ウクライナ国内の「世界観」の分裂 |
さて、ウクライナ情勢についてまた興味深い記事の要約を。
これを書いたのはドイツの記者なんですが、ウクライナ内の意識面での分裂状態を指摘していて、個人的には今回色々と読んできたウクライナネタの中では一番おもしろかったです。
===
ウクライナの衝突する世界
by ヨッヘン・ビットナー
●先週ウクライナ東部を取材して回ったが、私は単純だが見落とされがちな事実に気付かされた。それは、今回の危機ではクリミア半島をめぐるもの以上のことが争われているということだ。
●それは、同じ国に住んでいるにもかかわらず全く別々の世界に住んでいる、パヴェルとオスタップの若い二人の男たちの戦いでもあるということだ。
●私はクリミア自治共和国の首都であるシンフェロポリに住むパヴェルに会ったが、彼はロシアの軍服を着ており、ロシア系住民のデモ隊の周辺を取材のためにうろついている、明らかに西側の記者だと思われる人物たちにあかあからさまに疑念を持った視線を投げかけていた。
●私は彼にたいして、なぜ地方の議事堂の前にピクニック用のテーブルが置かれていて、その上に記帳するところがあるのかを聞いてみた。すると彼の答えは「自衛のためのロシア人部隊をつくっているんだよ」とのこと。
●彼はウクライナ国民だが、この部隊のリーダーを務めていた。
●私は「何から自衛するんですか??」と聞くと、彼は「混乱状態を拡めている、北から来たナショナリストの暴徒にたいしてさ。彼らから家族を守らなきゃならないんでね」」と答えてくれた。
●ウクライナの危機が深刻になるにつれて、これを「民族紛争である」として考えるのはたしかにわかりやすい。それはパヴェルのようなロシア人が、現在キエフを支配しているウクライナ系の人間たちに対抗している、というものだ。
●ところが事実はそれほど単純ではない。
●その前日に、私はウクライナ北部でオスタップという若い男に会った。彼はパヴェルのような人物からすれば「分離主義者」になる。
●オスタップは30代のオープンな態度の人物であり、リヴィウ市の市長のアドバイザーであった。この市は2週間前にキエフの(親露派の)ヤヌコビッチ政権にたいして独立を宣言しており、これはマイダン(独立広場)でのデモを大きく勢いづかせることになった。
●その後に政治的な動きが加速し、ウクライナ内の政府関連施設が次々に破壊されたが、リヴィヴ市はすぐに落ち着きを取り戻した。
●この地域は元々ハプスブルグ王朝の一部であったため、ウィーン式のカフェがある。ここでコーヒーを飲みながら、オスタップは今回の危機は決して「民族紛争」ではないということを強調していた。
●独立宣言は象徴的なものであり、モスクワからの操り人形的なキエフの政治の糸を断ち切ることに狙いがあったのだ。
●彼は、「いままで何度もヨーロッパから企業を誘致しようとしてきましたが、その度に中央政府と司法裁判所が投資家たちに示したのは、ウクライナには信頼に足る法の支配がないということでした」と教えてくれた。
●オスタップが説明してくれたのは「ソ連の体制はウクライナではまだ消滅しておらず、民主制の衣をまとっただけです」ということだった。たしかにすべてのビルの建設許可はキエフ政府に送られなければならないし、そこでどれだけの利益が中央政府にもたらされるのかが詳しく審査されるというのだ。
●彼は「ロシアはパートナーなんか欲してませんよ。国が欲しいだけです。クレムリンはなんで帝国を失ってしまったことを認識できないんでしょうかねぇ?オーストリアみたいに自覚してほしいものです」と言った。
●外国人の目から見ると、なぜこれほど多くのウクライナ人が保護支援体制の侵食にがまんがならないのかが不思議だ。また、クリミアやウクライナ東部(ヤヌコビッチの支持が強い親露)の地域では、なぜこれほど多くの人々が、自由と繁栄を約束してくれるヨーロッパとの結びつきの強化に反対するのだろうか?
●ようするに、ウクライナのパヴェルのような人間に「ロシアの影響下にあるほうがいい」と思わせる理由は一体何なのだろうか?
●ウクライナの人々にこの疑問を何度もぶつけてみてわかってきたのは、不安と習慣と精神面での怠情である。
●東部のハルキウという町で質問に答えてくれた女性は、テレビのニュースでヤヌコビッチの住まいが豪華絢爛であったのを見たあとに、「もちろんヤヌコビッチには私利私欲はあるでしょうよ。でも国民もそれなりに豊かになっているわけですからね。これから国内の状況が改善するなんて誰にもわからないものですし、もしかしたら悪化するだけかもしれないのよ」と言っていた。
●別の人物は、ウクライナ国民がビル建設や医者や学校の成績のために賄賂を渡すのが習慣になっており、このシステムに慣れきってしまっている、と指摘してくれた。
●「ご自身がこの賄賂のシステムに30年間投資していたと考えてみてくださいよ。いままで自分が築いてきた優位をいきなりご破産にするなんて無理なことじゃないですか」とは彼の弁。
●さらには難しい判断を市民に委ねることなく、上の権威にあずけてしまうことに慣れきってしまっている人々もいる。
●まだ血のついた担架が積み上げられたままだったキエフの「ホテル・ウクライナ」のロビーで、私は今回の反政府運動の運動家であり、革命運動に参加していない時は政治学を教えている、ある男性に話を聞いた。
●彼はウクライナの分裂的な国民性を、イタリアのそれと比較していた。つまり法の支配のある北部と、ゴッドファーザー(マフィア)に依存している南部である。
●彼は「本当ですよ、ウクライナの南部の人々の多くは"自由"を恐れているんです」と言っていた。
●彼の指摘は、私の国(ドイツ)の過去にも当てはまるところがある。ベルリンの壁が崩壊した時の東ドイツの多くの人々は、それと同じような不安を感じていて、それまで生活習慣に慣れきっていたのだ。彼らの多くが西側の自由と自由主義を恐れたのは、共産党のプロパガンダだけのせいではなかったのである。
●そこには「これまで安全だった基本的な生活を奪う可能性のある、いままで全く経験したことのない競争的な体制に本当に慣れることができるのかどうか」という個人的な疑いも作用している面も多かったのだ。
●ウクライナ、とくにキエフの暫定政権にたいして、欧米の政治家たちがこれから何をするのかは知らないが、この際に正しく認識しておかなければならないのは、この国の中を貫いている、精神面での分裂状態である。
●もしこれを無視してしまえば、新政権が経済改革を実行する際に、衝突は激化するだけなのだ。
●ロシアとその新たな帝国主義的な態度に対処するのは重要だが、それと同じくらい重要なのは、ウクライナのパヴェルのような人々の状況を考慮することだ。
●彼のようなウクライナ人にとって重要なのは、「いままでの安全の喪失が、最終的には生活水準の向上につながる」ということを確信させることなのだ。
●もちろんこれは困難な任務ではある。なぜなら25年以上たったが今でも、多くの元東ドイツの人間たちはまだ納得していないからだ、
====
この記者のいう「精神面の分裂」とは、つまり「世界観の分裂」ということですな。
イタリアと対比させたのはなかなかうまいと思いましたが、人間の生活習慣における依存状態について、東ドイツの例を出して指摘しているのは慧眼かと。
そういう意味で、プーチンはウクライナ内のロシア系の人々にとって「救世主的な存在」でもあるという見方もできるわけで。