戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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晩年のスパイクマンのゼミの様子

今日の横浜北部は朝から快晴です。昨日に引き続き、連休に入ってもいい天気ですね。

さて、戦略文化に関する3冊目の本を紹介する予定でしたが、ネットで面白い手記を発見しましたのでその要約を。

現在私が日経ビジネスオンラインで連載している地政学入門で先日ニコラス・スパイクマンを取り上げましたが、色々と調べているうちにネットでスパイクマンの授業を受けた経験のある、元米海軍兵士の手記を発見しました。

彼はスパイクマンの最後のゼミ生だったらしいのですが、授業では第二次大戦のロールプレイングゲームをやっていたみたいですね。

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1942年 秋学期

1942年の夏、つまり真珠湾攻撃の翌年のことだが、私はイエール大学で自分のキャリアの方向性を決定づけることになった二つのクラスを履修することになった。

一つのクラスは、自分の目が弱いにもかかわらず、米海軍に入るためにとった、日本語の入門クラスである。

二つ目のクラスは極東に関するゼミであったが、私がこれをとったのは、私の国際関係論のメジャーの必修科目の一つであったのと同時に、ニコラス・スパイクマン教授がそれを担当していたからだ。
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(ライフ誌1942年6月1日号より)

スパイクマン教授は国際的に「地政学者」として圧倒的に知名度をもつ人物であった。彼は地理が国際関係の主要な動因であり、海、川、そしてそれらの流れる方向、気候、そして地形などが国民の気質に大きな影響を及ぼし、その国の対外政策に莫大な影響を与えると考える学者であった。

スパイクマン教授の姿もきわめて印象的だった。彼はクラスに入ってくるなり学生たちを圧倒する雰囲気をもっており、背が高く、彼の深くてよく響く声にはきついオランダ語なまりがあった。

とにかく彼はエレガントであった。黄色のベストを着て、そこには金の懐中時計の鎖がならび、黒っぽいスーツにグレーのスエードのスパッツを履いていた。

彼が授業で言った最初の言葉は(ほぼ70年後の今でも覚えているが)は、われわれがまったく予期しないものであった。

「諸君、君たちはここに極東のことを学びに来たわけですよね。私はおそらく君たち全員よりも極東のことについては詳しいと思います。もしかすると君たちが将来知ることになることすべてよりも詳しいでしょう。しかし私はオランダ人であり、オランダは植民地を持っていて、アメリカ人は植民地をもつことを認めておりません。よって、あなたがたは私のことを信じれないかもしれません。なので、あなたがたは自分たちで学習するしかないでしょう

「私はこのセミナーを、この戦争が終わったあとに交わされることになる講和条約を書くところまで演じることで実行しようと思っております。つまり君たちの一人ひとりが極東に権益をもった国になるわけです。もちろんわれわれはこれを始めるにあたって、いくつかの前提を決めなければなりません。つまり、誰が戦争に勝ち、それぞれの国がどのような経済状態におかれ、最も重要なのは、どの国が極東で最も多くの部隊を配備し、それらをどこに配備するのかという点です

私はそれ以降の授業でどのような議論が交わされたのかは覚えていないが、鮮明に覚えているのは、次のイエールデイリーニュースで、スパイクマン教授が心臓発作を起こしたということであり、若い先生が彼の代わりにゼミに参加したということだった。

私は代役のこの若い先生の名前や人となりを全く覚えていないが、次の授業で誰がどの国をプレイするのかを決めて、スパイクマン教授が決めた想定にしたがって議論を始めなければならなくなったことだけはよく覚えている。

それから数ヶ月間、参戦国をプレイする学生たちはクラスに週に2・3回集まり、個別にも誰かの部屋で集まったりした。

友人のドークが代表していた中国と、私が代表していたイギリスは、極東に最も多くの部隊を置いているという前提でゼミが始まった(ドークと私は当時まだ普及していなかった電話で互いによく連絡をとりあった。われわれは学生会の幹部をしていたからだ)。

われわれは電話を持っていたおかげで、われわれは他のゼミ生たちから望む譲歩を引き出せることができるようなった。

たとえばイギリスは中国にたいして引き続き香港における特別な権益を得たいと思っており、その代わりに中国はイギリスからオーストラリアの中国移民への差別をやめてもらうよう圧力をかけてもらいたいと考えていた。そして私(イギリス)はこれを実現するための、何らかのインセンティブを探らなければならなかったのだ。

このような交渉を考える際には、自国の政策を理解するだけではまったく不十分であった。秋学期が終わる頃になると、われわれはスパイクマン教授が求めていたように、この地域のすべての関係各国の政策をよく理解できるようになっていた

スパイクマン教授は学期末までには回復して戻ってきたが、心臓発作のおかげで色白く病弱な様子になっていた。また、彼にわれわれの長期的な交渉の結果を教えるのを申し訳なく思った。

まず最初に、われわれは彼に対して、国際連盟のような国際的な組織を創設したことを伝えた。ただし例外措置として、強力な主要国には投票の面で特別な力が与えられる体制にした

彼はこの結果を喜んだが、次にわれわれは彼に悪い知らせを伝えた。つまりオランダから蘭印をとりあげて国際連盟の委任統治下におくということだ。そして仏印にも同じ措置を施すというのだ。

オランダとフランスを代表していた二人の学生は、怒りのあまりクラスから出て行ってしまった。その後にわれわれはすぐに細かい条項の制定にとりかかった。

スパイクマン教授は落ち着いてきて、いくつかの条項や、その取り決めの背後にある論理づけの部分に質問を始めた。最終的に彼は取り決めに気乗りしない様子でサインして、戦後にアメリカが経済的に最強の立場になることが明らかなことや、この地域に最大の軍事的プレゼンスをもつこと、そしてアメリカはわれわれのように反植民地的な感情を強くもっているために、この結論が容易に証明されるであろうことを認めたのだ。

冒頭に書いたように、スパイクマン教授のセミナーから得た刺激と知識や、同時期に受けていた日本語のコースが、私自身の国際ビジネスのキャリアを決定づけることになった。

私は米海軍に入隊してコロラド州ボールダーの日本語学院に学び、その後にワシントン、太平洋、そして日本でさらに海軍に従事した。戦後には入学の難しかったハーバードビジネススクールに入学し、最終的にジープ社の極東部門でのマネージャーとなった。

1942年の秋は、私の将来にとって本当に重要な転換点となったのだ。

ネッド・コフィン(Ned Coffin)

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上ではスパイクマンが心臓発作になったとありますが、翌年の1943年の夏に死んでいるわけですから、実質的にこれが彼の最後の授業となったわけです。

ゼミ生たちに現在進行中の戦争について国ごとにわかれて議論させ、最後の講和条約をサインさせるまで交渉する、という授業は面白いですなぁ。



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Commented by sdi at 2015-05-02 14:59 x
>国際連盟のような国際的な組織を創設したことを伝えた。ただし例外措置として、強力な主要国には投票の面で特別な力が与えられる体制にした。
国際連合(United Nation)の常任安保理事国の拒否権というシステムが、既にこの時点で学生のロールプレイの中で発案されているのは興味深いですね。当時のアメリカでは、国際連盟の欠点についてかなり広い範囲で議論が為されていたのでしょうか。
Commented by 待兼右大臣 at 2015-05-10 02:42 x
とりあえず、ここにコメントします

最近「地政学」という文字を見ることがありますが、
その内実は「土地の名産紹介」というレベルであり、
「地政学」というイメージとは「何か違う」という
記事も散見します

ということで、カプランやスパイクマン(独語にある
程度親しんだ身としては、あの綴りで「スピークマン」
と英語で発音するのは違和感があるのですが、それはさておき)
の著作から推測するに、地政学とは、

1 土地(文明圏・国家等)の風土・特性を把握し
2 「1」の影響を受けたその土地の歴史・世界観を把握し
3 それらが複数並立する「世界地理上」において、
 それら文明圏・国家等相互間の連絡経路形成に対する
 「地理上」の制約要因を分析し、ありうる連絡経路を洗い出す
4 その経路を分析し、「相手」との間で相対的有利を生み出す
 手法を見つけ出す

というものだと考えています。
「1」及び「2」は歴史学
「3」及び「4」が国際関係論
に関わるものになると思います。

この観点から、わが国で一番「地政学しているのは」、いつかのエントリーで
奥山さんが挙げた、竹村氏だと思います。
そのエントリーにコメントしたように、『日本史の謎は地形で解ける』
における氏の歴史分析には同意しかねる部分は少なからずあります。

その後、氏は別冊宝島ムックから『竹村公太郎の「地形から読み解く」日本史』
を上梓していますが、ムックという形態上、入門書レベルの内容となっていますので、
いい意味で「角が取れた」本となっており、出来は良くなっていると思います。
Commented by masa_the_man at 2015-05-10 11:16
待兼さんへ

>『竹村公太郎の「地形から読み解く」日本史』

さっそくゲットしてみます。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2015-05-02 12:01 | 日記 | Comments(3)