戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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カテゴリ:日記( 1100 )

今日の横浜北部はやはり快晴で極寒でした。明日はもっと寒くなるそうですが。

新年あけましておめでとうございます。2018年もがんばって行きますので本ブログともによろしくお願いします。

さて、だいぶ以前に番組などで紹介した記事の要約です。そもそもは書評記事ですが、なかなか味わいのあるものです。

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なぜ知識人たちは独裁者や全体主義者たちに魅了されてしまうのか。

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From Benito Mussolini to Hugo Chavez: Intellectuals and a Century of Political Hero Worship,

by Paul Hollander


連続殺人で有罪となり収監された殺人犯は、実は自分の犯罪歴しか知らない女性たちから求婚されることが多い。この奇妙な現象が示しているのは、自己欺瞞が人間の行動の決定にどこまで深く染み込んでいるかという事実だ。


このような求婚をしてしまう女性というのは、「この殺人犯の心の奥底には人知れぬ善い面があり、自分だけがそれを表に引き出すことができる」と考えているとみられる。


よって彼女たちは、「自分は他の女性とは異なる<違いのわかる女>であり、連続殺人犯に対する一般女性の態度は退屈で、何も考えずに批判的になっている」と考えるのだ。


したがって彼女らは、自分たちのことを「一般の女性たちよりも、より深い面を直視する思慮深い存在」であると見なしているのである。そして興味深いことに、彼女たちは軽犯罪者などには目もくれないのだ。


このような態度は、少数の知識人たちが持つ、独裁者に対する態度にも見てとることができる。これはとりわけ、その独裁者がユートピアな世界を追求していると主張している場合によく見られるものだ。


ポール・ホーランダーはマサチューセッツ大学アムハースト校の社会学の名誉教授であり、長年にわたって政治における欺瞞や自己欺瞞について研究してきた人物である。彼は母国ハンガリーでナチスと共産主義の両方を実体験しているため、これは当然のことといえる。


1981年に著者は、主にスターリン時代のソ連や毛沢東時代の中国、それにカストロ政権時代のキューバなど、共産主義国家を訪ねた(といっても案内係がつきまとうような、厳しく管理されたものばかりだが)西洋の知識人たちが、そのような国々で新たな世界が建設されている様子についていかに賞賛していたのかを詳細に報告した、古典的な研究書を出版している。


もし現実がそれほど過酷なものでなければ、彼らの報告と現実との違いは「単なる笑い話」として済まされるものであっただろう。


今回紹介する『ムッソリーニからチャベスへ』(From Benito Mussolini to Hugo Chavez)という本の中で、著者のホーランダー教授は、様々な独裁者や独裁的なリーダーたちに対する、このような知識人たちの視点に目を向けている。


彼の研究は科学的なアプローチをとっておらず、たとえば無作為に独裁者たちと知識人たちを選び出し、知識人の独裁者に対する態度について、あらかじめ設定した質問に対して答えていくようなことを行っていないため、似非科学と呼ばれてもしかたないものかもしれない。


したがって、著者のアプローチは「質的分析」ということになるのだが、それでもきわめて興味深いものだ。


「西洋の知識人」の定義がどのようなものかはわからないが、たとえそのうちの10%が独裁者の崇拝者や支持者――しかもその何人かはある独裁者が死んでも次の独裁者を英雄として扱うような「前科」のある知識人ということだが――であったとしても、これはこれで非常に興味深い、特筆すべき現象であることは間違いない。


本書の中で挙げられている、最もひどい政権を賞賛していた知識人のリストは、実に驚くべきものだ。その一例は、H・G・ウェルズ、ジョージ・バーナード・ショー、ロマン・ロラン、ジャン=ポール・サルトル(彼は何人も賞賛している)、ノーマン・メイラー、Cライト・ミルズ、ミシェル・フーコーなどである。


ホーランダー氏が問うているのは、「実際は否定的な書評や、敵対的な教授会程度の危険しか経験したことがなく、しかも自国で自分の自由が(それが実際か想像上なものはさておき)脅かされることに関してやけに敏感であるような知識人たちが、なぜ実に多くの外国の抑圧者たち、さらには殺戮者たちにも、惹きつけられてしまうことが多いのか」ということだ。


第一に、独裁者の性質を考慮すべきだ。当然だが、すべての独裁者は同じではないし、これは知識人においても同じことがいえる。


まずドイツ人以外の知識人たちにとっては、スターリンよりもヒトラーを尊敬することは難しい。その理由は、太古からの自らの人種や国家の優越性を主張していた、ヒトラーのアイディアそのものにある。これでは外国の人々の尊敬を集めるやり方として最悪の部類に入るのは明らかだ。


それでもマルティン・ハイデガーやカール・シュミットのように、多くのドイツ知識人たちはヒトラーに協力しており、反対した人々は少なかったのである。


もちろん彼らの支持が、どれくらいの恐怖や「ご都合主義」によって促されたものなのかは確定的なことは言えない。ところが長年にわたる研究によれば、彼らの大間違いは断じて正当化できるようなものではなく、ヒトラーが政権を握る以前の段階で、大学生や教授たちの間では、ヒトラーの支持率は一般国民のそれと比べても高かったのだ。


いいかえれば、知識人たちが一般国民と比べて自分たちのほうが優れて持っていると自称することの多い「本質を見通す鋭い視点」や「人間に対する慈愛」というのは、少なくとも(そしておそらく多くの場合、もしくは常に)利己的で架空のものであるということだ。


近代社会の最も教育を受けた層の人々が支持したからといって、その政策が必ずしも「正しい」ものであるという証拠にはならない。


だからといって、「教育を受けていない層が常に正しい」という結論を導き出すのも間違いである。間違いの反対が必ずしも真実であることにはならないからだ。それは単に「もう一つの別の判断も間違っている」ということだ。


それと同様に、たまたま独裁者となってしまったような人物たち、つまりシリアのアサド大統領や、イラクのサダム・フセインのように、主な目的が自らの権力や関係者たちの権力の維持であるような場合は、その擁護者がいたとしても、尊敬を集めるような存在になれないことが多い


知識人たちの興味を引くためには、独裁者というのはいくらかの「ユートピア的な理想」を具現化した存在、もしくはそのような存在であることを自ら主張しなければならないものである。


知識人というのは表面的な事象ではなく、その奥底にある本質を見抜く特別な能力を持っていることを自慢したがるものであるが、実際はそれそのものが彼らのレゾン・デートル、つまり「存在意義」になってしまっている。そもそも一般人が見抜けないものを見抜けなければ、彼らの役割そのものに意味はないからである。


たとえば、単純に思考する人々は、聖職者たちを虐殺するという事象を、ありのままの「虐殺」という現象として見るものだ。ところが知識人たちは、これを歴史の弁証法の働きであると理解し、実際の「死」よりも、想像される未来の展開をより現実的なものとして感じ、それらをオムレツの完成のために必要な「卵のカラ」としか捉えないのである。


もちろん著者のホーランダー氏は、スターリンや毛沢東、そしてカストロ(フーコーの場合はホメイニ師も入る)のような独裁者になぜ知識人たちが惹きつけられるのかについて、単一の理由があるとは主張していないし、それを見つけたとも言っていないわけだが、すくなくとも評者である私の目からは、宗教の考え方があるものごとについての説明を行う立場として社会的に大きく否定された時代の中で、「準宗教的な考え」が待望されている、と考えているように見える


全体主義的な独裁者たちというのは、民主主義体制でよく見られるような政治家ではないし、そのレトリックにかかわりなく生き残るのに精一杯なだけで、政敵とのだらしない妥協を行う用意はできており、道徳的にも財政的にも腐敗していることが明らかであり、権力を握っている時よりも反体制にあるときのほうがいきいきとしており、人類を救うような大胆なアイディアは持っておらず、人類あらゆる知識や智慧を備えているようなことは主張しないものだ


むしろ彼らは人類のあらゆる問題に解決法をもたらす力を持っており、永遠に実り豊かな土地と平和へと人類を導くと主張する、宗教的なリーダーたちなのだ。


彼らの知識は深く、実行力にもあふれ、愛すべき存在で慈愛にも満ちており、常に国民の幸福を気にかけている存在となる。ところが同時に、彼らは控えめで謙遜しており、自らに向けられる賛美を気恥ずかしく思っているはずであるということになる。


つまり知識人たちは、独裁者たちの中に「人間」を求めているのではなく、「救世主」を求めているのだ


サルトルは何人もの独裁者たちを「準宗教的な存在」として信奉してきたのだが、その傾向は彼が1970年代に再発行し、今日でも発行されつづけている新聞につけた名前そのものに見てとることができる。その名前は「リベラシオン」(Libération)、つまり「解放」である。


ところがこれは一体何からの「解放」を意味するのだろうか?当時のフランスは、独裁体制からはほど遠い存在であった。よってサルトルによって意味されていたのは、神秘主義的、もしくは人間が永遠に労働にしばられる既存の状況からの異世界的な「解放」である、という結論を導き出さざるをえない。あいにくだが、宗教という名前を名乗らない宗教ほど魅力的なものはないのだ。


ホーランダー氏の極めて読み応えのある達筆でタイムリーな本書は、われわれがまだこのような歴史から何も学んでおらず、将来においてもこのような間違いをおかす可能性があるという暗黙の警告によって締めくくられている。


むしろ「通常」の政治や政治家に対する不満が世界中に台頭するにしたがって、われわれは「ユートピア的な幻想」がすぐにその隙間を埋めようとしてくるような事態を予期できるのである。


本書は多くの知識人たちが、他の一般の人間たちと同じように(というかむしろ彼らの方が)、人生に意義や納得をもたらすことを約束してくれる、一種の「幻想」を必要としていることを確認するものだ。


彼らの想像力、理想主義、そして自己超越への渇望は、「社会正義を体現化している」と主張する英雄的なリーダーたちの、善意の放つ魅力の虜にしてしまうのである。


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率直にいえば、いままでになんとなく感じていたことをよく言い表してくれたな、というのが私の感想です。ここでいう「知識人」たちの定義はたしかに微妙なんですが、この本や評者が言いたいことは、その知識人たちが独裁者たちに「宗教的なリーダー」を見ている、ということですね。


実際に私もこの本を読んでみましたが、近代史においては金正日に対して好意的な評価をしているブルース・カミングスや、イランのホメイニ師に対して「新しい統治モデルだ」としたリチャード・フォークなどの発言などを引用しつつ、これでもかというくらいに独裁者に甘い知識人たちの実態を暴いております。


もちろんだからといってあらゆる知識人たちが独裁者好きということにはならないわけですが、どうも知識人というのはプラトンの『国家』で提唱されているような「哲人王」(philosopher king)のように、一般の人には見えないもの(イデア)を見れるのだ、という勘違いを起こしやすく、それを意外に独裁者の中に見出してしまいそうな傾向がある、ということもいえそうです。


人間観察として、このような分析は非常に興味深いところですね。



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(オスプレイの後姿)

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by masa_the_man | 2018-01-04 22:43 | 日記 | Comments(5)

今日の横浜北部は朝から小雪が降っております。


今年も残りわずかとなりましたが、みなさんはいかがだったでしょうか。


私はおかげさまで5冊(4thターニング、ルトワック、クラウゼヴィッツ、ミアシャイマー2冊)も出版できまして、まさに「レコードイヤー」となったわけですが、とくに後半にあまりブログを更新できなかったのが心残りでした。


来年もすぐに孫子やクーデター、それにグレイやルトワックなどの4冊の本の出版がすでに決定しておりまして、日本の戦略に関する議論にわずかながらでも貢献できればと考えております。


さて、今年最後の更新は拙訳『米国世界戦略の核心』でも有名なハーバード大学教授のスティーブン・ウォルトがフォーリン・ポリシー誌のブログに書いた記事の要約です。


国際関係論という学問では基本である「バランス・オブ・パワー」(勢力均衡)という概念を中心に、アメリカの対外政策のまずさを指摘した興味深いものです。ちょっと長いですが、ぜひ。


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バランス・オブ・パワーを忘れていないか?

byスティーブン・ウォルト


もしあなたが国際関係論の入門コースを大学などでとったことがあり、教師が「バランス・オブ・パワー」(勢力均衡)の概念を教えてくれなかったとしたら、母校に連絡してその授業料を返金してもらおう


この概念は、ツキュディデスの『ペロポネソス戦争(戦史)』やトマス・ホッブズの『リヴァイアサン』、それに古代インドのカウティリアの『実利論』、そして近代のリアリストであるEHカー、ハンス・モーゲンソー、ロバート・ギルピン、さらにケネス・ウォルツらの研究にとっても中心的な概念となっている。


ところがこのような長い傑出した歴史を持っているにもかかわらず、このシンプルな概念は、アメリカの対外政策を担うエリートたちのあいだでは忘れられていることが多い


なぜロシアと中国が協調しているのか、もしくはなぜイランが様々な中東のパートナーたちと勢力を結集しつつあるのかに疑問を感じる代わりに、彼らはそれが独裁主義や反射的な反米主義、さらにはその他のイデオロギー面での団結にあると想定するのだ。


このような「集団的な記憶喪失」のおかげで、アメリカのリーダーたちは無意識的に敵をまとめてしまい、そのような勢力を分断できるチャンスを見逃してしまうことになる。


バランス・オブ・パワー(もしくは私の提唱したバランス・オブ・スレット:脅威均衡)の土台にあるロジックはわかりやすいものだ。国家には互いに相手の攻撃から守ってくれる「世界政府」のような存在が存在しないため、国家は占領されたり強制されたり危機に直面する事態を避けるため、自分の持つ資源や戦略に頼らなければならない、ということだ。


強力な国家や脅しをかけてくる国に直面すると、恐れをなした国家というのは、国家間のバランスを自らになるべく優位な状態にシフトさせようとして、自らの資源を更に投入したり、同じ危険に直面している他国との同盟を求めるものだ。


それが極端になると、同盟には、たとえば以前は敵と見なしていた国や、さらには将来的に敵となることがわかっているような国との共闘も必要になってくる場合も出てくる。だからこそアメリカとイギリスは第二次世界大戦においてソ連と同盟を組んだのが、これは彼らの間で、ナチス・ドイツを倒すことのほうが長期的な共産主義の懸念よりも重要である、と認識されていたからだ。


ウィンストン・チャーチルの名言に「もしヒトラーが地獄を侵攻するというのであれば、私は英国下院で悪魔についても好意的な演説をするだろう」というものがあるが、これはまさにバランス・オブ・パワーのメカニズムを完璧にとらえたものだ。


フランクリン・デラノ・ルーズヴェルトもドイツ第三帝国を倒すためであれば「悪魔と手を握る」という似たような発言をしている。同盟相手を本気で求めている場合、その相手を選んでいる余裕はないのだ。


当然ながら、「バランス・オブ・パワー」のロジックがアメリカの対外政策、とりわけ安全保障の懸念が深刻になってきた場合において、重大な役割を果たしていることは言うまでもないだろう。


アメリカの冷戦時の同盟(つまりNATO、北大西洋条約機構であり、アジアにおいてはハブ・アンド・スポークと呼ばれる二国間条約によるシステム)は、ソ連にバランシングして封じ込めるために結成されたものであり、これと同じ動機のおかげで、アメリカはアフリカ、ラテンアメリカ、そして中東などの地域の独裁的な政権を支援したのである


同様に、一九七二年のリチャード・ニクソンの中国との国交回復は、ソ連の台頭の恐怖や、北京との関係強化はモスクワを不利にすることになるという判断によってもたらされたものだ。


ところがその長い歴史や継続的な妥当性にかかわらず、政策担当者や知識人たちはバランス・オブ・パワーのロジックが同盟国と敵側の双方の行動をどのように突き動かしているのかについて見誤ることが多い。


この原因の一つは、アメリカで一般的に見られる「国家の対外政策は、外的な状況(直面する様々な脅威など)ではなく、そのほとんどが国内政治の性格(リーダーの性格や政治・経済体制、もしくはその国で支配的なイデオロギーなど)によって決定される」と捉える傾向から生まれている。


このような観点からみれば、アメリカの「自然な」同盟国は、われわれと価値観を共有する国、ということになる。


アメリカを「自由世界のリーダー」と言ったり、NATOのことをリベラルな民主制度によって構成された「大西洋横断コミュニティー」と言う人々は多いが、この時に暗示されているのは、これらの国々が「世界秩序のあるべき姿」について共通の展望を持っているので互いに支え合っている、ということだ。


もちろん「共有された政治的価値観」というのは全く意味がないものだとは言い切れない。たとえばいくつかの実証的な研究では、民主制国家同士の同盟は、独裁国家同士の同盟や、民主制と非民主制国家による同盟よりはいくらか安定していることが示されている。


それでも「国内政治の性格が、敵・味方の判別につながる」と想定してしまうと、われわれはいくつかの点においてものごとを見誤ってしまうことになる


第一に、もし「共有された価値観」がわれわれを結びつける強力な力だと信じてしまうと、われわれが持つ既存の同盟関係のつながりの強さや継続性というものを勘違いしてしまうことにもなりかねない。


その典型的なのがNATOだ。ソ連崩壊はこの同盟関係の最大の存在理由の消滅させることになり、新たな任務を与えるために多大な努力が必要になったわけだが、それでもこの同盟関係の崩壊を予兆させる問題の繰り返しや増加は止めるには至っていない。


もしアフガニスタンやリビアにおけるNATOの作戦が上手く行っていれば事情は違ったのだろうが、実際は失敗しているのだ。


もちろんウクライナ危機はNATOの緩やかな衰退を一時的に止めることになったのかもしれないが、それでもこの事実は、NATOのまとまりをつくる「外的な脅威」(つまりロシアがもたらす恐怖)の中心的な役割をあらためて強調したにすぎない。


「共有された価値観」というのは、大西洋両岸の三〇カ国近くの国家による同盟関係を十分に維持する上では単に不十分なのであり、しかもNATOが土台としているリベラルな価値観を、トルコ、ハンガリー、そしてポーランドが破棄してしまった現在においては、ますますその不十分さが浮き彫りになってきている。


第二に、もしバランス・オブ・パワーを忘れていると、他国(非国家アクターの場合もあるが)が自国に対してまとまって歯向かってくるような状態に驚かされることになる。たとえばブッシュ(息子)政権は、二〇〇三年に国連安保理にイラク侵攻案を了承させようとした時に、フランス、ドイツ、そしてロシアらがまとまって妨害してきた時に驚いている。その理由は、サダム・フセインを排除してしまえば、結果的に自分たちが被害を被ることになることを知っていたからだ(そして結果的に彼らは実際に被害を受けた)。


ところがアメリカのリーダーたちは、なぜこれらの国々がサダム・フセインを排除し、地域を民主化するチャンスに乗らないのかを理解することができなかったのだ。ブッシュ政権で国家安全保障アドバイザーをつとめたコンドリーザ・ライスは、後に当時を振り返って「あえて大胆に言うと、われわれは単純にわかっていなかったのだ」と認めている。


また、アメリカの政府高官たちは、イランとシリアがアメリカの侵攻の後に、イラクの反抗勢力を共同で助けはじめたことについても驚かされている。


もちろんブッシュ政権の「地域民主化」を失敗させることは、イランやシリアにとっても完全に合理的なものであることは言うまでもないことであったし、しかもイランとシリアは、イラクの占領がうまくいけば、その次の「標的」になったはずなのだ。つまり彼らは、脅威にさらされた国々が普通に行動するように行動したまでであった(しかもこれはバランス・オブ・パワー理論の予測の通りである)。


もちろんアメリカ側にとってこのような行動は好ましからざるものだが、それによって驚かされてはいけないのである。


第三に、政治・イデオロギー的な結びつきに注目したり、共有された脅威の役割を無視してしまえば、われわれは敵を実際よりも強固にまとまった存在と見なしてしまうことになる。アメリカの政府高官やコメンテーターたちは、敵が単なる「手段」、もしくは戦術的な理由によって協力しているという点を見逃しつつ、「敵は共通の目標に向かって互いに深く協力している!」と考えがちだ。


たとえば冷戦初期にアメリカでは共産圏を非常に統制のとれた一枚岩の存在であり、すべての共産主義者たちを「クレムリンの息のかかった工作員である」と誤信していた。この間違いのおかげで、彼らは中露間の間の強烈な分断を見抜けなかった(否定した)だけでなく、アメリカのリーダーたちは非共産主義の左派までが親ソだという誤った想定をしてしまったのである。


ちなみに、ソ連のリーダーたちも同じ間違いをしており、第三世界の社会主義者たちを共産主義に取り込もうとして何度も失敗している


嘆かわしいことに、このような誤った直感的な想定は、たとえば「悪の枢軸」(イラン、イラク、北朝鮮は同じムーブメントによって動かされているという想定)や「イスラモ・ファシズム」(Islamofascism)という言葉などからもわかるように、相変わらず生き続けている。


過激主義者たちのムーブメントを、異なる世界観や多様な目標を持った、互いに競いあっている組織として見るかわりに、アメリカの政府高官や知識人たちは、彼らがまるで全く同じ作戦要項を使って行動しているかのように語り、そのように行動してしまうのだ。


ところがこれらのグループは、一つの共通のドクトリンは持って強く結びついているような状態からはほど遠く、深いイデオロギー的対立や個人的なライバル関係によって悩まされており、強い信念というよりは、状況的に発生した必要性によって共闘していることが多い。


もちろん彼らはトラブルメイカーではあるが、それでもすべてのテロリストたちを「一つのグローバルなムーブメントの下で働く一兵卒」であるかのように想定してしまうと、その脅威を実際よりも恐ろしいものとして映し出してしまいがちだ。


さらに悪いのは、そのような過激主義者たちの間にある分裂や分断状態を促す方策を求めさせる代わりに、ワシントン政府は彼らを一致団結させてしまうような行動や発言をしてしまうことが多いことだ。


わかりやすい例を挙げてみよう。イラン、へズボラ、イエメンのフーシ派、シリアのアサド政権、そしてイラクのサドル派らの間には、たしかにイデオロギー面でいくらかの共通点はあるのかもしれないが、これらのグループはそれぞれ異なる利益やアジェンダを持っており、彼らの間の協力関係は、イデオロギー的に統一されてまとまったものというよりも、むしろ戦略的な同盟として理解するほうが正しい。


彼らに対して全面的に否定するような行動――サウジ・アラビアやイスラエルはこれを期待しているのだろうが――をしても、それは単に彼らのような敵たちに対して、互いに協力させるように駆り立てる理由を与えてしまうだけだ。


最後に、バランス・オブ・パワーの力学を無視してしまうことは、アメリカが持つ最大の地政学的な面での優位を無駄にすることにつながる。西半球における唯一の大国であるアメリカは、同盟相手の選択肢は豊富であり、潜在的に彼らに対して大きなレバレッジを持っていることになる。


アメリカは地理的な孤立によって与えられている「タダの安全」のおかげで「お高くとまる」戦略、つまりある地域のライバル関係が激化した時にはそれを活用し、距離の離れた地域にある国家や非国家アクターたちをアメリカの賛意や支援を得るために争わせ、現在の敵たちの間にくさびを打ち込むチャンスを待つこともできるのだ。


このアプローチには柔軟性や、地域の情勢についての深い理解、他国との「特別な関係」を回避すること、そして価値観の違う国を敵対視しないような態度が必要になってくる。


あいにくだが、アメリカはここ数十年間にわたってその正反対のことを、とりわけ中東でやってきたのだ。アメリカは柔軟性を見せるかわりに、まったく同じパートナーとつきあいつづけ、彼らを自分たちの思い通りに行動してもらう代わりに、彼らをどうやったら安心させることができるのかばかりに気をとられてきたのだ。


われわれはエジプト、イスラエル、そしてサウジ・アラビアとの「特別な関係」を、それを正当化する理由がなくなりつつある中で、ますます深めてきてしまったのだ。そしていくつかの例外をのぞけば、イランや北朝鮮のような敵国を、脅される「のけ者」として扱って制裁を加えてきたのだが、彼らとは交渉してこなかったのだ。そして嘆かわしいことに、その結果は明白になっている。


=====


リアリストの面目躍如というか、この本でも展開されたような、実にウォルトらしい議論です。


この背景にあるのは、やはり「アメリカの大戦略は19世紀のイギリスを真似ろ」ということでありまして、あからさまに「分断統治」を勧めているところなどは、リアリストたちの大戦略についての議論に出てくる典型的な政策提言です。


ところが問題は、このような議論が「人気がない」という点にありまして、アメリカの外交エリートたちには本当に状況がまずくならないとなかなか受け入れられない政策を提案しているということでしょう。


「敵を無駄に団結させている」という議論も、陰謀論的な発想をすれば「アメリカが戦争の永続化を企んでいる」という反論もできそうですが、ウォルトの根底にあるのは、目先の利益や正義などに振り回され、集団的な利益を考えられずに集団的に行動せざるをえない人間のイメージでしょうか。


そうなると、人間(この場合はアメリカ)は「バランス・オブ・パワー」のような人間社会の単純なメカニズムを忘れてうろたえてしまう、ということになります。


つまりシンプルにいえば「人間はアホである」という想定なのでしょうが、これをカッコよく言えば古代ギリシャで劇などのテーマで何度も繰り返された「悲劇」になりますね。


来年こそはわれわれもこのような事例を「他山の石」として賢明なポリシーを貫きたいものです。


それではみなさん、よいお年を!

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(虹)






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by masa_the_man | 2017-12-31 09:51 | 日記 | Comments(0)

ミアシャイマー本の復活

今日の横浜北部は雲が多めでしたがなんとか晴れました。

さて、ほぼ二ヶ月ぶりの更新ですが、お知らせです。

すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、いくつかの偶然が重なり、私が手がけていたミアシャイマーの訳本が、二冊同時に復刊されました。
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左の小さい文庫本は『なぜリーダーはウソをつくのか』、そして右の大きいほうがミアシャイマーにとっての主著となる『大国政治の悲劇』であります。

どちらも数年前の版元のまさかの倒産から奇跡の復活をとげてくれたわけですが、あらためて復刊するにあたってゲラを見直してみると、やはり色々と勉強になる点が数多くありました。

まずミアシャイマーの方は「完全版」とするにあたって、紙面の都合から旧五月書房版ではネット上に掲載していた原注の日本語訳を、あえて訳出して含めたために、ページ数が増えて650ページ越えになってしまったわけですが、その原注を読み直す際に、あらためて原著者のミアシャイマーの学者としての力量を堪能させていただきました。

というのも、この原注の部分は、この分野に関心のある人間でしたら、80年代から90年代末まで展開されていた国際関係論における「大理論」に関するディベートの、いわば集大成的なまとめとなっているからです。

また、ミアシャイマーはそもそもが抑止論の専門家としてデビューしたこともあり、とくに第四章を中心とする戦略論関連の文献の充実ぶりは群を抜いております。

「リーダーはなぜウソをつくのか」については、トランプ大統領になってからとりわけ話題になっている、いわゆる「フェイク・ニュース」や「印象操作」という概念を考える上で、かなり参考になるものだと思っております。

2017年もあとわずかですが、年末年始に骨太の国際政治学者であるミアシャイマーの議論に触れて知的興奮に身を任せてみる、というのはいかがでしょうか?



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by masa_the_man | 2017-12-24 23:26 | 日記 | Comments(1)

ISの無人機は恐ろしい?

今日の横浜北部は朝から雨だったのですが、日中は遅くになってから少し晴れてまた雨になりました。

さて、久々に記事の要約です。ISが使っていたドローンに関する記事から。

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By W.J. ヘニガン2017-9/27


米軍関係者によれば、米軍の空爆と現地の武装勢力は、シリア東部における「イスラム国」(IS)のドローン計画を阻止したが、対テロ専門家たちはISによる安価なテクノロジーの画期的な使用のおかげで、似たような空からの攻撃が世界中で行われるようになると警告している。


ISの中でも特殊な訓練を受けた隊員たちは、四つのプロペラのついた小型ヘリ(クアドコプター)や飛行機型の無人機を何機か(ときには十何機も同時に)飛ばし、米軍の支援を受けた地上の武装勢力を偵察するためのリアルタイムの動画を撮影したり、イラクやシリアで簡易な爆弾を落としたりしている。


地上での作戦をネットで購入したリモコン式のこのような機器を使いながら回避することにより、ISのドローン部隊は、戦場における非対称的な戦術をはじめて成功させることになった。これは、アメリカのプレデターやリーパーのようなドローンが近代戦を劇的に変えたのと同時に起こったのである。


イラク政府軍が今年の七月に奪還したイラクの都市モスルをめぐる戦いの最中のことだが、十数人にのぼるイラク兵が、上空を飛行していた何機ものドローンから落とされた40ミリ手榴弾や軽爆発物によって死傷している。米軍の指揮官たちはこれを「殺人バチ」と呼ぶようになった。


後に米政府関係者が認めたように、これは米軍がベトナム戦争以来はじめて直面した、敵の航空機によって何もできないような状態の実現(敵に航空優勢をとられた状態)であった。しかもこの場合、航空機はアメリカのそれと比べて非常に小さなサイズだったのである。


小さな無人機は、これまでアメリカではホワイトハウス周辺や空港などの飛行制限地域でしか安全上の警告を引き起こすものでしかなかったわけだが、ドローンがますます入手可能になって性能も向上したことにより、専門家の中には「アメリカにとっての脅威となった」と論じる人もでてきた。


最近の上院の公聴会では新しく任命されたクリストファー・レイFBI長官が「われわれはテロ組織がドローンの使用に利益を見出していると考えています。海外ではすでに何度も実例が見られておりますし、これが国内で見られるようになるのも避けられないでしょう」と述べている。


「アメリカ対テロセンター」のニコラス・ラスムッセン所長も同じ公聴会の席で、他の法執行機関や航空監視官たちと連携して小さなドローンがテロ攻撃に使われるのをどのように防ぐのかを研究していると述べている。


同所長は「2年前だったら問題ではなかったのですが、一年前に問題化し、現在では深刻な問題となっております」と証言している。


ISはフィリピンやリビア、そしてイエメンにある傘下組織で、すでに警戒監視のためにドローンを使用している。アルカイダ傘下の組織はシリアで、へズボラはレバノンで、そしてタリバンもアフガニスタンで同じような使い方をしている。


米軍統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード将軍は、同時期に開催された公聴会において、ペンタゴンはISのドローン対策で遅れをとっていることを認めつつ、「たしかにそれは大きな変化を生じさせましたし、その変化に対応しようとわれわれは今日、そして明日に必要となる能力の開発に向けて最大限の努力をしています」と述べている。


彼によれば、ドローンは「われわれが最も注視している脅威の中でトップに位置するもの」なのだ。


この脅威のおかげで、米陸軍は今年4月に現場の指揮官たちに対して小さなドローンの動きを警戒する監視官を設置するよう呼びかけるハンドブックを発表し、兵士たちに「対無人航空システムテクニック」(Counter-Unmanned Aircraft System Techniques)と呼ぶ訓練を行うよう命じている。


アメリカ特殊作戦軍の司令官であるレイモンド・トーマス将軍は、彼の部下たちが昨年イラクやシリア直面した「一番たじろいだ」脅威が、小さなドローンであったと述べている。


彼はモスルの戦いの一場面において、空がIS側の無人機に占められていて、イラク軍の作戦が「突然停止せざるを得ない状況に追い込まれた」こともあり、5月にフロリダ州のタンパで開催されたカンファレンスでは「ある瞬間には上空に12機もの殺人バチが飛んでいたこともありました」と答えている。


ペンタゴンはイラク軍がIS側のドローンを撃ち落としたり無力化するのを手伝う目的で、電波妨害機器をはじめとする特殊な機器を使おうとしており、他にも空中のドローンを無効化するレーザーや、小さな網を飛ばしてとらえるためのエアガンなどの開発に数百万ドルの予算の開発計画を立ち上げている。


これらの機器の開発は戦場において戦術レベルではあまり成功しておらず、イラク軍や米軍の支援を受けたシリアの部隊は自動兵器によって撃墜しようとしているが、これもうまく行っているとは言い難い。


その中でアメリカが頼っているのは、やはり空爆である。いくつかのケースでは、米軍側は(匿名情報であるが)撃ち落とした無人機のGPSデータを使って最初に飛ばされた場所を割り出しているという。


米軍の政府高官によれば、この2ヶ月間にわたってアメリカ側はIS側の無人機の基地や倉庫、それにパイロット訓練場などを複数破壊しているという。また、空爆によってイラクやシリアの間で無人機を調達・配備・武装している8人の指揮官を殺害したという。


バグダッドで対IS作戦を担当している部署の報道官であるライアン・ディロン大佐は、IS側の無人飛行機を飛ばすシステムの戦術面での能力を排除することを目指していると証言しており、「われわれは彼らのプログラムを破壊するのに、その武装担当者たちを殺害することによって行っています」と述べている。


これは明らかに成功しているようだ。アメリカ側から支援を受けた武装勢力はイラクとシリアで小さなドローンを7機見かけたと報告しているが、これは今年前半にモスル戦で60機見かけたという報告からすれば、かなりの減少である。


ISには中国、インド、そしてトルコなどから、ドローンを一般のホームページから購入する部門を個別に持っていたという。これをエンジニアたちがモーターなどの動力をパワーアップすることによって、滞空時間を伸ばしたり爆弾を落としたりできるように改造するらしい。


ウェストポイントの対テロセンターの分析官であるドン・ラッスラーによれば、ISは数年にわたる詳細な軍事戦略の一貫として、相手の防御態勢を圧倒させるようなドローンの戦術を使っていたという。彼は二人の同僚と共にモスルで回収したISのドローン戦略に関する内部文書を研究して後に発表している。


IS側は基準化された「ドローン使用報告書」を作成し、各フライト後に詳細を報告するように義務付けていたという。ドローンのパイロットは「バラー・ビン・マレク隊」に属しており、これはISの研究開発部門の下にあったらしい。


ラッサ―は「ISは戦場でドローンを使うにあたって正真正銘の官僚組織を設置していました。これによって他のグループにもこのテクノロジーを使ってどのような事ができるのかを示したと言えるでしょう」と述べている。


ワシントンの非営利シンクタンクである「新アメリカ財団」の研究員で著書『ロボット兵士の戦争』でも有名なピーター・シンガーは、ペンタゴンは不意打ちを受けており、まだその解決法を編み出しておらず、テロリスト側もこれに気づいているという。


シンガーは「この脅威は年ごとに高まるだけでしょう。もう後戻りはできません」と述べている。

===


これはまさにテクノロジーにおけるパラドキシカル・ロジックのような現象でありまして、いままでこの分野で圧倒的な力を誇ってきたアメリカも、安価な似たようなテクノロジーの普及のおかげで優位を保てなくなってきたという興味深いケースです。


戦略には相手がおりまして、しかもこの相手はデクノボウではなく創造力を発揮して対抗してくるわけです。なので、一時的に有利な状態をアメリカ側が築けたとしても、これだけテクノロジーが発展した世の中であれば、敵側もそれに対抗する手段を容易に手にいれることができる、ということですね。


かくして彼我の非対称的かもしれないがダイナミックな関係が続くわけですが、日本の場合も東京五輪を控えていることから、このような話は他人事ではありません。ジャミングなどをはじめとする対抗手段も、米軍同様に今後ますます必要となってきそうです。

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by masa_the_man | 2017-10-25 22:34 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部はなんとか昼間に晴れました。それにしても涼しくなりましたね。

さて、久々に記事の要約です。ちょうど一年前のNYタイムズ紙に掲載された意見記事ですが、授業で使えそうだったので訳してみました。

===

トランプと核ミサイルのボタン
By ブルース・ブレア
2016年10月12日

1973年のイスラエルと周辺のアラブ諸国による第三次中東戦争が激化していた最中に、私はアメリカモンタナ州の地下にあるミサイル発射基地に仲間と勤務していたのだが、その時にわれわれはソ連との核戦争を準備せよという緊急メッセージを受け取った。

1時間以内に数百万人の命を奪うことができる50発弱の核弾頭ミサイルを発射するためのスイッチをオンにできるのは、大統領の命令だけだ。8トンもあるドアを閉めて警戒態勢に入ったら、われわれに命令できるのは大統領だけとなる。

われわれの大陸間弾道ミサイル発射管理官のレベルまで、トップの大統領から20以上の階級があるのだが、発射のカギと暗号を抱えながらわれわれができたのは、ただ「世界の終わり」がいかに近づいているのかを想像することだけだった。

ところがわれわれは大統領が危機を脱して核戦争を回避してくれるはずだし、発射命令を下す時は国家の生き残りがかかっている場合だけだと信じていた。

つまり重要なのは、決して発射しないことにあったのだ。

われわれの大量破壊兵器を使用できるのは大統領だけ――命令を受けたら一分以内に発射できた――であるため、われわれは指揮系統のトップに位置する大統領に対してほぼ親友的ともいえるような信頼感を感じていた。

われわれの中では、大統領は核兵器の力をよく理解できているはずであり、だからこそその使用に関しては最大限の抑制をはたらかせるものと想定されていた。

ドワイト・アイゼンハワー大統領は、敵を倒すために必要以上の人が死ぬという、いわゆる「核オーバーキル」(nuclear overkill)という概念に尻込みしたし、ジョン・F・ケネディは核戦争に関する軍人たちからのブリーフィングを終えたあとに、「これが人間のやることか」と失望感を示している。

リチャード・ニクソン(この中東戦争の当時の米大統領)は、彼の首席補佐官によれば、われわれの戦争計画が「数百万人の死を軽くもてあそぶようなものだ」と言ったという。ロナルド・レーガンはソ連に対して「悪の帝国」と非難しているし、「われわれは5分以内に爆撃を開始する」と冗談を言ったりしているが、プライベートでは核兵器を嫌っていた。彼はオバマ大統領と同様に、核兵器の廃絶を願っていたのだ。

ドナルド・トランプは過去の大統領たちとはかなり異なる種類の性格を持った人間だ。もし私が以前の発射管理官の席に座るのであれば、彼の判断力に自信が持てないだろうし、疎外感を感じるだろう。

このように感じているのは私だけではない。現役の、そして元発射管理官の同僚や、私の知り合いたちの大多数は、私と同じようなことを感じていると言っている。

ミサイル発射官たちは自分たちの任務が、敵からのアメリカと同盟国に対する攻撃を抑止することにあると考えている。

また、その抑止が意図的なものかアクシデント、さらには計算違いなどで崩壊することや、そしてそのような崩壊を阻止できるかどうかは、そのかなりの部分が大統領のリーダーシップの「質」――責任感、沈着さ、能力、共感度、そして外交スキル――にかかっていることも知っている。

ところがトランプ氏にはそのような「質」は明らかに欠けているように見えるのだ。もし私が現役の発射管理官だったら、彼がまずい判断をするのではないかと常に恐れ続けるような状態におかれることになるだろう。

ヒラリー・クリントンは選挙戦の時に「トランプ氏を核発射ボタンに近づかせてはいけない」と訴えていたが、これはやはり正しい警告であった。

核ミサイルの指揮統制システムは、それを担当する人々に大きなプレッシャーをかけ、究極の要求をたった一人の人物、つまり大統領に与えるものだ。

いざ危機の状態になると、このシステムはきわめて不確実な情報や混乱を発生させる可能性があるし、システムそのものが大災害をもたらしながら崩壊してしまうことさえある。

これらすべてが要求しているのは、軍事力に対する冷静かつ合理的な敬意であり、核兵器を使うかどうかの決断の際には最大限の注意が必要である、ということだ。

トランプ氏は、どうも核兵器の使用に関する決断における抑制の重要性について無視しているように見える。彼は文明を崩壊させてしまうような核兵器の破壊力に対する謙虚さを見せておらず、その使用を思いつきで考えそうな勢いだ。

彼は韓国と日本に核武装を検討すべきだとまで言っている。このような人物に核攻撃を始める自由裁量権を与えてしまえば、アメリカだけでなく全世界まで本物の危機に陥れてしまうことになるだろう。

これまでの大統領は、全員が核の判断において何らかのあやうさを見せるような欠点を持っていた。

たとえば1973年のことだが、核戦争に備えよという命令が下ってきたときに、ニクソン大統領は仕事から離れていた。ウォーター・ゲート事件のスキャンダルのプレッシャーのおかげで、彼はその夜に早く帰宅して酒を飲んでいたのだ。

そしてその夜に事態に対処したのは、国家安全保障アドバイザーだったヘンリー・キッシンジャーや国防長官だったジェームス・シュレジンジャーをはじめとする彼の(選挙を経て選ばれたわけではない)アドバイザーたちだったのだ。

われわれの大統領に対する信頼は裏切られていた。ニクソン大統領は、私をはじめとする同僚たちが核戦争に備えていた時に、起きてさえいなかったのだ。大統領は状況を把握さえできていないかったのである。

ところが 今から振り返って考えてみると、もし誰にもアドバイスを求めない自信過剰な性格のトランプ氏がニクソン大統領の立場にあったとしたら、それよりもはるかに恐ろしい状況になっていただろう。

米国憲法では、トランプ大統領がもしまずい命令を出したとしても、誰もそれを拒否することはできない。

常に大平原地方で待機しているおよそ90人のミサイル発射士官たちは、潜水艦で海中を航行している士官たちと共に、戦史においてこれまで道義的に最も非難に値するような命令を実行するしかないのである。

===

かなりトランプに批判的な内容ですが、私が注目したのはそこではなく、むしろ「核抑止」の分野で核兵器の発射システムに関わる人々の重圧感、そしてトップの心理状態や判断力にかかっているという事実が垣間見れるところです。

戦略のキモは、やはり究極的には「人間の心理」にあるわけでして、ここで勝つものが勝利できる、という点は再度見直す必要があるのではないでしょうか。

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(夕暮れの富士山)

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by masa_the_man | 2017-10-05 21:00 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部は曇っておりまして、かなり涼しくなってます。

さて、久々にコメントを。

つい先日の話ですが、夏休みがもう終わろうという8月29日の早朝に、北朝鮮が津軽海峡上空を越えて弾道ミサイルを発射しました。

これによって全国瞬時警報システム(Jアラート)というシステムが作動し、主に東北を中心に携帯電話などから警告が鳴り響いたり、鉄道各社が運行を見合わせるなど、一時的に日本各地で混乱が発生しました。

もちろんこのニュースを聞いて

「またミサイル発射実験か」

と感じたかたもいらっしゃるとは思いますが、今回が前回までと違ったのは、北朝鮮が予告なしに実験を行い、しかもJアラートが実際に鳴らされたという点です。

とりわけこのJアラートの作動は、それを聞いたほとんどの国民に対して「警戒すべきだ」という心理的なインパクトを与えたように思えます。

幸か不幸か、私の住んでいる地域ではJアラートは発動しなかったのですが、今回ネットの意見で極めて印象的だったのが、この発動に対して、日本政府、もしくは安倍政権に対して極めて批判的な声が多かったことです。

その典型が、ホリエモンこと堀江貴文氏がツィッターに「こんなんで起こすなクソ」と書いて炎上したケースでしょう。

たしかに早朝の朝6時前後に突然前触れなしに警報を鳴らされたら誰かに文句の一つも言いたくなるのはわかります。私も少しだけ、彼に同情したい。

ところが私が問題だと思ったのは、その怒りの矛先を、ミサイルを発射した当事者である北朝鮮、もしくはその指導者である金正恩に向けず、なぜか日本政府と安倍政権に向けた人がけっこういたという点です。

世界中のどの国にも、政府に対して不満を持つ層が一定数いることは当然なのですが、それにしても、なぜ今回は、ミサイルを発射した北朝鮮ではなく、批判すべきは日本なのか

このような疑問について、私も長年その理由を色々と考えてきたわけですが、従来の保守系のメディアなどでは、今回のような批判的な態度をとる人々に対して、

「日本のことを本気で邪悪な存在だと見なしている」

という、いわゆる「反日派」というものや、

「彼らの故郷は北朝鮮だ」、「北朝鮮にシンパシーを感じている」

という意見が長年にわたって展開されてきたわけです。

ところが私は個人的に違うなぁと感じておりまして、なぜ違うのかいくつか理由を考えていたわけですが、今回なんとなくまとまったので、ここで簡単に披露してみたいと思います。

❊❊❊

まず、今回の北朝鮮に絶対に悪口を言わず、その代わりに日本政府に対して批判的な人々は、大きくまとめると、以下のような五つの「学派」(school of thought)に分かれるのでは、というのが私の分析(といってもそんな大げさなものではないですが)です。

一つ目は「無視学派」です。

いきなり「無視」と言われても意味不明かもしれませんが、簡単にいえば、彼らは今回のように北朝鮮にミサイルを発射されても、そもそもそのような実体(エンティティー)は彼らの中に存在しないので、北朝鮮を批判する、というところまで意識が行かないのです。

つまり、北朝鮮を存在を無視している、もしくは見えないわけです

これはエドワード・ルトワックが私の訳した『自滅する中国』や『中国4.0』の中で展開しているような、いわゆる「大国の自閉症」(the great power autism)とそっくりな現象。

彼らの世界観の中には日本だけしか存在せず、外からミサイルが飛んできても、それは日本政府が全て悪い、という形で脳内変換されてしまうのです。

二つ目は「日本大国派」です。

日本政府に批判的な界隈の人からよく聞く言説として、「日本が挑発的な行動をとるから悪い」というものがありまして、今回の案件では慶応大学の金子勝氏の「北朝鮮も怖いが、”戦時放送”を流す安倍政権も怖い」というのがその典型。

彼らにとって、あくまでも北朝鮮の暴走を誘発しているのは日本側の態度であり、日本こそが戦争を挑発しているのだ、というロジックになるのです。

ところがこれは、実際は実に傲慢な態度だといえます。というのは、彼らの中では、日本のたった一つの小さなアクションでも北朝鮮のような国の強烈なリアクションを引き起こすということであり、これはまさに自国の強さと影響力を無自覚に前提としているからです。

そういえば数年前にISが「72時間以内に日本政府が2億ドルを支払わなければ、人質の邦人2人を殺害する」と動画で予告した事件がありました。

その時に「人質の命を救う手段があるとしたら、イスラム国に対する対決姿勢を表明した安倍首相自身が、人質の命と引き換えに辞任することだ」と述べた人がいましたが、これも日本(もしくは安倍首相)の実力を過大なものとしてとらえているといえます。

彼らは日本や安倍首相が強大な存在であり、その動き次第で他国(この場合はテロ組織)が対応を変えるという前提を(知ってか知らずか)持っているわけです。

もちろん日本はいまだにGDPで世界第三位の国ですから「大国」と言えるのかもしれませんが、今回の対北朝鮮のような安全保障の分野ではほとんどレバレッジをもっておりません。

この学派の考え方は、1950年代にジョン・ハーツという学者が提唱して有名になった「安全保障のジレンマ」(security dilemma)と親和性が高く、日本が武装化するから北朝鮮も武装化する、という矛盾を意識する傾向が強いわけです。

ところが彼らの中では、日本が(武装化によって)挑発しなければ、北朝鮮も挑発してこない」という、きわめて楽観的な考えが存在しております。

三つ目は「陰謀派」です。

これは単純に、北朝鮮と安倍首相は「グル」であり、支持率が落ちると、安倍首相は金正恩に一本電話をかけて「ミサイル一発撃ってくれ」と頼むというものです。

論じるまでもないくだらない考え方ですが、国際スパイスリラーやフィクションとしては一定の需要がある、というのは私も理解できます。

なぜなら「上で支配者同士がつながっている」と考え方が生まれるのは、多数のプレイヤーがからむ複雑で混沌とした世界を、単純にすっきりとした「物語」として考えたい、という欲が人間に備わっている、と私は考えるからです。

このような因果律の逆点した不思議な考え方は、ものごとを単純化して考えたいという希望的観測から出たものである、と考えれば納得できます。

四つ目は「弱い者いじめ派」です。

彼らの考えの中では、北朝鮮は国際的にいじめられている「極めてか弱い存在」です。

そうなると、彼らが核実験をしたり、ミサイルを上空に飛ばしてきても、それは「追いつめられたかわいそうな国がやることだから、許されるべきだ」ということになります。

これには「日本が戦前に朝鮮半島に対してひどいことをした」という贖罪意識もからんでいるのでしょうし、「弱気を助け、強きをくじく」的な判官贔屓(ほうがんびいき)のような感情もあるでしょう。

いずれにせよ、この考えはあくまでも目線は北朝鮮にあり、日本がどう感じようと関係がない、ということになります。

最後の五つ目は「荒魂派」です。

これは北朝鮮を「自然の神様」のようにとらえて、その「荒ぶる魂」にはなるべく手を出さないほうがいい、と考えるものです。

つまり彼らの中では北朝鮮は自然災害をもたらす「疫病神」や「たたり神」のような存在であり、その対処方法としては「さわらぬ」か、もしくは台風や地震のように「過ぎ去るのを祈って待つだけ」となります。

これはおそらく日本の神道的というか、土着信仰的な考えがベースになっているのかもしれませんが、メディアの議論を見ているとこのような文化的・宗教的な視点というのも無視できないと感じます。

そうなると、日本古来の対処法として、「金(キム)神社」や「北朝鮮神社」のようなものを造って祈祷したり、祇園祭のように毎年お祭りをする、ということになるのかもしれません。

ところが現状で提案されているのは、「触らない」という方向か、もしくは「安倍首相のような腐敗政治をやる人間は徳がないので辞任すべき」という、まさに徳治主義的なもの

そういえば石原慎太郎氏が東北大震災の直後に「津波は天罰」という趣旨の発言をしたこともありますが、これも「荒魂派」的な「徳のないリーダーは辞任すべき」という典型的な徳治主義の考えでしたね。

❊❊❊

以上、五つ学派をそれぞれ説明してみました。

お気づきかもしれませんが、これらはすべて「相互排他的」ではなく、いくつかの学派の考えはオーバーラップしております。

たとえば「弱い者いじめ派」と「無視」の両方の考えを、混合的にもっている人もいるわけです。

もちろん私はこの五つは単なる個人的な「試論」であると思ってますが、「北朝鮮がミサイル発射したら日本を批判せよ」という不健全な考え方のロジックを探るものとして、それなりに意味があるものだと考えております。

なぜなら、この五つの学派がわかると、その視点は北朝鮮だけに行っているのか、もしくは日本国内だけに向かっているのかというバランス問題であるともわかってくるからです。

このような考え方を知ることで、逆にわれわれは「国際的な戦略関係というものが、実は相互関係によって成り立っている」ということを、ルトワックや孫子などを参照せずに学べるとも言えるでしょう。

他にも「私はこう思う」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ。

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(ウィーン)



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by masa_the_man | 2017-09-01 16:57 | 日記 | Comments(28)
今日の横浜北部は暑さが落ち着きまして、晴れておりますが涼しく過ごせております。

さて、久々の更新です。以前番組でも触れたトピックです。

===

歴史家は「評論家」になるべきではない
by モシック・テムキン

ドナルド・トランプはたしかにアメリカ人のほとんどの人にとって大災害であり、世界にとっても危険な存在かもしれない。ところが彼は歴史家たちにとっては、大きな恩恵を与えてくれる存在だ。

なぜなら彼の政権がグロテスクに映れば映るほど、歴史家たちはその理由を説明するために、ケーブルニュースの番組でたった30秒の非難や、新聞の記事の中の引用しやすい言葉のために呼ばれるようになったからだ。

私も歴史家の一人だが、われわれの注目されるべき職業がこうして注目を浴びるのは喜ばしいと考えている。

ところが同時に私は、歴史が、矢継ぎ早かつ表層的な形で、しかもそのほとんどが歴史的な「アナロジー」を引き出す形で表現されていることに懸念もしている。

その結果として、読者や視聴者はトランプ氏に関して誤解を生むことが多く、現在の困難な状況に関してほとんど役に立たないような「歴史の教訓」を得ることになってしまう。

このようなことが起こる原因の一つは、まさに「歴史家がやってはいけないこと」にある。

われわれは学生たちに対して、「アナロジー」に注意するように教えている。アナロジーというのは政治家や政策担当者たち(彼らは目のまえの問題に合うようにアナロジーを選ぶ)の間で人気があるものだが、過去と現在の両方を歪めてしまうことが多いのだ。

ひとつの例を挙げてみよう。トランプ氏は選挙期間中に、恐慌時代のルイジアナ州知事として有名だったヒューイ・ロングと比較されることが多かった

確かに二人の間には似ているところがある。トランプ氏と同様に、ロング知事も「大衆」の旗印の下で活動しており、エリートを攻撃し、批判者たちには「煽動政治家」や「ファシスト」と呼ばれていた。

ところが二人の間の違いはさらに重要だ。ロング知事は叩き上げの既得権益に挑戦した本物のポピュリストであり、知事として道路・橋・病院の建設や、貧者の救済に責任を持って取り組んでいた。

彼自身は決して「人種カード」は使っておらず、この時代の南部の大衆的な政治家にとっては衝撃的なほど珍しかった。

ここで重要なのは、トランプ氏がロングと似ているかどうかという点ではない(実際彼はロングとは違う)。むしろ重要なのは、このアナロジーが無意味である、ということだ。

実際のところ、このようなアナロジーは有害でさえあり、危険なものともなりうるのだ。

たしかに歴史はわれわれに様々なことを教えてくれるものだ。ところがその教訓の一つは、「歴史の教訓には限界がある」ということだ。歴史が繰り返すことはめったにないのである。

たとえばトランプ氏のウソやごまかしがリチャード・ニクソン元大統領に似ているからといって、それがウォーター・ゲート事件の再現とはならないのである。

しかもウォーター・ゲート事件は、ある種のハッピーエンドで終わっている。ニクソンはこのスキャンダルで失脚しているからだ。

ニクソンの話がわれわれに教えているのは、アメリカの政治システムが機能しており、大統領でさえも法律には逆らえず、民主制度の役割を果たしているということだ。

トランプ氏もニクソンと同じような不名誉に直面するかもしれないが、そうならない可能性もある。当時と現在の社会的状況がほとんど違うからだ。

1974年にはフォックス・ニュースや、似たような民間のプロパガンダメディアも存在しなかったし、議会の共和党の人々は献金してくれた富裕層のために減税を進めるよりも、民主制度と合衆国憲法を重視していた。

もし過去の大統領や政治家たちとのアナロジーや比較に根本的な欠陥があるとすれば、歴史家たちは何をすれば良いのであろう?トランプ時代の彼らの役割は、一体どのようなものであるべきなのか。

まず一つ考えられるのは、今回のようなメディアからの注目を利用して、軽薄なアナロジーを突き崩すことだ。

その一例として考えられる格好のターゲットは、トランプ大統領をヒトラーやムッソリーニのような、様々な過去の外国の独裁者たちと比較するという流行のアナロジーだ。

もちろんここでも自国優位主義(ジンゴイズム)や民主制度に対する軽蔑など、似たような部分は確かに存在する。

ところが同時に危険性も存在している。ヒトラーと比較すると、トランプ氏は実際のところそれほど怖い存在ではないし、トランプ氏と違ってヨーロッパのファシストたちは、はるかにイデオロギー的であり、トランプ氏の堕落した面や、自らを「偉大なディール・メイカー」として見ている点を見下したはずである。

さらに、ほとんどのアメリカ人にとって、ヒトラーとムッソリーニの話は喜ばしいものだ。なぜならわれわれは彼らを打ち負かしたからである。

結局のところ、歴史家ができる最も重要なことは、アナロジーを「批評家」たちに任せて、その代わりに現在のわかりづらく見える状況にどのように到達したのかという点について、批判的かつ面倒な説明を提供することなのだ。

そして実際に多くの歴史家はこのようなことを行っているのだが、あいにくメディアのスポットライトの下で行っているわけではない。

これは何も極端な意見ではなくて、実際に政治関係の優れた歴史家たちが常にやってきたことだ。

1955年のことだが、歴史家のヴァン・ウッドワード(C. Vann Woodward)が『ジム・クロウ法の奇妙な経歴』(The Strange Career of Jim Crow)という本を出版した。これは南北戦争後の人種差別政策の源泉について簡潔にまとめた優れた歴史書である。

著者のウッドワードは、過去からのアナロジーを求める代わりに、ジム・クロウ法は多くの南部の人間が考えていたような太古の昔からの伝統ではなく、19世紀後半という比較的最近の人種差別主義の高まりによって始まったものであるということを解き明かしたのだ。

社会・政治面における時代的な変化を追うこと――これこそまさに歴史家の基本的な仕事なのだが――によって、この本は社会的な進歩は可能であることを示したのである。

ウッドワードは切り取られやすい言葉や評論家が好むようなアナロジーを使ったわけではない。ところが彼の研究は、戦後の人種政治に大きなインパクトを与えたのである。キング牧師はこの著作を「公民権運動における歴史的な聖書だ」と評しているほどだ。

トランプ氏の場合でも、そのような明快な歴史の説明ができれば、彼の「プラネット・アース」(BBC制作の環境保護ドキュメンタリー番組)に対する憎悪にもかかわらず、トランプ氏が別世界から来たわけではないことがわかるはずだ。

彼の台頭は、たしかに世界的な独裁主義への流れや民主制度への嫌悪感と明らかに同調するものでありながら、同時に彼はまさに、近年のアメリカの歴史による産物なのだ。

彼はそれほど過去の政治家と似ていないだろうが、彼らと同じようにトランプ氏も、われわれが理解でき、しかも対応できるような、歴史的なプロセスから恩恵を受けてきた。

それはつまり、われわれの有名人への信仰や、性別・人種・経済の面での格差、対外戦争による精神的打撃、投票者たちの不満、そしてアメリカ国民の多様性や政治的な好みを反映しない政治体制などである。

ここで疑問が出てくる。公共善のために何もしてこなかったリッチな男が、そもそもなぜ政治家になってしまったのだろうか?中国からバラク・オバマ大統領の生誕地に至るまでのあらゆる不明確な知識は、なぜ何百万人もの人々にとって重要なのだろうか?

彼の豊富な資産は、どのようにして政治における権力と影響力へのアクセスを与えたのだろうか?移民によって構成されている国で、なぜ外国人嫌いがこれほどまでに力を得てしまったのだろうか?

歴史家たちはこのような疑問を解明するような研究を行ってきたわけであり、それらに答えるに最もふさわしい人々だ。

歴史家の説明というのは、過去の大統領との比較による簡単な説明よりも視聴率をとれないだろうが、トランプ氏については良い説明ができるだろうし、アメリカ人は自分たちでより良い歴史をつくることができるということを明確にしてくれるはずだ。

===

いい論評記事ですね。

以前から日本でも似たような現象をみかけますが、とりわけアメリカの場合は「大統領歴史家」(Presidential Historians)と呼ばれる人々がいて、メディアで発言する傾向が目立ちます。

なぜメディアがこのように歴史家を連れてきて話をさせるのかについては、まさにこの記事の著者の説明するような「アナロジー」の部分なのでしょうが、私がそもそも問題だと思っているのは、「歴史を知っている」と感じている人が陥りやすい「全知全能的錯覚」とでもいうべき点です。

というのも、私は過去にある「歴史家」と自称する人物の勉強会に参加した時に、この人物が「私はあの時代をよく知っている、だから日本の現政権も同じようなもんだ」という無茶苦茶な分析を聞いたことがあるからです。

もちろんこの人物はある特定の時代の一時期についての専門家であるために、たしかにその時期の出来事や時代背景についてよくご存知だなぁという印象をもったわけですが、問題はその時代を、しかもものごとが起こった後からの視点という、いわばその当時の人にとっては決して得ることのできなかった「神の視点」からものごとを見れるという優位をもっている点です。

このような特殊な視点を持った人が、果たして現在進行中の歴史的な現象についても同じようにコメントする資格があるのかというと、かなり疑問なわけですね。

すでに起こったこと、つまり「タラレバ」を批評する人のことを、よくアメリカンフットボールのたとえを使って日曜夜の試合結果を踏まえて翌朝にタラレバ言うことから「月曜朝のクオーターバック」(monday morning quarterback)といいます。

そしてこれは、結果を知っている歴史家たちが陥りやすい間違いでもありますし、そのような彼らを使いたがるメディア側にも問題が。

よってここでの教訓は「歴史家は現在進行中の現象を知っているわけではない」ということになるのでしょう。

ただし問題は、現在進行中、もしくは未来の問題に向かって行くためには、人類に残されている知的資産は「歴史」しかない、というジレンマです。ああ悩ましい。


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(湯の島)



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奥山真司のアメリカ通信LIVE


奥山真司のアメリカ通信LIVE
by masa_the_man | 2017-08-28 12:43 | 日記 | Comments(1)
今日の横浜北部は午後ににわか雨が降りました。蒸し暑い日が続いております。

久々の更新です。ここ数ヶ月間、ちょっと野暮用が重なっておりましたが、そろそろブログの方も本格的に復帰したいと考えております。

さて、すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、おかげさまでルトワックの講演会が予約完売しました。

申し込み予約開始からたった11日間で400席が埋まりまして、あらためてルトワック人気を感じた次第ですが(おかげで彼に出版の申し込みが殺到しているらしいですが)、実は現在、私の周辺では、ルトワックの秋の来日に合わせて一つのプロジェクトが立ち上がっております。

それは、ルトワックのデビュー作であり、ある映画の元にもなった『クーデター入門』(1968年刊)の改訂版(2016年)の翻訳出版です。

この衝撃のデビュー作の改訂版、今回は私が「監訳者」となっております。すでに下訳はできあがっているのですが、現段階ではようやく私がそれに手を入れ始めた段階です。

来日に合わせられるかどうかは微妙ですが、まずみなさんにはそのさわりの部分だけでもご紹介しようと思い、初版のまえがきの部分だけ公開します。

すでに日本では昭和40年代にこの本の初版が翻訳されているのですが、絶版してから久しく、アマゾンなどでは品薄状態で非常に高値で取引されている「幻の本」となっております。

今回はその改訂版にあたる2016年版を私が監訳しているわけですが、旧版にある不正確・不明確な訳をかなり改善した形で出版するつもりです。

とにかくデビュー作が「クーデターのハウツー本」というのもかなりぶっ飛んでおりますが(笑)、ルトワックの既存の枠にはまらない、戦略思考の自由さを味わえるという意味で、みなさんの参考になるかもしれません。

===

初版まえがき

これはハンドブックである。したがって、クーデターの理論的な分析ではなく、実際に国家権力を握るために活用できるような、クーデターのテクニックを紹介することを目的としている。

やる気と材料があれば素人にでもできるという意味で、料理の本に似ている。本書はそのための知識を提供するものである。

ただしいくつか注意して欲しいことがある。まず、クーデターを成功させるためには、それなりの条件がなければならないという点だ。ブイヤベースをつくるには、しかるべき魚がなくては始まらないのと同じである。

次に、クーデターで失敗したら、そこから受ける咎めは料理の失敗よりもはるかに大きい、ということである。これは、料理に失敗しても代わりに缶詰を食べることで許される、といったレベルの話ではないのだ。

だが、成功すれば手に入るものも大きい。

また、こんなものを書いて読者を誤った道に導き、危険な目に合わせることにはならないか、さらにはクーデターの有効な手引きであるために、これが動乱や暴動につながりかねないのでは、といった反対の声があるかもしれない。

それに対する私の答えはこうである。

クーデターはすでにいたるところで起きている。この本を読んで、より多くの人々がクーデターのやり方を学んだら、それはただ単に「クーデターの民主化」への一歩であり、すべてのリベラルな心の持ち主が賞賛すべきこととなるだろう。

最後に、本書で示されたテクニックは政治的に中立な立場に立って論じられたものであり、国家の権力を奪うという目的のためだけに書いたものであって、その後の政策をどのようにすべきかという点については、まったく関与するものではない

===

短いですが、非常にインパクトのある文章ですね(笑

ということで10月までに完成するかわかりませんが、ぜひご期待ください。

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(アップルシュトゥルーデル)

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奥山真司のアメリカ通信LIVE


奥山真司のアメリカ通信LIVE
by masa_the_man | 2017-07-18 23:25 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部は、梅雨が近づいているようですが、なんとか晴れております。

さて、最近アメリカと仲違いするような発言をしたメルケル首相率いるドイツに対して、批判的な議論がアメリカの保守派から出てきました。歴史家としても有名なヴィクター・デイヴィス=ハンソンがナショナル・レビュー誌に掲載した意見記事です。

===

いつものドイツ問題
By ヴィクター・デイヴィス=ハンソン

近頃のドイツ人はアメリカ人に対してあまり友好的には見えない。最近発表されたハーヴァード大学のケネディ行政学院のグローバルメディアについての調査によれば、ドイツの98%のテレビニュース番組でトランプ大統領が否定的に描かれており、世界で最も反トランプなメディアを持っている国になっている。

ところがこのような軽蔑は、反EUの姿勢を堂々と示していたトランプが、大統領になる前から始まっていた

2015年にピュー研究所がヨーロッパ諸国を対象として行った調査では、ドイツ人はアメリカに対して最も否定的な意識を持つ国であるという結果が出ていた。オバマ前大統領に対して好意的な見方をしていたドイツ人は、たった50%前後だけであった。

実はオバマ前大統領は先週ベルリンを訪れており、世界に対して多様性と寛容性を説いていたほどだったのだが、それでも不人気だったジョージ・W・ブッシュ時代からのドイツ人の対米観を、ほとんど変えることができなかった

ドイツ人はNATOの同盟国であるアメリカが、国防面で自分たちを助けてくれているという事実や、巨額(650億ドル)な対米貿易黒字について、正しく理解しようとしていない。

ドイツ人は米軍が45年間にわたってドイツ全土がソ連に吸収されてしまうのを阻止していたことを、忘れてしまったようだ。ベルリン危機の際に行われた空輸は、彼らにとってまるで前近代の歴史である

では自信をつけたドイツは、なぜアメリカを段々と嫌うようになっているのだろうか?その原因は、複雑である。

1989年以来、ドイツは東西統一後にほぼ平和的な国であるというイメージづくりに努力してきた。 彼らは他国に対していかに平和的に振る舞い、地球温暖化の防止や、世界の難民に対して国境を開くことなど、全世界の共通目標に向かって努力すべだと説いてきたのだ。

ドイツのユートピア的なメッセージの中に込められているのは、「ポスト・モダンのドイツ人は何をしてはいけないかを知っている」ということだ。これは、彼らの20世紀におけるひどい過去、つまり帝国的なドイツの侵略や、ヒトラーの第三帝国によって恒久化された、ホロコーストのような蛮行を踏まえた上でのことだ。

ところが罪の意識を持つことは、謙虚になることとは同じではない(とりわけドイツ人には謙虚になることは得意ではなかった)。

(両大戦で参戦することによってドイツを敗北に導いた)アメリカを戦争に引きずり込んだ、人種的、言語的、そして文化的に統一された「過去のドイツ」は、実は決して消え去ったわけではなかった。むしろ彼らの相手を見下すような態度は、単にアップデートされただけである。

国際金融の分野では、ドイツは重商主義的なシステムによって、実質的にEUを動かしている。ドイツは輸出市場を席巻するためにユーロを安値になるよう操作しているのだが、これは価値の高かったドイツ・マルクがある時代だったら極めて困難だったはずだ。

貧乏なヨーロッパ南部の国々が、簡単に得られる借金のおかげであまりにも多くのドイツ製品を購入して破産しても、ドイツは「ドイツ的な倹約と勤勉の必要性」を説くだけだ。これはたしかに重要なのだが、それでもうぬぼれの強い説教でしかない。

同じようなドイツの傲慢さは、欧州における最近の移民受け入れについても見て取ることができる。ベルリン政府は移民受け入れの大切さを世界に向かって発信することが多く、これによって倫理的な面での自らの優位を説くわけだが、同時に実は安い労働力をいかに輸入すべきかを追求しているのだ。

この結果の一つが、メルケル首相による戦争で破壊された中東諸国からの審査なしで受け入れた、数百万の移民たちの受け入れであり、しかも彼らはこれをジハード主義のテロリズムの懸念が高まっている時期に行っているのだ。

ところがドイツは疲弊して同化しずらい新参者たちを自国に大量に入れてしまっただけでなく、ヨーロッパの他の国々にも、彼らが望む・望まないにかかわらず、同じようにすべきであると指令したのだ。

国際関係や貿易の分野でも、ドイツの優越感は、古いタイプの不正行為につながっている。たとえばアメリカへの輸出を増やす目的で、フォルクスワーゲンは規制を逃れるため排気テストの結果をごまかそうとしていたし、ドイツ銀行は、プーチンの仲間の資金洗浄の助けをしていたことが発覚した。

また、2006年のサッカー・ワールドカップを誘致するために、ドイツ側がFIFAの関係者に賄賂を贈っていたという報道も出た。

ドイツ人は自国の寛容な社会保障制度を、猛烈な資本主義のアメリカのものと比較しながら自慢することが多い。

ところがNATOの参加国に求められている国防費を自国民にまわすことによって回避していることについては口をつぐみながら、超資本主義的なアメリカのエリートに対して高級車を売って大儲けしているのだ。

ドイツ人の傲慢さは、依存体質のヨーロッパに対しては許されるとしても、それが用心深いアメリカに対して常に通用するとは限らない

もちろんわれわれはドイツに対して、そのすばらしい才能とエネルギーを、戦争ではなく平和に向けて使っていることには感謝すべきである。

ドイツはその巨大な経済力のおかげで、EU内における立ち場は強い。それでもアメリカは、1918年、1945年、そして1989年のどの時点においても、ドイツよりもはるかに大きな国であり、経済的にも豊かで、強力な国である。

アメリカは、気候変動や移民政策、貿易政策、そして時に必要とされる戦力の使用について、ドイツの偉そうな言葉を必ずしも聞く必要はない。アメリカは、自国と同盟国の利益にとって最適であると考えることをやるだけだ。

ドイツ人は、アメリカ人のこのような独立的な姿勢を「カーボーイ的で反抗的なもの」であると感じており、アメリカ人に対してそのような「見当違いの優位主義」が危険であることを教えることができる、と信じている

アメリカ人はこのようなうんざりする説教を無視することが多い。そしてアメリカ人の多くは、それが過去であれ現在であれ、「ドイツが自国のことだけを考えていてくれれば、世界ははるかに平和である」と考えているのだ。

===

アメリカ側の「反独」的な感情をロジカルに説明したという風にシンプルに見るのもありでしょうが、私がここで指摘したいのは、アメリカの知識人の中にアメリカの全体的な地位低下についての危機感が生まれつつあり、これがこのような記事に反映されているという点でしょうか。

つまりアリソンのいう「ツキュディデスの罠」が発動して、既存の覇権国が新興の大国(ミアシャイマー用語では潜在的覇権国)に直面して、国際システムの動揺に直面し、これによってアメリカ国内にも不満が生じた、と見ることも可能です。

そうなると台頭する中国の問題は、アメリカと欧州の関係にも影を落している、ということですね。

それにしても最後の一文にも示されている「ドイツは世界のこと考え始めると世界を不幸に導く」という考え方は、なんとも強烈な皮肉です。
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(海ホタルからの夕暮れ)


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by masa_the_man | 2017-06-06 09:36 | 日記 | Comments(3)
今日の横浜北部は朝からなんとか晴れております。やや暑いです。

さて、久々に記事の要約を。これは先週とりあげたNYタイムズの記事についてのジョージ・フリードマンの意見記事です。

===

CIAという門番を守るためには
May 22, 2017
By ジョージ・フリードマン

先週末のことだが、NYタイムズ紙が、中国国内におけるアメリカの諜報ネットワークの存在が明るみになり、しかもそれが2010年から12年にかけて体系的に侵食されたことを報じた記事を発表した。

この記事では、10人の現役・OBたちによる中国国内への諜報網の浸透と、その失敗の理由の推測などが引用されている。

その中の何人かは、CIAのネットワークの中に中国のスパイ(mole)がいたと主張しており、他には現地の人員とCIAの間の情報が漏れていたと言う者もいる。

ただしこの記事は、その内容もさることながら、それが発表されたタイミングも興味深い。CIA要員たちは、すでにトランプ大統領に不利になるような情報をリークしていると批判されているし、インテリジェンス面での大失敗を暴露しただけでなく、それを実際に起こった時期からちょうど五年後に(どうやら一斉に)暴露した、ということなのだ。

この理由についての一つの説明としては、CIAの内部に自らの組織の失敗を暴露することによって信頼性を落とそうとしている勢力がいる、というものだ。

(ちなみに私はこの情報については確たる証拠を持っていないが、ワシントンでは最近ものごとを立証するための「証拠」というものが選択的になっているので、あまり気にしていない)

ところがこれは実質的に、「ロシアの秘密のたくらみ」を知っている主張する人々の信頼性まで失わせることにもなりかねない。

つまり「君たちCIAはその情報を知っているというが、そもそも諜報の能力が低いからねぇ」と批判されることにもなりかねないのである。

▼厳しい質問

ヒューマン・インテリジェンスというのは騙し合いのゲームだ。政府が得ようとする機密情報というのは不正直な行為によるものであり、諜報機関はその情報源を守るためにウソをつかなければならない。

つまりこの業界では、秘密と不誠実が必須要件となるのである。

たとえば第二次世界大戦を考えてみよう。アメリカとイギリスがこの戦争に勝てたのは、ドイツと日本の暗号を解読できたという部分が大きい。彼らは敵が何を計画していたのかを知っていて、それに対抗することができたのだ。

そしてこのような機密情報は、世間の目から秘密にしておかなければならなかった。このような情報の秘密は戦後になってから公開されたが、もしドイツと日本がこのことに早くから気づいていたら、彼らは暗号を変えていたかもしれないし、戦争の結果も違っていたかもしれないのだ。

長期的にみれば、CIAはある意味で、アメリカ国民を騙すことなく北京政府を欺くことはできない

そうなると、ここで大きな問題が出てくる。「われわれはCIAの言うことをすべて信じるべきだろうか?」というものだ。

民主制国家にとって、これは厳しい質問である。なぜならここでの信頼は、諜報機関が行う「悪いこと」は国家にとって善いものであるはずだ、という「暗黙の合意」の上に成り立っているものだからだ。

ところがもしアメリカ国民がこれを信じていないということになると、つまり「諜報機関は国益ではなく、単なる自己利益のためだけに活動している」と信じられるようになってしまえば、この「暗黙の合意」は崩壊する

「諜報機関は国家の自己決定権に対する障害物であり、少数の人々の目的のための手段でしかない」とみなされるようになってしまうのだ。

また、信頼は能力の高さにも立脚しているものであるため、その諜報機関の能力について疑問を投げかけるのは常に理にかなっていることになる。

ところが同じように秘密や騙しを扱っているCIAに対して疑問を投げかけると、CIAは「われわれのが知り得た情報をあなたがすべて知ったとしたら、われわれを完全に尊敬してくれるはずですよ」という風に答える傾向がある。

ところがそもそも国民は、CIAがどこまで成功したか失敗したのかという秘密を知り得る手段を持っていないのだ。

ウソをつかなければならない諜報機関を「信頼せよ」というのは、民主制社会では主張しにくいところがある。

アメリカが第二次世界大戦以前に諜報機関を持たなかった理由の一部はまさにここにあるのだが、現在のように諜報機関が政治の表舞台に引きずりだされると、その主張がさらにむずかしくなる。

CIAが真実を述べているのかどうかがわかりづいらいのと同様に、国民はその政治への関係から、任務(たとえば国外での諜報活動)を遂行できなくなったのかどうかを確かめたくなるものだ。

したがって、ここでの質問は「CIAはアメリカ内部の政治勢力によって取り込まれてしまったのか、そしてもしそうだとしたら、その能力を維持できるのだろうか?」ということになる。

▼高い代償

トランプ大統領が外国と共謀しているという事実について、CIAは何か知っている可能性はある。もしそのような情報が存在するのであれば、これは致命的に重要だ。

ところがこの情報というのは、インテリジェンス委員会を通じて連邦議会に渡されるべきものである。なぜならこのような問題について憲法に定めれた責任をもっているのは、連邦議会だけだからだ。

この情報を公開してしまえば、CIAはその情報源と手段をばらしてしまうことにもなりかねないし、さらに重要なのは、 CIAがもたない憲法への従属(各員はそれに対する忠誠を宣誓しているが)を引き受けることになるという点だ。

政治議論に参加することになると、それはCIAを分断することにもなりかねない。なぜならCIAの中にも、政治的に様々な考えを持つ人間がいるからだ。

したがって、今回のNYタイムズ紙の記事にもあるように、10人ものCIAの要員が中国での失敗を明らかにしたということについて、われわれはなぜ彼らがこのような行動を選択したのかを問わなければならないのだ。

それは単なる偶然の一致なのだろうか?それとも情報漏洩をすることによって大統領にダメージを与えようとするCIAの一部勢力の行動なのだろうか?

もちろんこれらは単なる推測でしかないが、だからこそこの推測に意味がある。つまりCIAが国内政治に関与してくることになると、その他の機関と同じような推測や疑惑にさらされることになるからだ。

だからこそ、民主制国家の諜報機関にとって倫理面での清廉潔白さというのは重要になってくる。「秘密や二枚舌を効果的にする必要がある」という考えは明らかに不愉快な考えであるし、諜報機関がその力を使って国内政治への介入を行っている可能性は常に存在する。

インテリジェンスは、憲法を遵守するためにウソやだましを使って信頼を得る、という道徳的な立場を維持しなければならないのであり、国内の一部勢力の意志を押し付けるために存在してはならないのだ。

ところがいざ疑いが広まってしまうと、インテリジェンス機関は道徳面での信頼性を失うことになってしまうのであり、これは外国で諜報活動を行う点において最も重要な意味をもってくる。

諜報機関が信頼を失ってしまうと、たとえばNYタイムズ紙の中国における記事などは「公正さ」を期する行動ではなく、組織的な工作のように見られてしまうのだ。

対外的な諜報を差し控えるという選択肢はない。米国のような世界的な国家は、世界中で何が起こっているのかを知らなければならないからだ。しかも民主的な世界的国家はインテリジェンス機関が騙しを使うことが民主制度についてリスクとなることを知りながらも、それを容認しなければならないのだ。

つまりここには不完全なバランスがあるのだが、インテリジェンス機関が国内の政治の議論に関与してくると、そのバランスは完全に崩れてしまう。

この機関は、対外インテリジェンス能力をある一部の勢力にとって都合よく選択的に使うことによって、憲法違反を侵すことになる。そうなるとこの組織の存在意義そのものが問われることになる。

今回の記事は、米国が(国内の政治に関与してきた)CIAを持つことで支払っている高い代償をあらためて思い起こさせるものだ。

「組織的に許されていない」という理由でここで声をあげないCIAの人間は、単に不信感のタネを世間に撒いて自滅させているだけでなく、結果的にアメリカを弱体化させてしまうのだ。

CIAが国民を守ってくれないとすれば、一体だれが国民を守ってくれるというのだろうか?

====

フリードマンはCIAの今回の行動を非常に問題視していると同時に、民主制国家が秘密主義の諜報機関を持つことの矛盾と、そのバランスのとり方のむずかしさを強調しておりますね。

それにしても記者に情報をリークしたこの10人というのは一体どういう意図で情報をリークしたのか・・・気になるところであります。




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by masa_the_man | 2017-05-31 10:41 | 日記 | Comments(0)