戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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教えていただきました

昨日のエントリーに書き込んでいただいたみなさんへ

うーん、素晴らしい。まさかここまで色々とコメントをいただけるとは思いませんでした。ネットというのはスゴいですね。本当に参考になりました。ありがとうございます。

たしかに何人かの方がお察しの通り、この著者(ドールマン)は、完全に宇宙工学が専門の技術系の人ではなくて、むしろ政治学のほうから入った人みたいです。

よって、この論文での主眼は宇宙地政学の理論の説明にあるみたいですね。

とりあえず本日の午後までに修正して送らなければならないので、今のところは、

===

宇宙旅行をする場合に重要な尺度は、「速度ベクトル」を変更するため、もしくはA地点からB地点まで行くのに必要な「増速量」を得るための推進力だ。

宇宙旅行の現実や、宇宙空間において物資を効率よく動かす方法を理解するためには、まずこの「増速量」(Δv もしくはデルタV[デルタ・ヴイと読む])を知ることが大切である。

===

としようかと考えております。

つまり、

velocity vector → 速度ベクトル

total velocity effort → 増速量


ということですね。ちなみにいただいた変更案では、

=========

●masahiko さん

「速度ベクトル」 / 「合計速度」/「速度の変更」

●やまねこさん

"Total Velocity Effort"=「(噴射後に到達したい)最終的な速度ベクトル」

●sabskok さん

「総速度ベクトル」 

●ウヨなM さん

「速度ベクトル」/「総速度変化」→「ロケットによる増速量の総和」

●待兼さん

「速度と進行方向」/「加速度」(速度の変化分)

●tt さん

「加速の総和」→ 「増速量」

●chaseさん

「速度」「最終速度」

●k-kun さん

「速度」/「加速度」

●ropさん

「速度」/「速度(速度ベクトル)の力(ベクトル量)の和」?/「速度増分」

●寝太郎さん

「速度ベクトル」/「必要加速度(=速度ベクトル変更)の合計」/「必要推進力(=必要加速度=総燃料消費量)の合計」

●rokujoさん

「噴射後の速度」or 「慣性速度」




===========

となりました。


ちなみにttさんにいただいた訳文は

「宇宙空間を航行するにあたっては、A点からB点に到達するまでに行う加減速や方向修正に費やす推進力の総計が重要な尺度となる。この総推進力はΔv(デルタV)と呼ばれ、宇宙旅行の実現や効率的輸送を考えるときの鍵となる。」

でした。これはスムーズな訳文ですねぇ。意味もよくわかります。

まだ何かご意見ありましたらお待ちしております。
by masa_the_man | 2009-05-31 18:50 | 日記 | Comments(47)

教えてください

今日の甲州は雲がやや多めなんですが、朝から日が照っております。過ごしやすくいい天気ですなぁ。

このブログをご覧のみなさんに一つ質問があります。

いま訳本のゲラ直しをやっているのですが、ひとつ単語をどうするのかで迷っております。しかもそれがロケット工学(ロケットサイエンス)に関する専門用語なので、門外漢の私はちょっと困っているんですよね(苦笑

問題の箇所と単語は、

===

宇宙旅行をする場合に重要なのは、A地点からB地点まで行くために必要となる「速度ベクトル」(velocity vector)もしくは「速度の増分」(total velocity effort)を変化させるために、ロケット等で推進力を得ることだ。

宇宙旅行の現実や、宇宙空間において物資を効率よく動かす方法を理解するためには、まずこの「速度の増分」(デルタVとも呼ばれる)を知ることが大切である。

===

というものです。

問題はこの「トータル・ヴェロシティ・エフォート」でして、原著者によれば「デルタV」と一緒ということなんですが、以下のサイトによると

デルタV、機体の速度増分が、第一宇宙速度(7.8km/s)に達しない場合、打上げは失敗します」

とあり、これにならって私も「デルタV=total velocity effort=速度の増分」としたのですが、どうも訳がしっくり来ないんですよね。

本ブログをご覧の方でこの辺に詳しい方、どうか教えていただけないでしょうか?お願いします。
by masa_the_man | 2009-05-30 11:00 | 日記 | Comments(24)
ちょっと前のものですが、ウォルトの北朝鮮核実験/ミサイル発射事件についての分析です。

===

On North Korea's nuclear and missile tests
Tue, 05/26/2009 - 4:23pm

By Stephen M. Walt

(中略)

There are two reasons why our hands are largely tied. First, we don’t have extensive economic ties with North Korea, so we can't pressure them by threatening to cut off aid, trade, or investment. Second, using military force to disarm or topple Kim Jong Il's regime or to impose a full economic blockade could unleash an all-out war on the Korean peninsula. All-out war could do considerable damage to Seoul, which lies within artillery range of the border, and the sudden collapse of the North Korean state could create a massive humanitarian problem and make it more likely that some of its nuclear materials would escape reliable custody. These considerations explain why China and South Korea generally oppose stronger sanctions on North Korea, even when they are upset by Pyongyang's actions.

So the best response is to remain calm, and stop talking as if this event is a test of Obama's resolve or a fundamental challenge to U.S. policy. In fact, the tests are just "business as usual" for North Korea, and it would better if the United States "under-reacts" rather than overreacts. Instead of giving Pyongyang the attention it wants, the United States should use this incident as an opportunity to build consensus among the main interested parties (China, Russia, South Korea, Japan) and let China take the lead in addressing it.

やや消極的ですが、リアリスト的な分析です。

アメリカが北朝鮮になにもできないのは、

1、経済制裁やっても効かない(「制裁のジレンマ」のため)
2、下手すると第二次朝鮮戦争が起こって大変なことになる

という二つの理由ですね。

「アメリカは過剰反応せずに無視せよ」、「中国に押し付けろ」と結論づけております。

これはつまり「アメリカは日本を守るつもりはない」と言っていることと一緒なんですが(笑
by masa_the_man | 2009-05-30 10:59 | 日記 | Comments(9)

「全面核戦争というのは、それがもたらす破壊規模があまりにも甚大で深刻であり、どのような政治目標でも矮小化してしまうため、何かの政治目的のためにそれを戦うというのは不可能だ」と信じる人々は、首尾一貫した論理的な政治ポジションをつくりあげることができる。彼らは核戦争が国家の歴史の終わりになり、核戦争を起こすような脅しは自滅のための脅しと同じであり、したがって信頼性に欠けるものだ、と論じるのだ。

ところが彼らは一方で核兵器を根絶できないことも認めている。彼らは敵の計算違いが絶望的な結末を生み、本当に非合理的な行動というのは常に起こりうるのであり、そして紛争は制御不能なものになる可能性があったとしても、その脅威が十分に深刻なものでない限りは、どんな途方もないような脅威でも抑止することができる、と信じているのだ。

一九七〇年代のアメリカの国防コミュニティーではこのような抑止理論は否定されていた。ところがその後の戦略目標の見直し作業では、アメリカの政策はロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)元国防長官の「相互確証破壊」の断定的なドクトリンからどんどん離れて行ったように見える。しかしアメリカの国防企画者たちは核戦争の問題について徹底的に研究しておらず、しかも核戦争に関する戦略の意味を考え抜いたわけでもない。

アメリカの国防コミュニティーは常に核戦争というものを「戦争」ではなく「ホロコースト」のように見なしがちなのだ。元国防長官であるジェームス・シュレシンジャー(James R. Schlesinger)は、「最小限抑止派」の楽観主義者たちと、いわゆる「戦争戦闘派」と呼ばれる悲観主義者たちの間をとった妥協案として、数発から十数発ほどの核弾頭を使う「限定核オプション」(LNOs)というものを採用したと聞く。

ところがその定義からすれば、限定核オプションというのは戦争の最初の段階でしか使えないものだ。だが限定核オプションを使い果たした後はどうなるのだろうか?もしソ連がアメリカの限定核オプションに仕返ししてきた場合、アメリカは「さらなるエスカレーション」と「和解・調停」の間でジレンマに陥ることになる。

戦争中に抑止状態が回復不可能になってしまう理由はいくつかある。たとえば敵は闘っている最中に「戦争中の抑止」というコンセプトを無視してとにかく戦争に突き進むかも知れないし、指令、制御、そしてコミュニケーションは急速に悪化してしまうために戦略判断が妨害され、双方とも勝手に自分たちの戦争計画を実行してこともあるからだ。アメリカの国防コミュニティーは、遅まきながらも目標選別の柔軟さと限定核オプションは「戦略」とはならないし、不適切な戦略核兵力を埋め合わせることができないことを理解しはじめたのだ。

限定核オプションはそもそも強い国の戦術であり、戦略的に劣った時期に入っている現在のアメリカのような国のための戦術ではない。限定核オプションはアメリカが核戦争がエスカレートした後にそれをどうコントロールして支配するかということを教えてくれる、実用に耐えうるような理論を持ってから初めて、実用可能になるものなのだ。

一九七〇年代に見られたような「柔軟な目標選別」の根本的な間違いというのは、アメリカが満足な形で終わらせることができそうもない核戦争のエスカレーションを自発的に始めるかも知れない、という事実を無視している点にある。「柔軟な目標選別」というのは、軍事力の行使がどのように政治目標の獲得に貢献するのかということについて何も展望のない計画の、たんなる付属品だったのだ。 

戦争の狙い

アメリカの戦略目標選別ドクトリンは、第一撃から最後の攻撃まで一貫した政治目標をもたなければならない。ところが戦略の柔軟性というのは——戦争にどう勝つのか、もしくはなんとか戦争を許容できる範囲で終わらせることを請け合うような実行可能な理論に固執しない限りは——アメリカに(紛争の前もしくは最中に)適切な交渉的立場を与えてくれないし、結局のところは敗北へ招待状でしかない。

小規模でよく計画された攻撃が効果を挙げられるのは、アメリカが戦略的に優勢な場合だけだ。この「優勢」とは、ソ連を倒し、しかもその戦後の望ましい世界秩序を確保できるまで復興できるような見込みが持てる、どのレベルの暴力においても核戦争を戦える能力のことを言う。
by masa_the_man | 2009-05-29 23:54 | 戦略学の論文 | Comments(9)
アメリカとヨーロッパ全体との関係は、イギリスとヨーロッパ大陸との関係に似ている。スケールは異なるし、単位は大きく、距離も広がっているが、そのパターンは一緒なのだ。我々はイギリスがヨーロッパ大陸のバランスに利害があったように、ヨーロッパのバランスに利害を持っているのだ

ニコラス・スパイクマン(Nicholas J. Spykman)一九四二年
by masa_the_man | 2009-05-29 10:42 | 日記 | Comments(9)

キルカレンの意見

今日の甲州は曇りがちですが、ところどころで爽やかな青空が見えます。地政学の論文集の初校ゲラを必死で直しておりました。

昨日気がついたのですが、うちの周りでは鳥の「カッコー」が鳴いているんですね。

はじめは近所の誰かが目覚まし時計のアラームを消し忘れたのか、もしくは柱時計の時報の音かと思っていたんですが、どうやら本物だったようで。

自然があるといえば良いのかも知れませんが、ようするに田舎です(笑

さて、オーストラリアのロレンスこと、ディヴィッド・キルカレンが先日NYタイムズに書いていた記事の内容の要約をメモ代わりにここに書いておきます。

======

Death From Above, Outrage Down Below

By DAVID KILCULLEN and ANDREW McDONALD EXUM
Published: May 16, 2009

(中略)

After the assassination of Benazir Bhutto in December 2007, and following much internal debate, President George W. Bush authorized a broad expansion of drone strikes against a wide array of targets within Pakistan: Qaeda operatives, Pakistan-based members of the Afghan Taliban insurgency and — in some cases — other militants bent on destabilizing Pakistan.

The use of drones in military operations has steadily grown — we know from public documents that from last September to this March alone, C.I.A. operatives launched more than three dozen strikes.

The appeal of drone attacks for policy makers is clear. For one thing, their effects are measurable. Military commanders and intelligence officials point out that drone attacks have disrupted terrorist networks in Pakistan, killing key leaders and hampering operations. Drone attacks create a sense of insecurity among militants and constrain their interactions with suspected informers. And, because they kill remotely, drone strikes avoid American casualties.

But on balance, the costs outweigh these benefits for three reasons.

=====

2007年12月からブッシュの許可によって無人機を使ったパキスタン内への攻撃が本格的に始まったわけですが、上の部分にあるように、無人機の使用がアメリカ軍に好まれる理由は、

1、成果が計測できる
2、テロリスト側に不安感を与えることができる
3、アメリカ人に犠牲者がでない

ということですね。しかしキルカレンはこのようなベネフィットは、三つの点においてコストに負けていると主張しております。その三つとは、

1、パキスタンの民間人に反感が生まれる(というか、すでに生まれてますが)
2、反感が周囲の地域にどんどん拡大してしまう。
3、戦術が戦略と混同されている

というものです。

対テロ対策として一番重要だと言われているのがテロリストのような過激派を周囲の一般市民と切り離すことですが、無人機を使うとアメリカのイメージがますます下がるわけで、そうなると逆効果だ、というのがキルカレンの主張なんですね。

私が上の三つで特に気になったのは、まさに「戦術と戦略の混同」でありまして、これは基本的に軍事行動(もしくはビジネスでも?)起こりやすいことなんですよね。

で、キルカレンによると無人機を使った攻撃の最大の間違いは、

1、無人機爆撃では過激派を一般市民と切り離すことはできない。

2、植民地時代と同じことやっているのでイメージわるい(英国は1920年代、フランスは1950年代に飛行機で同じようなことやってた)

3、首切り戦略は効かない

4、たった一人のテロリストを殺すための情報を集めるために莫大なマンパワーが必要。その資源を他にまわさないと効率悪い。

ということだそうです。

最終的に彼の提言としては、リモコンで殺すのではなく、地元勢力と手を組んでパキスタン市民に「安全保障」というサービスを与えろ、ということですね。

このようにキルカレンは軍事戦略の観点から「無人機を使った攻撃は逆効果でっせ、いますぐやめなはれ!」と言っているわけですが、問題なのはこのキルカレン自身も「軍事戦略」のレベルでしか物を考えられていない、という点ですね。

とここまで書いて時間切れなので、続きはまた今夜書きます。
by masa_the_man | 2009-05-29 10:41 | ニュース | Comments(12)

撤退するアメリカ:本編

Youtubeにあがっていましたのでここに9編をすべてアップしておきます。

後半の二編、とくに8と9には東アジアや日本の状況についての"what if"シナリオが考察されておりますね。

ドキュメンタリーの一番最後は、日本が核爆弾でやられて広島・長崎の再現、みたいなものすごい強引な終わり方してますが(苦笑


















by masa_the_man | 2009-05-28 09:15 | ニュース | Comments(8)
b0015356_23205024.jpg
(MSNBC.com)
by masa_the_man | 2009-05-27 23:20 | ニュース | Comments(4)
「本土防衛は激しい軍拡競争を生み出し、戦略のバランスを不安定化させることになる」と考える人は多いため、アメリカの国防コミュニティーは自己抑止の可能性を最大化するような態度をとることを是認している。しかし拡大したアメリカの抑止の信頼性は、「アメリカの大統領は海外の同盟国を守るためには核のエスカレーションも辞さない覚悟だ」と考えるソ連側の考えに左右されているのだ。

アメリカは一九六〇年代後半に「戦略(核兵器の)均衡」(strategic parity)というコンセプトを、それがアメリカの核の傘の信頼性にとってどのような意味を持つのかをあまり考えずに採用している。「均衡のための条件」や「必須の等価」というのは、拡大抑止の義務とは相容れないものだ。なぜならそのような戦略的状況にはそもそも自己抑止が組み込まれているものだからだ。ところが「均衡」というものが実際に示しているのは、アメリカの致命的な利益のいくつかの分野にとってはそれほど重要ではない場合があるということだ。たとえば西ヨーロッパはアメリカにとってあまりにも重要であるために、逆にソ連のリーダーたちは、アメリカが戦略バランスの詳細を度外視して、なぜここまで長い期間にわたってこのような形でコミットするのか驚くほどなのだ。

自滅をうながす脅威

皮肉なことに、「戦争で生き残るための理論」というのは政治的・道徳的に受け入れがたい侮辱である、という主張はかなり多く見られるものだ。たしかに何百万人ものソ連国民の命を奪い、その反動として何千万人ものアメリカ人が死ぬような戦略を主張することは誰にとっても心地よいものではないし、政治的にも道徳的にも受け入れがたいものだ。

しかし、ここでカソリック教会が「正戦論」として示している軍事力行使のための六つの方針は参考になる。つまり軍事力は①正義にのっとった理由があり、②それに正しい意図とある程度の成功の見込みがあり、③成功すれば行使しなかった場合よりもよい未来につながり、④その未来には狙った目標の獲得、または悪を倒すある程度の見込みがあり、⑤非戦闘員に被害を及ぼさない覚悟があり、⑥しかもそれがかなり可能であるような場合に限って行使してもよい、ということなのだ。

これらの指針にはアメリカの政策に参考となるメッセージが含まれている。特に核兵器による脅しがアメリカの外交の武器の一部であり、しかもそれが実質的な運用計画という(単なるこけ脅しではない)脅威を伴っている限りにおいては、アメリカの国防計画担当者たちは核戦争を想定して計画を考える義務があるのだ。また彼らは少なくとも行使された軍事力と達成されるべき政治目標の意図された関係、つまり「戦略」というものについての何からのアイディアを持つべきなのだ。

現在のアメリカの戦略政策は、正戦論の六つ指針の内の、少なくとも三つで不合格だ。なぜなら、その政策には①「敵の勝利を防ぐ」ということ以外には「成功」の定義がなく、②核兵器の効果的な使用が敵への降伏よりも良い未来を約束しているわけでもないし、③戦争に使われる実質的な戦略が具体的な政治目標によって導かれてはいないため、どのような見込みがあるのかさえわからないのだ。簡潔にいえば、アメリカの核戦略は非道徳なのだ。
by masa_the_man | 2009-05-27 19:12 | 戦略学の論文 | Comments(2)

戦略にはドル・マークがついている。

バーナード・ブロディ、一九五九年
by masa_the_man | 2009-05-27 07:04 | 戦略学の論文 | Comments(2)