サッカー日本代表の分析担当者が知る「パラドックス」 |
さて、ルトワックの戦略理論の核心にある「逆説的論理」というものについてここ数回のエントリーで少し触れてみましたが、先日の日経新聞の記事に、このロジックを体験的にわかっていると思われる人物の興味深いコメントが載っておりましたので紹介します。
その人物とは、日本のサッカー日本代表のアシスタントコーチを務めている和田一郎氏。
この人は主に日本代表の対戦相手のデータを集めて情報分析するという「分析担当」の任務をになっている人なのですが、要するに相手チームの弱みや穴を見つけ、これをA代表のチームに伝えるインテリジェンス機関的なことをやっている人です。
この人が先日の日経新聞のコラムで以下のように紹介されておりました。
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2001年に代表スタッフに加わった分析のスペシャリスト。ワールドカップ(W杯)日韓大会のトルシエ監督からザッケローニ監督まで5代の監督に仕えてきた。
世界中から映像を集め、年間にチェックする試合数は700を楽に超える。日本代表も分析対象で、強みと弱みをつまびらかにしては練習に落とし込んで改善に役立てる。
日本がW杯ブラジル大会で対戦するC組の分析も着々と進めている。1チームにつき12から13試合は見て、分析に穴がないようにする。欧州組視察の際には対戦国の主要キャストも観察。「長所短所、現状、選手の入れ替えに応じて相手国がこれからどう変化するか」も見通していく。
(中略)
ブラジル大会に向けての分析は、決勝トーナメントで当たる可能性があるD組のチームも進めている。勝ち上がるほどに相手は強くなり、あら探しも難しくなるのでは?
「大きな穴ではないし、そこを突くには精度もいるけれど、どんな強国にも、それがブラジルであっても弱点は必ずある。その穴は大抵、ストロングポイントの近くにあるんですよね」。軍師の目がキラリと光った。
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私が気になったのは、この最後の太線の部分です。
なぜならこれは、ルトワック(そして他の戦略家たち)が強調する、戦略の肝の部分をうまく表現できているからです。
たとえば戦略論でよく出てくる例は、なんといっても1812年のナポレオンのロシア侵攻の大失敗例。
当時のナポレオン率いるフランス軍の最大の強みは大規模な機動戦闘力にあったわけですが、これがモスクワまで攻め入った時に、逆にそれが段々と弱みに転換していくことになります。
なぜならナポレオンはロシアに攻め入ってどんどん勝利を重ねるにしたがって兵站線が伸びてしまい、部隊への補給が滞るようになってきたからです。
結局ナポレオンはモスクワから引き返して冬将軍に悩まされながら撤退するわけですが、これは上記の和田氏の「ブラジルであっても弱点は必ずある。その穴は大抵、ストロングポイントの近くにある」というコメントと重なります。
つまり戦略では、相手の強みが逆に弱みに転換することもあるということであり、これこそが戦略の逆説を示しているということになるからです。
この「強みがそのまま弱みに」というロジックは、けっこう他の分野にも見られることです。
たとえば戦後の日本の繁栄は教育水準が高く、これによってある程度優秀な人材が確保できたからだということがいえますが、これにも逆説的な論理が働くことにより、教育が強かったために、逆に教育がダメになるとすぐに国力の低下につながってしまうとも限りません。
米軍に至っては、RMAの議論から触発されて出てきたセヴロウスキーの「ネットワーク中心の戦い」(NCW)を最大の強みにして戦おうと考えていますが、逆に中国などはハッキングなどによってアメリカのネットワークそのものを混乱に陥れる戦いかたを計画しております。
某アイドルグループの握手会における傷害事件なども、よく考えてみればその最大の強みに潜む最大の脆弱性を突いたとも言えそうな。
そのような事情から、私は和田氏の「その穴は大抵、ストロングポイントの近くにあるんですよね」という言葉は、実は戦略のパラドックス的なところを体感的にわかっている人の発言だなぁと感じた次第です。
日本は戦後は一度も戦争をしていませんが、戦略的な感覚をわかって実践している人は民間にもいくらでもいる、ということを示す好例かと。
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