2017年 10月 05日
トランプに核兵器のボタンを握らせていいのか |
今日の横浜北部はなんとか昼間に晴れました。それにしても涼しくなりましたね。
さて、久々に記事の要約です。ちょうど一年前のNYタイムズ紙に掲載された意見記事ですが、授業で使えそうだったので訳してみました。
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トランプと核ミサイルのボタン
By ブルース・ブレア
2016年10月12日
1973年のイスラエルと周辺のアラブ諸国による第三次中東戦争が激化していた最中に、私はアメリカモンタナ州の地下にあるミサイル発射基地に仲間と勤務していたのだが、その時にわれわれはソ連との核戦争を準備せよという緊急メッセージを受け取った。
1時間以内に数百万人の命を奪うことができる50発弱の核弾頭ミサイルを発射するためのスイッチをオンにできるのは、大統領の命令だけだ。8トンもあるドアを閉めて警戒態勢に入ったら、われわれに命令できるのは大統領だけとなる。
われわれの大陸間弾道ミサイル発射管理官のレベルまで、トップの大統領から20以上の階級があるのだが、発射のカギと暗号を抱えながらわれわれができたのは、ただ「世界の終わり」がいかに近づいているのかを想像することだけだった。
ところがわれわれは大統領が危機を脱して核戦争を回避してくれるはずだし、発射命令を下す時は国家の生き残りがかかっている場合だけだと信じていた。
つまり重要なのは、決して発射しないことにあったのだ。
われわれの大量破壊兵器を使用できるのは大統領だけ――命令を受けたら一分以内に発射できた――であるため、われわれは指揮系統のトップに位置する大統領に対してほぼ親友的ともいえるような信頼感を感じていた。
われわれの中では、大統領は核兵器の力をよく理解できているはずであり、だからこそその使用に関しては最大限の抑制をはたらかせるものと想定されていた。
ドワイト・アイゼンハワー大統領は、敵を倒すために必要以上の人が死ぬという、いわゆる「核オーバーキル」(nuclear overkill)という概念に尻込みしたし、ジョン・F・ケネディは核戦争に関する軍人たちからのブリーフィングを終えたあとに、「これが人間のやることか」と失望感を示している。
リチャード・ニクソン(この中東戦争の当時の米大統領)は、彼の首席補佐官によれば、われわれの戦争計画が「数百万人の死を軽くもてあそぶようなものだ」と言ったという。ロナルド・レーガンはソ連に対して「悪の帝国」と非難しているし、「われわれは5分以内に爆撃を開始する」と冗談を言ったりしているが、プライベートでは核兵器を嫌っていた。彼はオバマ大統領と同様に、核兵器の廃絶を願っていたのだ。
ドナルド・トランプは過去の大統領たちとはかなり異なる種類の性格を持った人間だ。もし私が以前の発射管理官の席に座るのであれば、彼の判断力に自信が持てないだろうし、疎外感を感じるだろう。
このように感じているのは私だけではない。現役の、そして元発射管理官の同僚や、私の知り合いたちの大多数は、私と同じようなことを感じていると言っている。
ミサイル発射官たちは自分たちの任務が、敵からのアメリカと同盟国に対する攻撃を抑止することにあると考えている。
また、その抑止が意図的なものかアクシデント、さらには計算違いなどで崩壊することや、そしてそのような崩壊を阻止できるかどうかは、そのかなりの部分が大統領のリーダーシップの「質」――責任感、沈着さ、能力、共感度、そして外交スキル――にかかっていることも知っている。
ところがトランプ氏にはそのような「質」は明らかに欠けているように見えるのだ。もし私が現役の発射管理官だったら、彼がまずい判断をするのではないかと常に恐れ続けるような状態におかれることになるだろう。
ヒラリー・クリントンは選挙戦の時に「トランプ氏を核発射ボタンに近づかせてはいけない」と訴えていたが、これはやはり正しい警告であった。
核ミサイルの指揮統制システムは、それを担当する人々に大きなプレッシャーをかけ、究極の要求をたった一人の人物、つまり大統領に与えるものだ。
いざ危機の状態になると、このシステムはきわめて不確実な情報や混乱を発生させる可能性があるし、システムそのものが大災害をもたらしながら崩壊してしまうことさえある。
これらすべてが要求しているのは、軍事力に対する冷静かつ合理的な敬意であり、核兵器を使うかどうかの決断の際には最大限の注意が必要である、ということだ。
トランプ氏は、どうも核兵器の使用に関する決断における抑制の重要性について無視しているように見える。彼は文明を崩壊させてしまうような核兵器の破壊力に対する謙虚さを見せておらず、その使用を思いつきで考えそうな勢いだ。
彼は韓国と日本に核武装を検討すべきだとまで言っている。このような人物に核攻撃を始める自由裁量権を与えてしまえば、アメリカだけでなく全世界まで本物の危機に陥れてしまうことになるだろう。
これまでの大統領は、全員が核の判断において何らかのあやうさを見せるような欠点を持っていた。
たとえば1973年のことだが、核戦争に備えよという命令が下ってきたときに、ニクソン大統領は仕事から離れていた。ウォーター・ゲート事件のスキャンダルのプレッシャーのおかげで、彼はその夜に早く帰宅して酒を飲んでいたのだ。
そしてその夜に事態に対処したのは、国家安全保障アドバイザーだったヘンリー・キッシンジャーや国防長官だったジェームス・シュレジンジャーをはじめとする彼の(選挙を経て選ばれたわけではない)アドバイザーたちだったのだ。
われわれの大統領に対する信頼は裏切られていた。ニクソン大統領は、私をはじめとする同僚たちが核戦争に備えていた時に、起きてさえいなかったのだ。大統領は状況を把握さえできていないかったのである。
ところが 今から振り返って考えてみると、もし誰にもアドバイスを求めない自信過剰な性格のトランプ氏がニクソン大統領の立場にあったとしたら、それよりもはるかに恐ろしい状況になっていただろう。
米国憲法では、トランプ大統領がもしまずい命令を出したとしても、誰もそれを拒否することはできない。
常に大平原地方で待機しているおよそ90人のミサイル発射士官たちは、潜水艦で海中を航行している士官たちと共に、戦史においてこれまで道義的に最も非難に値するような命令を実行するしかないのである。
===
かなりトランプに批判的な内容ですが、私が注目したのはそこではなく、むしろ「核抑止」の分野で核兵器の発射システムに関わる人々の重圧感、そしてトップの心理状態や判断力にかかっているという事実が垣間見れるところです。
戦略のキモは、やはり究極的には「人間の心理」にあるわけでして、ここで勝つものが勝利できる、という点は再度見直す必要があるのではないでしょうか。

(夕暮れの富士山)
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トランプと核ミサイルのボタン
By ブルース・ブレア
2016年10月12日
1973年のイスラエルと周辺のアラブ諸国による第三次中東戦争が激化していた最中に、私はアメリカモンタナ州の地下にあるミサイル発射基地に仲間と勤務していたのだが、その時にわれわれはソ連との核戦争を準備せよという緊急メッセージを受け取った。
1時間以内に数百万人の命を奪うことができる50発弱の核弾頭ミサイルを発射するためのスイッチをオンにできるのは、大統領の命令だけだ。8トンもあるドアを閉めて警戒態勢に入ったら、われわれに命令できるのは大統領だけとなる。
われわれの大陸間弾道ミサイル発射管理官のレベルまで、トップの大統領から20以上の階級があるのだが、発射のカギと暗号を抱えながらわれわれができたのは、ただ「世界の終わり」がいかに近づいているのかを想像することだけだった。
ところがわれわれは大統領が危機を脱して核戦争を回避してくれるはずだし、発射命令を下す時は国家の生き残りがかかっている場合だけだと信じていた。
つまり重要なのは、決して発射しないことにあったのだ。
われわれの大量破壊兵器を使用できるのは大統領だけ――命令を受けたら一分以内に発射できた――であるため、われわれは指揮系統のトップに位置する大統領に対してほぼ親友的ともいえるような信頼感を感じていた。
われわれの中では、大統領は核兵器の力をよく理解できているはずであり、だからこそその使用に関しては最大限の抑制をはたらかせるものと想定されていた。
ドワイト・アイゼンハワー大統領は、敵を倒すために必要以上の人が死ぬという、いわゆる「核オーバーキル」(nuclear overkill)という概念に尻込みしたし、ジョン・F・ケネディは核戦争に関する軍人たちからのブリーフィングを終えたあとに、「これが人間のやることか」と失望感を示している。
リチャード・ニクソン(この中東戦争の当時の米大統領)は、彼の首席補佐官によれば、われわれの戦争計画が「数百万人の死を軽くもてあそぶようなものだ」と言ったという。ロナルド・レーガンはソ連に対して「悪の帝国」と非難しているし、「われわれは5分以内に爆撃を開始する」と冗談を言ったりしているが、プライベートでは核兵器を嫌っていた。彼はオバマ大統領と同様に、核兵器の廃絶を願っていたのだ。
ドナルド・トランプは過去の大統領たちとはかなり異なる種類の性格を持った人間だ。もし私が以前の発射管理官の席に座るのであれば、彼の判断力に自信が持てないだろうし、疎外感を感じるだろう。
このように感じているのは私だけではない。現役の、そして元発射管理官の同僚や、私の知り合いたちの大多数は、私と同じようなことを感じていると言っている。
ミサイル発射官たちは自分たちの任務が、敵からのアメリカと同盟国に対する攻撃を抑止することにあると考えている。
また、その抑止が意図的なものかアクシデント、さらには計算違いなどで崩壊することや、そしてそのような崩壊を阻止できるかどうかは、そのかなりの部分が大統領のリーダーシップの「質」――責任感、沈着さ、能力、共感度、そして外交スキル――にかかっていることも知っている。
ところがトランプ氏にはそのような「質」は明らかに欠けているように見えるのだ。もし私が現役の発射管理官だったら、彼がまずい判断をするのではないかと常に恐れ続けるような状態におかれることになるだろう。
ヒラリー・クリントンは選挙戦の時に「トランプ氏を核発射ボタンに近づかせてはいけない」と訴えていたが、これはやはり正しい警告であった。
核ミサイルの指揮統制システムは、それを担当する人々に大きなプレッシャーをかけ、究極の要求をたった一人の人物、つまり大統領に与えるものだ。
いざ危機の状態になると、このシステムはきわめて不確実な情報や混乱を発生させる可能性があるし、システムそのものが大災害をもたらしながら崩壊してしまうことさえある。
これらすべてが要求しているのは、軍事力に対する冷静かつ合理的な敬意であり、核兵器を使うかどうかの決断の際には最大限の注意が必要である、ということだ。
トランプ氏は、どうも核兵器の使用に関する決断における抑制の重要性について無視しているように見える。彼は文明を崩壊させてしまうような核兵器の破壊力に対する謙虚さを見せておらず、その使用を思いつきで考えそうな勢いだ。
彼は韓国と日本に核武装を検討すべきだとまで言っている。このような人物に核攻撃を始める自由裁量権を与えてしまえば、アメリカだけでなく全世界まで本物の危機に陥れてしまうことになるだろう。
これまでの大統領は、全員が核の判断において何らかのあやうさを見せるような欠点を持っていた。
たとえば1973年のことだが、核戦争に備えよという命令が下ってきたときに、ニクソン大統領は仕事から離れていた。ウォーター・ゲート事件のスキャンダルのプレッシャーのおかげで、彼はその夜に早く帰宅して酒を飲んでいたのだ。
そしてその夜に事態に対処したのは、国家安全保障アドバイザーだったヘンリー・キッシンジャーや国防長官だったジェームス・シュレジンジャーをはじめとする彼の(選挙を経て選ばれたわけではない)アドバイザーたちだったのだ。
われわれの大統領に対する信頼は裏切られていた。ニクソン大統領は、私をはじめとする同僚たちが核戦争に備えていた時に、起きてさえいなかったのだ。大統領は状況を把握さえできていないかったのである。
ところが 今から振り返って考えてみると、もし誰にもアドバイスを求めない自信過剰な性格のトランプ氏がニクソン大統領の立場にあったとしたら、それよりもはるかに恐ろしい状況になっていただろう。
米国憲法では、トランプ大統領がもしまずい命令を出したとしても、誰もそれを拒否することはできない。
常に大平原地方で待機しているおよそ90人のミサイル発射士官たちは、潜水艦で海中を航行している士官たちと共に、戦史においてこれまで道義的に最も非難に値するような命令を実行するしかないのである。
===
かなりトランプに批判的な内容ですが、私が注目したのはそこではなく、むしろ「核抑止」の分野で核兵器の発射システムに関わる人々の重圧感、そしてトップの心理状態や判断力にかかっているという事実が垣間見れるところです。
戦略のキモは、やはり究極的には「人間の心理」にあるわけでして、ここで勝つものが勝利できる、という点は再度見直す必要があるのではないでしょうか。

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▼奴隷の人生からの脱却のために
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▼〜あなたは本当の「孫子」を知らない〜
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by masa_the_man
| 2017-10-05 21:00
| 日記