中国の軍事面での台頭を見逃すな |
今日の横浜北部は朝から雨の、実に梅雨らしい一日であります。
さて、昨日の放送でも触れたハル・ブランズの長文記事の要約です。
アメリカ側の対中戦略観としては、これは一つの有力な見方の一つといっても良いでしょう。
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BY ハル・ブランズ 18-6/12
最近発表したコラムの中で、私は長年アメリカの対中政策を支えてきた土台となる「前提」――つまり二国間の経済的な統合は純粋に良いものだ、という考え――が、ここ最近の出来事によっていかに役立たないものになってきているのかについて書いた。
ところが、中国の台頭が古い考えに再考を迫っているのは、この分野だけではない。私は米中関係とアメリカの国益について巨大な示唆を持つ、もう一つ別の分野の問題について掘り下げてみたい。それは、さらにグローバル志向をもった、中国の軍事面での台頭だ。
長年にわたり、ほとんどの専門家たちは、アメリカに対する中国の軍事面での挑戦は本質的に地域的なものであり、それは西太平洋海域に限られると考えていた。
ところが数十年間にわたって暗黙のうちにアメリカのグローバルな戦力投射能力の「フリーライダー」(タダ乗り)となっていた後に、北京政府は自らの戦力を域外に投射することができるような能力の獲得に動いている。
もちろん中国が軍事力を増強しているという事実は目新しいニュースではない。たとえば1995年から96年にかけて起こった台湾危機では、アメリカが二つの空母打撃群を台湾海域に送り込んだわけだが、これによって中国の指導層は「アメリカはその軍事的優位のおかげで、たとえ中国の裏庭であっても自由に介入できる能力を持っている」ということを実感することになったのだ。
それ以降、北京は最新の戦闘機や対艦弾道ミサイル、そしてステルス的なディーゼル電気型の攻撃潜水艦のように、東アジアや東南アジアの近隣諸国に対して優位になるだけでなく、アメリカが彼らを守るために介入してくるのを防ぐための能力を開発しつづけている。
いわゆる「A2AD」として知られているこれらの能力を開発しようとする彼らの努力は実を結び、アメリカはいざ中国と紛争が勃発した際に、台湾やそれ以外のパートナーや同盟国たちを守ることが難しくなりつつある。
ところが北京は、アメリカの西太平洋の支配状態に挑戦しても、同時にアメリカのグローバルな軍事的優位の最大の受益者の一人であることは変わりない。
アメリカの戦力投射能力は「グローバル公共財」の安定性と自由を支えてきたのであり、エネルギーの供給やそれ以外の主要コモディティーの自由な取引を保証してきたのだ。
つまりアメリカの軍事力は、中国がリッチで強力になることができた比較的平穏な世界情勢を促進してきたのである。
これは米中関係に存在する多くのパラドックスの一つの例である。ワシントンは長期的に最大の戦略的ライバルの経済面での台頭を、そのライバルを富ませたグローバルな交易の流れを守ることによって保証してきたのである。
その一方で、中国はアジア太平洋地域においてアメリカに対する挑戦を厳しくしている合間にも、アメリカのグローバルな安定に「タダ乗り」してきたのだ。
この状況は永遠に続くことはない。なぜなら台頭する中国がこのような状態にいつまでも我慢できるはずがないからだ。結局のところ、もしアメリカが「グローバル公共財」を安全に保つことができれば、自らの意志でそれらを支配し、決心さえすればそれらへのアクセスを制限することだってできるのだ。
よって、米中関係がギスギスしてくるにしたがって、中国は経済成長のためには米海軍の寛容さを必要とするような状況を許しがたいものと考えるようになってきた。中国の戦略家たちは「マラッカ・ジレンマ」、つまり「アメリカは商船をいくつかの海洋チョークポイントにおいて遮断することによって中国の原油やその他のコモディティーを制約できるようになる」という可能性について、切実に気付かされることになったのだ。
アメリカの戦略家たちも当然ながらこの可能性をよくわかっており、いざ戦争となった時の中国の倒し方についての議論の中で、遠洋での海上封鎖の提案は北京の重要な天然資源の兵糧攻めを意味することが明確に論じられている。
どの大国も、ライバルである大国が自国の経済の生殺与奪権を持っているような状況についてはイラつくものであり、中国もこの例外ではない。
それと同時に、中国の軍事力の増大は、北京に対してこの脆弱性を是正し始めるための、さらなる能力を与えつつある。
1990年代半ばの人民解放軍は、中国の国境外に戦力投射を行うにはまだ無理のある、時代遅れの戦力しか持っていなかった。世界の国防費の総額でも、中国のそれはたった2%ほどであった。
ところが現在では、これまでの十数年間の急速な経済成長と安定した国防費の増大により、中国は世界第二位の国防費を持つようになり、人民解放軍はより野望的な任務を可能とする、先進化した近代兵力を持つようになったのだ。
結果として、中国の軍関係者たちは西太平洋の外側を見るようになり、さらにその向こう側にどのように戦力投射をすべきかを考慮しはじめた。
海軍戦略家たちはインド洋やアフリカの角、そして中国の海洋生命線として致命的な水路として重要なペルシャ湾のような海域において、いかに中国の軍事的影響力を発揮するのかを考えている。
中国とアジア・欧州に広がる国々を莫大な貿易とインフラで結ぶ「一帯一路構想」は、それと同じような目的を持っている。
中国の戦力態勢はいまだに自国の海洋・領土の周辺域(さらには国内治安の安定)に集中しているにもかかわらず、北京は軍事的にグローバルな規模の展開へと移りつつある。
人民解放軍は海賊対処や危機における撤退、さらには中国沿岸から何千マイルも離れた海域での海軍演習を実行するようになった。そして北極海やバルト海のように、さらに遠くの海域にも突き進んでいる。人民解放軍海軍は、空母をはじめとする、ある種のグローバルな戦力投射能力を開発しているのだ。
また、中国はそのような作戦を継続するために必要な後方施設を確保しようと動いている。北京は戦略的な位置にあるジブチに最初の海外軍事基地を開設したし、インド洋沿岸にも次々と計画を実行にうつしており、バヌアツやスリランカを始めとする国々に対して、経済力や強制的な外交を使いながら港湾やその他の施設を獲得しようと動いていると報じられている。
さらに、中国の軍隊はアフリカで軍事演習を行っており、これは海外における中国人を守るための努力の一環である。
このようなグローバルな態度は中国のポップカルチャーにも見てとることができる。最近中国で大ヒットしたある映画では、架空のアフリカの国で起こった内戦の混乱状態の中から中国の艦船が海外の中国人を救うという内容のものであった。
もちろん中国がアメリカと匹敵するようなグローバルな軍事力を持つようになるにはまだ少なくとも数十年という時間がかかるだろう。それでも北京はその方向に明確かつ意図的に動いているのは確かなのだ。
アメリカの視点から見れば、この「中国の長期的な野望」とでも呼べるものは非常にやっかいである。米中関係が敵対的になりつつある現時点において、北京はアメリカと地域だけでなくグローバルな規模で競っていく時代を先取りして見据えている、ということだ。
そしてもし中国が現在のように自国沿岸周辺でまだ争いが激しい段階でさらにグローバルなプレゼンスを望んでいるのであれば、西太平洋で支配的な立場を確立できた時にはどれほど野心的になるのかは見当がつかない。
これは目標や権益が能力と共に拡大する、中国という勢いのあるグローバルな権力という立場を象徴するいくつかの中のたった一つの面であろう。
唯一の望みは、中国が「前のめり」になってしまっているという点だ。海外で大規模な足がかりを得ようとする努力――とりわけ港のような施設へのアクセスの確保――は、その動機や意図について国際的な疑念を生じさせている。これは中国の戦略的台頭に対するさらなる国際的な抵抗の発生につながるかもしれないのだ。
さらに、もし中国の軍事費が永遠に増大しないという前提に立てば、グローバルな活躍という面で有益となる戦力投射能力――たとえば空母打撃群など――と、対艦ミサイルのようにアメリカが台湾をめぐる戦争に介入してきた時に最大の威力を発揮する兵器の開発のように、二つの能力の間のトレードオフに直面することになるだろう。
世界規模の大国は、常にリソースその優先順位をつけた割当という厳しい決断を迫られるものだ。中国はその野心が大きくなるにつれて、すぐにこのような状況を思い知ることになる。
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簡潔にいえば、「中国は軍事的に世界的な力を獲得する方向に動いているから警戒せよ」ということですが、こういう大きな視点の議論は、普段あまり見かけないからこそいいものですね。
アメリカの中国に対する軍事戦略に関しては私も数年前にアーロン・フリードバーグの『アメリカの対中軍事戦略』という本の翻訳をお手伝いさせていただいておりますので、ぜひそちらも参照していただければありがたいです。
かなりテクニカルな内容ですが、むしろアメリカ側の考え方が如実にわかるという意味で、非常に勉強になったことを覚えております。
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