今日の横浜北部は実に春らしい陽気です。
さて、今日も昨日の話の続きを。
ルトワックの戦略論における「同盟」の重要性について話をするつもりが、パラドキシカル・ロジックの話まで回り道していてなかなか肝心のところまで到達できませんが、今日こそは最後まで行きたいと思います。
昨日は「パラドキシカル・ロジック」を発生させているのが「相手の反応」にあり、これをつぶすため、つまり相手に反応させないためにこちらが狙うべきなのが「サプライズを与えること」であると説明しました。
ルトワックによれば、このサプライズの効果というのは、
戦略の階層の各レベルにおいて作用することになります。
つまり彼の考える「階層」には、
大戦略
↓
戦域戦略
↓
作戦
↓
戦術
↓
技術
という5つのレベルがあり、当然ながら相手も同じ階層をそれぞれ持っているために、こちらとしては各階層で相手に対してサプライズを仕掛ければ勝てる、ということになります。
ところが「
戦略の階層」の概念をご存知の方はおわかりになると思いますが、たとえば技術のレベルで相手にサプライズを仕掛けて成功し、相手の反応をつぶして勝利できたとしても、戦術レベル、つまりある階層の
すぐ上の階層で相手に負けてしまっていれば、下のレベルのサプライズでせっかく得ることができたアドバンテージが全く活かせず無効になってしまうのです。
この「上の階層の強さが、下の階層の強さに優る」というメカニズムは、ルトワックの考えの中ではすべての階層に当てはまります。
そしてここで最も重要なのは、大戦略のすぐ下の階層である「戦域戦略」のレベルまで、すべてこちら側が相手に優っていたとしても、大戦略のレベルで相手に負けていたら、それらの強みはすべてキャンセルされてしまう、というのがルトワックの考えなのです。
「なんだか話がややこしくなってきたぞ」
とお感じになる方もいらっしゃると思いますが、実例から考えると、意外に難しくありません。
たとえばルトワックは、大戦略について初めて集中的に書いた『
ローマ帝国の大戦略』では「同盟」について「ローマ帝国」と「従属国」の関係性という、どちらかといえば帝国主義的な要素の強い文脈において考えておりました。
ところがもっと純粋な「
同盟国」という観点では、次の大戦略本となる『
ソ連の大戦略』(1979年刊)の本の中で、より詳しく説明しておりまして、この本の中で、ルトワックは
ソ連の大戦略における欠点を繰り返し指摘しております。
その欠点とは、当時のソ連には、大戦略レベルでの力、つまり外交力がなく、ろくな同盟国もいない状態であったという点なのです。
これについてルトワックは、
「ソ連の軍事力は強いが、非軍事の分野の力が弱い。だからそれを補おうとして、軍事力を前面に打ち出すことしかできない」
という分析を論拠としております。
この考え方は、現在でも好評発売中の拙訳『
中国4.0』(おかげさまで9刷です)でも一貫しておりまして、彼は本の中で
「シーパワー vs 海洋パワー」
という概念を使いながら、
「中国はたしかに近年目覚ましい勢いで「海軍力」(ネイヴァル・パワー/シーパワー)を上昇させているが、それを活かしてくれるよう補給用の港湾施設を持つ同盟国のネットワーク(海洋パワー)をほとんど持っていないため、いざ紛争が起こった時には弱点になる」
と分析しております。
ちなみに、先ごろ来日した
トシ・ヨシハラというアメリカの中国海洋戦略の専門家の講演に行ったときも、私が中国の同盟国不足の状態について質問すると、
「たしかに中国海軍(PLAN)にとっての構造面での最大の脆弱性は、ろくな同盟国を持っていないことだ」
と答えていたのが印象的でした。ルトワックと同じ点を指摘していたのです。
ルトワックはすでに、この「
良い同盟国を持たないことの不都合」について、ローマ帝国やソ連の大戦略を書くはるか以前から気づいていたようであり、この「同盟」という関係性を、彼の「
戦略の階層」における最上階である「大戦略」のレベルに位置づけ、
このレベルで負けていれば、いくら下のレベルで相手に勝っていても戦争には絶対に勝てない、と言い切っております。
なぜなら彼の中では、軍事力に影響をおよぼす、外交、同盟、国家のリソースなど、「軍事力」とは言えないながらも、それにつながる国家にとっての「非軍事力」は、その最上階である「大戦略」のレベルにあるからです。
結論からいえば、あまりそのようには見えないのですが、実はルトワックの考えの中では明らかに
外交力>軍事力
という考えがあります。
そしてそれを論証するために講演などで使うのが、19世紀末から現在まで軍事力ではなく外交力で勝ってきたのがイギリスや、日露戦争の時の日本という実例です。
その逆に、それを持っていなかったために弱さを抱えていたのが、上述したソ連であり、ベトナム戦争の時のアメリカであり、第二次世界大戦時の日本だ、ということになるわけですね。
長くなりましたが、この続きはまた明日。
(突然のチャタムハウス)