戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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トーマス・シェリングの追悼記事

今日の甲州は明け方曇っておりましたが、すぐに快晴になりました。昼間の気温はけっこう上がりますね。

さて、三日坊主の三日目となる今年三回目の更新です。今日は記事の要約。

トーマス・シェリングといえば、5年ほど前にノーベル経済学賞を受賞した経済学者ですが、その業績は経済学にとどまらず、日本ではどちらかというとゲーム理論の提唱者の一人という位置づけですが、戦略学の世界では「核戦略家」という位置づけであります。

残念ながら先月亡くなったわけですが、今回エコノミスト誌の年末年始特集号に優れた追悼記事がありましたので、その要約を。

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経済学者・核戦略家のトーマス・シェリング、12月13日に95歳で死去


トーマス・シェリングは2005年10月10日の朝に起きて30分以内に4本の電話を受け取った。1本目はノーベル賞委員会の委員長からであり、彼とロバート・アウマンが共同で本年度のノーベル経済学賞を受賞したという知らせだった。

4本目の電話で受賞をどう思うかと聞かれたシェリングは「忙しく感じるよ」と答えている。まさにその通りであろう。また彼は自分の研究のどの部分が受賞の決め手になったのかを混乱しているとも証言している。

実際のところ、それは彼自身の依存症であるタバコとの戦いから生まれたものである可能性もあった。シェリングは、経済学者たるもの、「自分の子どもに肺がんにかかるリスクにさらすようなことはしない」と言いつつもその3時間後に街角でタバコを買ってしまう男の気持ちを理解しなければならない、と書いているのだ。

シェリングの研究は、(あまり知られていないが)その後の行動経済学の基礎となっている。

彼の考えの中では、依存症の人間の中に二つの人間が存在していた。一人は健康な肺を求める存在であり、もう一人は煙を求める存在である。そして自制のための戦略には、この二つの存在の間に線を引くことが求められると言ったのである。

ノーベル賞は人種隔離政策についての研究のために送られたものかもしれなかった。彼の研究では、個人の穏やかな好みが、集団レベルでは極端な政策にむすびつくことが示されたのである。

具体的にいえば、個人レベルでは人種の混在している地域に住むことに慣れている人々でも、彼らがほんのわずかに自分と似た人種の近くで住もうと決断すると、それが全体的に深刻な人種隔離状態につながってしまうということだ。

2005年12月にスウェーデンに到着するまでに、シェリングは自分が何の研究で受賞したのかを確信していた。彼は受賞スピーチの中で「ここ半世紀の中で最も劇的な出来事は、起こらなかったことにある。われわれはこれまで60年間、核兵器が実際の兵器として使われない時代を享受できたわけであり、これはすばらしい達成だ。いや、実際は達成されなかったとしても、なんと幸運だったことか!」と分析したのである。

もし核兵器の不使用という出来事が「達成」だとすれば、その達成には彼の研究も部分的に貢献したのである。

同世代の人間の多くがそうであったように、シェリングは1930年代の世界恐慌の脅威のおかげで経済学を志すようになった。ところが1948年に博士号を取得する頃には、社会的に考えるべき問題が変わっていた。第二次世界大戦への傷はまだ癒えなかった中で、その最優先順位は第三次世界大戦をいかに防ぐのかという点に移り変わっていたからである。

彼はアメリカ政府の官僚として、北大西洋条約機構(NATO)の創設などのための交渉を直接経験し、後の50年代にはバーゲニングについての学術論文を書き始めたのだが、これは才能のある交渉担当者だったら直感的に理解できるような概念を、実に明快な言葉で示して公式化したものであった。

シェリング氏が想定した紛争は、2者が1つのパイのわけまえの大きさをめぐって争うようなイメージを越えたものであった。彼の研究テーマの鋭さは「国際政治においては、相互依存状態と敵対的関係が同時に存在する」という真実を指摘したところにある。

たとえば米ソ両国とも冷戦期に核戦争まで起こすつもりはなかったわけであり、そうなるとそこでの軍事戦略には兵器だけでなく、理性が関与する余地も残されていたということだ。

そのような考えを受けて、シェリングは1960年に、協力による優位が、公式的な交渉がなくてもいかに敵対的な関係を乗り越えることができるのかを示した『紛争の戦略』(The Strategy of Conflict)を出版している。『戦略の歴史』(Strategy: A History)の著者であるローレンス・フリードマン(Lawrence Freedman)は、「抑止論について語る人は、全員が例外なくシェリングの影響を受けている」と記しているほどだ。

この抑止というのは、いくつかの形になってあらわれるものだ。意外に思うかもしれないが、選択肢をせばめることは、たとえば敵に対して自らの真剣さを理解させることによって、自らの手を強めることにもつながるのだ。

これを核戦略に応用しつつ、シェリングは相手に対して「もしこちらが核攻撃を行ったら反撃される」と信じ込ませるのが重要だと見たのである。攻撃されたら自動的に反撃する兵器の存在は、そもそも最初に核兵器が行われるのを抑止できるのであり、そうなるとそのような兵器を守ることが一般市民の命を守るための最善の方法となる、ということだ。

よってここで重要なのは、他方が感じる「最初に動くことによる優位」を相殺するために一方が攻撃を仕掛けたくなうような状況を避けることだ。

またシェリングは、有効な抑止における「評判」(reputation)の重要性というものを有名にした。リチャード・ニクソン大統領はこれを理解しており、自分で「狂人理論」(madman theory)と呼んでいる。これは敵である北ベトナムに対して「奴は何でもやってくるぞ」と信じ込ませるというものだ。もちろんこの「何でも」には、核攻撃も含まれる。

ところが継続した行動は、抑止的な効果と共に、不規則な不確実性をもたらすこともある。たとえば、あなたの敵が「あいつは言った言葉をかならず守って行動に移す」と信じ込んでしまえば、あなたの言葉は相手の行動に影響を与えることになるが、このアプローチで危険なのは、たとえばただメンツを守るために間抜けな戦略をがんばって続けてしまう、ということにもなりかねないことだ。

シェリングはゲーム理論の論者であると呼ばれることが多かったが、彼自身は自分をそう呼んだことはない。その方法論が独特であったからだ。

数学に心得のある人物たちは、シェリングのゲーム理論には常に解決法があることを数学的に証明しており、互いに相手から最も望ましい反応を引き出そうとするプレイヤー同士には少なくとも1セットの戦略があるとしたのである。ところが選択肢の数を少なくしていくと、この数学的なアプローチはその問題に対してさらなる想定や公式を付け加えなければならなくなったのである。

ところがシェリングは、同じジョークが常に人々を笑わせるものではないのと同様に、いざ核戦争になった時に人々がどう考えるのかを、ロジックのみから導き出すのは馬鹿げていると考えたのである。そのためにシェリングは現実世界からヒントを得ようとして、その答えが「共有された規範」(shared norms)にあると論じたのだ。

たとえば自分の学生たちに対して、特定のいわずに「ニューヨークに集合しよう」となったらどこに集合するのかを聞けば、彼らはグランドセントラル駅の時計台に集まることになるはずだ、と述べている。

彼はこの例をノーベル賞の受賞スピーチで使いながら、なぜ核兵器が戦場でかくも長い期間にわたって使われなかったのか、その理由を考える際に役に立つものであると説明している。なぜなら核兵器の使用は「タブー」であったために、世界は(不使用という)「フォーカル・ポイント」に落ち着くはずだとしたのである。

忙しい10月10日の朝の3本目の電話で記者から「若者に何かアドバイスはないか」と質問された時に、シェリングはなぜかそれを避けている。彼は「誰かに対して経済学者になるようアドバイスするのはやめておきますよ」と述べたのだ。

彼は学術的な規律に閉じ込められる代わりに、現実世界の最も懸念すべき――そして最も扱いにくい――問題について取り組んだからだ。

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シュリングといえば、戦略の世界では上でも紹介されていた『紛争の戦略』(The Strategy of Conflict) と、もう一冊のArms and Influenceの合計2冊が圧倒的に有名なんですが、邦訳された『紛争の戦略』では、いわば自殺的な脅しの有用性みたいなものを正当化しており、もう一冊の未訳本では強制をどう使うかというハウツー本のような内容になっております。

日本ではどうしてもゲーム理論の先駆者ということになりがちですが、記事にも触れられている通り、どちらかと言えば核抑止の理論に貢献した、いわゆる「戦略の黄金時代」の核戦略論の一人として捉えられているといえるでしょう。そういう意味では、実に幅広い分野に対して学際的な影響を及ぼした人物ということになりますね。

自身の理論のバーゲニングの部分に関しては、そのヒントとしてクラウゼヴィッツの『戦争論』にある「戦闘は取引だ」という部分にインスピレーションを受けたと述べていたのが印象的でした。

2冊目のArms and Influenceの邦訳も待たれるところです。

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(本年度初参拝の一枚)

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Commented by りこ at 2017-01-04 09:31 x
奥山先生、あけましておめでとうございます。
今年も、奥山先生の様々な発信を楽しみにしております。
お身体たいせつになさってください。
by masa_the_man | 2017-01-03 21:47 | 日記 | Comments(1)