戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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カテゴリ:日記( 1100 )

今日の横浜北部は朝から小雨が降ったりやんだりで、昨日に引き続いて南風が強いです。

さて、今週の番組でも触れた話題ですが、アメリカで自殺率が上昇している点に関して、実に興味深い心理学的な見地からの意見記事がありましたので紹介します。


===

自殺の増加は「存在にかかわる危機」?

By クレイ・ラウトリッジ


最近のことだが。政府機関である「アメリカ疾病管理予防センター」が、米国内の自殺数が台頭していることを示す、実にショッキングな統計結果を発表した。これによると、ほとんどの人種や年齢層で、1999年から現在まで自殺率が25%も上昇しているということだ。


この数字は、明らかに一つの「危機」であることを示しているのだが、では果たしてその「危機」の性質とはどのようなものなのだろうか?


多くの識者たちはこれが「メンタルヘルスケアの危機」であり、国民は必要なサービスを受けることができていないと論じている。よって彼らが提案する解決法は、より良いセラピーや、さらに効果的な抗うつ剤、そして治療へのアクセスの拡大となる。


もちろんこの分析は正しいのかもしれない。しかし自殺率は、鬱や不安感を解消するための治療を求める人が増え、しかもこれらの症状に対する治療法が増えているにもかかわらず上昇しているのだ。さらなる説明が必要であろう。


「意義の必要性」を含む、人間の基本的な心理学的欲求を研究している行動主義派の学者として、私はアメリカの自殺危機の原因の一つとして「意義喪失の危機」が挙げられると確信している


まずこれを論じるにあたって、近年のアメリカ社会の変化――無関心への方向性と集団への従属感覚の低下――が「実在的な絶望のリスク」を増加させているのかを理解していただく必要があるだろう。


その他の生き物と同じように、人間は「生き残り」と「繁殖」というゲームの中にいる。われわれは生きることに対して強い欲望――つまり死を逃れようとする傾向――を持っている。


ところがこの「生き残り」を助けてくれる神経系統は、われわれを極めて黙想的な状態にもする。われわれが自らの可能性を考えたり、過去や未来について考えたり、抽象的な考えに取り組むための能力というのは、同時にある種の「不快な真実」へとわれわれを導くものだ。それはつまり、


われわれは自分たち、そして大切に思っている人々がすべて年を重ね、衰えて、最後は死ぬことを知っている


ということだ。われわれは人生が不確実なものであり、痛みや悲しみがわれわれの人生の一部であることを理解している。よって人生にそもそも意味はあるのか、ということだ。


このような実在的な不安感を払拭するために、われわれは「自分たちの人生には意味がある」という感覚を見つけて維持しなければならない。人類というのは、単に「生き残る」だけでなく「意義」を懸命に目指す種なのだ。


われわれは人生を意義あるものにしようと考えるのであり、人間は人生の意味を維持できないと感じた時に、心理的に最も追い込まれるのである。


これは実証的にも妥当であるとされている。「人生に意味を感じられない」という感覚は、アルコールや麻薬の中毒、鬱、不安感、そして自殺に関係しているとされている。そして喪失感やストレス、もしくはトラウマを感じたとき、この苦境に最もよく対処できて乗り越えられるのは「自分の人生には目的がある」と感じる人々なのだ。


〜〜〜


ではわれわれの人生の意味と目的を発見するにはどうすればいいのだろうか?多くのやり方があるが、心理学関連の文献が示唆しているのは「他の人々との親密な関係」がわれわれが持つ最大のリソースであるということだ。


社会階層、年齢、性別、宗教、国籍に関係なく、人々が「人生の経験の中で個人的に最も意味を持つもの」と実感する経験には、その典型として、愛する人間が関わってくるという。


さらに重要なのは、これらの研究から、人間は単に「他人と一緒にいること」や「他人に好かれること」だけでは十分ではない、ということが示唆されているという点だ。


われわれは「他人から存在価値を認められている」と感じる必要があり、「自分は世界に重要な貢献をしている」と感じる必要があるのだ。


ここからわかるのは、なぜ人々が常に良い扱いをしてくれる他人に囲まれているにもかかわらず、孤独や無益さを感じることがあるのか、という点だ。単に快適で楽しいだけの社会的な交わりでは、失望感の解消には不十分なのである。


〜〜〜


ここで問題となるのが、アメリカで変化しつつある国内社会の構造だ。


ご近所同士の付き合いの低下や、家族の縮小、そして宗教の役割の低下について嘆くのは、まるで気難しい老人の不満のように聞こえるかもしれない。ところが心理学の研究の観点から見ると、これらの変化は、それをあなたがどう捉えるかはさておき、人生の意味にとって深刻な脅威を及ぼしている


過去の世代と比べるとわかるのが、現在のアメリカ人は、近所の人々との付き合いが少なく、他人は全般的に信頼できるものという考えが薄れ、個人レベルでも信頼していると感じる人が少なくなってきているという点だ。


このような傾向は、実在論的な観点からは懸念すべきものだ。研究で示されているのは、どこかの集団への帰属感覚が強ければ強いほど、人間は人生を意味あるものであると認識するということだ。別の研究でも、孤独を感じている人々は強い関係性を持っている人々よりも人生を意味ないものとして見ていることが示されている。


家族の規模が減少している点にも、これと似たような懸念がある。今日のアメリカ人は結婚して子供を持つまでにいままで以上に時間をかけており、子供の数も少ない。多くの人々にとって、このような状態は望ましいものかもしれない(といってもアメリカ人女性は出産数が自ら望んでいる数よりも少ないらしいが)。


それでも研究者たちがつきとめたのは、子供を持った大人のほうが、子供を持たない大人よりも人生の意味について関心が高く、子供を育てるような活動に従事している親は、人生の意味の充実感が高いという点だ。


また、長年にわたって制度的・社会的に人生の意味の土台となってきた宗教も、劇的にその影響力を落としてきている。今日のアメリカ人、とりわけ若い世代は、自分たちの宗教的な帰属を失いつつあり、教会に行く回数は減り、その他の宗教活動への関わりも薄れてきている


ところが私の研究でもわかるように、これまで宗教が提供してきた人生の意味についての感覚は、非宗教的な環境では簡単に代替できないものだ。


アメリカ人はたしかに伝統的な信仰の場所を去ったのだが、逆に彼らはその代わりとなる「宗教的」とも呼べる体験(おばけや宇宙人のようなアイディアを含む)を探すようになっている。そしてこれによって、自分たちは「より大きな何か」の一部であり、短い人生よりも意味を持った存在であるかのように感じたいのだ。


アメリカの存在論的な危機が、われわれの政治面での分断状態に貢献している可能性もある。研究でわかっているのは、実在的に脅威を及ぼしてくるアイディア(たとえば命に限りがあることを思い起こさせることなど)にさらされた時、人間は自らの持つ世界観に対してより偏見を持つようになるということであり、これはとりわけその他の情報源を通じて自分たちの人生の中に何らかの意義を見つけられなかった場合には強まるという。


このために、われわれの怒りこもった政治文化というのは、単なるイデオロギー面での意見の不一致だけではなく、すべての迷える魂に対して何かしらの意味をもたらすものを発見するための、必死な探求によっても突き動かされていると言えよう。


===


アメリカの保守派はこのような「危機」について、保守的な立場から以前から積極的に論じておりましたが、私はこれが戦略で重要な「世界観」におけるフィクションの重要性と近い、と解釈しました。


個人だけでなく、人間は集団としてどちらかの方向に何かを成し遂げようとする際に、重要になってくるのが(細かく検証すればかなり怪しい)フィクションの存在であり、社会学系ではこれを「ナラティブ」(物語)という言葉で表現したりしております。


ところがこのようなナラティブというものは、80年代から言説解析のような形で実証的な解明が進み、学問の世界ではその虚構性、つまりフィクション的な部分がクローズアップされ、いわば幻滅(disenchantment)させられた部分が出てきております。


私も最初の本で批判地政学を紹介する際に、このような言説の解説部分にかなり感銘を受けていたところがあったわけですが、書いていて気になったのが、その分析している彼ら自身が、古典地政学にありがちな「ナラティブ」や「虚構性」を暴きつつも、自分たちも分析するという「使命感」(これまた虚構性の一種)に突き動かされているという点でした。


このような点を踏まえて私が至った結論は、人間には、個人レベルでも集団レベルでも、その良し悪しは別として、人間が何か動きを起こすためには一定の「フィクション」が必要であるという点です。


上の記事では「人生の意味」という言葉で言い換えられていますが、その実態は「フィクション」とも言えます。これについては私もCDなどで解説しておりますので、よろしければぜひ。




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(ウィーンの某カフェ)


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by masa_the_man | 2018-07-05 10:57 | 日記 | Comments(5)

核開発を続ける北朝鮮

今日の横浜北部は朝から真夏日でして、蒸し暑さと快晴の空が印象的でした。

さて、今朝話題になっていた、NBCニュースの記事の要約です。

===

北朝鮮は非公開施設で核兵器用の燃料の生産を継続(米政府関係者)

18-6/30


アメリカの諜報機関は、北朝鮮がここ数ヶ月でいくつもの施設において核兵器用の燃料の生産を増加させていて、しかも「金正恩はトランプ政権との非核化交渉においてより多くの譲歩を得えようとしているにもかかわらず、これらの施設を隠そうとしているのではないか」と考えているという。


これは米政府関係者がNBCニュースに語った情報によるものだ。


これまで報告されることのなかったこの情報分析の報告書は、トランプ大統領が示している意見に反するもののように見える。


トランプ大統領自身は6月12日の金正恩との歴史的な米朝首脳会談のあとに「北朝鮮からの核の脅威は消滅した」とツィートとしているが、この報告の分析をよく知る十数名以上の匿名の米政府関係者たちによれば、CIAをはじめとする諜報機関による分析官たちはそのように見ていないという。


彼らは北朝鮮が、トランプ政権からあらゆる譲歩を勝ち取りつつ自分たちの生き残りにとって不可欠であると考える核兵器に固執している、と見ている。


この記事に関して、ホワイトハウスからのコメントはすぐには得られなかった。


5人の米政府関係者は最新の情報分析の報告書の中身を引用しつつ、「米朝はここ数ヶ月間において外交交渉を行っていたわけだが、その合間にも北朝鮮は濃縮ウランの生産を加速させていた」と述べている。


米朝は会談の席で非核化に「向かって取り組む」ことに合意したが、それ以上の細かい合意は明記されていない。トランプ大統領の指示により、米軍は朝鮮半島における軍事演習を中止したのだが、これは金正恩に対する大規模な譲歩であった。


北朝鮮もミサイルの発射実験と核実験を止めているが、その最新の分析の報告書の内容をブリーフされた米政府関係者によれば「彼らが核関連物資を減らしたり生産を止めたという証拠はなにもない・・・逆に彼らがアメリカを騙そうとしている完全に明白な証拠は存在する」という。


その情報分析の報告書に詳しい他の4人の政府高官たちも「北朝鮮はアメリカを騙そうとしていた」と述べている。彼らによれば、アメリカの諜報機関は近年において北朝鮮の情報収集を強化しており、このおかげで長年にわたって世界で最も諜報的に難しいとされていた北朝鮮の内情について、かなりのことがわかってきているという。


ただしNBCニュースは、米政府関係者によれば情報源をリスクにさらす可能性のある、報告書の中身の詳細のいくつかの部分については報告を差し控えることに合意した。


米政府関係者の一人は、「北朝鮮が長年隠そうとしていて、しかもわれわれが知っていることは実に多くある」と述べている。


たとえば北朝鮮は寧辺(ヨンビョン)という核施設以外に、少なくとももう一つの核濃縮施設を持っていることは長年知られている


ミドルベリー国際大学院モントレー校東アジア核不拡散プログラム部長、ジェフリー・ルイスによれば、北朝鮮が2009年に寧辺の核濃縮施設を建設したあとも、そのペースの速さから判明したのは、このような施設をつくるのが彼らにとってまったく最初というわけではなかったということだ。


1994年の北朝鮮との核合意を交渉したジョエル・ウィットも、アメリカ政府関係者たちは常に寧辺以外にもう一つの隠れた核濃縮施設があると考えていたという。彼によれば「もっとほかにもある可能性について信じていましたね」とのことだ。


政府関係者によれば、その情報分析の報告書の結論は、秘密の施設は複数あるということだ。そして最大の問題は、金正恩がその存在を認めようとするかという点だ。


クリントン政権で働き、スチムソンセンターの上級研究員で、38ノースというサイトを創設したウィット氏によれば「人々が、北朝鮮にすべての施設を明らかにしてもらいたい、と思う理由はまさにここにあるのです」という。


この情報分析の報告書は、38ノースの「北朝鮮は公表している核施設である寧辺で、いまだに施設の改修をつづけている」とする記事の直後に報告されたものである。


CIAの元分析官で、現在はヘリテージ財団の北朝鮮専門家であるブルース・クリングナーは「寧辺で見られる活動は、すべての核兵器計画を破棄するとした北朝鮮の意図とは矛盾してます・・・もし平壌が非核化合意の要件の一つである核施設の破棄に本気であれば、拡張計画を続ける理由はほとんどないはずなのですが」と述べている。


ただしアメリカの諜報機関で働く別の職員は別の見方をしており、核兵器とミサイルの実験をやめるという金正恩の決定が予期しないものであったことや、実際に米朝間で交渉ができているという事実はポジティブな一歩であることを指摘している。


ただしこの職員も、同時に諜報関係者たちが「金正恩の政権はアメリカを騙そうとしている」と想定していることを認めている。


施設の数、兵器の数、そしてミサイルの数でも、われわれを欺くための工作は続いています・・・われわれも注視しておりますよ」と彼は述べた。


====


記事の中身は、アメリカの諜報機関の最新の報告書の内容を知る人物の意見と、北の専門家たちの見解をまとめた上で、「やっぱり北朝鮮は核開発をやめていない」と結論づけたものです。


われわれの側からみれば、「金正恩は騙してけしからん!」ということも言えそうですし、実際にその通りにけしからんわけですが、そのような倫理・道徳的な判断はさておき、


もし自分が金正恩、もしくは北朝鮮の軍のトップの立場だったら?


と考えると、上記のように「核開発施設を寧辺以外に複数隠してもっておく」「核兵器の開発を秘密裏に継続する」というのは極めて合理的な選択肢となります。


なんと言っても、核兵器は北朝鮮のような貧乏な小国にとっては、アメリカをはじめとする大国に潰されないための、体制保証の最大のカードになるわけですから。


「選択肢はなるべく残しておく」


というのは戦略論の鉄則の一つですが、北朝鮮の場合は、この別の選択肢とは「寧辺以外の秘密の核施設」になるわけです。


これで事実上、アメリカやその同盟国である日本や韓国は、「核保有国としての北朝鮮」という存在に直面するわけですが、これからさらに北朝鮮の核の脅しによって振り回されることになりそうで、かなり気が重いです。


それにしてもトランプ政権の迷走ぶりにはあきれるばかりです。


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(ボンダイ・ビーチ)




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by masa_the_man | 2018-06-30 21:35 | 日記 | Comments(0)

今日の横浜北部は朝こそ梅雨空でしたが、午後から気持ち良く晴れました。


さて、前々回の番組の時にも触れた、スティーブン・ウォルトがフォーリン・ポリシー誌に掲載した優れた記事の要約です。


結論からいえば「リアリズムの視点を忘れるな」ということですが、たしかにウォルトをはじめとするリアリスト系の学者たちは、全員ではないにせよ、本文の後半に書かれていること(中国の台頭、NATO東方拡大の間違いなど)に関して、90年代の後半から一貫して否定的でしたね。


その証拠は本ブログでも試訳として公開したこのエントリーにありますので、ご参照ください。


以下の意見記事も、ちょっと長いですが勉強になりますのでぜひお読みください。


===


世界はあなたに「リアリスト」のように考えることを求めている

by スティーブン・ウォルト 18-5/30


現在のアメリカにおける対外政策の考えにおいて皮肉なものの一つは、リアリズムが奇妙な立場にあることだ。


まず一方で、リアリズムは大学における国際関係論の教育において(その他の多くのアプローチと共に)主要テーマの一つでありつづけており、政府関係者の中には、自分たちの行動が一種の「リアリスト」的なアプローチを土台にしている、と主張する人が多いことだ。


ところがアメリカの首都ワシントンDCのほとんどの場所にはリアリズムが存在せず、権力に影響を与える立場にある本物のリアリストは非常に少ない


さらにいえば、アメリカのトップにいる知識人たちの中で、リアリスト的な見方というのはほぼ欠如していると言える。


本コラムや、常に示唆に富むポール・ピラーやジェイコブ・ヘイルブルンたちの記事も、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、もしくはウォールストリート・ジャーナル紙のような新聞のコラムにおけるリアリズムの欠如を補えているわけではない。共和党・民主党の両党も、対外政策をリアリズムではなく、リベラルな観念主義のレンズを通して対外政策を見ているのだ。


アメリカの対外政策の事情通たちは、世界政治を「安全が不足していて、主要国たちは望む望まないにかかわらず互いに争うことを強要される舞台」として見るのではなく、世界をすぐさま「善い同盟国たち」(たいていは民主制国家)と「悪い敵」(そのほとんどが一種の独裁制)に区別し、状況が悪くなると、その原因を外国の悪いリーダーたち(サダム・フセイン、アリ・ハメネイ、ウラジーミル・プーチン、ムアンマル・アル・カダフィなど)の欲深さや侵略性、もしくは理性のなさに求めるのだ。


そして友好的な国家が(善なる)アメリカの行動に文句をつけてくると、アメリカのリーダーたちはこの批判者たちのことを「ただ単にアメリカの崇高な目的を理解できないだけだ」とか「アメリカの成功を妬んでいる」と想定しがちである。


▼トランプの存在とリアリズム


私もトランプ政権の存在は、リアリストの理論にとって、かなり厳しい挑戦になることは認める。たしかにドナルド・トランプのつじつまの合わないしくじりがちな対外政策のアプローチは、「国家はほぼ合理的、もしくは戦略的な形で国益を追求する」というリアリズムのアイディアとは噛み合わない。トランプ氏はこれまで実に多くの面――強情、自信過剰、不正直、衝動的、ナルシシズム、無知――を見せてきたのだが、彼の対外政策においては「合理的」「戦略的」という言葉は最も思い浮かびにくいものなのだ。


また、リアリズムは「バランス・オブ・パワー」(勢力均衡)や「地理」のような外的な要素を強調するものであり、リーダー個人が果たす役割というものを過小評価する


ところがトランプ政権という存在は、「本当に重要なのは自分だけだ」と信じ込んでしまったリーダー個人が与えるダメージというものを雄弁かつ深刻に思い起こさせてくれるものだ。


それでも、トランプの並外れた無力さは、リアリズムを完全に破棄するに足る十分な理由とはならない。まず一つの理由として、リアリズムはいまだにトランプがトンチンカンなことをしても無事でいられる理由を理解する助けとなっている。アメリカはいまだに強力で安全であり、多くの愚かな失敗をしても、比較的軽度の損害で免れることができるのだ。


さらに重要なのは、リアリズムは近年や現時点に起こった実に多くのことについて、極めて有益な指針を与えてくれる理論として残っている。そしてトランプが毎週提供してくれている例からもわかるように、これらの指針を無視するリーダーたちは、必然的に愚かな過ちを犯してしまうのだ。


端的にいえば、リアリストの考え方はまだかなり使えるものだ。その理由を以下で説明させていただきたい。


▼リアリズムの基本


リアリズムは、長い歴史と多くの派閥を持っている。ただしその土台は、わかりやすいアイディアのまとまりを中心としたものだ。その名前からもわかるように、リアリズムというのは世界政治をありのまま説明しようとするものであり、「あるべき姿」を説明するものではない


リアリストにとって、あらゆる政治活動の中心にあるのは「パワー」(権力)である。もちろんパワー以外の要素が役割を果たすことはあるが、政治を理解する上での最大のカギは、誰がパワーを持っていて、その人々がそのパワーをどう扱っているかに焦点を当てることにあるのだ。


古代ギリシャのアテナイの人々がメロス島の住民に対して放った警告、つまり「強者と弱者の間では、強気がいかに大をなし得て、弱気がいかに小なる譲歩をもって脱しうるか、その可能性しか問題となりえないのだ」という言葉は、この点を完璧に表現できている。映画監督のクエンティン・タランティーノも、これ以上のセリフを書くことはできないだろう。


リアリストにとって、国際システムの中では「国家」(states)が唯一のアクター(行為主体)である。国際システムの中には国家同士の争いから国家を守れるような中央的な権威は存在せず、各国家は生き残りにおいて、自らのリソースや戦略に頼るしかない。


安全保障(security)は、彼らにとって永遠に続く懸念事項であり、これは強力な国家にとっても事情は変わらない。そして国家というのは、誰が弱者・強者であり、パワーの勢いがどちらの方向に流れているのか、そのトレンドについて敏感なのだ。


このような世界でも、国家間の協力関係はもちろん可能であり、時として協力というのは、国家の生き残り(サヴァイバル)にとって不可欠なものとなる。ただしそれが常に壊れやすいものであることは変わらない。


リアリストたちは、国家が脅威に直面した時、まず最初に行うのが「バック・パッシング」(自分以外にその台頭する危険に対処させる)であり、もしそれに失敗すれば、その脅威に対抗するために、同盟関係に助けを求めるか、自らの能力を高めるはずだ、と主張している。


もちろんリアリズムも、国際政治を見る上での唯一の考え方というわけではない。現代の世界について異なる面を教えてくれるものとしては、他にも実に多くの見方や理論が存在している。ところがもしあなたが(少なくとも部分的に)リアリストのように考えることができれば、国際政治における多くの混乱した状況を簡単に理解できるようになるだろう。


▼中国台頭の理由


たとえばもしあなたがリアリストのように考えることができれば、中国の台頭が国際政治においてなぜ決定的な出来事であり、アメリカ(やその他の国々)との紛争の原因となる可能性が高いのかが理解できるはずだ。国家が自らの手で自らを守らなければならない世界では、最も強力な二つの国家は互いを用心深く見るようになるものであり、相手に遅れをとらないように、もしくは危険なほど脆弱性をさらしてしまわないように、互いに競い合うものなのだ。そしてもし戦争が防げたとしても、結果として強烈な安全保障競争が行われる可能性は高いのだ。


さらに、リアリストのように考えることができれば、なぜ中国が鄧小平の「平和的台頭」の政策を二度ととることがないのかが理解できるはずだ。このアプローチは中国の国力が弱かった時にはたしかに合理的であったし、多くの西洋人たちはこのおかげで、中国が弱かった時代に他者によって作られた制度や枠組みなどで中国を「責任ある利害共有者」にして手懐けることができる勘違いしてしまったのだ。


ところがリアリストたちは、いずれ強力になった中国は自分たちの国益にそぐわないあらゆる制度などを修正したいと思うようになるはずだと理解していたし、北京は実際にそのようなことを最近になってはじめている。


結論として言えるのは、米中関係を理解したいのであればリアリストのように考えるのが不可欠である、ということだ。


アメリカはなぜ介入するのか


もしリアリストのように考えることができれば、アメリカが過去25年間、とりわけ911事件後において、遠い土地で軍事力を繰り返し使い続けている事実について驚かないはずだ。なぜか?その理由はきわめて単純だ。だれもそれを防ぐことができなかったからだ


また、アメリカ人たちは自分たちのグローバルな役割がかけがえのないものであり、世界中で武力介入を行うだけの権利と責任、そしてそのための知恵を持っていたと信じ込んでいる。ところがアメリカの支配的な立場というのは、この自惚れた野望を実現可能なものとした、少なくとも一時的にせよ、恵まれた状況のおかげであったのだ。


はるか昔の1993年に、ケネス・ウォルツは警告として、「アメリカが国内問題に集中してくれれば、もう不可能となった孤立主義ではなく、他国に対して自分たちで問題を対処し、しかも自ら間違いを起こすことができるようなチャンスを生み出す寛容性をアメリカにもたらすことになるのではないかと考える人も出てくるだろう。ただし私はそうは思わない」と述べている。


良いリアリストの典型として、ウォルツは「大国が悪癖として多極世界において簡単に誘惑されるのは不注意であり、二極世界では過剰反応、そして一極世界では過剰拡大である」と理解していたのだ。


そして実際のところ、まさにこのようなことが起こっている。


▼ウクライナ危機の原因


もしリアリストのように考えることができれば、ウクライナでの危機は、西側での典型的な解釈とは異なって見える。西側の説明では、そのトラブルのほとんどの原因をプーチンのせいにするが、リアリストたちは大国というものが常に自国の国境付近を気にするものであり、もし他の大国がこの領域に侵入してきたら受動的に反応する可能性が高いことを理解している。その典型がモンロードクトリンであることを忘れてはならない。


ウクライナのケースでは、アメリカとその欧州の同盟国たちがNATOをじわじわと東側に拡大(これはドイツ統一の際にソ連のリーダーたちと交わした約束に反している)しており、モスクワからの度重なる警告を無視している。2013年になるとアメリカと欧州は共同でウクライナを西側にさらに近づけはじめており、国内政治にあからさまに介入しはじめている。


ところがオバマ政権はリアリストのように考えることができなかったため、プーチンがクリミアを占拠し、EUとアメリカの動きが頓挫させられることなって驚くことになる


もちろんプーチンのやり方は合法的でも、正統的なものでもなく、尊敬されるべきものでもないが、驚かされるものでもなかった。そらにこれらの一連の流れが欧州を驚かせ、NATOによる東欧の防衛強化につながったのも、まさにリアリストの予期していたものであり、やはり驚くものではなかった。


▼EUの失敗


リアリストのように考えることができれば、なぜEUがトラブルに陥っているのかもわかる。EUというこの壮大な構想は、超国家的な大きな制度の中で、ナショナリズムを超越し、国益を従属させることを意図したものであった。その構想を計画した人々は、欧州を何度も引き裂いた個別の国家のアイデンティティと国益が、時間の経過とともに消滅し、より広い「ヨーロッパ人」というアイデンティティがそれを補ってくれるはずだと考えていたのだ。


ヨーロッパのまとまりは冷戦によって促進されたのだが、これはソ連の脅威が西欧に互いに協力するのに十分なインセンティブを与えたからであり、それが逆に、ソ連の東欧の衛星国たちに目指すべき理想を与え、欧州大陸に「調停者としてのアメリカ」をとどまらせることになったのだ。


ところが冷戦が終わると、ナショナリズムはとりわけユーロ危機の発生後に、さらに強力になって復活した。すると突然、欧州の国民たちは政治家に対して、ヨーロッパを救うためではなく、自分たちのことを救ってくれるような政治家たちを求め始めたのだ。


無数の欧州各国のリーダーやEUの職員たちによる超人的な努力にもかかわらず、このような中心から離れていく傾向というのは、ブレグジットやイタリアの最近の選挙、そしてポーランドやハンガリーにおけるナショナリズムの復活に見られるように、現在も悪化するばかりである。


ヨーロッパの統合化は後戻りするわけがないと考えていた人々は、自分たちが進めていた高貴な実験がなぜ予定通りに行かないのか理解に苦しんでいるが、リアリストたちにとっては自明のことだ。


▼反米勢力の戦略


リアリストのように考えることができれば、2003年以降にイランとシリアがイラクにおける反アメリカ勢力側の支援を行っていることについてそこまで怒りを感じることはないだろう。もちろんあなたはこれを好ましいものとは思わないが、それでも彼らの行為に驚かされることはないはずだ。彼らの行動は、典型的なバランス・オブ・パワーのメカニズムによるものである。なぜならアメリカはサダム・フセインを転覆させ、ブッシュ政権はシリアとイランを次のターゲットだと明確にしていたからだ。


シリアとイランの両政府にとって、あらゆる手段を使ってイラクの泥沼にはまらせ、アメリカがショットガンの弾を込め直して自分たちを追い回すことをできなくしておくことは、彼らにとって戦略的には好ましいことになる。


アメリカ人はこれらの国々が行った行為に対して憤りを感じるはずだが、アメリカの政府関係者がもっとリアリストのように考えることができれば、彼らは最初からこれらのことを予期できたはずなのだ。


▼核武装のロジック


そしてあなたがリアリストのように考えることができれば、なぜ北朝鮮が核武装による抑止を手に入れるために多大な努力をしたのか、そしてイランのような国がはっきりと核武装国家になりたがっているのかが明確にわかるはずだ。


これらの国々は、世界で最も強力なアメリカと意見が全く合わない存在であり、アメリカの政府高官の中にはこの問題の唯一の解決法はこれらの政権の転覆であり、自分たちと考えの近いリーダーたちに首をすげ替えることだと言い続けている。


ここで問題なのは、このような政権転覆は、当初の狙い通りには行かないことがほとんどであり、さらに重要なのは、このような脅威に直面した政府というものは守りを固めようとする、ということだ。


核兵器は、ブラックメール(恐喝)や征服には向いていないが、自分たちよりも強力な国が軍事力を使って転覆しようとしてくるのを抑止する点では非常に効果的だ。そしてこれを何よりもよくわかっているのはアメリカ政府であろう。なぜなら彼らは優位な地理的位置にあり、圧倒的な通常兵器面での優位を持っているにもかかわらず、数千発の核兵器が必要だと考えているようだからだ。


もしアメリカの指導者層がこのように考えているのであれば、それより弱く脆弱な国家が、核兵器を数発持つことによって安全を確保できると考えないほうがおかしいのではないだろうか?そして、彼らが簡単に覆したり破棄できるような「体制保護の約束」と引き換えに核兵器を諦めるわけがないのは当然ではないだろうか?このロジックをジョン・ボルトンに説明する人物はいないのだろうか?


▼すべての国は同じ?


リアリストのように考えることができれば、劇的に異なる政治体制を持つ国同士が驚くほど同じような行動をすることが多い、ということを理解できる。


このわかりやすい例が、冷戦期のアメリカとソ連である。この二国の国内の政治体制はこれ以上異なるということはないほどであったが、対外的な行動はほぼ同じであった。両国とも莫大な同盟国のネットワークを率いて、好ましからざる国の政府を転覆させ、無数の国家のリーダーたちを暗殺している。


そして数万発におよぶ核弾頭(ミサイル、爆撃機、潜水艦などに配備)を保持し、自国から遠い土地に武力介入し、他国を自分たちの好むイデオロギーに染めようとしており、世界を破壊することなく相手方の勢力を倒すためにあらゆることをやったのだ。


なぜこの両国はまるで同じような行動をとったのだろうか?それはアナーキーの世界では、両国とも競争する以外の方法はありえず、さもなければ相手に負けてしまい、相手の略奪行為に対して脆弱性をさらしてしまうことになるからだ。


まとめ


最後だが重要なのは、もしあなたがリアリストのように考えることができれば、理想主義者たちが紛争、不正義、不平等、そしてその他の悪いことなどに終止符を打つことを狙って考えた野心的な計画にたいして、おそらく懐疑的になるはずだ。


もちろんより安全で平和な世界を築こうとすること自体は称賛すべきことだが、リアリズムがわれわれに言い聞かせているのは、世界政治を作り変えようとする野心的な試みというものは常に意図しない帰結を生み出すものであり、その約束された結果を実現することはきわめて稀であるということだ。


また、リアリズムが教えているのは、縛られない権力というものは同盟国でさえ心配するものであり、彼らはアメリカが世界を指導していこうとするときにはいつでも不安を感じる、ということだ。


まとめていえば、もしあなたがリアリストのように考えることができれば、あなたはより慎重に行動する可能性が高まるのであり、相手を「純粋な悪」として見る(もしくは自分たちを完全なる善として見る)可能性は減り、際限のない勧善懲罰な行動に出る可能性は少なくなるはずだ。


皮肉だが、もしより多くの人間たちがリアリストのように考えることができれば、平和の可能性は高まることになりそうだ。


===


ウォルトがフォーリン・ポリシー誌上で定期的に書いている、「リアリズムを忘れるな」的な記事です。


もちろん上記でも言われているように、リアリズムだけが国際政治を読み解くためのカギではなく、ほかにも実に様々な理論があることは事実です。ただしリアリズムは(あまり善悪を言わないので、一般的には)嫌われながらも、欧米ではいまだに大きな説得力を持った理論として君臨していることは否定できません。


このリアリズムについては私もCDで詳しく解説しているので、興味のある方は参考にしていただきたいのですが、このようなパワーを中心に国際政治を見る態度というのは、国家のリーダーたちには基礎知識として忘れてほしくないと思います。



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(ターナーの絵)



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by masa_the_man | 2018-06-24 23:31 | 日記 | Comments(1)

今日の横浜北部は朝から雨の、実に梅雨らしい一日であります。


さて、昨日の放送でも触れたハル・ブランズの長文記事の要約です。


アメリカ側の対中戦略観としては、これは一つの有力な見方の一つといっても良いでしょう。


===


中国のマスタープラン:世界の軍事的脅威

BY ハル・ブランズ 18-6/12


最近発表したコラムの中で、私は長年アメリカの対中政策を支えてきた土台となる「前提」――つまり二国間の経済的な統合は純粋に良いものだ、という考え――が、ここ最近の出来事によっていかに役立たないものになってきているのかについて書いた。


ところが、中国の台頭が古い考えに再考を迫っているのは、この分野だけではない。私は米中関係とアメリカの国益について巨大な示唆を持つ、もう一つ別の分野の問題について掘り下げてみたい。それは、さらにグローバル志向をもった、中国の軍事面での台頭だ。


長年にわたり、ほとんどの専門家たちは、アメリカに対する中国の軍事面での挑戦は本質的に地域的なものであり、それは西太平洋海域に限られると考えていた


ところが数十年間にわたって暗黙のうちにアメリカのグローバルな戦力投射能力の「フリーライダー」(タダ乗り)となっていた後に、北京政府は自らの戦力を域外に投射することができるような能力の獲得に動いている


もちろん中国が軍事力を増強しているという事実は目新しいニュースではない。たとえば1995年から96年にかけて起こった台湾危機では、アメリカが二つの空母打撃群を台湾海域に送り込んだわけだが、これによって中国の指導層は「アメリカはその軍事的優位のおかげで、たとえ中国の裏庭であっても自由に介入できる能力を持っている」ということを実感することになったのだ。


それ以降、北京は最新の戦闘機や対艦弾道ミサイル、そしてステルス的なディーゼル電気型の攻撃潜水艦のように、東アジアや東南アジアの近隣諸国に対して優位になるだけでなく、アメリカが彼らを守るために介入してくるのを防ぐための能力を開発しつづけている。


いわゆる「A2AD」として知られているこれらの能力を開発しようとする彼らの努力は実を結び、アメリカはいざ中国と紛争が勃発した際に、台湾やそれ以外のパートナーや同盟国たちを守ることが難しくなりつつある。


ところが北京は、アメリカの西太平洋の支配状態に挑戦しても、同時にアメリカのグローバルな軍事的優位の最大の受益者の一人であることは変わりない


アメリカの戦力投射能力は「グローバル公共財」の安定性と自由を支えてきたのであり、エネルギーの供給やそれ以外の主要コモディティーの自由な取引を保証してきたのだ。


つまりアメリカの軍事力は、中国がリッチで強力になることができた比較的平穏な世界情勢を促進してきたのである。


これは米中関係に存在する多くのパラドックスの一つの例である。ワシントンは長期的に最大の戦略的ライバルの経済面での台頭を、そのライバルを富ませたグローバルな交易の流れを守ることによって保証してきたのである。


その一方で、中国はアジア太平洋地域においてアメリカに対する挑戦を厳しくしている合間にも、アメリカのグローバルな安定に「タダ乗り」してきたのだ。


この状況は永遠に続くことはない。なぜなら台頭する中国がこのような状態にいつまでも我慢できるはずがないからだ。結局のところ、もしアメリカが「グローバル公共財」を安全に保つことができれば、自らの意志でそれらを支配し、決心さえすればそれらへのアクセスを制限することだってできるのだ。


よって、米中関係がギスギスしてくるにしたがって、中国は経済成長のためには米海軍の寛容さを必要とするような状況を許しがたいものと考えるようになってきた。中国の戦略家たちは「マラッカ・ジレンマ」、つまり「アメリカは商船をいくつかの海洋チョークポイントにおいて遮断することによって中国の原油やその他のコモディティーを制約できるようになる」という可能性について、切実に気付かされることになったのだ。


アメリカの戦略家たちも当然ながらこの可能性をよくわかっており、いざ戦争となった時の中国の倒し方についての議論の中で、遠洋での海上封鎖の提案は北京の重要な天然資源の兵糧攻めを意味することが明確に論じられている。


どの大国も、ライバルである大国が自国の経済の生殺与奪権を持っているような状況についてはイラつくものであり、中国もこの例外ではない。


それと同時に、中国の軍事力の増大は、北京に対してこの脆弱性を是正し始めるための、さらなる能力を与えつつある。


1990年代半ばの人民解放軍は、中国の国境外に戦力投射を行うにはまだ無理のある、時代遅れの戦力しか持っていなかった。世界の国防費の総額でも、中国のそれはたった2%ほどであった。


ところが現在では、これまでの十数年間の急速な経済成長と安定した国防費の増大により、中国は世界第二位の国防費を持つようになり、人民解放軍はより野望的な任務を可能とする、先進化した近代兵力を持つようになったのだ。


結果として、中国の軍関係者たちは西太平洋の外側を見るようになり、さらにその向こう側にどのように戦力投射をすべきかを考慮しはじめた


海軍戦略家たちはインド洋やアフリカの角、そして中国の海洋生命線として致命的な水路として重要なペルシャ湾のような海域において、いかに中国の軍事的影響力を発揮するのかを考えている。


中国とアジア・欧州に広がる国々を莫大な貿易とインフラで結ぶ「一帯一路構想」は、それと同じような目的を持っている。


中国の戦力態勢はいまだに自国の海洋・領土の周辺域(さらには国内治安の安定)に集中しているにもかかわらず、北京は軍事的にグローバルな規模の展開へと移りつつある。


人民解放軍は海賊対処や危機における撤退、さらには中国沿岸から何千マイルも離れた海域での海軍演習を実行するようになった。そして北極海やバルト海のように、さらに遠くの海域にも突き進んでいる。人民解放軍海軍は、空母をはじめとする、ある種のグローバルな戦力投射能力を開発しているのだ。


また、中国はそのような作戦を継続するために必要な後方施設を確保しようと動いている。北京は戦略的な位置にあるジブチに最初の海外軍事基地を開設したし、インド洋沿岸にも次々と計画を実行にうつしており、バヌアツやスリランカを始めとする国々に対して、経済力や強制的な外交を使いながら港湾やその他の施設を獲得しようと動いていると報じられている。


さらに、中国の軍隊はアフリカで軍事演習を行っており、これは海外における中国人を守るための努力の一環である。


このようなグローバルな態度は中国のポップカルチャーにも見てとることができる。最近中国で大ヒットしたある映画では、架空のアフリカの国で起こった内戦の混乱状態の中から中国の艦船が海外の中国人を救うという内容のものであった。


もちろん中国がアメリカと匹敵するようなグローバルな軍事力を持つようになるにはまだ少なくとも数十年という時間がかかるだろう。それでも北京はその方向に明確かつ意図的に動いているのは確かなのだ。


アメリカの視点から見れば、この「中国の長期的な野望」とでも呼べるものは非常にやっかいである。米中関係が敵対的になりつつある現時点において、北京はアメリカと地域だけでなくグローバルな規模で競っていく時代を先取りして見据えている、ということだ。


そしてもし中国が現在のように自国沿岸周辺でまだ争いが激しい段階でさらにグローバルなプレゼンスを望んでいるのであれば、西太平洋で支配的な立場を確立できた時にはどれほど野心的になるのかは見当がつかない


これは目標や権益が能力と共に拡大する、中国という勢いのあるグローバルな権力という立場を象徴するいくつかの中のたった一つの面であろう。


唯一の望みは、中国が「前のめり」になってしまっているという点だ。海外で大規模な足がかりを得ようとする努力――とりわけ港のような施設へのアクセスの確保――は、その動機や意図について国際的な疑念を生じさせている。これは中国の戦略的台頭に対するさらなる国際的な抵抗の発生につながるかもしれないのだ。


さらに、もし中国の軍事費が永遠に増大しないという前提に立てば、グローバルな活躍という面で有益となる戦力投射能力――たとえば空母打撃群など――と、対艦ミサイルのようにアメリカが台湾をめぐる戦争に介入してきた時に最大の威力を発揮する兵器の開発のように、二つの能力の間のトレードオフに直面することになるだろう。


世界規模の大国は、常にリソースその優先順位をつけた割当という厳しい決断を迫られるものだ。中国はその野心が大きくなるにつれて、すぐにこのような状況を思い知ることになる。


====


簡潔にいえば、「中国は軍事的に世界的な力を獲得する方向に動いているから警戒せよ」ということですが、こういう大きな視点の議論は、普段あまり見かけないからこそいいものですね。


アメリカの中国に対する軍事戦略に関しては私も数年前にアーロン・フリードバーグの『アメリカの対中軍事戦略』という本の翻訳をお手伝いさせていただいておりますので、ぜひそちらも参照していただければありがたいです。


かなりテクニカルな内容ですが、むしろアメリカ側の考え方が如実にわかるという意味で、非常に勉強になったことを覚えております。

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(ボンダイビーチ)



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by masa_the_man | 2018-06-20 10:17 | 日記 | Comments(0)

最近番組で米朝首脳会談が実現した最大の要因として「北朝鮮が核武装したから」という指摘をしたわけですが、

それに対して、


「核武装がスゴイという分析は単純すぎる」というものや

「アメリカには露中に対抗するという奥深い戦略がある」

「むしろワナとして北朝鮮を国際社会に組み込んだのだ」

「むしろ勝ったのはアメリカだ」


という批判がありましたが、これらに対していくつか反論をしてみたいと思います。


まず「単純すぎる」という主張に対して私が言いたいのは、たしかにその通りかもしれないが、それでも全体的な問題の核心は核兵器にあり、この最大の問題から目をそらせてはいけないということです。


日本人としては目をそむけたいのかもしれませんが、核兵器というのは本当にすさまじい効力を持っておりまして、現在の国際社会で「大国」と呼ばれる国は、もれなく核武装をしております。そしてパキスタンのような核武装を達成した国はアメリカにつぶされずに、達成できずに解除されてしまったリビアは、トップのカダフィが殺されております。


つまり核武装は、少なくとも北朝鮮の金正恩委員長にとっては「体制保証」のための切り札であり、自分を国際社会において米国とも対等に話をするのを可能にしてくれたもの、ということになります。


もちろん「体制保証の切り札」というのが私の単なる主観的な判断であるという可能性はありますが、少なくとも状況的に金正恩自身がそう考えていることは明らかでしょう。


次に「勝ったのはむしろアメリカだ」という批判ですが、私はそれらは「希望的観測」としては非常に正しいと思いますし、むしろ今回のシンガポールの会談ではそのような「アメリカの勝利」という結果であったら良かったと個人的には思っています。ところが残念なことに、それらはあくまでも「希望的観測」でしかないのです。


今回のトランプ大統領の「敗北」や「核武装」について、私は以下の2点が論拠として挙げられると考えております。


①小国であっても核武装すると別物

まず一点目は、トランプ大統領が現地時間で6月15日の朝の、記者との受け答えにおける発言です。この時のトランプ大統領はホワイトハウスの庭を歩きながら、何人かの記者たちと「カジュアルな記者会見」という形で質疑応答を行ったわけですが、この時の受け答えで、以下のようなものがありました。


===


記者:大統領、あなたは金正恩氏と、北朝鮮に拘束されていた(米国人学生の)オットー・ウォーンビアー氏を死に追いやった状況について熱心に語ったとおっしゃってましたね。それと同時に、金正恩氏の人権侵害の経歴を擁護しております。なぜそんなことができるんですか?


トランプ大統領:「なぜかって?それは私が(米国にいる)あなたとあなたの家族が核兵器で破壊されることを望んでいないからです」


===


おどろくべきことに、これは文字起こしされて、ホワイトハウスの公式HPに掲載されています。


この発言がなぜおどろきなのかというと、世界最強のアメリカという国家のトランプ大統領が、どこまで本気かどうかはさておき、


北朝鮮の核兵器が怖いから会談した


と公式に認めてしまったという事実です。つまり彼は、「小国でも核兵器を持てば慎重に扱わなければやばい」ということを認めてしまったのであり、おそらく北朝鮮だけでなく、その他の核武装を望む国々にも「核武装の素晴らしさ」というものをあらためて認識させてしまったということです。


②トランプに深い思慮はない


二点目は、トランプがあまり考えなしに政策を決定しているという事実です。


これについてはニューヨーク・タイムズ紙の記事で報告されているホワイトハウスの最新の状況から、その様子をうかがい知ることができます。すでに『炎と怒り』という暴露本でも有名ですが、トランプ政権はカオス状態にあります。


しかもさらに新しい状況を報告したその記事では、ホワイトハウス内のムードは、大統領が直感だけで行動しようとますます自信を

深めていることに対する、茫然自失の諦めの状態にあると書かれているのです。


このような状況で、トランプ大統領に「アメリカには露中に対抗するという奥深い戦略がある」、「むしろワナとして北朝鮮を国際社会に組み込んだのだ」と言い切れるかというと、私はかなり難しいと考えております。


もちろんこれについて「リベラルで反トランプのNYタイムズ紙だからこういう見方をするんだ」という反論もできるでしょう。


ただし突発的な米韓軍事演習の中止の決定による混乱や冒頭に紹介した「核兵器で殺されなくない」という発言など、どう考えても彼がそこまでものごと深く考えて決定しているとは思えず、この記事で報告されている政権内のカオスは事実であると考える方が自然です。


「経済制裁が効いて金正恩が会談に乗ってきたからトランプの勝利」というのも、1つの議論としてはあるでしょうが、本当にそのせいで会談が実現したのかどうかは、北朝鮮側の証拠がないので、実際のところはわかりません。


さらに中国側が軍事演習をやめるように金正恩に頼んでいた、という報道があったことからもわかるように、「北朝鮮を中国から引き離し米国側に取り込んだ」という議論はやはり無理でしょう。


ということで、私は現時点では今回の米朝会談はやはりアメリカの「北朝鮮を核武装国として認めてしまった失敗」であり、あらためて核武装の効力を国際的に喧伝してしまった、トランプ大統領の思いつき的な「失策」だと考えております。


トランプ大統領はたしかに素晴らしい不動産取引のできる人なのでしょう。それでも国際政治における「ディール」ができるかどうかは、

やはり別の能力だと考えたほうがよさそうです。

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(伊丹空港の上空からの眺め)



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by masa_the_man | 2018-06-19 09:33 | 日記 | Comments(3)

今日の横浜北部は雲が多めながらなんとか晴れました。


さて、昨日のトランプ大統領と金委員長との会談を受けて、ワシントン・ポスト紙のジョッシュ・ローギンの記事が参考になりましたので要約です。


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米朝首脳会談の最大の勝者は中国だ

By ジョッシュ・ローギンJune 12


トランプ大統領と北朝鮮のリーダーである金正恩委員長との首脳会談は、習近平国家主席の想像をはるかに越えた(北京側の視点からみれば)良い形で終わった。


たった一日の会談のあと、トランプ大統領は米韓軍事演習を停止することに合意したわけだが、これはまさに北京政府が首脳会談前に提案したことを正確に行っただけだ。トランプは在韓米軍の撤退を公言したわけだが、これは中国にとって巨大な「戦略的棚ボタ」となるものだ。


トランプ氏は中国が北朝鮮に対する経済制裁をダメにしているが、それに対して自分が何もできないことを認めている。そしてトランプ氏は北の政権に正統性を与えてしまっており、これによって北京を両国間において大きな影響力を持つ存在として維持するための、長期的なプロセスを開始してしまったのだ。


ロシア・ヨーロッパ・アジア研究センターの代表であるテレザ・ファロンは「トランプ氏は勝者と敗者というわかりやすい構図が好きだが、今回の歴史的なトランプ=金サミットのあとの最大の勝者は、まさに習近平のようだ」と述べている。


北京と平壌の関係は、ほんの数ヶ月前までは暗礁に乗り上げていた。ところが習近平と金正恩はうまく改善させて戦略を連携させ、現在は――トランプのおかげで――首脳会談を望ましい形で達成したのである。


その合間にトランプ氏の譲歩は、同盟国との関係悪化や、東アジアにおけるアメリカの戦略態勢を弱体化させ、中国が望む外交の枠組みを支持するというリスクを生じさせたのだ。


実際のところ、トランプと金正恩がシンガポールで合意した「ディール」は、そもそも北京によって提案された「凍結のための凍結」だったのだ。


ファロンによれば「アメリカの同盟国たちの信頼を失わせることは、習近平にとって重要な勝利の1つ」であり、「北京は“凍結のための凍結”と合同演習の停止を望んでいた。そしてトランプ氏はまさにこれを何の対価もなく与えてしまったのだ。彼の交渉術とはすごいものだ」と述べている。


トランプ氏は米韓合同軍事演習をやめただけでなく、中国と北朝鮮のレトリックをそのまま使って、以前米国が「軍の即応体制と抑止にとって必要だ」と説明していた軍事演習を批判したのだ。


「われわれはウォーゲームを停止する。これによって多額の資金を節約できる。さらに、これはそもそも挑発的なものだ」とトランプ氏は火曜日の記者会見で述べている。


その同じ記者会見の中で、トランプ氏はすべての在韓米軍を韓国から撤退したいとも公言しており、これは実際にトランプ自身が長年にわたって個人的に語っていたことである。ところが彼はさらに平壌との将来的な交渉の中で、米軍の減少についても議題に乗せたいと述べたのだ。


「われわれの兵士を撤退させて帰還させたい。現在われわれは韓国に3万2千人もの兵士を駐留させているのだ・・・もちろんこれは北朝鮮との交渉の中で現在は議題として取り上げているわけではないが、将来的にはどこかの時点で議題となるはずだ」と述べている。


またトランプは、米・韓・日が行ってきた「最大圧力」というキャンペーンを弱体化させることによって、北京に勝利を与えている。彼は北に対する新たな制裁を延期すると述べただけでなく、中国が厳格に制裁を実行していないことを認め、しかもそれを無視したのだ


「中国の習近平国家主席は・・・北との国境を封鎖したが、ここ数ヶ月はやや緩めているのかもしれない。でもそれでもかまわない・・・私はここ二ヶ月間において、国境は制裁を実行しはじめた頃と比べて開放されているのだが、それも現実だ」と述べている。


中国の外交部は、火曜日に北への制裁解除を求める声明を発表して、会談から成果を挙げられるように「掛け金」を釣り上げている。


北京は首脳会談が実現したという点だけでもトランプと喜んで合意するはずだ。中国外交部部長の王毅は、声明文書の中で、「両国首脳が共に座って台頭な立場で議論できただけでも重要な意義がある。これは新しい歴史をつくったのであり、北京はこれを歓迎し、このような結果を支援する」と述べている。


CIA長官のマイケル・ヘイデンは、「金委員長との将来の交渉に向けたプロセスを始めるための良い会談が行われたのはポジティブなことだが、北朝鮮が何か新しいことに合意した考えるべきではないし、このためにわれわれが大きな代価を支払ったことは忘れてはならない」と私に語ってくれた。


彼によれば「われわれは世界最悪の独裁者の一人に対して、われわれと対等であるという感覚を、大統領の言葉を通じて、建前上でも本音レベルでも与えてしまったのだ。そしてそこからわれわれが得た成果というのは、将来のどこかで合意することを考えようという合意だけであった」のだ。


中国にとってさらに嬉しいことに、トランプ氏はアメリカの同盟国である、韓国と日本に対して混乱を与えた。ソウルの大統領府の報道官は、火曜日の声明で「現時点でトランプ大統領の声明の真意についてはさらなる情報が必要だ」と述べている。


トランプ大統領に対して不可逆な非核化の約束がなければ金委員長に譲歩しないよう求めていた日本政府は、屈辱を味わっているはずだ。


トランプ氏は自分の直感を信じており、金委員長は非核化に真剣に取り組むと考えていて、トランプ氏が申し出ている経済開発支援を欲していると考えており、必ず約束を果たすはずだと信じている。


「それでも彼は約束を果たすだろう。もちろん私が間違っている可能性はあるので、たとえば半年後に私はみなさんの前にたって自分が間違っていたと言うかもしれない。もちろん私はそれを認めるかどうかはわからないが、何らかの言い訳は見つけるかもしれない」と述べている。


北朝鮮の独裁者の誠意を盲目的に信じることによって、アジアにおける米国の戦略態勢を破壊し、同盟関係に疑問を生じさせ、北朝鮮への圧力を緩和するのは、まったく合理的ではない


もし北京の戦略的な狙いが「アジア地域におけるアメリカの地位の弱体化」にあるとすれば、トランプ氏は彼らにとってかなり役に立つ仕事をしたということが言えるだろう。


====


たしかにトランプ大統領の言うように事態が進めば、北京にとって願ったり叶ったりですね。ただし私は逆に、やはり今回の「失敗」は、トランプ政権自身の自滅的な要素が大きいと考えております。


それよりも重要だと思うのは、なんといっても北朝鮮が会談を実現させたことによって、図らずとも小国が核武装をすることのメリットを世界中に教えてしまったこと。


正直な戦略家は、核兵器を入手した国家には圧倒的な破壊力による大規模侵攻に対する抑止能力と、他国からのリスペクトが与えられる、と主張することが多いわけですが、一時的にせよアメリカとの対等な関係が樹立可能であることをシンガポールで金委員長は立証してしまいました。


もちろんワシントン側がこの失敗を認めて政策変更をしてくるかが今後の見どころですが、少なくとも短期的には北朝鮮、そしてもし本当に米韓軍事演習が停止されれば、中国の外交的な勝利は固まりそうです。

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(メイド・パーティー)



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by masa_the_man | 2018-06-13 20:10 | 日記 | Comments(1)

今日の横浜北部は昨日の梅雨入り宣言後でもなんとか晴れております。


さて、本当に久々の更新となってしまいましたが、面白い記事があったので要約しました。将来戦の備えとしてSFの役割は重要であるとする意見記事です。


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SFで21世紀の戦いに備えることは可能か

By MLカヴァナウ

2018-5/28


小説家のマーガレット・アトウッドは、ヴァラエティ誌が行った最近のインタビューで「911連続テロ事件のハイジャッカーたちは映画スター・ウォーズを観て飛行機をビルに突っ込ませるアイディアを思いついた」と答えて炎上している。


「侍女の物語」をはじめとするディストピア的な作品で有名なアトウッドだが、この指摘は間違っていた。19人のハイジャッカーたちは、映画スター・ウォーズにインスピレーションを受けたわけではないからだ。アルカイダはデス・スターの破壊を再現しようとしていたわけではない。


ところがアトウッド女史のコメントは、それほど間違っているというわけでもない。なぜなら文学や映画は長年にわたって戦争の現実をうまくとらえているものであると考えられてきたし、その逆に、それらが戦争についての考えに影響を与えてきたからだ。「現実の戦争」(real war)と「映画の中の戦争」(reel war)の間には、直接的な関係性が存在するのだ。


もちろんこれは特別に目新しいことではない。芸術というのは、人類の歴史が始まって以来、戦争に影響を与えてきたし、その逆も同じなのだ。『イーリアス』は古代の戦争についてのほぼ創作であるが、アレクサンダー大王は枕元においていたと言われている。


ジョン・スタインベックは戦争を目の当たりにしたことはないのだが、1942年に発表した『月は沈みぬ』という小説では軍事的に占領された小さな町が題材となっており、第二次大戦の欧州戦線ではナチスに占領された地域のレジスタンス側にとって良き手引書となって大きな影響を与えている。


とりわけノルウェーにおける抵抗運動で役に立ったため、スタインベックは1945年にノルウェー王ホーコン七世から戦時の功績を讃えられて自由十字勲章が与えられている。


現代の戦士たちもまだフィクションから学んでいる。スタンレー・マクリスタルとデイヴィッド・ペトレイアスという二人の元将軍たちは、1960年に発表されたThe Centurionsというインドシナ半島やアルジェリアにおけるフランスの空挺部隊の活躍を描いた小説に大きな影響を受けたと述べている。


NATOの最高司令官で米海軍の提督だったジェームス・スタヴリディスは、自分の軍歴においてヘミングウェイの多くの小説が大きな示唆を与えてくれたと指摘している。


「911事件調査委員会」の報告書では、諜報機関のメンバーたちが民間の航空機が武器となることを認識していたことが記されている。彼らはこの認識を国家のインテリジェンス関連の情報から得たわけではなく、トム・クランシーが1994年に発表した小説「日米開戦」(Debt of Honor)から得たとしている。これは民間航空機が首都ワシントンDCに突っ込んで米国の政治中枢をほぼ破壊するような内容のものだった。


米国政府はこの種の情報――つまり本や映画、そしてその他の創造的な産物によるインテリジェンス的な価値のある情報――を公開情報、つまり「オシント」(OSINT)として分類して扱っている。


さらに、同政府はインテリジェンスの目的のために、場当たり的ながら、あえてフィクションからヒントを得ようとさえしている。


実例として、911後にペンタゴンは二十数人のハリウッドの脚本家や監督たちから将来起こりうるような不測の攻撃を想像してくれるようにたのんでいる。


さらに最近の話では、米陸軍の参謀長であるマーク・ミレー将軍は、2016年にシカゴのプリツカー軍事博物館における講話で、米軍は将来戦に必要となるものを学ぶためにSFを研究していると述べている。


たしかに現代において、戦いの本質が速い勢いで変わっていることは間違いない。現在実質的にCIAの長官を代行しているマイケル・モレルは、最近アトランティック誌で、今日ほど米国が様々な脅威にさらされている時代はないと述べている。それらを予期して対処するためには、ハリウッド級の創造性が必要になってくるはずだ。


このような理由から、フィクションと戦争の間の長年にわたる非公式な関係性から学ぶべきであろう。米国の安全保障機構は、このような推測的な研究を、一時的なものではなく、より正式なプログラムとして拡大させるべきである。


米陸軍は、将来戦を予期して対処するために、ビジネス界のリーダーや先端の技術者、さらには学者たちの知見を集めるための機関として、最近になって「未来コマンド」(Futures Command)の立ち上げを宣言している。


この司令部が設置されるのはすべてカリフォルニア州内の都市であると見られており、ロスアンジェルス、サンディエゴ、そしてサンフランシスコの名前が上がっている。


米陸軍はこの計画の中に、小説家や脚本家のような「戦略的想像者」たちを加えるべきであろう。「未来コマンド」やその他の機関では、「フィクション・インテリジェンス」を生み出す創造的な専門家たちが役立つはずだ。


ちなみに「フィクション・インテリジェンス」は国家安全保障の専門家であるオーグスト・コールによって「フィシント」(FICINT)と呼ばれているものだ。これによって次のアメリカに対する攻撃を予期し、その予防戦略を形成し、いざという時に実行できるようにするのだ。


マーガレット・アトウッドは映画「スター・ウォーズ」が911事件のハイジャッカーたちのインスピレーションとなったことを指摘して馬鹿にされたのかもしれないが、彼女の提案は全く信じがたいものというわけではない。


さらに彼女のその後の「SFの著者たちは将来に何が起こるのかを考える点では優れた才能を持っている」というコメントはまったく正しい。


米軍はこのような才能を公式に採用すべきであろう。911事件調査委員会の結論でも印象的なように、911連続テロ事件の失敗の重要な要素のうちの一つが、対処する側の「想像力」の欠如だったのだ。


映画「スター・ウォーズ」のように、われわれは「続編」を許してはならないのだ。

===

著者は現役の米陸軍士官で、現在は陸軍士官学校のあるウェストポイントの研究員をつとめているそうですが、この種の話は戦略系の人間たちの間でも以前から非公式には論じられてきたことですね。


もちろん未来予測そのものはあまり当たるわけではないのですが、いざ紛争が起こった際に柔軟に対応するという意味では、このような「考えられないことを考える」という想定を普段から考えておくことは重要ですね。


それにしても米陸軍が「未来コマンド」を作るとはなんとも大胆なことを。

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(ダーウィンの喫茶店からの眺め)


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by masa_the_man | 2018-06-07 15:18 | 日記 | Comments(0)

今日の横浜北部は乾いた快晴の空です。気温もかなり低いですが、いいかげん慣れてきた感覚があります。


さて、前回の放送でも触れた、フィクションの重要性について語った意見記事の内容の要約です。短いですが、なかなか濃い内容です。著者はハーバード大学の人文学系の教授です。


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なぜ「年末年始の物語」はまだ重要なのか

20171220

By スティーブン・グリーンブラット


年末年始のクリスマスシーズンは、ディケンズの『クリスマス・キャロル』や『くるみ割り人形』さらには『サンタクロース』に代表される、学者たちが言う「集合的フィクション」(collective fictions)の季節でもある。


そしてこのほど専門誌である「自然コミュニケーション」(Nature Communications)では、現代でも狩猟生活を続ける部族であるフィリピンのアグタ族でも、このような「物語」が重要であるという研究結果が出ている。


学者たちはこのアグタ族のような地球上でも数少ない狩猟部族に魅せられて研究しているが、その理由は農業が始まる以前の、人類の最初期の生活の様子を教えてくれると考えられているからだ。


このような部族は、進化生物学者たちを長年悩ませてきた謎、つまり、人類がどのようにして食糧の共有や他者へのいたわり、仕事の協調、社会規範の許容のような「集合的な行動」を学んだのかという疑問を解くカギを持っていると考えられているために研究されてきた。


そしてその答えは、どうやらわれわれが語る「物語」とすべて関係があるようなのだ。


一般的な狩猟部族と同じように、アグタ族の「物語」では男女平等や友情、そして個性の違いを社会的に許容することのような価値観が強調されている。


たとえばアグタ族には、「太陽(男)と月(女)の間で、どちらが空を照らすべきかについてケンカがあった。結果的に月にも太陽と同じくらいの力があることが証明されたが、彼らは任務を分担することを決めて、日中は太陽、夜は月が働くということになった」という神話がある。


研究によって判明したのは、アグタ族の中でも、物語のうまい人間が多い集団のほうが、互いに対して協力的であり、食糧探しもうまいということだ。


アグタ族自身も物語の「作家」や、それを語る「語り部」のスキルが集団の利益になることを十分知っており、誰と一緒に生きるのかを選べと言われると、圧倒的多数が狩りや漁や農作業などに熟達している人間よりも、語りの上手い人間を選んでいる。よって調査で答えた人々のほとんどが合意したのが「良い物語が好き」であるということだ。


アグタ族は最も価値のある才能を持った人間に対して、積極的に報酬を与えている。今回の研究で集められたデータで判明したのは、物語をうまく語った人のほうが健康的であり、子孫も繁栄しているということだ(その論文の中では、「もの語りのうまい人物のほうが、そうでない人々と比較して53%の割合で子孫の数が多かった」と記されている)。


研究者たちの結論は、もの語りの上手い人々は、社会的な協力関係を向上させることによって他者からの支持をますます得るようになり、自分が属する集団の成功のために大きな貢献をすることによって賞賛されることになる、というものだ。


年末年始のこの時期になると、最もわれわれの連帯を高めるような物語といえば、「信じること」をあきらめてはならないと(子供ではなく大人たちに対して)諭すような、いわゆる「ファンタジー」になる。


アダムとイブの話や、イエス・キリストの誕生のような聖書に載っている話とは違って、このようなファンタジー系の物語というのは「信者」に対して「これらは真実だ」と教えるようなものではなく、むしろはじめからフィクションであるという前提から始まるものであり、サンタクロースの場合は時を経るにしたがってフィクションになったものだ。


実際のところ、何世代にもわたって無数の人々にとっては、子供のある時期にサンタクロースは創作であるという事実に気づくわけであり、これが最初の「幻滅」の体験となってきたのである。


もしこのような「幻想の喪失」についての悲しみがあるとしても、これは逆にいえば、現実とフィクションの間を区別することを容認するという、人間の成長をうながる一つの強力なプロセスの一つでもあるということが言える。


赤い頬とおもちゃを満載したそりに乗ったイメージのサンタクロースに対するアメリカにおける熱狂の源流は、「聖ニコラスの訪問」という一遍の詩にあるとされている。


この詞はトロイ・センチネル誌の1823年12月23日号に発表されたものであり、もしアグタ族であれば、この詩の作者は素晴らしいストリーテラーとして、大いなる栄誉と富を得たはずである。ところがこの詩は匿名で発表されたものであり、誰が作者だったのかはいまだに議論されているのだ。


多くの専門家たちは、ニューヨークの聖光会神学校の文学・神学の教授であったクレメント・クラーク・ムーアが作者であると主張しているが、ポキプシー在住の詩人であるヘンリー・リビングストンであると論じる人もいる。


いずれにせよ、この詩の作者はわずかな原稿料しかもらっていないことはたしかだ。ただし文化的な面から言えば、われわれはこの詩の作者に対して毎年熱狂的に贈り物を交換するという富を生み出したという意味で、直接報いたと言えるのである。


この贈り物を与える習慣というのはわれわれの国家経済、そして消費社会の健康にとって決定的に重要な要素となっているからだ。


色々と議論に明け暮れている時代ではあるが、今期の年末年始もあいかわらずこのようなストーリーテラーたちは、社会の協力を形成する点で決定的な役割を果たしてくれたのである。


この点について、アグタ族の判断は明らかに正しい。


===


要するに「(つくり)話のうまい人間や、良い話は、社会をまとめたり経済を回したりする上で大きな役割を果たす」ということにもなりますが、これは戦略やプロパガンダという意味でもきわめて重要な示唆を与える話ですね。


国家も人間が構成している集団の一つですので、この話が正しいとすると、国家的な神話やストーリーがあると、それが国民を団結させる役割を果たすことにもなる、ということです。


逆に興味深いのは、論語で孔子が「巧言令色鮮し仁」といって、「口の上手い奴にはロクなのがいない」と指摘している点ですが、これは文化的な差異なのでしょうか。


いずれにせよ、この話は「リーダーには話術が必要だ」とする最近の風潮とあいまって、社会心理学的にも見逃せないポイントです。




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(パディントンベアの銅像)





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by masa_the_man | 2018-01-21 11:57 | 日記 | Comments(0)
今日の横浜北部は冬の関東地方らしく、よく晴れて寒かったです。

さて、前回の番組でも触れた、セクハラ問題についての最新研究の知見をまとめたワシントン・ポスト紙の記事を要約しました。

本ブログには珍しいタイプの記事かもしれませんが、「権力」という観点ではかなり関連性のあるものなので、あえてとりあげてみました。

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男をセクハラに駆り立てるものは何か?:人間の「業」を科学的に説明

Byウィリアム・ワン

2017年12月22日


セクハラをしたと非難される人物の数は増える一方であり、その性暴力やセクハラの詳しい内容も段々と明らかになってきている。ニュースやツィッターで報じられるその詳細などを見るにつけ、われわれはここで、一つのひどい疑問を問うべきであろう。


それは「この男性たちはなぜこのような行動をするのか」というものだ。


もちろんこのような行動のうちのいくつかは、その男性のガサツな性格や、完全な女性蔑視によるものだと片付けることもできるだろう。ところが、これらの行動のどれだけの量が、その男性自身の性格によるものであったり、彼のいる文化的な環境によるものなのだろうか?


ある男性が他の男性よりもセクハラをする可能性が高い場合、その原因は何なのだろうか?そして女性が嫌がることをしている時に、彼らの頭の中には何が起こっているのだろうか?


社会学者や心理学者たちは、近年このような疑問を解明しようと取り組んできている。そのおかげで興味深い研究成果が着々と出てきており、中には現在の状況を踏まえると、かなり「挑発的」ともいえる答えも出ている。



Q: セクハラをしがちな男性と、それ以外の男性との差をつくっている原因は何なのだろうか?


ジョン・プライヤーは過去30年以上にわたってこの疑問にとりくんできた。セクハラ研究のパイオニアの一人として、プライヤー教授は1987年に「セクハラ見込み度」(Likelihood to Sexually Harass scale)と呼ばれる、男性のセクハラ傾向を測る方法を開発しており、これがセクハラ研究の金字塔を打ち立てることになった。


彼の開発したテストは10個のシナリオで構成されている。


たとえばその一つのシナリオでは「あなたが会社の社長で、新たに女性秘書を雇う」というものがある。志望者である彼女は雇ってもらうことに必死であると説明しつつ、社長であるあなたに対して好意を持った目つきで見るのだ。


このような状況で、あなたが彼女を雇うチャンスはどれだけ上がるのだろうか?性的な見返りを求めて雇うだろうか?仕事について議論するために彼女を夕食に誘うだろうか?


イリノイ州立大学の心理学の学者であるプライヤー教授を始めとする人々は、長年にわたってこのような人工的な状況を実験室の中に設定し、このテストが人々の行動をどれほど予測できるものであるのかを研究してきた。


その結果として、セクハラをする人々の傾向として以下のような三つの特徴があることを見つけている。それは、


①共感力の欠如

②伝統的な男尊女卑の考え方を持っている

③優越感・独裁主義的な性格をもっている


である。


また、教授は電話インタビューで、セクハラをする人の周囲の環境の影響が非常に大きいことを研究者たちが発見したとも答えている。


彼によれば「テストで高い数値をもった人たちを、セクハラしても見逃されやすいセッティングの環境につれていくと、彼らは必ずセクハラをします。つまり免責状態(impunity)というものが、大きな役割を果たしているんですよ」と述べている。



Q: 権力を持った立場にいる人は、なぜハラスメントすることが多いのか?


近年増えてきた研究結果によれば、人間の認識と行動は「権力」(power)を持つことによってゆがめられてしまうことがわかってきている。


カリフォルニア大学バークレー校の心理学教授であるダシェール・ケルトナーは、「多くの研究で、権力は人間を衝動的にするという結果が続々と出ています。人間は権力を持つと、社会的な習慣についての心配は減り、自分の行動が他人の目にどのように映るのかという関心そのものが減るというのです」と述べている。


たとえばケルトナー教授が行った実験では、


1,自分のことを「金持ちだ」と感じている人のほうが、車を運転している時に横断歩道で歩行者に道をゆずる確率が下がる


2,自分のことを「権力者だ」と感じている人のほうが、子供からキャンディーを取り上げることができる可能性が高い


3、実際に権力を持っている地位の高い人のほうが、自分のことに意識を集中させがちであり、他人をモノとして扱う傾向が多く、他人が自分にいかに好意を持っているのかを誇張しがちである


という。


「つまり一種の自己中心主義になる、ということですね。頭で考えていることがそのまま周囲の世界にも当てはまると考えてしまう、ということです。ハーヴェイ・ワインスタインのような人間は、”俺がこれだけムラムラしているんだから、周囲も同じようにムラムラしているはずだ”と考えてしまうんですね」とケルトナー教授は述べている。


Q:このような男性たちに「女は俺に関心がある」と勘違いさせるものは何か?


最近暴露された何人かの権力を持った男たちの中でも、とりわけ意味不明で不快な行動が「自分の裸を見せる」というものだが、これは相手の女性が自分のことを魅力的に思っているはずだし、裸さえ見せれば自分に好意をもつはずだ、という期待を持っているからだという。


そして意外なことに、これにはしっかりとした科学的な説明ができるという。


2011年に発表された画期的な研究結果では、リーダー的な立場にいる人たちが、幻の「性的なシグナル」を、実際は好意をもっていない部下から受け取ることが多いということが判明している。


ジョナサン・クンツマンとジョン・マナーの行った実験では、78人の男女を異性同士でペアにして、片方がリーダーとなり、それぞれおもちゃの「レゴ」を使って、共同でオブジェをつくるプロジェクトを実行してもらっている。


このプロジェクトが終わったあとに被験者たちは個別にインタビューされるのだが、この結果としてわかったのは、リーダー役をした人のほうが、部下役のほうはなんとも感じていないのにもかかわらず、自分の方がはるかに「性的に好意をもたれている」と感じたということだ。


実験者側が被験者たちの動きを撮影した動画を後で分析してみると、リーダー役の人の方が勘違いした行動をしており、部下の足をさわったり、目をじっとみつめたりという行為が多いことがわかったのだ。


マイアミ大学オハイオ校の心理学者であるクンツマン教授は、「権力は、このような不品行をしてしまうような精神状態をつくりあげてしまうのです。このようなロマンチックな雰囲気を過剰に感じてしまう傾向によって相手を自由にタッチしても良いという感情を生み出し、結果として不品行につながることがあるのです」と述べている。



Q:このような男性が最終的に求めているのは「性的充足」?それとも「支配的な状態」?


前述のプライヤー教授は「セクハラについてよく言われるのは、それが性的な欲求ではなく、権力の現れとして行われるものだということです」と述べている。


近年において性と権力の関係性について研究してきた心理学者たちの研究によれば「セクハラ度」の高い男性の多くにとって、この二つのアイディアは互いにからみあっていることが多いという。


同教授は「この二つは同じコインの表裏であり、あまりにも密接なために、その二つを切り離すことができないほどです。彼らがもし誰かに対して権力を持った立場になれば、その相手に対して性的な考え方を抑えることは難しくなります。しかもそれについて考えれば考えるほど払拭することができなくなってしまうのです」と述べている。


Q: ハラスメントをするのがほぼ常に男性であるのはなぜなのか?


これについては統計学的な答えが出ている。現在の社会の間違いや偏見など、その現実を踏まえて考えれば、あいかわらずリーダー的な立場にある男性の数が圧倒的だからだ(ところが最近あった事件では、女性のリーダーが男性の部下にハラスメントを行っていたとして訴えられた例が報告されている)。


また、このようなハラスメントについて、フェミニスト的な構造の解釈もある。つまり、ハラスメントというのは支配状態を誇示するための手段として使われ、女性がその手段として利用されるというものだ。


ところがイリノイ大学アーバンシャンペイン校の心理学者、ルイーズ・フィッツジェラルドによれば、行動科学では性別の違いが行動の違いに出ることが判明しているという。


同教授は「女性がそのような後ろ暗い人格をもっていないというわけではないのですが、それでも性別の研究から判明しているのは、男性のほうがアグレッシブで、セックスを求めて社会的な行動をし、その権利があると考えているという点です」と述べている。



Q: 最近の#MeTooによるセクハラ暴露運動は社会を変えるか?


セクハラが及ぼす破壊的な影響について30年間研究してきたフィッツジェラルド教授は、意外なことに、現在の社会変革を起こそうとするムーブメントの将来的な成果については悲観的である


「私はクラレンス・トーマスの最高裁選出の公聴会の時にも、いよいよ文化が劇的に変わる時が来た、すべてが変わる!と考えておりました。ところがその20年後になっても人々はセクハラがまだ存在していたことを再発見して驚いているような状態なのですよ」と同教授は述べている。


現在注目を集めているセクハラ関連のニュースは、ハリウッドやメディアのように、主に注目を浴びやすい立場にある人々に関係したものばかりだからだ。


「このような報道があったとしても、ウォルマートや工場でセクハラを受けている女性たちの立場を変えることになるでしょうか?私は微妙だと思います」と同教授は述べる。


ところが前述のプライヤー教授によれば、#MeTooによって、セクハラやハラスメントによる社会的な不名誉の度合いが変わる可能性があるという。


「#MeTooによる暴露運動が示しているのは、このような経験がいかに頻繁に行われたのかという点です。そしてこのおかげで、今までハラスメントを受けても泣き寝入りによって隠されていた沈黙状態が、解消される可能性も出てきたのです」と同教授は述べている。


そして前述の教授たちが述べているのが、このムーブメントのもうひとつの効果が、セクハラ研究への関心を高めたことにあるという点だ。


たとえば(現在は半分リタイアした)プライヤー教授が1980年代にセクハラを研究しはじめた当時は、この研究に対する支援は少なかった。同教授は初期の多くの研究を自費でまかなわなければならず、業務以外の空き時間をつかって「セクハラ見込み度」のような研究を進めたという。


それから数十年が経過して、状況は改善したが、それでもその度合はわずかなものだという。


「現在われわれが目にしている状況は、私の経歴を考えるとすでに手遅れだけどようやく始まってくれたかという感じです。これが後に続く世代にとって分岐点になればいいんですがねぇ」


===

文化が違うという点を考慮しても、このような研究の成果は、洋の東西に関係なくすべての国に当てはまりそうですね。

それにしてもリーダー役の人間は、勝手に部下から「好意を持たれている」と勘違いしやすいというレゴの実験は、なんというか、人間のサガのようなものを如実に感じさせてくれるものであります。

「英雄色を好む」とはよく言われることですが、この研究が正しければ、ミクロなレベルでも「上司」になった人間は「(異性の)部下に好かれている!」と勘違いしやすいということですね。

逆にいえば、そのような「部下からの好意」というのは幻(ファントム)でしかない、という切ない話になるわけです(苦笑)

そしてその反対に、部下になった人間も「上司は勘違いしやすい」と知っておくのは重要かと。

いずれにせよ部下を持った人間だけでなく、「人の上に立っている(と感じている)人間は、性別に関係なく、すべからく自重・自制すべきであり、決して勘違いしてはならない」という警告として受けとった方がよさそうです。
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(羽田空港上空からの眺め)

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by masa_the_man | 2018-01-12 18:07 | 日記 | Comments(3)

リベラリズムの終わり?

今日の横浜北部は、久々に曇って夕方には冷たい雨になりました。


さて、今回も以前紹介した記事の要約です。ちょっと長いのですが、その内容はかなり考えさせてくれるものです。


なぜアメリカではトランプが選出され、欧州では反EUの機運がここまで高まってきているのか、その原因をリベラル派の無理な考え方にあると分析した記事です。


===


リベラリズムの終わり?

by ダミール・マルージック

2017年11月1日


「べつに私はトランプ支持者というわけではないんですよ。ただ、あなたが擁護しようとしている土台そのものすべてを、あなた自身がぶち壊しにしているんですよ」


このようなこじれた感情のおかげで、私は過去10ヶ月間において私よりもはるかに執拗にトランプ大統領に反対している人々と、無数の議論を行うはめになった。


私はワシントンDCに住んでいる。この地域に住む人々は、先の大統領選で90.9%という圧倒的な割合でヒラリー・クリントン候補に投票した。したがって、私が議論をするはめになった人々のほとんどは、私の友人や同僚たちである。


私の討論相手となった人々は、どうやら段々と自分たちが世界的な歴史の分岐点に立っており、自分たちの考える「正しいこと」と、それに対する揺るぎないコミットメントだけが世界を破滅から救える、と考えはじめているようなのだ


もちろん私は彼らと同じく「歴史の分岐点に立っている」という点については同意するのだが、彼らとちがって、トランプ政権の誕生はそれよりはるかに大きな問題の、単なる一つの症状のあらわれでしかない、と考えている。


私の友人の主張で多いのは、「われわれの共有された価値観の問題だよ」というものであり、彼らは「トランプはその価値観を攻撃しているんだ。リベラルな民主制度が危機にさらされている。これは本当に生きるか死ぬかの状態なんだよ」と言うのだ。


ところが私の答えは、「民主制度は問題ないよ、ただしリベラリズムは、いまにも自分で喉をかき切ろうとしているんだ」というものだ。


❊❊❊


トランプ大統領の支持者ではなくても、このような現象に気づいていた人はいる。聡明なブルガリアの政治学者であるイヴァン・クラステフ(Ivan Krastev)が、およそ10年前の素晴らしいエッセイで、まさにこのような事態を予測していた。


「デモクラシー誌」(the Journal of Democracy )に掲載されたこのエッセイのタイトルは「リベラル・コンセンサスの奇妙な死」(The Strange Death of the Liberal Consensus)である。


その記事が発表されてからすぐ発生した金融危機(リーマンショック)の到来を予測している人はほとんどいなかったのにもかかわらず、中欧・東欧の人々はすでに選挙の面で「反乱」を起こし始めていた


この時にクラステフが注目していたのは、当時も批判的に「ポピュリズム」と呼ばれていた現象の台頭であったが、このエッセイは現在の西洋の政治的な現実を形作っている動きを理解する上で欠かせないものである。


21世紀に入って7年間がすぎ、しかも単一通貨になってから10年もたっていないにかかわらず、現在よく知られている面々は、すでにブリュッセルのEU本部で忌み嫌われていたのだ。


ロベルト・フィツォはスロバキア首相の第一期を務めていたし、ヴィクトル・オルバーンはハンガリーで台頭中であり、カチンスキ兄弟の「法と正義」党はすでにポーランドで連立政権を率いていた。


彼らに対する非難は、まったく根拠がなかったというわけではない。フィツォの連立相手の右派たちは、集会などでハンガリア人やロマたちに対してひどいコメントを発することで悪名高かった(スロバキア国民党のヤン・スロタは1995年に「ジプシー問題」は「小さな中庭の長いムチ」で解決すべきだと述べている)。


そして「法と正義」党は現在と同様に、当時から党に忠誠な人物を名目上は中立であるべき公務員や官僚に採用しており、その民主政治に対して被害妄想的で陰謀論的なアプローチをとるなどして評判が悪い。


ところがそれを批評する当国の人々も、彼らを旧ドイツのワイマール共和国になぞらえて讃えているのだ。


クラステフがうまく述べているように、この「ワイマール解釈」の最大の問題は、その解釈そのものがまず間違っているだけでなく、明らかに自己利益を狙ったものでしかないという点だ。


「ブダペストとワルシャワの街にあふれているのは、問題の最終解決の方法を求めた相手は、機動隊ではなく、最終セールを求める落ち着かない消費者たちである」とクラステフは書いている。


市場資本主義と同様に、民主制度も健全だということだ。


ところがここで辛辣に否定されていたのは、われわれが「常識的なリベラルの世界観」とでも言うべきものであり、これは冷戦終結以降にいままで政治面では問いかけられることのなかった、一種の「ポリティカル・コレクトネス」だったのだ。


EUはある政治的な要件を、熱心に参加したがっていた中欧や東欧諸国に対する一つの参加条件として課すことになった。EUの官僚たちは「もしEUに参加したければ、制度機関をわれわれの基準にあわせて変革するだけなく、国内である種の政治的な言説を禁止せよ」と要求したのだ。


「反資本主義的な動きを封じるために、リベラルたちは反資本主義的な言説をうまく封じ込めたが、その代わりにシンボルやアイデンティティの問題に関する政治的な動きを許してしまうような空間をつくり、これによって自らの首を締めるような条件をつくりだしてしまったのだ」とクラステフは記している。


これをいいかえれば、冷戦後に勝ち誇ったリベラルたちは「リベラリズム」を道義問題にまで高めてしまい、政治的に疑問をさしはさむことさえ許されないものとしてしまったのである。


個人の権利や私有財産権、そして自由で開放された合理的な市場の代わりに、彼らはそれに同意しない人間であれば、それは非難に値する「逆行」、つまり単に「間違っている」(wrong)だけでなく「悪」(bad)であるとして、議論をすることさえ禁止してしまったのである。



❊❊❊❊❊



クラステフはこれを書いていた当時、禁止されていたのは「反資本主義」だけではないという点に気づいていなかったのかもしれない。たとえば「国民性」(nationaliry)や「国民文化」(national culture)という概念そのものが、長年にわたって民主政治にはあまりにも危険なものとみなされるようになっていた点だ。


もちろんこの原因の一部は、共産主義の崩壊の直後にヨーロッパの周辺部を揺るがした、血なまぐさいバルカン半島における戦いにあるのかもしれない。ところがフランク・フレディが『ポピュリズムと欧州の文化戦争』(Populism and the European Culture Wars)という洞察力にあふれる新刊で論じているように、「善なる欧州」としての歴史的な自己理解の核心にあった「国民性」というものを、彼らは正統的な概念とはみなさず、大きく拒否してしまったのである。


西欧の民主国家は、第二次世界大戦の数十年間にわたって、欧州大陸の政治からナショナリズムというものを消滅させようとして必死に働いたわけであるが、これはホロコーストに関する集合的な罪悪感をつぐなおうとしてのことであった。


たしかに欧州の人々の経済的・心理的に立ち直ろうとする努力そのものを過小評価するのは間違っている。ところがこの努力は、たしかにその傷跡を残したのだ。


1990年代における国際的な共産主義の「敗北」のおかげで、この「都合のよい敬意」は、いまやリベラリズムの勝利の最大の原因であるかのように見なされ、ますます賞賛されるようになったのだ。


ユルゲン・ハーバーマスのような政治思想家は、「国民国家は必然的にガス室へとつながるものだ」と議論しはじめ、国家を超越したEU――これはいまや世界的な普遍的プロジェクトであり、人類が原始・民族的な衝動を超越するための手段とみなされるようになった――は、人類がめざすべき唯一の道義的目標となったのである


このような尊敬すべき「ポストナショナリズム」は、当然のように、ろくに検証されずに正当化された市場開放とあいまって論じられることになったのである。


彼らの議論に従えば、グローバル化した経済ではヨーロッパの小国はEUに主権をあけわたし、国境を開放して労働力と資本を流入させない限り競争力を持ち得ない、となるのだ。


したがって、「善なる欧州人」であるアンゲラ・メルケルやジョージ・ソロスのような人々が移民の流入――最初はEU内の労働者だが、2015年以降はシリア、北アフリカ、そしてアフガニスタンからの不幸な集団――を、ヨーロッパ文明の素晴らしさを特徴づけるものとしてみなしたことは偶然ではないのである。


フレディによれば、欧州のリベラルたちの最大の問題は、選挙民たちが自分たちのプロジェクトをあまり強く正当化できないものであると見なしていた点にあるという。


ソ連の脅威と戦後経済の復活は数十年間にわたって彼らをつなぎとめる役割を証明してきたと言えるが、1970年代の経済危機が強まってくると、EUの最も熱心な信奉者たちにさえ、このような状態は長期的に続けられないことが明らかになってきた。


ところがそれから40年以上たってから、このような鋭い洞察も、無血で手に入れたEUという国境を越えたアイデンティティをなげやりなPR によって広める程度のことしかできなかったのである。


2011年になると、ジャック・デロアのような大御所でさえ、ユダヤ・キリスト教的な伝統をかくしたこの壮大な欧州におけるプロジェクトがうまくいっていないことを認めざるを得なくなったのである。


ところが彼の警告に耳を傾けた人は少なかった。EUが世界に向かって「普遍性」を訴えるような形になるにつれて、最も熱心な擁護者たちは、欧州大陸内の有権者たちに対して「EUには欧州伝統の素晴らしさがある」と訴えるような力を失ってしまったのである。


今日に至っては、状況はさらに深刻になっている。フレディによれば、「(いわゆるポピュリストのような)国家主権の原則が公的に主張されるにいたって、EUに対して“王様は裸だ”というような状況がつくりだされてしまった」のである。


しかもこれは、必ずしも有権者たちが非リベラル的になったことを意味するわけではなく、むしろ彼らはそもそもエリートたちが望んでいたほど、もしくは想像していたほど、リベラルの理想と一体化してはいなかったということだ。


少なくとも中欧と東欧では、リベラリズムの知的な面からの訴えは、国民たちに響かなかったのである。


「リベラルの考えに盲目的に従うこと」が生活水準の向上や将来の経済的繁栄のために支払うべき代償である限り、ほとんどの人々はそれに積極的に従った。ところが「リベラリズムという宗教」への普遍的な熱望は、虚しく響くだけだったのだ。


いざその「未来」がやってきて、欧州統合がカラ約束であることが明らかになると、このような信仰心は捨てられてしまったのである。



❊❊❊❊❊



もちろんアメリカ側の事情はそれとはかなり異なるものだが、今日の政治状況を動かしている背後の力学は驚くほど似ている。


常識的なリベラルの世界観に対する多数の人々からの反発に直面したおかげで、パニックにおちいったアメリカのエリートたちは、おしなべて「破滅的かつ独裁的な未来が来る!」と予言している。


そして「政治の実行」という段階になると、リベラルたちは過去に成功したやり方を、また熱心に再利用しようとするのである。


私は熱心な反トランプのほとんどの人々の間にこのような感傷的な望みが朝もやのように漂っていることに気づいてしまったわけだが、この望みというのは「あらゆる偽情報が暴かれ、すべての文書が真実であると証明され、すべての確定申告書類が検査され、大統領の関係者全員が逮捕されたら嬉しい」というものであり、もしこれが実現すれば以前のような「まともな状態」が復活する、というものだ。


すでに確立された支援団体などを持つ既存の政党は、政党が「常識的な人々」として擦り寄る、賢明な中間層を代表する「無党派層」の支援を再びとりつけようとするだろう。


私の友人たちは、「それでもわれわれは重要な論点、たとえば中絶や税金、貿易、そして移民などの問題に関しては意見の違いを残したままだ」というだろう。この分裂状態はもちろん続くはずだ。なぜならトランプが去っても政治は終わるわけではなく、結局のところはアメリカは分裂したままの状態で残るからだ


ところがそれよりも大きな枠組みについての議論はもう起こらなくなっている。それは、われわれの「価値観」、つまりトランプ大統領個人や「トランプ主義」(Trumpism)によって侮辱されているその価値観が、そもそも議論されなくなったからだ。


これはたしかにその通りかもしれない。


ところが、第一期トランプ政権の最初の10ヶ月に入り、「トランプ主義」(とでも言うべきもの)は、共和党の中でその力を強めてきたのである。


メディアはコーカー上院議員とフレイク上院議員の最近のトランプ大統領に対する抗議を熱狂的に賞賛したが、当然のごとく、この賞賛は「次の選挙にどのような影響が出るのか」という本当の議論を避けたため、有権者にはほとんど意味のないものとして無視されている。


右派のトランプの支持者たちは、決して反トランプにはならず、むしろトム・コットン上院議員のように、明らかに共和党支持者たちの意向を忖度しながら、ほとんどの議題に関して彼らに積極的に歩み寄ろうとするのだ。


民主党によって、次の中間選挙における古いタイプの「中立派」の候補が出てきて、郷愁感(ノスタルジア)の正しさが証明される可能性はもちろんあるだろう。だがこれまでの時点で判明しているのは、左派からもそのような候補を求める気力が感じられないことだ。


ミレニアル世代の左派を狙ったVOXというサイトの創設者であるエズラ・クレインは、ミシガン州知事の候補として若いイスラム系の人物を注目する記事を書いており、「オバマ大統領のような経歴を持ち、サンダース議員のような政策案を持った政治姿勢であり、これは民主党が求めていたスタイルなのだ」と持ち上げている。


ところがこれは、私の視点からみれば、クラステフが「リベラル・コンセンサス」と呼び、これまで行われてきた「古い枠組み」の中の話でしかない。失われたのは自由貿易や移民についての肯定感であり、いわゆる「リベラルな国際秩序」に対する信念であった。


ナイルズ・ギルマンが数日前に本サイトに掲載された記事で述べたように、トランプ大統領が行ったのは、アメリカでこれまで政治的に可能(そして許される)とされていたものごとの範囲を大きく広げたということだ。彼はおそらくこのようなことを、単なる右派だけでなく、党派の左右に関係なく幅広く行ったのである。


過去にこのような「リベラル・コンセンサス」を信じていた人々にとっては、現代は迷いの多い時代であることは間違いない。ただし確実に言えるのは、民主制度は単に生き残っているだけでなく、実に有効に作用しているということだ。


自惚れて形骸化したイデオロギーに対する大衆的な不満は、欧州全土に広まっただけでなく、アメリカでも(大きな欠点を持つ)指導者を見い出したのである。


リベラリズムの未来は、メッセージを大きくはっきりと伝え、残すに値する哲学的な伝統のすべての要素を守るための方策を探し出すことができる、有能な政治家たちの双肩にかかっている。


ところがリベラル聖職者たちの金切り声による執拗な高説は、そのような事態をまったく改善できていないのである。


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この記事の要点をまとめますと、

1,冷戦に「勝利」したリベラリズムの価値観だが、議論をすることも許されない雰囲気が出てきた。
2,ところがこの価値観を受け付けない人間がいることに欧米のリベラルたちは気づかなかった。
3,その価値観の人気は下がったのだが、彼らはまだ古い幻想にしがみついて、かえって人気を降下させている。

ということになるでしょうか。

基本的に著者は、欧州とアメリカの政治的な現況をネタに分析しているわけですが、みなさんもお気づきのように、そのうちのいくつかは日本にも違和感なく当てはまる指摘となっております。

ただし私がさらにつけ加えたいのは、このようなリベラル側の誤った幻想をつくりあげている最大の原因について、この著者は触れていないという点です。

ではその「最大の原因」とは何かというと、私は「人間観」にあると思っておりまして、原著者の想定するリベラル派の人々に最も欠けているのは、「人間はアホである」という現実的な視点です。

どうも彼らは(どの方向性かはさておき)「人間というものは、教育したり、制度を変えたりすれば、完全性を発揮して、EUのような国民国家やナショナリズムを超越した行動をとるようになる」と信じきっている点でしょう。

もちろんこれはある程度の成功を収めたのかもしれませんが、いくら教育したり制度をいじっても変わらない「人間のサガ」とでもいうべきものを克服できると楽観視することは、無謀であり、むしろ危険でさえあります。

この人間の不完全な部分を軽視し、制度設計を誤った人たちが次々と自滅している状態が、この場合は先進国の政治制度の中に顕著に見られる、ということなのかもしれません。

もちろん人間に対して希望を持つことは、倫理的には必要なのでしょうが、性悪説とはいかないまでも、そもそも「あらゆる人間(の集団)は不完全である」という前提でものごとを考えることは、人間が人間でいる限り、未来永劫、必須のことでしょう。

人間は「神」ではありません。われわれはこの基本的な事実を忘れてはならないことを、この記事を読んで感じますね。



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(ホノルルのタコベル)
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by masa_the_man | 2018-01-08 22:23 | 日記 | Comments(0)