戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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現代のイスラム教にはやはり問題あり

今日の横浜北部は朝から雨が続いておりました。

イギリスからインパール作戦で戦った元兵士の方(93歳)が来日中でして、そのお手伝いとして、本日は都内でエスコートをしておりました。

足は弱っておりますが、この元兵士の方、なかなか気さくな方で、なんと私が通っていた大学の近くの連隊出身の人だとか。

さて、前回のイスラム教についての記事の続報的な位置づけにある意見記事でなかなか面白いものがありました。元オフェンシヴ・リアリストで、現在はCNNの情報番組の司会者をしておりますインド出身のザカリアの記事です。

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イスラム教には問題がある:この事実から目をそむけるのはやめよう
By ファリード・ザカリア

●テレビ番組の司会者であるビル・マー(Bill Maher)が、毎週やっている自身の番組の中で「イスラム世界は・・・ISISとあまりにも共通するところが多い」と宣言し、その時のゲストのサム・ハリスも、イスラム教のことを「悪いアイディアの宝庫だ」と述べた。

●私はこれがなぜ人々の怒りを買ったのかがよく理解できる。マーと作家のハリスは、イスラム教をあまりにも単純化して誇張していたからだ。

●ところがそれでも「彼らは真実について語っていた」と言える部分がある。

●もちろん私はイスラム教について批判するような議論は、暴力的で反動的なものであることは知っている。その信徒は16億人もいて、インドやインドネシアにはこのような単純化に当てはめることのできない人々が数百万人いることも知っている。

● よって、マーとハリスがあまりにも物事を一般化した点で有罪であることは明らかだ。

●ところがそれでも今日のイスラム教が問題を抱えていることは否めない。現代の世界で問題を抱えている国の多くは、かなりの確率でイスラム教国なのだ。

●たとえば2013年の時点で、世界でテロ行為を行ったグループの上位10位の内の7つが、イスラム教系であった。テロ攻撃が行われた数でトップから数えて10位までの国のうちの7ヶ国も、イスラム教が多数派を占める国々であった。

●ピュー研究所では宗教活動への制限のレベルを国ごとに調査しているのだが、最もそのレベルが厳しい国の24ヶ国のうち、19ヶ国がイスラム教が多数派を占める国々であった。しかも宗教に背くことを違法としている21ヶ国のすべてが、イスラム教が多数派を占める国々なのだ。

●今日のイスラム教の中には過激主義のがん細胞が存在する。イスラム教徒の非常な少数派の中には、暴力と非寛容を称賛し、女性やマイノリティーたちに対して極めて反動的な態度をとるものもいる。

●イスラム教徒の中にはこのような過激主義者たちを抑えようとする人々もいるが、その努力はまだ足らないし、それに対する異論を唱える声も低い。アラブ世界では、イスラム国(ISIS)を非難するデモはほとんど行なわれていないのだ。

●もちろんここで重要なのは、「今日のイスラム教」という点だ。マーとハリスの分析における中心的な問題は、イスラム教の中の過激主義という現実をとらえ、それがその宗教に元々備わった要素であると暗示したという点だ。

●マーはイスラム教が「間違ったことを言ったり、間違った絵を描いたり、本を書いたりしたら殺される、マフィアのような活動をしている唯一の宗教」だと述べている。彼はその残虐性を指摘している点では正しいが、それを「イスラム教徒の中の何人か」ではなく「イスラム教」全体とリンクさせているという意味で間違っている

●ハリスは博士号を持っていることもあり、自分が極めて分析的であることを誇っている。ところが私が大学院に行っていたときに学んだのは、固定した原因から従属変数的な現象を説明することは決してできないということであった。

●つまり「イスラム教が元々暴力的で非寛容的なものである」と主張するのであれば、イスラム教が存在しているこの1400年間という長い時間を通じて、われわれはこのような行動を目撃しているはずだ。

●ハリス氏はザカリー・カラベル氏の著書(Peace Be Upon You)を読むべきであろう。この本からわかるのは、たしかにイスラム世界では戦争はあったが、同時に平和な時代も存在したということだ。

●たとえばイスラム世界は近代の最先端を行っていた時代もあったし、逆に今日のように極めて後進的であった時代もある。

●カラベルが私に説明してくれたように、「ここ70年間をのぞけば、イスラム世界というのはキリスト教世界よりも一般的にマイノリティーに対して寛容的であった。1950年代初期までにアラブ世界で100万人以上のユダヤ人が生活していたのはそのような理由からであり、イラクだけでも20万人が住んでいた」という。

イスラム世界には開放的で現代的、そして平和的な時代があったとすれば、これはその宗教の教えにあるわけではないということだし、その傾向も再び変化する可能性があることになる

●それではマーたちはこのようなコメントをしたのだろうか?私は同じようにメディアに出ている知識人として、ありのままの真実(といっても彼の「真実」はあまりにも単純で誇張されたものだが)をコメントする必要に迫られていたのは理解できる。

●ところがメディアに出ている知識人には別の任務もある。それは、「世界を良い方向に動かす」というものだ。

●彼はマフィアとイスラム教を比較することで世界を良い方向に変えられると本気で考えているのだろうか?ハリスは「真剣に信仰していない名ばかりのイスラム教徒たち」に対してイスラム教を改革してもらいたいと述べていた。

●ではイスラム教を改革するための戦略として、16億のイスラム教徒たちの中でも極めて真剣に信仰しているほとんどの人々に対して「あなたたちの宗教は悪で、その信仰を真剣に行うのはやめるべきだ」と教えるのはよい戦略だと言えるだろうか?

●キリスト教もたしかに何世紀にもわたって暴力、十字軍、異端審問、魔女狩り、そして非寛容を煽る立場から、近代国家へと変化してきた。そして知識人や神学者たちは、熱心なキリスト教徒たちにたいして信仰に自信を持つような理由を与えつつ、この宗教の中にある寛容、リベラル、そして近代性の要素を称賛してきたのだ。

●似たようなアプローチ――これは尊敬に則った改革のこと――も長期的にはイスラム教でも成功するだろう。

●このディベートで交わされているテーマは影響の大きいものだ。ニュースになるのもいいのだが、同時に世の中に立つこともできる。私はマー氏が後者を選ぶことを願いたい。

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うーん、この分析もやや玉虫色的な感じがあるのは否めませんね。ただし上手いと思ったのは「現代のイスラム教」を以前のイスラム教とわけているという部分でしょうか。

カナダの国会での銃乱射事件での絡みもありますので、今後もこのような議論は続くんでしょうね。



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Commented by だむ at 2014-10-24 21:44 x
まあ、キリスト教徒でもイスラム教徒でも無いほとんどの日本人にはわからん話ではあるが、おおむね世界はイスラム教とそうでない国の対立構造に移行するんじゃ無いかなこの分だと
Commented by えんき at 2014-10-25 01:36 x
イスラム教は比較的最近になって生まれた宗教なので、原初の形が明確であるという点が他の宗教との違いです。それ故、信仰心の強い人が、真のイスラム教徒とは何ぞやという情報に触れると、原理主義に惹かれる力学が働くのでしょう。

これに対して、「そんな奴らは少数派だ」とか言ってみても意味が無いです。また、過去には原理主義的でない時代が有ったと言うのも、単に情報を得る手段が無かったというだけの話であり、後戻りは出来ないでしょう。

また、キリスト教が近代化出来たとの事ですが、これは手前味噌過ぎる議論でしょう。欧米がその近現代にやってきた事を振り返れば、リベラルキリスト教や政治的宗教(イデオロギー)が特段寛容でも平和的でもない事が分かります。

最後に、イスラム教を改革する戦略というのは難問ですが、原点回帰傾向を逆手にとって超原理主義運動を引き起こし、原初のユダヤ教に回帰させるという方法が考えられます。これで比較的マシなユダヤ教へイスラム教徒とキリスト教徒を回帰させた後は、更に超々原理主運動によって一神教に成る前の原初のユダヤ教へ回帰させ、アブラハムの宗教を無害化させる事が理論上は可能です。
Commented at 2014-10-25 08:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 無花果 at 2014-10-25 10:18 x
宗教の教義争いではなく、宗教を以て敵味方の線引きにするべきかどうかの争いですね。
「敵に無限の兵士の供給源を与えてはならない」という目的に沿った発言でしかないので、あまり内容についてコメントしても意味がないのではないでしょうか。敵のコアを、扱いを間違えば敵になりうる集団からいかに隔離して、ピンポイントで敵にするか、の論理戦ですし。

神の言葉と聖典にしたがって異教徒(ゲイや中絶容認の医師なども)を抹殺しようとする人間と、神の意図を現代の倫理にすりあわせ、異教徒との共存を優先させる人間と、どちらが「真の信者か」という話は、結論のでるものではありませんし、自分達にとって都合のいい方を「善良な信徒」認定してしまえ、というものでしかないですから。

旧英兵靖国参拝の件、関わっていらしたのですね、もしや、とは思っていましたが。英国に対する中国の影響力と圧力が高まる中、よく実現にこぎつけられましたね(それとも、高まっていたからこそカウンターとして実現したのでしょうか?)。
Commented by 待兼右大臣 at 2014-10-28 00:06 x
烈海王のように「そこは我々が400年前に通り過ぎた場所だ!」とキリスト教徒が叫ぶのは勝手ですが、私から見れば、

目くそ鼻くそ
争いは同じレベルでしか発生しない

という感想しか持てないのは、私の偏見でしょうか
Commented by 待兼右大臣 at 2014-11-08 14:22 x
キリスト教やイスラム教のような一神教についての入門書として、山我哲雄著『一神教の起源 旧約聖書の「神」はどこから来たのか』があります
Commented by zappa at 2015-02-09 19:40 x
初めまして。
上記の書を最近読んだ者です。
簡単に言うと、一神教というものが、民族の結束維持にいかに有効なものであるのか(そのために国土を失ったユダヤ人により発明された逆転の宗教思想であった)というのが、概要でしょうか?著者は、一神教=不寛容という図式を否定しますが、一神教は、国や文化圏や民族の結束と力の拡大に有効なので、これだけ他の宗教を退けて世界に広がったと言えるのかもしれませんね。ちなみに私は唯物論などのイデオロギーも、これと無関係だとは思いません(ニーチェの道徳の系譜などに細論があります)。
個人的な見解ですが、その唯物論に基づいた共産主義が事実上力と魅力を失ってしまい、国際的な資本のある種の横暴や、旧態依然たる制度(例えばインドのカースト)などに対する、革命解放勢力とイスラムがみなされることで、冷戦以後の共産主義革命への希望の代行のような役割を果たしているのではないでしょうか。
まあ社会主義と違って今のところ日本ではあまり流行りませんが・・・
Commented by Dante at 2016-01-04 23:28 x
イスラム教であれ、キリスト教であれ、それが「本質的に」不寛容であるかないか、あるいは暴力的であるか否かは、現実問題としては大した関心事にはならない。それは議論のための議論でしかない。
実際上で、どの程度の確率で社会的な脅威が発生するかだけが(少なくとも私の)関心事です。キリスト教も嘗ては危険を感じさせることもあったが、現在ではほとんどそれがなくなった。一方、ムスリムには数万分の一(根拠はない)の確率でテロリストがおり、その背後には宗教が侮辱されれば報復を許容する多数の大衆がいる。それが問題なのです。
by masa_the_man | 2014-10-23 23:59 | 日記 | Comments(8)