今日の横浜北部はほぼ夏日でした。
さて、昨日のエントリーに関連する話を。
金正恩は独裁者であるために、おそらく「恐怖」を感じているはずだということを、クセノフォンの「ヒエロン」という小作品を引き合いに出して説明しました。
それを受けて今日触れてみたいのは、戦略の作成・実行段階に最も大きな問題となってくる、
「相手のことがわからない」
という明白な事実。
たとえば戦争が始まってしまえば、いや、始まる前の平和の時点でも、
「相手が本当に何を考えているのか」
を正確に読み取ることは難しいことは、国際政治を学ばなくても、たとえば恋愛経験、いや対人関係で悩んだことのある方でしたら、少なくとも一度は経験されたことがあるかと思います。
しかも相手が個人の場合でさえ、彼・彼女が考えていることを正確に当てるのは難しいのです。ましてや相手が巨大な国家であった場合はどうでしょう?
『
大国政治の悲劇』を書いたシカゴ大学教授の
ジョン・ミアシャイマーは、自身の「大国は拡大する」ということを論証するための論拠として、国際政治を構造的に分析する際のいくつかの「前提」を考えているのですが、そのうちの一つが、
「大国は、相手の大国が何を意図しようとしているのかを完全に知ることはできない」
というものです。
さらに
クラウゼヴィッツが「摩擦」や「戦場(戦争)の霧」という概念を使って、戦いの最中の盲目的な状況のことを説明したことは有名ですが、これを大きく見れば、平時の国際政治の状況においてもある程度当てはまることなのかもしれません。
つまり何を言いたいかというと、人間が絶対に知ることができない未来に対して戦略的に何かものごとを実行しようとする場合には、必ず推論や予測、それに本当に正しいのかわからない理論などを使って、手探りでなんとかやっていくしかないのです。
これについて非常に興味深い話が、みなさんがあまり読まれたことのないコリン・グレイの『
現代の戦略』の中に出てきます。
この本の白眉となる第十一章の中で、著者のグレイは、冷戦時代にソ連の参謀本部の高官であったダニレヴィッチ元上級大将が冷戦後に西側の人間に語った、冷戦期の当時のソ連側の政府高官たちの率直な「戦略観」を引用しております。
この引用で明らかになったのが、当時のソ連高官たちは西側の戦略家たちとは違うロジックで物事を考えていた、ということです。
いや、正確にいえば、
「核戦争を起こしてはいけない」
という慎重な考えを持っていた点では、西側と共通しておりました。
ところが西側で議論されていた「戦略バランス」や「軍事バランス」のようなものはアメリカとの間には存在しない、と考えていたというのです。
この一連の引用で興味深いのは、この本を書いている著者のグレイ自身が、その彼らと正反対の立場である「核戦略家」として、アメリカ側の内情に通じていたという点でしょう。
そしてグレイ自身が告白しているように、ソ連側が「軍事バランスなど信じていない」ということを、当時の不透明な情勢ではアメリカ側も知ることができなかった、ということです。
つまり戦略をはじめとするこの世のあらゆるものごとの実行を担当する人は、あとになって資料が出てきて事情が判明するまで、確実にものごとを把握した上で実行することは不可能だということです。
長くなりましたので、この話の続きはまた明日。