戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


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ロシアの地政学:マッキンダーとドゥーギン

今日の横浜北部はまたしてもよく晴れましたが、風が出て昨日に比べてかなり冷えました。

さて、お約束していたロシアの地政学についての興味深い論文の要約です。

記事そのものは去年の夏のフォーリン・ポリシー誌に掲載されたものですが、それ自体も一冊の本の中のハイライトみたいですね。

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ロシアの「明白な天命」の意外な起源
BY チャールズ・クローバー

メガネをかけてやや冷淡に見えるエドワード朝時代の学者ハルフォード・マッキンダー卿が、自らの研究が冷戦後のロシアで使われていることを知ったら極めて不快であろう。

マッキンダーは1904年に王立地理協会で発表した「歴史の地理的回転軸」というタイトルの講義を行ったことで最も知られている人物であるが、ここで彼は、ドイツではなくロシアが英国にとっての最大の敵であると論じたのだ。

これによって彼は「地政学」として知られるようになった華やかな理論を提唱したのであるが、そこで予測されたのは、それがドイツと二度の世界大戦を戦う前に発表されたという事情のおかげで、彼自身の理論にとってかなり不利に働いたと言える。

ところが冷戦が始まった自身の晩年になると、それまで説いていたことが現実化したために名誉を回復することになった。世界が1904年の講義の中で見通した通りの構図になってきたからである。

その構図とは、海軍で世界の海を支配していた「イギリスとアメリカ」が、広大な草原と厳しい冬のおかげでナポレオンとヒトラーを敗北に追い込んだ難攻不落で陸の要塞であるユーラシアの「ハートランド」を含んだ、世界の最も支配的なランドパワー国家である「ソ連」に対抗する、というものだ。

テクノロジーの進化と人類の啓蒙が数世紀にわたって進んでいるにもかかわらず、マッキンダーは「地理は世界秩序における根本的な構成要素のままだ」と考えており、これはシーパワーであるアテナイと、ギリシャ最大の陸軍を誇っていたスパルタが、ペロポネソス戦争において対立していた状況から変わっていないというのだ。

これ以降、地政学の研究者たちはほとんどの軍事紛争では、常に強力な海軍と強力な陸軍を含むものであったとしている。いいかえれば、シーパワーとランドパワーは衝突する運命にある、ということだ。ユーラシア大陸内部のロシア帝国の領土にある世界最大のランドパワー国家は、世界最大のシーパワー国家――この責務はその後すぐにイギリスからアメリカに引き渡された――と永遠に争い続けるというのだ。

1919年になってもマッキンダーは「ロシアが英国の最大の敵である」という考えにこだわっていた。彼は「ロシアとドイツの間に完全な領土的緩衝地帯」をつくることを提唱し、この考えを彼の最も有名な言葉である「東欧を支配するものはハートランドを制し、ハートランドを支配するものは世界島を制し、世界島を支配するものは世界を制する」として正当化したのである。

この言葉がハートランドの内部で注目されるまでには50年かかったが、いざ注目され始めると、マッキンダーは「無名の人」から突然「預言者」としての称号を(誤った理由から)得るまでになった。

ロシアが征服・支配する潜在的な可能性についてのマッキンダーの警告は、戦間期の欧州のエリートたちにそのような事態に陥ることを阻止するために発せられたものであった。つまりそれは、ロシア版の新たな「明白な天命」を示す「稲光」となったのだ。

2008年のグルジアへの侵攻、2014年のウクライナへの侵攻、そして最近のシリアでの作戦、さらにはユーラシアのハートランドにある「ユーラシア連合」と呼ばれる元ソ連邦の地域を影響圏に組み込もうとする動きなどは、地政学理論の中で奇妙なほど予言されていた。

マッキンダーは、経済ではなく地理のほうが世界権力の根本的な決定要因であり、ロシアは単純にその物理的な位置関係によるおかげで、グローバルな役割を担う国家の1つとなっていると考えていた。

そしてプーチン大統領の下で、一風変わったマッキンダーの理論がロシアのエスタブリッシュメントに浸透してきたのだが、これは主にアレクサンドル・ドゥーギン(Alexander Dugin)という1980年代のペレストロイカ時代にロシアの主要なナショナリストの一人として台頭してきた人物の功績である。

ドゥーギン氏のロシアのエリートたちとの奇妙なコネクションのおかげで、地政学は現在ロシアで「主流派」的な考えになっている

マッキンダーの主張は、「西洋諸国との紛争はロシアにとっての永続的なものだ」と主張するドゥーギンをはじめとするタカ派たちにとって、有益なものであった。ただし彼らは、それがなぜ永続的なものなのかについてうまく説明できていない

冷戦の最大の原因は、普遍的な寛容、民主制度、そして「歴史の終わり」という新たな時代に入り、イデオロギー面での戦いであり、これが終了したことによって冷戦が消滅したように思える。

マッキンダーの「預言者」という立場への変化はドゥーギンが1997年に発表した『地政学の基礎』(The Foundations of Geopolitics)という本によるところが大きい。この本は、ソ連後の時代にロシアで書かれた本の中で最も奇妙かつ印象的で恐ろしい本であり、ロシアのタカ派の人々に広く参照された本となったのである。

この本はドゥーギンが「新右派」の識者たちとの交流や、ロシア軍参謀本部軍事アカデミーにおける隔週ごとの講義、そしてその後にロシア国防大臣を1996年から97年まで務めたイゴール・ロジノフ(Igor Rodionov)将軍という、まさに「タカ派中のタカ派」の人物の援助の下で生まれたものだ。

ドゥーギン自身によれば、彼が士官学校の新入生が必ず受ける入門コースの講義で使った資料は、将軍たちの新たな指摘による修正や、パリやミラノからやってきた右派系のゲストスピーカーたちによる講義での知見も加えて、1993年までにはまとまってきたものだ。

したがってドゥーギンは、ニッコロ・マキャベリのような形で、征服と政治支配のためのハウツー本を意識的に書いたのだ。『君主論』(これはマキャベリ自身が権力を失って十年間職にありつけなかった後の、実質的にフローレンスの当主であったメディチ公に向けた就職申込書として書かれた)と同じように、ドゥーギンは1993年以降に無職なってからロシアの国家安全保障エリートたちを称える本として書いたのである。

1991年までにドゥーギンはソ連のタカ派の最大の宣伝者となっており、ソ連軍の資金援助を受けた新聞のために、陰謀論とナショナリスト的な扇動を混ぜ合わせた意見を書いていた。ところがKGBと同年8月のソ連赤軍によるクーデターの失敗によって、ドゥーギンは国内で無職のまま過ごすことになった。

ロシア内でも有名な知識人エドゥワルド・リモノフ(Eduard Limonov)と共に彼は「国家ボリシェヴィキ党」(NBP)というケンカ腰の党を創設して政治活動(自分では政治芸術プロジェクトと呼んでいた)を始め、タカ派との関係やロジノフのような人々との人脈のおかげで、ドゥーギンは奇妙なことにロシア連邦軍参謀本部軍事アカデミーでの非常勤講師としての職を得た。

軍事アカデミーとの関係を使いながら、ドゥーギンはモスクワのフルンゼンスカヤ通りの薄汚れた地下室にあるNBPの党本部の事務所で、ロシアのタカ派に大きな影響を与える本を仕上げた。

ドゥーギンのおかげで、マッキンダーは「オックスフォード大学で終身在職権を得ることもできなかったエドワード朝の珍奇な人物」から、国のトップに英国式の戦略的方向性についてのアドバイスを与えた人物となり、しかも次世代の官僚たちにもそのアイディアが戦略的要件を与え続けている、まるでリシュリュー枢機卿の英国版のような存在になった。

ドゥーギンによれば、マッキンダーと正反対の立場をとる他の地政学者が存在したという。それらのほとんどはドイツ人であり、彼らはマッキンダーとまったく同じロジックを使いながら、グローバルなシーパワーではなく大陸のランドパワーの防衛のために論じていた

19世紀後半のドイツの地理学者であるフリードリヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel)は、レーベンスラウム、つまり「生存圏」という言葉を概念として提唱したわけだが、これは後にドイツ第三帝国に国家的責務として目指すべきものとされたのである。

この次の世代の地政学的著作の数々が、その後に地政学をナチスと関連づけて考える風潮を作り上げたと言える。その代表がマッキンダーと同世代となるカール・ハウスホーファー(Karl Haushofer)であり、ドイツ陸軍の将軍から戦略理論家となった人物だ。彼は独ソ日による三国同盟を強く提唱した人物であった。

主流派の政治学者たちは、地政学の分野に関してやや疑念を持った目で見ていた。彼らの地政学専門家に対する目は、経済学の主流派の学者たちが、いずれは経済システムが古い貨幣で永続的な価値を持つ金に戻るのは避けられないと信じる「金本位制支持者」(gold bugs)を見るような目とほとんど同じであった。

同様に、地政学者というのはその専門家集団の中でも奇妙な下位集団とみなされながらも、国際政治における手段、つまり領土をめぐる戦略的紛争というのは、いかに高尚な原則や進歩があろうとも常に使われることになると考えていた。そして彼らの考えは時として、その正しさを証明してきたのだ。

ドゥーギンの『地政学の基礎』は第四版まで売り切っており、軍事アカデミーやその他のロシア内の軍事大学において教科書として採用され続けている。フーバー研究所のロシア右派の専門家である歴史家のジョン・ダンロップ(John Dunlop)は「冷戦後のロシアに出版された書物の中で、軍、警察、そして国家主義的対外政策のエリートたち間でこれほど影響力を持ったものはおそらくないだろう」と述べている。

1996年にはエリティンの政策における西欧化のシンボルとされていたアンドレイ・コジレフ(Andrey Kozyrev)が失脚し、同年に軍事アカデミーでドゥーギンの後援者であったロジオノフ将軍は、91年8月のクーデター失敗の時にエリティン側についた空軍トップのパヴェル・グラチェフの代わりに国防大臣に任命された。

さらにロシア議会はソ連邦の解体を公式に認めた91年「ベロヴェーシ合意」を無効宣言し、同時に91年に行われた国民投票によって70%のロシアの有権者が支持したソ連邦の維持を法的に拘束性のあるものとして認めたのである。

もちろんこれらは単なる見せかけだけのパフォーマンスだったわけだが、それでもソ連邦崩壊のたった5年後にロシアのエリートの大多数が帝国の復活を支持したのは、もしその議会の圧倒的な票数が指標になるとすれば、きわめて象徴的な出来事であった。

ドゥーギンの本は、ロシアのエリートたちが大変化を経験している真っ最中に出版されたわけだが、それでも1998年8月にルーブルが崩壊した時まで、ロシアのリベラリズムはなんとか持ちこたえていた。後にドゥーギンの本はモスクワの主要書店のレジの横に並べられるなど、きわめて特殊な扱いを受けている。

ドゥーギンの主な議論はハウスホーファーの本の中に直接見ることができる。それはアメリカとNATOによって主導され、新たに独立した国家群の地理的な「輪」によってロシア封じ込めを狙う「大西洋主義」(Atlanticism)の陰謀を阻止する、というのだ。

ドゥーギンの狙いはシンプルであり、まずソ連を復活させて、それから巧妙な同盟外交を使って日本、イラン、そしてドイツとのパートナーシップの構築に集中し、アメリカと「大西洋主義」の手先たちが行おうとしているロシア封じ込めを排除するというのだ。

その「ユーラシア」を構築するために重要になってくるのが、狭いナショナリズム的な政策の追究をやめることにあるという。なぜならそれは潜在的に同盟を組む相手を排除してしまうことにもなりかねないからだ。

それを論証するために、ドゥーギンは新右派の理論家であるジャン=フランソワ・シリア(Jean-François Thiriart)が述べた「ヒトラーの最大の間違いはヨーロッパをドイツにしようとした点にある。その代わりにヨーロッパのものにすべきであったのだ」という言葉を引用している。

そのため、ロシアは「ロシア帝国」ではなく、「ユーラシア帝国」をつくるべきだということになる。ドゥーギンは「ユーラシア帝国は共通の敵の存在を土台として構築されるだろう。それは大西洋主義の拒否であり、アメリカの戦略的コントロール、そしてリベラルな価値観がわれわれを支配するのを拒否する、というものだ」と書いている。

忘れられているが、本が出版された1997年の時点ではこのようなアイディアは完全に狂っていると思われていた。当時のロシアのGDPはオランダよりも低く、過去には圧倒的だった赤軍も寄せ集めにすぎないチェチェンの反乱軍に戦場で勝てずに屈辱的な講和を結ばざるを得なかったほどだ。

この当時は、ロシアをドイツのワイマール時代になぞらえるような分析が多くあり、ドゥーギンの本は、まさに戦間期のドイツを崩壊させて過激化へと駆り立てたのと同じ暗いエネルギーがロシアにも存在して台頭していたという証拠になっていた。

この本で論じられていたのは、ロシアが受けている屈辱は外国からの陰謀の成果だ、というものであった。本の表紙には、オカルト好きの人々の間では「カオスの星」として知られるスワスチカに似たシンボル(矢印が八方向に放射している)が燃えている様子が描かれており、本の中でも何人かのナチスや極右の人間が好意的に取り上げられている。

ドイツ第三帝国との共通項はすでに多く見られるが、極めつけは地政学的「枢軸国」の構築を主張している点であり、これにはドイツと日本も含まれているのだ。

ドゥーギンの本には「特権の壁で守られてきたエリートや世界の政権の中で、公にすることを嫌いながら何世紀にも渡って実践されてきた、陰謀的なルールである権力政治が影で実践されている」という前提があった。

このアイディアは、陰謀論好きな大衆に大受けする「秘密の知恵の奥義」が散りばめられており、ルーン文字の刻印や、あらゆる形の矢印が刻まれた謎めいた地図、そして世界外交におけるいままで聞いたことのない奇妙で微妙な鉄則などにあふれていた。

ところがその本には、読者の誰もがすぐに興味を持つような素晴らしい結論の論拠となる事実が記載されていたのであり、これはまるで「コックリさん」で遊んでいる人全員が、すでに知っていたことをあらためて占い板の上で示された時に驚いてしまうようなものだ。

地政学がそこまでわかりにくい最大の理由は、それを実践する人々が狂っていて、極めて難解であり、しかもニュルンベルク裁判で処罰されたからではない。むしろそれが権力そのものを、うまく隠すものであったからだ。

もしくはドゥーギンが言うように、「地政学は国際政治の根本的なメカニズムを見せつけてしまったからだ。このようなことは、世界のあらゆる国々のトップが曖昧な言葉や抽象的なイデオロギー的スキームで隠しておきたいと思うもの」なのだ。

『地政学の基礎』はそれ以前のドゥーギンの著書と比べるとはるかに落ち着いた内容であり、その議論の展開もうまく、オカルト、数占い、伝統主義、そしてそのほかの奇妙な形而上学への言及も少なかった。実際のところ、まだ彼が教えている軍事アカデミーの高官たちから、その本を書く上で多大なる支援を受けたことも考えられる。

ドゥーギン自身は自分のロシア軍とのコネを隠そうとはしていない。冒頭のページから軍事アカデミーで協力しているニコライ・クロトコフ将軍のことを共同執筆者(本人は否定しているが)であり、最も影響を与えた人物であると述べている。

ところが軍との関係はドゥーギンの著作に一定の権威や、表向きかもしれないが公的な権限のような感覚を醸し出しており、さらには彼自身が本の中で述べているようなロシア右派の陰謀の影にいるとされる本当の人物であるかのような印象を与えているのだ。そしてこれが完全に誤りであるとは、否定できないのである。

ドゥーギンは明らかに権力を欲しているようであり、その座にいる人間に対して最大限のアピールをしている。彼によれば、地理と権力の要件を理解できる人間にのみ国家の舵取りができるという。

さらにドゥーギンは「人間が地理に依存している事実は、権力の頂点に近づくにつれて明らかになるばかりだ。地政学とは権力を求めるための、権力の世界観であり科学なのだ」と記している。

もちろんドゥーギンの中ではソ連を再興しなければならなかったし、ジョージア(グルジア)は分割し、ウクライナは併合されるべきであったことは言うまでもない。その証拠に「独立国としてのウクライナは一定の領土的野心を持っているため、ユーラシア全体にとって大きな脅威となっている」というのだ。

ところがアゼルバイジャンは、「モスクワ・テヘラン枢軸」のためにイランに受け渡してもよいとしている。フィンランドはロシアのムルマンスク省に加えてもいいし、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、そしてギリシャは聖教の「第三のローマ」や「南ロシア」として加えてもいいという。

ドゥーギンの文章は、学識を感じさせる徹底的なものなのだが、この本の中でやや変わった議論として展開されているのは、ロシアがなぜ帝国を必要としているのかの理由を説明した箇所だ。

アレクサンドル・ヘルゼン(Alexander Herzen)からアンドレイ・サホロフ(Andrey Sakharov)に至るまで、ロシアの識者たちは帝国がロシアの永続的な後退性の主な原因であると主張してきた。現在のロシアの機能不全や、そのグローバルなステージでの野望と釣り合わないステータスと影響力の欠如は、その国土の広さに原因にあると述べる人もわずかにはいる。結局のところ、ソ連時代の14の領域を失った後でもロシアはまだ地理的に世界最大の領土を抱えているのだ。

さらに、ロシアの陸上文明は、単にシーパワー国に対する戦略的な敵であっただけでなく、文化的にも文明的にも特殊なものであり、重商主義的・民主的な大西洋世界とは違ってそもそも階層的で独裁的なものだった。ドゥーギンは帝国こそが、ロシアの価値体系とは正反対のリベラリズムの侵攻を止める唯一の手段であると説いたのである。

『地政学の基礎』の影響は、その売上数からみれば驚くべきものであった。ところがさらに驚くべきなのは、それが作家の本当の指標となる、剽窃された数の多さであった。

ドゥーギン自身も自分のアイディアが「ウィルス」のように広がっていることを知っていた。この本は同じようなマニュアルや教科書に再録されており、それらのほとんどはマッキンダーやハウスホーファーをはじめとする理論に触れていた。

ロシアの書店には「地政学」のコーナーがつくられはじめ、ロシア連邦議会は「地政学委員会」をつくり、そこに極右のウラジーミル・ジリノフスキー(Vladimir Zhirinovsky)率いる「自由民主党」の代議士たちがあふれることになった。

影響力の大きなオリガルヒで、影のキングメーカーと言われたボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)は、1998年にテレビの「今日の英雄」という番組に出演した時に、最後に「一言だけ言わせて欲しい。それはロシアの運命は地政学にあるということだ」と述べている。

ドゥーギンは地政学を「オープンソースのPCのソフトウェア」のようなものだと指摘している。彼がプログラムを書いて、それをみんながコピーしたからだ。

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ドゥーギンについては『胎動する地政学』の最後の論文であるジョン・エリクソンのもので知っていた部分はあるわけですが、まさかロシア内でここまでベストセラーになって浸透しているとは思いませんでした。

ここで注意しなければならないのは、純粋なロシア人のナショナリズムと、ドゥーギンの標榜する「ユーラシア主義」というものを区別して考える必要があるということでしょうか。

そういう観点から、たしかにドゥーギンはロシアの右派という位置づけになるのかもしれませんが、権力に近い、いわゆる「官製ナショナリスト」であるとあるロシア専門家がおっしゃっておりました。

この論文ではそこまで明確に区別されているわけではないですが、これは非常に重要な点かと。つまりドゥーギンはナショナリストではなく、むしろ「帝国主義者」ということになるわけですね。

それにしても「ユーラシア主義」の究極の目標として、ドイツと日本との同盟が考えられているとは・・・。中国に対する言及がないのも気がかりです。


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(羽田上空から富士山)

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Commented by 中国 at 2017-02-02 13:03 x
あくまでも私のイメージですが、中国への言及が見当たらないのは、国民性とか民族性と関係しているのではないでしょうか?
古代中国は先進的だったのでしょうが、それほど歴史に詳しくない私ですが、ドイツや日本に比べると、近代の中国は国が一丸となって一致団結しづらい印象があります。
もしかしたら国土が広いために様々な民族が存在しているからなのかな?と思ったりもしました。
Commented by りこ at 2017-02-03 09:13 x
画伯、テストの採点お疲れ様でした(^-^)
私は頭がお粗末で知識も乏しいので、翻訳文を読むのにとても苦労しています。
頑張って研鑽を積みたいと思います。
Commented by イゴール.V.ドルガチェフ at 2017-07-09 16:43 x
彼に言わせれば、多極化した世界が善であり、アメリカ一極体制が悪ということになるが、例えば日本やトルコのような地域大国が極として数えられることについて、快く思わないだろう。ましてやイギリスがロシアと対等な極になることには反発する。結局この半端モノは祖国が超大国でないこと、あるいはその地位を喪失したことへの嫉妬や恨み、精神勝利を祖国の新しいイデオロギーにしようとしているだけだ。
by masa_the_man | 2017-01-31 20:38 | 日記 | Comments(3)