戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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入江先生の間違い

今日の横浜北部は朝から快晴でしたが、おそらくこの冬一番の寒さだったかと。

さて、ひとつ気になった地政学にかんするトピックがありましたのでご紹介します。

すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、昨日の産経新聞のオピニオン欄「正論」に、保守派の論客として長年ご活躍の明治大学名誉教授の入江隆則氏が論文を寄せておりました。

内容は、中国が海洋覇権を狙っていることを警戒するものだったのですが、問題は冒頭から古典地政学の議論を大々的に間違って引用してしまったこと。

論より証拠ということで、とりあえずその肝心な部分だけネット版の文章から引用します。

===

大陸国家が海洋に野望を抱く時

 ハルフォード・マッキンダーという英国の地政学者がいて、『デモクラシーの理想と現実』という名著を残しているのはよく知られている。彼が同著で吐いている傾聴すべき数々の名言の一つに「大陸国家が海洋に乗り出して、海洋国家を兼ねようとすると、必ず失敗する」というテーゼがある。むろん、西洋史に限定する必要はない。例えば、19世紀末から20世紀初頭にかけての帝政ロシアの崩壊などはその典型であろう。

 ≪マッキンダー無視する中国

 周知のように、時のロシア皇帝ニコライ2世は、シベリア東端まで延びた大陸国家としての自国領域に満足せず、極東艦隊やバルチック艦隊などの大艦隊をつくって海洋への進出を目指そうとした。その結果、海洋国家である日本との間に摩擦が生じて日露戦争が起こり、そこでの敗北が帝政ロシアの急速な崩壊に直結した。

====

ということです。問題は私が太字で強調した上の部分です。

まず第一に、この「大陸国家が海洋に乗り出して、海洋国家を兼ねようとすると、必ず失敗する」というテーゼを示したのは、マッキンダーではなくて、米国の海軍史家のアルフレッド・セイヤー・マハンのほうです。

マハン(本当はメイハンと呼ぶ)は、主著である『海上権力史論』の(後から付け加えた)第一章の「シーパワーに影響を及ぼす一般条件」という前半にある項目のところで、国家の地理的な位置によって海軍力につぎこむ国力が分散してしまうことを、オランダやフランスの失敗例を、イギリスの成功例と比較しながら論じております。

ちなみにその該当箇所でマハンが何を言っているのかというと・・・・

===

●もしある国が陸上で自国を防衛する必要がなく、また陸上において領土の拡張を求める誘惑にかられることのないような位置を占めているならば、その国は国境の一部にを大陸に接する国に比較して、目標をもっぱら海上に向けて絞ることができるという点において有利であるということである。この点において、イギリスは、フランス及びオランダの両国よりは海洋国としてはるかに有利であった。

●オランダは、その独立を保つために大陸軍を維持して金のかかる戦争を実施する必要があったため、早期に国力を消耗してしまった。

●一方フランスの政策は、ときには賢明であったがときには最も愚かにも、海洋政策から大陸拡張計画へと絶えず転換された。これらの軍事努力によってフランスはその富を消耗した。もしその地理的位置をもっと賢明にかつ一貫して利用していたならば、フランスはもっとその富を増大したことであろう。

●地理的位置によっては、おのずから海軍力の集中が促され、又はその分散を余儀なくされるかもわからない。この点においてもイギリス諸島はフランスよりも有利であった。(上記本の1982年版の47頁)

===

ということです。

これを「テーゼ」と呼んでいいものかどうかは微妙ですが、マハンはこのような議論を行ったために、後になって上記のような「大陸国家が海洋に乗り出して、海洋国家を兼ねようとすると、必ず失敗する」という格言につながったことが推測されます。

ところがマッキンダーはマハンとは反対に、「大陸国家がその資源を活用して大海軍を建設したら、世界の(というかイギリスをはじめとするシーパワー国家の)平和にとって脅威となる」ということを言っていただけで、「必ず失敗する」とは一言も述べておりません

おそらく入江先生はどこかでこの「テーゼ」をうろ覚えで覚えていて、それを一応全国紙である産経新聞の論説欄に書いてしまったのかもしれません。

第二の間違いは非常に細かくて、ある意味どうでもいいのかもしれませんが、マッキンダーは入江先生の書いたように「地政学者」ではなくて、実は「地理学者」です。

たしかに彼は「現代の地政学の祖」であることは間違いないのですが、キリスト自身は自分の興した宗教のことを「キリスト教」と言わなかったように、マッキンダーも自分のことを「地政学者」とは言っておりませんし、むしろ地政学者と言われることを毛嫌いしていたという事実が。彼は自分のことを「地理学者」と呼んでおりまして、たしかにそのほうが適切なのかもしれません。

これらのミスは、いずれにしてもこれはファクトチェックをする産経新聞のほうにも問題がありそうな、極めて単純なもの言えるのかもしれませんが・・・。

以上、簡単ながら入江先生の事実誤認を指摘させていただきました。日本にはやはり地政学の知識が必要です。


Commented by 中山太郎 at 2014-01-13 19:20 x
細部のミスは、論説全体が怪しくなり、場合によっては致命的です。明治の日本人は、きちんと知識を習得しないと国破れるとの悲壮感があったのでしょう。今は、反知性がもてはやされる社会なのかもしれません。
Commented by 赤い彗星 at 2014-01-14 13:11 x
入江氏はマッキンダーもマハンもちゃんと読んだことがないのではないでしょうかね?
by masa_the_man | 2014-01-10 21:30 | 日記 | Comments(2)