クリミアをめぐる駆け引きを戦略的に見る |
さて、すでにメルマガのほうに流したウクライナ情勢に関するものを、参考までにここにも転載してきおきます。
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クリミア半島におけるロシアの動きが非常に勉強になるものでしたので、これについて簡単に分析してみます。
「バランス・オブ・パワー」(Balance of Power)という概念は、多少なりとも国際政治を学んだことのある方でしたら、聞いたことがあるかもしれません。
この概念は「リアリズム」の理論では極めて重要なものでして、国家の大きな動きを教えてくれるものであるとされております。
「お、奥山はまた横文字か・・・」
というツッコミが、今回も入りましたね・・・(苦笑)
それでは、横文字はやめて「勢力均衡」、または「合従連衡」(がっしょうれんこう)と言えば、ピンと来る人もいるでしょうか?
もちろん論者によってこの「バランス・オブ・パワー」という理論の解釈は分かれるわけですが、大枠ではいくつかの原則があるといえます。
私が現在書いている地政学の本や、すでに発売している10巻ものの「地政学講座」CDなどでもこの理論について説明しておりますが、ここでもこのエッセンスを簡潔にお伝えしたいと思います。
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まず、すでに十分な力をもった「覇権国」があるとしましょう。
皆さんが、ここでパッと思いつくのはアメリカだと思いますが、今回のケースではロシアを想定してください。
この「覇権国」が、他国に対して「影響力を保持しておきたい」と目論んでいるとします。
つまりロシアが常に、ウクライナやクリミア半島で「力を維持したままでいたい」、「ナンバーワンで居続けたい!」と思ったということです。
※まあ、実際その通りなんですが・・・(笑
この場合、「覇権国」が採用する典型的な戦略が、
「分断して統治せよ」(divide and rule)
というものでして、他国の力を弱めておくために、その国の内部の勢力同士を分断して争わせておくわけです。
また、このように「分断」しておけば、それぞれの国が「覇権国」に対して、まとまった勢力として歯向かってくることがないので、覇権国側としては安心、ということになります。
「うわー、汚いなぁ」
と思われましたか?
ですが、あらゆる「覇権国」というものは、多かれ少なかれ、このようなことを歴史上何度もやってきております。
その分かりやすい例として、往年のイギリスの政策がありまして、アイルランドをカソリック(南)とプロテスタント(北)で分断する、ですとか、インドからイスラム系のパキスタンを分離させる、といったことを冷酷に実行しております。
このことによって、それぞれがいがみ合い続けるわけですから、たとえ支配体制が終焉したとしても、その時の恨みを秘めた被支配者側が、一致団結して元支配側に歯向かってくることはない、というカラクリなわけです。
まさに「分断」して「統治」する、という悪賢い知恵です。
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では、今回のウクライナ情勢下ではどうなるのか?というと、とりあえず2つのレベルで考えることができます。
まず1つは、ロシアが「ウクライナ全体」に対して行った「分断」政策。
これはウクライナの内部のロシア系の住民を使って、たとえばクリミア半島だけをロシアに併合したり、そのための支援をしたり、または直接軍隊を派遣して、分断を図るというものです。
これはクリミアに現在侵入していると言われている、「謎の武装集団」(笑)を使って、ロシアはすでに実践中。
ただし私が今回特に注目したいのは、もっと<ミクロなレベル>での分断政策です。具体的には、ロシアがクリミア自治共和国側に対して仕掛けている、「分断統治」の工作です。
まずは以下のニュースを御覧下さい。
▼クリミア差し出しウクライナ救うか、対プーチン戦略にジレンマの欧米

このデータによれば、クリミア自治共和国内部の人種構成は、人口が多い順に、
1,ロシア系
2,ウクライナ系
3,タタール人
ということになります。
そしてこの構成を念頭においているロシア側が、今回どのような行動に出ているのかというと、
ずばり、<少数民族であるタタール人の取り込み>
です。
たとえば以下の報道を見てください。
▼ウクライナ:「ロシア入り」思惑先行…クリミア地元幹部
(転載はじめ)
クリミアでは、編入を危惧する先住民族クリミア・タタール人に配慮する発言も出始めている。アクショーノフ首相は10日、タタール人側に副首相と2大臣職などを提示するとロシア通信のインタビューで表明した
(転載おわり)
これは、クリミアの支配を強めたいロシア系(というかロシア政府)側が、少数民族であるタタール人にもっと大きな権限を与える、ということになりますが、賢明なる読者の皆さまはもうお気付きの通り、これは「バランス・オブ・パワー」の原則に則った、極めて戦略的な動きです。
私は、講演やCDなどで、何度もこの考え方を述べておりますが、覇権国側、つまり<1位である側>がとるべき戦略は、
「3位と連携して、2位を抑える」
というものです。
これをクリミア内部の状況にあてはめると、前述の通り、クリミア自治共和国の内部の人種構成は、
1.ロシア系/2.ウクライナ系/3.タタール人
ですから、「1位」のロシア系は、
「タタール人と連携して、ウクライナ系を抑える」
ということになります。
こうすれば、クリミア自治共和国内における、ロシア系の「覇権」状態は維持されます。
もちろん「ロシアと通じてウクライナ系を抑える」という役回りを演じさせられることを警戒しているタタール人もいるため、このままスムーズにロシアの思惑通りになるとは限りません。
しかし、ロシア側にしてみれば、「強い側が弱い側を弱いままにしておく」ということは、戦略の基本中の基本ですから、こうせざるを得ない、という事情もあるわけです。
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今回、簡単に説明してきた通り、「バランス・オブ・パワー」のメカニズムだけでなく、「分断して統治せよ」などという手法も、国家間の国際政治のレベルのみならず、国内レベルでも作用しているものです。
このような、典型的な「リアリスト」的な発想のもとに、現実の国際政治の上で、様々な行為が行われております。
われわれ日本人は、この辺のロジックを肝に銘じておくべきです。
