今日の横浜北部は久しぶりにスッキリ晴れております。
とんでもなく久しぶりのブログ更新となりますが、お知らせです。
すでにTwitterなどではお知らせ済みですが、近年のオーストラリアの対中姿勢を劇的に変えたこ最も影響力のある本として有名なあの『サイレントインベージョン』の邦訳版となる『
目に見えぬ侵略』がいよいよ発売となりまして、おかげさまで発売即日から増刷決定しました。本当にありがとうございます。
思い起こせば訳の作業を開始し、現地に著者インタビューに行ったりしてから早くも苦節2年。
おかげさまでなんとか諦めずに作業を続け、ようやく完成させることができました。
これもひとえに応援してくださった皆様のおかげです。
NHKも
同じようなタイトルのドキュメンタリーを作ったほど、世界的に有名になったこの本ですが、私が翻訳した日本語版はなんと
ニ段組(いまどき売れるのか!?)の本文380ページ超えの大著!
ところが飛鳥新社さんのご厚意で、なんと本体価格の1,900円+消費税という大変良心的な価格設定となっております。
編集者の方にお聞きしましたら、どうやら電子版も数日後に発売される予定とのこと。
分厚い本(といっても軽いですが)を持ち運びたくないという方は、この際にぜひ電子書籍版もお試しになってください。
さて、訳者としての立場から、この本のいくつかのポイントにしぼって、簡単な解説を書いておきたいと思います。
まずこの『目に見えぬ侵略』の原著であるSilent Invasion: China's Influence in Australiaですが、2018年に本国オーストラリアで発売されてから大ベストセラーとなりまして、これによってオーストラリア政治の対中政策の姿勢に変化を与えたという他に、著者のハミルトン教授自身も世界中で講演を頼まれるようになり、アメリカでは連邦議会の委員会で証言などをしております。
そのときの様子がこちら。上院のルビオ委員会で呼ばれたようですね。
著者のハミルトン教授ですが、いつの間にか
Wikiのページが充実しておりますので、詳細はそちらにゆずるとして、私が言いたいのは、彼自身がかなりリベラルな思想を持つ学者であり、この本を書くまで関心を持っていたテーマは、気候変動と人間の経済活動に関するものであったということです。
ちなみに2年ほど前に彼のオフィスでお話をうかがった時は、教授自身は
「気候変動を書いている時は何度も脅迫メールを受け取ったことあったけど、今回は出版してから一通も受けとってないねぇ。まあ逆にそれがこわいから、通勤する時とか外に出るときは気をつけているけど」
と興味深いことを述べておりました。
では実際に本書の内容に関して、その特徴をいくつか挙げておきます。
第一に、実によく調べてある、という点です。
すでにお読みになった方はおわかりだと思いますが、とにかくハミルトン教授はしっかりと参考文献などを詳細に挙げており、かなり深いところまで北京の豪州への影響工作を次々と明らかにしていきます。
基本的には新聞記事のような公開資料や、自身が行ったインタビューなどを使って議論をしているのですが、参考文献に入っている元記事を読めばわかるように、オーストラリアのジャーナリストたちによる中国の影響工作に関する実態調査は、日本のそれと比べてかなりレベルが高い(例外は
これ)ということです。
このことについて二年前にインタビューした時に聞いたのは、
「うーん、それでも本気で中国関連の調査ができているジャーナリストは、うちの国では3人くらいかな」
と言っておりまして、あまりに中国ネタをやっていると(訴訟を起こされるという意味で)「危険なネタを扱っている面倒な奴」ということになり、新聞社でも誰もがやりたがるテーマではないということ。
このような調査報道の記事を元にして構成された、本書のハイライトとして一番の読みどころは、第4章の「黒いカネ」に出てくる黄向墨(ホワン・シャンモ)という人物の豪政界へのカネのばらまき方や、第5章の「北京ボブ」の情けないほどの中国への献身的な姿勢の部分だと思います。
もちろんこのような話だけでなく、大学での学生団体を使った影響工作の実態や、現地の中国系メディアを使った話など、
「こんなことがあったのか!」
というほど、この当時のオーストラリアは北京から軽視されていた、つまりナメられていた実態がよく描かれております。
実は訳していた当時の私は、ここまで影響工作を許していたオーストラリアが情けなく、むしろ軽蔑さえしていたほどでした。
おそらくこれからじっくりお読みになるみなさんも、同じような感覚をお感じになると思います。
とにかくオーストラリアを現在の反北京政策へとつき動かした本と言われるだけあって、その情報量の多さや切れ味鋭い語り口は見事と言えます。
第二に、この本は生粋の「リベラル派」によって書かれた本であるということです。
上で紹介した経歴にあるように、ハミルトン教授自身は気候変動の問題や、さらには「緑の党」からの出馬経験があるなど、かなり活発にリベラル派寄りの政策をオーストラリアで実現しようと活動されてきた方であります。
ところが本書のまえがきにもあるように、本人曰く「実に軽い気持ちから」2008年の北京五輪の聖火リレーが首都キャンベラで行われた際に、チベット独立を求める人権派団体と一緒にデモに参加していたら、突然大量の五星紅旗を掲げた中国人留学生たちの群れに囲まれて暴力を振るわれたことをきっかけに、北京に対する疑念を持ったということ。
そこからオーストラリア国内でサム・ダスティヤリという労働党の若き財務担当者が前述したホワン・シャンモなどに多額の献金をもらっており、しかも党の見解とは違って南シナ海における北京寄りの発言を繰り返したことから「チャイナコネクション」が発覚したスキャンダルがあったわけですが、これを期に
「あれほど人権侵害がひどい北京が、なぜここまでリベラルでオープンなオーストラリアの政治に介入できているんだ?」
と問題意識が出てきたのが執筆の動機になったということです。
つまり彼の動機としては、その根本に「人権が大事、自由が大事、民主主義が大事」という、本来のリベラル的な思想がありまして、それを無視して影響工作を行ってくる北京は許せないのは当然のこと。
しかしそれ以上に、その北京に同調する「呼応勢力」(第五列)となった、オーストラリア側の理念を失った政財界の人間たちが情けない、という思いがあるわけです。
日本の場合は人権派・民主派、リベラル派と呼ばれる人々がなぜか北京に甘いという実情があるわけですが、ハミルトン教授の場合はその逆で、
「リベラルだからこそ北京に厳しく批判的な本を書くべきだ」
となったわけです。
最後に、オーストラリアの外交官が実際に体験した興味深いエピソードを本の中から紹介します。
少し長くなりますが、本書の219ページの部分を引用です。
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トニー・アボットは、2014年に首相として中国を初訪問した際に、首相補佐官のペタ・クレドリンを連れていった。
彼ら一行は中国で「最も盗聴されている」と評判の、世界の高官たちが集まる
ボアオ・フォーラム に参加した。
オーストラリアの政府高官やジャーナリストたちは、中国入りする前に、豪政府の防諜機関である「オーストラリア保安情報機構」(ASIO:エイジオ)からセキュリティーに関するブリーフィングを受けている。
そこで提案されたのは、いつもとは別の携帯電話を持っていくことや、ホテルの部屋に備え付けの充電器で携帯電話の充電をしないこと、土産の中に入っているUSBメモリーは捨てること、セイフティーボックスの中も含めて部屋にラップトップのコンピューターを置いていかないこと、などだ。
補佐官のクレドリンは、最初に自分の部屋に入ったときに、まず中を注意深く見てみた。彼女は試しに、まず時計ラジオとテレビの電源プラグを抜いた。
するとその後すぐに「ルームサービスです」といってドアがノックされ、ホテルの従業員が部屋に入ってきて時計ラジオとテレビの電源プラグを入れ直してから出ていった。
クレドリンがまたそれを抜くと、再びルームサービスがやってきてドアをノックした。再び電源を入れ直して出ていったので、彼女はその代わりに時計ラジオを外の廊下にある電源プラグにつないだ。それからテレビセットはタオルで覆った。
ところがフォーラムでは、首相が後にメディアに対して、オーストラリアは中国の「本物の友人だ」と答えている。
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仕掛け部屋、なんですね(笑
ということで、オーストラリアへの北京の間接侵略の実態を暴いた、人によっては胃の痛くなる内容かもしれませんが、知的刺激は満載です。
日本でも政治家をはじめとする多くの方々に、広くお読みいただきたい本です。
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▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜