孫子とルトワックから見えてくる日韓合意 |
さて、またまた孫子について書きます。
今回発売した孫子CDの特徴の一つが、西洋の戦略理論と孫子のアイディアを比較していることです。
その中に出てくる西洋側の代表的な戦略の理論家の一人が、私が訳書も出しているエドワード・ルトワックです。
この理論家は、現代の西洋の戦略理論において、戦略の「逆説的理論」(パラドキシカル・ロジック)という概念を提唱したことによって、革命を起こしたとされております。
この理論の中身を簡単に要約していいますと「競争的な環境、つまり紛争や戦争になると、戦略にはパラドックスが生じる」というもので、そこでフォーカスされているのは、戦略を行う上で自由意志を持って対抗してくる「敵」や「相手」という存在。
つまり戦略を考える際に、自分のアクションももちろんですが、さらに重要になってくるのが「敵のリアクションである」ということです。
自分がAというアクションをすると、敵はBというリアクションをしてくる、そうするとAとBの相互作用が続いて、敵と自分の関係はより流動的でダイナミックなものになっていく、ということです。
何度もいいますが、われわれ日本人というのは、どうも「戦略」という言葉を聞くと、そのな中に相手や敵の存在というものが考慮されておらず、ひたすら自分のことを計画的に進められるものだ、という勝手なイメージを持ってしまいがちです。
ところが実際の戦略というのは、すべからく敵と味方の相互作用のように、まるで二人で踊るタンゴのように展開されるドラマであります。
いくら戦略としていいプランを立てても、それを相手にぶつけた瞬間から相手が変化して、そこから状況が動きはじめるからです。なんともドラマチックではありませんか。
このような戦略をダイナミックにとらえる考え方は、孫子の兵法においてすでに十分すぎるほど認識されておりました。
ちなみに、それが「道」(タオ)なのですが、ここで言う「タオ」とは、皆さんがよくご存知の、いわゆるあの老子の本の中で説かれているタオとは少し意味合いが違います。
なぜその意味合いが違うのかについては、私もCDの中で語っておりますので、詳しくはそちらを参照にしてください。
日本の孫子関連の書籍ではほとんど指摘されておりませんが、孫子は『兵法』を読む人に向かって、戦いを考える際に、自分と味方の関係性と、その流動性というものを、しっかりと意識して戦略を考えるようにアドバイスしております。
これはまさに、ルトワックの指摘したような「敵と自分のダイナミズム」そのもの。
もちろんルトワック自身は孫子をどこまで読み込んだのかについてはいま一つはっきりしない部分があるのですが、戦略についての考えそのものは、孫子のそれと驚くほど似通っております。
その理由は、どうやら彼らに共通した経験にありそうです。なぜなら両者とも、戦場という現場や歴史のケースを読み込みつつ、あらかじめ決めた「線的」な計画が通じないことを経験しており、そこに不可思議なダイナミズムがあることを実感していたらからではないでしょうか。
余談になりますが、これを受けて、今回のいわゆる「慰安婦」問題の日韓合意について一言。
日本の識者の中には、合意の話が出た時点で、「日本の外交的な大勝利だ」という分析をされた方がいらっしゃることは、本ブログをお読みのみなさんもご存知かもしれません。
とりわけ彼らの中には「今回の合意でボールは韓国側に渡されたので、あとは向こうが約束を実行できるかだ、合意は不可逆的なものであるから蒸し返されない」という議論をする方もいらっしゃいます。
ただし孫子やルトワックの「戦略のダイナミックさ」というものを知っている自分からすると、このような考えが極めて怪しいことが実感できます。
なぜなら、いくら日本側がボールを投げても、そこから相手の動きや反応というものが出てきて、事態がそこから動き出すからです。
上記のような識者たちの考え方に共通するのは、「合意ができたのだから状況は固まった」という考え方。つまり状況を静的(static)なものとして見なす想定です。
ところが外交でも戦略でも、相手は自由意志を持った存在です。反応して何をやってくるのかは相手の話であり、いくらこっちが「これでことが終わった」としても、それをいくらでも覆してくる可能性があります。
今後の日韓関係がどうなるのかは誰にもわかりませんが、少なくとも状況がこれで収まらず、単純な「日本の勝利」は全くありえないと断言できるでしょう。
何度も言いますが、戦略でも外交でも、相手は動きます。そして彼と我の関係は、ダイナミックに変化していくのです。
このような内容を、私は孫子のCDに凝縮して語っております。ぜひお聞きいただければ幸いです。
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