戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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オバマ政権はなぜ特殊部隊を使いたがるのか

今日の横浜北部は朝晴れておりましたが、昼になっていきなり曇り始めました。

さて、昨日の放送(http://www.nicovideo.jp/watch/1455674540/https://www.youtube.com/watch?v=biFeQKfm68o)でも触れた、特殊部隊のトピックについての元記事を要約しました。とても興味深いものです。

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特殊部隊の時代へようこそ
By マット・ギャラガー

16-1/30 NY Times

数ヶ月前のことだが、私は妻と共にまだそれほど親しくなかった夫婦と夕食を共にした。そこで向こうの奥さんが私のイラクの経験について聞いてきた。私は現地で四年間、機甲部隊を指揮した経験があるからだ。

私は砂漠や部族政治、それに毎日直面する対反乱作戦の困難を語り始めたのたが、突然その旦那が話に割って入ってきて「特殊部隊にいるような超人的な兵士のことについて教えてくださいよ」と言ってきたのである。GIジョーではなくて「アメリカン・スナイパー」に出てくるような兵士の存在を知りたいというのだ。

彼のように聞いてくる人間は少なくない。特殊部隊についてのウワサはアメリカ国民の想像力を掻き立てるものであり、実際にこれが国民の戦争について知ろうとするきっかけとなっていることは否定できないからだ。

映画から本に至るまで、特殊部隊というのはその静かでプロフェッショナル、そして禁欲的でタフなイメージで、近年とても人気のある存在だ。暗闇の中で秘密の任務を遂行し、敵が暗視ゴーグルの中に浮かび上がってくるようなイメージはかなり単純化されたものだが、このような複雑な時代だからこそ、われわれは自分たちの英雄を浄化した形でとらえたがっているのかもしれない。

ところが特殊部隊の時代というのは、ハリウッド映画で生み出されているような大衆文化的なファンタジーを超えたものである。なぜならそれは、われわれの軍事戦略の重要な一角を占めるようになってきているからだ。

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先月のことだが、ホワイトハウスはアメリカ中央軍司令官にジョセフ・ヴォーテル将軍を推薦することを発表した。中央軍は中東や中央アジアの20カ国において展開される軍事作戦の指揮をしており、その20カ国にはイラク、イラン、イエメン、シリア、そしてサウジアラビアなど、われわれのいわゆる「地政学紛争」の温床が含まれるのだ。

このヴォーテル将軍は、2014年からアメリカ特殊部軍のトップを務めていた人物である。彼の中央軍司令選出は前例にないことであった。それまでは伝統的な経歴を持つ将軍たちがほぼ常にその任務についてきたからだ。軍事専門家たちは、この人事こそがオバマ政権の特殊部隊への信頼および依存のあらわれだとして評価している。

アメリカ特殊作戦軍(Socom)は、デルタ・フォース、ネイビー・シールズ、グリーンベレー、アーミー・レンジャーなど、アメリカのすべての特殊作戦部隊を統合指揮しており、隊員たちは2015年におよそ139の国々、つまり地球上の約7割の国々に派遣されている。その任務のほとんどは友好国の部隊の指揮訓練にあるが、その中のいくつかにはもちろん実際の戦闘も含まれる。

去年の12月にカーター国防長官は、下院の公聴会でISのトップを狙った襲撃をイラクで行うために「遠征的ターゲティング部隊」を送り込むと宣言している。この部隊は、すでに現地でアドバイザーやトレイナーとして活躍している、およそ3500名の部隊と合流することになる。

オバマ大統領は、この地域で「何もしない」ことと「地上部隊を派兵しないという約束をやぶらない」という間のバランスを取ろうと必死なように思える。もちろん明らかに部隊は「派兵」されているわけだが、ホワイトハウスの高官たちは最近の本紙の報道にもあったように、部隊の戦闘任務をごまかすための「言語学的なこじつけ」を行っているのである。

米軍全体は削減傾向にある中で、特殊部隊の人員の採用は増え続けている。アメリカには現在およそ7万人の特殊部隊の隊員がおり、これには兵士だけでなく、文官、州兵、そして予備役の中の人間も含まれる。

しかもこの数は2001年の4万5600人、2011年の6万1400人から増えている。それでも当時の特殊部隊軍の司令官であったウィリアム・マクレイヴン提督は、2014年に下院でたび重なる派兵によって「特殊部隊は疲弊し続けている」と述べている。それに対応する形で、米軍は昨年だけで新たに5000名もの特殊部隊の隊員を募集することを決定しているのだ。

政治的な面から言えば、この政策は効いている。特殊部隊の持つ秘密性のおかげで、われわれの戦争の重い人的コストもメディアの注目を集めていない。ところがそのおかげで、軍に関心のない国民はわれわれの国の名の下に行われている軍事的な暴力とさらに意識が乖離してしまうのだ。

この政策のおかげで、われわれは永続的に戦争を行うことができるようになってしまい、今日に至っては、それに対する関心も理解も低下し、将来はこれがさらに低下することになると予測されるのだ。

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特殊部隊というのは「特効薬」ではない。アメリカの警察のSWAT(特殊火器戦術部隊)が毎日街をパトロールしている警官がいないとその目的を果たせないのと同じように、その部隊も真空状態の中では効果を発揮することができないのだ。

多くの軍事専門家たちはわれわれの「対テロ」アプローチを「救急ばんそうこう」と比較して考えている。つまり、効果はあるが、その効果には明確な終わりがないのだ。

そして最近の経験から言えるのは、特殊部隊への頼りすぎは悲劇につながるということだ。1993年のソマリアでは、特殊部隊によって問題を一気に解決できるように見えたのだが、モガディシュでの戦闘が始まってしまったのだ。イラン大使館の人質事件を解決しようとした1980年の「イーグル・クロー」作戦も同様の結果となってしまった。前者はアメリカが短期的に国際介入を控えることにつながり、後者はアメリカ特殊作戦軍の創設に直接つながったのである。

古代ローマの近衛兵の「ポスト・モダン版」のような形で、われわれの特殊部隊の司令官たちはアメリカ国民の意志のために動いているわけではない。もちろん連邦議会は特殊部隊の財布を握っているのだが、個別の任務についての決定は彼らの合意を必要としないのである。それを行うのは、圧倒的に各部隊の司令官たちなのだ。

オバマ大統領はそれらの使用について慎重な姿勢を見せてきたわけだが、次の大統領はそれほど慎重ではない可能性が高い

ドラマチックな幻想を振り払って考えてみれば、特殊部隊というのは、国籍を明かさずに遠隔地に送り込まれる練度の高い戦闘部隊として機能するものだ。彼らはその機能においては最高の存在である。

ところがこのような戦略は、武力紛争の再発を保証するようなものであり、この決断の重要性から考えると、これはただ単に選ばれた少数の人間たちではなく、すべての国民が真剣に考えるべき問題なのだ。

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私自身が体験した特殊部隊についての経験は複雑なものだ。海外で彼らと接したことがあるが、ポジティブな経験は少なかった。イラクにおけるいわゆる「サージ」の一環として、私の率いた偵察小隊はバグダッド北部の郊外の町を1年3ヶ月ほど対反乱作戦の任務(これは軍の上層部の想定しているものとは矛盾することが多かったが)のためにパトロールしている。

2008年前半に、われわれはある農場で行われた特殊部隊の急襲の後処理をするために呼ばれた。部族の長は自分の二人の部下が「ヘリコプターに乗った別のアメリカ人たち」に間違って連行されていったと主張していた。その部族の長によれば、「別のアメリカ人」たちはその二人が兄弟であり、イラクのアルカイダのメンバーだと言っていたというのだ。

その農場でのわれわれの任務は、その男たちの家族に対してなぜ彼らが連行されたのか、そしてなぜ家が破壊され、メッカの方向を示すプラカードが壁からはがされ、急襲の合間に撃ち殺された彼らの飼い犬の死骸の前で彼らの子どもたちからの異様な視線さらされることであった。

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私は冒頭で紹介した夕食の席で、この話を相手夫婦には教えなかった。その代わりに私は2011年にワシントン州のタコマに行って「別のアメリカ人」たちを取材した時の話をした。

当時の私は退役したての作家になろうとしていた人間であった。大学時代の友人がレンジャー部隊に所属しており、彼らがアフガニスタンから帰ってきたばかりだったので、常に戦いの中にいる若者の姿を本の中で描いてみたいと考えて取材を申し込んだのだ。

この米陸軍の特殊部隊であるレンジャー部隊は、2002年にプロフットボールをやめて従軍したパット・ティルマンが参加したことで有名だが、ここは一種の「実験場」であり、多くの若い兵士を集めていた。

彼らは空港を奪取するための軽歩兵の精鋭部隊として構成されていたにもかかわらず、その役割を変化させつつあった。それは殺害・捕獲用の急襲がその任務となりつつあったのだ。

彼らは特殊作戦の世界における「フルバック」のような、暴力とパワーを発揮するための存在になっており、これは映画「ブラックホーク・ダウン」で描かれているようなものだ。この映画の中のレンジャー部隊の幹部は、ひるむ部下に対して「われわれはゴール前の最後の5ヤードで必要とされる存在だ!」と述べていた。

私のタコマでの滞在は、レンジャー部隊の広報に現場取材を申し込んで失敗することで費やされてしまった。タコマの夜は、前線から帰ってきたばかりで次の派兵に備えようとしている、若いレンジャー部隊の集まるバーで過ごした。彼らが教えてくれたのは、3ヶ月から半年ほど派遣され、それと同じ期間をアメリカに帰ってきて過ごすという派兵サイクルで、これを何度も繰り返すというものであった。

米陸軍士官学校で英語を教えているエリザベス・サメット女史は、このような若者のことを「戦争通勤者」と呼んでいるほどだ。タコマでこの現状を見ている彼らの妻や子供たちの中には、それを「中毒」であると言い表している。もしこれが本当であり、しかもこれに当てはまるケースが少ないようであれば(実際私は少ないと見ているが)、これにはそれなりの理由がある。

私が会った多くのレンジャーたちは「ヴァンパイアのほうが派兵されている時のオレたちよりも光を見ているぞ」と冗談を言っていた。彼らについての見方は、私が現役の頃とは違ってきた。なぜなら彼らが終わりなき状態を楽しんでいるように思えてきたからだ

われわれがイラクで目撃したように、彼らは問題解決のために戦っていたわけではなかったし、その地の平和は彼らの目標ではなかったのだ。むしろ彼らの狙いは、米国本土に戻って休息することにあったのだ。もちろん私はそのような世界観には同意しなかったが、それでもそれはよく理解できた。

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先週のスーパーボウルが開催された日曜日に、友人と私は昔の部下たちと一緒にテレビで試合を観戦した。彼らのほとんどはすでに退役後の生活に慣れており、妻と赤ん坊のおむつの取り換えを行ったり、昔の戦場で経験した話を交わしていた。

大人たちは試合を観戦している合間に子供たちは自分たちの背丈もあるほどの大きさのおもちゃの銃を抱えて走り回っていた。彼らの遊びは「カウボーイ対インディアン」ではなくて「レンジャー対レンジャー」であった。みんなが自分の父親のようになりたかったようであり、誰もアルカイダのジハード主義者の役をやりたがっていなかった。

2011年に私がバーに招き入れた若いレンジャーは、おそらくすでに立派な軍曹になっているはずだ。そして当時会った軍曹たちは、すでにレンジャー中隊全体を指揮していたり、デルタ・フォースのようなより秘匿性の高い部隊に移動している。

彼らは自分の国に知られない無名の存在のまま活動しているのであり、この理由は、単にペンタゴンのボスの望みというだけでなく、われわれアメリカ国民こそがそのような存在を望んでいるからだ

これはまさに「別のアメリカ人」である。

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政治の道具としての軍隊という部分が強調されておりますが、とりわけオバマ政権では中東からの撤退とあいまって「使いやすい存在」になっているわけですね。

とてもクラウゼヴィッツ的というか、考えさせられる記事でした。


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by masa_the_man | 2016-02-17 13:13 | 日記 | Comments(0)