戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

講演のまとめ:相互依存状態は戦争につながる?

今日の横浜北部はよく晴れております。暑いですが、それでもピークは過ぎた気が。

さて、昨日の午後に都内某所で聞いてきた、国際関係論の論者の講演録の内容を。

しゃべったのは家族と共に来日中のデール・コープランド(Dale C. Copland)というカナダ人ですが、デビュー作(そして唯一の著作)は以下のようなバリバリのリアリズムの理論書です。

The Origins of Major War
by Dale C. Copeland
b0015356_1442468.jpg


このコープランド氏、現在はヴァージニア大学の准教授で、おそらく40代後半。生まれはBC州のバンクーバー、育ちは州都のビクトリアというカナダ人です。

カナダの大学を出たあとにしばらく働いていたらしいのですが、学問への道を諦められず、ジョンズ・ホプキンス大学に入りなおしてから修士をとり、シカゴ大学でミアシャイマーとウォルトの下で博士号をとっております。

そういう意味で、彼はバリバリの「リアリスト」のはずなんですが、話を聞いているとそれほどタカ派というわけでもなさそうな雰囲気です。

卒業後はヴァージニア大学でずっと准教授を続けているわけですが、著作は上の本が一冊のほかに、章をいくつか書いているくらいで、それほど多作家というわけではありません。

ところが現在行っているプロジェクトが「経済相互依存状態と戦争勃発の可能性」というテーマであり、これについて来年かなり分厚い本を出版する予定でして、今回の講演はその内容に基づいたもの。

ということで以下にさっそくまとめてみます。

===

●私の所属するヴァージニア大学、以前はけっこうリアリストがいたが、現在はほぼ私だけになってしまった。

●国際政治における経済相互依存について、大きな二つの理論では見方が大きくことなる。リベラルは相互依存がよいことであり、平和を維持する力になると考えるが、リアリストだと相互依存を深めるのは脆弱性が高まるためにかえって危険であると見る。

●この二つの見方が異なるのは、「将来の貿易の予期」(expectation for future trade)が高まるかどうかという点だ。

●私は現在書いていて、夏の終わりに最初に出版社に提出する草稿の中で、戦争になった歴史上の41のケースを調べてみた。その本でとくにフォーカスしているのは、1920年代の日米と、現在の米中の関係だ。

●とくにカギを握る概念が、リアリスト、とくにジョセフ・グリーコやミアシャイマーなどのいう「相対的なゲイン」と、私が主張している「失う可能性の大きさ」(costs of adjustment)というものだ。

●せっかく日本に来たので、とくに日本が関わった歴史のケースについてこれから紹介したい。

●まずは1880年代から1904年、つまり明治の日露戦争までの例だ。1894年に日清戦争があったが、これは主に朝鮮半島のコントロールをめぐってのものだった。これは朝鮮半島内の内政をめぐっての争いであるために、経済や貿易というのは直接は関係ない。

●日露戦争は興味深い例だ。なぜなら日本もロシアも、双方とも戦争を全く望んでいなかったからだ。たとえば1902年の時点で、ロシアは満洲付近から抜け出すべきだと本気で考えていた。

●ところが彼らは日本とイギリスが組んで中国北部のコントロールを狙っていると感じたために抜け出す決断ができなかったのだ。

●次に興味深いのは満州事変(1931年)である。実はその3年前に似たような事件があったのだが、これを日本は鎮圧している。

●ところがなぜその3年後はそれを許したのか?その原因は世界恐慌だ。そしてその結果として、1930年6月にアメリカがスムート・ホーリー法を採用したことが大きい。ここで日本側の「貿易の期待」が悲観的に変わって行った。

●1935年から37年への経過は経済的な要因では説明しづらい。たとえば盧溝橋(マルコポーロの橋)事件は、どう考えても蒋介石(国民党)側の国内的な要因で起こったとしか考えられない。近年になって蒋介石の日記が出版されてきているが、それを見ると日本との対決が必要だったことが明白。

●ジャック・スナイダーのいうような「ハイジャックされた」という議論は的外れだと思う。なぜなら日本はこの時期に一貫してロシアとの戦争に備えていたからだ。

●日本は中国にいた軍を北方へ移動させてロシアの侵攻に備えたがっていた。たとえば1941年七月の時点ではアメリカから石油は流れてきており、アメリカ側はとにかく(ヨーロッパ正面でナチスと対決するために)太平洋方面に何も起こらなければよいという考えであった。そういう意味で、この時期にアメリカと日本で「太平洋の平和」でほぼ合意ができていたのは不思議ではない。

●ところが6月22日にそれがキャンセルになる。ドイツがロシアに攻め込んだからだ。この時期のアメリカはとにかくソ連がナチスを倒してくれないとまずいので、ソ連の安全を一番気にかけていた。よって、アメリカが日本との対決を決意したのは中国と言われている一般的な認識は違う。あくまでもロシアが原因だったのだ。

●この時期の日本にとっても、将来の見込みはネガティブになっていった。悪いスパイラルに入っていったのである。

●これを現在のアメリカと中国の場合に当てはめてみると、貿易の面ではポジティブな見込みがある。これが続き、しかも(日本を含む)第三国が余計なことをしなければ、中国にとってもアメリカにとっても、このまま中国がおとなしく経済成長を続けほうがよいことになる。

====

こういう内容でした。

その後に質疑応答の時間が一時間半ほど続いたのですが、その部分はとりあえずカット。

それぞれのケースについて相当調べて書いており、しかも一次資料をほじくり返して丹念に手紙などを見ております。

面白かったのは、戦前の日本の首脳部は一貫して戦争をやりたいと思っていなかったと分析していることや、現在の中国の対外政策は「合理的」であるということを指摘していたところです。

中国の将来についてはやや楽観的すぎるような気がしないでもなかったですが、理論を裏付けるだけの調査はしっかりしているんだなぁということで著作の完成が楽しみになってきました。



Commented at 2013-09-23 14:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by masa_the_man at 2013-09-24 21:58
西山さんへ

>レジュメ、もしくはwebページといったものがありましたら

残念ながら、ないんです。私もノートをとったのですが、このエントリーに書かれていることがほとんどです。お役に立てなくて申し訳ないです。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2013-08-18 15:13 | 日記 | Comments(2)