戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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カリブ海とモンロー・ドクトリン、そして南シナ海

今日の横浜北部は朝方晴れたのですが、昼前から雲が出てきました。雨は降りませんでしたが暑かったですね。

午後に藤沢にある某大学のキャンパスに行って参りました。2限分ほど特別講師を務めてまいりました。緊張しました。

さて、最近読み込んでいるカプランの『アジアの難問』という本から気になった箇所を抜き書きしました。

今週号の週刊文春にはあの池上さんが南シナ海について書いていたようですが、この本の方が現在の動きという意味ではかなり深く知ることができるかと。

===

●カリブ海は、メキシコ湾と広域カリブ海を抱えて、フロリダからベネズエラまで広がっている。

●この「広域カリブ海」は、南北アメリカを一つの地政学的システムに統合しており、南シナ海とほぼ同じ大きさを誇っていて、その縦と横の長さはそれぞれ二四〇〇キロと一六〇〇キロだ。

●ところがこの二つの海は、地図の上だと正反対の視覚的効果を持っている。南シナ海の方は、大陸と大きな島に囲まれているのだが、カリブ海の方は、大小様々な島がその中心に位置しているのだ。

●ご存知のように、地図というものは注意深く見ないと騙されやすい。なぜなら南シナ海はたしかに莫大なエネルギー資源の動向を左右する場所でありながら、実に多くの(非常に細かい)地理的な特徴を持っているからだ。

●カリブ海の歴史のカギを握っているのは、モノと奴隷の貿易の増加をもたらした「砂糖革命」である。

●一七七〇年までにカリブ海のすべての島々は、ヨーロッパ列強の植民地となっていた。ところが奴隷貿易の衰退と、南北アメリカの温暖な陸地へと注目が集まるにつれて、ヨーロッパの人々のカリブ海への情熱は冷めていった。

●アメリカが帝国主義的な勢力として台頭してきたのはこのような時期である。

●北米大陸の温帯地帯でのアメリカの拡大は、「強欲」以外の何物でもなく、これはたとえば中国が自らの大陸の運命を実現しようとしていたのと全く同じだ。

●実際のところ、この頃のアメリカというのは、とりわけ自国の大陸での政治的な統一という面で見れば、現在の中国よりも近代の発展の初期段階にあったのだが、それでもすでに「広域カリブ海」の支配を狙っていた。

●アメリカはこの場所を、自分たちの地政学的な権益圏の中に自然に入るものだと見なしていた。そしてこれこそが、一八二三年の「モンロー・ドクトリン」のエッセンスであった。

●ラテン・アメリカは一九世紀始め頃までにヨーロッパ列強の支配から解放されており、ジェームス・モンロー大統領とジョン・クインシー・アダムス国務長官は、ヨーロッパ列強が植民地を獲得しようとする動きに対しては徹底的に反対していた。

●米海軍大学教授のジェームス・ホームズの言葉によれば、この二人は「現状維持の状態を保とうと思っていた」のである。アメリカによる「広域カリブ海」の支配は「孤立主義」でもないし、現地の人々を従属させることでもなかったし、国際協調の破棄を意味していたわけでもなかった。

●実のところ、モンロー・ドクトリンが宣言されている間にも、米海軍はイギリス海軍と協力して奴隷貿易を取り締まるためにカリブ海を警備していたほどだ。

●ようするにモンロー大統領は、カリブ海からヨーロッパ列強のすべての海軍を完全排除するのを狙っていたというよりも、彼らがこの地域の陸地にもう一度足がかりを作るのを阻止することだけに集中していたのだ。

●つまりモンロードクトリンは、一般的に思われているよりも、はるかに控えめな政策だったのだ。

●カリブ海の地理で重要なのは、それがアメリカと近い場所にあり、ヨーロッパの列強からは遠く離れて位置していたという点だ。これは南シナ海が中国に近く、アメリカや西洋諸国からは遠いのと同じ構造だ

●ヨーロッパの列強の中で当時世界最大の海軍を持っていたイギリスは、ジャマイカとトリニダード島、英領ギアナ、英領ホンデュラス、そしてアンティル諸島に基地を持っており、今日の南シナ海における米海軍のように、二〇世紀初頭のカリブ海において唯一アメリカに対抗できる立場にあった。

●ところがイギリスは、アメリカが自分の大陸の海洋の延長線上にある場所を守るために必死に戦うはずだとわかっていたために、あえてアメリカに挑戦しなかった。

●これと同じ理由から、アメリカは南シナ海で中国に対して公式に挑戦するのを表明することについては慎重になるべきであろう

●さらにいえば、イギリスはたしかにカリブ海で経済的にも軍事的にも重要なプレイヤーではあったが、一九一七年になるとカリブ海におけるアメリカの経済の影響力のほうがイギリスのそれを越えていた。

●これはアメリカの地理的な近さと、その急増しつつあった経済力による結果であり、現在のアジアにおいて中国がアメリカの影響力を超えつつあるのと同じ構図だ

●後にカリブ海は「アメリカの地中海」と呼ばれるようになっている

カプラン『アジアの難問』第二章より

===

ここで興味深いのは、なんといっても南シナ海とカリブ海を比較していることでしょうか。

このアナロジーは、実はカプランがスパイクマンの本を読んでから得た着想でありまして、アメリカの地政学的なアイディアというものが、このカプランという外交ジャーナリストの筆を通じて、現在のアメリカの国防政策にも間接的に影響を与えているということにもなります。

もちろんアメリカのカリブ海と中国の南シナ海というのは相違点も大きいわけですが、「大国は、近接した海を独占的に支配しようとしたがるものだ」ということを教えているという意味では、比較対象として面白いわけです。

ただし問題は、カプランが言うように「中国のほうが南シナ海に対して圧倒的に距離が近い」という事実であります。

そうなると「カリブ海の時のイギリスに習って、アメリカは南シナ海に手を出すな」という風にも読めますし・・・。

アメリカの微妙な立ち位置を教えてくれる好著です。

明日の夜は2000時からまた放送します。



奥山真司のアメリカ通信LIVE


http://ch.nicovideo.jp/strategy
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https://www.youtube.com/user/TheStandardJournal



Commented by 読者 at 2014-06-18 21:34 x
これはしかし、双方には結構な違いが有りますよね。
当時のカリブ海と、現在の南シナ海の中共支配を良しとしない勢力では比較に成りません。
いわば、フロリダから見える位置に、もう1つグレートブリテン島が有るようなものでしょう。
そのブリテン島たる我が日本の今後の振る舞いが大変重要ですね。

Commented by 通りすがり at 2014-06-19 09:34 x
歴史や地政学を持ち出してるが、ようは「中国とケンカしたくない」といことを
理屈っぽく表明してるだけにしか聞こえないな。
Commented by 柴崎力栄 at 2014-06-21 07:59 x
地理的対比とは、時代が変わっても繰り返し用いられる思考方法であるようです。

『海上権力史論』に載った地中海の地図。下記の38コマ目。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/776490
を、メキシコ湾とカリブ海、間を結ぶユカタン海峡に対比した同時代の米国海軍を見つつ、マルタ島で東西に分かれる地中海を、対馬で分かれる日本海と東シナ海に対比した明治の日本海軍軍人。殊に、日露戦争中、海軍大学校長だった肝付兼行。下記、22~24コマ目。特に、23コマの左側、原書17ページの文章。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/777763
Commented by 無花果 at 2014-06-21 15:39 x
ここのところ、イギリスは投資を盾に中国に押さえられっぱなしですからね。王室に譲歩させたことで英国に対する勝利宣言を出していましたが。

イギリスのメディアも、基本路線としてアメリカにアジアの同盟国を切り離させることに協力しているように感じられます。偶然や勘違いであればよいのですが。
by masa_the_man | 2014-06-17 22:40 | 日記 | Comments(4)