オフショア・コントロールにたいする批判論文 |
さて、ちょっと古い論文なんですが、オフショア・コントロールについての最初の論文にたいする批判論文が現役の米海軍士官によって書かれていたので、その要約を。
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オフショア・コントロールへの反論
ギャレット・ウッド
●戦争というのは人間が行うどの活動と比べても、最も意図しない結果を生み出すものだ。これは単なる言い訳ではなく、戦略家というのは数歩先のことまで予測して対処しなければならないものだからだ。
●ハメス氏は2012年の春のインフィニティ・ジャーナル誌で中国との戦争に勝つためのメソッドとして「オフショア・コントロール」を提唱した。彼の戦略は経済的な損害を発生させて敵対関係を耐えぬくという面を強調したものだったが、それが長期的に継続された場合にどのような結末を引き起こすのかについてほとんど述べていないし、そもそも触れていないともいえる。
●本稿で私は対中戦争の別のプランを提示するわけではないのだが、それでもどのような戦略を避けるべきなのかを知ることは、どれを選択するのかという決断と同じくらいに重要だと考えている。
●オフショア・コントロールが経済的な面で直面する問題点は多い。
●まずそこで使われる海上封鎖だが、それがカバーする地域の広さやそこで影響を受ける人命の数は、もし中国が本気で反攻してきた時に使ってくるとハメス氏が考える核兵器のことを考えると、かなり不正確であるといえる。
●これによって発生する経済的なダメージは中国だけに限らない。なぜなら中国は世界中と取引しているのであり、そこからの製品の消滅の影響は莫大だからだ。2011年にはアメリカから中国への輸出は1039億ドルだと言われており、逆にアメリカの消費者は3993億ドルの製品を中国から輸入しているのだ。
●このような統計上の数は、中国がたった一国と行っている単年度の計算であり、オフショア・コントロールによる世界経済への影響はそれよりもはるかに大きいと言えるだろう。ではわれわれが世界経済への損害を正当化する前に、中国側は何をすることができるだろうか。
●経済戦争というのは、敵国政府たいして行われるのではなく、相手の国民にたいして行われるものだ。しかもこれは数だけを見ていると真実を見誤るおそれがある。経済戦争の経験を思い起こすことで、経済面での困難が人的にどのような被害をもたらすのかを知ることは重要だ。
●オフショア・コントロールは相手国民の情熱を沸き立たせるのを避けるために考えられたという部分があるのだが、彼らの生活への影響が出ると、まさにこの情熱が燃え上がってしまうのだ。
●ハメス氏は自身の勝利の理論を「中国政府は実際は敗北しているのにもかかわらず、人民の情熱だけは抑えることができるはずだ」という前提の上に成り立っていると書いている。彼は「中国本土の施設への攻撃を禁止することによって、オフショア・コントロールはエスカレーションの可能性を抑えると同時に、中国政府が“敵に教訓を与えた”と宣言して勝利を宣言しつつ紛争を終わらせるのを容易にする」と述べているのだ。
●オフショア・コントロールの背後にある勝利の理論は、中国の軍人や政治家ではなく、人民に戦争を経験させることがエスカレーションを抑えることにつながるというものなのだ。オフショア・コントロールでは、人民解放軍や政府を直接脅さずに、支配層たちに勝利を宣言させて、エスカレーションをさせずに撤退させることができる、という点に強みがあるとしている。
●ところが中国の人民に直接損害を与えてしまってはこの可能性はかなり低くなるはずであり、ハマス氏が示しているようにこの戦略についてオープンにしてしまっていると、中国が真実を国民に隠しておくことはほぼ不可能になってしまうのだ。
●中国周辺での米海軍のプレゼンスは、この問題をさらに深刻なものにしてしまう。経済的にダメージを受けた中国人民にとって「勝利を得た」というウソを北京政府がいくら隠そうとしても無理であろう。中国のリーダーたちは海上封鎖と人民の怒りの板挟みとなり、米海軍への降伏や直接対決というよりは、結果的に第三の選択として、おそらく長期にわたる非対称戦に突き進むと思われる。
●オフショア・コントロールを作成する際の問題として考えられるのは、具体的な政策目標が何も示されていないという点だ。この問題を克服するために、彼は核戦争を除いた、あらゆる状況に対応できるような戦略をつくらなければならないのだ。
●ところが普遍的につかえる戦略としてオフショア・コントロールを考えていこうとすると、アメリカは結果的に不利な状況におかれてしまうことになる。近年では長期戦も危険であることが認識されているが、ハメス氏は対中戦争は思ったよりも長期戦になると認識しながらも、アメリカの弱点にストレスを与える戦略を推進しようとしているのだ。
●米軍というのは高価な軍隊であり、高くつく戦争を戦っている。最先端の兵器や機動投射、それに国際援助というのは安価ではないのだ。この軍事力を国土から離れた遠い場所で維持するのは深刻な財政負担を意味する。
●海上封鎖は、すでに使われている中国製品の代わりのものにたいして補助金をつけることで、このようなアメリカの財政問題をさらに悪化させるものだが、さらに被害が大きくなるのは、経済縮小による税収の減少だ。中国と取引している会社の利益は落ちてそこからとれる税収も落ち、貿易の低下により個人レベルで解雇されて、これまた税収の低下につながるからだ。
●中国製品とサービスへの代替が高くなってマーケットに影響を与え始めると、中国と直接取引していなかった企業も製品価格の上昇や、投資の指標となる利益が減収することになる。
●たしかに封鎖された中国の背後で世界経済は復活するかもしれないが、それは以前よりも景気の悪い状態のままであろう。経済活動を阻害することによって、海上封鎖はアメリカは自身が活用できる資源を減少させ、結果として長期戦を戦えなくなってしまうのだ。
●長期戦には(ベトナムの時のように)単にあきらめて敗北してしまうというリスクがつきものだ。本国から離れた遠い場所での戦いにおける情熱というのは、本土を守るために戦う側と比べて年月を経るごとに減るものだ。海上封鎖によるアメリカ経済へのダメージは、その意志をさらに弱めるだけだ。
●米国民が景気の悪化につながる新しい政策を支持するかどうかを、われわれはわざわざ街に出てインタビューする必要がないくらい良く知っている。中国にたいする海上封鎖が長期にわたって支持されるわけがないのだ。クラウゼヴィッツは富めるものが貧しいものと戦う場合には耐久力がないということを書いている。「厳しい状態に慣れている貧者は、一般的にもっと精力的で戦争を好むものなのだ」
●中国はたしかに台頭しつつある大国だが、彼らはアメリカほど裕福なわけでもないし、だからこそ長期戦を戦えるだけの耐久力を持っていると言える。アメリカの強みは、敵と我慢比べをするという点にはないのだ。
●戦争が長期化するということはメンツを失うことも意味する。たとえばイスラエルがガザ地区を封鎖していることなどはその典型だ。イスラエルは経済封鎖を守るために人道支援の物資を運ぶための武装していない船2隻を拿捕したが、これによって世界中から大きな批判をあびた。アメリカが同じような状態に陥ることは想像に難くない。経済的に破壊された中国への慈善物資を途中で奪取すれば、国の内外で批判をあびることになるのだ。
●「アメリカの許可のない船が中国の経済的排他水域に入る場合に許可を得なければ沈没させられる」とハマスが宣言すれば、問題はさらに悪化する。第一次世界大戦参戦の前にドイツのUボートにルシタニア号が沈められて世論が沸騰した経験をもつアメリカでは、ここから生まれるブーメラン効果は明らかだと言えるだろう。
●アフガニスタンとイラクでの戦争でもアメリカは十分スキャンダルを見てきたのであり、またストレスの生じる微妙な長期戦略を採用しても、同じようなことが起こることは火を見るよりも明らかだ。
●もちろん代替案なしにオフショア・コントロールを批判することは不公平かもしれない。しかしわれわれの誰もがあらゆる戦争において必要となる戦略を作成しなければならないというわけではない。戦争を学ぶことによってわかるのは、「達成できることには限界がある」ということだ。ハメス氏は対中戦争において「良い戦略」は存在せず、オフショア・コントロールは最悪の中でも一番マシな戦略だと書いているが、最悪の中でも一番マシな選択をつくることに甘んじる代わりに、われわれはただ単純に「中国との戦争は誤りである」ということを政治家に訴えなければならないのだ。
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経済がからむ長期戦にたいする警戒ですね。代案がない上で批判しつつ、そもそも中国と戦争をするなというのは虫がよすぎるかなぁという気がしないでもないですが、ようするにベトナム化を防ぎたいという点では納得できますね。