今朝の横浜北部は曇っていて寒いです。今週末は天気が崩れるらしいですが。
さて、久しぶりに本の紹介です。
おかげさまで好評のルトワックの新刊『
日本4.0』ですが、この本の後半の第8章で「地経学」(geoeconomics)という概念が出てきたことは、お読みになった方は気づかれたかもしれません。
それを受けて、今回紹介する本は

ロバート・ブラックウィル&ジェニファー・ハリス著
というものでして、この「地経学」という概念を最も進化・発展させたたものであります。タイトルは完全にクラウゼヴィッツを意識したものですね。
著者は『フォーリン・アフェアーズ』を発行していることで有名な老舗シンクタンクである外交評議会の2人の研究員でありまして、ブラックウィルはインド大使まで務めた米国のベテラン外交官、そしてもう一方のハリスも国務省で勤務経験の豊富な実務者で、ヒラリー長官時代に経済政策を担当していた人物です。
本書はいまから2年前の2016年に発表されたものでして、本文257ページで全10章もあるかなり分厚い本なのですが、その内容はかなり一貫しておりまして、アメリカは大国が伝統的に使ってきた「地経学」的な手法、つまり「対外政策の目標を経済的手段を通じて実現するアプローチ」を近年忘れていて、その合間に主に中国とロシアが積極的にアメリカやその同盟国たちに対して使ってきているぞ、と警告するものです。
そして最終的に主張されているのは、
「アメリカよ、地経学の世界が復活したのだから、意識して経済的なツールを使え」
というあからさまな政策提言です。
とりわけわれわれとして注目なのは、本書で中国が使っている「地経学」のアプローチの様子について、なんと2章分を使って分析しているところでありまして、日本を含む近隣諸国(とりわけASEAN諸国)に対して、北京がいかに経済手段を通じて相手国の行動を変えようと(そして変えられなかった)している様子が細かく分析されている点です。
最も印象的だったのは第9章ではまとめられている「4つの教訓」と「19の提案」というものでして、たとえば前者としては
1、国内経済を強くすることが大事
2,対外政策も経済的なツールに注目しないとマズい
3,他国が経済ツール使ってきた場合の米国の対抗策が弱い
4,官民の区別のない政策使ってくる他国に対して我々も官民連携しないとマズい
ということが書かれております。まず自国の経済が強くなければ対外政策においてもパワーを発揮できないわけですから、1は当然ですね。
このような分析や提言は「アメリカによって書かれたものである」ということを忘れなければ非常に参考になるものなんですが、それを踏まえた上でこれを読む際に、いくつかの注意点があります。
たとえば本書では「近年アメリカは地経学的なアプローチを忘れている」としていながら、なぜかキューバやイラン、さらには北朝鮮などに対して経済制裁を継続的に行っていることにあまり言及しておりません。
つまりやや拡大解釈すれば、「近年のアメリカは地経学アプローチを忘れていたイノセントな存在だった」という傲慢な前提が透けて見えてくる部分があるわけです。
さらに、当然といえば当然なのでしょうが、その注目点の違い(経済vs政治)から、「
サイレント・インベージョン」で展開されたような
政治面での浸透については言及が不十分なところがやや残念であると個人的には感じました。
日本での出版は厳しいと思いますが、とにかく今後の「米中冷戦」という枠組みから考えると、本書はその転換期(2016年)にアメリカで影響力の大きいCFRから発表されたという意味で、かなりの重要性を持って振り返られる本となるはずです。
英文を読むのが苦手ではないという方はぜひ。

(海軍兵学校の校長からのメッセージ)