日本はアメリカに「ハシゴを外された」のか? |
さて、引き続き中国の「防空識別圏」の設置宣言について少し。
北京政府がこれをなぜこれを突然行ったのかについては、すでにメディアで様々な憶測や分析がなされているのでここではあえてやりませんが、私が個人的に感じたのは、「いずれはと思っていたが、こんな唐突に、しかもこんな大胆にやってくるとは」というものでした。北京政府が東シナ海における軍事バランスの現状に不満を持っており、この現状を打破してくるのは確実だと思っていたからです。
ただし国際政治に「絶対」というものはなく、しかもそれは常にサプライズに満ちているものですから、本ブログをお読みような方々は、このようなサプライズには決して驚かされたような人々はいないと思います。
ここで戦略論の教訓から言える大事なことは「どのようなサプライズが起こるのか」ということよりも、「起こってしまったサプライズにたいしてどのように対処するのか」ということでしょう。
ではこの中国の一方的な防空識別圏宣言という「サプライズ」にたいして、各国はどのような動きに出たのでしょうか。その中で最も興味深いのが、アメリカの対応です。
すでにご存知の通り、アメリカは中国が宣言をすると、自衛隊機の後につづいてすぐさま非武装のB-52爆撃機2機を東シナ海上空の、中国が新たに宣言した防空識別圏に無断で侵入させております。
これはつまり、「アメリカ(と日本)は中国の一方的な宣言は認めない」ということを行動によって示した、ということになるわけです。北京側のメンツをつぶしたわけですね。
ただし中国側が宣言した直後の日本の航空会社、つまり日本航空と全日空の反応は、「安全を考慮する」という観点から、中国当局側に飛行計画を通知する方針でしたし、韓国や香港やシンガポール、それに台湾の航空会社もそれに準ずる意向でした。
ところが韓国政府は自国の航空会社に中国当局へ飛行計画を通知させない方針を固め、日本政府もそれに続く形でJALとANAに通知の中止を要請しております。
ところがそれから数日ほどたって、今度はNYタイムズのスクープ報道によって、アメリカの「国務省」が米国内の航空各社に、この空域を通過するときには中国側に一応通知だけは行っておくように指示したことが明らかになっております。
こうなるとわれわれとしては「アメリカはバラバラなことやっているんじゃ?!」とか、「アメリカと中国は裏でつながっていて、日本を騙そうとしているんだ」と考えてしまいがちです。
さらにこれには続報があり、
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安倍首相は1日、中国が東シナ海に設定した防空識別圏への米国の政府と航空会社の対応について、「米国政府が、民間航空会社にフライトプラン(飛行計画)を(中国に)提出するように要請したことはないということを、外交ルートを通じて確認している」と明らかにした。
自民党の中谷元副幹事長は1日のフジテレビ番組で「アメリカは領土問題がないので、乗客を優先したのだろう。我が国は領土問題があるので、譲れない一線だ」と述べ、日本政府の対応を支持する考えを示した。
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とも報じられました。
ここでわれわれがキモに命じておかなければならないのは、「政府の中のプレイヤーは一枚岩ではない」という当然の事実です。
ところがご存知のように、本ブログが標榜している「リアリズム」という理論では、「国は全体として一枚岩である」という前提があり、そのことが崩れてしまうのでは?というツッコミが入ってしまっても当然ということになりかねません。
もちろん、そのような批判はある程度は正しいものであり、国家が一枚岩というのは、国際関係の理論モデルを想定する上での「あるべき姿」(理念型)を想定したものと言えるでしょう。
ただし今回のような細かい動きの実態を見ていった場合に、国が一枚岩ではないことは、リアリストと呼ばれる人々の中でも、たとえば戦略的な見方をする人の中では一般的です。
たとえば、私が監訳した『自滅する中国』の原著者であるエドワード・ルトワックは、中国の対中政策はアメリカ政府内でも3つに分裂しており、これがアメリカという国家全体の曖昧な政策につながっていることを指摘しております。
これを具体的にいえば、「財務省」が媚中、「国務省」がやや反中、そして「国防省」(ペンタゴン)が超反中だというのです。
このルトワックの指摘、実は今回のアメリカの対応を見ても、けっこう的を射たものだといえるでしょう。
たとえば前述したように、アメリカは自衛隊機につづいて中国の防空識別圏宣言のすぐ後にB-52を飛ばしているわけですが、この飛行を行った主体はペンタゴン。
ところが国務省は、結果的には中国側の防空識別圏を半分認める形で、自国の各社に飛行計画書を提出するようアドバイスしております。
つまり、日本や韓国は「ハシゴをはずされた」という見方もできるわけですが、これはアメリカという一枚岩の国家としての整合性という観点からみれば「国務省の苦肉の策」とも呼べるでしょう。
要するに、ペンタゴンは中国に絶対に屈しない、という姿勢を見せたにもかかわらず、国務省は外交や国内企業の安全確保という観点からはペンタゴンほど強硬な姿勢をとれなかったというわけで、アメリカ国内のプレイヤー同士の意向の違いがその一見して矛盾した行動にあらわれたということです。
このようなことは、アメリカのメディアにも言えることです。
たとえば、NYタイムズとワシントン・ポストといえば、アメリカの2大新聞として今でも尊敬されるポジションにあるわけですが、この2紙ともも、今回の中国の一方的な宣言にたいしては、それぞれ微妙に異なる立場をとっております。
その証拠に、NYタイムズは「中国が悪い」という姿勢を表明しつつも、「安倍政権は極右だ」という余計な一言を入れております(苦笑)
その反対に、ワシントン・ポストは、ただ単に「中国が約束を破った」ということを淡々と指摘しているだけです。
これらを踏まえて私が一体何を言いたいかというと、国家における「戦略」というのは、それぞれ思想や志向の異なる考えを持つ個々の人間によって構成された「集団」によって実践される、ということであり、彼らは「一枚岩」の対応を目指しながらも、それをうまくまとめるのに非常に苦労している、ということです。
そしてこれは日本にも言えることですし、中国や韓国にも、いや、世界のどの国にとっても当てはまることでしょう。
今回の「国務省」の飛行計画の提出で、日本(と韓国)は梯子を外されたというのは、たしかにある程度は正しいのかもしれませんが、それはものごとの実態を正確に示しているわけではありません。
ここで、私たちが冷静に考えるべき最も大切なポイントは、米国内(もしくは韓国・中国内)で日本に対して味方したり、都合よく動いてくれる勢力を見極めることであります。
さらにはその勢力に対して、日本は自らの国益を実現できるように働きかけを行っていかなければならない、ということなのです。
本ブログの読者の皆さんならば、ここで私の言わんとしているところは、すでに十分お分かりでしょう。これはいわゆる「ロビー活動」の大切さ、ということです。
本ブログでは、リアリズム・地政学・プロパガンダという3つの概念の理解を重要目標として掲げているわけですが、この3つに加えてさらに「ロビー活動」の重要性も強く主張したいと考えております。
この件については今後も引き続き議論していこうと思っております。