ある経営者の『戦争論』と『兵法』 |
さて、ある経営者の講演録を読んでいて感じたことを一つ。
ある雑誌の中に載っていた、多くの店を経営する60歳くらいの社長さんの話が載っておりました。
その人は30歳の時に母親である先代の社長から経営権を譲り受けたらしいのですが、社長の仕事をする前に、「社長の最も重要な任務は意思決定をすることだ」と聞いてらしいのですが、実際にはじめてみると心から実感したのは、
「意思決定をする数がとてつもなく多い」
ということ。しかもその決定を、
「勘、感覚、感情で決める」
ということであり、さらに衝撃的なのは、その決定のすべてを勘、感覚、感情で決めているということ。
その彼の理由がすごいものでありまして、
「未来のことは誰にもわからないので、最終的にはすべて勘で決めるしかない」
と言っているのです。
一般人の感覚では「こんな感じで経営なんかやれるのか」ということでびっくりするわけですが、これは戦略の世界でも実は一緒でして、未来のことは誰にもわからない、だからトップの意思決定者の直観に頼るしかないところがかなりあるわけです。
クラウゼヴィッツはこのような意思決定の優れた才能として「軍事的天才」という概念を提唱したわけですが、この経営者の話はまさにこの「天才」の直観の部分をうまく言い表しているのかと。
さらにこの経営者の正直なところは、まさに戦略本に書いてあるように、
「そこに正解はない」
ということを述べており、しかもこれは会社だけでなく、人生にも全く同じことが言える、というのです。
ではどうすればいいのかというと、この経営者の方は、まさに孫子のいうように、「情報をできるだけ集めろ」と言います。ただし「集めた上で、そこから先は勘で決めるしかない」と諦めているのです。
つまり彼は、知ってから知らずか、クラウゼヴィッツと孫子の両者のいいとこどり、つまり「勘」と「情報」の二つを重視しているわけですが、個人の人生の場合は、国家の場合ほど意思決定が深刻になることはないので、
「どんどん意思決定を積極的にして回数を重ねよう、そうすれば勘が冴えるようになる」
という楽観的なメッセージを述べておりました。
私はもちろん会社を経営したことはないのですが、正直こういう現役の経営者の意見には、やはり実践からにじみ出た興味深いものがあるなぁと感じた次第です。
もちろんこの方はクラウゼヴィッツなんか読んだことはないでしょうが(孫子はあるかも)、思いがけずに言っていたことが古典のエッセンスと共通点があるというのは面白いところかと。