戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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鄭和の遠洋航海伝説を利用する中国

今日の横浜北部は久々に朝から晴れてくれました。連日の集中豪雨はすごかったですね。

さて、すでにツィッターにも流しましたが、アメリカの中国海洋政策の専門家であるジェームス・ホームズとトシ・ヨシハラの二人が共同で書いた古い記事が面白かったので、その要約を。

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Soft Power at Sea: Zheng He and Chinese Maritime Strategy
by James Holmes & Toshi Yoshihara

Oct. 2006: Proceedings

●2005年版の米国防総省の中国軍事レポートでは、中国の国家戦略を見極めるのが難しいとして、北京の公式発表のほか、建造中の船の数など、具体的なものしか掲載していない。

●ところが真相に迫るには、彼らのアイディアと歴史を参考にすべきだ。

●そこで参考になるのが明時代に東南アジアの水域まで航海した鄭和の活躍(1405-1433)である。鄭和が現在の中国の善隣外交の指針となっている理由は二つある。

●一つは米国やアジア諸国からのシーパワーへの意欲への反発を回避するため。そしてもう一つは、それが平民による行動であることを強調すること。

●国際政治の学問では、国力の発揚が4つの形をとると言われている。最初の3つは外交、経済、そして軍事であり、これらは比較的わかりやすい。ところが4つ目のソフトパワーというのはやや定義しづらい。中国は歴史的にアジアにおいてこのソフトパワーを持っている存在であると見なされてきた。

●この600年前に「宝船」を先導してインド洋を航海した鄭和は、現在の北京政府にとって国内外でのソフトパワー発揮の際の理想的なマスコットとなっている。鄭和によって語られているメッセージは、「中国はアジアの海洋安全保障にとって外部の国(米国)よりも信頼のおける国だ」ということ。

●鄭和の航海は、実質的にインド洋で最初に艦隊を組んで航行した最初の例である。その時に使われたテクノロジーも当時としてはたしかに画期的なもので、大型のジャンク船とも言える「宝船」は最大9本のマストを持っていたほか、宋代から使用されていた羅針盤を備え、浸水を防ぐための「コンパートメント」も備えていた。

●鄭和は、馬哈只の子として雲南でイスラム教徒として生まれた。10歳の頃に鄭和は明に捕らえられて去勢され、宦官として当時燕王だった朱棣(→永楽帝)に献上される。永楽帝より鄭の姓を下賜され、宦官の最高職である太監に任じられ、明の国威発揚のために船団を組んで遠洋航海を命ぜられる。

●永楽帝が鄭和をインド洋に向かわせた理由は、権力闘争でやぶれた陳友諒の水軍を牽制するためだと言われているが、国内的な動機もある。内戦で崩壊した国庫を貿易によって潤すと同時に、冊封体制の復活も考えていたようだ。インド洋の西方に向かえば、これらの問題を一挙に解決できると踏んでいた。

●鄭和が活躍していた当時の中国には、2つの主要な海上交通路があった。東海路がジャワ島、ボルネオ島、そしてフィリピンなどの港までつながっているもので、西海路がスマトラ島やマレー半島の港までつながっていた。鄭和がインド洋に向かう時に使ったのが後者。

●鄭和の艦隊は、インド洋に入るととそれぞれ小規模な船団に分かれて様々なところに向かった。その一部は現在のアフリカ東岸のケニアまで到達したという。

●鄭和の艦隊は海洋外交だけでなく、軍事的な脅威にも直面した。たとえば最初の航海ではマラッカ海峡近くで広東人の陳祖義という人物の率いる海賊に遭遇した。鄭和の艦隊は陳の海賊船を沈めて乗組員の5000人を殺しており、この海賊のリーダーを本国まで連れ帰って公開処刑している。

●また、鄭和はマラッカ海峡の安全の確保に多くの時間を費やしており、これからもアジアの海とインド洋を結ぶこの海上交通路の重要性が認識されていたことがうかがえる。

●他にも限定的だが、軍事力の行使を何度か行っており、たとえば第三次遠征中の1411年にはセイロン島の王国の内戦に介入しており、明に忠誠を誓った側につき、その反対の仏教徒のアラカイスワラ王を捉えて本国まで連行した。このエピソードは、中華帝国軍が海外で地上戦を行った歴史上唯一の例かもしれない。

●永楽帝が死去するまでの鄭和の航海は、実際はそれほどの軍事力を使わずにその狙いをほぼ達成しており、30カ国にものぼる外国の王や使節を本国に送り届けたりするために使われるようになっていた。この明による冊封体制の復活の一因は、明らかに鄭和の力によるところが大きい

●鄭和の航海は第7次遠征で終わった。永楽帝が死去して次の洪熙帝の時代に入ると、明朝廷では内部抗争が始まった。科挙をパスしてきた官僚たちは、利益を嫌う儒教の性格もあってか、シーパワー的な性格の帝や宦官たちを蔑むようになり、最終的には官僚たちが勝って海軍の建造はストップした。1525年には全船破壊令が出された。

●現在の北京が鄭和の伝説をどのように使っているのかを知ることで、彼らの今後の海洋政策の目標がわかるかも知れない。たしかに彼らは、東南アジアへの洗練された外交キャンペーンの一環としてこの歴史上の人物を活用しており、北京が現在重要視する海域も、鄭和のたどった航路と符号している。

●鄭和の物語は、北京がその海軍増強に恐れる周辺国の心配を和らげるためのソフトパワーとして応用されている。

●中国の海洋外交では常にいくつかのテーマが見受けられる。第1は、伝統的に海洋志向の国家であることを国内外の要人たちに知らしめること。実際のところ、鄭和は海を通じて冊封体制を敷いていた事実があるからだ。 北京は明の前例を引き合いに出して、それが地域にとって利益があることだと喧伝している。

●また、当時の中国が西洋よりも先進的であったと宣伝する際にも使われ、温家宝は欧州訪問の時に「中国の水夫がコロンブスよりも前に海外に遠征しておりました」と演説しているほどだ。北京政府の報道官も、鄭和の艦隊の技術面での先進性に繰り返し言及している。

●胡錦濤は2003年の豪州連邦議会での演説で「1420年代に鄭和が豪州の沿岸部に立ち寄って現地を調和的な友好をはかり、中国の文化を伝えました」と言及。これは歴史的にかなり怪しいが、そのメッセージは「中国の海洋面でのパワー拡大は、欧州人よりもはるかに先んじている」という点では揺るぎない。

●中国の海洋外交に散見される第2のテーマは、中国の「平和的台頭」の正当化の理由として、平和的であった鄭和の遠征の話を使うというもの。

●これは外交部などの報道官によって繰り返し使用されており、大国であった明が鄭和の遠征を行ったように、歴史的に見ても現在の中国の台頭も平和的になるのが不可避である」と説明されるのだ。

●ここで中国の報道官たちが暗示しているのは「もし明の海洋拡大が禁止されず、そのまま行われて冊封体制が拡大していれば、アジアの歴史は現在のものとはだいぶ違ったものになっていただろう」というものだ

●それと近いが、中国の海洋外交に散見される第3のテーマは、中国が鄭和の航海を西洋列強の植民地支配の歴史と対比させつつ、中国のパワーはこの地域のすべての人々にとって利益になるという主張だ。

●たとえば温家宝は、米国訪問中に「鄭和は外国に絹とお茶と文化を与えたが、土地は決して奪わなかった」と説明している。

●つまり中国の急激な台頭に対して不安感を覚えている国々に対して中国が鄭和の例を引き合いに出す際に発信される本当のメッセージは、「領土や軍事的な支配は行わないから安心しろ」ということだ。

●そして同時に暗示されているのは、「中国の海の支配は、米国のそれよりマシだぞ」というものだ。

●ここまでまとめると、北京は海洋外交の一環として鄭和の話を使い、アジアの海域における中国の海軍力の台頭を正当化して周辺国を安心させ、米国の同海域の支配の正統性をゆるがせ、中国のナショナリズムを鼓舞し、共産党の支配維持を狙ったものだ。なんと鮮やかなソフトパワーの使用であろう。

●結果として、中国の鄭和を使った外交について何が言えるのだろうか?まず簡単に言えるのは、歴史に関する2つのことだ。

●1つ目は、現在の北京の共産党政府は明の朝廷と全くシステムが違うという点だ。中国海軍は鄭和の船団の伝統は受け継いでいないし、そもそも政府の性格までまるで違う。

●2つ目は、鄭和の航海が行われてた期間は歴史的に見ても短すぎて、明確なことが言えないということだ。たとえばセイロン島の例からわかるように、明だって軍事力を行使して植民地支配したか可能性だってあるのだ。

●それではアメリカのリーダーたちは中国の鄭和外交から何を学ぶことができるのだろうか?

●第1が、中国は新たに海の支配を狙っているということだ。第2は、北京の狙いは大方で言われている東方向ではなくて、自分たちの経済活動にとって決定的な海上交通路の存在する、南方向にあるということ。

●第3は、北京がすべての国力的な要素を外交につなげるということ。そして第4が、その外交のおかげで中国の周辺国は中国のことを「脅威」ではなく、貿易や投資相手として見ているということだ。

●そうなると、たとえば国際関係の学者が言うような「バランシング」は起こらずに、むしろ階層的な「冊封体制」が復活するかもしれない。そうなると、米国が第二次世界大戦後にこの海域で築いてきた戦後秩序の維持は厳しいものになるかもしれないのだ。

●: 米国はこの海域における中国の主導状態を受け入れざるを得なくなるかもしれないし、むしろ歓迎すべきなのかもしれない。しかし同時に、米国自身はアジアにおいて、ソフトパワーの発揮も含めたより首尾一貫した大戦略を構築することが必要になる。

●そういう意味で、鄭和は米中両国にとって極めて参考になる存在だ。

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以上です。私のコメントについてはブロマガのほうで。



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Commented by 無花果 at 2015-09-20 23:22 x
思い描くセルフイメージの発露に関係するようにも思ったので、こちらに書かせていただきましたが、直接は関係ないです。

奥山さんがリツイートなさってたOGAWAkandaiさんのツイート「「あんなカッコいいグループをプロデュースする能力が(共産党に)あれば~」というツイートをみて、興味深いと思いました。

今回の安保妨害騒動の一連を眺めていた人間にとって、あれは思想や主張の内容がどうであれ「どこに出しても恥ずかしい暴力的で下劣な代物」だと思うのですが、あれはやはり、あの行動を「カッコイイ」と考える人間にプロデュースされていたのだな、と。

発言に現れる理想のズレって本音がわかって面白…もとい、怖いですね。
Commented by nns at 2015-10-11 23:37 x
あの二階氏が南京の件で、ユネスコへの資金拠出に慎重になるべきだと言い出したそうですが…

ようやく蒙を啓いたのか、と思いたいですが、単に「そうなると中国マネーでより制御効かなくなるよ」と言うガヤが既に仕込んであって、「世界的ムードでも中華のご機嫌取り常識なんだね」的な我田引水を目論んでいるに一票。
「そうなったら欧米を焚き付け、中国の金で天安門、チベット、ウィグルを徹底追求させる」
とは言ってくれないだろうなあ。
by masa_the_man | 2015-09-13 00:07 | 日記 | Comments(2)