今朝の横浜北部は雲が多めですがなんとか晴れそうです。
もちろんその理由の一つは、私が取材に行った
ハミルトン教授の本をベースにしており、そこからさらに踏み込んで、教授自身のインタビューだけでなく、本には出てこなかったタスマニアの現地取材を長期にわたって行っていたことなどでしょう。やはり資金力のあるところは違いますね。
ただし私が今回の番組を見てあらため感じたのは、国際政治だけでなく、あらゆる人間社会の中で重要なのは、やはり「価値観」(value)の部分にあるということでした。
たとえばこのNHKの番組ではあまり深掘りして語られませんでしたが、ネタ元となった
Silent Invasionが問題提起し、その後にオーストラリアで中国系の新移民たちに対する警戒感が広まっているのは、彼らが持ち込む価値観、その背後の北京が推し進めている、自由主義陣営とは異なる思想や生き方、倫理観などの違いがベースにある、という点でしょうか。
これを「文化」と言ってもいいですし、英語圏では"way of life"などとも言われますが、これは要するに「
戦略の階層」で言うところの、一番上の「世界観」の話です。
もちろんNHKの番組の場合は、単純に「違う肌の色をした人間がわれわれをコントロールしている」という人種差別的な要素もないとは言い切れないでしょうが、それ以上に重要だと思うのは、やはり新移民たちが持ち込む「自分たちとは違う(政治的)価値観」という要素が生み出している軋轢です。
本稿をお読みの方は、私が以前から戦略文化の話をしていることをご存知かもしれませんが、このような価値観に関する話は、戦略学の世界でも一つの大きなテーマになっておりまして、私はとりわけ戦争に使われるテクノロジーの面で、興味深い事例が取り上げて議論されている点が気になっております。
われわれは一般的に「テクノロジー」というと、それは世界共通のもので、国や文化を越えて誰でも共通に使えるものという一般的なイメージをぼんやりと感じておりますが、このテクノロジーの使われ方というものには、如実にそれを使う人や国の文化や世界観、つまり価値観の違いというものがあらわれてきます。
その中で私が興味深いと感じている一例が、精密誘導技術に関することです。
ご存知の通り、初期の精密誘導兵器というのは第二次大戦の頃からありますが、本格的に運用されはじめたのはアメリカのベトナム戦争の頃からで、後にGPSの登場によって湾岸戦争では精度が飛躍的に上がったわけですが、この開発が積極的に進められた要因の一つには「人道的な配慮」というものがありました。
この「人道的」とは、敵を無差別に破壊する際に発生する、いわゆる「副次的な被害」(コラテラル・ダメージ)を最小限に抑えたい、そして精密誘導兵器でこの被害を抑えられれば、ミサイルによる爆撃も単なる殺戮ではなく、「悪いやつだけ」を取り除くという、いわば外科手術的なものにできるという思惑が、米軍や米政府側にあったわけです。
いいかえれば、このような精密誘導兵器の開発というのは、アメリカという国家の(リベラルな?)価値観、つまり「世界観」が反映されたものとも言えるわけです。
ところが同じ精密誘導兵器というテクノロジーでも、使用者が変われば、その使用者の「世界観」が劇的に反映されることがあります。
その典型的な例がシリアに介入しているロシアでして、彼らはアメリカと同じような精密誘導兵器を使って、なんと
病院を空爆しているのです。
ようするにアメリカが「人道的」な目的で精密誘導兵器を使って被害を最小限に抑えようとしているのに対して、ロシアは「非人道的」な大量殺戮を狙って、同じテクノロジーを活用しているわけです。
「テクノロジー」は、私が提唱する「戦略の階層」では最下層に位置づけられておりますが、その他の階層と同じように、最上階にある「世界観」の影響を受けております。
そしてこの「世界観」ですが、外側からは見えにくい「ソフトウェア」的なものですから、そのインパクトは本当に実感されるまで見過ごされることが多いように思われます。
まとめますが、今回のNHKのドキュメンタリーで扱われていたトピックの背後には、この「世界観」を含む、オーストラリアと中国の「価値観」の違いというものが背景にあるのは間違いないのですが、そこまで踏み込むのを求めるのは、たった一時間弱のドキュメンタリーにはやはり無理なのでしょうか?
現在のファーウェイのCFOの逮捕の案件などもそうですが、われわれは表面的な「技術競争」ではなく、もっとその背後にある「価値観の対立」にまで敏感にならないといけないとあらためて感じます。

(ハドソン研究所)