軍事力の代替性:その2 |
ここまで、国際政治が無政府状態であるがゆえに、武力は国家運営に不可欠であると論じてきた。そのこと自体、武力はある程度まで代替可能である。しかし、軍事力とは一体どの程度が柔軟に代替可能なツールなのだろうか。また、国家が行使する他の権力アセットと比較した場合にはその代替性はどうなのだろうか?
本節では、こうした疑問に答えていく。第一に、国家運営の主な手段の代替のしやすさについて、大まかな比較を行う。その次に、武力にはほとんど代替できないとする反論を提示し、それを批判していく。
<権力アセットの比較>
国政術のツールを、その代替性の度合いによって比較するのは困難だ。国家の権力アセットの比較可能性を体系的に分析した実証的研究はあまりない。数少ない研究は、慎重に行われたものであっても、一つか二つの手段にしか焦点をあてておらず、また、問題領域間のアセットの比較よりも、特定の問題領域内のアセットに焦点をあてたものである。
結果として、われわれは権力アセットをその代替性によって比較するための十分な証拠を持っていない。しかし、少し理屈をこねれば、大まかな試算は可能である。
国家がどのような権力アセットを保有しているかを考えてみよう。すなわち、人口(国民の規模、教育水準、技能)、地理(国家の規模、位置、天然資源)、統治(政治システムの有効性)、価値観(国家が遵守する規範)、イデオロギーの性質、外国人に対するアピールの度合い、富(生産経済の水準、資源、性質)、指導力(指導者の政治的技能、熟練した指導者の数)、軍事力(軍事力の性質、規模、構成)である。
これらのアセットのうち、富と政治スキルは最も汎用性が高い。地理と統治は最も汎用性が低いが、それは他のあらゆるアセットが活用される物理的・政治的文脈を設定する「前提」としての性格が強いからである。価値観と人口は、それぞれ価値観の内容と国民の教育と技能によって大きく変化する。そして軍事力は、一方では富と技術、他方では地理と統治の中間に位置するが、後者よりは前者に近い。これらをランク付けすると、富、政治スキル、そして軍事力の順番になる。
経済的な富は、最も高い代替性を持つアセットである。これは「マネー」に換えるのが最も簡単であり、そのマネーを使って、良いマスコミ、一流の国際交渉人、賢い弁護士、最先端技術、国際組織における交渉力など、さまざまなものを買うことができる。富は軍事力にも不可欠である。豊かな国家は貧しい国家よりも多くの軍事力を生み出すことができるからだ。大きくて豊かな国家は、その気になれば、特に大きな軍事力を生み出すことができる。富が権力を生む(逆もまた然り)という古い重商主義的見識は、今でも有効なのだ。
政治スキルは権力アセットとして二番目に代替性の高いものだ。定義によれば、熟練した政治家とは、説得と影響力のテクニックをマスターしているため、さまざまな政策分野でうまく活動できる人のことである。彼らは、自由貿易協定や戦争、対外援助を自国民に売り込むことに長けている。政治的に巧みな政治家は、異なる政策分野を軽々と渡り歩くことができる。実際のところ、「政治的に巧みなリーダー」とは、さまざまな政策分野で指導力を発揮できるリーダーだとわれわれは認識している。
このように、富とスキルは、ある政策分野から別の政策分野へと容易に移転可能な資源であり、おそらく最も流動性の高い二つの権力アセットである。
軍事力は第三のアセットである。軍事力は富や政治スキルほど流動的ではないが、だからといって流動性が低いわけではない。軍事力は、国家が平和であるときでさえも、政治にとって武力が不可欠であるため、汎用性がある。武力が国際政治に不可欠であるならば、それは代替させやすいものでなければならない。武力が広範な効果を持ちながら、その有用性が著しく制限されることはありえない。
ところが武力が及ぼす影響は、一様に強いこともあれば、一様に弱いこともある。いずれが当てはまるかは、軍事力がその領域内にある多くの領域、政策分野、異質な問題にどのような影響を与えるかによっても決まる。だが最低限、軍事力はその物理的な使用、その威嚇的な使用、あるいは単に存在するだけで、期待を構造化し、行為者の政治的計算に影響を与えるため、ある程度は代替させやすいものとなる。軍事力の引力は、その影響力が他の政策領域に浸透していることを意味する。浸透性は代替性を意味する。
軍事力の場合、その量が多ければ多いほど、代替性が高まる。そのため、合理的な範囲では、軍事力は少ないよりも多い方が望ましい1。軍事的に強力な国家は、軍事的に弱い国家よりも世界政治において大きな影響力を発揮できるからだ。軍事的に強い国家は、軍事的に弱い国家よりも他国の影響を受けにくい。軍事的に強力な国家は、軍事的に弱い国家よりも、他国の行動に影響を与えるために、他国に保護を提供したり、もしくは他国を本気で脅したりすることもできる。
最後に、軍事的に強力な国家は、軍事的に弱い国家よりも安全である。より大きな影響力を持ち、他国の意思に左右されにくく、保護を提供したり危害を脅したりする立場が強く、他国が不安定な世界で安全であることは、外交的に利用できる政治面での優位となり、それを持つ国家の意志、決意、交渉姿勢を強化することもできる。
このように、軍事力はその「万能性」という点においては富と政治スキルに次ぐ地位にあるが、少なくとも、軍事力を大量に生み出し、それを利用することを選択した大国にとっては、この二つに近い第三位のランクとなりうるのである。

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