大統領候補たちの外交政策はどうなる? |
さて、昨日の放送(http://www.nicovideo.jp/watch/1455072557/http://www.nicovideo.jp/watch/1455072319)でも20分ほどかけて長々と紹介した通り、ウォルトがブログで今回のアメリカの大統領選挙で当選しそうな5大候補の対外政策をそれぞれ比較しておりまして、なかなか参考になります。よってその記事の要約を。
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五大候補者たちと、2016年の対外政策の悲しむべき状態
by スティーブン・ウォルト
「今年の大統領選挙はアメリカの対外政策にとってどのような意味を持つことになるだろうか?」私はこの質問に答えることを避けてきたのだが、その理由は今回の選挙戦全般に落胆しているからだ。これはドナルド・トランプという存在だけでなく、その選挙戦に多額の資金と一年以上の時間をつぎ込んで新しいリーダーを選び、メディアが意識調査の結果や討論会に一喜一憂しているからである。
他の先進国ではこのようなことは行われていない。たとえばカナダはその歴史で最長の選挙戦が行われたが、それでも78日間である。羨ましいことだ。正直なところ、私は本当に必要になるまでこのどんちゃん騒ぎに加わりたいとは思っていなかったのだ。
私がこの文章を書いている時点で、アイオワ州の有権者たちはこのホワイトハウスへのすでに長期化した選挙戦にとっての最初の一票を投じている。みなさんがこれをお読みの頃はすでに結果が出ているだろうし、アメリカ全土の意志を反映することのない農業中心の州のごく一部の有権者たちの票が一体何を意味するのかについて多くのことが山のように書かれているはずだ。
それでも現在までに判明していることはいくつかある。それは、ベン・カーソン、マーティン・オメイリー、クリス・クリスティー、ランド・ポール、カーリー・フィオリナ、そしてジェブ・ブッシュは次の大統領にはならないということであり、ニューヨーク・タイムズ紙が最近ジョン・ケーシックを共和党側の候補として支持を表明したが、これは彼の予備選での勝利にはつながらないということだ。
では、残りの候補者たちについてわれわれが知っているのは一体どのようなことであり、彼らがもし大統領に選ばれた場合に、どのような対外政策がとられることになると予測できるのだろうか?
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▼ヒラリー・クリントン

まず最初に最もわかりやすい例から行ってみよう。ヒラリー・クリントン候補の対外政策についての考えはたまに揺らぐことがあるが(たとえばTPPについての便乗的な否定的見解など)、その根本的なところはすでに明確であり、知られすぎているとも言えるほどだ。
彼女は元大統領夫人であるだけでなく、上院議員を2度も務めた人間だが、何よりもありがたいことに国務長官を4年も務めている。彼女の対外政策アドバイザーたちは知識も経験もある信頼度の高い対外政策のプロたちによって占められている。つまり彼女とそのアドバイザーたちは、対外政策において斬新な政策をとるとは到底思えないわけであり、この事実こそが、選挙後の変化をおそれる外国政府にとっての安心材料だ。
クリントンの対外政策はオバマ大統領のものとほとんど同じに見えるだろうが、タカ派な面は決定的に強まるはずだ。上院議員時代の彼女は繰り返し軍事力の行使を賛成(イラクも含む)したし、国務長官としてはアフガニスタンへの増派(サージ)や無謀なカダフィ大佐の排除も支持している。ウクライナにおけるロシアの強力な反応に対応できなかったのは、彼女が率いていた国務省だったのであり、もし彼女のアドバイスが受けいられていれば、今日のアメリカはシリアでさらに深い泥沼にはまっていただろう。
したがって、クリントン政権にも問題はあるだろうが、あなたが対外政策で大きな変化を望んでおらず、政府の動かし方をよく知っている対外政策チームを望んでいるのであれば、彼女は候補者として最適であろう。
最も心配なのは、クリントンと彼女のアドバイザーたちが、冷戦後から追求しているいつもの「リベラル覇権」の戦略を真剣に行おうとしていることだ。この世界観では、アメリカのリーダーシップは「かけがえのないもの」となっており、アメリカ政府が直せない国際的な問題は一つもないことになり、他国も国益を追求していることや、アメリカが影響力を行使するのを快く思っていない国があることを忘れることが多くなるのだ。
アメリカ人には「グローバルなリーダーシップ」を自分たちが生まれながら持った権利だと考えたがる傾向があるが、93年以降のアメリカの歴史を見てみると、よくてもその結果は半々といったところだ。現在の世界は、リベラルの覇権が頂点に達していた1990年代の頃とは非常に異なっており、アメリカの古いやり方はもうそれほど通用しなくなってきている。
もしあなたが中東、欧州、アジア、そしてアフリカの問題に対して、言い古された真理ではなく本物の創造性が必要だと考えるのであれば、クリントン候補のベテランアドバイザーたちは望ましい候補とはいえないだろう。
▼ドナルド・トランプ

ドレズナーの考えとはおそらく違って、ドナルド・トランプはリアリストたちにとって好ましい候補ではない。トランプはリアリストではなく、土着主義の外国人嫌いであり、攻撃的な大言壮語を吐くことによって人気を得ただけで、リアリストたちが支持できるような存在ではない。
リアリズムは明確な戦略の必要性を強調し、敵をいたずらに増やすことを警戒し、強力な国家でも他国と協力せざるを得ないし、複雑な問題には単純な解決法はほとんどないことを認識している。リアリストはたしかにトランプ候補のように企業からの利得の分配には懸念を抱いているが、私が知る限り、リアリストで比較的オープンな貿易環境に反対する人はいないし、中国に対して高い関税をかけるのを賛成したり、移民排斥のために高い壁を建設するのを支持する人もいない。
また、リアリストはトランプ氏が行っているようなイスラム教非難はアメリカの国益にとって有害となっていることや、ISのような集団にとって逆に得になっていることを理解しているのだ。
リアリズムは競争的な世界における「能力の高さ」を重視しており、何度も破産を経験し、マーケットにおけるリターンが常に少ない投資しかできていないビジネスマンに大国の対外政策の管理を任せるのは危険であると考えているのだ。
ただし本当に心配なのは、トランプの対外政策が一体どのようなものになるのか誰も知らない、という点にある。われわれはこの分野で彼が誰にアドバイスを受けているのかを知らないし(というかそもそも誰にも受けていないかもしれない)、彼がどのような本を読んでいるのか知らないし、彼が現代の外交というものを理解しているのか、そして本物の戦争はどのように行われているのかを知らないのだ。
もちろん彼が共和党の候補者となれば、多くの対外政策の専門家たちがワシントンでの職を求めて彼のもとに集合することは目に見えている。しかしわれわれは彼が誰を採用するのか知る由もないのだ。彼は「本当に素晴らしい人々」を選ぶと言ってはいるのだが、その採用基準は一体どのようなものになるというのだろうか?
トランプ候補の言葉とは裏腹に、アメリカの大統領というのは国際的な取引を自ら担当して交渉するわけではない。よって、トランプ政権というのはまだ全く謎の存在なのであり、私はそのような壮大な社会実験に参加したいとは思っていない。
▼テッド・クルーズ

自ら所属する党にこれほど嫌われ、しかも上院では共和党だけでなく民主党の議員にさえ嫌われている候補についてどうコメントすればいいのだろう?もしクルーズ政権になれば、ブッシュ前大統領式の「単独行動主義」はクウェイカー派の人々のような平和主義的なものに映るはずだ。
ウィンストン・チャーチルがジョン・フォスター・ダレスについて評したように、クルーズは「自分の陶器の店を運んでいる闘牛」のようなものであろう。もしあなたが「オバマ大統領が世界で最も人気のある大統領である」という現状に不満であれば、クルーズは確実にその問題を解決してくれるはずだ。不思議なのは、キリスト教徒らしくない「怒り」を体現している人間が、なぜここまで福音派の人々に支持を得ているのかということである。
クルーズの選対本部では対外政策の優先順位は高くないが、この点については他の共和党の候補者たちのオバマ政権の「弱腰」や国防の強化、それに移民政策への反対などと、あまり変わりはない。
クルーズは政権についたらイランとの核合意をすぐに破棄すると約束しているが、これは彼がイランの核計画が再開されることや、その合意を支持した国々を裏切ることも厭わないということだ。おそらく彼はイランに対して絨毯爆撃をしかければすべてが解決すると考えているのだろうが(もちろん解決するわけがないが)、もしトランプが「何をするかわからないので心配な存在」であるとすれば、クルーズは「何をするのかわかりやすいという意味で心配な存在」である。
クルーズの主張で一つだけ興味深いのは、彼が国家建設を嫌っていてシリアの反政府勢力に武器を渡すのに反対していることだ。ここにわずかな希望が見えるが、これは彼の世界に対する戦闘的なアプローチとは咬み合わない部分だ。
そしてトランプと同様に、われわれはクルーズが安全保障・対外政策の官僚を動かすために誰を雇うのかを知らないのだ。彼の主要対外政策アドバイザーは美術史の学位を持っている人物なので、少なくともわれわれはクルーズが大統領に選ばれた暁には「彩り」のある対外政策を期待することができるだろう。
▼バーニー・サンダース

たしかに彼は2003年にイラク侵攻に反対したという意味で素晴らしい判断力を見せているが、サンダースの選挙運動において争点となっているのは対外政策ではない。
ただし彼は単なる平和主義のハト派ではなく、F-35のような武器開発には同意したし、何度も軍事力の使用については賛成している。ところがアジア、アフリカ、難民危機、そして対ロシアなど、対外政策で具体的に何をするかはまだ謎のままだ。
ある意味で、サンダースの選挙戦は1992年のビル・クリントンの時と奇妙なほど似ている部分がある。ブッシュ(父)は第一次湾岸戦争で勝利をおさめ、しかも共産主義体制の崩壊の後処理を管理できたために対外政策で力を発揮できたわけであるが、クリントンが出てきてアメリカ国民に対して「経済だアホ」と言って本当に重要なことを見失っていると暗示したのだ。
ただし、クリントンはウォール街とグローバル化を賞賛しつつも、サンダースは大企業のエリートたちが自分たちの利益のためにシステムをつくりかえていて、その残りクズだけをそれ以外のアメリカに分配していると考えているのだ。このようなことから、彼が民主党の上層部を緊張させ、金融産業で働く気のない若いアメリカ人たちが吸い寄せられるのはよくわかる。
サンダースにとって対外政策というのは、主に「補足」程度の意味しかない。彼は理想主義的な対外政策の実現のために多額の資金をばらまいたりするようなことはないし、アメリカに直接脅威を与えてこないような国とわざわざ戦うこともないだろう。これは賢明な姿勢だ。
ところがそれ以外の対外政策の大きな問題について、彼がどのような方針を持っていて、それに対してどのような手段で対応しようとするのかは謎である。彼の独特のカリスマとこれまでの予想外の成功にもかかわらず、彼がそれをわれわれに見せてくれるチャンスはないだろうと私は見ている。
▼マルコ・ルビオ

もしイラク侵攻は素晴らしいアイディアであり、世界をコントロールするには少しのやる気と勇ましいスローガンが必要なだけだと考えているのなら、ルビオはあなたにとっての最適な候補である。
マルコ・ルビオの政治キャリアは強固なネオコンの信念を持った支援者たち(ポール・シンガー、ノーマン・ブラマン、そしてシェルドン・エイデルソン)によって支えられてきており、ブッシュ政権でアメリカを大災害に導いた「新しいアメリカの世紀プロジェクト」(PNAC)の周辺の人々にアドバイスを受けているという報告もある。ルビオの選挙用のホームページを開けてみると、「新しいアメリカの世紀への準備はできているか?」という驚くほど時代遅れの言葉が最初に現れるのだ。どこかで聞いたことがある言葉ではないか?
したがって、ルビオの対外政策の政策案が昔のウィークリー・スタンダード誌の記事のような調子で書かれていたり、ニューヨーク・タイムズ紙のネオコンであるディビッド・ブルックスがルビオの良さを売り込むコラムを続けているのは驚くべきことではないのだ。
私は、ネオコンたちがルビオを気に入ったのはブッシュやペイリン候補の時と同じで、自分たちの思い通りに操れる無知な人形であり、彼らの極端な世界観に引き込むことができると考えたからではないかと疑っている。もちろんジェブ・ブッシュにも自分の兄に仕えたネオコンのアドバイザーが何人かついているが、彼の選挙戦はうまく行っていないし、すでに信頼の落ちたPNACの世界観を完全に受け入れてくれるのはルビオだけのように見えるのだ。
ルビオはアメリカが劇的に弱体化していると考えており(まだ世界一の経済大国であり、国防費も以下の10数カ国を合わせたものよりも多いのだが)、この低下を止めて「アメリカの強さ」を復興させることを約束している。ところが彼は、減税と同時に「ワシントンの浪費」を統制したいらしい。つまり彼は、共和党がレーガン以来使っている怪しい矛盾した選挙公約を掲げているということだ。
ルビオは自由の推進には積極的であると言いながら(テロ対策から自由の制限を認める)「愛国法」を好み、国家安全保障局があなたの携帯電話をのぞき見するのを許そうとしている。また、彼はわれわれが直面している最大の脅威がイラン(経済規模はアメリカの12分の1で国防費はそれ以下だ)であると考えているようであり、中東における過激主義に対する解決法は「過激なイスラム教」と呼ぶことであるとしているようなのだ。しかもそれ以外の彼の対IS政策はオバマのものとほとんど変わらない。
また、彼は中国との強い経済的結びつきを維持することを約束しながら、その人権侵害には意見を述べつつ、TPP合意(これもオバマ政権の成果だ)を履行し、中国のサイバー攻撃をやめさせることを宣言している。そしてここで唯一欠けているのは、このような矛盾した目標をどのように実現するのかという手法についての話である。
まとめると、ルビオ政権になれば、アメリカはネオコンの悲劇的な実験から何も学ばなかったことを証明することになる。もし11月に彼が選ばれるようなことになれば、アメリカは歴史が与えた罰を受けることになるだろう。
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ここまでお読みになったみなさんは、私が今年の大統領選をどれほど悲観しているのかがおわかりいただけると思う。
ただし良い知らせがある。それは、どの大統領も自分だけで対外政策を遂行するわけではないということだ。そして選挙中に彼らが言ったことは政権に入ってから行うこととかなり異なることが多いのである。たとえば2000年に大統領選を戦っていたジョージ・W・ブッシュは「つつましい」対外政策を約束しており、その前のクリントン政権を「国家建設」をやりすぎであると批判していた。ところが911事件後の彼の政策は、選挙中に示されたものとは正反対だったのである。
同様に、多くの人々はオバマ大統領が左翼的な対外政策(MoveOn.orgによる大戦略)を実行すると考えていたが、無人機を多く使用するようになり、グアンタナモ収容所は閉鎖せず、特殊部隊を活用し、アフガニスタンでの戦いを激化させ、2012年にミット・ロムニーが右から批判することを不可能にしてしまったのだ。
さらにいえば、次の大統領が誰になろうとも、彼もしくは彼女は、国家安全保障関係の官僚たちから選挙中に言いふらしていたお伽話と実際の世界の現実は違うということをさかんに聞かされることになる。
オバマ大統領は、政権を担当し始める前にそのような集中ブリーフィングを受けさせられており、トランプのようなエゴの強い人間でも、経験豊富な官僚たちの説明には耳を傾けざるを得なくなるはずだ。そしてトランプやクルーズが納得しなくても、その馬鹿げた政策の追求に対して、官僚組織はその決定を遅めたり妨害したり阻害したり弱めたりするような手段をいくつも持っているのだ。
そうなると「そもそも選挙をする意味があるのか」という疑問も出てくるのだが、もちろん意味はある。アメリカはいまだに世界最強の国であり、ホワイトハウスの執務室に座る人物は、それが誰であれ自分が指名した人々に対して、そして自分が決定した案件について大きな影響力を持つのである。
そして今回の選挙を考えた時に私を最も悲しませるのは、新たな聡明なリーダーが出てきて現在のわれわれの直面している問題に対して明晰な解決法を示して興奮させられるのではなく、対外政策のエスタブリッシュメントの人々に様々な候補者たちの最悪の思いつきをなんとか抑えこんで欲しいと願うだけの自分になってしまっていることなのだ。
2016年の大統領選へようこそ!残りはあと10ヶ月だけだ。
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結局最後は「官僚組織の力に押し切られてそんなに過激なものにはならないのでは?」というところは確かにそのとおりですね。
ウォルトの目論見とは違ってサンダースがニューハンプシャー州の民主党の予備選で勝ちましたが、まだ先はわかりませんね。
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