ロバート・カプランの「エネルギーの地政学」 |
さて、アトランティック誌の元専属ジャーナリストで、以前から古典地政学に関する論文や本を多数発表していたストラトフォーのロバート・カプランが、フォーブス誌に「エネルギーの地政学」という興味深い題名の記事を書いていることをTwitterのほうで教えてもらいましたので、さっそくその要約を。
===
エネルギーの地政学
By ロバート・カプラン
●地政学とは、地理的な状況において展開される空間とパワーの戦いのことだ。
●軍事的、外交的、経済的な地政学があるように、「エネルギーの地政学」というものもある。
●地理の研究においては、消費者に資源をもたらす天然資源と貿易ルートがその中心に位置することになる。近代初期から現代までの歴史におけるあらゆる国際秩序というものは、エネルギー資源を基礎にしたものだ。
●18世紀と19世紀の大英帝国の背後には石炭と蒸気機関があり、19世紀末から21世紀始めまでの背景には石油があった。そして実際のところ、他国やアメリカのエリートたち自身がアメリカの衰退を指摘した後で、テキサスを中心としていくつもの州でシェールガスの埋蔵が発見されたというニュースが登場してきた。
●つまり天然ガスの時代の到来によって、アメリカは新世紀にいたるまで世界トップの地政学的な勢力になりうる可能性が出てきたのだ。
●ハワイのホノルルにあるアジア太平洋安全保障センターのモハン・マリック教授は、エネルギーの地政学を何年にもわたって研究している。
●彼は、アジアにおける消費マーケットの台頭と、アメリカにおける生産マーケットの拡大によって、新しい世界地図が描かれていくことになると見ている。
●「アジアは(エネルギー消費という点で見れば)発展の震源地となった」とマリック教授は書いている。彼の研究によれば、次の20年間でエネルギー消費の拡大の85%はインド・太平洋地域からくるという。すでに世界の液化炭素の4分の1の消費は、中国、インド、日本、韓国によるものだ。
●国際エネルギー機関(IEA)の「世界エネルギー展望」によれば、中国は2025年までに全世界の消費拡大の40%を占めることになり、その後にはインドが最大で唯一の消費拡大国家となるという。インドのエネルギー消費拡大の割合は132%になり、中国とブラジルの需要は71%、そしてロシアの需要は21%も上がるという。マリックによれば、ガスの需要は石油と石炭を合わせたものよりも多くなるという。
●このようなシナリオの背景にあるのは、インド太平洋地域の国々が中東への依存度を増々高めるからであり、2030年までに中国の石油の80%が中東ものになり、インドにとってはそれが90%になるという。日本と韓国にいたっては中東からの石油の輸入はほぼ100%近いまま横ばいだという。
●中国の中東石油への依存状態は、元ソ連の中央アジア諸国への依存の拡大と一緒に支えられることになる。
●インド太平洋地域が段々とエネルギーにおいて中東に依存していくのに対して、アメリカは世界最大のエネルギー大国になりつつある。マリック教授は、アメリカの石油生産量が2010年から2020年の間に三倍以上増えると報告している。
●そしてもしアメリカが太平洋と大西洋の沿岸部の掘削を許可すれば、アメリカとカナダの石油生産は両国の消費を完全にまかなえるようになるという。すでにここで十年で、世界のシェールガス生産の内でアメリカでのシェールガスの生産の割合は2%から37%を占めるまでに増加している。
●天然ガスにおいては、アメリカはロシアを抜いて世界一の生産国になっているのだ。2010年代末までにアメリカがサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になるという予測をする報告もあるが、いくらなんでもここまでは無理であろう。
●マリック教授は、これが1973年の第四次中東戦争前の、アメリカがエネルギー分野で圧倒的だった時代に戻る兆候になるかもしれないと見ている。
●カナダのオイルサンドとブラジルの塩の堆積地の下に埋蔵されている石油を合わせれば、南北アメリカは「21世紀の新しい中東」になるかもしれない。ただしアメリカの石油生産は2020年以降に減少する可能性があることは忘れてはならない。
●同時にロシアは東アジアへのエネルギー輸出を真剣に考え始めている。中国は2010年代末までにロシア最大の輸出相手になりそうである。ただしロシアのエネルギー会社は中国に対するヘッジとして日本とも緊密な関係を発展させている。
●したがって、われわれはすべてのエネルギー消費がインド太平洋地域に向かっていることを目撃していることになる。中東はこの地域にますます輸出量を増やすことになるだろうし、ロシアは東アジアへ展開している。北米もインド太平洋地域へエネルギー、とくに天然ガスの輸出を拡大しようとするはずだ。
●インド太平洋の海域、つまりインド洋と南シナ海は世界のエネルギーの交差点になりつつあるが、ここでは南シナ海と、それにつながる東シナ海では海洋面での緊張が高まっており、これらの海で展開されている領土問題というのは海底のエネルギー資源の埋蔵や漁業権だけでなく、これらのシーレーンやチョーク・ポイントが、変化しつつある世界のエネルギー市場にとって地政学的な重要性を高めているからだ。
●人口減少のおかげでヨーロッパは世界のエネルギー市場における重要性を相対的に落とすことになるだろうし、その反対にインド太平洋地域は当然上がってくることになる。ただし北東アジアでは人口の高齢化が進んでいるため、インド洋周辺に比べて消費は下がるはずだ。
●経済面での重要性は、時間がたつにつれて文化や政治の重要性に結びつくことがある。したがって、北米とインド洋は新たな商業の中心地となりつつある間に、現在の経済・人口面で停滞しているEUと、トラブルを起こす専制的なロシア(エネルギーは豊富だが発展の機運は少ない)の間の緊張は、結果としてヨーロッパ全体の低下を示すことになるかもしれないのだ。
●ところが同時に、われわれは少なくとも短期的にはエネルギー関係によって結ばれたロシアと中国が、民主的な西洋諸国と対決するのを目撃することになるかもしれない。
●ユーラシア世界における権力は南に移動するかもしれないし、アメリカはカナダとメキシコ(この国も資源豊富だ)とのさらなる関係強化によって力を復活させるかもしれない。
●前世紀の「ヨーロッパ中心の世界」というのは、北米とインド洋圏が舞台の中心に立つことによって、ようやく終わりを告げることになるのかもしれない。
===
そうなんですよね、エネルギーを生産する場所と、その通り道、そしてその消費地というのが古典地政学では極めて重要になってくるわけです。
豊富な現地取材の経験を持つカプランですが、リアリズムや古典地政学の理論についてもけっこう読み込んでおりまして、私にとっても常にインスピレーションを与えてくれる注目すべき知識人の一人であります。