イノベーションに必要なのは「自由」ではなく「カネ」だ |
さて、少し前の記事ですが、アメリカのテクノロジー面での優位に水を指すような分析がありましたので、その内容の要約を。
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アメリカが「イノベーション大国」って本当?
By イアモン・フィングルトン
●連邦議会は機能していないし、失業率は高すぎだし、アメリカのインフラは崩壊しつつある。それでも政治的に様々な見解を持つアメリカ人の全員が同意することが一つあるとすれば、それは「アメリカはハイテク分野で世界をリードしており、今後もこの状態が続く」という意見だ。
●たしかにこれはアメリカ人にとって自慢でもあり、便利なアイディアだ。このシナリオによれば、中国はそれほど創造的ではないため、アメリカを追い抜けないことになる。イノベーションには民主制度が必要なのだが、中国は独裁体制だからだ。
●たしかにアメリカは現代の世界を形作った多くのイノベーションを生み出したというのは事実である。ところが歴史の証拠を幅広く見ていくと、「政治面での自由がイノベーションに必須の前提条件である」という考えは間違っていることが判明する。
●たとえば古代世界における最も創造的な社会のうちで、自由であったのはほんのわずかである。メソポタミアもエジプトも、まったく「自由」ではなかった。
●近代初期のヨーロッパの国々も非常な創造性を見せたが、それでもこの時代は人々を洗脳するために血の凍るような努力が行われていた。もっと最近の例では、ナチス・ドイツやソ連のような独裁的な文化を持つ国々が、かなり多くのイノベーションを生み出していた事実もある。
●アメリカ自身の歴史でさえ、「必要なのは自由だけだ」という神話を否定している。もちろん建国当初からアメリカの政治文化にとって「自由」というのは中心的な存在であったが、アメリカ人は常にテクノロジー面で世界をリードしていたわけではなく、そうなったのはつい最近のことなのだ。
●IBMの研究所の元代表であったラルフ・ゴモリー氏が私に教えてくれたのは、1930年代までのアメリカは主に他国のテクノロジーをうまくコピーすることに長けていたという事実だ。これは最近の日本や東アジアの国々と同じような状態だ。
●ではなぜアメリカは20世紀半ばからテクノロジー面で最も優れた存在になれたのだろうか?その原因は「自由」ではなく、もっとつまらないものだ。つまり「カネ」である。
●第二次大戦の際に米国政府は本格的に企業と共に研究開発を行うようになり、その後に冷戦開始と1957年のソ連のスプートニクの発射があったおかげで、政府の資金援助による研究が一気に盛んになったのである。その結果の一つが、インターネットの開発を手がけたDARPAだ。
●歴史を見ていくとわかるのは、「リッチな国が未来を先取りする」ということだ。リッチな国の企業には、優秀な人材と物資、それに機器や知識が集まりやすくなるからだ。
●こうなると一つの疑問が出てくる。中国は現在リッチになりつつあるが、これによって世界一イノベーションの進んでいるアメリカも、将来は追い抜かれることになるのだろうか?
●この疑問は非常に大切だ。なぜならアメリカのイノベーションの勢いが、すでに下降傾向にあるからだ。
●シリコンバレーのベンチャー投資家であるピーター・シエルが答えてくれたところによると、アメリカのここ数十年間のイノベーションというのは非常に狭い分野に限られており、IT関係や金融サービスが主なものだという。その反対に、交通関係は40年前に比べても進んでいるとはいえず、がんの治療法についても似たようなことが言えるという。
●ワシントンのITイノベーション財団の代表をつとめるロブ・アトキンソン氏は、中国が研究費の面でもアメリカに急速に追い上げをかけていることを指摘している。もちろんそれは豊富な財源によるものであり、その成果が出始めているというのだ。
●OECDの統計によれば、中国の研究投資はGDP比で2000年に0・9%だったものが2009年に1・7%まで増えている。そして2000年から2007年までの研究開発の数は2倍以上に増えているのだ。
●ところが同時期のアメリカの研究開発の数の増加は10%以下であった。アメリカの研究機関の中には、2023年までに中国の研究開発費の総額がアメリカのそれを抜くと予測するものある。
●国際特許申請数についての実際の統計も、このような不吉な予兆を示している。特許についての国際機関(WIPO)によれば、2011年に最多く特許を申請したのは中国の通信企業であるZTE社であり、2009年のそれと比べて五倍も増やしているのだ。別の中国企業である華為(ファーウェイ)は2011年の時点で第三位にまでのぼりつめている。10位以内にランク入りしたアメリカの企業は、クアルコムだけだ。
●このような傾向は非常にまずい。なぜならアメリカの特許面での立場は劇的に弱くなっているからだ。米連邦議会は、アメリカの中小企業の知的財産の保護を困難にしてしまっている。
●知的財産権の侵害についての本の著者であるパット・チョート氏は、もし新しい特許をアップルやマイクロソフトのような大企業に有利な状態にしてしまうと、中小企業は立ち行かなくなると述べている。彼らの特許はすぐに大企業にマネされてしまい、泣く泣く不利な条件で明け渡すことになってしまうからだ。
●もうひとつの懸念材料は、アメリカが研究開発部門を海外に移しつつあるという点だ。米国科学財団によると、2009年の時点でアメリカの多国籍企業の研究部門の雇用者の27%は海外に住んでおり、これは2004年の16%から上昇している。
●そして中国はこのような流れから[漁夫の利」を得ているように見える。
●インテル社とアプライドマテリアル社は海外で主要研究機関をつくっており、ある特許法の専門家によれば、この両社のどの部門の動きよりも大規模なものであるという。さらにこの二社の海外研究員のほとんどは中国人であり、しかもその製造を行う工場のほとんどは中国国内に位置することになるのだ。
●もし東アジアの文化がテクノロジー面での創造性にとって障害にならないとすれば――そしてインテルもアプライドマテリアルの両社ともそう思っていないようだが――なぜ東アジアの科学者やエンジニアたちはそれほど優秀ではないのだろうか?
●おそらくその理由の一つは、そこには別の種類の「テクノロジーの創造性」というものが存在するからだ。
●根本的なブレイクスルーはニュースになったりノーベル賞獲得に貢献するものだが、ラルフ・ゴモリー氏が指摘するように、そこには別の創造性、つまりこれらのブレイクスルーを「経済的に富を生み出す手頃な価格のものにする」という世俗的な任務もあるのだ。
●東アジアの企業というのはこのような「世俗的な任務」に焦点を当てることが多く、しかも生産テクノロジーにおける「あくなき改善」というのはあまりニュースとして取り上げられない。ところがこのような面での成功が、この地域の彼らをこの60年間で豊かにした原動力なのだ。
●中国のテクノロジー面での創造性を研究したジェームス・ウィルソンというイギリスの教授は、中国の科学面での進歩を、スポーツのそれと対比させて見ている。中国は1988年のソウル五輪で金メダルの獲得数で11位だったが、その20年後には1位になっている。
●「もし中国がスポーツでこのような偉業をこれほど早く達成できるのであれば、科学やイノベーションの分野でもそうなれないはずはありませんよね?」とは彼の弁だ。
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イノベーションは「カネ」(money)の集まるところで発生しやすくなる、というのは元も子もない指摘ですが・・・・実際そのようなところはあるんでしょうな。
私が翻訳した『戦略論の原点』の原著者のJ・C・ワイリーも、「アメリカのテクノロジー面でのイノベーションは大きな国家的プロジェクトが10年ごとに行われてきたことが原因だ」と指摘しておりまして(pp.145-48)、その証拠に、
1940年代:マンハッタン計画◎
1950年代:遠距離早期警戒網(DEW Line)◯
1960年代:アポロ計画などの宇宙開発◎
1970年代:コンコルド計画断念☓
1980年代:スターウォーズ計画▲
という科学資源の集中があったと言っております。そして、その際に重要な基盤となったのは、なんといってもカネだというのです。
たしかにいまの中国はカネを持っていますから、これが今後どのようなイノベーションとなって出てくるのか・・・気になるところではありますね。