戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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孫子の「摩擦」から見える中国の戦略思想?

今日の横浜北部は朝から快晴。それにしても朝はかなり冷え込みました。

さて、少し前のエントリーでは、

「テクノロジーがいくら発展してもクラウゼヴィッツの“摩擦”という概念が、未来永劫、決して有用性を失わないのは、そこに“人間”という要素が必ず絡んでくるからだ」

というバリー・ワッツの主張を紹介しつつ、

結局のところ、あらゆる戦略において重要になってくるのは人間である、人間という要素を忘れてはならない

という「そもそも論」に至ったわけですが、今回はこの時のネタになった「摩擦」について、中国の戦略思想についてとのつながりについて書いてみたいと思います。

すでにみなさんはご存知かと思われますが、私は(古典)地政学という学問を、戦略研究、もしくは戦略学(strategic studies)と呼ばれる分野の枠組みの中で勉強してきた者です。

その戦略研究において最も重要な人物を二人挙げろといわれれば、この分野の専門家のほとんどは、
19世紀プロシアの将校であった『戦争論』の著者であるカール・フォン・クラウゼヴィッツと、古代中国の春秋戦国時代の将軍で『兵法』の著者であるとされている、孫子(孫武)の二人の名前を必ず挙げるはずです。

この二人の戦略思想家なんですが、私が教育を受けてきた英語圏の学界では、以前から比較研究がかなり盛んに行われておりまして、その1つの成果が、最近になって日本語に翻訳された、マイケル・ハンデルの『孫子とクラウゼヴィッツ』という本です。

この本の内容については、すでに私のブログの過去のエントリーで簡単に紹介しているので、気になる方はそちらを参照にしていただきたいところです。

とにかく私がここで説明したいのは、もっと根本的なレベルにおける二人の戦略思想の違いであり、
しかもこの二人の考え方の核心は、以前にも論じた「摩擦」という概念の捉え方にあったのです。

すでに説明した通り、「摩擦」というのは、クラウゼヴィッツが自分の師匠であるシャルンホルストからヒントを得て発展させた、彼の戦争に関する概念の中でも最も重要なものの1つです。

簡単にいいますと、「摩擦」というのは「当初の計画を思い通りに行かせてくれない、思いがけないハプニングで起こる障害などのこと」ということになります。

クラウゼヴィッツはこのような「摩擦」は戦争につきものであり、戦争に勝つためには軍人はこの現象の発生を最小限にしなければならない、という風に『戦争論』の中でアドバイスしております。

そして、同じく偉大な戦略思想家である孫子は、さすがに「摩擦」という言葉を使ってはいませんが、これと似たような概念として「謀攻編」の中で「最上の戦い方は敵の謀略を封じること」というアドバイスをしております。

ただし、孫子がクラウゼヴィッツと決定的に違うのは、この「摩擦」を、クラウゼヴィッツが

●「味方における発生を最小限にしろ

とアドバイスしていたのに対して、孫子のほうは

●「敵における発生を最大化しろ

とアドバイスしているところです。

この二人の「摩擦」についての考えを、無理を承知であえて言い換えてみると、

クラウゼヴィッツ:「自分を鍛えよう」と考える
vs
孫子:「相手に迷惑をかけよう」と考える

という風にも言えるのかと思います。

何をバカな、という風に感じるかたもいらっしゃると思いますが、実はこれ、私の思いつきではなく、
ジョン・ボイドという、戦略を考えぬいたアメリカの元軍人が気づいたこと。

私も最初はこのような区別の仕方を「非常に単純だぁ」と思ったのですが、孫子とクラウゼヴィッツを読み込んでいくと、たしかに「摩擦」に関する考え方におけるボイドの分析は、この2大戦略思想家の違いを最もうまく言い表しているような気がしてなりません。

これを踏まえて考えてみると、「摩擦」というものに対しては、日本人には、意識が身内の方向に行くクラウゼヴィッツ的なストイックな考え方がよく馴染む傾向があり、反対に中国人には、孫子のように
とにかく意識や働きかけというものが外に向かう傾向がある、とも言えそうな気がします。

私が監訳したエドワード・ルトワックの『自滅する中国』という本の中の第9章では、孫子をはじめとする中国古代の戦略の古典書への信奉が、逆に中国が外国との軋轢を生む結果になっていることが指摘されております。

そしてこの軋轢を産んでいる原因が、まさにこの中国の古典に説明されている、

敵の摩擦を最大化する

という考え方にあることを、ルトワックはいくつかの具体的な例(インドや日本などとあえて紛争を起こすことによって相手を交渉のテーブルにつかせようとすることなど)を使って指摘しております。

もちろん、私は孫子のこの「摩擦」についての考え方だけで、中国の戦略思想のすべてが理解できる、などというつもりは毛頭ありません。

しかし、この「相手に摩擦を起こさせる」という考え方は、たとえば最近の中国政府の対外政策に関する考え方の立ち位置というか、大きな政策の方向性そのもののエッセンスというか、1つのヒントを教えてくれている、とても参考になるものだと考えております。

「摩擦」というのは、戦争にかぎらず、あらゆる分野の人間の営みについても不可欠のものです。

そしてこれは先週のワッツが言ったように、やはりテクノロジーがいくら発展したとしても、われわれが「人間」である限り、未来永劫われわれにつきまとうものなのでしょう。

この「摩擦」にどう対処するのか?、という点について、クラウゼヴィッツと孫子という2人の戦略思想家がこれほどまでに異なる考え方と態度を持っているという事実を知ることは、われわれが冷酷に戦略を考える際にはかなり参考になるはずです。


Commented by jujuju at 2013-11-15 11:40 x
自分を鍛えよう という考えだと結局は政治体制にいきつくので
古代および現代の中国においてそれは革命に繋がりかねないので
自然と 相手に迷惑をかけよう に行きついたのかもしれませんね。
Commented by R.K.M(あるけむ) at 2013-11-15 22:10 x
「日本=クラウゼヴィッツ、中韓=孫子」と感じたのは自分だけでしょうか
by masa_the_man | 2013-11-14 17:15 | 日記 | Comments(2)