もしも「リアリズム」を使ってたら:その2 |
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●第一に、最も明白なことだが、ブッシュ(息子)大統領がブレント・スコウクロフトやコリン・パウエル、もしくはその他の著名なリアリストたちの意見を聞いていたら、彼は2003年にイラクに侵攻はしていなかったであろう。
●ブッシュ大統領はイラクで泥沼にはまる代わりに、アルカイダ排除のみに専念したはずだし、数千人にのぼる米兵は殺されたり負傷したりしなかったであろうし、数十万人のイラク人は今日も生きていたはずだ。イランの地域での影響力は今日よりもはるかに少なかっただろうし、ISも存在していなかっただろう。
●したがって、賢明なリアリスト的なアドバイスを拒否したことにより、アメリカ人の血税の数百億ドル分がかかったことになり、人命的な損失と共に、結果として地政学的なカオスを生じさせることになったのである。
●第二に、もしアメリカがリアリズムの知恵を尊重していれば、アメリカは1990年代にNATOを拡大を進めていなかったであろうし、その拡大もポーランドとハンガリー、それにチェコ共和国にとどめていただろう。
●リアリストは、大国というものが国境近くのパワーの変化にとりわけ敏感であることを知っており、だからこそ専門家であったジョージ・ケナンはNATOの拡大がロシアとの関係を必然的に悪化させたことを警告したのである。
●NATO拡大は同盟の連帯感を強めたのではなく、ただ単にアメリカに対して自国から離れてロシア近隣にある、弱くて守りにくい保護国をコミットさせただけだ。みなさんにぜひ見ていただきたいのが、これこそが「傲慢」と「まずい地政学」のコンビネーションの典型的な例だということだ。
●これに代わるよりマシな対案は、ロシアを含むワルシャワ条約機構の元加盟国たちとの建設的な安全保障のつながりを持つことを模索した、いわゆる「平和のためのパートナーシップ」の原案であった。
●ところが不運なことに、この賢明なアプローチも、「新しい国の参加によって生じる安全面での保障は決して約束されなくてもよいものである」というリベラルの希望が反映された「NATO拡大」という理想論的な急務によって破棄されることになったのだ。
●また、リアリストはジョージア(グルジア)やウクライナを「西側」に引き入れようとする行為はロシアからの鋭い反発を巻き起こすことになり、ロシアが本気になればこれを妨害するだけの手段を持っていることを理解していた。
●もしリアリストがアメリカの対外政策を担当していたとしても、ウクライナは今と同じくらい悲惨な状況だったかもしれないが、クリミアはまだウクライナのものであり、2014年にウクライナ東部で勃発した戦闘はそもそも起こっていなかったかもしれない。
●端的に言えば、もしクリントン、ブッシュ、そしてオバマ大統領がリアリストのアドバイスを聞いていれば、ロシアとの関係ははるかにマシだっただろうし、東欧の安全保障環境ははるかに良好であったはずなのだ。
●第三に、リアリストの指示書に従っていた大統領は、ペルシャ湾で「二重の封じ込め」(dual containment)という戦略は採用していなかったであろう。イランとイラクを同時に封じ込めることを約束する代わりに、リアリストはその両国の互いの競争関係を利用し、互いを牽制させることに使ったであろう。
●「二重の封じ込め」のおかげでアメリカは強烈なライバル同士である両国に反対することになり、サウジアラビアと湾岸地域に大規模な地上部隊のための基地と航空基地を維持しなければならなくなったのだ。この長期的な軍事プレゼンスは、オサマ・ビン・ラディンにとっての怒りの大きな原因の一つとなり、アメリカを911事件でのテロ攻撃の標的にする助けとなったのだ。
●ペルシャ湾の国際政治に対するリアリスト的アプローチは、このような攻撃の可能性を、不可能にするというのは無理でも、それをかなり下げたはずなのだ。
●第四に、リアリストはアフガニスタンでの「国家建設」は(とりわけイラク侵攻によってタリバンが勢力を復活させた後は)無駄な努力であると警告しており、しかもオバマ政権の2009年の「サージ」(陸上兵力増強)は効かない、と正確に予測していた。
●もしオバマ大統領がリアリストたちの言うことを聞いていたら、アメリカははるか以前にアフガニスタンで損切りできていただろうし、その結果は色々とつぎ込んだ後の現在の状況とほとんど変わっていなかったであろう。つまり多額の資金と人命は救えたはずであり、アメリカは今日よりも戦略面でよいポジションにいたはずなのだ。
●第五に、リアリストたちにとって、イランとの今回の核合意は、アメリカに覚悟と柔軟な外交姿勢があれば目的を達成できることを示した好例なのだ。ところがブッシュ大統領かオバマ大統領が、イランの核インフラがはるかに小規模な時からリアリストの進言を聞いて真剣な外交を行っていれば、ワシントンははるかによい条件での合意を引き出せたのかもしれないのだ。
●リアリストたちは「イランは濃縮システム全体を放棄することは決してないし、軍事力でテヘランを脅しても、彼らの潜在的な兵器の能力獲得の欲望をさらに高めるだけだ」と何度も警告している。もしアメリカがその当初から(リアリストがアドバイスしたように)柔軟な外交姿勢を見せていれば、イランの核開発を今よりもはるかに低いレベルで留め置くことができたはずなのだ。
●アメリカが外交でより柔軟な姿勢を見せていれば、2005年のアハマディネジャド大統領の選出さえ阻止できたかもしれないし、イランとの関係をより建設的なものにできていたかもしれないのだ。もちろん保証はできないが、それでもアメリカはここまでひどい状態にはならなかったはずなのだ。
●第六に、リアリストの多くはアメリカとイスラエルとの「特別な関係」に批判的であり、それが両国にとって有害であると警告している。イスラエルの熱心な支持者たちの何人かはこのような立場に「傷つけられた!」と怒るわけだが、これは何もイスラエルの存在そのものや、アメリカとイスラエルの国益が同じところにあるのであれば協力すべきだという姿勢に対して憤りを感じているからこそ表明されるというわけではないのだ。
●それよりもむしろ、この立場は「アメリカのイスラエルへの無条件な支持は、世界におけるアメリカのイメージを損なうものであり、テロ問題を悪化させ、テルアビブがパレスチナの犠牲の上に大イスラエルを建設するという自滅的な努力をし続けることを意味する」というものなのだ。
●また、リアリストはイスラエルとパレスチナの「二国による解決」のためには、アメリカが単に「イスラエルの弁護士」になるのではなく、双方に圧力をかける必要があると論じている。これまで何度もいままでのやり方が失敗していることを踏まえれば、この点について異議を唱えることができる人はいるだろうか?
●第七として、もしオバマ大統領が(ロバート・ゲイツのような)より「リアリスト的」なアドバイザーに耳を傾けることができたのであれば、彼はリビアでカダフィを排除しなかったであろうし、その過程でまた「失敗国家」を生み出すこともなかったのである。
●カダフィはたしかに卑劣な支配者であったが、その当時リビアに「人道介入」を訴えていた人々は「民族浄化」のリスクを過大評価していたし、カダフィ独裁政権の崩壊後に発生する無秩序と暴力を過小評価していたのだ。
●リアリストたちはオバマ大統領に対して「アサドは退陣すべきだ」とか、化学兵器の使用について「レッドラインを引く」などと言うべきではないと警告したはずである。もちろんこれは、アサドを守るためでもないし、化学兵器が戦争における合法的なツールであると言いたいわけではない。
●むしろ重要なのは、そこにアメリカの致命的な国益は存在せず、そもそも最初からアサドとその仲間たちは何がなんでも政権を維持しようと必死になることが予測できたからだ。
●リアリストにとって最も重要なのは、それが野蛮な独裁者との取引であろうとも、内戦を迅速かつ最小限度の犠牲で終わらせることにある。もしオバマ大統領が数年前にリアリストの提言を聞いていたら、シリアの内戦は多くの人命が失われ、国が修復不可能になる前に終わったかもしれない(繰り返すが、これは可能性の話だ)のだ。
●まとめると、もしリアリストが過去20年間にアメリカの対外政策の舵を握っていたら、多くの損害は避けられたかもしれないし、いくつかの重要なことを実現できたかもしれないのだ。
●もちろん私が示したいくつかのポイントについて異議を差し挟む人もいるかもしれないが、全般的に言って、リアリストたちは、「アメリカには世界のほとんどの重要な問題を管理するための権利と責任と知恵がある」と主張しつづけ、今になれば愚かに見える行動をするようアメリカ政府に働きかけてきた人々よりも、はるかにまともな主張を行ってきた記録をもっているだ。
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続きはまたのちほど。



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