがこの現実に気づいていないということだ」とウィートクロフトは言う。

●ところがこのような傾向はブッシュ政権の遥か前から存在していた。なぜなら「アメリカは世界に民主制度を広めなければならない」という不思議なアイディアが支持されていたからだ。

●しかしこれが本当にアメリカの国益になるのかどうかは疑わしい。

●ウィートクロフトは、「もしアメリカが好かれていないのなら、そもそもなぜ民主制を広げようとするの?」と尋ねている。たしかにこれは重要な疑問だ。

●ネオコンたちは、ブッシュ政権の人々だけでなく、結果的にレバノン、西岸地域、ガザ地区、エジプトまで民主化を説得することに成功した。

●しかしそれで勝利をおさめたのは、ヘズボラやハマス、ムスリム同胞同盟の人々だったのだ。

●ウィートクロフトはアラブの民族史を研究しているユージン・ローガンの言葉を引用しつつ、「アラブ世界で選挙が行われると、イスラム主義者が勝利を収める」と指摘しており、これは「自由選挙が行われると反米勢力が勝つ」という不都合な真実を明らかにしてしまっているのだ。

●サウジ、ヨルダン、エジプトで選挙が行われると、アメリカを中東から追い出し、イスラエルを地中海に追い落とそうという勢力が表れる確率が高まるのだ。

●アメリカの「全米民主主義基金」(NED)がそんな結果を及ぼす自由選挙を推進する論理的根拠はそもそもどこにあるのだろう?

●エイミー・チュアは「火だるまの世界」(world on fire)という著作の中で、「第三世界には常にマーケットを支配しているマイノリティーがいた」と指摘している。

●これは東アフリカのインド人であり、南アフリカの白人であり、世界中にいる華僑であるが、彼らは自由市場主義者で収入が高く、富を多く持っている。

●ところが民主制度がやってくると、多数派がこれらのマイノリティーを追い出すことになる。

●植民地主義が終了した時、アフリカ東部ではインド人が虐殺され、1965年にスカルノが政権を追い出された時にはインドネシアの華僑が虐殺され、そしてスハルトが政権を離れた時にも同じことが起こった。

●ムガベが選挙で選ばれた時も、ローデシアに住む25万人の白人たちの実に三分の二は国を離れたのであり、南アフリカではズマ政権になった時にボーア人とイギリス人の半分がいなくなったのだ。

●ボリビアではモラレスが大統領についてからヨーロッパ人を追い出し、チャベスもベネズエラで同じことをしている。

●ここで質問がある:アメリカはなぜわれわれを追い出すような仕組みを輸出しているのだろうか?

●もちろんアメリカの先輩たちはこのようなことをはじめから狙っていたわけではない。

●レーガン大統領に影響を与えたジョン・ウィンスロップは「民主制度は統治の制度としては最悪」と言っている。

●ジェファーソンも「民主制は烏合の衆による支配であり、51%が49%の権利をうばう仕組みだ」と言っているし、マディソンも「民主制はもっとも悪辣な統治方法だ」と言っている。

●もし民族主義や宗教的な衝動のほうが西洋の民主制よりも力を持ってくるのであれば、いまさらアメリカが第三世界で広める根拠は一体何なのだろうか?市場主義を追い出すことになるのなら、なぜアメリカは民主制を広めるのだろうか?

●敵を強めるシステムを輸出して、友人を危機にさらす意味がそもそも不可解だ。

●デモクラシーというのはわれわれを救ってくれるものなのだろうか?それとも西洋を自殺に追い込むものなのだろうか?

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ある意味でレイシスト(人種差別主義者)ともとられかねない危険な発言とも言えますが、こういうスレスレのところをハッキリというところが彼の良さでもありますね(笑
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by masa_the_man | 2010-03-20 21:07 | 日記 | Comments(38)

誌と真実の合間

今日の甲州はよく晴れまして、気温もそこそこ上がりました。論文を書く合間に原付で隣町まで行くのですが、やはりバイクだとまだ少し寒いですね(苦笑

さて、今日は久々にある本を読んでいて面白い記述があったので簡単に紹介を。

最近なぜかコンスト系の人々が書いたものを読む機会が多いのですが、その中にロマン派についてのこういう指摘がありました。

ノヴァーリスという人の発言なんですが、その本の中に、

「詩は絶対的に真に現実的なものである。これが私の哲学の真髄である。詩的であればあるほど、真実なのである」

という引用がありました。

これってけっこうぶっ飛んだ発言ですが、ある意味でかなり深い解釈ができるかと。つまり彼らの中では詩の中の「観念」の世界と「現実」の間の垣根が薄かったんですな。

実はドイツ地政学にもこの辺の影響がけっこう来ててさまざまな影響があります。ハンス・ヴァイガートなんかはシュペングラーの思想とのつながりを指摘しておりまして、なかなか刺激的。

4/3の講演会にはこの辺について(といってもこれだけじゃ意味わからないかも知れませんが)詳しい解説をしていきたいと思っております。乞うご期待。
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(イギリス独特のステーキパイ。パサパサなのが難点だが、意外といける)
by masa_the_man | 2010-03-20 00:30 | 日記 | Comments(15)

宗教ネタの?ジョーク

あるサイトを見ていてみつけたジョークです。

ある時、カソリックの神父と、プロテスタントの牧師、それにユダヤ教のラビの三人の聖職者たちが話し合っていた。

彼らの話し合いのテーマは、いつ「人間の生(人生)が始まるか」というヘビーなもの。

カソリックの神父は、「受精した瞬間からだ」と主張。

プロテスタントの牧師は、「オギャーと生まれた瞬間からだ」と反論。

ところがユダヤ教のラビはちょっと考え込んでいる。神父と牧師が答えるようにうながすと、彼はようやく口を開き、こう言った。

「子どもが独立して家を出て、飼い犬が死んだ瞬間からだ」
by masa_the_man | 2010-03-19 01:12 | 日記 | Comments(8)

マレン・ドクトリン?

パウエル・ドクトリンはかなり以前に消滅し、いまはマレン・ドクトリンの時代だという興味深い記事がちょっと前のFP誌に載っておりました。

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This Week at War: The Long Death of the Powell Doctrine
What the four-stars are reading -- a weekly column from Small Wars Journal.

BY ROBERT HADDICK

(中略)

So what is the new Mullen Doctrine? For the chairman, the issue of whether the United States will employ military force has long been settled. The issue now is how the United States should apply its national power. Mullen summed up his views this way:

We must not look upon the use of military forces only as a last resort, but as potentially the best, first option when combined with other instruments of national and international power.

We must not try to use force only in an overwhelming capacity, but in the proper capacity, and in a precise and principled manner. And we must not shrink from the tug of war -- no pun intended -- that inevitably plays out between policymaking and strategy execution. Such interplay is healthy for the republic and essential for ultimate success.

The Mullen Doctrine accepts that every day for the foreseeable future, U.S. military forces will shoot at, or will be shot at, by somebody somewhere in the world. Given this seemingly permanent state of war, Mullen says that politicians, soldiers, and the public will need to engage in an open-ended discussion that will constantly adjust how the country employs its military forces.

Mullen assumes that the public now accepts that low-level warfare is an enduring fact of life. If he is wrong about this, the Powell Doctrine could rise from the grave.

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つまり軍事力の行使は日常的であり、問題はそれをどのくらい適度に他の要素と組み合わせて正確に正しく使えるか、ということですな。

「ギリギリまで使ってはいけない、使うなら一気に大量に」というパウエル・ドクトリンとはえらい違いだと指摘おります。

しかしこういうドクトリンも現状追認というか、後付けで名付けられることも多いわけで。
by masa_the_man | 2010-03-19 00:30 | ニュース | Comments(11)