戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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ギャディスの『大戦略論』

今日の横浜北部は快晴で暖かかったのですが、風が強かったですね。

さて、久しぶりに書評的なものを。

私が週刊ダイヤモンドで「私の“イチオシ収穫本”」という短い書評コーナーを隔月で担当していることをご存知の方もいらっしゃると思います。

この次の書評のために、私は先週、十数年ぶりにかかったインフルでダウンしていたときに、以下の本を部屋にこもって読んでおりました。

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著者はジョン・ルイス・ギャディスという、英語圏で国際政治を学問として学んだことのある人だったら「冷戦史の世界的権威」として誰でも知っている超有名な学者なのですが、この人がイエール大学や米海軍大学で長年受け持っている「大戦略」の講座を書籍化したものが本書です。

詳しい本の中身の紹介は、すでにネットに書かれている書評や、数週間後に週刊ダイヤモンドに掲載されるであろう私の短評コラムを参考にしていただければよいのですが、私がそれでもなぜこの本をわざわざ紹介しようと思ったのかといえば、それはこの本が実に戦略の「理論書」として優れものだったからです。

結論だけ先に言いますと、この本は「自分がリーダーだったら戦略をどう考えるべきか」を、西洋のリベラル・アーツの伝統としてよく読まれる文献を参考にしながら、「あーでもない、こーでもない」と寄り道しつつ歴史的な例とともに説いていく、というものです。

もちろんギャディスは自分の専門である冷戦史の知識をふんだんに使って説いていくとおもいきや、実際に使われるのは古代ギリシャのペロポネソス戦争からルーズヴェルトまでの、実に古典的な事例ばかり。

ただし私が本書で一番心に刺さったのは、このような歴史の事例の鮮やかな使い方による「物語的」な文章の流れではなく、ギャディスが歴史家であるにもかかわらず、その戦略の理論的な面での把握が、私が翻訳してきた戦略の理論家たちのものと非常に似通っていた点でした。

そのエッセンスだけいえば、ギャディスが本書で言っている(と私が考える)のは、

「戦略を考える場合に重要なのは、相反する矛盾的な現象をバランスよく多元的にとらえること」

なのですが、これに必要なのがリベラルアーツを学ぶことによって得られる「常識」(コモンセンス)だというのです。

「なんだか当たり前の結論だ」

という言うのがほとんどの人々の感想かもしれませんが、私はこのギャディスの結論にしびれました。その理由は、以下の戦略家たちのアイディアを見てもらえばおわかりいただけるかと。

まず私が最初に「戦略家」としてその著作を翻訳したのは元米海軍士官であったJCワイリーの主著『戦略論の原点』ですが、この本の短い第3章の中で戦略の実行のされ方には「順次戦略」と「累積戦略」という大きくわけて二つのアプローチが存在し、この二つの相矛盾するアプローチのバランスをとることが勝利には欠かせない、と提案しているのです。

次に私が直接教えを受けたコリン・グレイですが、この戦略家はクラウゼヴィッツの『戦争論』で説かれている戦争・戦略において発生する「摩擦」を思考の大前提に置きつつ、そこに含まれる多元的な相反する要素によるジレンマで生じる「戦略の難しさ」というものを、主著の『現代の戦略』や『戦略の格言』などで全面的にアピールしております。

同年代のエドワード・ルトワックも、主著である『戦略論』の中で展開して世界的に有名になった「パラドキシカル・ロジック」という概念を使って、戦争で発生する彼我の敵対関係によるダイナミズムを説明し、これを克服するためには平時の思考を捨ててしまえ!と説くわけです。

そしてなんと言っても『真説 孫子』では、「孫子兵法」の中に出てくる「正・奇」「虚・実」「強・弱」のような相矛盾する概念に注目し、孫子(と老子)が戦争や戦略のダイナミズムを陰陽論として捉えていることを、タオイズムだけでなく、ジョン・ボイドやバジル・リデルハートの考えを手がかりに分析しているのです。

興味深いのは、秀逸な解説を書いている経営戦略の理論家として名高い野中郁次郎氏の言葉でして、ちょっと長くなりますが、ネットに上がっている解説の言葉をそのまま引用すると、


「本書で展開されている以上のような考え方は、実は私が近年考え続けている「二項動態論」と非常に近い。それは、次のような考え方である。対立して分断していると見える二項は実は一体であり、二項はその一体の両面(デュアリティ)であって、それらの間には幅のある中間部があり、二項を白と黒の両極とすれば、その中間部は濃淡のある灰色のグラデーションである。さらに、その二項は中間部で相互作用しており、その相互作用の強さも場所も環境の変化に合わせてダイナミック(動態的)に変化しバランスを取りながら動いている。つまり、社会に数多く存在している矛盾やパラドックスと呼ばれる「二項対立」は、実は分断して動きがない(取れない)現象ではなくて、絶えず変化し続けているのであって、実践的には大きく環境が変化するまで「動的均衡」をいかに維持していくか、新しい環境に合わせていかに二項をより高い次元で折り合わせて統合するか、という問題なのである」

ということを述べておりまして、まさにこれは孫子の「陰陽論」やルトワックの「パラドキシカル・ロジック」などと共通する認識です。

『大戦略論』を読むかぎり、ギャディスは孫子とクラウゼヴィッツを除いては、「戦略の理論書」そのものを読み込んできたようには思えませんが、古典的な文献や歴史書を長年読んで教えているうちに、どうやらギャディス自身はこのような「相矛盾する要素をダイナミックにとらえる見方」というのを「常識」として会得したように思えてなりません。

これは同じく(戦争の)歴史家であるローレンス・フリードマンが、日本での近刊である『戦略の世界史』において、どちらかといえばカタログ的に様々な戦略のアイディアを歴史的な例から掘り起こしていたのに終始していたのに比べると、より実践的な「考え方」をイメージし、それを教育しようとしていた点において、ギャディスに軍配が上がるのを認めないわけにはいきません。

もちろんギャディスはかなり周りくどい言い方やエピソードを使ってこのような戦略のエッセンスを教えようとしているので、戦略書や西洋のリベラル・アーツ文献に馴染みのない初学者にはとっつきにくい印象を与えるかもしれません。

ところがその「常識」として到達しているレベルはかなりのものであり、たとえばトルストイの『戦争と平和』のズームインとズームアウトを多用する描写や、小説家フィッツジェラルドの矛盾を良しとする言説を使って説明するなど、知的レベルの高いアプローチで戦略論のエッセンスを伝えようとしている点はさすがです。

学者が本業ではない講義録などで名著を生んだ例としては、いま思いつくのはEHカーの『歴史とは何か』ですが、その戦略理論版が今回ご紹介したギャディスの本と言っても差し支えないほど、とても参考になる良い本でした。
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(横浜駅西口の風景)

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by masa_the_man | 2019-02-04 21:50 | おススメの本 | Comments(0)