戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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ローマ帝国の大戦略

今日の横浜北部は朝からよく晴れて初夏の陽気でした。そろそろ梅雨でしょうか?

さて、前回のエントリーに引き続きルトワック本の紹介ですが、今回は同時に原著が復刊されることになった、彼の博士号論文を元にしたローマ帝国に関する本です。

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The Grand Strategy of the Roman Empire: From the First Century A.D. to the Third
by Edward N. Luttwak

原題を直訳しますと、『ローマ帝国の大戦略:一世紀から三世紀まで』というシンプルなもので、内容も題名の通り、1世紀から3世紀までの300年間のローマ帝国の大戦略の違いを分析するというもの。

目次は大きく見ればかなりシンプルで、以下の通り。

===

▼推薦の言葉

▼はじめに

▼イントロダクション

▼第1章:ユリウス=クラウディウス体制:オクタヴィアヌスからネロ時代までの従属国と機動的な部隊
ーシステムの概要
ー従属国たち
―従属国たちの管理
―ローマ軍の戦術的構成
―部隊の戦略的派兵
―結論

▼第2章:フラウィウス朝からセウェルス朝まで:科学的な前線と、ウェスパシアヌスからマルクス・アウレリウスまでの妨害的な防衛
ーシステムの概要
―国境防衛:戦術的な面
―国境防衛:戦略的な面
―従属国システムの減退
―ローマ軍
ー結論

▼第3章:縦深防衛:3世紀の大危機と新しい戦略
ーシステムの概要
―脅威の変化
―帝国の新しい国境
―城塞都市と強化点防衛
―国境部隊
―地方部隊
―中央野戦部隊
―結論

▼エピローグ

▼補遺

===

これだと元の論文が3部構成で書かれていたことが一目瞭然という感じですが、ルトワックはこのように時代を完全に3つにわけて、およそ100年間ごとのローマの大戦略(grand strategy)の特徴をそれぞれ分析しております。

まず各時代のローマ帝国の大戦略を「システム」(体制)と名づけて、第1章で紹介するシステムは「覇権的拡大」、第2章のシステムは「領土安全保障」、そして第3章では「先細りする状況」というシステムであるとして詳しく解説していきます。

普通のローマ帝国に関する本を読むと、ローマ軍は戦術的にも好戦的であったというイメージがありますが、ルトワックによればそれは間違いで、たとえばユダヤ戦争におけるマサダ要塞の攻略戦(70-73年)などでは、極めて慎重な攻略法をとっていることを指摘しております。

というのも、ローマは紀元前146年までのカルタゴとの戦いで大規模な軍隊を使う戦争の戦い方における複雑さを学んでおり、それ以降の五賢帝の時代などの拡大期には、むしろローマ軍に好戦的な戦術を使わせるよりも、軍隊の存在による脅しを使う「強制外交」をとっていたと分析します。

つまりローマ人たちというのは、その領土の拡大期には「抑止」的な軍隊の使い方をしており、戦略における物理的な面よりも、むしろ相手の恐怖心にどこまで訴えかけることができるかという、いわゆる心理的な面をよく理解していたというのです。

このようにみると、まさにローマ帝国興亡史という感じですが、とりわけその戦略面・軍事面から見ているという意味では画期的なものかもしれません。地図や図、それに表なども意外に豊富です。

これをざっと読んでみての感想ですが、どうしても現在のアメリカの大戦略との比較をしたくなってしまうほど現代的な示唆に富んでおります。また、戦略における心理的な面や相手の反応の重要性など、後に『戦略論』に集められたアイディアの数々がすでにここに現れていたことを発見したのも興味深いところでした。

この続編として、ルトワックは『ビザンツ帝国の大戦略』という大著を再び2009年に出しました。こちらはおそらく翻訳はされないでしょうが、さすがに本人も認めるだけあってなかなかの名著です。

このような本を「クーデター入門」と全く同じ著者が書いたとは思えないほどですが(苦笑)、その歴史分析の正確性はさておき、その後にローマ軍そのものに対する興味を喚起したという意味では、一つの功績があったと言えるでしょう。

そろそろこれの新板が出るようですが、果たして邦訳は実現するのかどうか。


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Commented by sdi at 2015-06-04 23:58 x
>ビザンツ帝国の大戦略
ビサンツ帝国については、日本で本がでませんからね。
特に軍事戦略、軍制など。
むしろ、こちらのほうを読んでみたい・・・・・・orz
Commented by prof at 2015-06-05 11:51 x
Luttwak先生は守備範囲が広いね。個人的にはこのような題材は好きだけども、彼の場合、もう少しすっきりした英文を書いてくれると翻訳しやすいかも。Johns Hopkinsに出版部門があったとは知らなかった。
Commented by yomo-uni at 2015-06-06 09:56
 ワタシは英語はダメ子なので、この本は絶対に読めないのが哀しいのですが、しかしここで紹介されたローマ軍の姿勢は当然でしょう。
 だってカルタゴ戦役に勝利して以降のローマは、国家の存亡にかかわるような戦争はしていません。
 勝ったら外交上有利だけれど、負けても国家が滅亡するわけではない、文字通り血を流す外交としての戦争しかやっていないのです。
 兵士が戦場で戦っている間も、ローマ市民は平和で豊かな生活を享楽していました。
 このような状況で兵士に戦いを強いるのですから、人員の損傷を最小限に抑える事は最重要時です。 また戦場で兵士達にできる限り快適な生活を保障するのも当然です。
 今のアメリカ軍と同じですよね?
 ああ、誰か翻訳してくれませんか?
Commented by 待兼右大臣 at 2015-06-07 18:17 x
>>クラウディウス

「グラディウス」見えた私には、別の何かが見えたらしい。

それはさておき、個人的には、ローマ帝国の版図を見ると、「1強」状態となったローマ帝国が時間がかかるにせよ、あの版図にたどり着くのは、半分くらい「地政学的」必然であったと思います。

それは、
1 アルプス
2 ピレネー
3 ライン川=ドナウ川
のラインのどれかでローマの版図が止まるのが「地政学的限界」であり、その中に取り残された小国は、時間の長短はあれ、ローマに飲み込まれる運命にあったと予想されるからです。

逆に言えば、その自然国境が破られたときに、ローマは縮小し、いずれは滅亡するという運命にあったのでしょう。

その「運命」を1000年以上にわたって引き伸ばすことに成功したビザンツ帝国の戦略も、また、賞賛に値するともいえます。

それは、「中原」が存在する中華世界も、分裂時代はあっても、いつかは統一されてきたからです。ただし、どの「自然国境」でとまるかは、その帝国の国力によります。

その点からすれば、「抑止的」な軍事力の使い方は、時間がかかるが、長期的には確実な見返りが得られるという意味では「ローリスク」な選択だったと思われます。
Commented by 待兼右大臣 at 2015-06-08 18:12 x
地政学関連で言えば、最近

「川だけ日本地図」

というものが公開されています。
といっても、「川だけ」ではなく、土地の高低も分かりますから、わが国における陸上の「国境(くにざかい)」が

分水嶺が自然国境として認知されてきた

ということが良く分かります。
これは、わが国では、河川が自然国境ではなく、交通路として利用されてきたということを示しています。

他国では、河川が自然国境となる例が他国では多く見られます。また、国境であると同時に交通路である場合もあります。

この点では、『竹村公太郎の「地形から読み解く」日本史』で若干触れられていますが(この点は「河川技官で」であった氏の真骨頂です)、氏の「江戸幕府は藩を河川系に閉じ込めた」という結論には同意するのですが、

元来、わが国の地域は河川系を基礎としていた

ということを江戸幕府がうまく利用したということであって、河川系を基礎として藩を割り振らざるを得なかったというのは、わが国古来からの伝統だったと思われます。
by masa_the_man | 2015-06-04 23:04 | おススメの本 | Comments(5)