戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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カリブ諸国は英・仏・蘭に賠償金を請求できるか

今日の横浜北部は朝から雲が多めながら晴れました。夕方になって雲が増えたのですが、風が冷たかったですね。

さて、数日前のエントリーでもカリブ諸国が英仏蘭に奴隷制の賠償を求める運動を起こしたというニュースの続編というか、その分野の専門家の意見です。

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奴隷制の遺産に向き合う
byローレン・デュボワ

●三月のある日の午後遅くに、バルバドスの政府高官たちはケイブ・ヒルにある西インド諸島大学で新しいモニュメントの開幕式を行った。

●この式典ではアフリカのドラムや歴史家のレクチャー、司教の祈祷式、それに学生の合唱団による「先祖たちを嘆きます!」という歌が披露された。

●この「先祖たち」とはこのモニュメントに名前を刻まれた295人の奴隷たちのことであり、彼らははるか昔にこの大学のキャンパスのある場所に住んでいた。この場所には昔プランテーションがあった。

●そしてこの国家も、昔は植民地であった。バルバドスや現在のカリブ諸国全域では奴隷制度が強烈かつ強力な象徴であり続けているのと同時に、洗練された記憶となっている。

●この式典を執り行っていたのはヒラリー・ベックレス卿であり、この大学の学長で著作の多い歴史家である。彼とジャマイカの同僚であるベレーヌ・シェパードは、カリブの15ヶ国と共に、イギリス・フランス・そしてオランダにたいして奴隷制と奴隷貿易についての賠償金を支払うよう求める運動を最近起こしたばかりだ。

●彼らはそれぞれの国家の裁判所にまず訴えて、もしそこで失敗すれば、国際司法裁判所に訴えるつもりだという。

●もちろんこのような方針によってカリブ諸国の動きをまとめるのはかなり難しい。この地域は政治的にも言語的にも分断されており、元宗主国やアメリカにたいする関係が協力関係を引き裂くことが多いからだ。しかし「カリコム」として知られる15ヶ国による新しいコミュニティーは、奴隷制の長引く影響という共通の問題を抱えている。

●賠償金の要求の歴史は古い。すでに1790年代からフランスの反奴隷制の活動家たちは「奴隷たちは自由だけでなく、何世代にも渡る未払いの労働の対価を簡単に求めることができるようになる」と主張していた。ところが奴隷解放の時にイギリス政府は、元奴隷でなく、元奴隷所有者たちにたいして補償金という形で「賠償金」を支払っているのだ。

●ハイチは1804年に独立したが、1825年にフランスにたいして外交的に国家として認められるかわりに補償金を支払っている。そしてこの資金はフランスのプランテーションの元所有者たちにたいする補償金として使われたのだ。

●現在の観点からすると、これはかなり衝撃的だ。2001年にフランスは「人道にたいする犯罪」として布告しており、米連邦議会も2008年に公式に「アフリカ系アメリカ人の奴隷化と人種隔離」について謝罪している。アメリカの大学も、奴隷制との歴史的な関わりについて謝罪を開始している。

●また「奴隷としての12年間」のような映画のおかげで、欧米諸国は映像に映し出される奴隷制の現実に直面しつつあるのだ。



●ところが長期的な害を取り消すことができるのは、賠償金だけである。セントビンセント・グレナディーンのラルフ・ゴンサルベス首相は「われわれは適切な賠償金の支払いを受けなければならないのです」と述べている。

●ところがこの請求は個人に対する賠償ではなくて、彼らのコミュニティーにたいするものである。ほとんどのカリブ諸国は財政的に国際的な銀行に借金をしていることから、カリコムはかなり挑発的な主張を展開している。つまり「実際にカリブ諸国に借りがあるのはヨーロッパのほうである」というものだ。

●このような主張は「創造的な会計」以上のものだ。経済学者がなぜ貧しい国が存在するのかという説明する時に、彼らはその国の文化的・政治的・経済的な要素に注目することが多い。

●ところがカリブ諸国の歴史の専門家たちは、国の貧しさは何世紀にもわたる経済搾取の直接的な結果であると長年論じているのだ。

●このような議論の土台となっているのは1944年に出版されたトリニダード・トバゴの歴史家であるエリック・ウィリアムスによる「資本主義と奴隷制」という本にさかのぼる。ウィリアムス氏はノースカロライナ大学出版から刊行する際に自腹で500ドルを支払わなければならなかったが、結果的にこの本はこの分野における古典になったのであり、彼は後に自国の首相になっている。

●彼の議論は「イギリスが奴隷貿易と奴隷制から得た利益こそがイギリスの産業革命の土台となった」というものであり、これは長年にわたる議論と調査研究を促すことになった。そして現在は、近代世界において奴隷制がもたらした莫大なインパクトについて何百冊もの本が書かれている。

●ところが「知ること」と「それに対してどうするか」というのは別の話だ。

●たとえば2003年にハイチの大統領ジャン=ベルトラン・アリスティドが1825年の賠償金を返還するようフランスに求めており、彼はこれがハイチの貧困の原因だとしている。歴史的にこの主張は正しいように思える。たしかにハイチはフランスに支払うためにフランスの銀行から借金しなければならなかったのであり、これによって百年間にわたる借金のサイクルにはまってしまったのだ。

●これについてのフランスのある委員会が下した結論は、「たしかにフランスには責任の一端があるが、賠償金は解決法とはならない」というものだった。この報告書で暗示されていたのは、ハイチにたいするフランスの援助が一種の「賠償金」であり、それをさらに増額すべきだということであった。

●2010年に起こったハイチの地震では、当時のサルコジ仏大統領は資金援助と債務取り消しを申し出ているが、フランス政府は公式には謝罪していないし、ましてや賠償金を支払うことはありえないのだ。

●カリブ諸国側の訴えが正しいものであっても、ヨーロッパ諸国は現在でも同様の対応をする可能性が高い。もしカリコムがこのアプローチを受け入れるのであれば、今回の賠償金の要求は、最終的には援助と貿易についての国際交渉における戦略的な役割を果たすことになる。

●しかしこれにはさらに多くのことが続いて起こる可能性がある。アメリカでは賠償金の訴えというのは、長年にわたってほぼ「議論のための土台」となっていたからだ。結局のところ、何かが重要であることを示すための良い方法は、そこに金額的な価値をつけることなのだ。

●これは歴史にも同じことが言える。学者たちは自分たちの著作や講義などを通じて人々を教育してきたが、現在はこのような議論が裁判所の中で聞かれるようになり、それがメディアでトップニュースの扱いを受けるようになるかもしれないのだ

●カリブ諸国やヨーロッパでは、賠償金にまつわる議論というものが歴史を探るチャンスにもなる可能性があり、それを嘆くだけでなく、現在を形作ってきた多くのやり方などに直面する機会をわれわれに与えることになるかもしれないのだ。

●われわれの世界から奴隷制の遺産と本当に決別するということは何を意味するのだろうか?カリブ諸国ではそれは植民地主義によって発生した分断状態を、地域経済協力や対外援助や外国の銀行への依存状態を減らすことなどを通じて元に戻すことなのだ。

●結局のところ、それは奴隷制から抜けだした先駆者であり、その重荷を背負い続けているハイチ人にたいする虐待や差別を終わらせることなのだ。

●ヨーロッパやアメリカでは、これはカリブ諸国にたいする威張った態度を止めることであり、共通・共有された歴史を土台とした援助、貿易、そして移民に関する政策を構築することである。

●これは結局のところ、人種差別や搾取、そして政治的除外を過去に捨て去ることに他ならない。これこそが本当の「賠償」であろう。

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これも勉強になりますね。


Commented by 無花果 at 2013-11-11 08:07 x
修辞を取っ払ってしまうと
「未来永劫、法的にも道義的にも感情的にもひっくり返す余地なく二度と金をせびられないようにするにはどうすればよいか」ということだと思うのですが

蔑視をやめ、虐待や差別をなくす事が本当の賠償である、と結論付けるのは簡単ですが、正直なところその実現はほぼ不可能だと思われます。
現実の人間から、そういった感情を完全に抜き取ってしまうのは絵空事でしかありませんし、
旧宗主国側にその奇跡が起きたとしても、それをかつての被支配者側が共有認識として持つとも思えないからです。
ある事象が差別であるかないかは、どこまでいっても主観の問題ですので。
Commented by 無花果 at 2013-11-11 08:08 x
強国の視点にありがちな「原因が我々にあるのだから、こちらが譲歩しさえすれば全て解決する」という誤認があるようにも思えます。

・元植民地が経済的に発展すれば、金の無心はしなくなるのではないか
・植民地統治を正式に国家として謝罪と賠償すれば決着が付くのではないか
・賠償の代わりに経済援助の名目で出資すればお互い円満に納得を目指せるのではないか

という試みは、日本と中国や朝鮮、韓国との間で全て失敗に終わっているため、完全な解決に至る方法であるとはいえません。
逆に、金であれ政治的なものであれ、蒸し返す動機が存在すれば、
どのように謝罪が済んでいようと、賠償が済んでいようと、例え被害の訴え自体が事実無根であっても、忘れられていた遺恨にも火がつきます。
Commented by 無花果 at 2013-11-11 08:09 x
記事に取り上げられているハイチでの大地震に関する記事で、
ハイチ人に望む事について尋ねたところ、
「我々の政府は役に立たないので、アメリカ軍がやってきてこの国を支配して近代化してくれる事」というのがあったのを思い出しました。
「自分達では発展出来ないので、強い国に何もかも面倒を見て欲しいという感情」と
「かつての支配者に謝罪や賠償を求める心理」とに、あまりに親和性があり、
この繋がりを断ち切る方法を見つけない限りは、こういった動きはなくならないのではないでしょうか。

美しく、倫理的な理由はどこまで行っても、強者の側の論理であるように感じられます。
乞食に甘んじる道を選択させてしまう永遠の被害者である事の「旨み」を潰すべきではないでしょうか。
by masa_the_man | 2013-11-09 21:07 | 日記 | Comments(3)